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陽明学入門 28

心の本然は、まず言葉に顕われる。
 したがって最初に決め手になるのは言葉であり、言葉は偽りがない場合、そのまま心の顕われとなる。その顕し方で重要なのは、心の処し方である。

 この顕し方に誤りがあれば、病む現象が起こり、熱として堆積する場合がある。そして熱は、生きている限り、変化を伴って消えることはない。
 これは病気が人体から去らないのと同じである。熱とともに異常な温度となれば、人体から去ることはない。

 生命の火を燃やせば熱が生ずるが、それは一定であることが好ましい。異常なる高低を繰り返してはならない。常温であることが好ましい。
 したがって、心的状況の同様により、異常なる状況に陥る熱の上下は、心の処し方にも狂いが生じ、熱に浮かされた状態になることがある。
 心は普段から鍛練しておかないと突然の熱で浮かされ、躍らされて攪乱されっぱなしになる。



●自然から学ぶ

 人は、人生の浮き沈みを「明暗」と観じ、譬(たと)え暗部に苛まされても落胆することなく、また浮沈の事情に関係なく、「誠」を第一と心掛けることが出来れば、自らの人生を外さずに全うしていることになる。この意味からしても、至誠は貫きたいものである。「まごころ」を致したいものである。
 何故なら、誠は天に通じるからである。
 至誠を貫けば、それは天に届くからである。一筋である。陽明学では、そう教える。
 その至誠を貫き通せたか否かは、自分の感得による。自分の悟りによる。
 誠は自らの心が曇っていなければ、そのままの姿で天に通じる。そして迷うことはない。

 人間が至誠を全うし、「まごころ」一筋に徹したか否かは、裡側
(うちがわ)にあって外にはない。他人の評価ではなく、自分が感得するところである。他人の評価や外野の評判はどうでもいい。八方美人は無縁のことである。自らが知るところである。
 それを自覚し、悟るのは自分自身である。自分の外にあるのではない。

 人は孤独に徹して、その背景に静寂が訪れ、その中で始めて物事の真髄に到達できる。騒がしい騒音の中に真髄を見出すことは出来ない。心が掻き乱されていては、惑わされるばかりである。
 騒音から逃れ出る必要がある。都会の喧騒から離れる必要がある。静寂を得る必要がある。
 そして真なる勇者は、孤独の中で大いに学ばねばならない。自分の裡側
(うち)を掘り下げ、自己を探求しなければならない。

 しかし、それには一つ注意を要することがある。
 「道」を求道する者は、孤独とともに悲しみを抱えている。人の悲哀を知っている。人情の機微もこうした背景にあり、それを知らぬ存ぜぬでは、人後に落ちることになる。
 また、物事の真髄に迫り、その成就を得るには、「自分ひとりで……」と考えるのは早計である。その愚に陥らないためには、心友を得ることである。

 心友は、何も親しい間柄の表面的な親しさを言うのではない。軽い付き合いの友を言うのではない。また、表面上の顔見知りなどとも違う。
 心から交わることの出来る、心が許せる
友のことである。
 したがって心友は、単なる友達と言うのではなく、言わば「幕賓
(ばくひん)」という存在で、人生示唆の指南番のような友で、あるいは軍師的な存在である。

 道を全うし、大事になし、至誠を貫くには、この「心友」なる具申者を得ていなければならない。
 これを得ているか否かで、静寂なる孤独の迷宮に迷い込んだとき、心強い助っ人になるのである。自分なりの、義憤に燃える人物が必要になるのである。

 では、心友が得られない場合はどうするか。
 そう言う場合は、自然の摂理を眺めればいい。自然から学べがいい。
 不運にして、いま心友が得られない場合は、自然の摂理に習えばいい。そこに示唆する答えがある。
 自然は人間に、その摂理を教えるとともに、調和と循環と言うことも教えてくれる。
 そこには生々流転の世界が繰り広げられており、相補性原理まで具
(そな)わっており、その原理は動かし難い。
 人間は一人では何も出来ない。また矛盾の多い生き物である。それゆえ欠点を持つ。
 ところが、互いに欠けれ部分を補う相補性があれば、矛盾多き生き物の欠点は減少される。

