運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
そろそろ死のうか 1
そろそろ死のうか 2
そろそろ死のうか 3
そろそろ死のうか 4
そろそろ死のうか 5
そろそろ死のうか 6
そろそろ死のうか 7
そろそろ死のうか 8
そろそろ死のうか 9
そろそろ死のうか 10
そろそろ死のうか 11
そろそろ死のうか 12
そろそろ死のうか 13
そろそろ死のうか 14
そろそろ死のうか 15
そろそろ死のうか 16
そろそろ死のうか 17
そろそろ死のうか 18
そろそろ死のうか 19
そろそろ死のうか 20
そろそろ死のうか 21
そろそろ死のうか 22
そろそろ死のうか 23
そろそろ死のうか 24
そろそろ死のうか 25
そろそろ死のうか 26
そろそろ死のうか 27
そろそろ死のうか 28
そろそろ死のうか 29
そろそろ死のうか 30
home > そろそろ死のうか > そろそろ死のうか 7
そろそろ死のうか 7

物事を推し進めて行くには、いろいろな障害を乗り越えなければならない。更にそうした実際には、様々な利害や矛盾が絡み、一筋縄では行かない。意見もバラバラになる。

 更に異論ばかりが露骨になり、これに抗
(あらが)って、前に一歩でも二歩でも進むには並大抵のことではない。難儀に継ぐ難儀である。解決への道がますます遠退く。

 立たされる立場は、揺らぐばかりでなく、舞台は波瀾を極める。次々に新問題が発生する。大いに拗
(こじ)れる。窮地に継ぐ窮地である。息つく暇もない。
 大抵の見識者は、この窮地に来て挫折する者が多い。簡単には乗り越えられないからである。

 次々に発生する議論に抗し切れず、押し潰されそうになる。これを抑えて、かつ封じ、制御棒をコントロールして、理想を実現して行く実践力が無ければ、挫折しても当然なのである。
 そこで必要になるのが、決断力と言う非常さであり、優柔不断では幾ら知識があり見識があっても、一歩もこれ以上は前に踏み出すことが出来ないのである。

 したがって、立志期を志し、養った理想から構築された見識の上に、決断力を加えたものが必要になって来る。見識にプラスしなければならないものが、つまり「胆識」なのである。動じない不動心の意志、あるいは不屈の魂である。
 この魂を燃やし続けるには、志がいるのである。胆識は志の有無で定まるようである。度量もそれに比例する。


●老職人

 時代は様変わりの様相を極める。
 古いものは見向きもされない。置き去りにされ、やがて闇の中に埋没する。そして新旧が交代する。栄枯盛衰の法則である。
 しかし、古くても滅びないものがある。
 それは、古いものにも「一子相伝」なる特異なる智慧があるからだ。
 長年培った智慧は、そう簡単には滅びない。

 これは職人の智慧であるとともに、人間としての智慧であり、その奥には、見識を縦横に駆使した「胆識」なる智慧がある。
 職人の世界は「一子相伝」で構築されている。
 これには他者の介入が殆ど不可能であり、多くは血筋によってなされる。血の中に遺伝の因子が含まれているからである。あるいは、血筋なくば、血統以外の「霊統」で、その相伝がなされる。霊的な繋がりで一子相伝を為
(な)そうとするからである。

 一子相伝は、世界でも特異な日本独特の伝承法であり、伝承を煮詰めれば、やがて「伝統」なるものが出来上がる。
 日本の伝統文化は、総て此処に回帰される言ってもよいであろう。

 伝統の文化は古来より連綿と伝えられる中に、今もなお存続する日本の「老舗文化」が生きている。
 老舗は、単に店舗や商店が会社や組織のように、時代とともに運営形態を経営者を入れ替えることで継続した繁昌店でない。先祖代々から連綿と続いた
暖簾(のれん)を守り、古い創業の歴史を持ち、これは欧米などのカンパニーとは根本的に異なっているのである。

 何故なら、この伝統には職人的継承があるからである。
 先祖代々の家業を守り抜いて来たと言う自負とともに、長い風雪に耐えた歴史を持っている。
 そして、伝承をついた子孫は信用並びに愛顧の贔屓
(ひいき)を受け、一子相伝の儀法を歴史の中で保持した文化を有しているのである。職人経営の老舗文化は、まさにこれである。
 職人的文化に一子相伝は必須で、切っても切れない関係を持っている。

