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死の訪れ 2

「老いる」という行為が、やがて「死」に至り、生を全うしたことへの完結を迎えるのである。
 人の一生を数直線上に並べれば、生・老・病・死という四つの「四期」を辿る。この四期は季節の「四季」に欲にている。
 つまり春・夏・秋・冬だ。

 農事を見れば、この春・夏・秋・冬はより一層明確になる。
 春に種を蒔
(ま)き、夏に苗を植え、秋にはそれを収穫し、冬には収穫した農作物を貯蔵する。
 秋になれば、春に種を蒔き、夏に苗を植えた労働の苦労が、秋にやっと報われるのである。汗を流した労働の苦労は、その成果が報いられ、収穫した米や麦その他の穀物で酒が造られ、あるいは甘酒を造って、村中に振る舞われその歡喜が充
(み)ち溢れるのである。老若男女を問わず村は歡喜に包まれる。

 秋から冬……。
 冬は「殖
(ふ)ゆ」の時期である。蓄え殖やす時期である。そして春のために再び再生する時を俟つのである。そのためには一度死ぬ。死んで生まれ変わる。その時期が冬であり、殖ゆなのである。


●死に向かって老いるということ

 生きている人間が死に向かって行進していることは、誰も異論を挟む余地がないであろう。
 しかし、死についてこれを明確にできる人は随分と少なくなった。「死」を宗教の専売特許のように考え、現代は死を総て、宗教に押し付けてしまっている観が強い。そして現代人は、死と言うものを何処かに置き忘れてしまったような観がある。

 世の中は高齢化の時代であり、その大半を65歳以上の高齢者で覆い尽くそうとしている。しかし、高齢者達も、死を明確にさせないまま、生きている。死を自分とは無関係に考えている観が余りにも強い。
 多くの日本人は先の大戦後、死について余り考えなくなってしまった。生きることだけを前提において、死は自分とは無関係であるというような考え方に、大半の人が囚
(とら)われている。

 しかし、人は死んでいる。世界各地には紛争の火種があり、そこでは民族問題や宗教問題が尾を引いて多数の人が殺されると言う現実がある。そして、一見、戦争や内紛とは無関係に思える日本でも、「人が殺される」という実情があり、最早、戦争や内紛は遠い国の花火大会ではなくなろうとしている。これらの不幸現象は対岸の火事ではないのである。この火の粉が、いつ、日本に降り注がないとも限らない。現代人は一見平和に見える仮の安定の上で、生活することを余儀無くされているのである。

 ところが、現代人の「死についての思考」の中には、自動車事故や航空機事故の遭わない限り、多くの人は同じ運命を辿ると信じているようだ。例えば、夫婦の場合、齢を取っても、特別な事故や事件に巻き込まれない場合、同じ運命を辿ると信じている。しかし、現実には齢を取って同じ運命を辿るどころか、三十代や四十代で、死別を余儀無くする夫婦もいる。

 仮にそうした夫婦にあって、その夫婦に子供があったとしても、夫婦の死別後の夫を失ったり、妻を失ったりした後に訪れる喪失感は、決して子供では埋め合わせがきかないだろう。子供が小さな内はともかく、成人すれば、やがて親許
(おやもと)から離れて別居し、親子関係は日常生活では存在しなくなって行く現実に直面しなければならなくなる。この意味に於て、親子関係と夫婦関係は全く違う次元のものであると言う事が分かるであろう。
 それはある時期から、夫婦でしか共有できない時間と体験を共に過ごして来たからである。同じ時代を、同じ時間の長さを持って、共有して来た男女が人間として経験したここに、実は夫婦関係の重要なつながりがあるのである。

 しかし、この関係に死と言うものが訪れる。人類の歴史の中には、死が暴力として割り込んで来る。一見平和のように見える現代においても、仮に戦争や犯罪の暴力がなくなったとしても、夫婦間における死別という問題だけは絶対に解決できない事柄である。
 それは人間が、「死に行く運命にある」ということである。生きとし生きるものの「性
(さが)」を誰もが背負っていると言う現実である。

 死んだ者は、再び生き返ることはない。「元へ戻らないという現象」は、人間が生きている日常生活の中で最大の悲劇である。病気をや怪我で、命を失うということと、失わずにいるということとは、両者は根本的に違う。手足を骨折して怪我をした場合は、約数ヵ月ほどで完治するであろう。
 ところが怪我の程度が大怪我で、命に関わる重傷を負った場合、へたをすれば死ぬであろうし、運良く助かっても後遺症が残ったり、手足を切断するような大怪我の場合は、仮に命を取り留めたとしても、その人にとっては大きな損失となることは明らかである。

