運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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壺中天・瓢箪仙人 48

燈台の燈火(あかり)は一つの未来展望だろう。その展望には二つの意味を持っている。一つは目標に向かう希望であり、もう一つは危険の警戒である。もし、燈台の燈火にこの要素が欠けていたら燈台は意味をなさず、未来は昏(くら)いものに覆われるだろう。


●蠱惑

 外に出て辺りの容子(ようす)がはじめて分かった。此処は港区の白金高輪(しろがね‐たかなわ)辺りであり、高台に位置している。前方に東京湾が遠望出来るからである。
 近世は東京湾を臨む景勝地となった。かつては諸藩の下屋敷が置かれたところである。
 また近年は財界人の邸宅が多いことで知られる。緑の多い、清閑な高級住宅街である。
 そして高輪と言えば、浅野長矩
(ながのり)と赤穂義士の墓所のある泉岳寺と、文久元年(1861)に起こった水戸藩尊攘派浪士によるイギリス公使館襲撃事件と文久二年(1862)の松本藩士伊藤軍兵衛が公使を襲おうとして英国水兵二名を死傷させた事件の舞台となった東禅寺である。

 更に、白金高輪駅周辺の開設以来、この地域の地価が高騰する。バブル崩壊後も、タワーマンションなどが林立し始め、億ションの並ぶ高級住宅地となってしまった。
 この女性が聖心出身ということは、近くに聖心女学院高等科があり、そこを出て聖心女子大へと進んだことが分る。また、この女性の子供は慶応幼稚舎だった。近くには慶応幼稚舎がある。更に直ぐ近くには首都高2号目黒線も走っている。目黒方面からの交通の便もいい。
 では、此処の邸宅構造や敷地面積はどうか。
 平屋造りである。
 周囲には縦に伸びた億ションが多いが、此処は緑に囲まれ、横に広がった敷地に邸宅の名に値する平屋造りで、ひっそりとしていた。静かで喧噪とは無縁のようだ。それだけ、住いは豪邸ということだろう。これを考えただけでも、バックに途方もない大物が控えているのが分る。表に出ずとも、影の易断政府を仕切るそういう大物の実力者だろう。スーパーリッチ以上の桁違いの富豪かも知れない。あるいはフリーメーソン高位の外国人かも知れない。
 私が外に出たとき玄関脇から、奥へ向かったところに数寄屋造りの茶室が在
(あ)るのを確認した。

 玄関前には3ナンバー黒塗りの“トヨタ・センチュリー”が停車していた。代議士などが運転士付きでよく乗っている車である。エンジンを掛けて俟
(ま)っていた。いつでも出発出来る状態であった。黒のスーツに身を固めた私服警官のような運転手がドアを開けて、直立不動で待機していた。
 このことからして、陰の実力者は徒者
(ただもの)のではないようだ。
 「何処へ?」
 「習志野です」
 この言葉で、愕然
(がくぜん)となった。てっきり老人のいる練馬に直行するものとばかり思っていた。もしかすると、あの老人に遭えるかも知れないと期待があったからである。一瞬それが裏切られたような感じであった。
 「なぜ習志野に?」
 「書生さんの奥さまに、ご挨拶にです」
 「うちの奴に挨拶してどうするのです?」
 「暫
(しばら)く、お借りしますもの」
 それはまた、この女性と暫く伴にするということであろう。
 事態は段々とんでもない方向へと運ばれて行く。自らの意図とは異なる方向へと進行している。何という羽目になってしまったのか。
 出発前、大女将に耳打ちされた。
 「これを速読して下さい。読んだら直ぐに、誰にも気付かれないように処分して下さい。これだけ言えばお分かりでしょう。姪にも気付かれては駄目ですよ」
 言葉少なく囁
(ささや)いたのである。それも余り口を動かさずに言う。奇妙な喋り方である。そして結び文を私の袖の中に放り込んだ。手品のような早業(はやわざ)である。それだけに、周辺に気付かれた様子はなかった。
 「……………」この早業を何と表現していいのか、思わず絶句した。
 「それにもう一つ。監視されていますから、あまり口が動かせません」
 口を動かさない喋りの意味が分かった。私は小さく頷いただけだった。
 では何者かに監視されているのか……という。これから先のことが案じられた。
 それにしても奇妙な難儀を背負い込んだものだ。

 運転士が直立不動をしている後部座席に乗り込んだ。
 車の座席にも上座と下座があるのを読者諸氏はご存知だろうか。
 持て成し、持て成しと囃し立てる現代は、真の意味でも持て成した接待の意味が分からずに、単に流行語に乗せられて遣い廻している人が多いようである。
 車の座席で上座は後部座席だが、進行方向に向かってその左右はどちらが上席がご存知だろうか。
 その場合、上席は左側で、次席は右側である。左ハンドルの国はこれが逆になる。更に運転士は馬車で言えば馭者
(ぎょしゃ)に当たる。
 本来、車は動く応接間であるから、主人が車は直接運転せず、馭者という運転士に任せるものである。だが一億総中流の日本では主人が馭者もそのまま勤めるようである。
 なお、助手席は馭者の助手で、席次は最も格が低いとされているが、日本では好んで此処に坐る人も多いようである。それだけ上流階級の眼から見れば、今日の日本がどれだけ上下秩序が混乱しているが分ると言うものである。
 上下位置は詳細を記すれば、他にも迎接作法、餐宴作法、紹介作法などがある。
 この作法が現在も一部の上位階級にあって、まだ混乱は生じていない。良い悪いは別にして階級は混乱状態があるか否かでも、判然として来るものである。


