運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
壺中天・瓢箪仙人 1
壺中天・瓢箪仙人 2
壺中天・瓢箪仙人 3
壺中天・瓢箪仙人 4
壺中天・瓢箪仙人 5
壺中天・瓢箪仙人 6
壺中天・瓢箪仙人 7
壺中天・瓢箪仙人 8
壺中天・瓢箪仙人 9
壺中天・瓢箪仙人 10
壺中天・瓢箪仙人 11
壺中天・瓢箪仙人 12
壺中天・瓢箪仙人 13
壺中天・瓢箪仙人 14
壺中天・瓢箪仙人 15
壺中天・瓢箪仙人 16
壺中天・瓢箪仙人 17
壺中天・瓢箪仙人 18
壺中天・瓢箪仙人 19
壺中天・瓢箪仙人 20
壺中天・瓢箪仙人 21
壺中天・瓢箪仙人 22
壺中天・瓢箪仙人 23
壺中天・瓢箪仙人 24
壺中天・瓢箪仙人 25
壺中天・瓢箪仙人 26
壺中天・瓢箪仙人 27
壺中天・瓢箪仙人 28
壺中天・瓢箪仙人 29
壺中天・瓢箪仙人 30
壺中天・瓢箪仙人 31
壺中天・瓢箪仙人 32
壺中天・瓢箪仙人 33
壺中天・瓢箪仙人 34
壺中天・瓢箪仙人 35
壺中天・瓢箪仙人 36
壺中天・瓢箪仙人 37
壺中天・瓢箪仙人 38
壺中天・瓢箪仙人 39
壺中天・瓢箪仙人 40
壺中天・瓢箪仙人 41
壺中天・瓢箪仙人 42
壺中天・瓢箪仙人 43
壺中天・瓢箪仙人 44
壺中天・瓢箪仙人 45
壺中天・瓢箪仙人 46
壺中天・瓢箪仙人 47
壺中天・瓢箪仙人 48
壺中天・瓢箪仙人 49
壺中天・瓢箪仙人 50
home > 壺中天・瓢箪仙人 > 壺中天・瓢箪仙人 31
壺中天・瓢箪仙人 31

『荘子』(山木篇)によれば「楊子宋にゆき……」という箇所が出て来る。これは楊子が宋国に出張してある宿屋に泊まったときの話である。有名な話なのでご存知の方も多いであろう。
 その宿屋のオヤジは二人の妾をおいていた。一人はとびっきりの美人。もう一人は見るからにブス。世に言う醜女である。
 そして不思議なことに、二人の妾の順位は醜女が上位で、美人が下位であった。楊子はこれを不思議に思って宿屋のオヤジに訊いてみた。
 するとオヤジは恐る恐る応えた。

 「美人の方は自分で美人と意識して思い上がっています。また醜女は醜女で自分が醜女であることを意識しています。それを自覚した醜女は、傍
(はた)から見ているとそれだけに醜さが感じられずよく働きます。
 ところが美人の方は自分で美人だと思い上がっているので、その思い上がりに醜さが顕われています。だから醜さを自覚した方が上で、醜さを自覚しない方が下なのです」と応え、楊子はこれを痛く感心した。

 旅から帰って来た楊子は、弟子達を集めて次のように説いた。
 「諸君。賢い行いをしたからといって、自分で賢い行いをしたと意識しては駄目である。そういうことは微塵も思わない。賢いことをして自分で意識しないことが出来れば、何処に行っても諸君は愛されるだろう」と。
 宿屋のオヤジからのヒントであろうか。

【註】楊子とは荘子のことか?楊子に謎多し) 



●激変に翻弄される時代

 伝習塾は夏期講習の準備に追われていた。夏休みまで、あと数日と迫っていた。こう言う日のことだった。
 こうした最中
(さなか)、進龍一が肩を落として遣って来た。そして、こともあろうに、「今まで預けた生徒を返して下さい」と言うのだった。
 これを聴いて、“遂に焼きが回ったか》と思った。以前ほど威力がなかった。その衰えが手に取るように分かる。
 時代の激変に翻弄
(ほんろう)されているのであろう。併(あわ)せて、焦りが出ていた。

 そこで私は「お前から、生徒を預かった覚えはないが……」と、恍
(とぼ)けて切り返したのだった。
 結局、送り込んだ生徒の中で、成績の上がった生徒だけを返せと言うのだろう。もう、奴も「ジリ貧状態」になっていることが窺
(うかが)われた。遂に尻に火がつき、焦燥感に煽られていたのであろう。時の流れを垣間みて、置き去りにされて行くような臭いを感じ取っていたのであろう。
 あるいは時代に置き去りにされて風化して行く自分の未来像を夢想したのかも知れない。

