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死ぬるも、また一大事 3

●死ぬるも、また一大事

 時間の本質は、「人間が生存する」と言う行為の中で、「行動した跡(あと)」というものではない。行動した軌跡に生存の意味はない。
 “行動の前”にも、“行動の後”にも時間はなく、ただ行為や行動を横に並べ、数直線上に置き換えれば、前と後が出て来るだけである。しかし、それは時間の本質ではない。

 時間は何処までも、出来事の継起
けいき/時間的に前後の順を追って現れること。successionする秩序である。この秩序は、不可逆的方向を持ち、前後に無限に続くものである。一切が、その“うち”に「在(あ)る」と考えられるものである。

 しかし、数直線上のような「長さ」を借りて、一時的に、これを顕
(あら)わすことが出来る。過去から現在を経由して、未来へ向かうと仮定することが出来る。
 だがこれは、何処までも「借り物」である。即ち、時間そのものの実体ではない。あくまで時の流れを仮定したに過ぎない。
 もし、数直線上に、行為や行動の跡があったとしても、それは「在る」という今から、既に通り過ぎてしまった「過去」であり、持続している「今」を顕わすものではない。

 時間を顕わす概念には、様々な考え方がある。
 宗教学的には、永遠から生じ永遠に帰するとされ、有限の仮象
Schein/仮の形で感覚的現象を指す。対応すべき客観的実在性を欠いた、単なる主観的幻影)であるとしている。これをプラトンPlaton/前427〜前347)は永遠の動く影とした。
 また、古代ギリシアの哲学者アリストテレス
Aristoteles/前384〜前322)は運動の帯びる性質とし、アウグスティヌスAurelius Augustinus/初期キリスト教会最大の思想家。354〜430)は時間の三様態、過去・現在・未来を意識の三様態し、記憶・知覚・期待に還元した。

過去・現在・未来という時間の構造。時間は時の流れの2点間の長さで、空間と共に、人間の認識の基礎を成す概念である。
 一般に出来事の継起する秩序で、不可逆的方向をもち、前後に無限に続き、一切がその裡側
(うちがわ)に在(あ)ると考えられている。
 これをプラトンは「永遠の動く影」、アリストテレスは「運動の帯びる性質」とし、アウグスティヌスは「時間の三様態」を示し、過去・現在・未来を、「意識の三様態」である、記憶・知覚・期待に還元した。

 近代になって時間は、客観的規定と見られたが、カントは時間を空間と共に、非実在界で様々な現象を構成する主観の直観形式と考えた。
 これに対し、弁証法的唯物論では、物質の根本的な存在形式であるとする考え方が生まれた。
 またベルクソンは、意識の直接的な流れとしての純粋持続をなすものとし、ハイデッガーは「現存在」の存在構造としての「時間性」を、時間の根源と見る考え方が生まれた。

 また物理学では、現象の経過を記述する為の導入される量を「時間」と定義し、物理法則は、時間の原点のとり方によらないという性質を上げ、この性質から、エネルギー保存の法則が導かれとして、更には光速不変の原理が、物理的な時間の尺度となるとしている。

 しかしこの概念は、人により、その単位時間が各々異なったものになり、感じる概念は意識が決定するものである。
 更に、空間と共に、人間の認識の基礎概念は、時間と共に物質界を成立させる基礎形式であり、相対性理論では、空間は時間と不可分であり、物質の存在の仕方により、変化するものであることが示された。


 近代に至って、時間は客観的規定と見られたが、カントは時間を、空間と共に現象を構成する主観の直観形式と考えた。これに対して、弁証法的唯物論では、物質の根本的な存在形式であると定義した。

