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うまく死ぬ法 13

現代人の考え方に、死が醜くて穢(きたな)いという意識が働いているようだ。
 ゆえに死は嫌われる。それだけ生に固執する。
 斯くして、死は許されないとなる。
 現代人はこうして、死をタブー視してしまったのである。またそのタブー視は、死を隠そうとする現象を生み出した。

 この現象の背景には、かつてに比べて、現代人の死に場所が急変してしまったことが上げられる。
 現代と定義された昭和30年
(1955)当時、まだ日本では自宅で死ぬことが多く、次にその他の事故死なのである。多くは家族に看取られながら、青い畳の上で死んで逝った。

 これが平成の時代になると、自宅で死ぬなどは殆ど無くなり、多くは病院などの医療機関で死ぬようになった。
 現代は揺り籠から墓場直前まで、みな病院である。病院で生まれて病院で死ぬ。

 現代人は、もはや、わが家で死ぬことは殆ど無くなった。
 自宅で、家族に囲まれて死んで逝くことはなくなり、多くは病院で死んで逝く。周囲から看取られることなく、病院での、たった一人の死を迎える。


●臨終際の態度

 人は若い頃、夢多き前途に希望を掲げ、「あれもしたい、これもしたい……」と願望を抱き、したいことだらけの人生に船出して行く。夢多き願望を掲げ、前途洋々の船出である。また、それだけに一種の野望も潜ませている。それを胸に潜めて、「玉(ぎょく)」として温めて行く。そして、したたかに……である。
 この野望を滾
(たぎ)らせて、人生を渡って行くのである。

 学業を終え、社会へと船出すると、途端に世間の荒波に揉
(も)まれ始める。人生は自分の思い通りにならないことを思い知らされる。荒波を渡り切ることは決して容易ではない。そういうことが徐々に分って来る。その厳しさが骨身に沁(し)みて来る。

 また、人間関係においても社会に出れば、学生時代とは異なる一種独特の厳格さがあり、人間社会の非情さと、格の違いと、更には上司と比較して、自分に歯が立たぬ貫禄の壁のようなものが立ちはだかっていることに気付かされる。人間関係には、覆い被さるような、人を威圧する“何か”がある。そうしたものに些細な抵抗は無駄である。一喝で打ちのめされてしまうのである。
 力量の違いがあることにも思い知らされるのである。
 壁は厚かった。尋常でない。
 その力の差の大きいことを思い知らされ、潰されまいとする意地をもって、それから先の残る人生に、わが生命を注ぎ込んで賭けに打って出る。負けん気魂だ。

 ところが、一敗地に塗れ、そこで新たな挫折を味わい、寒々とした冬空に似たものが、自分の心の影に沈んでいることが分る。自分の存在を主張すればするほど、虚しい遠吠えのように跳ねかって来る。
 気付けば寂寞の中に居た……などと、失望の淵へと引き寄せられている。しかしそれでも、自分を表に出して、外に抗
(あらが)っていくしかないのである。
 打ちのめされて倒れたら、立たねばならない。最初の一打で立てなければ、そこで終わりとなる。負け犬に成り下がる。立つ以外ないのだ。
 最初の一打目も耐え、次の二打目も耐える。倒されても立つ。
 特に、これは職人の世界ならば、尚更であろう。不屈の精神がいるのである。

 こうして世の中の殊勝さの裏に老練なる為来
(しきた)りがあり、その中に染められ、また妥協の連続の縮図に揉まれ、20代、30代、40代、50代、60代と年齢を重ねて行くが、この期間は長いようで、振り返れば短かったことに気付かされる。
 また、「血」についても、分って来る。
 つまり血縁や血筋と言うものである。

 家によっては、何代かに亘って、家系が先細りして、かがて没落し絶える血が存在することを知る。六十も半ば過ぎれば、このことが明確になってくる。
 そして、「自分はいったい何者か」という反芻
(はんすう)とともに、「もしかすると、その最後の一雫(ひとしずく)が自分ではなかったのか」と思い当たったりする。
 若い頃には、見えなかった事象に気付くのである。そういうものが見えてくるのである。

 世の中には、子供運の薄い者同士が結婚して夫婦になり、その後の家系が続かないと言う家がある。そして最後は振り返れば、病弱気味な、年から年中病み、ただ余命を繋ぎ、運命の陰険な策に弄
(もてあそ)ばれたのではあるまいか……などと追い詰められた気さえすることがある。
 自分が最後に一雫……となると尚更である。