 「以前、面倒を見てくれと預けたではありませんか。その間の月謝は稼げたでしょ」
 「ああ、お湿り程度だったが」
 「随分助かった筈です」
 「有り難うよ、少しばかり糊口を湿らせてくれて」
 「そういう言い方をしないで下さい。そのように言われると人助けが虚しくなります」
 「では今度は、お前にそのお湿りをプレゼントしよう。少しばかり成績の上がった程度のいい者が五人ばかりいる。その悪ガキの改造後の准悪ガキをお前に贈ろう。他にもいるが十人、二十人と送り込んでは、お前の塾の風紀が乱されるだろう。そこで成績上位者を五人プレゼントしよう。ほんのお湿り程度だが」
 「ますます厭な言い方ですねェ」
 「そこで、ほんのお湿りを贈るとして、こちらにも越後獅子一名が欲しい。要らないのがいるだろう」
 「越後獅子一名となると、さて……」
 「あいつだよ、確か大学教授の娘で、春期講習で散々俺をいたぶった、あれ、何とか言ったなァ……」
 「勅使河原
(てしがわら)ですか?」
 「そうそう、勅使河原……恭子とか……言ったな。そいつをくれ」
 「じゃあ、買って下さい」
 「幾らだ?」
 「10万円ほどで。あいつ、宗家のバカ塾では打ってつけですよ。あのお色気ムンムンで、悪ガキどもを悩殺すれば……」
 「まるで人身売買だな」
 「人身売買だなんて人聞きが悪い……」
 「しかし売る以上、それは販売行為だ」
 「じゃあ、あと五人殖やして、合計十人で交換するという形では?」
 「ますます人身売買に酷似して来る」
 「しかし法に抵触する訳ではありません。立派な商行為であり、まあ今風に言えば、トレードと言うか、あるいはヘットハンティングとでも言いましょうか……」
 「だがなあ、お色気ムンムンの勅使河原は、些か危険人物だからなァ」
 「どうしてです?」
 「下手をすると、三角関係になって家庭争議の元になる」
 「なにをバカなことを言っているのですか」
 「そういう危険を孕
(はら)んでいるし、生徒十人と交換すると言うのは、些か高い気もするが……」
 「あいつのお色気ムンムンは、伝習塾では立派な人寄せパンダですよ」
 「お前のところで人寄せパンダにすればよかったではないか」
 「ああ言うのは風紀を乱して、塾の品位を下げますからねェ」
 「しかし、リスクを抱えて十人とは、ちと高いのではないか、五人に負からんか」
 「だめです、十人」
 「では七人」
 「だめです、十人」
 「うゥ……、お前、なかなかの商売人じゃのう」
 「滅相もない」
 「これで手を打つか」
 「では、その手討ちとして、焼き肉でも食いに行きましょう」
 この動タンパク野郎は、肉に執心する煩悩から醒めていない。下手にのこのこ蹤
(つ)いていって、脂身でもこってり喰わされた日には、またひと回り肥ってしまう。超豚は“超々豚”になってしまう。

 私は勅使河原恭子
(仮名)という何とも奇妙なお色気ムンムンで、甘ったるく話し掛けて来るこの女子生徒に些か迷惑を被ったことがある。事も有ろうに、奴の塾の便所を詰まらせたことがあった。
 奴が言うには「勅使河原が便器の中に汚物か下着かを捨てた」と言うのである。確かな証拠はなかったが、便器は水で溢れ、床まで水浸しだった。
 私は夕食時、一人で寛いで、手酌でちびりちびり遣っているところに、野郎の塾から遣いが来て、遣いの生徒が「大変です、直ぐに来て下さい」と唯それだけを言って、どういう大変か理由を聴かされていないのである。進龍一の考えそうなことだった。理由まで喋れば、私が来てくれないと踏んだのだろう。そこで大変一点張りである。
 仕方なく行くことにした。行ってみて何の事はない。便器を詰まらせているだけのとこであった。しかし、どうもがいても詰りが直らない。
 そこで野郎は言いやがった。
 「あそこに何か詰まっているでしょ。あれ、引っ張って、詰りが直ったら宗家にお礼として1万円差し上げます」とバカなことを言い出した。
 「お前が遣ればいいじゃないか」
 「出来ないからお願いしているのです」
 「俺だったらいいのか、俺の腕と手が糞塗れになっても」
 「その代わりお礼を差し上げます」
 「こう言うのはなァ、配管工事屋がするものなんだ。俺の出番でない」
 「でも、夜間のことだし営業時間外です。明日になります、そこで応急処置をお願いしているのです」
 「お前の秘密兵器を遣えばいいじゃないか」
 「秘密兵器って何です?」
 「越後獅子に奮発して千円でも払ってやれば、喜んで遣る奴くらいいるだろう」
 「だめです、商品には手をつけられません。更に家に帰って何と言うか……」
 奴の肚は読めていた。親に告げられることを警戒していた。
 そこで、私がそれを遣る羽目になった。