 人間が大自然から学ぶべきことは、物事の根本である。「根」である。そこを検
(み)る。注視する。ここに学ぶべき点がある。
 「根」には物事の根本が無言で説かれており、根を検
ただけで、それがどうなっているか歴然となる。つまり、「根の太さ」である。
 根の太いものは、枝が充分に伸び、葉がよく繁っている。栄える構造になっている。
 これは花の咲く樹木を考えてみればいい。
 栄える樹木の構造は、花が咲いても美しく、根太が確
(しっか)りしていれば、咲いた花も“徒花(あだばな)”ではない。根が細く、不安定な構造の樹木では、花は徒花でしかない。

 ところが、根の確りしたものはそうではない。
 春夏秋冬を繰り返しつつ、毎年見事の花をつける。
 こうした樹木の土の上には、枯葉が地に落ちて腐葉土となり、次の年の栄養源として新旧交替がスムーズに行われている。枯れた葉は、次世代のために栄養源を与え続ける。
 樹は、この栄養を吸収して更に枝を伸ばし、葉を繁らせ、大地に根を張り続ける。そして花の咲く季節が到来すると、花は益々見事になって豊かに咲き繁る。根の所以である。

 樹は土と調和し、また他の樹木とも調和して共に栄えて行こうとする。
 この、栄える中に大自然の調和とのバランスのよさが見て取れ、絶妙な摂理を人間に教えてくれる。そこに無限の教訓があることを教えてくれるのである。

 大自然から学ぶ。
 この境地に達することが出来るのは、人が大自然を通じて、その摂理を理解した時であろう。
 人は、こうした自然を通じても学ぶことが出来るのである。そこからの教訓は多い。
 ただ残念なのは、軍師的な幕賓
(ばくひん)を得ている場合は、言葉で意志の疎通が出来るが、自然は無言であり、それを解するには高度な読心術を得ていなければならないと言うことである。
 ともかく相補性は、自然にも具わっていることである。学ぶべき舞台は大自然の中に点在している。



●道は一に貫かれている

 物理学の論のよれば、過去は「片付いていた」と言う。スッキリ統一されていたという。
 しかし、過去から未来に向かえば、「片付いていたもの」は拡散分散してバラバラになると言う。
 現代と言う、昨今の時代の多種多様性はどうだろう。
 益々拡散・膨張の方向に向かっているではないか。纏まりがなくなっているのではないか。散らばって片付いていないのではないか。
 これは単純化が失われ、時間とともに複雑化したと言うことである。

 最初、中心に帰一して「片付いていたもの」は、時代が下って分散し、かつ膨張した。
 例えば、多様性や多目的において、それは中心なるものはなく、ただ欲望や願望の望むがまま益々分裂を生じた。

 その最たるものは人間の好みに顕われ、趣味・指向・考え方・思想・人生の最終目的などの方向性に関し、拡散・分散、そして膨張の一途にあり、片付いていた中心より離れはじめた。
 最初「片付いていたもの」は、時代の高速化と多様化で分離し、離反し、膨張し続けている。また、人間の人員構成すら、拡散し分散する方向へと向かっている。
 科学一辺倒主義は、人間の欲望の拡大に追随するだけである。その結果、人間は自然から離反した。中心から遠く離れ、遠心力的に膨張し、分裂して行かざるを得ない道を選択してしまった。科学の発達とともに、あらゆる徒労が生まれ、あたかも千手観音の手の如き忙しさで、人間が向かう欲望目標も手段も多様化し、無限に苦労するジレンマに嵌まったというべきであろう。

 それに加え、時間軸まで多方向に分散・分裂・拡大し、自然から離反する宇宙の孤児を選択してしまったようである。
 そして、これまで時間とは数直線上を進んでいると考えられがちであった。
 つまり一次元数直線上をである。時間は数直線上を過去から未来に向けて、一直線上を進んでいると思い込まれていた。