 また、同じ巨大台風に遭遇して、ある家は屋根瓦が飛ばされると言う被害を受け、その家が修復工事をしなければならないとして、その工事に懸
(か)かる費用は大きな痛手であるかも知れないが、それでも復元は可能である。
 しかし、もう一方のある家は、山の裾野
(すその)に建っていた為に大暴風雨と共に倒壊し、更に山崩れで土石流などの濁流で押しながされてしまえば、その一家の家族のアルバムは、総て消えることになる。
 この場合、一方は被害を受けても修復可能で、もう一方は修復不可能という状態に置かれるのであるが、これらの何れも、未来永劫の存在が約束されたと言う事にはならない。

 人間が生きると言う、この人間現象において、未来永劫
(みらい‐えいごう)ということはあり得ないのである。また、人間自身、未来永劫という体験は不可能である。
 更には、地球の終焉
(しゅうえん)という最後の終末にも、現代人は立ち会えないのだから、「永遠」という状態を経験し、あるいは体験することはできないのである。そして、地上で起こる現象の中で、唯一絶対視できるのは、地球が存続し続ける限り、この地上では「人間の死」というのは絶対ということである。
 生まれたものは、死んで行くという、これだけが絶対的な事実として存続を続けるのである。
 だからこそ、生きている時にこそ、「死」を真摯
(しんし)に考える必要があるのである。



●死生の解決

 死は人間の存在して行く上で、覆されない事実である。死と言う現象は確率的にも100%起こりうる現象である。したがって、これを明確にし、また、死ぬと言う現象に耐え、その為には心の準備を整えておかなければならない。

 「死ぬ」という事実に耐え忍ぶ為には、まず、心の準備が必要である。つまり「自分の死を思う」ということが大事であり、それを一日たりとも忘れてはならないということだ。つまり、年齢の老若を問わず、「死ぬ」という覚悟は誰にでも必要なのである。死を覚悟する為には、ただ漠然と生きていても解決には繋がらないだろう。

 その為には、まず、我が身にもいつかは確実に死が訪れるということを、知覚し、あるいは感得することである。これを先延ばしにして、遠い未来のことと考えてはならない。一寸先は闇
(やみ)であり、自分の人生の一秒先にどういうアクシデントが転がっているとも限らない。

 それは命を失うようなアクシデントでなくとも、ある日突然に視力を失ったり聴力を失ったり、あるいは手足を失ったりのアクシデントに見舞われることがある。こうした場合、100%の修復は不可能であろうが、かなりのところまで修復は可能だろう。しかし、同時にこのアクシデントを機に、過酷
(かこく)な運命を背負うわけで、五体満足な人に比べれば、ある程度の不自由を強いられることは事実である。

 ただ、こうした現実に直面した場合、大事なことは、「過ぎたことを思い悩まない」ことであろう。
 仏道には『碧巌録
(へきがんろく)【註】有名な仏書であり、宋の圜悟克勤(えんご‐こくごん)が、雪竇重顕(せつちよう‐じゆうけん)の選んだ百則の頌古じゆこに垂示・評唱・著語(じやくご)を加えたもの)の中に、「日面仏月面仏(にちめんぶつ‐げつめんぶつ)」の話が出て来る。

 「日面仏」とは一千八百歳の寿命を持つ仏であり、「月面仏」とは一日一夜限りの短命の仏である。この両者の仏を想えば、確かに寿命という点において相違があり、生きた時間の長さは雲泥の差があることは誰にでも察しがつこうが、しかし、迷いが解けて真理を会得することが出来れば、「生きた歳」には余り関係がないように思える。

 それは、それぞれに寿命と言うものがあり、月面仏は一日一夜限りの寿命であり、この一日一夜限りの寿命を全うすれば、「よく生きた」ことになり、長寿を満願したことになるであろう。一方、日面仏は一千八百歳の寿命を持ちながら、千年で死んだら短命に終ったことになる。