 ─────かつて老人が話した「蜘蛛の網」のことを思い出した。蜘蛛はなぜ網を張るのかを。その話を思わずにはいられなかった。
 蜘蛛は、さる哲学者が言ったように怠け者ではなかった。そしてこの哲学者の観測の眼は、蜘蛛の網の真中に居座った姿のみであった。蜘蛛が静物でなく、動物であることを見逃していたのである。言わば蜘蛛の静止画像だけを検
(み)て、蜘蛛は網の真中で動かない怠け者と見たとである。網に、偶然に飛んで来る昆虫だけを捕虫し、餌としていると言う、その一場面しか見ていなかった。動物の実体を観ていなかった。観測眼の欠如であろう。
 蜘蛛が網を張るために用意周到の策を巡らす。したがって、偶然を俟
(ま)って網を張らない蜘蛛など生存出来ないのである。如何なる動植物も怠けてそれで済まされ、偶然ばかりを頼り、偶然に頼る幸運が掴めると思っているのなら、それは大変な間違いであろう。
 老人の指摘がなければ、私もこの哲学者の「蜘蛛の怠け者論」に賛成していたのかも知れない。表皮の一場面だけしか見ていなかったのである。構造の表だけを見て、裏を見ていなかった。それゆえ、まさに私は蜘蛛の網に掛かった哀れな捕虫された虫であった。
 此処に至る経緯には、私を捕虫する種々の用意周到なるなる策が巡らされていたことだ。要するにまんまと猟られたのである。銀座通いの鼻の下を伸ばした暢気者だった。
 現象界は、また相対界である。作用に対して反作用が働く。この反作用に偶然は存在するのか。
 否、総てのことは理由があって現象を起こしている。尤
(もっと)もなことである。
 誰もが“偶然”と思い込んでいる偶然すら、実は必然であり、仮に偶然を頼るのなら、より多くの偶然に遭遇しなければならないであろう。そして、より多くの偶然を捕えるためには、より多くの用意と努力を重ねなければならない。それは昨日今日に始まったことではあるまい。もっと以前から用意周到なる策が巡らされていた筈だ。
 それを遡
(さかのぼ)れば、いつであったか……。

 私が神田神保町の復
(かえ)り、銀座通りを歩いているとき、眼に日の丸が飛び込んだときから始まったのだろうか。否、違う。
 では、数寄屋造りの『ひさご花』というこの店はいったい何だろう。店に通わせる切っ掛けは、何処から始まったのか。これは本当の飲み屋なのか。もしかするとよく似せた虚構ではないのか。私を猟るための、ただそれだけの目的で仕組まれたものか……。
 思えば、習志野の桜から始まった。そのときの桜の樹の下から、これまでは一切連続している。桜の樹の下の老人が、此処まで私を運んだとしか思えない。縁とは奇なるものである。
 これは壮大なスケールの輪の中の連続である。私は眼に見えない藕糸
(ぐうし)に操られて、不思議とも思える運命の中を旅している。今もその延長上にある。
 壮大な仕掛けだが、そのスケールが巨大なために、思えば恐ろしい。そもそも人生とはそういう恐ろしい“ろくでもない世界”の中に置かれている。人の運命の不可思議を想う。
 では、壮大なスケールの舞台に役者の一人として、この女性が居るのか。
 この女性は叔母と企んで、私に何をさせようとしているのか。疑心暗鬼で一切を捉えて、考えれば考えるほど、よからぬ
疑問が湧(わ)く。
 心象化現象は反面恐ろしい。最初はこじつけであっても、そこに念を注ぎ込めば、「唸化
(言霊化)」して心象化を起こすからである。それは神官が祝詞を唱えるのと酷似する。念じたことは実現するの喩(たと)えである。


 ─────車は習志野方面に向かっていた。
 「もういいでしょ、明かしてくれても。あなたは本当は水商売の人ではないでしょ?」
 覗き込むように訊いた。
 「どうして、そうお思いになるの?」
 「どう見ても、その筋の人じゃない。素人に映る。本当の目的は何ですか」
 「あたくしを画策者とお思い?」
 「そう映ります」
 「違いますわ」黙して語らずの表情を固めた。
 車は首都高2号目黒線から首都高7号の小松川線を走行中であった。
 私は今朝の迎え酒の三日酔いに、思わぬ禍
(わざわい)が起こり始めていた。何かが浸透している。それが徐々にじわじわとである。周期的に肚の底から突き上げて来る吐き気を覚える。何かが恐ろしい力で突き上げて来る。重度の嘔吐(おうと)と言ってよい。吐き出しそうで、吐き出せない。吐き出そうとすると、また戻る。出そうとする力と、出るまいとする力が鬩(せめ)ぎ合っているのである。この鬩ぎ合いに私の躰は傷(いた)め付けられていた。
 錦糸町を過ぎた辺りからこれが烈しくなって来た。現在はおそらく京葉道路に入り、市川を抜けて船橋方面に向かうのであろう。そのときもう、どうにもこうにも我慢が出来なくなった。冷や汗が流れ始めていたのである。
 「うッ………」呻き声を発していた。
 「苦しいのですか」心配そうに訊く。
 「大丈夫です。車をJR西船橋駅に向けてくれませんか、原木インターから出て」