 更に、フランスの哲学者ベルクソン
Henri Louis Bergson/自然科学的世界観に反対し、物理的時間概念に純粋持続としての体験的時間を対立させ、絶対的・内面的自由、精神的なものの独自性と本源性を明らかにした。1859〜1941)は意識の直接的な流れとしての純粋持続を、ドイツの哲学者ハイデッガーMartin Heidegger/キルケゴールの影響を受け、フッサールの現象学の方法にもとづき、人間存在の根本構造を関心すなわち時間性として実存論的に分析した。1889〜1976)は「現存在」の存在構造としての時間性を、時間の根源と見る考え方が生まれた。

 一方、物理学では、現象の経過を記述するため導入される量と定義し、その基本的な性質は、時間の一様性にあり、物理法則では、時間の原点のとり方によらないという性質であるとしている。そして、この性質からエネルギー保存の法則
【註】「外部からの影響を受けない物理系(孤立系)においては、その内部でどのような物理的あるいは化学的変化が起っても、全体としてのエネルギーは不変である」という法則)が導かれ、また、光速不変の原理(光の伝播する速さ。真空中の光速度で、毎秒29.9792458万kmは基礎定数を持つ)が物理的な時間の尺度となるとされている。
 時間を総じて、人は感傷的に、「過去に生きる」などという言葉を口にするが、これは明らかに間違いである。過去に生きる人間など、実際には存在しないのである。
 「過去」というのは、「過去を思う今の意識」であり、記憶と言う「今の意識」に重なった心像化現象に過ぎない。

 また、これに重ねて「未来に生きる」などとも言われるが、これを予想する未来を「今の意識」に重ねただけのものに過ぎない。何
(いず)れも、漠然としていて、抽象的であり、一方、感傷主義(sentimentalism)が混入されている形跡が否めない。
 しかし心とは、「今の意識」から派生するもので、ここに感情に溺れる態度は入り込めないのである。そして、人間の本当の棲家
(すみか)は、「今」にしかないのである。
 したがって、生には、前も後もなく、「今の意識」にも、その前後は存在しないのである。

 人間の「今の意識」には、生まれたと言う出生も存在しなければ、終わったと言う滅亡も存在しないのである。在
(あ)るのは、「今の連続」であり、無時間と言う意識しか存在しないことになる。

 確かに、客観的に見れば、傍観者側の感得として、人間の生存には生まれた日が存在する。同時に死んだ命日もある。人生と言う生存した時間の長さもある。
 しかしこれは、総
(すべ)て客観的に見た場合の話である。
 これが客体視
(object)できるのも、他人の生存のみについて言えることである。
 つまり自分の意識は客観できない。
 但し、自分の行為の跡
(あと)や、抜け殻(から)を模して、「客観された自分」というものは感知することが出来よう。

 しかし、生とは主体であるから、主体的な立場で考えるのが一番正しい考え方である。これが根源的な立場である。
 ここに来て深い智慧
(ちえ)へ辿り着き、死を超越出来るのである。そして現実に身を委(ゆだ)ねれば、自分と言う意識体は、「不死」である事が分かる。
 生きているうちに、死は存在しない。
 あるいは死んでしまってからも、死は存在せず、死につつある時にも、また死は訪れない。
 したがって“自分の死”は、自分では存在しないと言うことになる。まさに「不死」であり、ただ、この不死の現象が肉眼では確認されないことだけの話である。



●能く捨てる

 生物固体は、広義には生態系における生物群が栄養物質を摂取し、これを変化して、自身の肉体を構成している。
 または活動のエネルギー源とし、不必要な生成物を排出するなど、生物体を構成する物質の変動全般を「物質代謝」という。

 このうちの、栄養物質の体物質への変換および合成を「同化」といい、体物質が、より簡単な物質に変化するのを「異化」という。
 これが所謂
(いわゆる)、新陳代謝であり、物質交代である。
 則
(すなわ)ち、生物の細胞は、古いものが新しいものに交代するのである。

 この事実を考えれば、人間も古いものは新しいものに変わるべきなのである。人間が、美的に然
(しか)も整然と活動的であるには、まず「単純な生活」に切り替える必要があり、「簡素」にする必要がある。
 しかし、長生きをし、だらしのない生活を続けて来た人間の多くは、その生活態度も、生活空間も、決して簡素のものでない。ごちゃごちゃしていて、不用なものを多く抱え込んでいる。そうしたものが生活空間を占拠し、身の置き場もないような状態にしている。