 こうして、振り返れば思い通りにならなかったことが自分の人生に山積みされていたことに気付かされる。不覚があったことを思い知らされる。老いてもなお、反省多き人生に、些かの悔悟の念が付き纏う。
 そして弱気になれば、晦渋
(かいじゅう)の裡(うち)に、幕が閉じようとしていることに些かの焦りを感じたりする。
 この年代が、おおよそ「最後の厄
(やく)」と言う六十半ばの頃に襲って来る。これが六十半ばの峠越えである。最後の難所と言われるところである。

 難所は全体の六分のところに控えている。これを「六分坂」という。
 六分坂を乗り切ることは容易ではない。
 普通、折り返し点は五分曲がりだが、坂道はそうはいかない。
 人生走行は、平坦走行でない。山道走行である。山道走行には上下の高低が加わる。案外骨の折れる走行である。
 平坦走行では、五分の折り返し点を曲がれば、「これでよしよし」となるのだが、坂道の場合は、六分のところに、難所として控えている。

 人生年齢で云えば、昨今は人生百年もざらなのだが、五十の年齢を折り返し点にして、此処を曲がれば「やれやれ」と思うようだが、実は最も難しい難所は、六十半ばの六分の峠越えである。この峠を越えることは簡単なようで難しい。いろいろな難所がある。

 仕事でも物事でも半分まで進めば、「まずまず」と安易に高を括
(くく)るようだか、この地点で高を括るようなことに安堵(あんど)を覚えるようでは、その後に控える六分の峠越えで挫折してしまう。思わぬところに、急坂が壁のように聳(そび)えている。

 この「峠越え」は、眼の前に成就がぶら下がっている為、峠越えに失敗すれば、目前で運を取り逃がしたような錯覚を覚えるが、それは錯覚に過ぎず、特に「いま一歩」と思えるような事態に遭遇するのは、この錯覚を見ているからである。
 「釣り逃がした魚は大きい」と言うではないか。そういう錯覚である。

 この坂は、一度や二度、急勾配の走りに失敗しても、敗者復活戦があるから、何度でも挑まねばならない。一度や二度で諦めてはならない。もう駄目だという気持ちを抱いてはならない。
 この錯覚を見ると「いま一歩」という口惜しいような気持ちを抱くが、実は六分の峠越えが今なお為
(な)されていないからである。繰り返し挑まねばならない。諦めは禁物である。

 物事、六分まで到達すると「よくぞここまで」と、安堵の気持ちを抱くが、大変なのは、これからなのである。
 「これから」というときに肝心なる好機を取り逃がすのは、今なお六分の峠越えが為されていないからである。この六分越えこそ、人生最大の山場と言える。気が抜けないところである。
 ここでしくじると、結局死の準備ができず、人生最終の臨終に失敗することになる。

 冷静に洞察すれば、「まだ四分も達成されていない事柄」が残留され、実はまだまだで、事の成就には遥かに遠いのである。それにも拘
(かかわ)らず、「いま一歩の幻覚」を見てしまうのである。この幻こそ、実は幻想である。この悪想念に囚われてはなるまい。
 この幻覚は、実は成就されない結論と裏返しであり、最初に幻覚を見て、次に不成就の現実を思い知らされるのである。
 六分の峠越えの難しいところである。

 もう還暦の六十の声を聴いたら、これから先の老齢期は、次に、どのようにして自己を完結して行くかを真摯に考えねばならない。この模索に後半を投じなければならないのである。
 したがって、ただ漫然とした老後を送ってはならない。木を引き締める必要がある。ゆめゆめ後半に、悠々自適の手抜きできる人生が残っているなどと思ってはならない。
 自己完結性のみに焦点を当てて、これと真摯に取り組まねばならないのである。

 この作業を通じて、次に煩悩の火を徐々に絞り込んで行くことである。
 自己完結においては、これを消すことであるが、これは同時に生命に火を消すのとも同義である。
 老いれば、青年期や壮年期と異なるから、徐々に欲望に対する燃焼は消火の方に向かわせるのが好ましい。

 何故なら、死ぬにもエネルギーが要るからである。それも欲望を消し去った「負のエネルギー」がいるからである。生命欲すら例外ではない。欲の類は鎮火させておく必要がある。
 そのためには、生命の火を燃え尽きさせる必要がある。完全燃焼へと導く必要がある。
 燻ってはならぬ。不完全燃焼させて、だらだらと生を引き摺ってはならぬ。
 死ぬ時は、思い切りが肝心である。未練は禁物である。
 心の鍛練が未熟であると、死生観を超越して時間と空間を超えて、魂を安らぎに中に導くことは出来ない。途中で頓挫する。
 頓挫すれば不成仏である。この愚だけは避けたいものである。