 私は毎年二回、昭和50年代前半から、度々競馬会の調教助師・ジョッキー・厩務員対象に、わが流の受身と柔術の指導に来ていたから、この周辺の地理は頭に入っていた。近くには中山競馬場がある。
 それにJR西船駅の近くには、日本でも卑猥極まるストリップ場があった。当時は有名人がお忍びで通っていたことでも知られていた。此処に進龍一と、エロ鑑賞でよく足を運んだものである。そしてその裏手にはホテルがある。真っ当なホテルである。
 此処は連れ込みとかピンクなどではなく、外国人も利用してる普通のホテルである。
 その周辺地理に詳しかった。JR西船駅では武蔵野線が交叉
(こうさ)している。それだけ道も知っていた。
 「西船橋に出てどうするのですか」女性が訊く。
 「運転士さん、西船に休めるホテルがあります。口頭で誘導しますから、そこに向かってくれませんか」
 このホテルは昭和50年頃、八光流柔術皆伝師範であった岡本邦介氏が、わが流の皆伝師範になったとき、此処で免許授与式をやったから克明に覚えていたのである。
 「ホテル名を教えて下さい」
 カーナビで場所を探すらしい。平成3年当時、カーナビや自動車電話は1千万円以上の高級車にしか搭載していない設備だった。
 「名前は以前とは変わっている筈です。しかし営業はしている筈です。案内します」
 「はい」と低い声で静かに答えたまま、車は原木インターから出て、JR西船橋駅に向かい、移行、私の案内でホテルへと向かっていた。この運転士は忠実な番犬のような中年男であった。スポーツマン風で体格がいいから、要人身辺の警護も兼ねているのだろう。だが筋トレ強化で確かに筋肉隆々だが、外筋の鍛え過ぎで、内筋は脆
(もろ)いだろう。私にはそう映った。

 ホテルに到着して、フロントで休憩の旨を伝えた。部屋には空きがあった。まだ昼前の11時頃であったろうか。
 「一人で大丈夫です。一時間ばかり横になるだけです。安心して下さい、決して逃げるようなことは致しませんから。約束は必ず遂行します。気分が良くなり次第、出掛けますから、少し休憩させて下さい」
 私は一人で部屋へと向かった。エレベーターで上階に上がり、部屋のドアを開け、直ぐにベットに横になった。私は疲れていた。急激な疲労を覚えた。躰が重い。依然吐き気は納まらない。横になって眼を閉じた。あまり動いてジタバタしない方がいいようである。そのまま眠りの中に吸い込まれるように落ちた。泥のように何時間か眠った。一時間どころではなかった。数時間は寝ただろうか。
 泥の眠りの中で、妙なものが蠢
(うごめ)くのを感じた。何が動いていた。
 だが体感を与えている正体か定かではなかった。肚が動いていた。肚が何かを語り掛けようとしていた。それは私の肚霊
(はらだま)が動いているのか。果たして肚霊の本体か。
 長虫のように蠕動
(ぜんどう)をしながら何かを語りかけて来る。だが言葉が分らない。何処の言葉か分らない。国籍不明の言葉であった。それでも、しきりに語り掛けて来る。聴く以外あるまい。
 夢の中の声である。

肚の声

お前はオレの言葉が解らぬのか。
私の声 ああ、解らない。解る言葉で話してくれ。
肚の声 困ったものだ。勉強が足りんのと違うか。
私の声 それはそうだが、そもそも肚からの声を聴いたのは始めてだ。
肚の声 オレはお前の肚の中に棲んでいる。前の奴、つまりお前の本体は眠らせて、オレが乗っ取った。今はオレが占領している。
私の声 眠らせた私の本体はどうなった?
肚の声 大人しくお寝んねしているよ。
私の声 それで私の本体はどうなる?
肚の声 乗っ取られたままだ。オレを追い出さない限りな。
私の声 では、お前は誰だ。
肚の声 オレか、オレはお前の先祖に殺された狐だ。
私の声 私の先祖が、お前を殺したというのか。
肚の声 ああ、殺した。それでオレは怨みに思っている。
今からおおよそ二百五十年前、オレはお前の先祖に殺された。それでお前の一族に七代祟って、その最後がお前だ。お前を殺せば、長年のオレの彼岸は成就する。お前も、この話を聴いたことがあるだろう。
私の声 では、髪を振り乱し、舌を噛み切って、屋根から転げ墜ちて死んだと言う、お前はあの狐か。
肚の声 そうだ、子供まで詰め腹を切らせた。それも武士でない子を。
私の声 なぜ私を殺そうとする?
肚の声 憎いからだ。お前の一族に怨みがある。それで男は、みな滅ぶように呪いを掛けた。咒殺を目的にだ。そしてお前がただ一人、生き残っている。お前はなかなかしぶとい奴だ。手こずっている。
私の声 なぜ咒殺する。
肚の声 怨みがあるからだ。親子共々、殺されればそうなるだろう、違うか。逆の立場なら、お前だってそうするだろ。お前は殺した奴を憎いと思わんか。
私の声 確かにそうだが、私の聞いた話は少しばかり違うぞ。
肚の声 どう違う?
私の声 お前の子は、私の先祖である村代官の金を盗んだ。そう聴いている。
肚の声 そんなことはない。ウソだ、ウソだ……。作り話だ。お前の一族が捏造した後世の仮託だ。
私の声 仮託じゃない!真相を知っている、ウソじゃない!……。

