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壺中天・瓢箪仙人 8

平成3年頃の『伝習塾』と言われた学習塾。ここは戦前からある旧病院跡で、また旧明林塾跡だった。古き良き時代の仕事場兼住いであった。
 此処『伝習塾』では当時、素行問題児や学業不振児を指導していた。その担当が家内だった。
 振り返ればいい時代だった、そう思うのである。


●軍師の囁き

 なぜ家内に塾を遣らせることになったか。
 それには、此処に至るまでの深い事情があった。そのプロセスを順に追って進めて行くことにしよう。
 家内がかつて、私の塾の講師をしていたという、それだけの理由ではない。
 それを順を追って話さねばならない。そこに至る経緯がある。
 軍師をしていた進龍一の所為
(せい)である。奴の差金であった。
 いや、よく考えればそうとは言えない。
 つまり元を正せば、私の所為であろう。困窮がそう言う結末を招き、やがては「習志野所払い」を喰らうことになる。
 そういう運命は、奴の囁
(ささや)きから始まった。
 しかし……となる。

 この男、実に頭が能
(よ)く働く。併(あわ)せて智慧が廻る。状況判断が的確で、実に素早い。その男が囁いた……。
 さて、無視するか。その囁きを無下に退けるには惜しい。
 奴の智慧をよく遣いたい。生かして遣いたい。出来れば奴を専用物にしたい。それには、それだけの理由があった。
 頭の回転が早く、凡夫
(ぼんぷ)とは目の付けどころが違っていた。
 あるいは次元が違い、凡夫には気付かない何かが見えていたのかも知れない。その面に関しては天才的であった。
 「超」を付けてもいいくらいの、世にも珍しい逸材である。その点については「凄い」の一言に尽きよう。掛値無しで驚嘆すべきところがある。

 人の検
(み)て無いところを見逃さず、その欠点を指摘できる。この欠点指摘に、私も自身の欠点をズバリ暴露されて、自らを改める機会を得ていた。言うことは正論であった。
 そして、あるとき私を唆
(そそのか)すように耳許(みみもと)で囁(ささや)いたのである。
 それは智慧を、一ひねりした妙案であった。実に巧いことを言った。
 私としては、この案に乗るしかなかったのである。あるいは、そのように最初から練られていたのかも知れない。
 それは奴が企んだ春期講習であった。だが春期講習に、特別な仕掛けをすると言うことではない。
 虎の威を借りて、自分は手を汚さず、遊んで自塾の信用を得るようなことを企んでいたのである。策士である。
 当時私は奴の塾で扱
(こ)き使われていた。牛馬の如く使役されていた。

 他のオヤジ講師は二千円の時給、名物オヤジは三千円を貰っていたが、私はたったの千円であった。それは学生のアルバイト講師と同じ時給だった。その前は講師補という代用品扱いで、時給は五百円だった。それが平成3年に入って、渋々と言うか、やっと1000円になったところである。しかし、それでも安過ぎた。喰うためであるが、余りにも安売りした観があった。
 これに常々抗議をしていたのである。

 「なぜ俺を看板講師に据えない」
 私が訴え続けた抗議である。
 だが虚しかった。負け犬の遠吠えだった。
 看板講師は別に居たからである。
 奴が看板講師と称したこのオヤジは、現役の私立高校の教師で、専門科目の熟練者と言うことで三千円を貰っていた。
 私はやっと駆け出しの大学生のアルバイト講師と同じ時給になったばかりで、しかしそれにしては安い時給であった。
 苦笑しつつ、「俺がバイトのガキどもと同じ1000円とは如何なる理由か……」の、そういうことを洩らしていた時であった。
 その度に「もっと謙虚になって初心に帰って下さい」と去
(い)なされるだけであった。

 以前激怒して「何で俺はこんなに時給が安いのだ?!……。
 あのオヤジ
(現役私学の教師)だけ何で三千円なんだ」と文句を言ったら、「他の塾にでも鞍替えしますか。しかし今どき、宗家を時給三千円で雇う塾などありませんよ」などと抜かして、厭なら辞めろと仄(ほの)めかすのである。
 「宗家は落ちた犬です」
 この一言は大きかった。
 そう言われれば「何を……」と声を荒げて言い返せない。
 事実であったからだ。そこを指摘されれば黙って聞く以外ない。
 一方、そのくせ私を安く遣っておきながら、虎の威を借り切った狐然であった。
 そうなるとバカバカしくて遣っていられなくなる。次第に足は遠退いて行った。此処まで来ればコマが減ろうと、どうでもよくなっていた。
 「俺は遂に焼きが回ったな、ここまで足許を見られているとは……」と苦笑せずにはいられなかった。
 そして遠退くのである。それは少しばかり、食うに困らなくなっていたからである。家内と併せて何とか喰えていた。

