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そろそろ死のうか 9

鑑立てを文章で著すことが出来るか。鑑賞した美術品に対して、それを文章で明確に示すことが出来るか、これが洞察力の鍛練法になる。
 物事の本質を見抜くためには、単に囲碁将棋の世界の「先読み」だけではなく、本質を探る能力に長けていなければならない。
 つまり、「見通し」を養う眼であった。
 日本刀を始めとして美術品を勉強することは、そうした眼を持つことである。


●自他同根・人情の実学

 私が「拵職人」を目指して、修行を始めたのは大学二年の頃だった。
 この時期、既に古物商鑑札を取得し、学生の分際でありながら刀剣商売を商っていた。刀剣市場にも出入りし、自分の好みに併せて欲しい物を入札し、それを旗師
(はたし)という行商で知人宅を訪ね、注文を承り、その品などを取り揃え販売していたのである。
 二足の草鞋ならぬ、当時家庭教師もしていたし、これらを併せれば、まさにマルチで、一に学業、二に家庭教師、三に刀屋、四に拵師見習いと、四足の草鞋を履いていたのである。

 先生の研磨処には、学業の合間に、ほぼ毎日と言っていいほど通い詰めた。毎日少しずつ手解きを受けていた。
 毎日の通いであるから、自称・債権者と称する三人組とは厭
(いや)でも貌(かお)を合わせてしまう。
 彼らは御多分に漏れず、今日も姿を顕していた。ご苦労なことであった。この執念は獲物を狙った蛇だろうか。
 何しろ堅気にはないネバー・ギブ・アップを背中に背負っている。それが金看板であり背中の代紋である。倶利迦羅
(くりから)モンモンの彼らは、それが仕事なのである。簡単には退き下がらない。
 ネバー・ギブ・アップで武装した絡みの三人組は、今日も健在だった。
 これから毎日のように出勤して来るのだろう。

 私は決して傍観者の類
(たぐい)ではないが、先生の“お手並み拝見”を決め込んでいた。
 また先生自身、屈しないであろう。地獄巡りなどを巡礼しているから、当然そこでは老練の修行をして来た筈である。その修行のバックボーンも「不屈の精神」に違いない。挫ける筈がないのだ。

 一方先生はと言うと、毎日が同じ調子であった。別段に変わった様子はなく、淡々としていた。彼らが顕われても気にする様子もない。むしろ動じていなかった。怯えた様子もない。気にしてないのである。堂々とした肚の据わりが読み取れた。それがまた実に長老然としていたのである。
 しかし長老は、不可解なことだが別段追い返そうともせず、帰れとも言わない。むしろ、お茶こそ出さないが、好意的に接しているようにも思われた。

 私が仕事席に坐っていると、彼らが姿を顕し、昨日と同じ手口で一喝するように声を荒たげて脅し、絡み、再び「返せ」コールを始めた。粘り着く肉食派特有の執念のようなものが絡み付いていた。

 素人衆は、この恫喝
(どうかつ)だけで即座に慄(ふる)え上がってしまうだろう。その濁声が、恫喝猛々しい獅子(しし)の咆哮(ほうこう)のように響くのである。しかし先生は動じない。
 戦火の十字砲火の中を掻
(か)い潜(くぐ)った人である。
 戦場で炸裂弾の凄まじい大音響も聴いて来たことであろう。もしかすると、子守歌のようなものであったかも知れない。

 ただこの日、昨日と違っているところは、先生が諄々
(じゅんじゅん)に教え諭すように、刀剣所持についての説明を丁寧に始めたことであった。喋り方も懇切丁寧を極めていた。それだけに、逆にインパクトを与えているようだった。
 分り易いように理路整然とした言葉を用い、紛
(まぎ)らわしい法律用語は避けて、丁寧なる話の進め方であった。決して小難しい法律用語で、素人を煙に捲くようなことはしなかった。
 押さば引け、引けば押せ……の老練なる自然体であった。無理な格闘をしないのである。

