運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
壺中天・瓢箪仙人 1
壺中天・瓢箪仙人 2
壺中天・瓢箪仙人 3
壺中天・瓢箪仙人 4
壺中天・瓢箪仙人 5
壺中天・瓢箪仙人 6
壺中天・瓢箪仙人 7
壺中天・瓢箪仙人 8
壺中天・瓢箪仙人 9
壺中天・瓢箪仙人 10
壺中天・瓢箪仙人 11
壺中天・瓢箪仙人 12
壺中天・瓢箪仙人 13
壺中天・瓢箪仙人 14
壺中天・瓢箪仙人 15
壺中天・瓢箪仙人 16
壺中天・瓢箪仙人 17
壺中天・瓢箪仙人 18
壺中天・瓢箪仙人 19
壺中天・瓢箪仙人 20
壺中天・瓢箪仙人 21
壺中天・瓢箪仙人 22
壺中天・瓢箪仙人 23
壺中天・瓢箪仙人 24
壺中天・瓢箪仙人 25
壺中天・瓢箪仙人 26
壺中天・瓢箪仙人 27
壺中天・瓢箪仙人 28
壺中天・瓢箪仙人 29
壺中天・瓢箪仙人 30
壺中天・瓢箪仙人 31
壺中天・瓢箪仙人 32
壺中天・瓢箪仙人 33
壺中天・瓢箪仙人 34
壺中天・瓢箪仙人 35
壺中天・瓢箪仙人 36
壺中天・瓢箪仙人 37
壺中天・瓢箪仙人 38
壺中天・瓢箪仙人 39
壺中天・瓢箪仙人 40
壺中天・瓢箪仙人 41
壺中天・瓢箪仙人 42
壺中天・瓢箪仙人 43
壺中天・瓢箪仙人 44
壺中天・瓢箪仙人 45
壺中天・瓢箪仙人 46
壺中天・瓢箪仙人 47
壺中天・瓢箪仙人 48
壺中天・瓢箪仙人 49
壺中天・瓢箪仙人 50
home > 壺中天・瓢箪仙人 > 壺中天・瓢箪仙人 19
壺中天・瓢箪仙人 19

人は何故か桜の花に惹(ひ)かれる。
 それゆえ誰もが桜な花を好む。私も例外でない。
 春の満開の桜が好きである。

 この世の憂さを「花は桜木、人は武士」の俚諺
(りげん)で誇りを恢復させてくれるからである。一斉に花を咲かせ、またその咲いた花の散り際の良さに潔さを感じるからである。
 しかし、日本人がこうした桜への愛着を示したのは、江戸中期以降の近世に入ってからと言う。


●妖怪退治

 《天は、その人に大任を与えんとするとき、これでもか、これでもかと苦しめる……》
 人生ではそういう状況が出現することがある。天に験
(ため)されている時などは、こうした状況が出現するようである。
 例えば、「孟子曰
(いわ)く、聖賢は困窮し、天其(その)志を堅くす。次賢は威激し乃(すなわ)ち其慮(おもんばかり)を奪ふ。凡夫は佚楽(いつらく)し、以て喪亡に至る」である。
 天命とは、天とはそうしたものだろう。孟子の『受任者』に出てくる言葉である。
 黙して、ただ耐えよとある。そこを天が見ていると言う。見られている方は、どうするかが問題である。
 どんな状況下にあっても、自分一人でない。自分と、自分を見る者がいる。天である。天は見ている。

 次の朝のことである。
 昨日のように午前7時に、塾に出掛けるはずであったが、頭痛がして頭が重かった。質問攻めでストレスも伸
(の)しかかっているようだ。そして、塒(ねぐら)でぐずぐずとしていると、明林塾から“使い”が来たのである。よく知っている塾の男子生徒である。
 「塾からお使いですよ」
 家内がそのように伝えて来た。
 その使いは、塾生募集時、春期講習のチラシを宅配してくれた中学生の塾生だった。越後獅子の参加者である。
 その生徒の話によると、塾でトラブルが起こっていると言う。妖怪・上原小夜子が猛威を揮っていると言うのである。
 上原は塾では「妖怪」と渾名
(あだな)されいた。講師も塾生も認めるコードネームである。上原自身はこれを認めた訳ではないだろうが。
 急いでネクタイを締め、背広の上着を掴んで塾に急行した。
 《大変だ。妖怪が暴れている》私の裡
(うち)に響いて来る危険のシグラルであった。