 「近頃宗家は、うちの塾をあまり手伝ってくれませんね。何処か、いい仕事口でも見つけたのですか?」
 進龍一から、こう切り出されたのは、三月半ばのことだった。
 「そうだ」と言い返したい声が喉まで出掛かった。これを飲むのは難しいが、かの老子先生の忍従を思い出した。両行である。否定も肯定もしないのである。
 「好きなように解釈してくれ。見つかったと言えば嘘だが、そうでないということも否定出来ない」
 奴を煙に捲いてやった。さて、どう反応するか。
 本を読んだだけの甲斐はあった。今はその応用編を験
(ため)しているだけである。
 もう直、小・中・高生は春休みに入る頃だった。
 聡い奴は、この時期を見逃す筈がない。しかし、自分の手を汚さずに他人を使役するのが奴の専売特許である。

 「お前の塾を手伝ってもいいが、最近はコマが少ないからな……」
 その理由は分っていた。秘密兵器は越後獅子
(これについては後ほど説明)を遣うのである。
 「そうでしょうか、十分に配慮しているつもりですが……」
 恍
(とぼ)けてみせるが、少しばかり懐具合がいいからである。そのため新しく事務員まで雇っていた。
 「だが時給も安い。たったの千円では食えん。糊口
(ここう)が凌(しの)げん。それで作戦を練り直している。どうしたら食えるようになるのか、とな」
 「それでこの頃、いそいそと何処に出掛けるのですか?」
 「いそいそではないが、考えがあってな……」
 「何です、考えとは?……」
 「足許を見る名人のお前が、それを訊くのか」
 「そういう人聞きの悪い表現は止めて下さい」
 「戦略を根本から考え直し、俺がどうしてこういう目に遭
(あ)うか、その根本を追求し、糊口の凌ぎ方を考え直している」
 こう言うと、奴は“俟
(ま)ってました”と言わんばかりに口を綻(ほころ)ばした。

 「では考えついでに、今度、うちの塾の春期講習を主催してみませんか」
 あたかも釜を掛けるように、誘惑するように言うのである。
 「春期講習だと?……」
 「そうです。春期講習ごと、丸投げしますから、これを宗家がご自身で主催して、ひとつ派手に金儲けして下さい」
 「うム?……」
 巧い誘惑と思った。もう転びそうであった。
 「つまり、春期講習を仕切るのです」
 「お前は、俺に丸投げして、この期間中、どうするのだ?」
 「私には遣ることがあります」
 「つまりパチンコだな?……」
 こう指摘されると、それが奴のネックなのである。
 「そういうことを露骨に言わないで下さい。世間体がありますからね」
 「露骨に言わなくても、それだけで、もう立派に世間体を悪くしているではないか」

 「宗家も、この頃、人の揚げ足を取るのが上手になりましたね」
 「お前から学んだ」
 「私の蔵書を片っ端に読み漁
(あさ)って、何か論破する方法でも学んだのでしょう。宗家は中々したたかですね。
 最近は日本語の習得も進み、少しばかり文章力も上達して、随分と単語のレパートリーも増やしてらっしゃる。四字熟語なんて、今では私以上です。その辺が中々したたかで油断も隙
(すき)もない。最近の宗家の進歩は認めます。また凄まじい学習能力と修正能力にはシャッポを脱ぎますよ」
 「バカな感心はせんでいい。さっそく春期講習の話を聴かせろ」

 こうして、進龍一から丸投げされた春期講習を数日後、仕切ることになったのであった。
 その条件は春期講習二週間を20万円で下請けするから買えと言う。その下請け料を払えば塾を朝から晩まで、どう使ってもいいと言うことだった。総て解放すると言うのである。
 更にコピー機も、講習にかかる必要分を使って構わないということだった。奴はコピー費用を甘く考えていたのだろう。
 だが、私は“コピー魔”なのである。人の物は遠慮なく思い切り遣う。知らないうちが華であった。
 とにかく、二週間の講習を20万円で買ってくれということだった。
 時期は春であった。奴もこの独特の季節に浮かれているのである。
 二十四節気の啓蟄
(けいちつ)は疾(と)っくに過ぎた。
 今からは狐と狸の攻防戦である。春は穴から狐狸が野原に抜け出て格闘するのである。

 奴が狐で、私が狸……。
 狸は狐から化かされないために必死に防衛しようとする。口車に乗れば、笊碁
(ざるご)で生け捕られるように、かつての同じ轍(てつ)を踏み、有り金残らず生け捕られてしまう。慎重を期さねばならないが、無い袖は振ることが出来ない。袖を振るにも金が要る。そこで乗ることにした。
 「その話、乗った」
 しかし、絶対にしてはならない禁止事項もあった。