 刀剣所持に関する説明と、それを譲渡した場合や相続した場合の説得であった。
 特に彼らの興味を惹
(ひ)いたのは、譲渡によらず、相続した場合の動産としての税務の話であった。
 つまり税金の話である。そこに注目が集まるように老練な策が施されていた。

 動産には、不動産なみに入手すれば、その年度に所得税が掛かる。同時に相続扱いとなる。これは美術品全般に言えることであり、日本刀も例外ではない。
 ただ刀剣業者は、名義を置いて所持する期間が一年未満であるから、所得税からは免れる。一年未満に年度内に仕入れた物は刀剣市などで売却してしまう。一年を跨がるような、長い間、手許には置かない。ここが刀剣蒐集家と違うところである。
 但し相続の場合は、そうはいかない。
 申告方法を誤ると、約50%ほどの相続税が課せられることがある。借金のカタに美術品を差し押さえた物品などは、直ぐに詭弁と看做されてしまう。前名義人などを調査され、裏を読まれるからである。
 特に、重要刀剣以上は、税務署の目の付けどころである。
 先生は、この税金の話で、彼らの度肝を抜いたのである。

 「もし、あなた方に前所有者が譲渡したとして、それにはその年度の所得税が掛かります。また相続であれば動産扱いになるから、価格相当分の50%以上の相続税が掛かります。
 このことに関して申し上げれば、売買によって生じた譲渡ではなく、相続に近いものです。
 勿論これは税務署の判断ですから、一概に言えませんが、私の推察するところ、売買によって生じた譲渡ではなく、不労によって相続した美術品と看做されるでしょう。そうなると動産扱いです。これはむしろ、逆撫でするばかりで逆効果だと言えます」
 そして彼らには「動産扱い」という文言に引っ掛かったようである。損も大きくなり、傷口を広げるばかりと恐れたのであろう。

 だが私には、このことがよく分らなかった。
 古物鑑札を取得し刀剣市場には度々貌
(かお)を出すが、その売買をしていて、売買譲渡と不労で得た相続との違いが釈然とせず、また彼らの行動する意図すら、昨日の今日のことであり、その経緯すら把握していなかった。

 ただ、今日の彼らは昨日とは少しばかり異なり、「動産扱い」という文言に引っ掛かったようで、先生から講釈を聴いただけで大人しく退き下がって行った。しかしそれだけで挫けはしまい。今日のところはである。対策を考えて出直すのだろう。
 何しろネバー・ギブ・アップの筋金入りである。そのうえ執念は獲物を呑む蛇である。

 彼らが退散した後、「つかぬ事をお伺いしますが」と断って、先生の返せと言う刀が如何程の物か訊いてみた。
 先生曰
(いわ)く、研ぎの依頼を受けたのは二尺三寸の『筑後国光世』という。
 また『筑後国元真』の銘を切る。曲太光世と云い、正世子と云う。『光世』とも切る。刃文は小乱れ直足入り地の「映り」がある。希少価値はこの「映り」である。

 鎌倉期以前の古刀に「映り」を見る。「映り」は業物
(わざもの)の証拠である。
 「映り」こそ名刀の証
(あかし)だった。
 その刀を私の手に取らせて「刃文は直刃小乱れの、地に棒映り有り」と、先生は説明を加えた。
 棒映りとは、鎌倉期含む以前の古刀に多く見られるもので、直刃小乱れなどの刀剣には、刃文とは異なる部位に棒状の「映り」を鑑
(み)る。これは平安期から鎌倉期に懸けての古刀の特長なのである。

 思えばこの時代の刀は、後の刀匠の製作法とは異なる次元で、刀剣が鍛練されていたように思うのである。その特長が、この時代に限って顕著なのである。そして室町後期から江戸期に入ると、「映り」が姿を消すことになる。殆ど見られなくなってしまうのである。
 戦場での実戦刀と言うより、鑑賞を目的とした美術刀となり、戦国期も一応一区切り付き大人しくなるのである。

