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そろそろ死のうか 3

秘密が秘密として、それを明かさないことが、なぜ大事なのか。
 秘密は伏せて、外には漏らさないものである。
 無闇に洩らすものではない。裡
(うち)に秘めるものである。
 秘して語らず。

 秘密の世界と言えば、死後の世界」も、秘密の世界に属そう。
 かつて孔子は、弟子から、死後のことを訊ねられて、即座に「知らん!」と答えた。訊いた者に対し「知らん」と叱咤したと言う。
 この「知らん」は、本当に知らないのではなく、知っているが無闇に明かせないと言うことだったのであろう。つまり「語らん」あるいは「言わん」であろう。
 死後のことは語るべきでない。明かすべきでないと、そう思ったのだろう。

 孔子ほどの聖人である。
 知徳が最も優れている人である。
 その中でも「知」をもって、死後のことについて知らない筈がない。知っていながら「知らん」と一喝
(いっかつ)している。
 そこは秘密の世界であるからだ。明かしてはならぬことがあるからだ。

 誰にでも、この世界のことを無闇に語ってはならない秘密があるのである。万人に知られてはならぬ秘密があるのである。知られては混乱や誤解が起こるからである。詰まらぬ穿鑿
(せんさく)が起こるからである。根も葉も無い噂が一人歩きする。
 他者の言葉が、また中継情報が風評となって巷
(ちまた)に横行するのである。
 人の世の厄介なところである。

 孔子の、この「知らん」を真に受けて、孔子が死後の世界を認めなかったというのは、短見であろう。それは表皮だけを捉えて、隠れた部分の真意を見逃している見解であろう。
 死後の世界は、まさに藕糸
(ぐうし)の如き世界である。

 孔子は霊界世界のことは知っていたが、人には明かすべきでないと考えていたのである。明かすべきでないことは結局「知らん!」となる。秘して語らずである。
 表があれば裏がある。
 だが裏まで明かすべきでない。穿鑿が穿鑿を世に勝手に一人歩きして混乱を来す……。

 そうでなければ、表裏一体の世界の現世だけを説いて、その裏側の見えない有機的な、眼に見えない隠れた世界は存在しないと、一蹴するのは訝
(おか)しい。秘密を知っているから、秘密は明かせないのである。
 表裏一体の現象界において、実体は表だけだとするのは短見であるからだ。

 表があるのなら、当然、裏も存在する筈である。
 光があるのなら影もある。その裏には闇が存在する。ゆえに光と影があり、光は闇があるからこそ明確となる。闇の中に輝く。そのことを能
(よ)く知っていたのが孔子である。陰陽を熟知していたのである。可視世界に対して不可視世界がある。
 しかし不可視世界については、万人に語ってはならない秘密であったから、「知らん!」となった。

 つまり、「知っている」ことは、眼に見える体系的という表皮上の事象に囚われて、それだけしか見えないと言うのでなく、見えない隠れた部分の裏なる箇所の存在までを知っているという事なのである。


●長生きして高々百年の人生は長いようで短い

 昨今は様変わりした。何もかも変わった。
 また昨今のように、民主・民主……のシュプレヒコールのような標榜
(ひょうぼう)は、一方で民主主義下の基本的人権に守られた個人主義謳歌(おうか)の時代が、全体より個々人を尊重するあまり、個人優先の悪しき個人主義が今風の旋風となって、人の世に荒れ狂っているのかも知れない。
 世人はこの風に煽
(あお)られることになる。

 控えめより目立ちたがり屋、慎みより人より他者を先んずる……。
 こうした個人の、強烈で強引な個性と、更に権利の主張は、個性に応じた人気投票的な競争原理が昨今のような社会現象となり、他人のことより自分のことを優先する“自分主義”を生み出しているのかも知れない。現代社会の特長と言えよう。

