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そろそろ死のうか 2

平凡は平凡なりに優雅で素晴らしい人生もあるのである。
 物質と文明に食傷した現代人は、まず肉体と精神とを癒し、単に世の流れに煽動され情報操作で操られる現代の多忙から解き放たれる必要がある。
 仕事に追い捲られる俗界を離れて、心も体も、ここらで少し休めた方がいいのではないだろうか。
 忙中閑ありである。

 この中には、精神的な優雅がある。この優雅こそ、平凡なる偉大なのである。
 果たして、多忙なる都会時間に生きる現代人は「忙中閑あり」の中に、羨ましいほどの羨望は覚えないのだろうか。

 昨今は、幸せの価値観も随分と違って来ているように思う。物がなければ幸せを感じない人も多いようだ。物中心に、それらに恵まれていることに、多くの人は幸せ感を覚え、物に恵まれなければ不幸だと思い込んでいる人が多いように思う。

 しかし物は、物としての存在であり、それ以上のものでない。物であるゆえに盗まれもするし、殖え過ぎれば置き場に困り、また欠乏すればそれだけで貧困を感じる。殖えることもあるが、減りもする。そして、幸せを物に換算して単純に考える人が殖え過ぎた。
 今日の経済優先主義がこれを雄弁に物語っている。

 だが、経済は永遠に成長し続けない。物には限界がある。
 その一方で有限世界の物質観も理解せず、物質文明は永遠に栄えなければならないと言う経済第一主義を支持している人も多いようである。

 経済的に家計が恵まれていることや、愛し愛されるだけの肉愛に塗れた結果、それで幸せを感じるなどと、人間現象界を単純に考えてはいけないだろう。
 経済的困窮や経済的不自由は、実に束縛された紐付き生活を余儀なくされるが、この「紐」という手枷足枷であり、本来、人間はこうしたものから自由を束縛するものでなかった。

 ところが、資本主義と言う経済理論が登場して以来、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神に、その源を発するこの経済システムは、「契約」と言う形の意思表示の合致によって成立する法律行為が生じる結果となった。実際に、いま金がなくても物が手に入ると言う経済的契約である。

 これにより現代人は以降、紐付き生活を余儀なくされる。ローンと言う形の契約である。これが登場して以来、現代人は信用取引きの名において、実に不自由になった。履行義務は、一方で期限に追われるので自由が失われる現実が生じた。

 これらからも分るように、物に恵まれると言うのは、ある意味において、それを引き換えにして代償を払う反作用が働くのである。この反作用のことを忘れてはなるまい。
 寄せた波は、必ず引く。寄せては返す。

 潮汐の干満に満ち引きはあるように、また月のように、満つれば虧
(か)くのである。物事には必ず盛衰がある。
 これは人間の行為も同じである。人間の行為にも、作用に対して反作用が働くのである。必ず反作用と言う代償を払う。したがって一方のみが働く訳でない。揺り戻しが起こる。


●「のろけ」の聴かされたときの後味の悪さ

 随分前のことであるが、ある親子の国会議員が、国会と言う公席で、子議員が親議員に対して、父親の功績を讃える内容の発言をしたとき、周囲から「そんな褒(ほ)め合いの内輪話はうちでやれ!」と大野次が飛んだ。
 それもそうだろう。
 公の席で親子間での“のろけ”は禁物である。得意話も、公の席上では、聴いている方も聞き苦しいものである。
 人は、他人のろけ話に関心はしない。後味の悪さを感じるだけである。

 子が、親に対して敬愛の情と感謝を示すことは実に麗
(うるわ)しいことであるが、それがどんなに麗しいことであっても、公私混同すれば茶番となって、実に見苦しく、聞き苦しいものとなる。周囲には“のろけ”にしか聴こえない。
 子が親に示す敬愛の態度も、親が子を褒
(ほ)める慈しみの心も、場所柄と言うものがあり、時と場所を間違えば罵倒の野次が飛んでも仕方がなく、身内を自慢するような話や行為は、公の席では禁物である。
 むしろ親子議員の双方が国家政策でも論い、建設的な意見を論じ合って、これを実現するためにその政策をぶつけ合い、目的達成に向かって、親子共々奮闘すべきではないのか。