 刃文自体も大人しくなる。戦国期以前のように暴れていない。湾れが柔らかになるのである。
 刀剣が美しいのは、一般素人が考えた場合、美しく作ったから美しいと思うようであるが、刀剣の美しさは実用的で実戦能力がありその姿ら、自ずと美しさを引き寄せたのである。美しく見えるように観賞用に鍛練したから美しいのでなく、機能美イコール美しさだったのである。
 これは実戦を通じて刀剣に美を齎したことになろう。いわば実用機能が美を招き寄せたと言うことになる。

 『筑後国光世』の時代は承保年間で、平安中期のものであり、まさしく鎌倉以前の古刀である。
 この時代の刀の多くは「映り」という特異な刃文から、地の方に少し離れて、薄く煙が懸かったように白く見える。この部位が乱れたものを「乱映り」といい、直ぐなものを「棒映り」あるいは「直映り」という。

 鎌倉期以前の名刀に多いもので、この映りは江戸期に入ると、それ以降の刀工では出せない名人芸の一つであった。古刀の一部に見られるのみであり、江戸期の新刀では姿を消して行く。それだけに希少価値も高い。
 ランク付けで言えば、財団法人・日本美術刀剣保存協会の認定等級で重要刀剣か、特別重要刀剣となろう。当時金額に換算すれば、一千万円は下るまい。
 この時価総額に自称債権者が群がったと言えよう。自分こそ債権者と称して、群がるのも無理からぬことであった。

 『筑後国光世』は平安中期事の刀である。そのうえ江戸期以降は真似できない名工の鍛えた刀であった。
 特に「棒映り」というものは、ほんの一部の名刀に限られたもので、これだけでも凄い価値のあるものであった。そこに眼を付けられたのであろう。充分に凌げる金脈であった。

 債権者としての抵当順位は不明だが、毎日押し掛ける理由はあるようだ。
 また「権利は自分にある。返せ、返せ……」と喚
(わめ)く意味も分らなくもなかった。他者からの割り込みも懸念されるからだ。既に風評となり価値が暴露されているようだ。
 急がねばならないと焦っているようだった。
 あたかも大粒のダイヤモンドの鉱脈を探し当てたような騒ぎであった。やがて蜂の巣を突ついたようになろう。そこに無数の不逞の輩が群がる……。あり得ることだ。
 その騒ぎを暗示させるようなことが起こりはじめていた。

 つまり、下手をすると債権者を装った連中は、彼らだけでないのかも知れない。その懸念は充分にある。危惧は、そこにもある。
 先生はそう言う“読み”を持っていた。
 そうなっては、話は益々ややこしくなり、大勢が寄って集
(たか)って、名刀に群がるようなことが起こるかも知れない。まるで蜜に集る蝿のようなことが起こるであろう。
 この読みは正しいだろう。その懸念があった。

 先生が奴らの話を真に受け、脅しに屈して、素直に「返せ」に応じたり、あるいは執拗に絡まれて煩いからということから言い成りになっていたら、その後、大変なことが起こっていたかも知れない。先生は、そのことまで予期していたのであろう。

 では、あの三人組は、その情報を逸早く聞きつけ、蜜に集った最初の蝿と言うことになる。
 この状況を一瞬に判断し、初日は見事な“いなし”で躱
(かわ)したが、明日はまた別の集団が遣って来るのかも知れない。
 現在のところは老獪なる智慧の勝利であった。はて、明日はどうなることやら……。



●心情を読む

 三日目に入ると、案の定、先生が予期した通り、三人組とは異なる、明らかに取り立ての、その筋の者と思われる別のグループが、もうじき期限を迎える手形をちらつかせながら顕われた。借金のカタに、差し押さえると言うのである。
 しかし、それは出来ない。
 差し押さえようにも押さえようがない。この申し出は不可である。

 名義の移転権は、研ぎを依頼された先生の方にあり、一度、移転の名義変更がなされたならば、前所有者の名義は勝手に書き換えられない。第三者がいちゃもんをつけても、現名義人の承諾なしに移転は出来ない。

