運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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壺中天・瓢箪仙人 12

深閑とした森の中も夜には、山林・木石の精気から生ずるという魑魅魍魎が顕われると言う。
 「魑」は虎の形をした山神、「魅」は猪頭人形の沢神である。山林の異気から生ずるという妖怪が棲むと言う。
 人智では確認出来ない。肉の眼には映らない。
 だが、妖怪は森閑とした森の中だけでない。人間界にも紛れている。肉の眼には見えないだけである。


●妖怪退治事始め

 私を憂鬱にさせて塾生は上原小夜子(仮名)という。
 今年度より高三になり、塾内では札付きの「質問魔」で知られ、講師たちからは非常に嫌がられていた。
 否、恐れの域に達して怕
(こわ)がられていた。そのうえ面(貌)がいいので、更に小憎らしい。
 進龍一によれば、母親も大層な美人と言う。
 だが質問魔で知られる彼女は、塾生きっての要注意人物であった。
 彼女は一問、二問を訊くのではなく、次から次へと矢継ぎ早に連続攻撃を浴びせ掛けるのである。そして講師を験す。
 私の頭の程度まで試験する。難問対策に対して、実力のほどを窺
(うかが)うのである。その卑下する目が異様であった。その視線がまた冷ややかであった。
 劣者を見下した、嘲笑する視線である。このタイプに多い眼をしていた。

 講師のデスクに来て、彼女からの難解な質問をされるのを誰もが嫌がっていた。恐れていた。
 その恐れられ方は、あたかも夜叉
(やしゃ)を見る如き……であった。
 この夜叉
(やしゃ)に、講師の多くは怯(おび)えた。戦慄した。質問攻めで敗北するからである。そして疲れがどっと襲ってくる。重なれば病的なストレスまで発症する。
 しかし私の場合は、看板を背負って春期講習を主宰しているのである。
 敗北した講師は無力を思い知らされて自信を喪失し、去ればいいが、私はそれが出来なかった。逃げ出せない。逃げずに踏み止まり、徹底的にわが陣営を守ってみせなければならなかった。尻を巻くって途中で投げ出す分けにはいかなかった。

 この女生徒は、自分で解法を知っている数学や物理の難題集を持ち込んで、わざと私を困らせ、そして悩ませる。散々悩まで面白がる。あたかもこれを生き甲斐にしているかのようであった。そのターゲットに私が選ばれていた。
 この春期講習では、要するに「私を試験すること」を自分の細やかな楽しみにしている女生徒であった。この日も、上原小夜子にさんざん悩まされ、苛められ苦しめられていた。
 毎日が苦戦であった。これが講習期間中続くのである。

 だがそれだけではなかった。
 この間隙を縫
(ぬ)って……と言う珍騒動が起こる。
 上原小夜子の質問攻めが何とか一段落ついたら、次の問題児が遣って来る。矢継ぎ早である。
 今回の春期講習に参加した高二女子である。父親は私大の教授と言う。
 この生徒は粘っこく絡み付くのである。妖艶で甘ったるい聲
(こえ)で、いかにも誘惑でもするように勉強外のことまで訊くのである。それがまた粘り着くような眼であるから、なぜか肉欲的に迫るのである。家で、親に相談しろと言いたくなることまで訊いて来る。
 そうかと思うと、突然難問のテキストを開いて質問をする。何ともそのギャップが烈しい娘であった。深層部に性格異常者のようなところも窺えた。
 そして、これで一件落着かと思えば、次に、人懐っこい仔鹿のような眼をした中三女子が、有名私立の問題も持って、すかさず割り込んで来る。
 この三つ巴は、まるでモグラ叩きだった。
 こうして一難去って、また一難が連続するのである。