 塾に到着すると、上原が東邦大のアルバイト講師のH君を捕まえて、質問攻めにし、こてんぱんにしているところだった。恐ろしく猛威を揮っていた。またH君は、妖怪に魅入られて好きなように料理されているのである。
 春期講習2日目で、早くもトラブル発生であった。そして上原自身は、質問に応えられない講師を前に、悦に入った優越感に浸っているのだが、問題はアルバイトの講師だった。身も蓋もない状態にされているのである。このままでは塾の名誉が失墜する。
 一刻も早く阻止せねば……。
 個別指導は、こういう妖怪じみた問題児に対処する解決策がこの時代、まただ研究不足だった。対策はそれぞれの講師の力倆
(りきりょう)に任されていた。

 講師が、彼女から突き付けられた数学の難解な入試問題に頭を抱え込み、苦悶
(くもん)している。実に哀れな逆転現象が起こっていた。
 上原はご丁寧に、バイト講師に、逆に解説をするという傲慢
(ごうまん)ぶりだった。
 彼女の顔には、悦に浸る喜びが浮いていた。嫌な性格の娘だった。
 これでは下克上である。講師のH君の自尊心は丸潰れだった。面子も何もなかった。この場は何とか、高飛車な上原を鎮め、宥
(なだ)める以外なかった。妖怪の怒りは鎮めなければならない。怒れる魂を慰め鎮めるしかない。
 そして、講師の学生アルバイトのH君は、東邦大学理学部物理学科の今年度、四年生だが、上原の鋭い質問攻めに遭
(あ)い、実に哀れだった。

 「H先生。ここは私が代わりましょう」
 私は塾内では、講師がアルバイトの学生でも「君付け」で呼ばない。
 講師としての人格を認めているからである。君付けで呼べば塾の生徒からも甘く見られる。講師間は互いに尊敬の念をもって呼称することが大事なのである。
 そしてH君を他の生徒に振り分けた。
 たった今までH君が座っていた講師席に私が座り、上原の顔を見ながら「どうしました?」と訊いたのであった。

 上原は私の顔を見るなり突然大声で笑ったのである。私の貌に、十字砲火を浴びせられる恐怖が貼り付いているとでも検
(み)たのだろうか。あるいは怯えているとでも……。
 妖怪に似た奇妙な嬌声
(きょうせい)が教室中に響き渡った。卑しい受験商売を嘲(あざ)笑っているかのようでもあった。
 これは彼女の誘導尋問なのだろうか、あるいは何かの策か。または別の魂胆があって哄笑
(こうしょう)したのだろうか。
 既に、並みの講師を呑んでいた。波では太刀打ち出来ない。世の中には弱年ながら、この種の妖怪が存在しているのである。凡夫には見当のつかない妖怪である。

 私も、彼女の哄笑に合わせて、大口を開け、負けずにバカ笑いしたのだった。そのバカ笑いの凄まじさに、彼女は逆に度肝を抜かれたようだった。一時、驚愕
(きょうがく)の余韻(よいん)から脱しきれずに唖然としたようである。純粋に、雷にでも打たれたような驚きであった。

 私は《これで、よし》と思うのだった。
 ついに、この娘に私の霊的な雷
(いかずち)として《山林木石(さんりん‐ぼくせき)から生ずる魑魅(すだま)を見せつけてやったぞ。策に嵌まった》と思うのである。山林木石の魑魅は怕(こわ)いのである。夜叉如きの妖怪に負けてたまるか、そういう気負いがあった。地獄を見てきたオヤジが高が十七、八の小娘に舐(な)められてたまるか。その自負がある。

