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陽明学入門 27

陽明学の、理を客観界の事物に求めないで、事業の場を主宰者の借定によるとする決定的転換の「心即理」は、朱子学以来、長らく持ち越された「知行論」に重大な影響を与えることになった。
 そして、やがて有名なる『知行合一論』へと発展し、これは王陽明晩年の先蹤
(せんしょう)となり、真理の解明に迫って行く。

 しかし、知行合一自体が難しい。また解釈により、その深浅が異なる。
 大半は「知っていることは行わなければならない」と解したり、「知と行とを一体化させてその関係を密にする」などの解釈に留まり、その程度の解釈は朱子学者でも当然口にすることである。したがって、これだけでは陽明学的解釈はなされていないことになる。

 陽明学的解釈をもって知行合一を論ずるならば、行動的な実践第一主義が打ち出されねばならず、良知は同時に、刹那に実践されることになる。
 これは、単に格物致知を客観界の知識の納めるのでなく、陽明学で言う知行合一は心の本体の現れが行動と一致していなければならないということである。人間の総ての能力は「本心の現れだ」と説くのが陽明学である。良知の実体である。

 知行合一は、とかく知と行だけに眼が行き、この二文字にしか注目しない。その背後に隠れた有機的な繋がりを持つ「本心」を見逃してしまうのである。
 本心は、心の発露の根本である。
 したがって「格物致知」である、先天的道徳知としての自己が、物事を格
(ただ)す意味において、物に対する考え方が間違っていては、良知を発揮することができないのである。

 陽明は「知行は本体と一致する」ことを説いている。
 そのためには先ず、心を掘り下げて探究しなければならないのである。この探求は、禅に似ているが、禅でないところが、また陽明学なのである。それは禅の静ではなく、陽明学では「動」を目的に良知を発揮する実践学である。



●実践を通じた愛民

 「士別れて三日なれば刮目(かつもく)して相待すべし」という。
 日々精進の姿勢が此処にある。
 目に見えない隠れた部分に有機的な繋がりがあって、到底、体系付けだけでは解明し辛い箇所に、霊的存在と言われる人間の精神的進歩がある。精神的進化である。
 僅か、「三日間」で眼を見張るような進歩があり、また、そこに人間の「進化する変化」が見られるのである。

 これは単に肉体酷使のことばかりを言うのであるまい。精神面においても同じであろう。
 武を知る者は、また文に盲目であってはならず、文に対しても達意を必要とする。したがって、文にも磨きをかけなければならないのである。学ぶと言う原点は此処にある。
 単に肉体酷使をして、肉体苛めの武に励んでも、その肉体に身につけた武は、やがて肉体は亡びると同時に無に帰する。
 むしろ、重きを置くのは「学」であろう。一日も休まず、気を弛
(ゆる)めることなく、学に励むべきであろう。それは老いても同じである。老いて学べば死して朽ちずである。

 では何のために学ぶのか。
 武は、単に兵を知るだけでなく、また兵を用いて詭道を致すだけでなく、計略やウソの謀
(はかりごと)ばかりではない。背景には愛が息づいていることを知らねばならない。

 さて、仏の愛を「慈しみ」と言う。また武門の愛を「情け」と言う。更には、商人の愛を「損する余裕」と言う。
 それぞれの階級で愛が存在してこそ、人が人になれる根元がある。

 河井継之助は、自らが陽明学実践者として、先ず弱い者への愛情を示し、愛国とともに「愛民」の精神を忘れなかった。弱い者、身分の低き者への慈愛と情けを示した。
 継之助の自負は、確かに武士としての誇りを忘れなかったであろうが、この武士は、己の全人格の前面に人民への徹底奉仕の全人格を打ち出し、それに尽くす武士の精神であった。夜郎自大の、ざんざん威張り腐った武士ではなかった。そして、継之助の奉仕の行き先は「愛民」に帰着するのである。
 分け隔てなく、仁をもって慈しみの気持ちを持つことなのである。人民こそ、守るべき、保護すべき対象であった。