 また、これと似た行為に夫婦仲のいい夫婦が、他人の前で感謝の籠
(こも)った話であってもだが、亭主が女房自慢をしたり、その反対に女房が亭主の自慢話をするというのは実に頂けないものである。夫婦間で互いに感謝すればいいことである。
 夫婦共々共同戦線を張って、これまでの生き抜いて来た足跡の人生譚を語るのなら未
(ま)だしも、互いが褒め合うトーク・アンド・トークは、傍(はた)にまでそれを自慢することではない。自慢に偏れば、周囲は「ごちそうさま」と言いたくなる。馬鹿らしくて聴いていられなくなる。
 しかし、いい歳をした五十オヤジでも、この種の話をする人がいる。

 こう言う態度を、かつての日本では「のろけ」と言って、傍から聴いて、遣りきれないものの一つであったが、昨今はこういうものが崩れて、平気で公の席で、この「のろけ」の御開帳をする御仁
(ごじん)がいる。

 その「のろけ」の最たるものに、昨今の結婚式の演出の中に登場する。
 その最たる演出が、新郎新婦が揃って自分達の親に向かって、美辞麗句で並び立てた謝辞の作文を長々と朗読することである。また最近の結婚式では、親に対しての謝辞が演出の定番となり、日本全国通津浦々まで広く定着していることである。
 これは近年の結婚式の定番の演出であろうが、この演出は、セレモニー屋が考えた“お涙頂戴”の一場面の演出であり、本来の身内と、単に祝儀を払って参加した参列者とは無関係なことである。
 褒め合いは、「うちで遣れ」と言いたくなる。そして始末の悪いのは、この褒め合いの中に“お涙頂戴”の一場面が挿入されていることである。その挿入に対し、式場では御丁寧にもバックミュージックが流れる。

 だが、“お涙頂戴”の一場面を考えると、これは実に不可解で訝
(おか)しなことで、親に対しての謝辞などは本来は私事であり、公の席上での身内以外の招待客を集めた結婚式場では、場違いなことで、こういう感謝の辞は、場所柄も弁(わきま)えず……ということになる。
 まさに、褒め合いの「のろけ」の延長と言うことになるのである。「そんな話はうちで遣ればいい」のである。公の席で喋るべきものでない。

 これまで育った家を出て、嫁に行くその時に、育ての親と家で交わすべき話であり、他人の第三者に披露するべき話ではない。家で遣っておくべきなのである。公の場で述べることではない。
 傍から聴いている方は胸糞が悪くなる。聴かなくてもいいものまで聴いたような気になる。それだけに後味が悪い。
 そのうえ論
(あげつら)われた言葉が、奇妙な小学児童のような作文擬いの美辞麗句の羅列で飾られているため、誇大なる虚飾部に胸糞が悪くなり、後味の悪さの余韻を引き摺ってしまうのである。

 私もこの種の結婚式に列席して胸糞の悪さと後味の悪さの、歯の浮いたような、子が親に対する世辞で後味の悪い思いをしたことがある。
 聴いていて「事実とは違うではないか。あいつはいつも親に憎まれ口を叩いて居たではないか、それが今日に限って……。二枚舌ではないか」と言うことに失望させられたことがあった。

 以降、冠婚葬祭の類は一切列席しないようにしている。総て結婚式や葬儀の類は祝儀や香典で済ませるようにしている。
 後味の悪さは、葬儀の最後に読み上げる故人への別れの言葉にも、歯の浮いたような美辞麗句が飾られていることに唖然
(あぜん)としたことがあった。それとも死者には鞭を打たないと言うのが決まりなのだろうか。

 また、一山当てた成功者や各種賞の授賞などについて、大半の報道関係者が「奥さまの内助の功について一言……」などと訊きたがる取材者が居るが、こういう話も、まさに内輪の話であり、人前で公然とのろける話ではない。訊く方も訊く方である。質問者も公共と言う意味が分かっていないためだろう。公共の場に個人が登場することはあり得ないのである。