 私は夢の中で一喝していた。
 「ウソじゃない……」譫言
(うわごと)を言っていた。
 私は夢を見ていた。夢の中で魘
(うな)されていた。何かに憑(つ)かれていた。肚の中の狐が悩ませていたのだろうか。
 そのとき、横になった私を揺する気配を感じた。そして「大丈夫ですか?」と声が聴こえた。
 私は、はッとして跳ね起きた。そこには、着物の女性が居た。彼女である。鮮やかな藍青色
(ウルトラ・マリン)を上手に着こなした若女将然の彼女が居た。
 「あッ!夢か……」汗をびっしょりかいていた。
 「魘されていらっしゃいましたよ、何か悪い夢でも?」
 「いや、別に……」
 「顔色が真っ青……。お医者さん、呼びましょうか」
 「大丈夫です、心配要りません」
 そのとき烈しい嘔吐に襲われた。肚の底から突き上げて来る嘔吐に襲われた。慌ててトイレに駆け込んだ。そして便器に、肚の中に居たものを有りっ丈吐き出した。異様な饐
(す)えた刺激臭が鼻を突いた。暫くして随分と楽になった。ついでに夢の中の、肚に棲み付いた狐も吐き出してくれればよかったが、そうは簡単に問屋は卸すまい。あの狐はしぶとそうである。怨みは深いようだ。何しろ、二百五十間怨み続けた遺恨である。そう簡単には出てくれる筈がない。
 しかし、顔色は戻った筈である。何故か軽くなったような気がした。

 トイレから晴れ晴れとした貌で出て来た。その霽
(は)れたる爽快感が自分にも分る。私を曇らせた霧は霧散した。何か憑き物が落ちた感じである。
 「お顔の色が戻りましたねェ、安心しましたわ」
 「何時ですか」
 「もう、そろそろ五時ですわ。辺りもこんなに暗くなりましたから」
 「五時ですか、家を開けて大方24時間経ちます。とにかく一度戻らなければ。しかしですなあ、わざわざ家内に挨拶するとは、どこか変でしょ。その必要ありますか」
 「あります」
 「困りましたなあ」
 「その言葉、今朝から聞き飽きるくらい聞いています」
 ごねても無駄のようである。従いしかない。
 さて、一度家に帰るか。総てはそこからであった。
 車はホテルには俟っていなかった。帰したようである。おそらく長くなるので、機転を利かせて女性が帰したのであろう。これからは、歩きとJRと京成で大久保まで向かわねばならない。それでもいい。外の空気はこれまでとは違って、何故か新鮮だった。透き通った感じがあった。寒くなって来たので空気が澄んでいるのである。
 歩いて先ずはJR西船へ、次にJR津田沼で乗り換え、少し歩いて京成津田沼駅へ。そこから京成大久保駅まで行く。各駅停車だが、津田沼から一つ先である。
 大久保にも都会の波が押し寄せていた。東京方面からの会社帰りの通勤客で溢れ返っていた。それに近くには大学と高校がある。通学客も多い。行き帰りの双方が此処で交叉する。大久保到着は六時半頃であったろうか。
 駅前の横断歩道を渡り、大久保商店街に入ると顔見知りの店が多くなる。
 さて、横の美人をどう説明したものか。変な誤解を受けそうである。
 駅近くにコンビニがある。そこでウンコ坐りをして有数人が屯
(たむろ)しているが、その連中はみな伝習塾の生徒である。家内泣かせの悪ガキどもであった。
 「奥さま、どういうお仕事?」
 「うちは塾ですよ」
 「塾って学習塾かなんかの?」
 「そう、家内が働いて私が遊んでいる。つまり髪結いの亭主、もしくは極楽トンボ。世の善良な女房族の憎き敵」
 「すると書生さんは、紐のようなものですか」
 「否定はしません」
 ウンコ坐りの悪ガキどもが、私の貌を見てこそこそしだした。
 「おい!お前ら、授業はどうした?何でこんなところにいる、塾に戻れ!」
 しかし、こう一喝しても殆ど効き目がない。慣れて免疫が出来ている。
 今では抗体を養い確
(しっか)り免疫力が働いている。何を言っても馬耳東風、暖簾に腕押し。
 ウンコ坐り悪ガキどもは習志野でも札付きのワルだ。ガキのくせにタバコは吸う。ウィウスキーやビールはへっちゃら。大人の真似をして呷
(あお)る。そのうえ通りがかりの若い女性に野次を飛ばしてハシタナイ言葉で揶(からか)う。子供のチンピラだった。この悪ガキが塾の評判を下げる元凶であった。周辺から伝習塾が悪く言われるのは、このためだった。
 「もし宜しかったら、あなたが、あの悪ガキどもに説教の一つも垂れてくれませんか。私が怒鳴っても少しも効果がないのですよ、是非お願いします」
 「えッ?あたくしがですか!」突然のことで、自分に指差してして驚いている。
 そのとき悪ガキの一人が、「ねえねえ、先生。そちらのお姉さん、誰ですか。もしかしたら先生のコレ?」と小指を立ててみせた。
 「バカを言うな。こちらの方は、今度から伝習塾に新たにお向かえた国語の先生だ。挨拶しろ」
 「うわ〜、すげ〜ェ……別嬪
(べっぴん)
 私は、こう言ったガキの頭に一発喰らわしておいて、「バカ野郎。それは俺の言う台詞だ」とかました。
 すると悪ガキは口を尖らせて「いてッ!」と言って、人並みなことを言う。