 ところが、数直線の上を進む時間経過を、二次元平面で考えれば、単に一直線方向だけでなく、面上を横方向や縦方向あるいは曲面的に進むこともあり得る。
 更には三次元立体で考えれば、その進み方は螺旋
(らせん)状の軌跡を残しながら複雑に回転して進むことも考えられる。こうなれば次元が高次元へと向かえば、これまでの一直線上を過去から未来に進んでいると考えられた時間と空間はその領域ないだけでなく、多次元での時間進行が存在すると言うことになってくる。

 したがって、この時間則によれば、太極という課題に対し、『易経』
(繋辞上伝)でいう経文(けいぶん)によれば、「易に太極有り。これ両儀(りょうぎ)を生ず。両儀、四象(ししょう)を生じ、四象、八卦を生ず」とあり、時間の経過は、あたかも二乗核分裂するが如く、論じられている。
 そして、この後に続けば、最終的には六十四卦となり、六個ずつの三百八十四の爻
(こう)を生じさせるとある。

 更に言及すれば、この数が宇宙ならびに世界の総ての物事を表すとされている。
 この説明によると、「一
(いつ)」である原初のものが、段階的に複数化し、複雑化し、これにより様々な事象に変化して行く様を論じているのであるが、些(いささ)か単純均衡であり、これを「孔子曰く」と言っているようである。

 孔子により深淵な原理が付され、それによれば、陰陽二元を以て天地間の万象を説明している。
 陰・陽は老陽
(夏)・少陽(春)・少陰(秋)・老陰(冬)の四象となり、更に乾(けん)・兌(だ)・離(り)・震(しん)・巽(そん)・坎(かん)・艮(ごん)・坤(こん)の八卦となり、八卦を互いに相重ねて六十四卦を生ずるとする論である。
 この論を検証して行く限り、「易」の世界観を演繹的な発展・展開で述べているが、一見そのように解釈できるものであるようだ。
 但し、複雑怪奇極める人間現象界で、単純かつ均衡で、然
(しか)も均等ということがあり得るだろうか。あるいは有機的生命体での陰陽二元を物理的に行うことは可能であろうか。
 二元相対では、必ず畸形
(きけい)が混じる。

 分裂には必ず畸形
情報が混入されるから、相対分離は不均衡であると言える。これは「優性の法則」からも明白であろう。
 正統は受け継がれ難い。何処かで畸形を生じる。したたかな優性も、何処かで畸形因子の浮上でその害を受けることがある。そして何かが微量に混じる。
 これは微量なる奇なるものが混じるということであろうか。
 あるいは100%の確率で均衡・均等にはなり得ない。何れかに偏ると言うことであろうか。
 そして結果に誤差が生じる。
 それは分解した後、その有機的なる生命体を組み立ててみれば分ることだ。
 分解したものを更に細分化して、微細なものに末端まで腑分
(ふ‐わ)けした後、これを再び組み立てて、それが元通りに完全復元できるだろうか。
 逆も真ならそれは出来そうだが、どうもそうではないらしい。

 何故なら、自然は一個の一大的な有機的生命体であるからだ。
 この有機的生命体は、本来分割してはならないものであった。
 ところが、してはならないものを相対的に二つに分割し、二分割を更に四分割に、四分割を八分割に、八分割を十六分割にと細分化し、専門化していった。その結果、その分化した研究においてその精密さとは比例して、二倍、四倍、八倍と、自然そのものの姿は完全性を失って行った。

 綺麗に片付いていた収量を構成する要素は、本来バラバラでなかった。綺麗に片付き、纏まっていた。自然の中で、一本一体の結集した有機的生命体として、同時秩序を以て一糸乱れぬ整然さで運用運行されていた。
 つまり、この情景は美しい調和音で奏でられる秩序が存在していた。
 だが、これに「科学」というメスを入れるとどうなるか。細分化し、専門化するとどうなるか。
 メスの執刀後、顕われるのは複雑怪奇で入り乱れ、混沌とした醜い集合体が露出されてくるのではないか。