 そう思うのは、昨今の年寄りの長生きに原因があるのかも知れない。
 昨今の老人は長生きし過ぎた。福祉が老人ばかりに向かう。訝
(おか)しいのではないか。そのような皮肉めいたことも言われる。

 彼
(か)の大陸の詩人・杜甫は「人生七十古来(こらい)(まれ)なり」と言った。
 かつては七十歳で生きる人は稀であった。だが今は違う。
 平均年齢も伸びた。平均年齢は八十半ばまで伸びた。
 日本では、百歳まで生きる人も稀ではなくなった。
 現代人は医療技術の発達で、百歳まで生きても不思議ではなくなったのである。
 これから先の人間が、百歳まで生きる可能性は大になった。近未来では、人の寿命は百年以上に達するかも知れない。

 現在でも百年まで生きれるようになった。そして一口に百年と言う。
 しかし、人の生きれる百年の一生は、長いようで短い。宇宙年齢に比べれば、ほんの僅かな瞬きである。刹那である。

 かつては七十まで生きる人は、実に稀だったのである。
 この年まで生きれば、多くのことを沢山経験した長老と崇められた。そういう時代があった。かつては五十まで生きれば、良しとした時代もあったのである。

 「敦盛
(あつもり)」の幸若舞の演目の一つには「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享(う)け、滅せぬもののあるべきか……」という世を果無む一節がある。生きとし生けるものの命の果敢なさを言っている。

 人生五十年の昔に比べれば、何とか人生半ば以上に生き、更に七十に手が届く年齢になれば、随分と長生きして来たと思うのである。
 それゆえ現代人の死は、遥か遠くに遠退いてしまった錯覚を受ける。
 その錯覚が現代人に、自分の死を遠い先に置いてまった観がある。そして誰もがこの錯覚を真に受ける。大半は平均寿命まで生きれると信じて疑わない。
 しかし、私はこれを真に受けない。
 寿命は人によぅて異なるからである。
 人には人それぞれに自らの裡に生と死が同居し、個々人で四期の間隔が異なっている。長い人もいれば短い人もいる。平均寿命通りには行かない。

 吉田松陰が『留魂録』の中で論ずるように、人の四期は個々人で違う。時代も生年も異なれば、環境も人生観も違うし仕事事情によっても異なる。環境に総てに苦楽があり、難易があり、体力差や体質差もあり、況
(ま)して人それぞれに寿命廉例と言うのがある。死を迎えるのも人それぞれに異なる。
 そして、十歳で死ぬ人は十歳の中にその人の四期があり、二十歳で死ぬ人は二十の中に、三十歳で死ぬ人は三十の中に、五十、六十、七十、八十、九十、百と寿命を延ばした人の中にもその年齢に応じた四期があると言っている。

 十歳で死ぬのは短過ぎると言うが、それはヒグラシをして長生たる霊椿
(れいちん)たらしめるようなものだと、人それぞれの寿命の短長を推し量るのは誤りであるとしている。霊椿とヒグラシの寿命の長さを比べても意味がない。ヒグラシが短いと言うのは、ヒグラシを霊椿たらしめるの似ていると言う。人には天から与えられた「生かされる因縁」がそれぞれに異なり、その因縁によって生を全うしているのに過ぎないのである。
 寿命の短長を比較しても、万人の四期は的中しないのである。
 それなのに平均寿命で、人の寿命を推し量る。ヒグラシも霊椿も一緒くたにして考える。
 この考え自体に現代の寿命観の混乱と、考え方の錯誤があるのではないか。

 少しばかり長生きをし過ぎたか……。
 そういう自嘲が脳裡
(のうり)を過る。
 かつては「人生五十年」と言う時代があった。人生五十年で換算すれば、もう随分と長生きをしている。平均寿命が伸びた時代であっても、長くなった老後を如何に過ごすかが課題だろう。
 老いてなお、行楽や色事に明け暮れても、大した意味があるように思えない。むしろ遣るべきことは、もっと他にあるのではないか。
 老いてなお強欲で、金・物・色に執着心が旺盛で、こだわることに銅臭芬々
(どうしゅうふんぷん)というのでは頂けない。
 老後の人生は満喫三昧で明け暮らすことではない。惚
(ほう)けることではない。
 こういう“惚け”がボケに繋がるのである。