 普段から苦悩に絶える訓練をしておかねばならない。単に、安楽を求めてそれのみの生を追求してはならない。心の修行が未熟だと、結局最後の土壇場で迷うのである。
 臨終に失敗するのは、迷うた挙げ句、不安を覚えて生の方に引き返し、死を致すことの志気は上がらず、結局、「死のと言う志」を果たせず、未練から、不安から生へと引き返すのである。そして肉体だけは死に、精神は不完全燃焼で、“この世に残った”という状態で、死んで逝くのである。これを「不成仏」と言う。

 この死に態
(ざま)は渇きを覚えて、未練を引き摺り、失意のうちに死んで逝く……、ただの哀れな肉体の死である。
 この世に生を享
(う)けて以来、人生で、いいことは何もなかったと悔しがる恨みの死である。
 果たしてこれで成仏できようか。

 臨終間際の土壇場で、生前の輝かしい功績は殆ど評価されない。栄光と無尽蔵のバイタリティーを誇ったとしても、そういうものに成仏の評価は加算されない。
 また理性を誇ったとしても、その知識に対し、何らかの評価は、成仏とは無関係である。
 成仏はただ死を致すだけである。負のエネリギーをもって、死んでみせればいいことである。そこで迷いが出れば、臨終は失敗したことになる。

 臨終の成功あるいは失敗は、肉体的な表情に殆ど顕われない。そういう跡は残さない。
 霊魂が安らぎを見付け、そこに帰って行くか否かである。帰って行く岐路を間違えねば、滅多と臨終に失敗することがないのである。

 ところが、心残りがあると臨終は失敗に終わる場合が多い。失敗して、この世に居残る。魂は、意識体はこの世に踏み止まり、迷いに迷うのである。そしてそれは、迷うだけに止まらない。
 その挙げ句に、最悪の断末魔を意識として、意識体はもろに体験することになる。
 さて、その断末魔を再現してみよう。

 断末魔……。
 それは苦悩で心臓がよじられる思いがするとある。
 では、「心臓がよじられる」とは、どう言う苦悩を指すのか。途端の苦しみの筆舌に尽くし難い悶絶
(もんぜつ)を指すのか。悶えて、ついには気絶することなのか。

 断末魔の観察者によれば、臨終を控えた死に逝く者は、唇から呻
(うめ)きを洩らすと言う。
 声を発するが、何を言っているのか分らない。
 それは、あたかも動物の唸る声とも錯覚するような、咆哮
(ほうこう)にも似ている。そして意識体は尋常に絶する苦悩を、意識として体験することになる。

 『臨終用心抄』によれば、断末魔を次のように著している。
 「命終のとき風
(ふう)みな動ず、千の鋭き刀、その身の上を刺すが如し。故はいかん。断末魔の風は身中に出来(しゅつたい)するとき、骨の肉と離るるなり」とある。
 それは並みの苦しみでないことを言っている。断末魔の苦しみは想像を絶するものなのである。そしてその絶叫にも等しい断末魔の痛みに負ければ、則
(すなわ)ち臨終にしくじるとあるのである。

 生き態
(ざま)が幾ら立派であっても、肝心の臨終をしくじってはこれまで生きた人生の総てが不成仏の結末で終わる。そして日寛上人は『臨終用心抄』は死後の世界があることを確固たる確信で断言している。死に方の善し悪しを説いているのである。
 更に『臨終用心抄』は次のように指摘する。
 そして言葉は続く。
 それは阿鼻叫喚を意識で体験する阿鼻獄に入り、その人の「命終
(みょじゅう)」と記しているのである。
 「千の鋭き刀、その身の上を刺すが如し」とは筆舌に尽くし難いものであろう。
 また「骨の肉と離るるなり」とは、生きた人間が感じる恐ろしい体験を、自らの身体意識が荷なうと言うことであろうか。あるいは肉体の痛覚を絶する激烈な痛みと言うのであろうか。
 それは『断末魔』と言う苦しみに遭遇して、死ぬと言う「人の死」である。
 苦痛の死である。悶絶の死である。