 これでは「清々しい環境」は作れない。きちんと片付き、整然とした状態になっていない。そのために、もともと積極的に使えるような場所や空間を、ごちゃごちゃしたもので塞
(ふさ)ぎ、身の起居(たちい)振る舞いが不自由になって、自身も、ただ溜め込むだけの人間に成り下がっている。

 一方、生と死の二元相対の中で、あれか、これかと心に迷いのない人は、心自体も動じないので、常々自分が死に従って行動している人は、生活空間もその場所も、さっぱりと片付いていて、その行動も、一種の簡潔性を湛えている。これこそが「生」に固執しない生き方である。

 これは「捨身」の状態であるからだ。つまり捨身とは、「死に身」のことであり、一種独特の“涼やかさ”と“潔さ”が根底に存在している。
 人間は、常に死と隣り合せにある生き物である。したがって、我が身を捨てる時に、それを捨てなければならない。代謝する為には、「捨てること」が肝心である。捨てることにより、再生も可能なのである。捨てなければ、新たなものは入ってこない。

 温存させ、溜め込む時には、殆ど勇気と言うものを必要としないが、「捨てること」となると、それなりに勇気が要
(い)るのである。しかし、自分を消極的にさせる物は、総て捨てるべき対象であり、捨てる中に、この世の人生の真理がある。
 則
(すなわ)ち、捨てると言うことは“捨”を通じて、心が平静に保てることを顕わしている。



●六十歳を超えたら急ぐな

 生きる時間を疎
(おろそ)かにして、死に急いではならない。死ぬまでは、「生」を全うすべきである。
 今日一日を疎かにして、先送りしてはならない。先送りは、「死に急ぎ」である。今日一日を、じっくりと味わう必要がある。その為には、慌
(あわ)てないことであり、駆け出さないことである。

 特に、初老と言われる四十代を経験し、五十代、六十代と齢を重ねるに従い、この間は急ぐ必要があろう。
 しかし六十路
(むそじ)を超えたら、最早(もはや)、急いで“何か”をする時ではない。五十路(いそじ)の折り返し点を超え、六十歳に至る期間は急ぐ必要があろう。
 だが六十歳を超えたら、この年に至って、急ぐことは、結果的に検
(み)て良い結果を齎(もたら)さない。

 人間は誰でも、六十路を超えれば、次第に残り時間は減少して行くので、残り時間の少ない者が急いで何かをすると言う時ではない。
 六十代と言うのは、既に自分の進むべき道に、レールは敷かれているのであるから、慌てる必要はない。したがって、着実に、地に足を着け、ゆっくりと、怠けずに、進んで行けば、それで充分なのである。

 六十路
(むそじ)を超えたら、急いではならない。六十路を超えた人が、心身の事故として起こす誤ちは、そもそも「急ぐ」からである。急げば必ず事故を起こし、その他の不幸ごとにも遭遇する。

 例えば眠れないために、睡眠薬を飲む。バスに乗り遅れまいとして、急いで駆け出してしまう。早くしないと損をするような気持ちになって、焦るなどは、“急ぐ”と言う心の焦りから起り、結果的には不幸を招く。「死に急ぎ」に拍車を駆けるようなものだ。

 現代人の多くは、齢
(とし)を取っても“遅れること”を恐れ、“出し抜かれること”を恐れる。しかし、この「恐れ」が、不幸の根源であり、精神的にも肉体的にも、神経の麻痺(まひ)を招くのだ。麻痺が起れば、足がもつれる。もつれれば、転び易い。転ぶのは、何も肉体だけではなく、“屋台骨”までもを転ばしてしまうことがある。
 昨今に多い、老人の“振込め詐欺”などの多発は、「急ぐ老人」をターゲットにしたものである。