 銃砲刀剣類は刀剣の場合、刀剣の戸籍とも言うべき登録証は、その刀を登録した文化財として扱われ、登録した各都道府県の教育委員会が管理監督し、前所有者不明のままでは名義変更は出来ないのである。前所有者の住所・氏名が居る。仲間内だけの移転は、後で発覚すれば、文書搾取などの刑事罰が問われる。そのうえ脅し取れば罪が嵩
(かさ)む。恐喝による詐欺罪は重罪である。

 また名義変更の場合、刀剣と登録種が同時に存在しなければならず、これがバラバラに存在することは法律上認められないのである。現物の刀剣と登録証が同時に存在していなければならない。
 常に両者は、同一場所と同一人の手によって保管されていなければならないのである。

 例えば、自分の差料の刀を研師に研ぎの依頼をするとして、その場合、刀剣の所有は20日を超える場合、持ち主の手から研師の名義に移り、名義に対する以降の責任は、盗難や紛失などを含めて、研師自身に発生する。その責任を総て負う。弁済の義務も生ずる。預り期間の保管者であるからだ。
 したがって預り期間は動かせないし、研ぎが仕上がっても依頼時
の所持者が顕われない限り、保管する義務があり、勝手に第三者に渡すことは出来ない。委任状があってもである。また差し押さえ物件と言っても、それは通らない。そこで騙し取れば詐欺となる。
 依頼主は一時期移転を同意した上で、刀剣と、刀剣につけられた登録証を一緒に預け依頼する。
 この場合、刀剣だけを預けてという訳にはいかない。常に刀剣と登録書が一緒に存在していなければならないのである。

 つまり、研師は法律に定める名義変更を行い、仕事期間が20日を超える場合、依頼された側はそれを20日以内に、登録証発行の各都道府県の教育委員会文化財保護課に、その手続きを行なわなければならない。
 仕事日数が20日以上を超える場合、前所有者のままで放置して、仕事を受けることは出来ないのである。

 したがって、現所有者が名義の移転をしない限り、刀剣は住所のある場所から動かすことが出来ないのである。拒めば、それに従わねばならない。第三者は如何ともし難い。
 先生はこの点も上手く利用し、押し掛けて来る者に対して、いなしたり、すかしたりしていたのである。
 だが、露骨に言わない。
 露骨さが表面に出れば、売り言葉に買い言葉となり、逆に奴らの手に乗せられて揚げ足を取られることになる。一歩下がって控えるのである。これがまた老獪の一面だった。

 こうして何日かが過ぎたが、「われこそ『筑後国光世』の権利者だと言うのは、一週間ほどで十数人になってしまった。その殆どが取立屋らしき筋者であった。こ
 うした筋者を、躱すのであるから、“並み”の知識人では躱しようがない。また単に見識者であっても無理だろう。口先の論に終わってしまう。
 そして、相手に聴く耳がなければ、言うだけ虚しい遠吠えだろう。

 こうした状況を躱すのは、やはり胆識を備えた先生のような長老でなければならない。彼らより役者が一枚も二枚も上であるからだ。こう言う重大場面では、老練かつ老獪な胆識が物を言うのである。

 先生は押し掛けた筋者に対して、彼らと貌を合わせと「やーあ、ご苦労さん」と、あたかも知人に挨拶を交わすように言うのである。
 これは今日この頃の社交辞令のようなものであったろうが、口先から出た言葉でも、また便宜上の方便でもなかった。
 毎日毎日押し掛けて来る彼らに対して、その業界の鎬
(しのぎ)を削るような“凌(しの)ぎ”に、労りの心から出た言葉であった。
 況
(ま)して、皮肉を吐露(とろ)したり、からかって言っているのでもなかった。本心でそう思っているのであった。
 先生は人情家でもあった。苦労人なのである。人情の機微を知る人でもあった。