 だが、サラリーマンには血筋とか血統に伝えて行くものが乏しい。自分の足跡を子に伝えると言うものでない。
 サラリーマンが何故サラリーマンをしているか。
 それは目的が“生活の糧”を得る手段に遣われているからである。より善き労働条件の中で働く。そして就職先は自分の好みで選択できる。最初から固定された3Kのような職種は敬遠し、出来るだけ労働条件良く、然も安定企業を就職先に選ぶ。

 企業のネームバリアも選ぶ条件となり、面白そうで、遣り甲斐があって、出来るだけ自分を高く買ってくれるところに落ち着きたいと思うだけである。したがって就職の目的は、自分一代限りのところとなる。それは残念なことだが、子孫への連綿性がない。
 況
(ま)して一子相伝も存在しない。子供や孫からも、請われて教えるような内容も持たない。経営者や役員側の同族でない限り、職人世界や農民・漁民世界のように一子相伝は無用なものである。
 更に霊統となると、皆無に近いし、それゆえそれをそのまま伝統に載せて、引き継ぐと言う精神性もない。

 サラリーマンの生き方の目的は、その職業自体が生活の糧
(かて)であり、それ以外は何もない。目的は伝承と言うことより、会社員ならば、自分の労働力を企業に売ることにより、その見返りとして月々の俸給を受け取るという“生活の糧”である。俸給の受け取りのみを目的とする。それにより資本家や経営者との雇傭契約が成り立っている。

 資本主義のキャピタルニズムは、生産手段を所有する資本家階級が、自己の労働力以外に売るものを持たない仕事を欲しがる労働者階級から労働力を商品として買うシステムである。買われて働き、その見返りとして俸給を受け取る。
 また資本家は、雇用者を使用して生産した剰余価値を利潤として手に入れ、その経済体制下で機能するようになっている。
 したがって資本層から雇傭された会社員は、月々の糧を得るため、その経済体制下で働くことになる。

 勿論サラリーマン世界にも、使命感や夢と希望がない訳ではない。
 この世界では仕事への“遣り甲斐”と、それに打ち込んだ後の“達成感”と“満足感”がある。
 同時に金銭的報酬、役職などの地位的報酬、地位が上がるごとに俸給が増え、また目的達成時の内面的な充実を感じさせる内的報酬などがある。これを論
(あげつら)って「サラリーマンを捨てたものでない」と反論を唱える人も居よう。それはその通りである。同感の余地もある。辣腕を揮えれば面白い職業である。
 更に雇傭契約上は社員として身分が守られ、人間としての人権が守られている。

 しかし、労使関係は何処まで追求しても、資本家と労働者の関係は崩れないし、これから先も、雇傭されている限り崩されない。崩れれば、企業そのものの存続が危ぶまれる。企業無くして職場がない。生活の糧が消滅する。その危惧は蹤
(つ)いて廻る。

 また背後には、したたかで、巧妙な会社役員連中の社員を物質視する“会社員操縦術”がある。スペアは幾らでもあるという傲慢である。
 その操縦術が“飴と鞭”だった。
 巧みに社員をコントロールする会社側役員の操縦術。これに会社員は手玉に取られる。
 その手玉の最たるものが、何よりも恐ろしい「リストラ恐怖症」である。時にはこれをちらつかせる。肩叩きのポーズを執る。これに怯
(おび)える社員も少なく無い。またそういう結末に終わりたく無いから、どうしても“勝ち組”に加わりたい。

 斯くして多くのサラリーマンはこの巧妙な術に嵌まる。意図的に誘導されたりもする。
 この現実は無視出来ないだろう。
 仕方なく、操縦に甘んじるしかないのである。
 自らと家族を養い、マイホームやマイカーなど、その他の月賦契約のローンを支払い、医療保険や生命保険にも加入し、あるいは扶養している老いた両親の食い扶持が確保しなければならないのである。雇傭される目的は、この点に懸かる。

 この構図を冷静に見詰めれば、どこか江戸時代の酷使された水呑百姓に似ていないだろうか。
 そして現実には「過労死」がある。そこまで働く。まさに酷使された水呑百姓然である。
 したがって、伝統文化を子孫に伝えると言う使命感は、殆ど皆無であろう。そんな余裕もない。契約社会の契約漬けの履行を果たすだけで精一杯なのである。心労お察ししますと言いたいくらいである。