 上半身裸で、仕方なく便器の配管部の中に手を突っ込んでみた。そして何かが引っ掛かっていた。それを一気に引き抜いた。すると汚水が堰
(せき)を切ったように流れ始めた。引っ掛かっていた物体は、女性の下着であった。
 それが、いつの間にか「勅使河原がパンツを捨てた」となったのである。
 確たる証拠がある訳でない。噂が一人歩きした。
 ただし、否定も出来なかった。そういう一面が勅使河原恭子にはあったのかも知れない。
 私は最初この女生徒を、「粘っこく絡み付く性格」を性格異常者のよう捉えた。肉欲的に迫るのである。まさにお色気ムンムンであった。そうかと思うと、突然難問のテキストを開いて質問をする。何ともそのギャップが烈しい娘であった。深層部に「何かある」と検
(み)たのである。
 しかし、伝習塾の生徒が減少した分だけ、人寄せパンダで新規開拓を目指さねばならない。
 勅使河原恭子を上原小夜子に続く《越後獅子・2号》する必要があった。
 斯くして数週間後、《越後獅子・2号》が誕生する。

 伝習塾はそもそも進学塾の形体を持っていなかった。
 学校の授業の延長をする補習塾であった。個別形式は採っているが、進学指導が目的でなく、補習指導を目的にしていた。
 単なる学習塾と進学塾とでは次元が違うのである。それだけに生徒のレベルも質も違った。
 しかし塾に通わせる親達は、この判別が殆ど付かないのである。
 進学指導をするには高度な指導法がある。
 伝習塾が悪ガキを集めてそれでも遣って行けるのは、補習レベルの指導であったからだ。
 個別形式での進学指導が、この比ではない。それだけに資金投入が必要であった。

 私は既に、受験産業の世界では終わった人間であり、もう金輪際、二度とこの業界に手を染める気持ちはなかった。
 返せといわれれば、返さぬこともなかった。もう未練などなかった。今は生き残るために急場を凌いでいるだけである。
 しかし、十人程度を返したとしても、それで塾の売り上げを殖やすことは出来ないであろう。お湿り程度である。
 奴の望む不足分の500万円には到底及ばない。
 時代はバブル崩壊以降、日本経済も日本人も急激に変化した。古いものは置き去りにされ、没落する運命にあった。

 このとき既に天才・佐々木慶一氏の個別指導は、次第に時代遅れのものになりつつあった。
 あの天才にして、これであった。
 時代が変わろうとしていた。
 古いものに代わり、新時代のデジタル化の波が押し寄せていた。
 アルゴリズムと言うコンピュータで演算するデータ情報が擡頭
(たいとう)しようとしていた。アナログ的な思考法は完全に時代遅れとなりつつあった。

 そして、その形式を真似た明林塾も、やがて神通力を失い斜陽になりはじめたのである。その翳りが、この業界に携わらない私の眼にはハッキリと映るのである。
 貧乏は窮して窮して窮しきって、ドン底まで落ちれば正常な感覚を取り戻し、正しい価値ガンが見えて来るようである。それが中途半端でないだけに、筋金入りのように人の眼を冷静にされるようである。中途半端で怕
(こわ)がっている時には、全く見えなかったものが、よく見えるようになっていた。

 “勝ち組”と“負け組”は、何もサラリーマンの世界だけでなく、塾業界にも生き残る方と、潰えて行く方の明暗は克明になり始めていた。時代の波であった。
 人々はバブル崩壊以降のこの時代を起点として急激に変化し始めていた。人の心に大きな転機が見られた。
 人間の心情は、そもそも「楽」を好むように出来ている。便利で快適で、効率が良ければ、その方へ靡く。そして不便で深いで、苦多きものは敬遠するように出来ている。これを嫌う習性がある。当然の流れと言えよう。

 「お前、尻に火が点
(つ)いたな?」
 「ご明察です」
 「お前が廻した悪ガキどもを返したら、近日中に支払わねばならない500万円が手に入るとでも思っているのか」
 「いいえ、とんでもありません」
 「俺と所の生徒全員を返してやってもいいが、全員返したところで、500万円にはならないぞ。まあ、俺のところは家内がしているし、女の細腕で遣っているのだから、いいところ、この一夏で150万円も弾き出せばいい方だろう。その程度の金では足るまい。だから、俺が無償でスーパー・テクニックを伝授すると言っとろうが……」
 奴は未だ半信半疑だった。危険なものを感じて臆していた。

 「そのスーパー・テクニックが、何と言うか、曲者
(くせもの)でして……。宗家のスーパー・テクニックを学ぶほど、私は、その恐ろしい軋轢(あつれき)に耐える根性はありません。重圧には耐えられません。宗家がスーパー・テクニックと銘打つ以上、それはまともな金ではないのでしょ?何か、如何わしい出所の金だったりして……」
 「いや違う、まともな金だ」
 「本当ですか、まさか銀行強盗だったりして?」
 「ピンポン。正解!」
 私も少しばかり、からかってみたくなっていた。奴の反応を楽しみたかったのである。
 奴は中途半端なもがきようであった。落ちるところまで落ちていない。
 むしろ、この方が最悪の状態と言えた。中途半端では眼が曇らされるからである。これでは先見の明は失われよう。