 さて……、となった。
 「ここから先は、あなたにお任せます。さあ遠慮なく、ご存分にどうぞ。このガキどもに、有難い説教の一つでも垂れて下さい……」と言って彼女を験した。験されたことは彼女も充分に把握している。
 “お手並み拝見”の積もりで訊いてみた。断るか否か。あるいは断らねば、どう言うか、その話術の腕のほどは如何なものか?……。さて、どうする?……、興味津々だった。
 彼女は一呼吸おいて、優しい声で、実にわんわりとした聲
(こえ)で「君たち、早く教室にお戻りなさい。言うことを聞かない人は、後からお仕置きですよ」だった。実に軽いものであった。説教とは言い難い。
 しかし、厳しく叱責するより効果があったようだ。眼を使ったのだろう。それは媚惑かも知れない。
 真綿に包んだような感じだった。やんわりと搦
(から)め捕ったのである。物分りのいい教師のイメージを植え付けたようだ。なかなか操るのが巧い。それに躊躇なしの性格のようだ。“いざ”というとき即興の俄芝居が打てる。躊躇しないところが私を痛く感動させた。
 「はい!」全員素直にゼンマイ仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がった。
 彼女は話術で、悪ガキどもを取り込み、掌
(てのひら)の上で踊らせる。話術の妙である。まんまと術に掛けたのである。訓練された技術だろう。兵法の“手玉に取る術”の意味を熟知しているようだ。
 「お前ら、立つだけでは駄目だ、直ぐに教室に戻れ。今から駆け足!」
 悪ガキどもは一斉に駆け出した。彼女の術が利いているのである。互いに先を競っている。簡単に、悪ガキどもを手玉に取ってしまったのである。意図も簡単に易々とである。話術の妙を見た。あるいは媚惑術の妙だろうか。

 「あの……、お窺いしても宜しいでしょうか」
 「何でしょ?」
 「あたくし、本当に新任の国語の先生……ですの?」
 「遣りたければどうぞ」
 「おもしろそう、遣ってみようかしら……」
 「宜しければ遣ってみて下さい。更に注文をつけさせて頂ければ、毎日お着物の姿でどうぞ」
 「えッ?着物で……、こういう先生っておりますの?」
 「あなたが前例を作るのですよ」
 こういう会話を、道すがらしながら、わが家へと向かっていた。
 そのとき漬物屋のオヤジが声を掛けあがった。冷やかし半分の下衆
(げす)の勘繰りの声であった。
 「先生、また今日の道行きは艶やかですねェ、実に色っぽい」へらへらと笑っていた。その笑いに卑しさがあった。
 「書生さんって、此処ではなかなかの有名人でらっしゃいますのね」
 「ある事で、この辺では、すっかり有名人にさせられてしまいましたよ。悪評は一気に千里疾る譬
(たと)えです」
 例の事件以来、私は習志野ではすっかり知れ渡って、好悪相半ばして噂が立っていた。もう習志野に居れる時間も少ない。所払いは秒読み段階であった。
 彼女と伝習塾に向かっている途中、勅使河原にバッタリ出会った。何だか慌てている様子だった。
 「おい、勅使河原さん、どうした?」
 「千歳先生が……」
 「家内がどうした?」
 「町内会長さんのところに行ったきり戻って来ないのです」
 「なんだと?」
 私の脳裡には、また家内が狂ったかと不安が過
(よぎ)った。
 「もう二時間以上も経つんですよ」
 「では、いま上原さんが仕切っているのか」
 「上原先輩も、町内会長さんのところに行って戻って来ないのです。それで、わたしも捜索に……」
 勅使河原はそのまま掛け出して行った。
 「なんてこった!」
 これでは塾は空ではないか。このままではバカどもが騒いでいるだろう。家内がいなくなり、越後獅子の1号も2号もいなくなった。大変なことになっている。事態は一晩で急変してしまった。
 「その責任、あたくしにもありますわ。あたくしに仕切らせて下さい。国語だったら自信があります。中学の国語の文法のカ行変格活用は、こ・き・くる・くる・くれ・こい……、でしたわね?」
 「さあ……」首を捻って答えた。
 「そんなことも知りませんの?」
 「専門外でして……」
 カ行変格活用がどうのこうのは、私には関係のないことであった。これから先の雲行きを案じたのである。どこか雲行きが怪しくなり、本当に一雨来そうである。それは未来を暗示してのことだろうか。
 「これは降るなァ、急ぎましょう」
 そこにパラパラと来た。
 「あッ、時雨……」彼女は掌を差し出した。
 「時雨ですか、悪い時には悪いものが来る……。ツイてない……」いつか忠告されたことを吐露していた。人間は何度忠告されても同じ轍
(てつ)を踏むようである。
 「でも、晩秋とはいえ、秋ですもの……」それは変化が早いと言っているのであろうか。それとも女心のように、コロコロと変わると言うのであろうか。
 まさに種田山頭火が言う「世間師泣かせの秋の雨」であった。冷たい時雨であった。