 この「分け隔てなく」は、また自由裁量に任せられるものである。
 それは事象の善悪は一方で無善無悪に通じ、これが心の本体と説くからである。そして陽明学では理よりも心の自由裁量に重きを置いているからである。

 則
(すなわ)ち、良知にとっては予(あらかじ)め定めることが出来ないからである。
 心即理の「理」は、単に価値判断ではないからである。「理」が定められれば、心の自由裁量は失われる。そのことにより、理が死んでしまう。硬直化して、死物化する。
 これを避けるには、是非にも善悪意識から脱して、自由性が必要であり、自由こそ究極的には確保されねばならないものである。
 また、陽明学で言う無善無悪は此処に眼目があり、良知は実質的なるものゆえ、必然的の唱えられたものである。

 江戸幕末の陽明学者・山田方谷
(やまだ‐ほうこく)は「無善無悪説」は、善悪の弊害は固定化し硬直化させることによって起こり、『良知説』は王陽明がその究極に迫るために、無善無悪を明らかにしたものであったと論じている。
 「その言たる、已
(や)むを得ざるの挙に出ずと雖(いえど)も、その苦心の深きこと、また悲しむべし」と言っている。

 人間は喜怒哀楽の中で生きている。喜びもあれば怒りもあり、悲しみもあれば、それを経由して楽しみも訪れる。人は、一日のうちでも何回も極楽と地獄を行ったり来たりしているのである。
 その中で明確なることは、工夫
(功夫)することにある。
 工夫を設けなければ、心は常に揺れ動くものである。心は静動を繰り返している。然
(しか)も一日のうちに何度も上下する。
 したがって、心のありようを格
(ただ)す以外ない。
 そこで王陽明は言う。

 「格物の学に従事する者の中にも、未
(いま)だに口や耳のみの表面的な知識に流される物が多い。況(いわん)や、口や耳の学しか知らぬ者が、本物の格物の本意に迫ることが出来よう。格物に迫るには不断から心を鍛錬し、自己を内省し、自己を克服しておかねばならない。その努力をしないで、どうして格物が自覚できよう。

 また、口説にふけっているばかりいるのに、どうしてそれが自覚できよう。知っているばかりで、行うことは不在ならば、それは無意味なものになってしまうのである。
 熱心に天理を論じても、自己のおけるそれが放置したままで、また実践することもなく、それが一体何故の格物致知か、どうしてそういうことを言うことが出来よう」と。
 不実践者を徹底的に詰
(なじ)るのである。



●崇高なる精神と仁愛

 金さえ出せば何でも買えるという資本主義経済では、確かに無機物は機械的に作り出せて、金さえあれば何でも買えるであろう。
 しかし、有機物は、金さえ出せば……という行為が何処まで通じるか不明であるし、ある有機物に限って、金でも買えないものがある。
 例えば、魂である。崇高な魂や、心までは売りたくない毅然とした魂は、金では簡単に買えない。
 眼に見えて、手に触れることの出来ない魂は、金では買えないのである。
 何故なら、魂は、簡単に金では売り渡せないからである。これこそ、金で買えない顕著な例であるといえよう。

 人間の魂は絶対に売らない……。世の中にはそう言う人がいる。肉体は売っても、魂までは売らない。
 そう言う人が居るのである。
 人間であることの最終的な魂までは売り渡せないのである。
 あるいは、簡単に金と引き換えに、黄金の奴隷になる人間もいる。黄金に魅せられて売る人もいることは事実である。金銭中毒患者がその顕著な例であろう。あたかも麻薬中毒患者のように、金に中毒症状を犯した人間は、金を欲しても欲しても欲したらない。

 しかし、魂を売らない人間は、実に誇り高い。崇高である。
 貧しても、実に誇り高く、毅然
(きぜん)とした態度で生きている。
 昨今の世では随分と少なくなったが、貧者でありながら胸を張って毅然として生きている人がいる。
 そう言う人は、魂が気高いのである。更には霊的神性も高く、仁と愛で満ちている。

