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陽明学入門 16

千里鶯啼いて緑紅に映ず……、水村山郭酒旗の風……。そんな風景が日本にもある。風流を思わせる牧歌的風景である。抒情的で素朴な風景である。



●知行の工夫

 『伝習録』上巻には、陽明の高弟・徐愛(じょあい)との問答が記され、この中で孝と悌(てい)について説明している。
 だが孝悌を知っているからと言って、何が孝で、何が悌であるは釈然としない。
 また、その意味である父母に孝行を尽くし、よく兄に仕
(つか)えて従順であることの意味を知り得たとしても、それだけでは充分でない。それだけでは知行となり得ない。

 儒学では孝・悌・忠・信を『四徳』とし、父母や兄に仕えることに併せて、年長者に従い敬い、然
(しか)も忠実で、信義にあついこと挙げているが、四徳を力説してみたところで、それは言葉の上で知っているだけのことである。

 これと同じように「仁」を知るには、まず「不仁」を知らなければ「仁」は分らない。
 つまり、「痛み」を知る場合、痛みの体験があって始めて知ると言うことであり、貧者が飢えと寒さで苦しんでいる場合は、それを体験して始めてそれが分かる。
 したがって、この場合、朱子学の「知行論」で、知と行を切り離して考えても「仁」は愚か、人の痛みを知る「不仁」すら理解できないと言うのである。
 知と行が分裂していては、本来的な在
(あ)り方でないと言うのである。
 またそれは、人が恣意的に、かつ私意的に切り離すことでもないと言うのである。

 知と行は一致していてこそ、切実なる実際的な工夫
(功夫)が出来るのであって、知行が二つ存在することを懸命になって説いても意味がないと言う。
 則
(すなわ)ち、知と行は一つであると言うことすら問題だと言うのである。二つに説こうが、一つに説こうが、そのような説ばかりを持ち出しても、“いざ”というときには何の役にも立たない。実際的に役立つのは、知ってさえいればそれ自体に行いが含まれることをいう。

 これを陽明は徐愛
(じょあい)に「知は行の主意(基本)、行は知の工夫(実践)、また知は行の始め(元)、行は知の成(実現)である」と説いた。
 これは、知といえば行が含まれており、行と言えば知が含まれていることを説いている。

 他者の痛みを知る、飢えや寒さを知る。それは自他同根の想念であろう。自他同根であれば、思惟省察も瞬時である。
 ところが、知と行が二つに分離して対峙し、あるいはそれのひと纏
(まと)めにして、盲目的に行為に顕してもそれが知であるとは云えず、また行をしたとしても、それが正しいものか不明である。
 こうなると、知行は抽象的になり、あるいは空想に浸り、実現不可能なものになって、そうした場合は臆測が生まれたり、妄想に終始して、人の行が「まこと」になりえない。また「まごころ」で貫徹できなくなる。

 こうした、今日に見るような元凶に至ったのは、教育において先ず始めに知識を集積しなければ、いい行いは出来ないという知識一辺倒に回帰しているため、「行い」という「知る」ことの意味を如実にする刹那的同時進行が不明瞭になっているためである。性の善に求めねばならないことが、講習討論のみが知の原点であるかのように言い回しているからである。

 そして知るには知っているが、行いが伴わない場合、それが真に知り得たことでないから、その知はただの知識で眠り、とどの詰まりは、死ぬまで何も行わず、また死ぬまで何も知らぬまま終わるのである。
 つまり、これこそ「可もなく不可もなく」であり、何も知らず、何もしないことであり、河井継之助が指弾したような「沈香
(じんこう)も焚(た)かず屁もひらず」の類(たぐい)であった。
 則ち、「不仁」の輩
(やから)である。

 こう言う輩は、病気としてはかなり重症で、昨日や今日罹病したのではない。長い間の慢性病であり、年齢が高ければ高いほど、罹病期間は長期と言うことになる。
 作用と反作用の現象界の理
(ことわり)から云えば、罹病した分だけ、治療には同じ分が懸かると言うことである。これを根本から癒していかなければならないのである。これは荒唐無稽の何かを譬喩にした絵空事ではない。