 彼女らの質問攻めで同学年の横の揺すぶりだけでなく、今度は学年を越えた上下左右に揺すぶられた後、次はアルバイトの講師間での揉
(も)め事が起こるのである。
 つまり地方からの出身者である彼らの多くは、春休みという時期を帰省に充てたり、行楽地への旅行やレジャーに割り振ったりしているのである。その日程併せに一悶着があり、その割り当てに些細ないざこざが起こったりする。相互間のスケジュールと休暇期間の日程が合わないのである。
 この世代は「新人類世代」であったから、自分を後回しにして、他人に譲ると言うことを知らない世代であった。昭和30年代後半から40年代前半に生まれた世代である。
 私は生徒の質問攻めで悩まされ、他方でアルバイトを遣う経営者として悩まされていた。
 時々自分が「何の因果で塾のオッサンなんぞに……」と恨めしくなったりするのである。

 こうした日が、あと13日間も続くのかと思うと、前途にうんざりとしたものを感じ始めていた。暗雲が垂れ込めたように私の心を暗くした。あいつら三人が居なければ、どんなにいいだろう。
 しかし“濡れ手に粟
(あわ)の春期講習”が、途端に幸先の悪いものに変わろうとしていた。
 いいことばかりは、そう長く続かないものである。
 やはり好事魔が多しか……などを自分を呪ったりする。

 夜十時半過ぎ、パチンコ屋が閉まる頃、それから暫
(しばら)くして進龍一が塾に戻ってくるのである。陣中視察と言うところであろうか。
 流石に夜十時を過ぎると塾生も疎
(まば)らとなる。零時までの塾生は午後九時から連続で零時まで講習を受ける生徒か、十時半で帰宅するかの生徒に分れ、十時半で終わる生徒は帰宅準備をして親の迎えを俟つのである。
 「宗家、今日はどうでしたか?」と、教室に入るなり、こう訊
(き)くのである。
 奴は、最初から上原小夜子の実体を知っていて、春期講習から手を引いたのかも知れない。その真相が徐々に分り始めた。まんまと、奴の手に乗せられた気がして来たのである。

 私は頭を振りながら、「本当に重労働だ。質問攻めで、もう、くたくただよ。これがあと三日も続けば、過労死するかも知れない……」と、答えるのがやっとだった。
 「だからいったでしょ、世の中、甘くありませんよ。宗家が思うように簡単には運ばないものです」
 野郎は笑みを綻
(ほころ)ばせていた。私の苦戦を楽しんでいるようだった。
 「全くだ」
 「宗家はお人好して、根が単純ですからね。そのうえ小心で、直ぐビビる。人から訊かれれば、何でも思っていることを正直に答えてしまう。そこがいけないのです。そこでボロが出てしまう」
 「反省しよう」
 この評は、中
(あた)らずと雖(いえど)も遠からずであった。それに似て五十歩百歩で、奴の言はよく言い当てていた。

 「宗家の場合はボロだけでなく、尻尾まで出てしまいますからね。化けた狸が尻尾を出しては間抜けも間抜け、超間抜けですよ。もっと要領よく、頭を遣わなくっちゃ……」
 尾羽打ちを枯らした敗軍の将には、罵倒も揶揄も烈しいようだ。バカと指摘されても聞く以外ない。
 「どう遣う?」
 「もしかすると生徒の学習指導も、訊かれるままに難問に真剣に取り組んで、散々頭を悩まし、受験生と同じ頭で難問に挑戦したのではありませんか?」
 「ああ、そうかも……」
 「それでは疲れるのが当たり前ですよ。もう少し要領よく、生徒自身に考えさせなきゃ。教える側が、難問と格闘しては何にもならないのです。生徒に取り組ませるのです。格闘するのは講師でなく生徒なのです」
 「どうやって実行させる?」
 「難問には必ず解答書があるか、解法へ導く解法冊子が附属されています。だから、最初から答を与えておいて、“解法や答を見ながら解かせる”のです。これが重要なポイントです。講師が難問に取り組んでは、疲れるばかりで、おまけに生徒のためにもなりません」
 「なるほど……」
 私は感心した。
 「頭を遣うのです、頭を……」
 「要するに手抜きだな……」
 やはり奴は天才だった。
 「違いますよ、個別指導の要諦です」
 「それって、自分の心に罪悪感を感じないか?」興味津々で訊いてみた。
 「どうして罪悪感を感じるのですか、そういうもの気にしていたら生きて行けませんよ。罪悪感もへったくれもありません。大事なのは今を凌ぐこと。また生き存
(ながら)えることです……。これ、サバイバルゲームの要諦です」
 紛
(まぎ)れもなく、奴は越後獅子の親方だった。天才である。
 親方の領分を弁えていた。笛を吹いて越後獅子を踊らせたり逆立ちさせればいいのである。したがって親方が踊ったり逆立ちをしては行けないのである。