 「あッ、やっぱり。訊
(き)くだけバカでした。やはり、生徒を廻してもらった方が、安全ですね。出来のいいのを何人か廻して下さい」
 安全策を採るらしい。
 これは懸命だが、これだけでは新奇挽回は出来ない。並みの正攻法である。それゆえ斬新さに欠ける。
 「そりゃァいいが、上原小夜子は動かないぞ。あいつはうちの超看板娘だからな。それに越後獅子も兼ねている。あいつが居
(お)らんと、家内だけでは動きがとれん」
 「上原はいりませんよ。あいつは、うちでは扱いきりません。宗家の奥さんにお任せしますよ。ところで宗家、上原から月謝いくら貰っているんです?」
 おそらく参考意見として聞くだけなのだろう。

 「あいつは8月分を前取りで、夏期講習分を含めて35万ほどかな、ちと安いようにも思うが……」
 「げッ!35万円?!……。とんでもない月謝の額だ。超ボッタクリの上に、“超”をつけていいくらいです。宗家、そんなことしていると、詐欺で捕まりますよ」
 「バカ言うな。お前、一度『広辞苑』で“詐欺”という語をひいてみろ。これは法的用語で、“他人を騙して錯誤に陥れ、財物などを騙し取ったり、瑕疵
(かし)ある意思表示をさせたりする行為”とある。行為・物・権利などに、本来あるべき要件や性質が欠けていることを言うんだ」
 「だから、35万円の月謝は“だまし”の疑いがあり、上原が訴えたらイチコロですよ。成績が上がらなかったと……」
 「それが上がるシステムが出来があっているんだなァ、これが。
 あいつはだなァ、夏期講習は盆休みの6日間を除いて、朝から晩まで塾に入り浸るんだぞ。朝7時から夜間の12時まで居たら、月謝は幾らになるか知っているのか?……。
 夏期講習の全日程34日間を一日当りで割ると、一日たった1万円チョイではないか。朝から晩まで入り浸って、1万円チョイは安すぎる……。そう思わんか」
 私は頭を振って、安いこと嘆いてみせた。

 「だいたい宗家の頭の中は、どうなっているんですか。どこから、そんな無茶苦茶な数字が出てくるのですか。違反してますよ」
 「違反とな……」
 「おまけに上原を、しっかり型に填めて越後獅子に使っているんでしょ。宗家はやはり完全にクレージーですよ」
 「上原が越後獅子になったのは、お前のように唆
(そそのか)してではない。自ら志願して、熱望してそうなったのだ」
 「熱望ですか?……、言い方もいろいろあるもんだ」
 呆れたという言い方だった。
 「馬鹿も休み休み言え。俺は、出血大サービスの超安値で大奉仕しているんだ。お前の行きつけのパチンコ屋のように連日、血のションベンが出るくらいに“超出血大サービス”してるんだ。俺は一年365日、毎日が生理日なんだ。月経……、分るか月経。メンスと言えばいいだろうか。連日勝るとも劣らない烈しい出血をしているんだ」
 「厭
(いや)な表現ですねェ」
 「何をいう、俺に変な言い掛かりはやめてもらおう。それに連日、生理中に匹敵する“超出血大サービス”の裏付けもある。それはだなあ。上原が、一学期の期末試験で学年トップになったんだ」
 「えッ!県立船橋で学年トップ?」
 「来春は伝習塾から、“東大第一号”が出る……。そして習志野中の話題になる。
 来年度の生徒募集はこれで楽勝だ。宣伝しなくとも、うちの看板娘が東大に合格すれば、入塾者は自然に押し掛けて来る。押すな押すなの大盛況だ。伝習塾では生徒で溢れる。そこで今度はバカをお前のところに振り分ける。いい案だろう」
 これを聞いた進龍一は、頭を振りながら「完全に飛んでますね、いかれていますよ。宗家にはクレージーぶりには敵
(かな)いません」と言うのだった。

 さて、奴が「返してくれ」というから、成績のいい生徒は明林塾に移籍をさせる。しかしそれは構わない。
 ただ、伝習塾では、欠員分が何とか補充はつくが、募
(つの)れば底辺の質の悪い生徒ばかりが集まってくる。質が悪いから社会常識もなく、塾周辺で苦情が起こり、結局こちらもジリ貧状態に追い込まれる……と言う悪循環が派生する。

 一方、明林塾では、例年には考えられない事態が起こっていた。それは在塾の塾生が、明林塾での夏期講習を受けず、他塾や大手の予備校で夏期講習を受けるという事態だった。これには、進龍一も大きなショックを受けていた。そういうのが今年は三割りもいるらしい。

 私はこの時、家内に遣らせている伝習塾も含めて、「もう、そろそろ汐時
(しおどき)かな」と思いはじめていた。習志野に居(お)れる時間も、残り少ないように思われ、もうカウントダウンが始まっているような気がしていた。
 そろそろ、重い腰を挙げるか……。
 だが秀才の上原小夜子だけは、まだ残っていてくれていて、家内を手伝い、伝習塾には高額月謝を支払ってくれる上に、越後獅子まで遣ってくれていたが、塾生の質は、益々悪くなるばかりだった。このこと自体が「汐時」を思わせた。その翳
(かげ)りを検(み)て、汐時を予感したのである。