 ところが、現代は公然と公共の電波を遣って「のろけ」が罷
(まか)り通る……。傍から聴いていて胸糞が悪くなるものである。
 実に、公私混同が烈しい時代である。
 あるいは有名人にランクされれば、聴くに耐えないのろけも許されるのだろうか。のろけも話題になる時代なのだろうか……。

 かつては、のろけの類は、公私混同も甚だしきものと指弾された。
 それとも現代は、むしろ夫婦ののろけ話や公の席での内輪話の話題が、今日の世相を反映して美談として罷
(まか)り通るのだろうか。時代が変わったと言えば、それまでだが……。
 そして私は、置いてきぼりを喰らい、取り残された時代遅れの人間なのか……と自嘲までもを感ぜずにはいられないのである。

 それにしても、ふやけた時代になったものだ。
 戦後七十年以上の平和ボケが、斯くも人間をふやけさせたのだろうか。
 その“ふやけ”の最たるものが、自分の過去を自慢する“経歴”というやつである。
 例えば武術や武道ならば「○○道二十年」とか、「三十年」と言う類
(たぐい)である。

 実質的には“歴”と言った場合、○○道とか、○○術などの、その種のものとは関係がない。
 果たしてこれは、入会時から今日までの期間を言っているのだろうか、それとも修行に明け暮れ、日夜励んだ“風雪何十年”を言っているのであろうか。二者はそれぞれの大いに意味が違う。

 この内実を調べて見ると、中には朝晩稽古をして二十年、三十年と言う人も稀
(まれ)に居て尊敬の対象になるが、酷いのはぜいぜい土曜日か日曜日の週一で、それも僅か二時間程度の練習量で、二十年、三十年と豪語し、自慢していることである。この自慢など聴いている方は呆れて「片腹痛し」となる。

 毎日朝晩稽古をして二十年と言う人と、週一程度でそれも毎週ではなく、隔週置きの練習量で二十年、三十年の時間を持ち出すから呆れる以外ない。傍
(はた)から聴いていると、風雪二十年とか風雪三十年に聴こえるような錯覚に陥る。

 こう言う御仁
(ごじん)に限って、仕事は仕事、練習は練習と境目を設けて没頭時間を隔離していて、ただ入会時からこれまでの期間を二十年、三十年と豪語しているだけである。延べの総練習時間は、ほんの数十時間程度に過ぎないだろう。

 また実際に稽古はしなくとも、寝食を忘れるくらいに没頭したその総量とも違うだろう。
 真の修行者は、躰を動かさないときでも、道の探求には寝ても醒
(さ)めても鍛練のことを考え、向上への道を模索し、奥義を極めようとして戦術を工夫し、静動・陰陽を研究し、始終創意工夫に明け暮れ、それに没頭するものである。片時も研究と工夫を怠らない。他者の言をよく聞き、聴く耳も持っている。
 真摯に道と向かえ合っているからである。
 追求意識に掛けては、一種の職人気質のところがある。武人は「武の道」の職人である。
 これを一緒くたにした入会時の古さの自慢と、それから換算した時間的な豪語は、傍から聴いていて「片腹痛し」となるのである。

 パイロットでも、飛行時間でその経験年数を言い表し、経験量の根拠となっている。
 したがってアマチュアパイロットの飛行クラブに通う操縦見習い者でも、入会日時の年月が古いだけでは問題としない。実際に飛んだ飛行時間がものを言う。どれだけの飛行時間が物をを言う。開始日ではない。
 正味の飛行時間。それが本当の経験時間となっているのである。

 これは一般の自動車免許でも同じだろう。
 教習を受けた過程で判断されるべきもので、古くから自動車学校に通っていただけでは、免許は取得できないのである。
 稽古事でも同じである。
 古くから入会していて、ほんの数回では、段位や師範などの資格すら取得できないであろう。

 これと同じに考えれば、「○○道二十年」とか、「三十年」と言う類は早くから入門・入会していても、没頭した稽古量や練習量が少なければ、評価は低いものになるのである。
 況
(ま)して、稽古事と言うのはサラリーマンが仕事の合間の余暇を利用して、趣味や健康法程度……という次元と、プロ志望者が奥義を究めるために朝晩稽古をしてというのとは、端(はな)から次元が違っているのである。また、目指す次元も違っているだろう。