 毎日貌を会わせる彼らに対して、彼らの心労を労る意味で、会釈をして「やーあ、ご苦労さん」と、言葉を交わされればその印象は、その後、彼らの心をどう変化させるだろうか。
 この一言は深い意味があるとは思われないのだが、毎日交わされれば奇妙に思いたくなるのが人間に心情である。

 そのうえ交わす方は、煩わしくも思っていない。絡んでも、迷惑など微塵に思っていない様子である。そして「ご苦労さん」という言葉は続く。
 毎日これを聴いていれば、実に奇妙に伝わって来るであろう。不思議なことに、その挨拶に親しみを覚えるのである。
 そういう奇異なるところが見られるようになった。彼らの心を徐々に変化させていったのである。開かせたと言ってもよいだろう。あるいは聴く耳を持たせたのか。更には真綿で気付かないうちに遠回しに首を絞め急所を押さえてしまったのか。
 また一気に畳み掛けた様子もなかった。
 あたかも『太陽と北風』の太陽を連想させた。人となりを心まで到達させたのだろうか。
 言葉にこそ出さないが、彼らは先生を大した人間だとシャッポを脱がせてしまったのかも知れない。
 先生の人情の機微が伝達されているようにも採
(と)れた。長老の智慧である。
 更には、先生に対して一目も二目も置いてしまった観がある。

 何日か経って、それが功を奏したのか、顕著な現象として顕われて来た。
 彼らも人の子であり、人心が、先生の人柄に向きはじめた。騒ぎが徐々に鎮静化して行ったのである。自称債権者が、一人減り、二人減りしたのである。
 何故だろう。
 暖簾
(のれん)に腕押し、豆腐に釘で、埒(らち)が明かないと検(み)て退いたのだろうか。
 いや違うだろう。
 腹芸の勝ちといえばそれまでだが、奥には、単に狡猾な腹芸のみで動かしたとも思えない。

 自称・債権者の心の裡側
(うつがわ)に踏み込めば、「果たして自分達は本当の債権者なのだろうか」という疑問が起こったと思われる。それに併せて、銃刀法に関する各都道府県が発行する、刀剣の戸籍とも云うべき登録証の法的手続きの妙である。

 両者を重ね合わせれば、「果たして?……」という思いが疾
(は)しり、法的に争って勝てるだろうかという疑問も生じたからであろう。法的にその権利があるのか。そういう懸念が生まれたのだろう。
 それに刀剣と登録証は先生の手の裡にある。その急所を掴んでいる。如何ともし難いのである。
 先生は、そういう彼らの心の変化まで読み解いていたのかも知れない。
 そして見事に誘導し、変化させ、理解させた。
 老獪が発した腹芸の一つかも知れないが、それだけでもなさそうだ。

 これはあたかも、『マテオによる福音書』
に出て来る、あの有名な句を思わせた。
 「だが私は言う、色情をもって女を見れば、その人はもう心の中で貫通している」
(第5章28)
 これはモーセの「姦淫するな」にイエスが言及した特異なる解釈である。

 イエス解釈は衝撃的で、心の裡側
(うちがわ)を揺り動かした。これが革命的な重要性を持っていた。
 後にキリスト教が世界の三大宗教の一つになり得たのは、モーセの律法において「女と姦淫する」という条件下において禁じられていた、彼女と性交する意味であった。つまり、「色情をもって女を見れば……」と云う、この一行に、人間の内面的な淫らさを、イエスは見て取ったのである。

 これはモーセの律法にある外面的行動を意味する。
 だが直接なる性交の禁止を、イエスは革命的解釈によって、人間の心の裡
(うち)まで読み解き、「色情をもって女を見れば……」と云う内面的領域まで踏み込んだのである。
 心の中での、見る行為は、卑しい眼で見て、それ自体が淫
(みだ)らなのである。つまり心で女と姦淫したのと同義なのである。

 ここに律法の要素を為
(な)す世の中の規範、倫理観、道徳観までもが問われて、心の裡側に踏み込んで来るのである。人間の内面的行動に関与するのである。
 これまでの外面的行動規範から、心情規範へと一気に移行してしまうのである。
 まさに、これこそコペルニクス的大逆転を思わせる。これにより、キリスト教は世界の三大宗教の一つになり得たのである。