 「お前が廻してくれた習志野中の悪ガキを少しばかり改造加えて、“お利口さん”にしてやった。幾らか遣い易いだろう。俺も、そろそろ汐時かなと思ったりしている。
 しかし何で、お前は金が必要なんだ?」
 「まずは最新のPC本体とそのソフト代を支払うためです」
 「手付けは払ったのか」
 「百五十万ほど……」
 「結構な額だな」
 「しかし運転資金に苦慮しています。もう直、底を突きます」
 「払底と言うことか?……」
 「あとがありません」
 「なるほど、何でそうまでして金を必要とする?」
 「そりゃァ、豊かになるためです。家族に腹一杯美味いものを喰わせ、快適で便利な生活環境を作るためです」
 「それで豊かになったと言えるのか」
 「人間は生きているうちが華だし、自分や自分の家族のために努力しますからね」
 「利己主義と言うやつだな」
 「でも自己中ではありません」
 「結局同じだ」
 「まさか宗家は、孟子のようなことを言うのではありませんよね」
 「いや、俺はその孟子が大好きだ。そもそも俺は貧士の客好きだからな。
 かの孟子先生も言うではないか。『仁義礼智の徳を発揮してこそ人である』と。
 お前、孟子が利己主義の楊子
ようし/楊朱)を徹底的に批判したのを知っているか」
 「えッ?……楊子といえば、孟子と激論した春秋時代の思想家ではありませんか。墨子学派の告子とも、孟子は批判の対象でした。どうして、楊子の事まで知っているのですか」
 「お前の本にみな書いてあった。いい勉強になったよ」
 「私は未だ読んでない本が沢山あります。買ったばかりでそのままの物もあります。それを全部読んだと言うのですか」
 「ああ、することがなかったからな。最初は仕方なく読んでいたが、読書する面白さが徐々に分って来た。そこで『孟子』も読んでみた。孟子には楊子のことが出て来る。だが楊子とは、いったい誰だ?……。荘子のことだろうか?……」
 「では、孟子にそれが書いてあったと言うのですか」
 「ああ、そうだ。
 『孟子』にはこうあった。
 『古の聖徳高き人が深く思索を廻らしたのは、凡そ世界に生より貴いものはない』という楊子の論に非難を浴びせることから始まる。少しばかり同じ感覚主義者と言うか感応主義者と言うか、同じ土俵に上がりならがらもな……」
 「感応主義者ですか、いいですねェ……」
 野郎は茫然とした貌をした。色に流れて黄昏れていた。何処に飛んで何を想像したのだろうか。

 「お前、貌が弛んでいるぞ……。
 楊子の論は徹底した利己主義が説かれ、楊子自身利己主義者だからな、換言すれば感覚主義者である。今日で言えば不倫奨励の感応主義者と言うところだろうか。あるいは古代中国の唯物論というべきか。その最たる人物が、楊子こと楊朱
(ようしゅ)である」
 「こりゃあ、驚いた……。そこまで勉強したと言うか、学んだと言うか……」
 「人間、暇を持て余せば、することがなくて最後はこうなる。今までの不勉強を恥じて、少しばかり学んで見るかとなる。しかし、これは多忙人には分らない」
 「そうでしょうとも。いい環境と言うか、それは私の功績と言うことになるのでしょうか」
 「そう威張らんでもいい。人間は落ちてみて分ることもある。落ちた犬の役得と言おうか。おそらく中途半端な裁判所の定義する、可もなく不可もなくの善良な市民には分るまい」
 「宗家の知った楊子の話、もっと聴かせて下さい」
 「いいが、講釈の木戸銭は払ってもらうぞ」
 「タダではないのですか」
 「こういう有難い話は、礼儀として木戸銭を払って聴くものだ」
 「一利ありますねェ」
 
 「宜
(よろ)しい、聴かせてしんぜよう。
 『楊子』の哲学はこうである。
 かの楊子は言う。
 『そもそも耳、眼、鼻、口、肌の五官は、自らが生を保つために働いているに過ぎない。耳は好い音楽を欲し、眼は美しい色を欲し、鼻は馨
(芬/かぐわしい香りを欲し、口は美味いもの(滋味/うまあじを欲し、肌はなめらから柔肌を欲する。しかし、どの欲望も過度に満足させると生を損なう。そのことが分れば誰も抑えて耳や眼の感覚も欲しないであろう。
 何故なら生に利があるから欲するのであって、害あるものなら欲しないだろうし、為
(な)さずにおかないだろう』とね、つまり世界で、最も大事なのは自己の生であると楊子は説くのである。
 これをどう思う?」
 「実に面白い考え方ですねェ」
 感心して相槌
(あいづち)を打った。
 しかし、私の講釈に相槌を打ったのか、楊子と言う感応主義者に相槌を打ったのかは不明である。
 「まだ次がある。面白いのは此処からだ。
 楊子は、更に言う。
 『天下国家も重要だが自分の生き方や生活の方はもっと大事だ』とね。
 この利己主義の思い当たることはないか」
 私は奴に訊いてみた。