 「生徒が難問に悩む、そして講師も同じ難問に悩む。この場合、果たして誰が漁父の利を得られるのだろうか」
 「そりゃ、難問集を考え出した著者と、商業路線に載せた教材出版社ですよ」
 これを聞いて私は思い返すことがあった。
 大学受験の頃の英単語の習得法は、専
(もっぱ)ら赤尾の『赤単』に頼っていた。
 そして思い出すのは、高校時代の女生徒が英単語を、リングの付いた札にして持ち歩き、これを順にAからZまで暗記していた。特に電車やバスの中では、そうした光景が多く見られた。
 更に、男女を含む大半が、EかFくらいのところで息切れし、殆どZまで進んだ者はいかなかった。これは効率が悪かったが、その方法しか知らなかったからである。

 ところが近年は、こういう不能率な勉強法が一掃され、世の中は英単語習得法に『でる単』が遣われ始めていた。そして、この『でる単』は売れに売れ、バカ売れしたことを聞かされたことがある。
 進龍一の言葉は、まさに、この『でる単』で忽
(たちま)ちベストセラー作家にあった、ある現役高校の教諭のことと共に重ね合わせて聴いていたのである。
 世の中は、腕力だけの力では捩じ伏せられないようになっている。武に代わり、文が要る。頭が要る。
 ゆえに「文武」の順は覆せない。文は、常に武の上に来る。
 文は首から上だが、武は首から下である。同じ人間でありながら、このように上下が分裂したのでは人としての価値が半減する。双方は分離させてはならないのである。
 だが文が、武を従えるのは世の中の常である。その最たるものがシビリアン・コントロールであり、民主主義デモクラシーでは必須条件である。

 「では、ここでの春期講習、果たして誰が利するのだろう。俺だろうか、それとも俺を巧く操ったお前だろうか?……」
 「それ、難問に苦しめられた仕返しですか」
 野郎はこれに答えず頬っ被りするらしい。
 「お前の超手抜き策に、心から感服しているのだ」
 「いやなこと言いますね。手抜きではありません。こういうのをフィードバックというのです」
 「ほーッ、フィードバック……か……。言い方がいろいろあるもんだ」
 更に感心したのである。

 この親方ならば、更に講師が楽するために、小学生には中学生、中学生には高校生、高校生には大学浪人生と、それぞれに持ち場と指導範囲を決め、アルバイトの講師は結局“ゼロ”にしてしまうだろう。
 それも、“フィードバック”などという調子のいい言葉を用いて、生徒に再復習を命じるだろう。
 原点に帰るという言葉を用いつつ、結果に含まれる情報を原因に反映させる策である。
 そもそもフィードバックなる言葉は、電気回路で出力の一部が入力側に戻り、それによって出力が増大または減少することをいう。饋還あるいは帰還ともいう。
 《越後獅子方式》はまさにこれであった。生徒に下級生を指導させて、自身ももう一度学習の遣り直しをさせるのである。
 ここが奴の天才たる所以
(ゆえん)だった。
 もう、これだけで一石二鳥である。

 しかし単に一石二鳥として浮かれてはいけない。
 これを似た方式を若い頃、鹿児島で見たことがある。
 そこで見たのは西郷隆盛が野に下り、明治7年6月、城山の私学校跡に創設された自彊学舎であった。

 思うに、自彊学舎の「自彊
(じきょう)」は『易経』(乾卦象伝)にある「天行は健なり、君子以て自彊して息(や)まず」から採ったものだろう。
 自ら自発的な学び勉め、励むのである。気高き指標である。
 此処では校区内の児童がいつも学舎に集まり、宿題などの学習や相撲ならびに柔道などに励んでいた。そして指導は此処の出身の青年や中・高生の先輩連が当たっていた。その中には社会人も居た。その人達は後輩の面倒を見るのである。上が下の面倒を見る、知育、体育ともに学び、教えるのである。いいシステムだと思った。
 その時、ふとフィードバックを連想した。教えを方も、教えることで学ぶことになるからだ。