 六十路に達して、何故、急ぐのか。
 約束の時間に遅れたからと言って、足の遅い老人に文句を云う人は、そんなに居ないだろう。バスが来ているからと言って、そのバスに乗り遅れまいとして、駆け出すことは愚かなことだ。もう、ひとバス、遅れて出ればいいではないか。
 急ぐより、「待つ」ことだ。足の速度は“牛歩”で結構なのだ。

 人間は、若い時には急がねばならなかった。何処へ向かうのか、その方向を見定めるのが、青春と言うものである。進路を決めかね、迷うと言うのが若い時代の心情だ。
 しかし、六十路を超えた者は、その必要がない。
 六十路を超えた者は、一歩一歩、ゆっくりと歩き、周りの景色を眺
(なが)めながら、味わって歩けばいいのである。猪突猛進(ちょとつ‐もうしん)する必要はない。向こう見ずは、愚かなことだ。むしろ、遅いほどいいのだ。若者と張り合う必要はない。張り合えば、結局馬鹿を見るだろう。

 人間は「初老」の声を聞く四十歳。
 この年齢は、「何かに打ち込むもの」を、当然、持っていなければならない。初老の声を聞いて、「何かに打ち込むもの」を持たない人は、人生を半ば、失敗し掛かっている人である。
 したがって、「何かに打ち込むもの」を、今すぐ探すべきである。
 この年齢だと、まだ充分に時間はあろう。この年齢になって、出世欲と金銭欲、性欲と食欲だけが“趣味だ”というのでは、あまりにも情けない。老いても朽ち果てないものがある筈だ。

 ゆっくりと六十路を迎える為には、この年代に、充実した、きびきびとした壮年らしい、行動が必要なのである。それは「ゆっくりと歩く六十路」を迎える為に、である。急ぐべき時機
(とき)と、ゆっくり歩くべき時機を、見間違ってはならない。



●能く死ぬるには「力」がいる

 足腰は、能
(よ)く鍛えておく必要がある。それには若い頃から、能く歩くことだ。山路などを歩き、できれば險(けわ)しい山路も、難無く歩いておく必要がある。傾斜のあるところを登り、傾斜のある坂道を下ることにも、足腰を鍛え、“膝”に、余裕のあるクッションがなければならない。
 齢
(とし)を取ると、膝からクッションが失われ、階段の上り下りが辛くなる。力を失った為である。鍛えることを怠った為である。情けないことだ。

 “歩くこと”は、足腰を鍛えることである。足腰が鍛えられれば、六十路
(むそじ)を過ぎても惚(ぼ)けることはないし、思考能力も退化することはない。心身共に矍鑠(かくしゃく)としている。

 人間は上下32〜34個の椎骨
(ついこつ)の連鎖から成る、脊柱動物である。これを医学上は、7個の頸椎(けいつい)、12個の胸椎(きょうつい)、5個の腰椎(ようつい)、3個の仙椎(せんつい)および3〜5個の尾椎(びつい)に区分する。
 また、仙椎および尾椎は、それぞれ癒合して、仙骨ならびに尾骨をつくっている。人間の構造は、腰骨の上に脊柱が載って、直立歩行ができるようになっている。この構造は、背筋を伸ばす事によって、良好な状態が保てると言う構造だ。

 人間が直立歩行するということは、単に一つの地点から、もう一つの地点に移動すると言う意味ではない。移動することだけならば、人間以外の哺乳動物でもできる。人間の場合は、“直立歩行する”と言う大きな特長があり、この人間独特の歩行は、他の動物では真似出来ない。人間だけである。
 芸を仕込まれた猿や犬、熊やチンパンジーでも直立歩行するものはいるが、歩き方は人間のようにスマートでスムーズに、長時間、同じ姿勢で、何キロも何十キロも歩くことはできない。彼等は“地を四つ足”で這
(は)う動物だからである。
 しかし人間は“四つ足”ではない。