 彼女をわが家に招き入れた。
 「此処がわが邸宅です。あなたのところに較べれば、多少見劣りがするでしょうが、ボロでも恥じることはない。広さは充分にある」
 「此処は昔は病院でしたの?」
 「そう、戦前からある病院。今は廃屋。至る所が朽
(く)ちかけている。しかし開(あ)かずの間なども揃っていて、怪談話には事欠きません。今夜辺り、地縛か浮遊の類が、オールキャストで勢揃いするかも知れませんよ。どうです、一晩泊まって、霊の騒ぐラップ音でも聴いてみますか。此処はねェ、床など、人が上を歩く度に泣いたりして……けっこう煩(うるさ)いですよ。バックグランドミュージック代わりに聴いて見てはどうですか」
 彼女は辺りを怕々と見回していた。
 私は騒いでいる生徒に注意をしに行った。
 「おい、お前ら。静かにしろ、勉強は騒がずに、答を見ながら静かに遣るものだ」
 「へーいッ……」と柄の悪い返事が帰って来た。いつも、悪ガキどもは山賊の集団のような返事をする。「へーいッ」を「はい」と言えと何度も注意をするのだが直らない。
 「とんだ、お騒がせを」
 「いま、答を見ながら静かに遣るものだとおっしゃいませんでした?」
 「言いましたよ、それが何か?」
 「変わった勉強法ですねェ」
 「変わっていますか?私はこれが当り前だと確信していますがね。これ、変わっていますかねェ。しかし、そもそも勉強は一人で遣るものです。勉強って、学校のように一斉授業でなく、一人で遣った方が伸びるでしょ、そう思いませんか」
 「確かに一人で遣った方が伸びるでしょうね。でも、答を見ながらというのは……」
 「あなたもそう言う、その他大勢の圧倒的大多数側の、絶対的多数の支持者ですか」
 「えッ?……」
 「まず、これを見て下さい」
 私は壁に貼ってあった『伝習塾指導要領』を指差した。
 彼女はそれを小さな声で読み上げた。

伝習塾指導要領

1.勉強は答えを見ながらはじめよう。
2.計算問題や英単語は、考えても解決しない。
3.勉強は一人でやった方が伸びる。
4.理科や社会は問題集では伸びない。
5.算数や数学は、もともと解ける問題をノートに解いても無駄である。
 その時間は死んでいる。
6.偏差値よ、さようなら。偏差値は神話に過ぎない。
7.算数や数学に苦手な生徒は「九九」に問題あり。
 「九九」は1秒以内に、反射的に即答できるようにしよう。


 「これ、お作りになったの書生さん?」
 「嗤
(わら)いますか」
 「いいえ素晴らしいですわ、単純明快で。この指導要領、書生さんがお考えになったのですか?」
 「違います。これを考えた天才が居ます。私はそれを支持しているだけ」
 「此処の塾の教えがひしひしと伝わって来ますわ。真髄を突いています。革新的ですね」
 「私は革命的な方が好きですがね」
 「これから、あたくし、言葉を改めます。これまで書生さんなんて、見下した言葉で、失礼をしていましたが、あなたはやはり人の上に立つ先生でいらっしゃる。最初見たとき、普通の人とは何処か違うと思っていましたわ」
 「そう言われましてもね、所詮
(しょせん)無学な書生ですよ。大した学問もないし、普通以下で、学びの途上にあります」
 「分りましたわ、何故あの方をお探しなのかを」
 「そこまで見えますか」
 「此処の塾名の伝習塾の『伝習』って言葉、陽明学の伝習録から来ているのですか」
 「それを押し付けた奴がいます、それに従っているまで」
 「革命的です、徹頭徹尾、感心致しましたわ」と大袈裟に褒
(ほ)めちぎる。
 だが、ここが話術の妙である。本気で信じて、いい気になると思わぬ落し穴に落ちる。それで失敗する人間も多いだろう。安易に心を赦してはならない。後で痛い目を見る。
 「あなたは日本文学だけでなく、中国哲学にも蘊蓄
(うんちく)がありそうだ。まあ、しかし陽明学は、今では中国には殆ど残っていませんがね。大陸にも半島にも、かつてのものは二百年前くらいに消滅しているのです。日本からの逆輸出です。アジアの革命は、日本の陽明学が発信源なのです。孫文もこれに倣(なら)いました」
 「知りませんでしたわ。書生さんと話していたら、何から何まで目から鱗
(うろこ)ですわ。……いえ、間違いました、書生さんでなくて先生です。これからは先生とお呼びしますわ」
 だが、この“先生”という呼称が危ない。いい気になれば足をすくわれるだろう。失敗や敗北の胤
(たね)は言葉の中にも転がっているのである。
 人は自分一人を取り立ててもらおうとしたり、相手の足をすくうことを考える場合は、日常茶飯事に“お追従”を乱発する。人間の下心である。
 「あのですなあ。私は、先生と呼ばれて喜ぶほどバカに見えますか。先生と言われて喜ぶのはバカな政治家だけですよ」
 「でも、あたくしは尊敬を込めて、今から先生と呼ばせて頂きますわ」
 「どうも困りましたなあ」
 「先生は今朝から、困ってばかりいらっしゃる、それ自体が困ったものです」
 「どうも弱りましたなあ……」揚げ足をとられた私は苦笑しながら言った。
 「あたくし、今日は手始めに中学の国語を担当してみますわ」
 彼女は教室に向かった。手始めにというから、何か“どんでん返し”の奥の手があるのだろうか。
 教室が急に静かになった。着物の彼女に全員が気圧
(けお)されている。今までのざわめきが一斉に途絶えたのである。これも媚術であろうか。半分は舞台効果と言うか、雰囲気効果と言うか、着ている衣裳の効果が大であろう。