 それに進龍一の遣り方は似ていた。
 単に漁夫の利として見逃せないのだが、しかし、奴の遣り方は金が絡んでいる。そこに巧妙な仕掛けがあった。その上前を跳ねて、漁夫の利を一石三鳥にするのが、進龍一の天才の天才たる所以で、もうここまでくると、既に塾商売の範疇
(はんちゅう)では聖域に到達しているといえた。
 奴の有難い木彫りの像でも造って、廟堂を建て、神様として祀
(まつ)られるに値した。
 何しろ、最後は金喰い虫の講師を無用にしてしまうからである。

 北九州での予備校時代には、代表取締役の私の月給は8万円で、監査役の家内も月給8万円だった。
 ところが、大阪から招いた有名予備校の名物講師は、時給が何と30万円であった。
 これは僅か二コマ90分で90万円を払うことになる。それくらい塾や予備校では講師に金が掛かるのである。
 それを講師無用にして、最終的には講師料をタダにする。
 こうなると神域に達していると言えるだろう。

 それだけ塾商売のネックになっていた金喰い虫の講師料の人件費が丸々浮いてしまうからである。まさに濡れ手に粟
(あわ)だった。
 ここに到達することこそ、塾商売の完璧なる理想郷と言えた。
 未来を先取りした「生徒自身が主体」になる新手の個別指導と言えた。その構造を着々と造りつつあったのである。

 しかし奴のしたたかなところは、私に上原小夜子を押し付けながら、彼女のことは避けて一言も訊かないのである。訊けば、「やぶ蛇」になることを充分に知っているからだ。
 この上原という女生徒は、奴にとってもお荷物なのである。奴にとっては触らぬ神に祟
(たた)りなしである。
 触らぬ神に祟りなしの神を、結局、私に振ることで自分は難を逃れたのである。まんまと為
(し)て遣られた観があった。
 上原はとんでもない疫病神だった。
 並外れて頭が極端に良過ぎるのである。その猛威は、手が付けられないほどであった。触らぬ神は、また荒れ狂う神でもあった。
 しかし分らないことが多い。塾教師以上に勝れた頭脳を持ちながら、なぜ塾通いするのか、それが解
(げ)せないのである。何も塾で勉強しないでも、持ち前の実力で東大合格が可能なのである。何故だろう。

 「そう、感心ばかしていないで、何か食わせて下さい」
 「どうして?」
 「どうしてって、言わなくても分かるでしょ」
 「スッたのか?あれだけドル箱を積み上げていて、あれを全部スッたのか?」
 私は驚きの声を挙げていた。あのままで辞めておけば、今日一日で6、7万円は稼げただろうに……。
 「そうです」
 「幾ら?」
 「今日は大敗北です。10万もスッてしまいました。大損害です」
 出玉を出した6、7万円を全部回収されて、更に追い銭を10万円も投じたのである。
 おそらく、もう少しで目的は達成されるところだったのであろう。
 だが物事は「いま少し」というところで逆転現象が起こる。うっちゃりを喰う。人生の常だ。
 目的達成を眼の前に見ながら、いま一歩でそれが思うに任せない。
 奴はそれを目前にしてスッてしまった。人生にはよくある、運命の気紛れである。

 奴も、慈善事業ではないパチンコ屋の策に嵌まって、“へぼ碁”をもう一番もう一番と遣ってしまったのである。深みに嵌まって行く運命のダイナミックの「うねりの恐ろしさ」である。これを甘く見てはなるまい。
 有頂天こそ凶事の心理であり、それに嵌まって誘導されると、最後は元も子もなった台無しになる。これで人生をしくじる人も多いようである。
 名人にしてこれである。賭け事と恐ろしさだった。