 しかし、仏というのは悟りを開いた、死生を超越した存在であるから、本来は生も死も執着しないものなのである。ただ、日々をたんたんと、爽やかに過ごしているのである。「悟りを開いた」といっても、悟り後に顕われる現象は、何もそれを機に特別な生き方があるわけでなく、生きる時には精一杯生き、死の時には死ぬことを全うすればよいのである。生死について、何も藻掻き苦しむことはないのである。

 アクシデントに見舞われれば、そのアクシデントの中で藻掻き苦しめばよいことであり、大病を煩
(わずら)えば、大病の中でめい一杯大病と戦い、苦しみにある時は苦しみの中でのたうち廻ればようのである。それらに囚われて思い悩む必要なないのである。自分の前に転がり出た現実を、現実のままに受け止め、あるがままに生きればよいのである。これこそが、生死を超越する唯一の解決法なのである。



●死という現象

 生きているものは、死ななければならない。生あるものは、死ぬのが自然なのである。しかし、この明白な事実を、多くの人は忘れている。あるいは、忘れたような錯覚に陥っている。
 では、なぜ忘れるのか。あるいは忘れたような錯覚を抱くのか。

 人間の深層心理の中には、自分は他人と違って、「別格である」と言う自他離別の意識の働きがあるからである。自分だけは、いつまでも生き続けると言う錯覚がある。長い間、重病で苦しんでいたり、精神的に病んでいたりすれば別であろうが、普段からある程度、健康状態にあり、また病気もすることも殆どなく、強健な体力を持っている人は、自分自身の死について、それを深刻に考えることはない。

 したがって、死の問題について、触れようとしないし、触れまいとする。死の現実を、何処かに置き忘れているのである。その置き忘れが、「人間は死なない」「自分は死なない」という妄想を作り上げ、もの妄想を妄信して生きているのである。
 ここに「自分だけは」という自他離別の想念が働くのである。

 しかし、人間である以上、死なずに済むと言うことはない。生きているからこそ、死は絶対に訪れるのである。何人
(なんびと)も、生きながらにして、死を約束されているのである。では、いつから約束されたのか。

 それは、この世に生まれ墜
(お)ちた日からである。こうして、生まれた以上、必ず死ぬのが人間である。死の現実は、生きているものに、生きている結果として、必然的にやって来るのが死であり、死は生の終局である。その終局は、或る日、偶然に遣(や)ってくるものではなく、生まれ墜ち、生きつつあることが、則(すなわ)ち、死なのである。生きる事は、死に向かっての行進なのである。
 つまり、人間は永遠の存在的なものではなく、非実在界の非存在的な生き物と言えよう。それは同時に肉体の限界を顕わしている。

 人間が死ぬ場合、病気や災害や事故で死ななくても、老衰で死ななければならない。どんなに長生きし、健康な老後を送っていても、やがては死が訪れ、老衰で死ぬ。肉体には限界があるからだ。
 生きると言う生命活動は、肉体によって形作られ、食物を取り込んで、肉体を維持していくのであるが、長い間の生活習慣は、肉体を丈夫にも、あるいは病弱にもする。そして、長い間、使い古せば、やがては「生命の火」が衰え、衰弱に向かうのである。こうした衰弱により、命の火が衰えれば、肉体を維持する力が無くなり、死ぬのである。

 人間には、三魂七魄
(さんこん‐ななはく)が存在している。
 「三魂」とは、西洋的な考え方ですれば、高度な魂が「全霊」を生み出し、実体を知る魂が“知性霊”を生み、その混合した魂が“宇宙霊”を生じさせた。また、霊魂の存在による宇宙観が組み立てられ、宇宙の魂から「力」なるものが生まれたとするのが西洋式思考で有り、知の魂が神を生んだと説かれている。

 一方、東洋では、魂は陽の精気であり、この陽の精気が男性原理を派生させたと考えるのである。奇数の「男性数」に魂の拠
(よ)り所を求め、三丹田(上丹田・中丹田・下丹田)を定めて、これを「三魂」としたのである。

人間の本体とされる神体域。人間は気道を本体として、それを外皮的に覆っているのが霊体や幽体であり、その最外郭(さい‐がいかく)に極めて粗い、肉体の波動を以て、本体を加えた、四重構造で出来上がっているものが「人間」と言われるものである。

