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そろそろ死のうか 5

昨今は、幸せの価値観も随分と違って来ているように思う。物がなければ幸せを感じない人も多いようだ。物中心に、それらに恵まれていることに、多くの人は幸せ感を覚え、物に恵まれなければ不幸だと思い込んでいる人が多いように思う。
 しかし物は、物としての存在であり、それ以上のものでない。物であるゆえ盗まれもするし、殖え過ぎれば置き場に困り、欠乏すればそれだけで不幸を感じる。殖えることもあるが、減りもする。そして、幸せを単純に考える人が殖え過ぎた。

 したがって、経済は永遠に成長しつつけ、物質文明は永遠に栄えなければならないと言う経済第一主義を支持している人も多いようである。

 経済的に家計が恵まれていることや、愛し愛されるだけで幸せを感じるなどと、単純に考えてはいけないだろう。
 経済的困窮や経済的不自由は、実に束縛された紐付き生活を余儀なくされるが、この「紐」という手枷足枷であり、本来、人間はこうしたものから自由を束縛するものでなかった。

 ところが、資本主義と言う経済理論が登場して以来、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神にその源を発するこの経済システムは、「契約」と言う形の意思表示の合致によって成立する法律行為が生じる結果となった。実際に、いま金がなくても物が手に入ると言う経済的契約である。

 これにより現代人は以降、紐付き生活を余儀なくされる。ローンと言う形の契約である。これが登場して以来、現代人は信用取引きの名において、実に不自由になった。履行義務は、一方で期限に追われるので自由が失われる現実が生じた。
 これらからも分るように、物に恵まれると言うのは、ある意味において、それを引き換えにして代償を払う反作用が働くのである。物に恵まれることばかりを追求すると、その反動として、やがては反作用の烈しい逆襲に遭うのである。

 恵みの雨は名も無い草花の上にも降る。日照りばかりが続くのではない。従順・純真なる無心さが残っていれば、日照りの中にも時折恵みの雨は降る。雨が降らないからと言って天を怨むことではない。


●懦夫が勇者に変わる時

 かつては死の中にも、生き態(ざま)を追求した後に、死と対決する真心の哀れみというものがあった。
 慈悲であり、情けである。この情けは、有情とも言われた。
 わが志を継いで、その後を歩き志である最終目的を果たしてくれと願う、死に逝く者の美徳があった。そういう死に纏
(まつわ)る美徳が、近代史までは多かった。

 この美徳に中に、死に逝く者も、また生きて、その志を継いで後世に伝える者も、同じ価値観の中に居て、両者は尊愛の中に在
(あ)った。これが日本の伝統にもなり得た。
 それゆえ死は、今日のように憎むものでもないし、恐れるものでもなかった。死には後世に伝えるメッセージの役目も果たしていた。
 生死は同根であり、時によっては死ぬことによって、死を通じて、志の何たるかを伝達する機能が在ったのである。憎んだり恐れたりするものでなかった。常に同根であり、ごく普通に存在していた。

 人は、人の死を見て奮い立ち、決意を新たにすることもある。人の死が勇気を奮い起こすこともある。
 歴史に名高いアラモの戦いを闘った義勇軍の戦士達は、後にアメリカ人に、どう言う勇気を与えたか。
 またタイタニック号が沈没する時、ミス・エバンスは、自分は独身と言うことを申し出て、一旦は乗った
救命ボートから降りて席を代わってやり、沈む船に残って残された人達と船上で運命を共にした。その後、彼女の行為が、後の人にどういう感銘を与えたか。
 更にアウシュビッツ収容所で、ある妻帯者の身代わりになって処刑された神父もいた。この神父の胸のクルスは金や銀のものでなく、法衣に縫い込んだ粗末なアップリケだった。

 また同収容所で、同じユダヤ人でありながら、同胞のユダヤ人を売り渡してパンを得る者が居る一方、同胞を助けようと奮闘し、わが身を犠牲にして死んで逝ったユダヤ人も居た。前者は歴史の中で蔑まれ、後者はその美徳が讃えられた。
 そしてこの事実を、わが眼で確
(しっか)りと確認したのは精神分析学の世界的権威のフロイトの弟子であったフランクルである。
 フロイトは性悪説で知られる医学者である。
 フランクルは、人間が持って生まれた習性として欲望を持つ本性は「悪である」と予々
(かねがね)聴かされていたからである。フロイトは東洋研究家としても知られ、性悪説は荀子(じゅんし)の説いた性説である。

 フランクルはユダヤ人であるが故に捕えられ、アウシュビッツに投獄された。そこで見たものは同じユダヤ人が同胞を売る姿であった。
 理性や理性を失った一部のユダヤ人が本能的に自己中に奔り、仲間のユダヤ人を売り渡し、見返りとしてパンを貰って、仲間が引き立てられ拷問にあって死んで逝くのを見ながら、脇で悠々とパンを食べている姿だった。
 この実情を見たとき、フランクリンは確かに師匠のフロイトの言った通り、人間は性悪説に貫かれていると思ったのである。