 私はこれを聴いて、非常に愉快になり、実に嬉しくなった。世の中でこんなに嬉しいことは滅多と起こらない。今日は何といういい日だろう。私にとっては吉日であった。

 私は嬉しさの余りに思わず口走ってしまった。
 「こいつぁ春から縁起がいいゃ……」つい歌舞伎調で言ってしまった。見得を切らないのがせめてのも武士の情け。
 「うム………」
 奴は直ぐ気付いた。
 「とにかく縁起がいい」
 これから先、もしかしたら「何か非常にいいこと」が起こりそうな気がして来た。
 私は、思わずバカ笑いしてしまった。質問攻めの憂鬱は、これでお返し出来たような気になった。何とも愉快であった。バカ笑いが疾ったのである。

 「宗家、バカ笑いはよして下さい。嬉しそうですね?そんなに私が大負けしたのが嬉しいですか?」
 「勿論だ!」毅然と言い放った。
 「私が10万もスッたのが、そんなに嬉しいのですか!」野郎は徐々に迫って来た。
 「ああ、そうだ。何とも縁起がいい」益々胸を張った。
 「そんなに威張られたら困ります」
 「いいか、考えてみろ」
 「なにを、です?」
 「あのなァ、人間というものは隣人や知人あるいは赤の他人が、例えば間抜けにも一旦停止違反などで、横着から起こった交通違反で警察にパクられてみろ。それは非常に嬉しいものだ。自分でない、ということが非常に嬉しいのだ。ラッキーなのだ、何かいいことが起こりそうで……、そう思わんか?……。これが縁起がいいと云わずに何と云おう」
 「嫌な性格ですね」
 「この頃は、あまり楽しみがないからな。人の“不幸”は嬉しいものだよ。これがささやかな娯楽になってしまってなァ……」
 「ますます嫌ですね」
 「そういうお前も、かつて俺が高利貸しからいたぶられているのを喜んでいた口ではなかったのか?」
 「滅相もありません。わが師匠が借金取りからいたぶられているのを見て、これを面白いと喜ぶ弟子が何処の世界に居ますか。とんでもない言い掛かりです」と言いながらも、その貌には綻
(ほころ)びが浮いていた。

 「しかし、俺は嬉しい。今日は愉快だ。何と言う吉日だ、未来が急に開けて来た。今からいいことが起こるぞ」
 「私が、10万もスッたからですか?」
 「それもある。だが、もっと嬉しいのは、世の中には“不幸現象”という、大方の人間が嫌がり、逃げ回る、不幸が実は“ラッキー”という裏返しの実情になっていることだ。
 それをお前の持論のフィードバックで思い出した。これは実に喜ばしいことである」
 「どういう意味です?」
 「いいか、例えば雪の日にだぞ、横着かまして、チェーンも巻かずに車を運転していてスリップし、前方の車両か何かにぶつけたとする。これは不幸と思うか、ラッキーと思うか?」
 「もちろん不幸です」
 「違う、ラッキーだ!」
 「何故です?」
 「考えても見ろ、車をぶつけたのだぞ。これには保険を使うか、使わないかは別にしても、自他共に修理代が掛かる。出費をしなければならない。それだけで頭にくる。
 今日は、ついてないと思う。この時の考え方だ。
 手抜きをして、チェーンを巻くのを省いたから車をぶつけた、だから次からは注意しよう。
 そして、よくぞ、これをこれだけの軽い事故で済んだ。今日は本当にツイていた。
 これを今後、よい教訓にしようと思うのと、ぶつけたことばかりを気にしていつまでもくよくよと考え、無駄な出費で損をした……と思うか……の違いだ。此処に価値観の違いがある。
 人間は、同じ失敗をやっても、二通りの考え方があるんだよ」
 私は『史記』
(南越伝)にある「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し」を説いたのである。
 これは奴の蔵書から学んだことだった。

 だが奴への総評は、これで終わったのではない。
 もう一つ肝心なところがあった。
 世の大半の凡夫の考え方は、おそらく此処までであろうが、“禍福は糾える縄の如し”の真意は、幸・不幸が交互に繰り返すだけのことを言っているのではない。その先がある。
 迂遠策で、巨大な有機的結合の藕糸は既にこの循環の輪の中しあった。それがまた妖怪退治事始めでもあったのである。
 妖怪も糾える縄の中に居たからである。



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