 知行の本来的なものは、病めば癒すという両面表裏のものである。何れかの、一方的に進まない。
 この本旨さえ理解できていれば、古人の言に従って、方便として二つに分けて説こうと、それがそもそも両面を言っているのであって、説法においては一向に構わない。だが、本旨の理解が欠如していると、仮に一つで説こうと、何の足しにもならないのである。詰まらぬ時間潰しをしていることになる。陽明の説である。

 このように説明する陽明の言も、よく吟味すれば、難解なことが多い。それは知よりも行のレベルの発現においてである。

 陽明の死後、朱学の立場に立って王学を批判した顧応祥
(こ‐おうしょう)は『伝習録疑』を顕している。
 つまり、知は行の主意とする、これ自体の「行は知の成
(実現)である」とするこの箇所である。そしてそれに続く、「知は行に始まり、行は知の完成……」と日本語訳している意味方考えると、知と行の時間的推移は、何処で捉え、また「始」と「成」は決して、スタートと同時完成になり難いと言うことである。

 「始」は、「知る」と言うことがなければ「行い」はあり得ないからである。あるいは、その切っ掛けを「始」は云うのか。
 斯くして、彼
(か)の人は云う。
 「食べたいと欲するものは、心があって始めて食物を知る」と。
 食欲そのものが、心の意ではないのか?……と。

 要約すれば、欲する心
(私欲)は意であり、それが行の始まりではないのか?……と。
 そして例えば、これに準えて言えば、盲人は美色が知覚できないから、色を好むと言うことがないという。まさに一理である。

 しかし、その場合、美色を知ってから特別な色を好むと言う時間的前後に捉えられているのでなく、好むと言う行為に、美色が美色と確定される時点で、それは好きな色を好むということであり、美色と言う認識は好むと言う行為によって具体化されている訳である。ゆえに、この意味から起こる行は知の実現態といえ、知は行を含み、行は知を含むと言われる所以である。

 また、「孝」の原点なり得る、親を親として知ることがその行為において、ひとっ飛びに「忠」といかないのは、まず親に対して「孝」という良知があるからで、その孝において孝情が流れ出て、「知」に対するその行為は「行」であるが、それゆえ、知は行を出現する土台である。

 しかし、土台たる知は、それ単体だけでは成り立たず、何らかの有機的結合をもって、孝情が流れ出ることにより、「孝」の実践は、土台たる基礎を確立する。また必要とする。
 而
(しか)して、行は知を実践するための修行ゆえに、本来的に云うならば、知行からすれば正しくないことになる。ゆえに工夫を必要とする。

 何故なら、「孝」は人により多様化する敬い方であり、ひと一様ではない。
 そこには当然、理解力の差が生じる。深浅があり、その実践形態は「孝」を知った上での根本意識がなければ、実践などしようもないのである。また、理解にもばらつきがあろう。
 ゆえに深浅のばらつきを工夫によって解消せねばならないが、工夫でよく知られることが「心を尽くす」という行為である。

 ここで云う「心を尽くす」とは、換言すれば「性を尽くす」ということである。道に依
(よ)って、励み、かつ向上することで、これを人の心の在(あ)り方としている。
 人に備わった本来的な自然性を最高に発揮し、励んでいくことで、成就に接近できるのであり、このとき、天地の生々発展の道筋を知ることに対して、「心を存する」場合は、心自体が尽くされていないことをいう。あるいは一体でない状態を云う。

 しかし、原点に返れば、心を尽くす、あるいは性を尽くすは、「知る」ことなしに「尽くす」も行も発現しない。
 つまり、発現するための行の前に知があり、知によって「孝」を理解せねばならない。
 「孝」においては子から検
(み)た親への認識である。子は親に事(つか)えるとした場合、事えるという奉事が明らかにならねばならない。明らかになった後を知といい、それはまた行に顕われたものが「孝」ということになる。