 科学は有機的結合体を持つ自然と言う絶世の美女に、これをメスで切り刻み、その皮をひん剥き、表皮下部を調べたところで、醜怪さは益々増幅されるばかりであろう。
 細分化し、専門化することは、味気ない徒労であった。何故なら細分化し、専門化したものを再び組み立てても、元通り復元できないからである。生命体を構成する細胞を造っているタンパク質の合成に自信がないからである。人口で同じものが造れないからである。
 またそれは、核酸合成に凭
(よ)り懸かり、その合成の最後が有機体の分解した後の、組み立てが不可能であるからだ。
 単純な生命体の合成は、もはや時間の問題であろうが、精巧なる自然を人工合成することは不可能だろう。似たような類似の物資体は出現するかも知れないが、精密精巧なる、そっくりな有機体は至難の業であろう。
 相対的な主観には迷路が幾つもあるからだ。

 また、これと似た話がある。
 未来予知に対して、ドイツの物理学者ハイゼンベルグは「素粒子の位置を性格に観察しようとすれば、その素粒子の速度の観察は断念せざるを得ない。その逆に速度を観察すれば、位置の正確さは観測できない」と論じているように、未来測定に関し、人間の未来位置である場所や領域は仮に正しく判断で来ても、そこに到達する時間や速度は測定できないと言うことになる。またその反対もあり得る。
 しかし、両儀・四象・八卦と分裂して行く過程はその手順を物語ったものである。
 このように説明するのは、別の解釈による両儀ならびに四象においては、飽くまで初心段階の方便的な便法でもあるようだ。

 何故なら、中間的存在が抜け落ちているからである。
 則ち、太極と言う「一
(いつ)」が存在した瞬間に殆ど瞬時に間断なく、途中途切れることなく、とにかく六十四の世界が存在したからである。これはある意味で、時間無視ではあるまいか。この時間を考えずに六十四が存在したという、この刹那なる突然に奇なる疑問が生じるのである。
 あるいはこれを「特異点」と云うのだろうか。

 運命は、徐々にではなく特異点が存在している。どんでん返し的な廻り舞台が存在するのである。突然、陰陽が逆転する。しかし、人間の目には陰から陽に移るとき「徐々に……」というイメージを抱いてしまう。変化は徐々に起こるものだと考えがちである。
 だが、天変地異などの運命の変化は急激に起こる。それは瞬時である。

 さて、真実は太極は一瞬にして「八卦に化
(な)る」という。それは掛け合わされて、太極は既に最初の段階で生じた六十四卦三百八十四爻を持っていたという。
 つまり、途中で止まるような中間点は存在せず、また中間なる段階も存在せず、太極という「一」が全貌に把握されていたという、それそのものが存在だったと言うのである。それは、例えば視て聴いて、そこに全貌が存在したということでなければならない。
 これを、「仁」を成す聖人の洞察力と理解力という。

 『論語』
(里仁篇)に「わが道は一つのことで貫かれている」という「一貫の教え」に遵(した)えば、孔子が功夫(工夫)の要所を掴んでいない曾子(そし)に対し教えたもので、これを「一貫の教え」として諭(さと)した。
 そこで曾子これを聞き入れた。
 曾子は「夫子の道は忠恕なるのみ」と悟ったというが、本当に忠恕について「まごころ」と「思い遣り」を発現するには忠実なる心がなければならぬとし、これを「一
(いつ)」としたのである。

 この一は例えば、樹木の根本であり、それに貫かれたものが樹木の枝葉となり、根本を植えることなしに枝葉は得られない。
 これを以て「体と用は源を一にする。したがって体が立つことなしに用が生ずることは無い。このとき曾子は、用については事に応じて精察していたというが、体について一であること知らなかったという。そして曾子は「一を主とするを敬という」に至るのである。
 それはバラバラではなく、「一」においての、同時の「仁」と言うことになろうか。