 「そのように鋭い質問をされると、思わず苦悶
(くもん)しますねェ。まるで私に対して指弾されているように感じます」
 奴の使った言葉で思い出したが、それは「苦悶」と云う言葉だった。
 「くもん」は一時期、塾業界では『苦悶する公文
(くもん)式』という本がよく売れていた。欠点を暴露した本である。
 進龍一自身も、「苦悶する公文式」という言葉をよく乱発していた。まさに奴も、“くもん塾”の二番煎じを遣っているのではないか……。
 のち公文式はこれまでの欠点を克服し、「KUMON」となって算数だけでなく、語学分野も開拓して経営を立て直し、テレビや新聞などで派手な宣伝展開をして世界に打って出ている。ここでは公文式の巧妙な仕掛けについては触れない。
 話を戻す。

 「それだけ、お前も後ろめたいことをしているという自責があるのと違うか」
 「厭なことを言わないで下さい。私は、私にその質問を振るより、宗家は、ご自身に振って自問自答してみれはどうですか」
 「俺か、俺はだなァ、掛値無しの天下の大悪党だ。その大悪党が自己主義と言わずに利他主義なぞと抜かせば世間は眼を回すだろう。俺こそ、天下の自己主義者だ」
 「そこまで言ってしまうと言い過ぎでしょう。いいところもありますから……」
 「人情の機微と言うものから出た、武士の情けか」
 「違いますよ、認めているのです。
 本当は宗家は人生の酸いも甘いも噛み分けて、ご自分では何もかも知っていらっしゃる。それでいて、ご自身を天下の大悪党などという。これは唯物論で言う、否定の否定なのです」
 「なにを……、それは思い違いだろう……。俺はそこまで善人でない。大した悪党だ。悪と言うと言われた方がしっくり来る」
 「ご冗談を……」

 「楊子を論
(あげつら)った『呂氏春秋』(重己篇)によれば、ある名立たる職人の話が出てきてな、この職人を次のように言わしめている。
 『世界一技巧に勝れた職人がいた。この職人は至巧と持て囃
(はや)された人物だか、しかし世人はこの職人と自分の指のどちらが大事かと訊かれたら、必ず自分の指が大事だと応えるという。なぜなら自分の指は不器用でも、自分に対しては利するところが多いからだ。この利は一流の職人にも及ばない。
 また、崑山
(崑崙山)産の美玉と江漢で採れた真珠は世界の珍宝である。
 だが自分の所持する安物の蒼
(あお)い璧(かざりだま)や、更に見て呉れの悪い歪(いびつ)なる小球は、手の届かない珍宝より大事にする筈だ。これを大事にするのは自分に利するからである。実(げ)に吾が生の吾が所有に属しつつ、吾を利する偉大さよ』と、楊子は自分の生こそ、世の中で一番大事なものはなく、人の命より吾が命だと言うのである」
 「実に面白い見解です、何となく私好みですねェ」
 「お前はそういう奴か」侮蔑的に訊いてみた。
 「そういう奴です……と言いたいのですが、これに諸手を挙げて喜ぶまでには至りません」
 「なぜだ?」
 「何故なら、宗家は最初から負け戦と分っていても戦いを挑むからです。お訊きしますが、利己主義を掲げるにあたっての、大切な『自分の生』とは、いったい何ですか?」
 「お前、中々誘導尋問に掛からぬ奴じゃのう」
 「私は宗家の期待通りの、肩透かしを喰らわしたまでです」
 「小賢しいことを……」
 「宗家こそ、小賢しいではありませんか」
 「どこがだ?」
 「宗家はもう、天下国家の形容の言葉の実体を見抜いている。特に日本人の掛かり易いトリックを見抜いている。例えば、『天下と言う壮大なスケールの気宇の夢』の実体をです」
 「それで?……」
 内心は《こいつ、裏を巧妙に読むではないか……》という感想を抱いていた。

 「日本人は、表面で実に景気のいいことを言う。『天下と寝る』とか、『世の中を洗濯する』とかをです。聴いている分では実に景気がいい。しかし景気がいいだけに、大きさの実体が分らない。また、分らないから島国育ちの日本人と言えましょうがね。
 つまりです。天下を大きいものと定義しつつも、本当はこれを得るために、自分の生を犠牲にしなければならない。特に小人はそう考えますが実体は見ていない。しかし、それが徐々に明白となって来る。そうなると天下より、自分の生に大きな期待が懸かり、自分の利することを我先に考えてしまいます。
 ところが、ここに落し穴がある」
 「ほ……ッ、面白いいことを言う」
 奴の皿廻しならぬ“智慧廻し”の得意な一面である。