 この状態において、「知は行の始
(もと)、行は知の成(じつげん)である」といえる。
 それゆえ知行の工夫をせよという。工夫は唯一つで、二つに分かれる訳がないと教える。心を尽くす行為に二つはあり得ないからであろう。これを工夫によって「一致」させよと教える。



●不履行という恥

 世の中には約束をしながら、その約束を自分の狭い了見で破談にしたり、契約や約束をしたことを平気で破る不履行者が居る。
 現代は人間の心が死んだ「まごころ」無しの時代と言えよう。

 かつてドイツの哲学者ニーチェは「神は死んだ」
【註】キリスト教批判について無神論者の言に立ち、それを明確に筋道立てて隅々まで否定したのはニーチェだった。また持たざる者が持てる者に怨みや羨望があるとしたのもニーチェであった。斯くしてこの言葉が出来た)と言ったが、現代はこの時代に生きる人間の「心が死んだ時代だ」と言えよう。
 “まごころ無し”の時代である。

 “まごころ無し”の時代に特に目立つのは、「きめごと」を厳守しない輩
(やから)である。平気で反古にする輩である。

 私は四十有余年以上も刀屋を遣って来たが、肝の命じたいことは、約束を違
(たが)えないことで、古美術商世界で云う「ションベンは絶対にするな」だった。
 私の箴言であり、刀剣業界の格言である。ションベンをすると信用を失う。
 ションベンとは、一旦自分の口で「買う」と言いながら、後で「返す」という行為である。要するに自分の言ったことに対して、責任をもたない行為である。口が軽く、「買う」と云う言葉を後に覆すのである。こういう破約をションベンと言う。刀剣売買でのトラブルは実はこれが最も多い。
 最初の「買う」が、後に「買わない」となるのである。それは思い直して、よく考えたら「買わないことにした」というようなものである。

 こういう約束を守らない行為を「ションベン」といい、古美術や刀剣の世界ではションベンをした者は軽蔑されてしまうのである。その軽蔑は、単に一般世間での軽蔑ではなく、以後、一切の軽蔑になるのである。そして軽蔑が起こったが最後、以降の発展の道は閉ざされる。顧客も櫛の歯が抜け落ちるように逃げ始める。もう、誰一人として相手にしないのである。
 これが信用を失う「ションベン」の怕
(こわ)さである。

 またションベンには、口約束を破約するばかりでなく、例えば「延払い」
(延取引の略で、代金を直ぐに一括で支払わず、一定の期間をおいて決済する取引をいう)でそれを途中で履行しなくなったり、「買うから貸してくれ」と言って返却しない行為もこれに入る。

 そしてこの、「後で約束を覆
(くつがえ)す行為」は、そのまま世界の金持ちに繋がっているので、失った信用と信頼は戻りようが無い。そのまま信用されず、信頼されず、目上の引き立ても無く、経済的不自由の中で一生を終えるのである。それだけシビアな世界でもある。
 不自由で経済的に雁字搦
(がんじ‐がら)めにされ、それに縛られた生活を送らなければならなくなる……、そういう人間は古美術を生業(なりわい)にする者だけではない。人間社会の中には、どこと限らず多くいる。

 古美術を扱う古物商でも、うまくいかなくなる人は信用が無く、信頼を得られないからであり、その根本には「自分の舌が二枚舌」が災いしていた。信用と言う意味で、最も大切な「武士に二言が無い」と言うことを実践できなかった人である。
 武士に二言があっては、人は信用するまい。信頼も得よう筈が無い。そして組織から追い出される。

 人は、人を能
(よ)く検(み)ているのである。
 人から自分が能く検られていると視線を感じ、それを感得するのは、下の階級よりも上の階級に多い。下の階級は、自分が人から能く見られていることにあまり関心を払わない。特に人間性を見抜かれているなどの、そういう気配すら感じない人が多い。人の観察が甘いのは、下の階級の特徴である。ゆえに誠実な人は、下より上に多いのである。公明正大も、下より上に多い。富豪は、だから富豪なのだ。