 一方、職人気質には一子相伝の父親の背中がある。父親の伝統としての背中がある。
 子はそれを検
(み)て、無言の中で暗黙の了解で育って行く。
 子が、親の背中を検ると言うのが、それである。サラリーマンにはない文化である。異色と言ってもいい。別空間の伝統・伝承文化である。

 そこには後世まで伝えて行く意気込みがある。また使命感がある。
 この構図がまた、次世代の後進者を育んだ。同時に後進者は、職人世界の胆識なりの一面を垣間みる。匠の中にはそういう老職人がいるからである。
 一見頑固一徹に見える職人気質の塊
(かたまり)には、日本文化を伝えて行くと言う使命感が無言のまま語られているのである。その語りの中に、長老としての智慧が集積されているのである。

 かつて私は、二十代の頃、そうした「長老然」とした老職人を見たことがある。
 またその職人は、そこそこ名の通った日本刀の研師であり拵師だった。
 この頃、私は繁く足を運び、この御仁から、職人としての技術と、その道の教えを請うていた。師事して、匠
(たくみ)の伝統儀法を学んでいたのである。

 此処を訪れることになったのは、学生の頃からだった。
 爾来、よく足を運んだ。
 最初、拵師の見習いのようなことをして、刀装・拵製作を教わり、次に研ぎの「粗研ぎ段階」まで教わったことがある。当時は、その途上であった。
 私はこの老職人を尊敬を込めて「先生」と呼んでいた。
 この経緯については
『続・刀屋物語』並びに『続々・刀屋物語』に詳しいので、ここでは詳細を省略して、話を進めることにする。

 ある日のことである。
 先生宅兼仕事場に、よからぬ一行が押し掛けたことがあった。
 この輩
(やから)は威圧する意図がありありで、幅広の大型のアメリカ車で押し掛け、難癖をつけはじめた。威圧の意図がありありだった。

 しかし、言い掛かりは他愛のない難癖である。この輩は、筋者らしき三人組だった。
 おそらく強持
(こわ‐も)ての取立屋の類(たぐい)だろう。
 一人は兄貴風で、その筋で言えば准幹部であろう。そして残りの二人は、末端駆け出しのの構成員だろう。そのように見えた。
 そして三人とも殺気が漲
(みなぎ)り、貌(かお)は異様に引き攣(つ)っていた。その筋に検(み)る面構えである。

 いちゃもんの口実は、次のようなものだった。
 いきなり入って来てと言うより、侵入して来たと言った方が適切かも知れないが、「預けたものを返して欲しい」と、異なことを言うのである。
 よく聞くと、研ぎに出した一振りに所有者の譲渡があったと言うのである。その「物」を受け取りに来たと言うのである。だから、返せと言うのであった。

 だが先生は拒んだ。
 それは研ぎを出した依頼主とは違っていたからである。
 依頼主とは別人で、本来の受取人ではなかった。
 しかし、いちゃもん側も聴く耳は持たない。
 前所有者の事情により、権利が譲渡したから、受け取るというのである。用意周到で、更に委任状も貰っており、それに従っているまでだと言うのであった。それを執拗
(しつよう)に言うのである。債権者であることを強調する。
 だが聴いているだけで辟易する言い掛かりであった。
 経緯上は筋が通っているようで、実は何も通っている風ではなかった。凄みを利かせた濁声
(だみごえ)で強引に「返せ」の一点張りであった。このままでは矛盾の坩堝(るつぼ)の中に墜ち、平行線のまま埒(らち)が明かないと思われた。

 周囲の空気は益々険悪を極めた。
 返せ、返せぬの押し問答で、それ以降何も進展しない。それだけに居座って引き揚げる風もなかった。
 しかし先生は「不法占拠で警察を呼ぶぞ」とも、「仕事の邪魔だから帰ってくれ」とも言わない。好き放題にさせている。
 あるいは逆に、突然の闖入者を手玉に取って弄
(もてあ)んでいるのであろうか。
 この辺が老練の立居振る舞いかも知れない。役者が一枚も二枚も上のようである。

 これまでの経緯によると、数日前、先生は研ぎ上がったから依頼主に電話を入れたという。引渡日を依頼主から連絡され、その日時をアポイントした。そういう話であった。

 ところが、顕われたのは依頼主ではなかった。依頼を受けた引取人とは、全くの別人の第三者であった。依頼人ではない。ゆえに受け取る権利もない。
 見るからに筋者然とした三人組であった。
 訳もなく、返せと言われても、この三人組には渡せない。
 三人組曰
(いわ)く。
 「既に譲渡されたので、権利はこちらにある。わしらは債権者である。債権として押さえた。現物をいま直ぐ返却してくれ」と言うのである。理不尽である。
 また「研ぎは恃
(たの)んだ覚えがない」と言い張る。本当の有者は、譲渡により移転していると言うのである。返せの一点張りだった。