 「魂は天心にありて陽なり。軽清の気なり。これ太虚より得来。元始と形を同じくする。魂は生を好む」として、人間にあっても、変わらぬ宇宙的な光を放ち、生命の根本と観
(かん)じたのである。そして男性原理と女性原理の結合により、「一(いつ)」なる真実の魂が、子宮に入り、胎児となる時に「魂(こん)」と「魄(はく)」に分れるとするのである。
 「七魄」は陰であるにも関わらず、“七魄”と陽の数字を含み、七情の念を持つ。
 この念が、喜・怒・憂・思・悲・恐・欲の七つの情念である。

 魄とは、魂の基本的霊に比べて、意識霊的であり、人間の感情とされる。そしてこの根源霊は「静」であり、男性原理の「動」に対峙
(たいじ)している。セックスなどの煩悩は、この「魄」の仕業であり、“七魄”が静より動ずる時、その衝動が起り、性交に及ぶ。

 また、この魄は、人間が生まれ墜ちて以来、休む事なく動き詰めで、動くが故に肉体を疲れさせ、疲弊させるばかりでなく、肉体そのものを駄目にしていく。この、極度の駄目になった状態を「死」というのである。
 もともと根源霊は、清くて、軽やかで、陰の形体であるが、肉体が駄目になると、その死骸から離れ、根源たる天へと飛び去ると謂
(い)うのが陰陽道(おんみょう‐どう)の生死説である。つまり、人体には、生と死が同時に内包され、これが種々の感情に従い行動していると謂う事なのである。

 こうした事実は、人間は生まれた時から、死と背中合せになって生きていると言ってもよい。ここに非実在の現実がある。
 人間はこの世に生まれでて、幼年時代、少年少女時代、青年時代、壮年時代と成長し、盛んな生命力で働き、いかにも強健な肉体を思わせるが、やがては、その肉体も張りを失い、生命力は減退の方向へと向かう。そして老衰が訪れ、生きると言う抵抗力を失いつつ、死に向かって運命が廻りはじめるのである。

 老衰が訪れ、生を担うだけの力が無くなるのであるから、死を厭
(いや)がったり、逃げたりするのは自然でない。生と言う、生きることへの抵抗力を使い果たして、死ぬのは当然の事で、生きる力が失われているのに、まだ生きたいと願うことの方が、よほど悲惨である。裏を返せば、肉体が酷使されて駄目になっているにも関わらず、こうした疲弊(ひへい)した肉体を更に引き摺り、生きると謂う事の方が残酷なのである。

 したがって、死とは、何十年かの人生を生き、その生きた証
(あかし)としての報償(ほうしょう)なのである。生きるだけ生き、それ以上の生命活動が不可能であるとする時、今まで生き続けて来た肉体には、休息が必要である。生きる事に疲れ果てた肉体には、死があるが故に救われるのである。

 苦難に満ちた人生、辻褄
(つじつま)の合わぬ人生、平等でない人生、不公平な人生、こうした不満の多い、苦汁に満ちた生を戦い続け、生きていけるのも、生が死によって結末を告げる事が出来るから、生きていけるのである。死があるからこそ、こうした人生を生きていけるのである。

方術師・徐福に不老長寿の妙薬を探索に奔らせた秦の始皇帝。

 しかし一方で、使い古し、疲弊
(ひへい)した肉体を何とか長もちさせ、「死にたくない」という思いを募らせ、不死の妙薬を求めて奔走(ほんそう)した人間の歴史がある。死に対し、昂然(こうぜん)と背を向け、まだ生きていたいと言う矛盾は、人間的であると言えばそれ迄だが、不死を求めても、やはり死ぬものは死ぬのである。

 人間の心の中には、死に対する恐れ、一人で死んで行く不安、こうしたものが、死の事について触れさせまいとし、背を向ける態度を取らせ、他人の死は別にしても、自分の死はまだ遠い先の事だと高を括
(くく)るのである。
 しかし、臭いものに蓋
(ふた)をするような態度をとっても、やはり死はやって来るのである。やって来る死に対して、避けられれば避けたいと願うが、避けられなければ、それだけに覚悟がいる。死をどのように受け止めるか、「死の現象」について知らねばならぬ探究が起るのである。

 しかし、死について探究し、死の現象を知ったからと言って、人間が死なないで済むことにはならない。そして、死を現実として、自分で経験する時には、もう自分は死んでいるのである。それを死の間際
(まぎわ)の自分に納得させようとしても、死に直面しては無理であり、死に行く自分に、死を理解ことは不可能なのである。だからこそ、まだ長らく、生き長らえるとしても、死がどう言うものか、知っておくことは無駄ではあるまい。



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