 では断末魔の根元は何処にあるのか。
 それは「魔」の働きによる。魔とはこれまで述べて来た「霊」と考えてよい。この世に未練を残し、執念と執着の権化のような「霊」のことである。
 魔と言うのは悪鬼魔神の「魔」であり、それはまた「霊」であり地縛霊とか、浮遊霊の不成仏霊が畸形
(きけい)したり、低級なる動物霊の悪戯によるものと言われる。この戯(たわむ)れが臨終をしくじらせるのである。そのように『臨終用心抄』は指摘する。
 魔が襲う連続である。

 しかし魔の連続を体験する意識は、何も在家の人ばかりに存在するのでない。
 僧籍を持つ、今日の坊主の大半に見られる不摂生なる堕落した人間にも見られるのである。
 曲り形にも仏道を習得した僧侶が、葬式坊主に成り下がり、口先三寸の自堕落生活から「本を啖
(く)う小さな虫に生まれ変わった」と書かれてある。
 また金持ちの禅坊主が、自分所有の金の釜を自慢していたところ、この釜を残して死ぬのは辛いと洩らしたために、死後釜に群がるゴキブリに生まれ変わったとある。

 更に『元享釈書』の十九には、ある僧侶が天井の裏に銭二十貫文を隠しておいたところ、この金が惜しくて臨終にしくじり、銭
(ぜに)の中に棲むゴキブリに生まれ変わったなどと、笑い話風に書かれている。
 そして、老後の趣味についても同じようなことが書いてある。
 例えば、老いて盆栽に現
(うつつ)を抜かせば、死後小蝶に生まれ変わり、また小鳥を可愛がり過ぎれば、畜生道の猫に生まれ変わったとある。

 仏道では過ぎたる欲望を戒めているのである。
 だが「この世」という現世では、生きている人間から欲望の悉
(ことごと)くを奪い去ってしまえば、人類に進歩は一切なくなり、文明は進歩を停止して一気に崩壊してしまうものである。男女の性欲も極端に罪悪視して禁じれば、人類そのものが居なくなってしまう。

 人類の種の根源を司る性欲、出世欲、知識欲、食欲、物欲、金欲などを忌まわしいものとして禁ずることは出来ないのである。
 人間の心の中には、血の翳
(かげ)りから来る黒い虫が棲(す)んでいる。この虫が欲望を掻き立たせる。唆(そそのか)し、誘惑をする。
 だが人間である以上、追い払うことの出来ない虫である。身を持ち崩しながらも、甘美だけに、自らは抑制が難しいのである。誘惑に負け易く、また載せられ易い。実に厄介なものである。

 斯くして、人間の煩悩から称する欲の顕われは、生きている人間のために“必要悪”であり、決して否定すべきものではない。
 また、戒律一辺倒による、差別の然りである。
 そして一般には、この世に存在する俗社会を「世間」などと称するが、この言葉自体が、仏教から由来した“差別”の意味を持ち、有情
(うじょう)の生活する境界を指し、此処を「衆生世間」という。

 これらの言葉から来るものは、つまり欲望や差別のことであり、プラスの世界のことで生きて行くための原動力となる。
 しかし死ねば、意識体はゼロ次元の中有に戻って行く。この世界は空
(くう)である。これは世間とは異なるのである。顕界世界ではないのである。空こそ、平等世界であった。本当の平等は空の世界である。
 ゆえに、臨終のときに一切の欲望を捨てて死ぬことが出来なかったら、顕界に居る時と同じ感覚になって、その意識のままで臨終をしくじるのである。

 惜しいとか、可愛いとかの未練を一切捨てることである。此処に嵌まり、貪ることを止めることである。これは渇愛に等しいからである。
 この世のことは、捨てる中に真理があるのである。
 則ち、欲望や世間と言う差別を捨てない限り、ゼロ次元の空の世界には入って行けないのである。この世に留まり、地縛霊や浮遊霊になった不成仏霊として彷徨わねばならなくなるのである。畜生道に生まれ変わるなどは、まさに意識がこの世に留まったことを顕しているのである。欲望や差別の廻りをうろつくと、ろくなことがないのである。

 では、無神論者はどうなるのか。神仏を信じない無神論者がどうなるのか。
 まず無神論者の特長は、これは完全なる無神論者でなければならない。決して中途半端な無神論者であってはならない。

 無神論者には盆も正月もないし、クリスマスもバレンタインもない。先祖すらも存在しない。
 仏壇も神棚も、故人の遺影や祭壇すらなく、また彼岸に参る墓もない。思想的象徴はあっても、宗教的メモリアルは一切無いのである。人の死は思い出したり懐かしがったりもしないのである。
 故人を偲んで記念碑や慰霊碑を建てて……という気持ちはなく、そういう宗教儀式には関わらないし、そういう言葉すら無関係に暮らしている人である。物質界の現象を唯物的に捉えて生きている人である。