 彼女は私に、得体の知れない異次元の「何か」を見たというふうな貌をした。
 一瞬この娘は、私を「徒者
(ただもの)ではない」と検(み)たのだろう。物の見事に、私から読まれたものを感じたのであろう。

 「上原さん、この辺でバカ笑いは止めてはどうです、今日は天気もいいから、開花した桜でも見にいかないか?」
 私は、こう切り出したのだった。
 第一ラウンドは引き分けたとして、第二ラウンドの戦闘ステージは変える必要があった。
 同じステージで遣り合っていたら、何れは彼女のペースに巻き込まれて遣り込められ、間違いなく敗北するだろう。その懸念があった。ひとます戦闘ステージの場所替えが必要なのである。
 一瞬、上原小夜子は「はァ?」と首をひねり、美しい貌を歪
(ゆが)めたが、遂にそれに観念したのか、私の後を蹤(つ)いてきたのだった。そしてこの日、花を咲かせはじめた習志野公園に彼女を誘ったのである。
 桜は八分咲きから九分咲きと言うところであったろうか。やがて満開を迎えつつあった。狂い咲きと乱舞の一歩手前であった。

 公園に着くと、空きベンチに腰を下ろし、その横に彼女を座るように促した。
 「春はいいなァ、桜の花も咲いて……。桜は艶やかでいい」
 そういう感想を洩らしながら、私のような人間の生活がこんなに惨めなのに、そうして自然界の桜はこんなに艶やかに見事に開花するのだろう。この格差は何とも皮肉なものであった。
 「?…………」
 彼女は無言のまま聞いていたが、私の中身を疑っているらしい。
 「だが、やがて桜は狂い咲きする。狂ったように咲き、狂ったように散る。桜の花は潔く散るのではない。潔くでなくて、狂い散るのだ。散る時は狂いに狂う」
 「先生、何を言っているのですか?」それは私の正気を確かめるような口振りだった。それは《この人、頭は確かなの?……》という蔑視があった。
 彼女は、私の「狂い咲き」の言葉に飛びついたようだった。《よし、うまく食い付いたぞ》と思ったのである。

 「見たまえ、この桜の咲き乱れ態
(ざま)を……」
 私の眼には、桜が狂い咲き始めているように映ったからだ。
 「はァ?……」彼女は私を計りかねて、首を傾げるのだった。
 「やがて、この花は狂い咲きする」
 「どうして?……」
 「桜とは、そういう花なんだ。最後は狂うんだよ。狂って散る」
 「?…………」私への正気を疑う態度は、まだ崩されていなかった。

 「先の大戦、つまり大東亜戦争のとき、桜は出征兵士の若者を狂わせた。その犠牲者が、みな若い特攻隊員だった。彼らは人生そのものを充分に観る機会も与えられず、若い生涯が絶たれた。出征した青年達は短い一生で潰えた。桜が狂い散るように南方の海に散華
(さんげ)した。残酷と思わないか」
 私の親族に特攻隊員がいた。
 陸軍航空隊の九九式双軽爆撃機
(この機には操縦士と航空機関士の2名が乗らなければ飛ばせない。大戦末期は800kg爆弾を積んで特攻専用機となった)の搭乗員で、航空機関士として南の海に散華した23歳の伯父が居た。母の何番目か下の弟であったという。私はこの叔父を写真でしか知らない。

 「いったい何が言いたいのです?」きつい眼で睨んだように言うのであった。
 「今は受験戦争が受験生を狂わせている。戦争と名のつくものは、みな残酷である。残酷なものは人を狂わせる。
 “桜咲く”とか、“桜散る”とか言ってね。この意味、分かるだろうか?」
 私はそう問い掛けるのだった。
 「ええ」
 「君は、どちらの桜が好みなのか?」
 「勿論、咲く方です……」
 「だけど桜は散るんだ。散るのが桜の宿命なんだ。最後は狂い咲きして狂うんだ。咲くのは、ほんのご愛嬌で、一時の見せ掛け」
 「どうしてですか?」
 「考えてもみたまえ、桜の遺伝子の中には、美しく咲くより、美しく散る情報の方が多く盛り込まれているんだ。だから最後は散る