 しかし先生は、この申し出を頑として断った。
 「研ぎを契約したのは貴殿らではない」というのである。
 契約者のみが、引取人としての権利があり、それ以外は受け取りの対象でないと言うのである。こうして、此処からが一騒動であった。返せ、渡せない……の押し問答が続いた。
 そして、本来は現在、銃刀登録証の名義者は、先生側である。ゆえに譲渡した名義変更が行われていない以上、この三人組に受け取る権利はないのである。

 しかし、その事で問答しても、頭に血が上っている三人に解らせることは、今は不可能に近かった。解ってもらえまい。
 気負った連中は、研磨処に長々と居座った。
 研磨処には正面の大額に「不浄の者、入るべからず」と書いてあった。だが、それは無視されていた。不浄が居座ってしまったのである。
 そして不浄は、特有の脅したり、すかしたりの、定石通りの手口で来た。執拗に絡みもする。
 こうなると、凡夫は直ぐに警察……となるだろう。煩わしいし、怕
(こわ)くもある。言葉の脅しから、命の危険すら感じてしまう。

 ところが、先生はそうはしなかった。また虚仮威
(こけおど)しを見抜いていた。
 この連中を一向に煩
(うるさ)がる風ではなかった。帰れとも言わないし、追い出そうともしなかった。
 そうした先生の態度に業
(ごう)を煮やした三人組は、自分達が軽く、いなされるのではないかと、今度は閉口して来た。
 先生の何を言っても応じないその態度が、毅然としているだけに、逆に言い負かされているような逆の威圧になったのである。
 何を言っても暖簾に腕押しで、先生に付け入る隙がないのである。痺れを切らしている風だった。老獪なる智慧に、お手上げと言う風であった。
 喚けば喚くだけ、思うように事が運ばないのである。特異な話術で揚げ足を取って、攻め入る隙が、先生にはないのである。

 そして不思議なのは、用事が来たらで来たで、この連中に構わず、研磨処を開けて、さっさと出掛けてしまったのである。このとき用事に、私も同行させられたことがあった。
 「あんな連中を置いて、仕事場を開けても大丈夫ですか」
 心配になって訊いてみた。
 だが、私の質問には全く答えず、「この直ぐ先に、美味いコーヒーを飲ませる喫茶店があるんだ。蹤いて来い」と言って、そこに私を誘うのであった。
 私も蹤
(つ)いて行ったが、コーヒーを飲みながら、先生は、ぽつりとしたことを喋りはじめた。

 「世の中にはなあ、これまで学んだ知識も、腕に覚えあっても、全く通用しないことがある。特に、ああいう連中が相手となるとな……」と、言うのであった。
 その一言を訊いて、私は内心、「肚の据わった人は違う」と痛感するのであった。
 先生は私に、わざわざ“腕に覚えあっても”と言ったのは、私自身のことを指しているようであった。

 つまり、少しばかりの知識があっても、また腕力に物を居させる腕があっても、それで世の中に通用することはないと言うのである。老練なる者が知り得る世の中の真理であった。
 またこの真理に、人間の習性が存在するようにも思えた。
 人間は既製品や規格品を扱うように、一筋縄ではいかないのである。これまでアウトローとして、特異なるその筋の訓練をして来た者は、総てが適応外なのである。

 そこで、どうなるかというと、老練だけではなく、「老獪」と言う智慧を用いて、言葉で話し合えないときには、これをもって、理不尽を撃退すると言う奥の手の秘策である。
 そこに老獪なる「いなし方」と「すかし方」があるのだった。

 普通、老獪といえば、世間の垢
(あか)に塗(まみ)れて穢く、銅臭芬々(どうしゅう‐ふんぷん)の狡猾さや悪智慧などを指すであろうが、これは些(いささ)か世間一般が言うように、例えば“老獪な政治家”などとは違うのである。決して狡いだけの立回りをするのではない。
 また、この智慧を実践できるのは、口先ばかりの話術でもない。言葉の介入では意味がない。態度である。
 根本には肚
(はら)が据わっていなければならない。
 そうでなければ、脅しや、執拗な絡みを、いなしたり、すかしたりすることは出来ないのである。屈するばかりとなる。