 また、自分の子供が雪山で遭難したり、海外旅行の旅先で交通事故とか、テロ事件に巻き込まれて安否が危うくなったとき、「どうか無事で帰れますように」と天に祈ることもしないのである。そう言う“願懸け”をしないのが、無神論者なのである。祈りを捧げないのが無神論者なのである。
 そして“祈りを捧げない”のが無神論者なのだから、食事の時にすら、命を捧げてくれた他の生命に対して感謝の意味を込め、食事前の合掌して「いただきます」も、また食後の「ごちそうさまでした」の言葉すら無用である。
 徹底して、祈りを捧げないことにこだわり、他の生命への感謝の気持ちすら抱く必要はない。

 更に、複数殺人などの大罪を仕出かして、死刑に処されて死んで逝くときも、教誨師
(きょうかいし)の諭し抜きで、かつ徳性の育成抜きで、一切の自己完結を自分自身で始末が付けられ、死に逝く者のために用意された祭壇は無用であり、最後の土壇場で宗教に帰依をしない人である。

 つまり無神論者とは、頭ごなしに宗教とか信仰を否定するのでなく、最低でも十年以上は宗教を徹底的に研究し、それを信じるか否かの心の格闘が必要である。いや、それが一生の研究であってもいい。それだけの努力を重ねた人生を積み上げた結果の無神論者なら、完全なる無神論者と言える。神も、仏性も、死後の世界も一切否定するのであれば、此処まで敢然として到達しなければならない。中途半端であってはならないのである。

 古今東西、人間が探求し続けた神仏への追求であった。
 神は存在するのか。仏性はあるのか。また、死後の世界は存在するのか?……。
 こう問われたとき、明確な回答を毅然
(きぜん)とした態度で、胸を張って明確な結論を出せるのが真の無神論者である。

 また、その問いに対して、私たち現代人も真摯に問うてみる必要があるのである。
 これは「人間とは何か」に通じるからである。
 一方、神仏の否定は「無神論者」の形で表明され、宗教的なものを一切認めず、完璧に否定できる人のことを言う。つまり、唯物論哲学を徹底的に追究すれば、完全なる無神論者が出来上がる。

 世の中には「私は無神論者だ」と言い切る人がいる。
 ところが、よく訊いて見ると、こう言う人は自身で断言するほどの無神論者ではなく、実は宗教に対して無関心と言う場合の人であり、宗教を研究したことのないくせに、自分ではその不勉強を無神論者にすり替えて“自称無神論者”だと言っているだけなのである。
 つまり、自己怠慢から無神論者と言っているに過ぎない。
 宗教の何たるかを追求したことがないくせに、安易に短絡的に、無神論者だと言い張る。こう言う人は無神論者でなく、人生探求の怠慢者であり、そもそも人間そのものを全く理解していないのである。

 宗教への無関心と、無神論者は根本的に違っているのである。
 宗教に対しての無関心は、単なる無知であり、つまり人生の生き方に対し思想上ならびに哲学上の面を大いに怠っているのである。

 真の無神論者であるならば、完璧なる神仏の否定が論理上に説明できる訳で、神仏との永続的な対決の経験者であり、この経験を重ねた上での「100%神仏否定」でないければならない。漠然と否定するなどの、曖昧な感覚では真の無神論者にはなれないのである。
 つまり、完全なる無神論者になるならば、少なくとも十年以上懸けて、神は仏に対して、対決をしていなければならないのである。

 つまり、対決には苦悩が付き纏う。
 神を否定するにしても、また神を肯定するにしても苦悩が付き纏う。
 にも拘らず、苦悩なしに、自分を無神論者と言ったり、あるいは唯神論者と言うのは実に軽薄である。
 単純に神と妥協したり、神を捨てたりするのは、そこに苦悩した足跡と、研究した経験をなにも堆積していないからである。ただその人の人間的な希薄だけが鼻に突くのである。

 そして現代社会の現象として、安易なる神への妥協から、新興宗教に飛びついて洗脳され、狂うと言う病変が起こるのである。
 また新興宗教はビジネスであるから、洗脳されて狂わされる一般信者が居ることで集金システムが大いに潤い、儲ける宗教であるから、こうした宗教の氾濫
(はんらん)は、現代社会の脆(もろ)さの面と、その恥部を克明に顕していると言える。
 現代日本人の宗教への怠慢が、新興宗教の増加現象に拍車を賭けていると言えよう。