 陽明学的に言えば、「心即理」は刹那段階において瞬時に存在していることになる。
 だが、これが難解である。
 聖人では可能かも知れないが、凡夫はどうだろう。君子の足許にも及ばぬ凡夫はどうであるだろう。それに凡夫は事を実践するのに些かの躊躇
(ためらい)いを感じ、酷いときには優柔不断に陥って大いに迷うものである。この迷いが、分裂状態ともいう。
 体と用は源を「一」にする。
 道は「一」に貫かれている。分裂阻止の法だろう。中心帰一の法だろう。

 人間が自然を知った、あるいは知り得たということは、人間が自然に対して、この有機的生命体が真に何であるかを知り得たことでなく、単に“人間が知りたかっただけのことを知ったに過ぎない”ということである。
 大自然と言う壮大な有機生命体の全体像を知り得たのでなく、細分化し専門化した一部のミクロ部品の単なる品名を知ったと言うに過ぎなかったのである。
 「一」なる、大自然の壮大な有機的生命体の全体を知ったと言うのではなかった。
 現代人はこの思い上がりに気付けばいいが……、と思う次第である。



●器という格

 人の評価にあたっては、そんなに長い言葉を必要としない。
 人の評価は実に端的に表現し得る。
 例えば、人はいいが、動きが鈍いとか、反応が遅いとか……、その種の評価を下し場合は単純明快となる。
 あるいは単なる、人のいい善人であるとか、また逆に、頭の回転は早いが人間が悪いなどの評価である。こうした言葉は、単純明快にその人物を言い表している。そしてこうした評価は、大半の場合、的を得ていると言えよう。

 しかし、これは飽くまでも凡夫
(ぼんぷ)と言われる庶民層レベルのことである。
 それに比べ、先覚者とか、リーダーとなり得る人間は、単純なる評価は簡単には下せない。思考が複雑であるからだ。また、深部には奇想天外なる発想を潜ませている。その奇想天外なるコペルニクス的発想力が脅威となる。人を恐れさせる威厳となる。
 その種の複雑かつ端倪
(たんげい)すべき要素は、庶民レベルでは図り難い。

 そして群れを率いる威厳ある権威者は、変化も複雑で、然も臨機応変性の即応力は“並み”のそれではない。単純なる一語をもって評価するには余りにも茫洋
(ぼうよぷ)としており、推(お)し量り難い。底が知れないからだ。底が見えないからだ。内に潜む謀が深淵である。
 それが脅威を抱かせ、かつ近寄り難い威厳となっている。

 だが、底が見えては、また人間としての魅力も尊敬もするに値しないのである。底が知れないから、その評価は益々高まるのである。
 見えたもの、奥行きが知れたものは魅力も尊敬もない。底知れず、闇の一面を持ち、茫洋としていなければならない。
 また、二次元平面的な思考力のみではなく、三次元立体で多くの多角面を持ち、時と場合において多くの変化を魅せることである。突発時の対応も素早く、臨機応変型の思考力を備えていなければならない。
 人は、そういうところに魅力を感じ、尊敬の念を抱くのである。畏敬の念を感じる。

 分り過ぎたものは尊敬の念が薄らぐ……。
 底が見えれば、人なりも見える。
 単に分り易いでは、底が見えてしまう。難解なところを抱えているからこそ、底知れぬ恐ろしさがあり、これに人は叩頭拝伏
(こうとう‐はいふく)するものである。それは恐れるほど複雑な方がいい。

 古代中国では、インド神話に「竜」なる想像上の動物を重ね、神霊視される鱗虫の長を顕し、これを四端に据え、鳳
(ほう)・麟(りん)・亀(き)とともに大いに崇(あが)めた。
 竜は蛇を神格化した動物である。
 よく雲を起こし雨を呼ぶという。また、大海や地底に棲
(す)み、雲雨を自在に操り、支配する力を持つとされる。それだけに人を畏(おそ)れさせ、この畏れこそ威厳である。
 そして、「王者の道は竜首の如し」と言われてきた。帝王であり、天子である。
 では、何故こうまでして崇められるのか。