 したがって、人間の直立歩行の意味は非常に大きな意味があり、また直立歩行で移動できると言う重要な意味合いを含んでいるのである。彼等は何年、何十年経っても人間と同じようなスタイルで歩く事は出来ない。

 人間が直立歩行して歩くと言うことは、健康にとっても非常にいいことだが、それ以上に「歩く」あるいは「歩ける」ということは、人間が人間としての基本的な“最低の条件”である。その条件下により、人間は「歩く」ことを通じて、様々な世界へと進出できるのである。これが世界観の拡大である。一切の経験や体験は、実は“歩くこと”から始まったのである。ここに「歩くという力」があった。

 何か一大事が起り、移動を迫られた場合は、最低でも、“身一つ”で何処までも歩いて行けばいいのである。時間を掛け、歩き通せばよいのである。歩く力があれば、“死に場所”すら見つけ出すことができる。

 歩く力を持っている人は、この世での恐怖感を感じることが少ない。直に危険から逃れることができるからだ。
 また、恐怖感を持たずに済むと言うことは、心理的にも、安全地帯を確保して、守り一辺倒の消極的な態度に陥らなくて済む。動かずに、守りに入ると、行動も狭くなり、消極的になり、安全地帯に逃げ込んで、そこから動こうとしなくなる。動かなければ、精神的にも肉体的にも、消極的な面ばかりが強くなる。足腰も弱りはじめる。この点が、実に重要なところである。

 現代社会は車社会で、車に頼る生活が殆どである。こうした生活に馴
(な)れ親しみ、若いうちから車ばかりに乗りたがる生活をしていると、老齢期を迎えて足腰が弱り、それは裏を返せば、不養生(ふ‐ようじょう)をしていることになる。青少年期を含めて、四十代、五十代、そして六十路を迎えるまでは、足腰を鍛えておく必要がある。

 歩くことは、運動不自由の人でも、遣
(や)ろうと思えば充分に歩けるのである。遅くとも、歩く鍛練を怠ってはならないのである。心身共に鍛え、自分が動き回ることのできる行動範囲を、自らの足で獲得しておくべきである。
 特に、險
(けわ)しい山路などは、車が入ることができない。こうした文明の利器が入り込めない世界を、充分に動き廻り、可能な限り見聞しておくことだ。自然と接触しておくべきだ。

福智山を遠望する。老齢になっても、歩くことを忘れず。福智山山頂にて。(H20.11.23)

 人間が直立歩行をすることは、医学的なことから検
(み)ても、背骨を“しゃんと伸ばす”というところに大きな意味を見い出すことができる。
 背骨を“しゃんと伸ばす”ということは、“猫背”などの背骨の変型を防ぎ、腰痛を予防し、内臓を正常にする働きがある。それが、そもそもの「生命の力」と言うことになる。この「生命の力」は、人が死ぬ時に、重要な役割を演じる。それは「死ぬ力」を、生命の力は持っているからである。

 人間が臨終
(りんじゅう)を迎え、その間際に必要とするものは「死ぬ力」である。「死ぬ力」がなければ、死ぬに死ねない状態になる。死ぬに死ねないのだから、これこそ“断末魔(だんまつま)”ではないか。
 「死ぬ力」のない者は、自ら死に「勢い」がない為に、断末魔の苦しみを体験しなければならなくなる。断末魔とは、体の中にある特殊の急所で、他のものが触れれば劇痛を起して必ず死ぬという、筆舌に尽くし難い苦痛である。

三重の塔。
 「塔」は、仏道では卒塔婆(そとうば)あるいは塔婆とも言う。仏陀の骨や髪または一般に聖遺物をまつる為に土石を椀形に盛り、あるいは煉瓦を積んで作った建造物。聖跡を標示する為に作った支提(しだい)を塔と言う。