 一方そうでない人もいる。情の欠片
(かけら)も存在しない人もいる。
 人の心を解しない人は、親子の血縁関係にあっても、親が子を理解しない親は多い。したがって、単に血が繋がっているだけで、子の心を理解せず、一方的に孝行せよと言うのは親ではなく、他人以上の赤の他人である。昨今はこう言う親が殖え、また子が殖えた。心の不在の時代である。

 日本は明治以来、学制の奨励によりインテリと言われる人が徐々に増加し、また戦後に至っては学歴社会の学閥社会が重なり合って知識階級が増加した。
 しかし一方で、知識階級の増加は、心を不在にし、唯物論に傾倒し、物欲を深め、仁愛を不在にしてしまった観が否めない。
 その行動原理は、一面善意に満ちているにも拘らず、共感を呼び覚ませないと言う実情がある。これは仁愛が欠けているからであり、単に事務的な心の伴わない愛情は空転するばかりである。

 一般に高い知識を修めたインテリは、知力の面では確かに教養も豊かで、思想も哲学もそれなりに持ち合わせているだろう。そして、個人的には優れた面を多く持っている。
 ところが、仁愛が欠けているために、相手の立場や状況に応じて「思いやり」という事が欠落しているために、単なる事務屋に成り下がることが多い。つまり、「情の欠如」である。

 幾ら頭脳が優れていても、情が欠如していれば、人間的な面でも魅力は半減する。あるいはそれ以下の評価しか得られない。ゆえに仁愛欠如では、人が蹤
(つ)いてこないのである。
 昨今は科学的と云う言葉が持て囃
(はや)され、専門家と言う連中が大手を振って至る所で闊歩(かっぽ)を繰り広げているが、専門家と言う者の見方だけでは限界があるのである。博士号を持つ人間を何人も取り揃えていても、それだけで目的が達成できると言うものでもない。

 目的達成のためには、自他の垣根を越え、自他離別の格差を取払い、「人間味」という情を示さねば、人は人でなくなり、機械然としては人は蹤いてこないのである。心不在では、人は後に従わない。

 こういう場合に、人間味について一つの挿話を思い出す。
 かの忠臣蔵が起こる切っ掛けとなった『刃傷松の廊下』での話である。
 時は元禄十四年、江戸城松之廊下で刃傷事件が起こった。勅旨を伝達するために派遣される特使の接待を仰せつかった、勅使馳走役の赤穂藩主・浅野長矩
(あさの‐ながのり)が、指南役の吉良義央(きら‐よしなか)を斬りつけたのである。

 このとき、旗本の梶川與惣兵衛
(かじかわ‐よそうえもん)が馬鹿力を発揮して浅野に組み付き、「殿中でござるぞ、刀をお捨てなされ」と喝破した。
 浅野は「武士の情けだ、お離し下され」と哭
(な)くような声で叫んだのである。
 ところが、梶川は組み付いて離さず、その間に吉良は逃げて命拾いをした。
 一方、浅野は即日切腹となり、また城地を没収されることになる。そして、この状況を検
(み)た浅野家家臣は幕府の理不尽を詰った。家臣団は将軍家の不条理を怨(うら)んだ。怒号を放って、わが主君の不運・非業に哭いた。

 他方、武士の情けを無視した梶川は、どうなったか。
 梶川はと言うと、狼藉者を取り抑えたことで、その功は五百石の加増となり自らの面目を施した。
 このとき、それまでの下総国葛飾郡の所領と併
(あわ)せて都合千二百石となったのである。
 だが、間もなく浪人をしてしまった。
 梶川が浪人に至る経緯には、加増御礼にいった老中を始めとして上司らが皆、彼の“浅野に組み付いた行為”に対して不快を感じたからである。
 老中をはじめ上司の各位は「なぜ力を弛
(ゆる)めてやらなかったのだ」という言外のことをいい、梶川の役人根性の融通の利かない四角四面の遣り口を非難し、やがて梶川は浪人へと追い込まれることになる。