 竜は大海に居
(お)り、時として広大な野に臥し、あるいは時を得て天にまで駆け上る。そして、一度天に駆け上ると、高所に存在して、その視野は遠くまで行き届く恐ろしいほどの視力を持っている。
 それは単に遠くまで見通す視力だけでない。視覚が明るいために、闇の中まで見通すのである。
 また、聴くことにおいては、審
(つまび)らかであり、聞き洩らしや聞き違えがないのである。
 更に、その形は威厳を外に示してやまず、内は奥深くで、人心に底深さを測らせないのである。まさに深遠である。凡夫の知るところでない。

 天は何処までも高く、遠く、逆に淵は底知れず深く、人為では心中も模索されないのである。
 つまり、人が外野から、ああじゃこうじゃといって、一言や二言で簡単には評価が出来ないことこそ、魅力であり、かつ尊敬に値する「尊崇の多極面」と言えるだろう。
 これに似たものに、ダイヤモンドの多面的カットがある。

 ダイヤモンドは他の宝石に比べて多面的カットが施され、その面はあたかも神の如く、愛と人情の機微に似て慈悲深く、一方で鬼神のように烈しく物凄い一面をもっている。あたかも夜叉
(やしゃ)の如く怕(こわ)い面があり、また神々しのは神の如しである。
 したがって、多極面を持ったダイヤモンドの一面だけに対して、局面評論を加えるのは全体像を見逃していることになる。一面だけでは、的を得ていない。ミクロでは用を為さない。全体像が見えていない。これだけでは見通しも立たない。全体を論ずることは出来ない。
 それだけに、多極面を有するダイヤモンドは、総合的に検
(み)て、その全体から発する光は、他の宝石よりも群を抜いている。人々を魅了してやまない。それが魅力と言うものである。

 その魅了してやまないものは、何も、物だけでない。物質以外にもある。
 人もそう言う魅力を掲げた存在である。魅力あるものは、人に何かを魅
(み)せ付ける。魅せ付けられた者は不思議にも、魅せられる。人に魅せられる。

 人にも、媚術などで遣う“蠱
(こ)”に魅惑される以外の魅了性がある。蠱惑以外に人を惹(ひ)き付けるものを人間は持っている。地の力である。それは老若男女の別が無いようである。
 では、人を魅せつける要因は何か。

 それは「容易に底を測らせない」ことでであろう。そして奥行きを測らせず。奥の院は闇に包まれていることである。隠れて見えない有機的な繋がりを有していることが、人としての魅力なのである。
 例えば、「掴みどころが無い」というのも深淵を暗示している。
 掴みどころがなく、また複雑で分り難い……こうしたものも深淵を暗示するものである。

 世の中には奇人が居る。
 奇人について言えば、その人が何かしているかというとそれほどでもなく、また仕事面においても、仕事が出来るかというとそれほどでもなく、更には学問が好きかというとそれほどでもなく……という人がいる。それでいて、何かを命じられたり、有事が生じれば、自適を超越した働きをする人がいる。奇人である。あるいは神の如くであろうか。
 あたかも竜の如く、普段は野に臥し、雲を呼び雨を降らす時機
(とき)を待っている。

 こういう人は「それほどでもなく……」が定番になっているから、『昼行灯
(ひる‐あんどん)』などの呼称で呼ばれ、表面的に検(み)れば、可もなく不可もなくに映り、しかし深淵なる器を持っているから、有事に対応できるという懐の深さを持っている。ただそれを普段はひけらかさないだけである。態度や言動に、尊大なるポーズを作っていないのである。
 表皮を検れば、ぼんやりしているにしか見えない。頼りなく、役に立たないように映る。あたかも日中に灯している行灯である。
 ところが、この行灯が、あるとき奇想天外な行動することがある。奇異なるコペルニクス的発想を展開するときがある。