 「?…………」

 「分からないかね。樹木というのは遺伝子の中に、子孫を残す情報がいっぱい詰まっているんだ。しかしその遺伝子情報は、弁証法的に、左・右、正・反・合と彷徨
(さまよ)いながら、無限・永遠に発達を続けるものではないんだよ。
 昨今のように科学的などと云う言葉が持て囃
(はや)され、西洋流の自然科学が体系付けたものを科学的と言うらしい。ところが、ここには科学云々でなく、科学者とか専門家と言う連中が絡んでいて、間接的には彼らが政治に介入して、政治を丸ごと動かしているというが、今の世界の実情なんだ。この世界を物質至上の世界と言うらしいがね……」
 「論旨の意味がよく分りまん」駄々をこねるように拗
(す)ねた返事であった。
 あるいは私に、《ふざけては困る》とでも言いたいのだろうか。半分は呆れ顔で睨んでいた。

 「まあ、いいから聴きなさい。
 この現象界は矛盾の世界なんだ。矛盾で覆
(おお)われた世界なんだ。どこまでも無限に発達を遂げられるという、そういう世界ではないんだ。相対界なのだよ、作用に対して反作用が起こる。分るかね?」
 「?…………」

 私の論旨は、どこまで彼女に通用するのだろうか。
 しかし、一旦口から出た言葉は、もう止めようがなかった。私の悪い癖は、一度言葉が漏れると矢継ぎ早となって止まらないのである。
 「また、矛盾こそが世の中の姿なんだ。この世の森羅万象は、矛盾世界において直線的あるいは平面的に発達するわけじゃない。立体的に、遠心的に、加速度的に膨張拡大するのであって、それが極限化すれば、最後は破裂し、分裂し、崩壊し、そして消滅する」
 「?…………」
 彼女は何を言ってるのという貌を崩さなかった。私の真意を測りかねているようだった。

 「ところが、消滅し終えた極限を超えたところで、再び反転が起こる。有が無になり、一旦は消滅したかに思えた無から、再び有が起こる。これまでの右回りは逆転をするんだ。宇宙が膨張と収縮を繰り返している証拠だ。
 極限まで右回転した膨張エネルギーは、行き着くところまで行き着くと静止が起こり、次は左回転して元の位置の戻ろうとする。消滅した筈のものが、あるいは無に帰した筈のものが、反転という反作用を伴って、求心的に収縮をはじめた後に、凝結方向に向かい、そこから再び姿を現す。
 有形のものは、その発展において行き着くところまで行き着けば、“極
(複素関数の特異点)”を極めた後、極小へと向かい、分解して無に帰する。
 しかしだ。この無は凝結して再び有となり、また姿を現す。現象界にあるものは、その繰り返しをしているのだ」
 「先生も矛盾した言葉の羅列を並べるのがお得意ですね。まあァ、お上手ですこと」
 実に冷ややかな大仰
(おうぎょう)な言い方での相槌(あいづち)であった。鼻先で嘲笑した観があった。バカにしているとも採(と)れる。
 だが私は頓着しなかった。
 私も狂い始めれば、狂うだけ狂ってみせるしかない。