 そもそも「殿中」とは如何なるところか。
 殿中において、鯉口三寸切れば、その者は理由の如何を問わず切腹である。併せて、お家は断絶となる。その禁を浅野は知らない訳はからである。充分に承知の上である。
 五万三千石の大名が、自らの家も棄
(す)てて、それを承知で刃傷沙汰に及んだのである。それだけに大変な覚悟である。

 一方、吉良は賄賂三昧に明け暮れて、幕府も、常々吉良の行動を苦々しく思っていた。周囲から敬遠されていたのも周知の事実であった。このことは梶川も知らない訳がなかったのである。
 それならば、梶川も浅野の行為を阻んだ手は弛めるべきであり、浅野の思い通りにさせるのが武士の情けと言うものである。

 ところが、梶川にはその配慮がなく、単に役人風を吹かせて浅野を取り抑えてしまったのである。然るべき配慮はしなかった。
 ここに忠臣蔵の、もう一つの然
(しか)るべきして起こった要因があったのである。
 ところが、この要因は殆ど見逃され、単に「吉良憎し」のことばかりがクローズアップされて、もう一つの肝心なる部分が、忠臣蔵の物語の中で見逃されてしまったのである。そして『仮名手本忠臣蔵』では、梶川與惣兵衛の融通の利かない役人風は、殆ど批判されていない。
 単に、「吉良憎し」の物語りで構成されている。

 そもそもの片手落ちは、吉良だけでなく、実は梶川にもあったのである。梶川の非を、残念ながら赤穂浪士も批判し、詰っていないのである。
 もし、梶川が浅野の無念と意地を解する人間であったら、一応浅野の狼藉を止めに入ったであろうが、弛めてやれば浅野は本懐を遂げたことになり、浅野家臣団も「討ち入り」までには及ばなかったであろう。喧嘩両成敗となって、幕府の威信も失われず、浅野の無念と意地も、吉良に一矢報いることになり、総てが丸く納まっていたのである。則ち、梶川は「武士の情け」を知らぬ役人だった。

 このことを後に、勝海舟はこのようなことを言っている。
 「梶川は、殆ど融通の利かない四角四面の役人であった。しかし、人間ではない。役人風を吹かした法一点張りの完全なる役人だった」

 梶川が如何なる人物か、多くは語るまい。
 梶川は法の番人としての役目を果たした徹頭徹尾の役人であった。しかし、それだけに人情を解しない武士であった。そこが、勝は「人間でない」というのである。

 つまり、人の心を持ち、相手を理解し、人間としての温情を持たない愛の側面の欠けた人間だと言うのである。
 どんなに事務的に優れていても、それだけでは知識を施行する機械でしかない。そういうものは人間でなくても、期間でも出来るのである。
 そもそも機械は愛情を持ち得ない。温情を解せない。ただ規則一点張りである。
 勝海舟は、梶川をそう検
(み)たのである。

 心学の欠如は大いに歎くべきである。
 現代社会は人間の持つ精神性が薄れ、ただ機械的に動く物質的要素が濃厚になってきているから、人の情けを解する人間も減少状態にあるが、彼
(か)の時代を振り返り、人間味の喪失しつつあった元禄時代でも、梶川の行為に対しては苦々しく思う者が少なくなかったのである。
 武士の愛を「情け」ということを、再度認識し、真に敬仰され、人としての愛惜とは如何なるものか再考するべきであろう。
 そして、仁愛こそ現代で問題にすべき事柄ではないかと思うのである。

 さて、もう一度念頭に置いて頂きたいことは、ウソも遣い方次第であり、それは時と場合にもよろう。
 仏のウソを方便と言う。
 武将のウソを武略
(昨今風に解すれば戦略であろう)と言う。
 商人
(あきんど)のウソを駆引きと言う。
 ウソも使い分けに応じた必要悪なのである。