 こういう人を、「不思議な人徳」を持った人といい、普段は平凡で呑気屋であるが、注意深く観察すると人間に重味があり、然
(しか)も篤実があり、威厳すら備えているのである。それを普段は、如何にも普通に振る舞い、かつ飄々(ひょうひょう)とした剽軽(ひょうきん)さで人と接しているから、重々しさを感じない。

 しかし一変すると、こう言う人の内面には、侮れない恐ろしいほどの深層部に威厳が感じられるのである。こういう人を「平凡なる偉人」と言うのであろうか。
 構えていないから、益々平凡の中の偉人性が高いのである。柳に風で流しているから、抵抗感もないように錯覚するが、実はこの辺が恐ろしく、ひとたび威厳が爆発すると手がつけられなくなる。しかし普段は眠っている。

 孔子の弟子に冉雍
(ぜんよう)なる人物が居た。孔門十哲の一人である。
 冉雍は、姓は冉、名は雍、字
(あざな)を仲弓(ちゅうきゅう)といい、魯の人で、孔子より二十九ほど年下であったという。年代的には顔回(がんかい)や子貢(しこう)とほぼ同年代という。そして『論語』では、「徳行の人」に数えられている。

 冉雍は微賤
(びせん)の出身で、曲り形にも士分とはいえず、かなり貧しい出であった。
 孔門には貧しい人は決して珍しくないが、冉雍の場合は、父親が不肖であり賤人であったといわれ、家庭環境は最悪であったという。
 一説には、冉雍は冉耕伯牛
(ぜんこう‐はくぎゅう)の子であったともいうが、冉伯牛は悪疾に苦しみ、したがって誹謗のように「不肖にして賤人(せんにん)」と譏(そし)られるような人物ではなかった。
 しかし冉雍の等身大は「不肖にして賤人」と譏られてもおかしくない出であり、このような極貧者が、どうして孔門に入ったか、その発心
(ほっしん)・動機は不明である。

 一方、孔子は度量の太い人物であった。
 弟子の受け入れぶりが実にいい人であった。
 身分に関係なく、真に学ぼうとする意欲があれば、何人
(なんぴと)も受け入れた。卑賤の身であっても問題にしなかった。
 だが一部の研究者の間で、孔子には至って民衆蔑視があったとする研究者も居るようである。そのことは否定しない。その時代を生きて自分の眼で確
(しか)と見た訳がないからである。ただ過去の文献で知るだけのことである。この文献を読み解く以外、孔子像は想像不可となる。

 孔子が「民」という言葉を使う場合は、ここに“女子・小人”などを指し、こういう者に対しては蔑視があったともいわれる。
 但し、ここで云う女子は嫉妬深い妾
(めかけ)や、口先の上手い諂(へつら)うことに長けた佞女(ねいじょ)などを言い、女性一般を指すものではない。この点は「女子」と聴いただけで目くじらを立て、憤慨する女性が居るようだが、こうした箇所は、昨今でも誤解が多いようである。
 また小人も、徳に欠けていたり、心がねじ曲がったり、器量の狭い者をいい、出身母体が貧しく、卑しい者を小人を蔑視したようではないようだ。

 現に、顔回や原憲
(げんけん)が極貧の出で、階層差別によって色眼鏡で見る民衆蔑視があったとも思われない。
 何故なら、孔子自身が微賤の出身であり、「少
(わか)きとき卑し」と譏られていたから、「不肖にして賤人」であったとしても問題にはしなかったであろう。