 さて、無神論者に話しを戻そう。
 ここで云う無神論者とは、少なくとも十年以上、神との対決を試み、その経験を積み、神仏の研究、そしてその研究結果から、宗教を一切否定した完全なる無神論者のことを言う。
 こう言う人の臨終はどうであろうか。

 無神論者は仏道で言う、地獄とか極楽を全く信じていない。
 また人間の生まれ変わりも頭から否定している。そう言うことはあり得ないと、論理的に説明できる人である。
 況
(ま)して念仏宗が臨終後に期待している『千仏来迎(せんぶつ‐らいごう)』など、全くそういうものは信じていない。
 万一の場合、苦しんで死ぬ断末魔すら、ありのままに受け止めるのである。苦痛があったとしても恐れはしないし、それは肉体の苦痛だと理解している。

 そして死に際し、妻子や物財や残された金銭も執着しないし、自らの生命すら何ら執着を抱かずに死んで逝く。物質界の一循環に還元されると、物理的事象を受け入れている。
 霊魂など、そういうものはありもしないと感得している。
 何ともあっぱれな、見事な覚悟と言えよう。
 こう言う人が臨終期に入り、今まさに死なんとする時の死は、どう言う死に態
(ざま)だろうか。
 無神論者の割り切った死に態や、臨終の迎え方は見事である。実に論理的に明確である。
 それは、あたかも真空論理のようにである。
 この論によれば、真空から電子、原子、分子が生まれ、その組合せによって物質が発生し、その物質から様々な生物が生まれ、その一つが心を形成して「我」が顕われたとする。物質循環論である。我すら、物質の形を変えた姿であると言う。
 そして「我とは何か」となると、これが真空から生まれたものであると明言する。
 真空が物質になるのは、人智では測定できず、測れない故に法則があると言う。

 ところが、中途半端な無神論者はこうした見事な見解を持たないし、また唯物史観に徹し切れる非情な覚悟がない。揚げ足を取られれば簡単に論破されてしまう。
 “自称”というレベルで神仏は否定しているが、彼岸ごとに先祖の墓参りはするし、盆や命日には坊主を呼んで先祖供養をする。親戚の手前、しなければならないと付き合い程度の“線香上げ”である。

 更に結婚式には神前にぬかずき、仏式の葬式に参加したり、大晦日は除夜の鐘を聴きながら年越し蕎麦を食べ、一夜明ければ神社へと初詣に出掛け、三箇日は重箱を突つきながら酒に酔い痴れる。何とも、無神論者と豪語しながら、実は遣ることなすことは中途半端で、宗教に無知であり怠慢であることと、神仏を理解した上で思想上の無神論者であると言うこととは、根本的に違うである。
 そして、この種の人は日本敗戦後の、未だに満たされない空白の中を漠然と生きているのである。日本敗戦と同時に、神仏は不在となってしまったのである。

 一方唯神論者も、唯神論者に負けず劣らず、徹底的に神の存在を肯定し、仏性を証明し、かつ多くの宗教で説いている死後の世界を論理的に肯定してみせなければならない。
 単に神仏は存在する……、そして死後の世界もあり、この世界の構造は神霊界からなる……程度の漠然とした、曖昧な回答であってはならない。
 この程度の論理的説明ならば、結局「中途半端な唯神論者」で生涯を終えることになる。

 このレベルでの認識ならば、死は恐ろしいものであろう。
 それは自己を宇宙とは別に置いて考えてみれば分ることである。その怕
(こわ)さが如何なるものか、判然として来る。
 自己が万法を理解している世界で生きているのなら、生まれた後の「老・病・死」は悉
(ことごと)くが苦であり、一方自己が宇宙と一体になり、小さな自我が昇華して消えている世界に生きれば、「老・病・死」は苦にならない。
 それには死生観を自力で自己完結すればいいことであった。

 苦が生ずるのは、無理解から起こる。学の怠慢から起こる。探究心欠如から起こる。
 したがって、仏道で言う「無明」こそ怕さの発信源であり、真理に対する無知から生じたもので、正しく宇宙の仕組みが理解できなければこうなるし、それを怠ったことからも、人に死は怕いものに映る。
 そしてその怕さの発信源は「老・病・死」の無理解である。無理解こそ苦であり、死が恐怖に映ってしまう元凶であった。
 そもそも苦が生じた起因は、無明から生じたものだったのである。



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