 しかし、愛は不変であり、特に仁愛は「まごころ」の顕われとして貫きたいものである。
 仏の愛を「慈しみ」と言う。
 武門の愛を「情け」と言う。
 商人の愛を「損する余裕」と言う。
 この「損する余裕」に補足説明を加えると、商いをする場合、損して、損に拘
(こだわ)り、損した部分を取り返そうとするのではなく、捨て置くことである。捨て置くことを知らねば、仁愛の行為は失われる。捨て置いて、それを「惜しい」と思わないことである。損は、損したままでいい。捨て置けばいい。
 天は、そこを「検
(み)ている」のである。

 富貴は天にあり。
 天の眼に叶
(かな)った者だけが富貴を得る。
 しかし、失ったものを“惜しい”と思えば、総ては逆行する。負け将棋を、もう一番、もう一番と繰り返すことになる。まさに愚行である。

 利とは、結果として蹤
(つ)いてくるだけのものであり、最初から利を狙った策略では、損が生じた場合に痛手を大きくする。同時に、天もそっぽを向くだろう。
 損は取り返そうとせずに、損は放置し、損したことは忘れ、新たな部分を開拓することである。
 損は捨て置く。それが余裕と言うものである。
 捨て置くことにこそ、余裕が生じ、新たな活路が開けるのである。
 損は忘れて、新規開拓の方が、よほど理に適
(かな)った道なのである。
 過去の儲けに拘らず、未来に向けて、一歩前に踏む出す勇気が必要である。この勇気を、また「良知」というのである。

 人には「それぞれ」という、立場の異なりがある。
 だが、それぞれに異なる立場があるにせよ、愛の定義はおおむねの共通項として、他人を思い遣るに、どういう気持ちで向かい合うかと言うことであり、これを言い換えると、他人の立場を犯さず、かる自分の立場を弁えるということで、心の在
(あ)り方を問題にしているのである。

 人との接触は「まごころ」で接したいものである。誠を貫きたいものである。
 そして、王陽明が陽明学を心学として説いた背景には、仁愛こそ「まごころ」の顕われとしたのではなかったかと思うのである。然為
(さす)れば、愛こそ「まごころ」の異名であったことになる。



●良知を司る自律的なる善

 確固たる人生観は、どう確立されるべきか。
 ところが、現代はこういう観点に立って真摯に物事を考える人が少なくなった。
 どういう思想を持ち、どう生きるべきかの哲学を持った人は非常に少なく、単に金・物・色に躍らされて、本能のままに生きようとするのが現代の物質一辺倒主義の中にあるように思うのである。

 思想も持ち合わせないし、哲学もない。
 況
(ま)して理想すらなく、物質至上主義の中で流されて生きているのが現代人であり、夢や希望や幸せの拠(よ)り所を金や物に求め、本能の命ずるまま欲情を募らせて、物欲に明け暮れると言うのが、この時代に生きる人間の特長にも思えるのである。
 そして、現代では社会通念として、余りにも金や物の経済大一主義に偏ったため、戦後民主主義下で陽明学的心学要素は殆ど失われ、悪しき個人主義が蔓延
(はびこ)り、エゴイズム中心の“自分さえよければ……”という考え方に固執し、現代日本人からは義憤(ぎふん)と言う概念が欠落してしまったようである。

 だが、そうした世の中であっても、ある種の哲学や思想、更には理想をもって世に立ちたいものである。また、こうしたある種の確信をもって世に立てば、そこには自ずと品位と気品が生まれ、悠然たる風格がそれによって生まれて来る。

 一瞬先は闇と言う。一秒先の闇の中も、見通すことは容易でない。
 では、こうした闇を見るにはどうしたらよいか。
 まず、自分がこの世に存在している現実を考えてみればいい。
 そうすると何のために生まれてきたかを考えることで、大半は解決するのではないか。自分がこの世に存在する、存在意味である。
 則ち、人は如何に生きるべきか、また如何に行動すべきか、更には行動するに当り、如何なるものを基準に動くかを考えれば、そこには自ずから見えて来るものがある。
 それを掘り下げて探求することである。