 「したがってだ。桜の花も咲き乱れ、咲き狂い、その後に散っていく。それはあたかも、日本列島を襲撃する台風が、太平洋西部および南シナ海に発生して熱帯低気圧となり、それが次第に発達し、大気を収束して渦巻き状となり、荒れ狂いながら膨張・発達する。そして日本列島に上陸して甚大な被害を齎
(もたら)す。
 しかし膨張後は分裂し、消滅していく状態となって終熄
(しゅうそく)する。
 自然界は法輪的発達、あるいは台風的発達というものがあって、この人類を構成する人間界も、結局は破滅への発達であることには変わりないんだ。
 ここで問題になるのは、破滅への発達を、どのような形を辿って崩壊するかなんだ。
 つまりだ、人智の崩壊と生命と物質の崩壊だ。更に“極”を極めれば、最後は破綻
(はたん)する」
 「まるで、見てきたような講釈師ですね」
 彼女に冷ややかな註釈は威力を失っていなかった。
 それだけに、どこか妖怪じみた要素の片鱗
(へんりん)が早くも正体を現していた。

 「しかし、こうしたプロセスを辿る自然界であっても、速度の遅い早いはあろう。そこで人間は、何をなさねばならないのかを考える問題が生じてくるんだ。
 現代の世は、何を為
(な)すかが不明瞭だ。その不明瞭が災いすることもある。
 例えばだ、膨張・発達する、あるいはそれを叩き台にして発展して行く。しかし発展なんか永遠のものでない。いつか破綻
(はたん)が待ち構えている。
 一般にはねェ、発展ということ一つを取り上げても、政治家が科学者や専門家の意見を仰いで、政治に反映させていると考えられがちだが、実際はそうでない。科学者や専門家の意見がそのまま政治を動かしている現実もあるんだ。それが文明社会の偽わざる実体だ」

 私はこの時期、今日の科学技術は産業のために適用され、それは直ぐに経済に反映されるであろうということを薄々感じ取っていた。世の中は経済によって政治に大きな影響を与えるであろうと踏んでいたのである。
 つまり科学者や科学技術分野の専門家は、裏で政治に連動しているルートの上に自分達の立場を確立したと検
(み)て居たのである。そして、今や経済と政治は連動し、その連動に裏で天蚕糸を曳いているのが科学技術の当事者と推測していたのである。

 この種属は、もはや単なる意見の発言者ではなくなっていたのである。つまり多大に影響する影響者の立場を確立してしまったと言うことになる。
 私はこのとき「昨今の物理学は急激に難解になってしまった」という感想を抱いたことを覚えている。それは物理学に数学が持ち込まれ、奇
(く)しくもスティーブン・ホーキングが宇宙を知るただ一人の男として擡頭した時と符合するのである。
 おそらく世界は数学分野をもって物理学の世界を誘導して行くであろうと言うことを予感したのである。そしてそれは、併せて未来への懸念でもあった。

 「発展・膨張・拡大を続けるこの文明社会は、やがて崩壊に向かって破綻するということですか?」不審そうに聞き返した。
 「そうだよ」
 今度は私が喰い付いたことに相槌
を打っていた。

 「いったい先生って何者なんです?物理学者なんですか?それとも、哲学者なんですか!」
 厳しい切り返しだった。まるで噛
(か)ませ犬であった。
 「私は御覧の通り、一介の塾屋のオッサンだ。大した人間ではない。大した学もない」
 私がこう言い放つと、一見彼女は、軽慢
(きょうまん)の笑みと侮蔑(ぶべつ)の表情を漂わせながら、「その大した学のない人が、どうしてわたしに構うのですか?」と、切り返すのだった。それは大人に対しての軽蔑の眼であった。大した天の邪鬼である。

 「君が自己矛盾で混乱しているからだ」
 「自己矛盾?……、わたしが自己矛盾ですって?冗談じゃありませんよ」厳しい顔をして、嘲笑半分に拗
(す)ねてみせた。
 しかし彼女を能
(よ)く検(み)ると面長の美形で、睫毛(まつげ)の長い、なかなかの愛くるしい表情をする娘であった。これが本来の姿なのであろう。
 その姿が、また大人の女と少女の実像を相半ばしていた。
 「頭のいい君のことだ。膨らむ風船の結末はどうだろう?……、永久に膨張し続けるだろうか。確かに膨らんで容積を増加させようが、膨張率などと言うのは増加する容積の過程であって、その行き着く先は破裂であり、最後は消滅なんだ」
 「やがてエネルギー効率を悪化させるからですか?」
 「そう、一旦膨張が始まると、その発展の行方は、加速度的に悪化して行くだけだ」
 「それも加速度的に?……」それは本当?……という訊き方だった。