 ここで云う富豪は、先の述べた金融界を操る「桁外れの富者」ということでない。
 精神的富者も含む。
 富貴は天にあり。富む者は、天より選ばれた人だった。無欲誠実でなければ富豪にはなれないからである。武門で培われた富者富豪は、まさに人の痛みを知る「仁」を知る人であった。したがって、「武士に二言はない」ということを胸を張って毅然
(きぜん)と言ったものである。

 自分の口でした約束を守らない……。こういう不履行は下の階級に多く見る。
 階級が下がれば、こういう人が以外にも多いようだ。商いをする人ばかりでなく、顧客の中にも、こういう人はいる。
 口先だけで返事して、口先だけで約束した……、という行為は、実際には書面も無く、その証拠が無いから守らないでもいいと安易に考えている人が多い。

 階級が、下がれば下がるほど、こう言う人が殖
(ふ)えて来る。上流階級には極めて少ない二枚舌は、中層階級から下になると、その数が増す。それは「口約束は守らなくてもいい」という思い込みがあるからだ。その思い込みで、口約束は必ずしも守らなくてもいい。そういう思い込みがあるのだ。
 また正規に交わした約束でも不履行にしてしまうのは、決まって経済的不自由を強いられている、中より下の階級にいる人が圧倒的に多い。
 そう言う階層の多くは、ケチであり臆病であるからだ。この人間的な欠陥によって、経済的不自由を強いられている人もいるようだ。

 だが、これは下層階級だけでなく、成り上がりの成金にも見られる。成金は、不履行を繰り返すことで、得をしたと思い込んでいる人も多いようだが、この思い込みは間違いである。作用に対して必ず反作用が働くからである。
 大なり小なり、約束をしたことを違えることはよくない。誠心誠意、約束は守りたいものである。そして自分の名誉に懸けて、口約束であっても、確実に履行したいものである。この気持ちが抜け落ちれば、人格を失う。不履行をして、ショウベンをして平気でいられるのは自らの人格が低いからである。

 まさに理想的秩序「礼」の姿ならびに理想的道徳「仁」の意義を理解せねば、人としての生きる意義を失っていく。そうなると、後は動物的な余生となる。

 こうした状態に陥るのは霊性が曇っているからである。霊的神性が澱
(よど)みによって曇らされているからである。濁れば心の鏡も曇る。磨かずに放置すれば益々酷くなる。心は澄み渡らせることが大事である。

 そもそも心は、虚であるとともに霊妙であり、翳
(かげ)りもなく透明で澄み渡り、その状態においての知は、あらゆる面で理が具(そな)わり、また一切の人格を盛り上げる事為が此処から発現する。
 これは心の他に理があるのでなく、心の他に事為が存在する訳でもない。
 則ち、心が性であり、性が理であるからだ。
 「心」と「理」というときの、この二者間にある“心『と』理”の『と』というのは、二者を分けているのではなく、それは一体であり一致していることをいう。
 学ぶ者はこの意味を確りと把握しておかなければならない。

 そして陽明学では、例えば不履行を働いたり、約束を違
(た)える者は、「心の本来の在り方から外れている」と指摘する。
 この「外れた状態」になると、人間である以上誰しも心はあるのであるが、その心が則ち理であるとするならば、理を知りながら、そこで止まれば「善を為す者」と「不善を為す者」の二つに分かれてしまう。

 つまり、“不善を為す者”の正体が不履行者であり、古物業界用語で言うションベンするであり、また約束を平気で反故にする悪人の心ということになり、これこそ、本来の心の在
(あ)り方から外れた者ということになる。これはションベンをして得したことでなく、それだけ自分の信用を失墜させただけであった。
 そして、心が道から外れれば、また同時に「信」を失う。