 ところが、一方で性悪とは逆のことが起こっていた。
 人間は性悪説に貫かれて本能のままであれば、理性と知性がともに欠如し、自己中に奔ると言う光景を見た一方、自らの命を捨てて必死で仲間を助けようとするユダヤ人の姿も見たのである。これまで人間の本能を支配する無意識は、フロイトの言うように性悪説であると信じて疑わなかった。

 しかし、自らの命を棄
(す)てて同胞のユダヤ人を助けようとする別のユダヤ人が居たことに大いに驚いたのである。
 大勢の人間のために、自分の命を易々と捨てる。これはこれまでの性悪説のみでは説明がつかなかった。人間の本性は悪であるという性悪説では説明がつかなかった。

 そして探求の末に行き着いたことがあった。
 人間の行動や行為の深層心理には、超越的意識は存在するのでは?……と。
 このとき阿頼耶識
(あらやしき)の存在を知っていたか否かは定かでないが、「人間には超越的なる美徳が誰にでも備わっているのではないか」と思ったのは確かなようだ。つまり超越的な美徳とは、誰もに備わる宗教的無意識である。まさに阿頼耶識の真相に到達するのである。

 フランクルは今日の現代人には持ち得ない過酷な体験と経験を通じて、美徳なる宗教的無意識を発見したのである。
 人間は誰でも偉大な一面を持ち得る。しかしこれが本能的に自己中に奔ったとき、それが眠らされ、偉大な一面を発揮できない。眠ったままである。
 ところが自己犠牲の形を執
(と)って、「自らが先駆けて死んでみせる」という、この行為に及んだとき、それを見届けた人はどうなるか。人は、この事実を感動をもって確認したとき、人間の偉大さの本性が覚醒する。突如目覚める。
 人間の偉大さが覚醒する事実を、フランクルはその眼で確
(しか)と見たのである。

 人間は確かに水冷式の哺乳動物であるが、人間がその形体に酷似するからと言って、本能のままの動物然として扱うことは危険な考えであろう。その酷似した形体の裏側には、偉大さを示す宗教的な無意識が備わっているのである。この点を見逃してはなるまい。
 これは有機的な巨大な生命体の輪の循環の中に在ると言ってよい。

 一方、人間が顛落すれば、下劣なる行いもすることがあり、その下劣に蓋
(ふた)をして偉大さばかりを喧伝するのも危険である。更には、その両方が備わっていることを教えず、これを隠すことも危険である。
 善悪、優劣、正邪などの両方を包み隠さず教え、単に動物的であると思い込んでもならないし、神仏の如き動物とは異なる偉大な存在であると思い込んでもならない。この思い込みこそ、危険の最たるものである。

 したがって、人間がいつの世にも関わり無く、その時々の人は、時代を超えて美徳の一面を発揮することは人間として健全に機能していることの証拠であろう。
 そして健全機能が衰えれば、間違いなく悪しき個人主義に奔り、自己中的になり、やがては墜落してしまうのである。

 この意味で古来より、人の美徳は大いに讃えられた。
 自らが死ぬことにより、後世者が以降、人が変わったように、あたかも懦夫
(だふ)が勇者に変わるように変身した。歴史には、そういう死がゴマンと記されている。その死は輝かしいことして後世に長らく伝えられる。
 似たような美徳談は、他にも沢山ある。そして美徳談は、美徳談で終わらず、必ず後世の人に感銘と感動を与えている。勇気を奮い立たせる力すらある。敢然と立たせる力をもっている。

 人の死は、後世の人を奮い立たせることもあるのである。おどおどした臆病な懦夫
を勇者に変えることもある。
 人は勇気を奮い立たせる場合、人の壮絶な死の感得を通じて感銘を与え、自らの芯
(し)に反映させる場合もある。これにより、これまで眠っていた芯が弾ける。死には後進者へのメッセージが込められている。

 例えば、明治維新の原動力になった吉田松陰の死は、この事実を克明に物語っているのではないか。
 松陰は、斬首の宣告を受けて、死を目前にしたとき、死生観を悟り得た。
 しかし、これだけではない。
 松陰の死は時代を動かす原動力にもなった。
 死生観を解決した松陰は、三十歳で見事な実を結んだではなかったか。
 松陰の死によって、その志を継いだ者が相次いだではないか。

 松陰は『留魂録』の中で、「私は三十歳、四季は既に備わっている」と言っている。春・夏・秋・冬を一巡したと言っているのである。
 春に種を蒔き、夏に苗を植え、花も咲き、秋には実を結んだ。冬に至って収穫した穀物を貯蔵した。

 しかし一つの懸念として「ただ、その実が単なる籾殻
(もみがら)なのか、粟(あわ)なのかは、私の知るところでない」としている。
 果たして、その結果はどうだったか。
 近代の日本史を検
(み)るがいい。決して籾殻などではなかったことは明白である。見事に実を結んだ、まさに「一粒の麦」であった。

 また、『ヨハネ伝』の第12章24節には、イエスの言葉して次のようにある。
 「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」
 イエスは一粒の麦として命を捨てた。愛するが故のことであった。
 松陰も殉教者の道を選択した。松陰を殉教者にすることで、265年続いた徳川幕府は墓穴を掘ったのである。
 これは古今東西に観る専制政治の末路である。松陰の処刑は時代を動かす転機となり、近代日本史を大きく動かしたのである。