 中国に伝えられて楼閣建築と結びつき、独特の木造・せん造などの層塔が成立した。
 一方日本では木造塔が多く、三重または五重の層塔や多宝塔・根本大塔などがある。地中や地表面上の仏舎利収容部、心柱、頂上の相輪に本来の塔の名残が見られる。石造には五輪塔や宝篋印塔などがある。これらは人体を顕わしているとも言う。

 その苦痛は、『正法念経』によれば、「命終
(みょうじゅ)のとき風(ふう)みな動ず、千の鋭き刀、その身の上を刺すが如し。故はいかん。断末魔(だんまつま)の風が身中に出来(しゅったい)するとき、骨と肉と離るるなり」とある。
 この表現は“激痛”を顕わしており、断末魔は激痛に苦しめられることを述べている。
 仏道では断末魔は、「死穴」とも言われている。
 死の激痛の穴に落ち込むのだろう。その穴の中に落ち込み、穴の中で藻掻き、激痛に耐えられないことから、その痛さに負けて“臨終にしくじる”とされているのである。

 今日では殆どなくなったが、かつては死に行く人の枕許
(まくらもと)に、“魔避けの刀”を置き、死と向き合っている人の臨終を助ける為に、“魔”と戦う修法があった。命終に際して、阿鼻叫喚(あび‐きょうかん)に入ることを阻止して来たのである。

 しかし、今日ではこれらの修法は余り用いられることはない。
 多くの現代人は、病院で生まれ、病院で死んで行く。
 また、日本人に多い中途半端な無神論者達は、“霊界”とか“生まれ変わり”というものを信じておらず、更には臨終に際して顕われる“千仏来迎
(せんぶつ‐らいごう)”というものも期待しておらず、その為に“断末魔”の受け止め方も、無視しているところがある。したがって、「死ぬ力」を失い、結局、死に際しても、「生存欲」という“欲”に振り回されながら死んで行くのである。

 日本には無神論者が多い。多神教を装いながら、実のところ、日本人の殆どは神や仏を冒涜
(ぼうとく)する無神論者である。
 その一方で、口では神や仏を認めない癖に、先祖の墓参りはするし、盆や彼岸あるいは命日という時には、世間の為来通りの俗事だけは遣
(や)る。結婚式では、殆どの日本人が神前に額衝(ぬかづ)き、あるいは教会で神父や牧師の前で、夫婦の永遠の愛の誓いを“神”と契約する。

 仏式の葬儀には寺に参り、あるいが葬儀場で僧侶の経を聞き、またクリスマスイブにはイエスの誕生の前日を祝い、聖書を知らない輩
(やから)が、俄(にわか)クリスチャンとなり、大晦日(おお‐みそか)には除夜の鐘を聞いて仏教徒に成り済まし、正月には初詣でをして神道に従順する。

 高校入試や大学入試には合格祈願をし、合格したら合格したでお礼参りなどもする。家を建てるのにも地鎮祭をし、盆や暮れの御中元や御歳暮の行事も盂蘭盆
(うらぼん)の為来から始まったことも知らずに、世襲の行いに流され、悪事を働いて刑に処され刑務所に入ると泣いて懺悔(ざんげ)し、死刑囚ともなると仏門に帰依(きえ)して、教誨師(きょうかいし)の言葉に耳を傾ける。
 あるいは運良く上告再審で死刑を免れ、刑期を終えて娑婆
(しゃば)に戻れるようになって出所すると、これらの事は綺麗さっぱりと忘れ、一切がご都合主義により貫かれている。

 外国旅行をして、喩
(たと)えば税関で「あなたの宗教は?」と訊(き)かれれば、「無神論者だ」と答えた人でも、死期が近付けば如何わしい新興宗教などに帰依して「ぽっくり信仰」などに拠(よ)り所を求める。安楽死を願う気持ちが濃厚になる。
 こうしたところにも、ただ安楽に生きて、安楽に死ぬことだけに固執する現代人の、真なる「死ぬ力」を失わさせている現実があるようだ。
 死ぬには、死ぬだけのエネルギーが要るのである。まさに死ぬことは一大事なのである。


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