 この、掘り下げて自己を探求する事無しに、明日のことが分る訳はないし、半日先、一時間先すらも分る訳がない。分らなければ至極不安になる。しかし、分らないからこそ考え続けねばならないのである。自己を探求しなければならないのである。
 分らなければ、とことん悩み抜けばいい。分らないことに対し苦しめばいい。
 そもそも人生は苦悩に満ちているのである。
 その経験無しに、人生とは何かは分る筈がない。

 その苦悩の果てに、心の明かす結論が待っている。
 心が掴み得た結論は、人それぞれに異なるであろうが、その究極は道徳の根元に置かれた善の意識をどう理解するかに懸かるであろう。
 善の意識は、人間の内面的かつ先天的な自覚によって依存されるべきものである。

 この依存とは、例えばベンサムの説の如く「最大多数の最大幸福」というような経験的標準に依存するものでない。そう言うベンサムの説ではなく、これが社会に承認された道徳律でなく万人に要求されること自体が人間の良心の善に対する内容的自覚があってこそ可能と言うことになる。
 善の意識は、先天的に内面的なる自覚によって既に依存状態にあるのである。
 つまり、この良知こそ、良心の根元であり、陽明学的に言うならば、これ自体が「善を為
(な)す」に繋がっているのである。

 然らば、何が善であり、何が悪であるか。
 それは良知によるものであると、陽明学は説く。
 この良知は、必ずしも社会的に見て共通な基準と言うか標準と言うものはない訳ではないが、これは極めて抽象的なものであり、また相対的な基準あるいは標準であって、究極的には自己の良心に委ねられるものである。
 何故なら、真実を見る者は自分を措
(お)いて、それは外にないからである。総て裡側(うちがわ)に内蔵されており、また内面に依存されている。

 ところが、この点において他者の表現となると、しばしば歴史は第三者の目を欺
(あざむ)くことがある。
 つまり、善い人間を悪く言ったり、悪い人間をデマに惑わされてよく言ったり、見掛け倒しで判断を狂わされているからである。
 そのような狂わされた判断が起こる度に、判定の程度も標準も、また時代や環境によっても異なった見解並びに判断をして、世に人々を欺くのである。
 況や、昨今のように情報過多となり、あらゆる情報が混線状態にあれば、この世相下では、一層人物評価や判断に狂いが生じる訳である。

 現に、一方で「彼は偉い人だ」といい、他方で「彼ほど悪い天下の悪党はいない」などと、その度に判断や見解が異なり、それをもって標準値とは言えないからである。標準値自体が極めて曖昧なのである。
 これを、もう一歩突っ込んで言及するならば、世間では天下の悪人の如く言われている人が、実は、悪評を覆す善なる人であったり、その逆もあり得るから、必ずしも悪が悪であることはなく、また善が善であることもないのである。
 こうした第三者の発する善悪論は、恃
(たの)むところ己の判断を措いて、己の外にはないのである。
 したがって、世間評の毀誉褒貶
(きよ‐ほうへん)に少しも惑わされることなく、また少しも構う必要もないのである。

 こうした毀誉褒貶は世間に任す。人に任す。
 そして自らは、黙々と本然から良知を行えばいいのである。
 こううすることによって、真の勇気は発露する。また、その真の勇気はある意味で責任感であるから、その責任をもって人生を待ったうすること事態が、人生の生き甲斐になるのである。

 ゆえに、人の人たる道は、此処に帰着し、飽くまで至誠を貫けば良心にも、また良知を行う場合、良心的にも真剣味が出てきて、人生を更に一生懸命邁進しなければならないと言う結論に至るのである。これにより、始めて物事を格
(ただ)すに至るのである。
 そして此処に来て、積年の懐疑が溶解するのではないか。
 少なくとも自分だけは、自己を掘り下げることにより、安心立命を得たのではないか。
 この条件は、善の意識が自律的であって始めて可能になるのである。



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