 老後の濃厚な時間は、若い頃の暇を持て余す時間と違って、濃縮された貴重な時間である。とにかく残された時間は少ない。
 それを如何に遣うか……である。その遣い道を誤っては長生きの意義も皆無となり、然
(しか)も動物的になる……。
 人は、人としての生涯を全うしたい。それは享楽の中にあるのでなく「学び」の中にある。享楽に浪費することでない。
 晩年に至って、独自の精神的哲学を構築する必要があるのではないか。

 老いて学べば死して朽ちず。
 江戸末期の儒学者・佐藤一斎の言葉である。

 だが現代は悠々自適の老後を単なる楽しみごとに明け暮れる高齢者が何と多いことか。
 老いてなお、金・物・色に眼の色を変える高齢者が少なくない。老いてもなお“お盛ん”である。現代にはリタイヤ後の悠々自適が、享楽に浪費されている現実がある。
 それでは人間としての価値観が薄れ、不要物に近くなり、老害などと揶揄
(やゆ)され、見下され、動物視されるか、物体視されるような寂しい生き物に成り下がりはしないか。旅行三昧とか温泉廻り三昧をして享楽に浪費することではあるまい。
 しかしそれにも関わらず、そう言う高齢者が多いのはどうしたことか。その大半は、延びた平均寿命の長過ぎた老後を持て余しているのかも知れない。
 あるいは生の惰性を、墓場まで引き摺ってのことであろうか。

 本来の無一物の存在が、物欲を滾
(たぎ)らせ、物を追い掛け、この姿を哀れやなあ……との隙間風が趨(はし)る。そう言う寒々しいものが走り抜ける。
 その元凶は長過ぎた老後にあるのかも知れない。そろそろ娑婆の切り上げ時か……。
 そういう思いが、ふと込み上げて来なくもない。

 そして、この世での雨宿りも、再び本降りにならないうちに、「この辺が、仮住まいの娑婆での切り上げ時かな……」などと思ったりもする。
 また酷い雨にならないうちに家に帰ろう。
 そう思うことが最近は多くなった。自嘲気味に言えば、老いた所為
(せい)だろう。

 更には年寄りが、若者に擦り寄り無理に若作りして、若者へのお追従も、些
(いささ)か閉口するのである。美辞麗句で持ち上げていい気にさせる。こう言う気遣いが必要な時代である。喋るにも一言一句に気を遣い揚げ足を取られぬように警戒せねばならぬ。かつてのようにそれぞれの世代間に、言葉以外の以心伝心と言う通じ合うものがあった。
 だが今は無い。

 年寄り側から、逆に気遣いが必要なのである。突発的に突き付けられた無理難題にも妥協もしなければならないだろう。
 老後は、自らの後始末も考えて、遠慮もしなければならない。
 特に、肉体の始末は底辺の庶民層ほど難しくなった。わが身一つの置き所が無くなり、肩身が狭くなったような感覚を受けるのである。そのうえ鈍重な病体を引き摺らねばならない。それだけで嫌われる。
 総ての高齢者が鈍重になり、個体の何れかを病んで動けなる分けではないが、それを想定して、自前で介護の段取りも付けておかねばならない。そのために65歳以上の高齢者は強制的に介護保険を徴収される。

 老いたら老いたで、子供に気を遣いながら、孫に小遣いをせびられながら、殆ど感謝されず、自ら後始末するように、さっさと老人ホームへと直行せねばならぬ時代である。
 うかうかとボケてもいられない時代である。家族にも迷惑の掛けられない時代である。
 老人には自分の後始末が残っている。