 「私の読んだ本によると、つまり西洋の欲情に関してですが、こうあります。『神は人間を創造し生みたもうたとき、貪る心と、欲する心を持たせたもうた』とね」
 「まるでフランスの唯物論的啓蒙思想家のエルヴェシウス
(クロード=アドリアン・エルヴェシウス/18世紀の哲学者で思想家。ヴォルテールと交友があり、快楽論に基づき個人的欲望と公共福祉の調和を図る道徳論を主張した。1715〜1771)の『人間は感受性以外のものでない』と主張して憚(はばか)らない、あれだな……」
 「エルヴェシウスという名前まで能
(よ)く知っていますねェ」驚きだったのだろう、短期間に此処まで勉強していることが……。
 「お前の本にあった。つまり快楽論にある『貪る心に欲する心』のことだ」
 「そこまで読破して知っているとは恐れ入りました」
 「あたかも凡愚なる小人の“猿山のお山の大将”如きが論う感覚主義者の心情に置き換えられよう」
 「巧い喩
(たと)えですね」
 「同じことは『呂氏春秋』
(情欲篇)にもある。『天の人を生じ貪あり、欲あらしむ。欲に情あり、情に節あり。そして聖人節に従って以て欲を止む……』とな。
 これは楊子の論であるが、これに対して墨子は次のように反論する。『義が一身より重い』と。
 これに対して楊子は更に反論。
 『今ある人に対して《君に冠と沓
(くつ)を遣るから、君の手足を斬らせてくれ》といったら、快く承諾するだろうか?とね。決して承諾する訳がない。なぜなら幾な高価な冠や沓であっても吾(わ)が手ほど大事でない。これと同じように《君に天下を遣るからそれと引き換えに君の命をくれ》と言ったら君は絶対に承諾しないだろう。それは天下ほどの大きなものであっても、君の命ほど大事でないからだ』とね」
 私は《さあ、如何!》と迫るつもりで回答を俟
(ま)ったのである。

 奴は暫
(しばら)く考え、唸った後、「しかし言葉を操って、何だか巧く切り返しているようですが、何かしっくりこない。果たして比較するべきものは同じ土俵内の同程度の媒体で論じられているとは思えません。なぜなら冠と沓とで、人間の生体の手足を比較するのは訝(おか)しいし、天下と人間の命を比較して、それを変わりに……などと、そもそもこれ自体が訝しい。合点がいきませんよ」
 「いいところに気付いたな。孟子先生も、此処に批難を浴びせ掛けるのだ。それについては墨子も同じだった。
 ただ墨子は『墨子』
(貴義篇)によると『子墨子曰く、いま人にいってい曰く、子に冠沓を予(あた)えて子の手足を断たんっと、子之(これ)を為(な)さんか。必ず為さざらん。何の故ぞ。冠沓は手足の貴きにしかざればなり。又曰く、子に天下を予えて子の身を殺さんと。子之を為さんか。必ず為さじ。何の故ぞ、天下は身の貴きに若かざるなり』とね」
 「私には墨子が正論のように聴こえますが……」
 奴は楊子に縋るようで縋らなかった。

 「つまり墨子も楊子と似た唯物論者でありながら、楊子が自分個人の利を重んじるのに対し、墨子は衆人の感覚で感じる物質的本能的欲望の利を重んじた。
 しかし、此処には混線があった。孟子と楊子と、墨子学派の告子が互いに牽制し合って、三つ巴の反論をそれぞれに企てる。そのことは『孟子』
(告子上篇)に出ている。
 有名な『告子曰く、性
(さが)は湍水(たんすい)の如くものなり。これ東方に決すれば東に流れ、これ西方に決すれば西に流れる。人の性に善不善と分るることなきは、なお水の東と西とに分るることなきが如し』である。
 そして告子は、殷の暴君・紂王
(ちゅうおう)を挙げ、伯父にして臣下でありながら微子啓びしけい/殷の王族で、微は封じられた国名であり、子は子爵の意味で、『史記』では 啓が開ろなっている。若い時期から賢哲で知られていた)、王子比干ひかん/紂王の叔父に当たり、干の国に封じられたので比干と呼称される。よく知られる逸話には、妲己(だっき)に魅了されて暴君になってしまった紂王を諌めたが、これを聴かず、妲己に唆されて「聖人の心臓には七つの穴が開いているそうだ」といって比干を殺害した)のような賢者も居るではないか、とね。
 これには流石の孟子先生も答弁にも困ったらしく、答弁内容には殆ど意味をなしていない」
 「孟子は何と答えたのです?」
 「孟子曰く『もしその情は以て善をなす可
(よ)きなり。これ則ち所謂善なり。もしそれ不善を為すは才の罪に非ざるなり」とね」
 「つまり、性は善いものもあれば、不善なるものもあるということですか。全く釈然としませんねェ」
 「そのようだ、説得力がない。おそらく孟子先生は楊子の感覚論に酔わされて、感覚の普遍妥当性から思惟的なものを抱いたのだろう。そこに告子が脇腹を突いたというところだろうか。ここには孟子と楊子と告子との三つ巴の構図が否めない」
 「人間の性の根拠は、万人の一致点がそれぞれに違うと言うことなのでしょうか」
 「そうだろうよ。近年は多様性と言う言葉が持て囃
(はや)されているからなァ……」
 つまり、現代でも盛んに「多様性」と云う言葉が如何にも安易に用いられているが、この多様性には、個人の責任まで含まれ、この点を多くの日本人は見逃しているのである。