 ─────外で女の声がガヤガヤ聴こえていた。女どもが帰って来たらしい。その声の中に家内の声もあった。そして私は玄関脇の塾長室で渋い貌をしていた。
 その私を逸早く見付けた、わが塾のアイドルの上原が、「ねえねえ先生、聴いて聴いて。わたしたち三人が歩いていたら、漬物屋のおじさんたら、嫌らしいのよ。ニタニタしながら、『お三人さん、仲がよろしいようですね』ですって。それを嫌らしい貌で、助平たらしく言うのよ。そして最後にねェ。先生のことを、お宅の先生、なかなか隅に置けませんねなんて……。先生!何か思い当たることあるでしょ!」と詰め寄るように言うのである。
 「きっと、あれだよ」顎
(あご)でしゃくった。
 「えッ?だあれ……」
 「今度、新しく採用した国語の先生。言わば越後獅子3号」
 「えッ?越後獅子って、何ですか」
 「君たちのことだよ」
 「わたしたちのこと?」
 「何も聞いたないのか」
 「知りません」
 「困ったな、無駄口を叩いてしまったか……」
 「そんなことより、あの人、本当に国語の先生なんですか」
 「そうだよ」
 「本当に?」
 「君たちの助っ人
(と)だ」
 「でも、着物姿で塾の先生って、始めて見たわ。それに高そうな訪問着を着ているし」
 「世の中にはそう言う人もいる。ああ言うのを個性的て言うんだ」
 「なんだか超場違いみたい……」《超》に力を込めて上原が言った。
 「超場違いは俺の新戦略でね……。次の習志野名物を作ろうと考えているんだ。これでまたバカどもが倍増するぞ」
 「もう殖やさないで下さい。これ以上バカが殖えたら、わたしたち、臨界点に達します。メルトダウン起こします」
 「だから新任を雇った。さて、君たちもバカどもが臨界点を超えないように、バカども制御に取り掛かってくれ給え」
 上原と背勅使河原をさっそく指導に当たらせ、家内だけを残した。
 「昨夜、どこに行ってらしたの?」
 「銀座に飲みに……」
 「では深酔いして前後不覚になり、何処かに泊まって、朝帰りならぬ夕方帰りをしたんですか」
 「まあ、そんなところだ」
 「それで銀座のホステルさんに、此処まで送ってもらったという訳ですね?」
 「あの人はホステスじゃない、よく見ろよ。パッと見は、姿恰好からホステスように映るかも知れないが、ずぶの素人だ。水商売には無関係。お前だって分るだろう」
 以前、家内は私と入籍する前、昼は看護婦、夜はスナック嬢と、二つの顔をこなしていた。だがスナック嬢に化ける、これが私の監督不行届きとなり、厳しく叱責された苦い想い出がある。家内に当時の眼で、目の前の彼女を検
(み)ろと促したのである。
 「では、いったい何ですか、あの方」
 「お客さんだ、言わば伝習塾の客員講師というところだろう」
 「あんなド派手な着物を着た人がですか?」
 「着物は関係ない、それはその人の趣味の問題だ」
 「でも、風紀を乱しませんか。此処はお座敷でなくて、塾なんですよ。花柳界風の三味
(しゃみ)や踊りは無用です。また此処は日本舞踊の教場ではありません」
 「お前も口が減らない奴だなァ。あのなあ、訊くが、この塾の何処に風紀があるんだ。今日もバカどもがコンビのに前でウンコ坐りして群れていた。それを、俺の口からは何度言っても効果がない。そこで新任に注意してもらった。そしたらバカども、実に素直になって急に聞き分けよくなった。直ぐに戻って来た。
 最近は、アイドルの上原も少しばかり色褪せて来ているからなァ。また勅使河原の悩殺も効果薄だ。新風の意味で新期採用を試みた。これは凄い効果だぞ。特に着物はいい」
 「では、わたしも明日から着物で遣りましょうか」
 「お前、着物持っているのか」
 「貸衣装ですよ」
 「何もお前がホステス擬きを遣って、銀座を再現することはあるまい」
 「じゃあ、どうしましょ?」
 「今のままでいい。今日は、あの人がお前に挨拶があるそうだ」
 「何の?」
 「知るものか、本人に訊いてくれ」
 私は厄介な恃
(たの)み事をされた。これを打ち明けるべきか。しかし言えば、悩みの胤(たね)が殖えるかも知れない。無駄な心配はさせず、ここは一切語らずが、賢明のようだ。