 期間だけの、次元の違うことを自慢して、これを同じ土俵で語るのは如何なものか。
 入門・入会日時から数えてその古さを自慢しても、習得した内容が伴っていなければ、人物的にも何の威力も持たないのである。
 要は、没頭時間の総量が物を言う。
 しかし、「○○道」などの、自称・研究家の類が第一人者のような貌をして、影響力を持っている。まさに“言った者勝ち”という気がしないでもない。
 現代は「境目」というものが急速に失われているのである。

 これだけ考えても、現代が実にふやけたことばかりを話題にする時代となり、平和ボケの真っ直中という状況は、公私混同の異常甚だしき時代となり、戦後の団塊の世代生まれの私には、何とも遣る瀬ない戸惑いを感じ、時代も、変わりに変わったものだと思うのである。
 つくづく時代は変わった。何もかもが様変わりしてしまった。



●老計と死計

 人はみな生・老・病・死の四期を辿る。何人
(なんぴと)も例外はない。
 四期の最後は死であるが、そこまで行くのにいきなりではない。死の前には病と老がある。老いれば病む。病むから老いるのではない。老いるから病むのである。加齢は病を齎す。病んで活動を悪くする。
 そこで、死を計る前に、老いを計る必要がある。これを「老計」という。如何に歳を取るかということである。
 老いは枯れる時期であるが、この枯れ方が問題となる。
 老いると言うことは、簡単なようで意外と難しい。

 昨今の高齢者は、老いよりも若返りを企む人が多い。老体に鞭
(むち)打ってランニングをしたり、筋トレをしたりと、負けん気で頑張る老人もいる。自分の若いことを披露して、この年でもこれだけ健康で元気ですよ……などと自慢する人がいる。
 しかし、これは若返ったことでなく、若いように見せる痩せ我慢である。若いように映るのは表皮上の見せ掛けである。実体は年寄りで、思うほど若くない。
 昨今は、単に人から若く見られたい一心で、こうしたポーズをする人が少なくないようだ。中身は変わりはしない。それが分らないから若作りや痩せ我慢の愚行を繰り返すのだろう。

 この愚行は、いい歳をした将官クラスの軍人が、新兵の軍事教練の練兵に参加して肉体を酷使するのと同じで、将官が新兵と同じ一兵卒で線上を駆け回るのは、何と辛いことだろう。
 持ち場は元気のいい若者に任せて、自らは全体の指揮を執
(と)っておけばいいものを、若者に交じって新兵の真似をすることはない。愚行である。

 老いて跋扈
(ばっこ)する。肉体を酷使する。
 この行動に不可解がある。下克上の愚行を検
(み)る。
 最近はこう言う高齢者が多い。
 若いように見せる痩せ我慢が旺盛である。
 だが、よく考えれば若いと言うことと、死から遠ざかったと言うことは同じでなく、人間はいつまでも生きられる訳はない。いつか死ぬ。
 しかし、自らの死を考えたくないという人は実に多いのである。こう言う人は自分の年齢を理解していないのである。

 もし懸念するのであれば、人から若く見られるより、美しく枯れることに専念をした方がいいだろう。体力比べは、若者には叶いはしないのである。
 美しく、若く見られたいとアクションを起こすのは、さほど難しくないだろう。
 難しいのはむしろ、美しく枯れ、美しく老いることである。年相応の風格をつけ、「長老」と崇められることである。しかし若者から道を請われるような、長老然たる老人は、最近では殆ど見なくなった。
 見るのは痩せ我慢しているジジ・ババどもが、“若い若い……”とほだされて、公園や散歩道で競歩やランニングの真似をして肉体主義に入れ揚げている場面だけである。あるいはスポーツジムで跳んだり跳ねたりの筋トレ姿である。
 肉体から精神への移行は、最近では殆ど見られない。

 大半の老人は幼児化された頭のまま、歳だけが老
(ふ)けているのである。頭の中身は幼児である。老いの哲学は皆無である。
 老人の幼児化現象も、若返りばかり企んで、本来の美しく枯れ、美しく老いることに専念していないからであろう。
 美しく、長老然に老いる……。これは表皮をそのように見せ掛けても、中身が伴わなければ長老然にはならない。老いて道を請われる老計を日々の日課としたい。
 この方が、若返りをして化けるより、至難の業で、長老然の風格を作る方が難しいのである。