 老いて病む。五体不自由となって動けなくなる。病んで動けなくなった廃棄物然は厄介である。それだけで人手を患わす。患わして嫌がられる。迷惑この上も無い。やがて現代の姥捨山送りとなる。それも“特別”などの介護を必要とする、そういう処へである。
 動きが止まり只の物体になる。迷惑がられる物体である。そのうち屍
(しかばね)になる……。本物の物体となる。此処までの計算が必要である。

 それを見越したうえで、墓地の確保や葬式費用の準備とその蓄積……。
 の超された家族に迷惑はかけられない。そういう脅迫観念がある。一切自力で賄
(まかな)い、自分で遣らなければならない。娑婆を去る時の身始末である。
 姥捨山にも、自ら進んでそこに行く。自分の足でそこに行く。行った先で朽ち果てる。現代の悲しい終末である。
 そして老人ホームとは名ばかりで、実質上は現代の姥捨山である。
 現代はこう言うところに行く。多くは晩年の時期に、老人だけの隔離された山へと向かわねばならない。動ければ、早めに自分の足で向かうことになる。ボケて徘徊する前に。足腰が弱って寝たっきりになる前に、それ相当の蓄財がなければならない。行った先の持て成しも、金次第なのである。

 老いて健康から遠ざかり、加齢により体内の免疫力も失われ、外圧に対して抗
(あらが)う力も弱くなり、種々の病気を抱え込み、躰の自由も儘ならず、日々体力が失われるなか、ボケることも許されず、寝たっきりも家族の迷惑の元凶となり、かつては時間外労働にも明け暮れ朝早くから夜遅くまで働き尽くめの企業戦士も、老いれば物体視されて、お払い箱にされる時代となった。
 まるで粗大ゴミである。現代の厳しい側面である。

 人間社会は老人だけでない。
 老人以外にも多くの年齢層がいる。貧富の差も様々で、階層も様々である。階層の上は少なく、階層の底辺に位置する人ほど断然多くなる。それを一切内包して社会福祉が存在している。しかし老いても福祉に甘えることを許さないのが、現代の世である。
 老いも若きも、みな自分のために精一杯働いている。その働きに応じて、能力に応じて、利益の分配はされるべきだと言う声もある。尤もなことだ。

 老人への優遇は現代ではタブーとなり、むしろ“若者への優遇と還元”ということも盛んに叫ばれている。その意味で、老人は老害の最たるものに吊るし上げられている。
 何の役にも立たず、不要物扱いされ、活躍の場も失った。昨今の年寄りは、孤独環境の只中に置かれているようだ。現代は、孤独こそ老人の生活空間なのである。
 現場での実戦行動に役に立たない老兵は、無言で去るべしか……。
 此処に悲しい余韻を引き摺る。



●何もかも変わった

 半世紀ほど前の青春時代を「古きよき時代」と懐かしむ高齢者にとって、二十一世紀の目紛しき変化する時代の流れは、些か適応する順応力が不足しているように思えるのである。余りにも速い。蹤
(つ)いて行けない。有無も言わさぬ目紛しさである。

 これまで研鑽して来た知識も教養も、時代の流れの速さには対応できず、乗り遅れている観すらある。時代の流れのあまりの早さに、何かしら戸惑うものがある。

 昨今の科学の躍進は凄まじく、目を見張るものがある。
 しかし年寄りには、この流れの速さに蹤いて行けない。アナログ人間はデジタル時代に置いてきぼりを食う運命にある。動きは息もつかせぬくらい目紛しく、そして変化が激しい。
 余りの速さに、置いてきぼりをされているような観すら否めない。