 「ところで、新規採用はいいとして、あの先生の講師料は如何ほどでしょうか。つまり専任だったら一ヵ月のお給金、非常勤だったら時間給です。あなたの特異な越後獅子という訳にもいかないでしょう」
 「さて、幾らにしよう。タダとは行くまいな、今どきそんな奇特な人はおるまいしなァ。まあ、越後獅子程度に色を付けだけでいいのではないのか」
 「いい加減ですね、でもそんな訳には行かないでしょ」そう言って算盤をバシャバシャ弾いたのである。
 「しかし本気で払うとなると、高そうだぞ」
 「まず専任講師として計算してみましょう。基本給は時間給換算として2千円×1日6時間労働、それで日給1万2千円。一ヵ月実働24日で28万8千円に特殊技能給がお着物ですのでその制服代として洗濯料込みで1日3千円として7万2千円。月にざっと36万円程度かしら」
 「そんなに懸かるのか」
 「お住まいがどちら?」
 「高輪」
 「高輪って東京港区の?……。彼女って、いいところにお住まいですのね」
 「金持ちだ」
 「ではどうして、お金持ちのお嬢さんが、うちのような悪ガキ塾で講師をするのです?」
 「おもしろそうなので、遣ってみてもいいらしい」
 「遊び半分でふざけています。教師の自覚と逼迫したプロ意識がありませんのね」
 「だが弛
(ゆる)んでいるとは思えないが……」
 「では交通費の査定です。公共交通機関使用として限度枠1万円+夜の帰宅時のタクシー代等として3万円としましょう。交通費の上限限度額は奮発するとして一ヵ月4万円。すると月平均合計としても40万円以上となります」
 「高いなあ。それにしてもしっかりしているなァ、お前」
 「だって、あなたが鍛えたのですもの」
 そもそも経理とは無縁だった家内は、私が投げ与えた簿記のテキストを自分で勉強し、複式簿記の理論をマスターして、今では貸借対照表も損益計算書も読むことが出来る。金銭の計算が速い。それに未払いの集金能力は抜群であった。サラ金会社の管理部並みに取立が巧いのである。
 「次に特殊能力の査定です。科目は全教科ですか、それとも単教科?」
 「単教科で国語だろう。他は訊くのを忘れた」
 「わたしの察するところ、あの方、文系ですね」
 「そうだろ」相槌を求めた。
 「国語を中心で、受験範囲は現国、古典、古文、漢文などかしら。小論文は添削技術があれば何とか大丈夫でしょう。更に無理して社会の公民、歴史全般を広く浅く、それに現社というところでしょうか。でも理系は殆ど無理でしょう。ぜいぜい頑張ってもらって受験を除く、数Iと基礎解析が何とか出来て、次に確率と統計および数3は無理。理系での受験指導は殆ど遣い物にならないでしょう。物理も化学も、それに生物も地学も無理ですね。仮に出来るとしたら、理科は理科Iが限度ではないでしょうか。英語は何とか高三までだったら教科書範囲で遣れるとしても受験英語などの早稲田傾向の長文読解は無理かも。そのように見えます」
 「中
(あた)らずと雖(いえど)も遠からずだな。いい勘してるよ」

 個別指導の講師は、基本的には全教科が指導出来ることが条件となる。学校や予備校のように単科専門の狭く深くではない。受講生のニーズに併せて自由自在で、広く深くの総合学識が要求される。解らないところを勉強する学習指導ではなく、志望校に併せた受験指導を目的にするのである。進路指導のチューターも兼務する。生徒を志望校に合格させて、幾らの商売である。
 予備校より小回りが利くのが特長だが、そういう講師はなかなかいない。手広く全教科をこなした家庭教師経験のある講師で、この半分も担当出来れば上の部類だろう。
 全教科の三分の一で中、単教科で下である。下は個別指導の講師は勤まらない。
 学年も長幼も無差別である。小・中学生の中に高校生もいるし、それらの生徒が学年関係なし時間枠なしに質問に来る。中には大学浪人の一浪や二浪がいたり、有名私立小学校受験の幼稚園児もいる。これらの生徒を総て網羅しなければならない。

 「わたしの見るところ、指導教科の限度枠は3万円未満でしょ。締めて、一ヵ月高くて45万円がお支払いする上限額でしょう」
 「彼女、聖心の文学部日本語卒だそうだ。学閥はお前より上だ」
 「関係ありません、学閥なんて。受験指導は実力主義です。お嬢さん学校を出たと言っても、数3が理解出来ている訳でないでしょ!」些か忿怒して叱責するように迫った。
 以前、数3については、上原から徹底的に指導をしてもらっていた。
 このとき生徒と先生が逆転していた。これまで殆ど数学には縁が無かった。最初は有名私立の中学受験問題の算数の分数問題すら、ろくに解けなかった。はじめ北九州に居たとき私が仕込み、習志野に来て上原が仕込んだ。上原の矯正で何とか数3を理解した。
 無限大記号の極小も極大も、その変数の値が無限また−Xで正、Xで負の意味を理解した。多くの高校生が最初に躓
(つまず)く箇所である。以降、多くは数学嫌いになる。
 だが家内は全くの独学で数3を理解した。
 数3は医学部受験者でも、受験科目にわざわざ数3のない大学を選ぶくらいである。その意味からすれば、努力家だったかも知れない。その自負があったのだろう。それだけに彼女と張り合っているようにも思えた。



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