 更に、筋者は肉食派の人間であり、啖
(く)うことが本性である。
 それだけに、アウトロー筋は揚げ足を取る話術にも長
(た)けている。
 その中でも困るのは、根性の一部が「ネバー・ギブ・アップ」で武装されていて、今日敗れても、再び明日に挑みかけて来る。
 だが、その挑みは明日で終了することはない。
 明日が駄目なら明後日となる。そして更に、明々後日となり、何度でも遣って来て、巧妙に間合を取りながら勝つまで挑み続ける。
 堅気の衆が参るのはアウトロー特有の執念である「ネバー・ギブ・アップ」なのである。

 だが先生のような、老練を培った百戦錬磨の剛の者ならば、畳み掛けて来る巧妙な間合の外し方も知っている。思う壷にならない。老いたりと雖
(いえど)も、能(よ)く戦う。
 先生は「外す」という、このことをよく知っていた。
 したがって、直ぐには反撃せず、畳み掛けを、間合を取りながら「外す」のである。外すから絡まれない。まさに達人の「腹芸」だった。

 こうして嫌がらせが始まった。
 しかし先生は、それを嫌がらせとも思っているようではなかった。
 嫌がらせから逃げようとすれば、嫌がらせと、逃げる自分は二者に別れててしまう。別れれば、追う方と追われる方の関係となる。常に二者の関係は崩れない。

 そこで、自分の方から追う方へと入り込んで行くのである。
 今まで追われる方が逃げてばかりいれば、この関係は何処までいっても追撃関係である。そこからの逃れられない。
 ところが追われる方が、逆に、追う方の中に突っ込んで行けばどうなるか。

 二者の関係は崩れ、双方が一体となって、もう追う方も、追われる方も追いつ追われつの関係が消滅してしまう。脅すにも、脅す相手が居なくなり、絡むにも、絡む相手が居なくなる。
 斯くして双方が一つになる奇妙な「一体関係」が出来上がってしまうのである。
 実に老練者の「妙」であった。
 先生は僅か一日にして、この関係を作ってしまったのである。

 だが、これだけで老獪な智慧は功を奏することはない。
 智慧の応酬は、やがて手慣れた長けた方が勝つ。最終的には智慧の応酬では埒が明かなくなるのである。隙を作り、足許を見られ、言葉の応酬ではやがてボロを出す。そこに付け入って来る。
 先生はその事を能
(よ)く知っていた。こういう場合、言葉を交わすとボロが出る。
 だが老獪な智慧は、それで種切れではない。
 奥の奥には、人情実学主義が横たわっている。人間の根本を為す、性善説から端
(たん)を発する「人としての情」である。
 この情を用いての逆転劇を演ずることもできる。
 だが、泣きの一手に訴えるのではない。

 人情イコール徳と解してもよい。
 徳とはなにか。
 道を悟った行為にも徳があり、善い行いにも徳がある。それが身に付けば品性となる。
 また、人を感化する人格の力も徳であろう。同時に、加護し、恵みまで含み、慈悲まで併せ持つ。徳は富だけではない。有徳の人格は、遂には人を変えてしまう。

 他人が強引に強硬策で非人情的な働きをすれば、自分は他人と違った人情を見せる。これが徳である。
 商いにしても、他人の頬を札束だけで叩くような商売をしていては、やがて顧客を失う。人が離れる。
 傲慢
(ごうまん)を慎むことも、徳の一つなのである。
 この世界は有機的な人情のカラクリがある。このカラクリの構造を研究し、勝負に勝たなくても、負けない生き方を探求した方が、あとあと自らに還元されて来る。作用と反作用故にである。

 この世は、見えないところでカラクリの構造が働いている。
 カラクリを漢字に直せば「絡繰」と書く。機関のことである。それも有機的な関連を持つ機関である。それは絡繰の仕掛けでもある。また有機的なる仕掛けは伸縮自在で、柔軟性の富み、不定期なり季節ごとの変化を見せる。伸びたら伸びっぱなしではない。縮んだら縮みったぱなしでもない。極限まで行くと戻ってくる可逆変化を起こす。
 ここに、人も変化する要因を内包しているのである。

 『北風と太陽』の物語は、何れが功を奏したか、万人の知るところであろう。
 背景には、それぞれに違った力があったことを誰もが知っている。その違いが「徳」である。心の訴え、心を暖めるのが徳である。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法