 イエスの「色情をもって女を見れば、その人はもう心の中で貫通している」の、この言葉を用いて姦淫という罪を、いかに処罰したか。
 ここも有名な一節であるが、ユダヤの律法学者とファリサイ人は、姦淫の現行犯として逮捕した女を連行して来て、イエスの問うた。

 「先生、この女は姦通の最中に捕まった者です。モーゼはこういう者を石殺
(いしごろ)しにせよと律法で命じていますが、あなたはどう思いますか」(「ヨハネによる福音書」第8章4、5)
 これは、「モーセの律法では姦通した女は石打の刑に処して殺せと命じている」ということで、イエスをジレンマに陥れ、困惑させ悶絶の淵に追い込む魂胆であった。
 そこでイエスは、動ぜず毅然として云う。
 「あなたたちの中で罪のない人が、先ずこの女に石を投げよ」
(「ヨハネによる福音書」第8章7)
 イエスのこの言葉を聴いた人達はどうなったか。
 「老人をはじめ一人一人去って行き、」
(「ヨハネによる福音書」第8章9)とある。
 これは、誰一人、女を石殺しの刑に処せることは出来なかったのである。

 ユダヤ教における死刑執行は、石打の刑で行われる。
 これは役人が執行するのでなく、民衆が執行するのである。
 今日の裁判への民衆参加は陪審制であるが、古代のユダヤ教徒においては、死刑執行は民衆の手に委ねられていた。
 また、石打ちの刑で罪人を処罰するのは、当時の民衆の娯楽の一つになっていたのである。
 民衆は、罪人を処罰するのに何の躊躇
(ちゅうちょ)も抱かない。娯楽だから喜んでやる。憎き罪人を退治するためには、正義感をギラギラ燃やし、喜び勇んで執行をするのである。

 しかし、イエスはこれに「待った」を掛けた。
 「あなた達に果たして人を処罰する資格があるのか」と問うた。
 それも、「色情をもって女を見れば……」と、鋭い言葉を用いて心の裡側まで入り込んで来て、その資格を問うた。
 そうなると誰もが唖然とする。自分にその資格があるのだろうかとなる。そう自分の良心に問い返し、自問自答をする。そして自分にはその資格があると明確に出来なかったのである。故に躊躇した。その場を去る以外なかった。
 まさに判例変更であった。

 これまでに、こうした判例を下した律法学者は居なかった。
 だがイエスは、かつてモーセが律法で記している法の条文の一言一句、一点一画も変更せずに判例変更をしてしまったのである。これまでの判例は、ここで覆ってしまった。イエスのよって易々と判例変更が行われてしまったのである。

 こうして検
(み)ると、イエスは紛れもなく最高の裁判官たる器量を持っていたことになる。この背景には見識のみならず、一気に畳み掛ける胆識があったことが疑いようもない。

 流れを検証すると、姦通した女は現行犯で逮捕され、有罪であることは明白である。それにモーセは律法で「姦淫するな」と記してある。律法で禁じてある。
 律法で禁じている以上、それを犯せば間違いなく有罪であろう。石打ちの刑で処刑される。その執行は既に決定していた。

 ところがイエスは「罪なき者に限って刑の執行ができる」としたのである。これはこれまでにない新判決であった。
 つまり、「罪なき者」という限定的な新判決は、人の心を揺さぶらずにはおれなかったのである。それは“人の子の良心”まで到達していた。
 これにより一気に「止め」を刺されてしまったのである。そうなると、一転して去る以外ないだろう。資格がないのだから去る以外ないのだ。

 私は当時のことを思い出して、あのとき先生が用いた老練かつ老獪な智慧は、胆識から出たものであると今でも確信している。胆識者の凄さを、まざまざと見た思いがするのである。
 長老のみが持つ胆識を、確
(しか)と見た思いだった。



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