 そして昨今は、心より意気投合する仲間が、一人減り二人減りしていくなかで、あたかも日本酒を呑んでいて、その横で砂糖と動物脂類の利いた洋風ケーキでも無理矢理奨
(すす)められ、強引に喰わされそうな気がして、何とも遣る瀬ないのである。
 例えば、お茶漬けにマヨネーズを遣ったり、奇想天外な食べ方が流行して、それが新しい食生活のメニューに定着しつつある。新発想と言えばそれまでだが、年寄りは何とも馴染めない。違和感を感じるだけである。蹤いて行けない。身を引いて、お先にどうぞ……となる。
 果たしてこれは長年の固定観念から起こるものだろうか。
 しかし、馴染めないものは馴染めない。蹤いて行けないものには蹤いて行けない。

 かつての常識と思われていたものは覆されて、新たなものが登場する。それは画期的と言うより、天地・上下逆転の登場である。白が黒になり、黒が白になる。
 ほんの半世紀ほど前の常識は、今では古いものになり、根底から覆され、新たな考え方が擡頭
(たいとう)している。
 古い物は急速に色褪
(いろ‐あ)せ、忘れ去られる対象になって埋没して行く。

 老いれば、こうした時代の流れの早さに蹤いて行けなくなった。鈍い足では間に合わない。目紛しく、速過ぎる世の中である。遅れるのは当然である。
 バスに乗り遅れるなではなく、完全にバスに乗り遅れているのである。
 老いた、鈍
(のろ)い足では、乗り遅れるのも当然だ。正直の告白すれば、そういう結論になる。

 そのうえ不可解なのは、日本人は日常に喋る日本語の異常である。
 本来の美しい言霊の日本語も、現代の流行語に打ち消され、世の中には意味不明、国籍不明の言葉が渦巻いている。
 古来より連綿と続いた言霊が狂い、巷
(ちまた)には日本語とは程遠い、国籍不明の言葉や用語が氾濫(はんらん)し、言語の汚染が起こっている。もはや美しい日本語を喋れる人が少ないように思うのである。
 それに最近の日本人の多くの一般会話でも、日本語の喋り方も訝
(おか)しいように思うのである。耳を傾けても聞き苦しく、馴染めないところがある。かつての日本語とは違うようにも思えるのである。

 疑問型ではない会話に、故意にイントネーションを上げて喋る。聴いていると、何と聞き苦しいことよ。
 会話のないよう自体よりも、喋り方自体に胸糞悪さを感じる。耳に残って、後味の悪さの余韻
(よいん)すら引き摺る。果たして現代日本人は、美しい日本語を喋ろうとしないのだろうか。
 また、自ら日本語の言霊を濁していることに気付かないのだろうか。

 だが、一億国民これに“総倣
(なら)え”である。誰もが同じような喋り方をする。奇妙な、本来の日本語とは程遠い喋り方をする。
 更に、会話中の発声の抑揚が奇妙で、違和感を感じるのである。疑問文でもないのに、言葉の端々の語調が跳ね上がるのは何故だろう。
 そして現代の会話には、それが口癖のようになって国中全体を覆っている。

 もし、公共放送を荷なう報道機関などが、世界の出来事や政治動向、ありは地震や津波や台風などの自然災害などを告げる場合に、アナウンサーなどが、こう言う喋り方をすれば日本も終わりだろう。
 また、テレビドラマなどで、こういう喋りが台詞として常識化されて、お茶の間に定着すれば、日本も、日本国としての将来はないだろう。もはや外国である。それも国籍不明の、まさに邪神界
(がいこく)である。

 穢され、濁された言霊は伝染する性質ものであろうか。
 誰もが無意識のまま語調の間違いに気付かず、言霊を濁しているのだ。
 斯
(か)くして日本語は崩壊した。流行となって崩された。
 それは敗戦国日本の戦後を襲った必然的な成り行きだっただろうか。だが多くの人は、それに気付かないのである。
 若者だけでなく、年寄りもである。崩壊したことに自覚症状がないようだ。