 さて、冉雍である。
 「不肖にして賤人」である冉雍は、本来なら孔門を潜ることは不可能に近かった筈である。
 幾ら自分で学びたいと思っても、親を養い、家族を喰わせて行くために働かねばならなかった。身を粉にして働いた上で学ぶことをしなければならない。そう言う極貧ゆえの理由があった。
 したがって孔子を頻繁
(ひんぱん)に訪れることは不可能に近かったであろう。
 しかし冉雍は、「鄙事
(ひじ)に多能」であったから、つまらない雑用にも対応し、人の嫌う仕事でも積極的に処理する多能なる面を持っていたのであろう。それくらいに器用さはあったであろう。

 本来、学問はそれなりの経済的財力があって、尚かつ学問をする才能を必要とする。経済的にも頭脳的でも学問をするだけの余裕が必要である。
 冉雍の場合は、そういう余裕など全くない。彼は学問をする以前の問題を抱え、しかし、そう言う種々の問題を含めて、孔子は冉雍なる人物を見抜いて入門を許したのだろう。
 そして、その後『論語』
(雍也篇)には冉雍を「雍や、南面せしむべし」を賞賛している。
 孔子は「冉雍を南面させてもいい」と言っているのである。

 南面とは「天子の坐」である。
 「天子は南に面して坐り、臣は北を面にして坐る」とあるから、これは「南面して能
(よ)く統治する」の意味であり、孔子にすれば冉雍を君主たる器量があるという意味で最高位において然(しか)るべきと思ったのだろうか。
 しかし、孔子の死後、風体が師に似ていたため、後継者として門人から祭り上げられようとしたが、曾子により阻まれたという。

 しかし孔子に、このような評価を与えた冉雍なる人物は、一体どう言う人物であったのであろうか。
 そして冉雍の出身が「不肖にして賤人」であることも興味深い。
 孔子は冉雍を、こう言う。
 「犂牛
(りぎゅう)の子、あかくして且つ角(つの)あらば、用うること勿(な)からんと欲すると雖(いえど)も、山川それ諸(こ)れを舎(す)てんや」とあり、意味は、犂牛というのは毛色の斑(まだら)な、供え物にもにもならない牛のことであり、これを冉雍に譬(たと)えれば「不肖卑賤」であった父親を指し、一方「あかくして且つ角あらば」は冉雍のことである。

 農耕用の牛のように斑であっても、譬え艶
(あで)やかな赤い毛並みを持った牛よりも、立派な角さえ持っていれば、人はそれを惜しんで祭祀に供え、また山川の神も捧げ物としてお召しになるであろうに……、ということだろう。
 これは生まれが悪かろうと、本人が自立して立派な人物になれば、必ず目のある上司から認められ、目上の引き立てによって高位に抜擢されるであろうと言う意味であり、孔子の譬喩
(ひゆ)は、目のある上司を「山川の神」に譬えている。そして孔子は、「見てくれ(山川の神に選ばれる捧げもの)だけで選ばれるのなら、自分は斑牛で構わない」とまで言わしめている。冉雍のことだ。

 これは「器」と言うものであろう。
 下級階層の卑しい賤民の出でありながら、見た目よりも中身と言うことであり、中身から吟味すれば、冉雍は相当に立派な人物であったのだろう。そして、後に季孫
(きそん)の宰になっている。
 人間の魅力と言うのは、表面にあるのではない。見た目や恰好だけでない。
  況
(ま)してエエカッコシーに魅力がぶら下がっている分けでもない。中身であり、またその人の心の鍛練で鍛えた肚(はら)である。

 肚の出来た人は胆識があるゆえ、突然のどんでん返しが起こったとしても、それだけで怕
(こわ)がったり怯(おび)えたりしないものである。平時と同様、冷静を保っている。見掛けの恐怖に怖(お)じけない。
 本当に恐がるのは、実際に危ない目に遭遇してからでも遅くはないのである。先ずは現状把握である。ことの次第を速やかに調査し、情報を正しく認識し分析して、それを即興する決断力である。この決断力の行使こそ、胆識が物を言うのである。
 問題なのは、目先の見せ掛けに動顛したり、混乱したり攪乱
(かくらん)されて、真相を見逃し、上辺に躍らされて、恥となることだけを恐れればいいのである。



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