 一口に多様性と安易に口走るが、これは同時に責任も発生するということなのである。
 では、どういう責任か。
 セルフコントロールである。自己制御である。
 現代社会では個人主義が謳歌
(おうか)されている。個人の主体性並びに“主人公”なる言葉が持て囃(はや)されている。そして奇妙なる流行語の「総括役」なる言葉まで政治スローガンにされている。
 だが、この言葉に込められている意味を見逃している人は多い。

 個人主義が謳歌され、価値観が多様化していく複雑な現実の中には、確かに個人の自由は倍増して行くであろうが、同時にそれに伴い責任が派生することである。一方で責任を荷なわされ、一人ひとりが自分で自分の責任をとると言うことである。
 それには「己を知る」ことが重要な課題となる。ところが、情報過多の現代、外部からの情報処理に精一杯であり、自己の内部まで及んでいない。

 天体の構造や地球の構造などを知識として知る者は多いが、逆に自分のこととなる貧弱な理解か持ち合わせていない。
 外部の多忙に押されて、一番肝心なる己をすることを疎かにしているのである。
 価値観の多様性には、自己責任が何処までも蹤
(つ)いて廻るのである。これは情報かならではの時代の特長である。
 一口で己を知るというが、これほど難しいことはない。精神的に自分を知ることの難しさは昔からよく言われたことである。そしてこれこそ「人間の泣き所」であった。
 このことに気付かず、現代人の大半は価値観の多様性に諸手を挙げて喜び、個人主義を謳歌しているようであるが、己を知らずにこの世界に踏み込むと、後で大変な“しっぺ返し”を喰らうことになるのである。


 ─────私はこのとき時代の変化とともに、人生の目的が万人の一致点を見出さず、多目的方向に向かいつつ分裂を露
(あらわ)にして、全体の利益を排して、個人の利益が優先される悪しき個人主義が蔓延るのではないかと懸念したのである。エゴイズムである。
 要約すれば民主主義の基本的人権は、まさにエゴイズムであった。
 それを近年の住民パワーに重ね合わせていたのである。そして住民パワーのエゴイズムは何処に回帰するか。
 それは土地を独占しようよする亡者であるからだ。この亡者こそ、エゴイストの塊だった。

 この時期の大久保に棲
(す)んでいた頃は塾周辺の苦情も多くなり、住民パワーも一層結束を固くして、伝習塾に直接苦情を持ち込みはじめたのである。苦情は次ぎなるものだった。

 ・タバコの吸い殻が散らばっている。
 ・空き缶や弁当のゴミが道路に放置されている。
 ・コンビニの前での集団ウンコ坐りが依然続いている。
 ・塾生が大声を出して、夜中歌ったり、ラジカセをかけて大騒ぎをする。
 ・数人が屯して、通行している近所の若い女性や女学生に卑猥なヤジや罵声を 
  浴びせる。

 また、これに付随する多くの苦情が持ち込まれていた。やがて住民パワーは『連判状』を持参して、私と家内の追い出しを迫るだろう。その動きが出ていたのである。
 苦情が持ち込まれた日、その場は「生徒に常識的な指導をする」と言うことで引き上げてもらうのだが、これは生活指導であり本来は塾が管理・監督すると言うものではなく、その親たちが、それをしなければならないのだが、これがこうした躾
(しつけ)まで塾が遣らされるとんでもない状態だったのである。

 ただ不思議なのは、この悪ガキどもが、上原小夜子だけには何も手出しできないのであった。
 彼女が近付くと、どの悪ガキも緊張ぎみに、表情が引き攣
(つ)り、上原の言うことは意外にもよく聞くのである。急にお行儀が良くなるのである。悪ガキどもが突然変異して、急にお行儀のよい“お坊ちゃまクン”に変身するのである。

 美貌の母親似の上原小夜子は、美人であったから、奴らにとっては天敵だったようだ。
 とにかく彼女が傍
(そば)に来ると、異常に緊張するのである。赤面までするガキがいた。
 人間は、「美人に弱い」という盲点はあり、男の場合は半分以上が弱いことを露呈する。
 悪ガキどもの天敵としては打ってつけであった。

 しかしこの天敵も、家内と気が合っている間は残ってくれて、越後獅子をやってくれるであろうが、これもいつまで続くか分からなかった。悪ガキのストッパーになっている彼女も、いつ去って行くか分からないのであった。
 掃き溜めから鶴が飛び立つ日も、そう長いことではあるまい。
 私が活動する場は、もう習志野には無いような気になりはじめていたのである。私の肚
(はら)の内には、いつも「汐時計算」の前倒しがあったようである。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法