 老いも若きも総て奇妙な、かつて無かったようなおかしな日本語を喋る。自覚症状に気付かないまま日常会話で喋っている。それを普通と思っている。
 老若男女を問わず、主張はだらだらと喋るだけで、自分で喋りながら自分で相槌
(あいづち)を打って自分で頷(うなず)き、話の中では時折、イントネーションが意味不明の疑問型となる。この跳ね上がりの語尾に、聴いている方は何とも和し難い、不可解な違和感を感じるのである。
 また、それをおかしいと思わない人が多いように思うのである。現代日本人は、どうして此処まで墜落してしまったのだろうか。

 言霊が乱れている。穢され、濁されている。これを敏感に感じ取る人は少ない。
 何者かに、意図的に乱され、穢され、濁され、これがお茶の間などのテレビなどの報道機関などを通じて、言霊汚染が起こっている。老人までもが汚染された。
 一億総中流と持ち上げられながらも、言霊が破壊される話術が大流行である。奇妙な話術である。
 国籍不明の言葉が殖える。そういうものが蔓延し、汚染は広域に及び、益々深まっている。

 会話の喋り調子も何処かおかしく、話し合っている言葉の語尾が矢鱈
(やたら)と跳ね上たり、また語尾を引っ張る喋り方が日本中に伝染している。
 いい歳をした大人でも、この調子である。疑問文でもないのに老若男女を問わず跳ね上げ、また矢鱈語尾を引っ張るのである。
 地方でもこの調子で、何処の地でも同じような喋り方をしている。聴いていると山の手言葉でもなく、また下町言葉でもなく、ごちゃ混ぜの“東京弁崩れ”のようにも響いて来て、違和感ばかりが耳について、後味の悪い余韻を引き摺るのである。

 つくづく、正しい日本語を喋ることが出来なくなった日本人が多くなったと痛感する次第である。そして、この時代特有の奇妙な現象にも思える。崩壊前夜の前触れだろうか。

 時代が変わった。
 ここ数年間のうちで時代は急激な変化をした。つくづくそう思うのである。
 現代の日本人は正しい日本語の喋り方が、どうして出来なくなってしまったのだろうか。
 またこのように違和感を感じるのは、単なる世代の違いからだろうか。

 しかし、世代の違いだけでは片付けられないだろう。
 もし世代に違いがあるのなら、日本の歴史は古代から現代まで途切れることなく連綿と続いて来た。この流れは地続きである。
 近代に至っても、幕末から明治・大正・昭和・平成と時代は変われど、これは古代から連綿と続いた日本の歴史の中に各世代があり、その中に文化や伝統が受け継がれて来た。
 この側面に流行もあったが、自然体以外の変化に意図的な画策や工作が混入されていたら、この自浄作用は果たして働いているのだろうか。

 更に懸念すべきは、元に復元不可能まで傾いてしまったら、その中に内包されている文化や伝統は、本来の自然の成り行きからは逸
(そ)れてしまうだろう。
 少なくとも昨今の様々な異常は、栄枯盛衰から起こる自然の摂理でもなく、様々な奇怪な現象やその他の異常浮沈も、また時代の変化も、自然体の結果から生じたと検
(み)るのは余りにも表面的な捉え方であろう。表だけを見て裏を見逃している。裏などを洞察すれば、本来の方向とは違っているように映るのである。

 更に、背後には何者かの時代を操る意図的な画策があって、違う軌道に乗せられているような気がしないでもない。その正体が解らなくとも、現代人が操作され、誘導されているのは疑いようが無い。その煽りを受けて、誰もが集団催眠を掛けられたように単一方向に向かい、傀儡師
(くぐつ‐し)の意のままに操られ、また翻弄(ほんろう)されているのは疑いがなようだ。

 さて現実問題である。
 一時期、逸れて軌道を外し、異軌道に誘導されて狂ってしまったものが、元の軌道に復元することを切に願うばかりである。またこれが、今の偽わざる心境である。
 更に、この催眠状態に置かれ、まんまと傀儡にされてしまった現代人が、果たしてこれから覚醒する機会を得るのだろうか。



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