 「最初、人類は天の火を手に入れたと言われる。それがやがて日本では、囲炉裏のような火になった。これで煮炊きし、あるいは夜の灯
(あかり)をともす役割をしたかも知れない。
 次に火は、水車による発電の灯に変わり、水力の利用は火力発電へと変わった。更に、原子力発電が巨大なエネルギー源になるという妄想を抱き、今日では、それにすっかり夢中になっている。
 しかし、この方向に走ることは、滅びのスピードを加速度的に速めているだけなんだ」
 「どうしてなんですか?」
 「考えてみたまえ。原子力発電に要するエネルギー総量と、生み出されるエネルギー総量の比がどうなるかを……」
 「……………」
 「アホな科学者どもや専門家と言われる連中は、例えば物理学の名において、科学的という言葉を巧みに使いながら、実は加速度的に悪化する現実に目をつぶり、内部矛盾を蓄積し、増大させているだけなんだ。それは“極”に達し、炉心熔融
(melt down)を起こす臨界点に達すると、やがては爆発の危険を招くわけだ」
 「でも、原子力エネルギーが枯渇
(こかつ)すれば、太陽エネルギーを利用すればいいじゃありませんか?あるいは風力や波力などもあります」
 彼女は反論的に言うのだった。それだけに知的レベルの高さが感じられた。

 「そうだ、誰もがそう考える。太陽エネルギーを利用し、あるいは風力や波力を利用すれば公害も起こらない。これだったら矛盾も起こらないから、そういう根拠を上げて、その方向に導こうとする。そう断言する科学者やその道の専門家もいるようだ。
 ところが、エネルギー効率の低下は免れない。またコスト面もある。結局、エネルギー効率という面では、同じ愚を犯して、破綻へと向かうことになる。こうなると、人類の破滅は加速度を増すばかりだ。そう思わないかね」
 「これまで人間が探り当てた真理は、絶対真理ではないということですか?……」と、半信半疑に聞き返すのだった。

 「実はそうなんだ。価値観の大転換に気付かない限り、この問題は解決しないだろうね」
 私は鼻の下を指で擦りながら答えていた。
 「……………」
 「現代人は人間が何を為
(な)すべきか、全く理解していない。盲信的に、盲目的に、突進するだけ突進して、流行やファッションに肖(あやか)り、滅びの加速度を早めているだけなんだ」
 「未来は、そこに辿り着くというんですか?」
 「そうなる、必ずそうなる。今はその延長線上に昨今のような思い上がった現代人がいる」
 「……………」
 「私の言っていることが、単なる“世迷
(よ‐まよ)い言”と思うかね。それとも高慢な大ボラ吹きの話と思うかね」
 「人間は、為
(な)すべきことを見失うことから破綻が始まる……、そう言いたいんですか?」
 「そうだよ。君は、いま何を為すべきだろうか?……」
 「……………」
 「辻褄
(つじつま)の合わない、自己矛盾に陥っていないだろうか?……人生の貸借対照表は、実によく出来ていて、最後はきっちり辻褄が合うようになっているんだ」
 彼女が私の言葉をどこまで理解したかは知らないが、その深刻な表情は、何かを考え、いま何を為
(な)すべきか、考えているふうだった。私は彼女を説得したのでなく、彼女の知的レベルの高さに問い掛けただけだった。その質量を量ろうとしただけである。
 このとき私は、彼女を一旦教室から切り離し、啀
(いが)み合いや鬩(せめ)ぎ合いの戦闘スレージの場を変えるために習志野公園に連れ出し花見見物と洒落込んだ。しかしこれを決して無駄とは思わない。むしろ効果は甚大と検(み)たのである。