 如何に老いるか。
 そして運良く美しく枯れ美しく老いることが出来たら、次に「如何に死ぬか」という課題に取り組まねばならない。この課題が「死計」である。
 老いれば当然その延長上に死が俟っている。当り前のことである。
 だが、死の捉え方が現代では希薄になってしまった。
 現代は高齢者でも、自分の死に疎くなっているのである。死に対する実感がなく、誰もが少なくとも平均寿命までは確りと生きられると高を括っているのである。
 しかし、平均寿命を俟たずに死ぬ人もいる。所謂
(いわゆる)若死にである。

 そして若死にする多くは、「自分はこんなに若いのに、なぜ死ななければならないのか」と言うことに不平を洩らして死んで逝く人も少なくない。
 こう言う人に限って、生死は表裏一体の関係にあったのに、生は生、死は死と隔離した考えで生きて来たのであろう。したがって、突然に遣って来る死に対して何の用意もしていないのである。不意打ちを食らって死んで逝く人も多い。

 斯くして不成仏の仲間入りをする。失意のうちに、再び苦海に沈む。
 苦海での経験は現世を生きたことで身につまされた筈であろうに、また舞台を変えて沈むとは……。
 何たる愚行。

 晩年の過ごし方が如何に大事か、不成仏一つ取り上げても分ることであろう。
 徹底した、神仏を一切信じぬ確たる無神論者なら未
(ま)だしも、盆や彼岸には墓参りをする中途半端な無神論者や念仏宗の多い日本では、意識的に、不成仏は忌み嫌われる。誰もが成仏に肖(あやか)りたい。そう願う人が多い。
 しかし分相応や分際意識を忘れたとき、人は愚行に奔るが、それはまた恥の上塗りではなかったのか。

 かの戦国期の細川忠興の妻・細川ガラシヤ夫人も言うではないか。

 散りぬべき 時知りてこそ 世の中の

   花は花なれ 人も人なれ  

 辞世の句である。
 ガラシヤ夫人は関ヶ原の戦で石田三成の挙兵に際し、人質として大坂城に入るのを拒んで、家老に自らを討たせた時に詠んだ辞世である。
 今を、死すべき時と読んだのだろう。
 「死すべき時に死なざれば、死するにまさる恥辱あり」
 時をそう読んだのであろう。逸してはならない。そう検
(み)たのだろう。
 ゆえにガラシヤ夫人の最期は烱
(ひか)る。

 人は惜しまれての最期は烱るものである。栄光に包まれるからである。
 しかし、娑婆での切り上げ時を間違うとどうなるか。
 もし、ガラシヤ夫人が汐時を間違い、人質として大坂城に幽閉され、七十、八十と生き残り、身を持ち崩す老後を送っていたら、それが長寿を全うしたとしても、大往生とは言えないだろう。
 また歴史にも、名を留めなかったであろう。後世に、明智光秀の女
(むすめ)として、またキリシタン信者として名を留めず、一介の老婆として葬られていたことであろう。

 人には娑婆での汐時と言うものがある。
 しかし一様でない。人さまざまに長短を持つ。そして必要以上に動物的に生に執着して、重い腰をいつまでも据えていたら大往生への汐時は逸してしまうだろう。
 九十や百で死ねば大往生と言う。
 しかし、大往生は完全燃焼した時に限られ用いられる言葉で、不完全燃焼をしながら燻るような生を引き摺っていたのでは、喩えそれが百年生きたとしても、三十歳で完全燃焼をして果てた若者の死以上に惜しまれることはあるまい。

 大往生は世間一般で言うように、寿命の長短にあるのではない。最後の締め括りにある。
 如何に自分の人生の最後に終止符を打つかが大往生・成仏の決め手となるのである。これを間違えば、これまでの総ての生き態
(ざま)は不成仏に帰る。
 懸命に生きた人生の燃焼にも劣らない一番最後に、「如何に有終の美の終止符を打つか」であろう。
 人間は死すべき時に死す、この教示を、確
(しか)と胸に抱きたいものである。



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