 かつて松陰は、高杉晋作から、「男子は何処で死ぬべきですか?」と問われたとき、確たる回答が出来なかった。
 しかし、獄に在って、刻々と死が迫る中、これに対する回答を見出している。
 松陰は言う。
 「いま獄中に在って、死の一字の真の意味を発見した。いつま前、君から受けた質問に答えておく。いま死ぬついての感想を言えば、死は憎むものでもなく、恐れるものでもなく、況
(ま)して嫌うものでもない。もし、生きて大業を為(な)す見込みがあれば、いつまでも生きていればよかろう。また、死して不朽の見込みが在ると思うのなら、いつ死んでもよい。要するに、生死を度外視して、為すべきことを為すことが大事なのである」

 生死を超克し、行いこそ生死を超えた為
すべきことで、「行い」に焦点を当てれば、生き死には、さほど問題ではないのであると言っている。総ては行いに帰する。此処に回帰する。
 したがって、“潔く死ぬ”ということは大した美徳ではなく、行いに帰することこそ、本当の美徳であるとしているのである。何のために死ぬかである。つまり、依
(よ)って以て死ぬ、その死の在り方を行いに回帰させているのである。

 潔く死ぬことばかりを考えれば、それは単に“滅びの美学”になってしまう。それは総てを崩壊させ、死によって無に返すという人間側の傲慢すら感じさせる。そう言う死は犬死にである。
 だが松陰は、これに対して「逃げずに踏み止まる」ことも教えている。
 つまり、死は憎むな、恐れるな、嫌うなと諭
(さと)し、かつ「生きて大業を為す見込み」を挙げ、次に「死して不朽の見込み」という、生死二つを挙げている。この何れも否定していないのである。自由に、何れかを選択すればいいとしているのである。

 時と場合においての可能性を説いているのである。
 これは状況判断と理解してもいい。その場その時で、生死の両方の決断が、大業を為す見込みと、不朽を為し見込みとの二者を挙げ、この何れに当て嵌まるか、状況判断をせよと促しているのである。
 したがって、潔く死ぬ「犬死」を避けて、万一の場合は、緊急避難の意味で、逃げてもよいとし、これを「不朽の見込み」としているのである。つまり「死に場所を選び、犬死は避けよ」という教えなのである。

 人は、生き態
(ざま)だけでなく、死に態までの、その最後を問われるのである。人生の最終段階のクライマックスである、臨終時の死の致し方なのである。
 時に及んで、どういう死に方をしたか?……が問題になるのである。
 そして、死に態の問いで焦点になるのが、その臨終間際の態度である。
 この態度には徳が漂っていなければ、後世の笑い者なる。あるいは後世人をがったりさせる。
 つまり徳が齎す姿勢を説いている。生きた足跡に終止符を打つ、この一点に懸かるのである。それが尊厳ある人の死である。
 死は恐れれ憎み、ただ逃げ回るばかりのものでない。死は超克すべきものなのである。人は死を超克したとき、自らに課せられた死生観は解決する。

 だが現代は、徳の姿勢を毅然と維持する人は随分と少なくなった。
 死から散々逃げまくった上で、病院のベットの上で死んで行く。いつしか、暗黙の了解のように病院で死ぬことが当り前になった。

 また、現代は交通機関の発達により世界が狭くなった事情から、故事死などの突発的な死にも遭遇する。更に医療の発達は、一方で病原菌に抗体を齎し、また最近ではジカ熱感染や、輸血による感染、あるいは自由恋愛や快楽主義の奨励から性交渉による感染が膨らみ、これまでの病気を一層複雑にした。
 更に、検査医療は細分化主義に則り、病気の種類のその数を殖やしただけであった。
 現代医学は確かに有効な面はその恩恵に預かったことも事実だが、その反作用として複雑なる病気を増殖されてしまったのである。

 科学を至上とする現代は、科学力に頼る時代である。またそこから反動としての反作用も生じている。こうしたことが現代人に、本来の死に場所を変化させてしまったのである。今日では青い畳の上で死ねるとは限らない。死に場所不明である。
 昔とは死に場所が随分と変わってしまったのである。

 日本人の美徳は完全に失われたと言ってよい。慈悲も無い。
 また仁も無ければ徳も無い。何も無い。
 何も無ければ残りは動物なのか。
 日本人と言う動物が蠢
(うごめ)いているだけである。経済優先で、“商魂逞しい日本人”だけでは、世界の尊敬を集めないであろう。
 この蠢きに未来があるとは思えないのである。

 仮にあっても、それは人間としての尊厳と言うものでなく、動物の本能のままで残留するであろう。人間の形体をした野獣である。
 果たして、野獣化しつつある人間を、真人間に修復できるか。これからの課題だろう。
 物質至上主義に奔り過ぎた揺り戻し、あるいは可逆性が、もうここらで作動してもいい頃だと思うが、果たして現代の経済優先主義に溺れた日本人に働くであろうか。



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