●仁と信

 「信」について、陽明学では次のように説明する。
 信は「まごころ」の現れであるから、それは天にあるものとする。
 人は天地の心にあたり、また天地万物はもともと自他離別の排他意識が働かない限り、自己と繋がった一体と教える。天地一体論を説く。
 ゆえに生民の窮乏困苦についてはそれを切実なものとしてわが身で感じ、その体感こそ「仁」であるとし、そのまま疾痛が則ち一つの繋がりと検
(み)る。
 一方、疾痛が趨
(はし)らない者は、是非の心を持たないから「不仁」と看做(みな)す。

 ここで云う「是非の心」は『孟子』
(尽心上)の「慮(おもんばか)らずして知り、学ばずして能(あた)う」でいう「良知」である。
 『孟子』によれば、良知は人の心の在
(あ)るもので、この場合、「賢愚の差はない」とする。
 良知は賢人だけに具わるものでなく、愚人にも良知があり、良知としての「まごころ」の現れであるから、それは賢愚の差なく、最初から存在しているのである。その意味では、賢愚平等である。
 違いは、学んだかそうでないかである。

 但し、愚人の場合、その人に良心があっても良知を発揮する手順を知らないため、また「まごころ」を持っていても、その是非の「いつ」が分らないと言う。したがって、是非の判断をするために学ばねばならないとするのである。そして「是非の心」を知れば、いつ何時、これが発現できなければならないとする。

 この発現に至れば、天というものが理解でき、「信」においてそれを知り、譬え天下の総ての人に信じられるよりは、むしろ、ただ一人の人から信じてもらう方がいい。道は、自在だと教える。
 道が自在ならば、また学も自在である。信ずるところを学べばいい。
 そのことで天下の総ての人に信じられても、別段それが多いと言うものではないし、仮に、唯一人しか信じてくれなくても、それは決して少ないとはいえないと言うのである。
 「信」において、多少の差は問題ないと言うのである。

 そこで「信」を基準に置くならば、自分の学が認められなくても不平は云わず、また軽佻浮薄で、付和雷同し易い人ほど表面しか見ないのであるから、それはそれで構わぬものとして気に留めない。

 これは『易経』
(乾卦、文言伝)にいう「人に認められなくとも、不平には思わない」【註】潜める竜の境地)である。
 あるいは、こういうのを、かつて諸葛孔明が「臥竜
(がりょう)」と称された、ああいう毅然とした境地というか、かの佇(たたず)まいを言うのだろうか。
 孔明に生まれながらに具わった「浪人的風懐」である。

 独りわが道を行く孔明としては、最も相応しい個性の選択があったと思われるのである。
 つまり、孔明はまた、「幕賓
(ばくひん)」となり得る人物でもあった。
 それは孟子が明快に提起した浪人的風懐からも分ろう。
 孟子曰
(いわ)く「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行う。志を得れば民と之の由り、志を得ざれば、独りその道を行う。富貴も淫(いん)する能(あた)わず。貧賎も移すること能わず。威武も屈することも能わず」である。

 仁と言う最も広い住いに暮らし、礼と言う最も正しい位に立ち、義と言う最も大きな道を堂々と歩く。これぞ大丈夫という人物である。
 こういう人物は大丈夫と言う男気がある故、自分の抱いた志が天下に受け入れられれば、その道を行い楽しむことが出来る。
 だが、もし自分の志が、天下に受け入れられなければ、独り「わが道を行く」というのである。潔い限りである。
 自分の正しいと思う方向へ、毅然として歩いて行くのが男と言うもので、これこそが大丈夫を維持出来る男たる人物の人生の姿勢であろう。

 ために、「臥竜の岡」に籠
(こも)り、晴耕雨読を平然とこなす力倆(りきりょう)があった。
 それは「浪人的風懐」があったからだ。
 天下の素浪人でありながら、焦りなど微塵
(みじん)も感じられない。臥竜は、自分を認めてくれる将を、この岡でひたすら待ったのである。自分の立案する「天下三分の計」を実行出来る人物が顕われるまで、ひたすら待ったのである。「天下三分の計」は孔明とって、全エネルギーを注いだ気宇壮大なプランである。それゆえ戦略家として洞察眼を持ち、その姿勢は時勢を読む社会心理を心得ていたからであろう。