 「桜の花、艶
(あで)やかで美しいけど、何だか悲しい……」彼女は、ぽつりと言った。
 「ほーッ……」私は興味津々で訊き返した。
 「花を咲かせ、やがて狂い咲きし、最後には桜吹雪となって散っていく……。花だけを見ていると美しいけど、散るのは、やっぱり悲しい……」
 彼女の心の中に、何の「寂しさ」が荒れ狂っているのだろうか。
 この愛くるしい貌の側面に、何が張り付いているのだろうか。あるいは荒れ狂わねばならない、寂しさの残像の正体は、いったい何なんだろうか。この娘は、本当は寂しいに違いない。私はそう検
(み)たのである。

 「日本人が、花見を遣る習慣が起こったのは、江戸時代中期頃からだそうだ。それまでは桜の花は不吉なものとされていた。
 特に平安時代は、桜の花は不吉なものとされ、桜に樹の下には死体が埋められていたそうだ。桜の樹はその屍
(しかばね)から養分を吸って、花を咲かせていたというんだ。桜の花が美しいのは、死んだ人間の肉体を養分として、美しい花を咲かせたと言うことになる。
 見事に開花した桜の花弁の一枚一枚には、人間の死体から吸い取った養分が、肥料として遣われ、それで花咲かせたと言うんだ。その花こそ、怨念の象徴であった。だから桜は不吉な花ということらしい。
 しかし時代は変わるものだ。これも近代に価値観が変わったからだろうね」
 「美の価値観って、時代とともに変わるものなんですか?」
 「そうさ、変わる。いつまでも同じものじゃない。同時に人間も変わる。いいか、悪いか、その方向性は別としても、人間も変わるものだ。だから君も変わる必要がある。そうではないだろうか?」

 「そうですねェ……」
 その返事はしおらしかった。まともな相槌である。何かが変化したように思えた。
 人は、何らかの短い言葉で突如豹変するようである。この娘にも「君子は豹変する」の機能が備わっていたようである。
 「私は塾がある、しがない塾屋のオッサンだからね。バイトの学生だけに任せられない。さあ、君も教室に戻ろうじゃないか」
 そう促すと、彼女は、こっくりと頷
(うなず)き、無言で教室へと戻って行った。
 私の説得が効果があったとは思わない。しかし何か変化があったようだ。
 人間は変わるものである。
 その変化が訪れるのは、どうも突然に来るらしい。徐々に変化をするのではない。ある日突然、あたかも特異点
(ターニング‐ポイント)によって急激に変化が起こるらしい。
 そして、愈々
(いよいよ)これからが妖怪退治の正念場だった。

 習志野公園から帰ってきた後の上原は、実に従順だった。控えめなる慎みがあった。
 その従順さは人が変わったような……と形容していいくらいなものだった。果たして回り舞台の“どんでん返し”が起こったのだろうか。
 変化した……、そう思ったのである。
 しかしそれは、同時に、これまでの気勢が削
(そ)がれたような、そんな従順さだった。
 よく考えると、実に上原らしくない姿だった。時々見ていた彼女の貌とは全く違っていた。
 一気に覇気が失われたような、湿ったマッチのような、そんな湿りっ気のある状態になっていたのである。
 いつも質問をぶつけて、講師を追い詰めるのも困り者だが、こうして覇気のない状態になって、急変するのも、何故か心配になるのである。

 これを「年頃」と言うのだろうか。
 あるいは、この年頃に見られるような、世間ではよくあることなのだろうか。
 “急変”……。
 それはよくあるような、“女心と秋の空”という、そうした急変なのだろうか。
 それにしては、季節はまだ秋には早いのだが、上原の物思いに耽るような、そんな翳
(かげ)りのある貌は実に上原らしくなかった。
 何処かに昏
(くら)いものが漂っているように思われた。その翳りが時として、これまで“講師泣かせ”の妖怪変化を遣っていたのかも知れない。
 これまで掛かっていた呪詛
(じゅそ)が解かれたのであろうか。
 さて、彼女も解脱を謀ったか。私の感想であった。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法