 孔明の眼を通して劉備を見れば、自身の気宇壮大なプランを受け入れる人物が顕われた。そう映ったに違いない。そしてその人物が、大会社の大社長であるか、零細企業の尾羽打ち枯らしたしょぼくれ社長であるかは問題でなかった。
 まず、自分のプランを認めるかどうかであった。孔明の関心はそれ以外になかった筈である。

 次に劉備の眼を通して検
(み)た孔明は、どのように映ったのだろうか。
 また、他から検て、孔明はどのような人物に見えたのだろうか。単に隠者を決め込んだ青二才の理論家と検たのだろうか。
 決してそうではあるまい。
 劉備は、孔明を「三度訪ねても惜しくない人物」と看做し、せっせと通い詰めて三顧の礼を尽くしたのである。

 一見、隠者の風態
(ふうてい)をしているが、早々と隠居して空理空論の哲理を弄(もてあそ)んだり、また世間にはよくある隠者タイプの反俗的な、軽薄な空想理想主義者でもなかった。そういう幼児思考からはすっかり卒業していて、青年でありながら、老練に練り抜かれた壮大なプランを持つ青年が居た。劉備が魅(み)せられない分けがない。

 ところが、世の中は、みな劉備のようか炯眼
(けいがん)の持ち主ではない。人を表面で検る。それだけに思い込みも激しく、先入観も強い。冥い固定観念で、ガチガチに固まっている。自分のことは先ず棚に上げ、人を厳しく指弾する。
 その指弾も、批判や反論なら未だ分るが、単に誹謗中傷であり、悪口であり、また感情から起こる詰りだけである。罵倒が眼に付く。

 世の軽佻な人ほど、今は未だ臥
(ふ)している竜の存在など知ることはない。
 安易に見過ごし、見ても見下げるばかりである。中には、罵詈雑言まで吐いて感情的に詰る。しかし、その感情に真実はなく、単に愉快犯的な心境に至って憂さ晴らしをしているだけである。また、相手にしている次元が低いことは明らかである。

 今風に言えば、罵詈雑言の絶えない“2ちゃんねる”的な、卑しい便所の落書きに過ぎない。また匿名ゆえ、感情的には憎しみと悪意までもが籠
(こも)っている。詰る相手を徹底的に罵倒した上で叩いている。
 この落書きに、いちいち怒り心頭に来て憤懣
(ふんまん)やる方ない気持ちを募らせても詮(せん‐な)いことである。
 そういう無益なる怒りは、また同次元の感情に振り回されるのであるから、自らの喜怒哀楽は何れにも偏らず、「中庸」を保ちたいものである。

 また「中庸」の大事には、不偏不倚で過不及のない中道の道を踏み行えば、自然と万人普遍のものとなり、好悪は万人に共通するものとなり、清濁併せ呑んでも、更には善悪綯い交ぜになっても、人と己の差別はなくなり、自他同根になって、斯くして天下は治平を齎し、天地万物は一体になるとされている。

 『伝習録』
(中巻)の説明によれば、「古(いにしえ)の人が、人の善を見れば自分がした事以上に喜び、悪を見れば自分がしたこと以上に悲しみ」という、『大学』の言を挙げて「仁」を説き、また「民の飢え苦しみを自分の飢え苦しみと看做し」と『孟子』の言を挙げて、一人でもところを得ないものがあれば、「自分が、あたかも溝に突き落としたかのように」というような責任を感じるには、これにより天下の「信」を得ようと意図的に画策したことでなく、ただただ良知の発揮に過ぎないとするのである。
 このように自己の充実に努めるべしと教えるのである。また己を知るために学べというのである。



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