 「でも宗家、いいですか。私が何処に居ようと私の勝手です。このことを充分にお含み置き下さい」
 「ということは、パチンコ屋に塾名を出して、フルネームで呼び出しをするなということか?」
 「塾名も、“進龍一”という姓名丸出しも駄目です。習志野では“進”という名字は、私だけですからね。パチンコ屋で呼び出しをされると、非常に迷惑します」
 「落ち着いて、パチンコに陶酔できないと言うことか?」
 「変な言い掛かりをつけないで下さい」
 奴はパチンコ狂だった。
 ほぼ病気である。完治の見込み無し。重症である。
 奴はパチンコ依存患者であった。パチンコ屋の騒々しい、チンジャラジャラが耳から離れず、その音だけでそわそわするのである。天下の狐の智慧も、パチンコ屋の誘惑に勝てないのである。

 こうして、丸投げの春期講習を、私が仕切ることになったのである。シナリオが発表され、ストーリーが出来上がった。これで手討ちだ。
 私はわが世の春を夢見て春期講習に……。
 また奴は奴で、私から巻き上げた所場代の20万円を持ってパチンコ屋に……。
 筋書きは決まった。
 仕事場がそれぞれに二つに分かれる筋書きは、まるで御伽噺
(おとぎばなし)の『桃太郎』に出てくる、「お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に……」という、あの構図そっくりだった。



●狐狸の抗争と愛着(あいじゃく)

 かつて進龍一からは、「文章がねじれている」と散々“いちゃもん”をつけられたことがあった。
 要するに国文法が分っていない。日本語が分っていないと厳しい指摘であった。
 主語と述語の関係が文節が長いため、論旨が的外れになって途中でねじれると言うのだった。
 そのうえ釘を刺したことがあった。

 「文章を書くときは、初心者の法則として文節を短くするのです。あたかも検事が裁判所で論告求刑する、だらだらとした長たらしい文章を書いては駄目です。
 求刑文というのは文節がやたら長く、たった一個の句点に辿り着くのに、多数の読点が幾つも嵌まり込んでいます。しかし一般には、ああいう文章は分り辛いものです。したがって宗家のような超初心者は、明確な言葉で文節を短く切って下さい。思い付くまま多くの単語を使い、だらだらとした文を書いては駄目です」との厳重注意であった。

 私は奴から文章の書き方を習ったと言うか……、元新聞人の忠告をバカ正直に聞いたと言うか……、そのことは逆に、今日の私を形成する一つの要素になり得た。
 奴は元新聞人らしく、私の文章の欠点を指摘した。
 それは初心者向きであった。
 「宗家は文章家としての才が欠乏しています。その才能はゼロです。駄作です。つまり、面白くないし惹き付けない。大衆レベルでは読み辛いのです」
 「どこが?……」
 「構成が文系の文学表現でなく、理論家の理系論理で展開され、紛らわしい形容が多く、そのうえ説明が小難しく、同じことの繰り返しで実にくどいのです。こういう書き方では大衆受けしません。
 大衆小説の世界に理論的な小難しい論理を展開する偏ったものは受けません。難し過ぎるものは駄目です。大衆の全体レベルを考えて下さい。
 宗家の文章な難しい論文を読んでいるようで、とにかく読む気を無くすほど、くどいのです。
 理系の人は立証主義者だから仮説を立証するために、くどいほどこれでもかこれでもかとく繰り返します。その気持ちは分らないでもありません。
 論文は提起から始まって結論までに導く過程が長いですからねェ。そこで論策に苦心します。その苦心は認めるとしても、これでは読本として大衆受けしません。哲学解釈に長
(た)けていないと難しくなってしまうのです。
 大衆受けを狙うには、さらりと流れて分り易く、然
(しか)も読者が想像する領域を残しておくことです。読者が想像することを露骨に暴(あば)いては駄目です。敢えて暴かないのです。謎にするのです。謎を想像させるのです。想像域は読者に任せるのです」
 「想像する領域をか?……」
 私は読者領域を侵していることを知らなかった。想像域を残す。これが奴の持論であった。

 「宗家の文は詳しく説明しようとして、複雑な論文のように書いている。学識経験の豊かな理論家を説得する内容になっています。そのうえ凡人では知らないような難しい語句が多い。これでは読んでいても面白くありませんよ。最初の“出だし”で厭になります。発句
(ほっく)がよくありません。
 和歌の初句でも、此処で転けていれば評価されません。それと同じように大衆レベルの読者は、その先は読まないでしょう。何故だか分りますか」
 「無駄が多いと言うことか」
 「想像を奪う、無駄な贅肉は取り除いて下さい」
 「俺の文はくどくて、説明が多過ぎて、註釈が多過ぎて、詳細に表現しようとした余り、無駄な贅肉が付いていると言うことか」
 「そうです。更に絶対に遣ってはならないタブーがあります」
 「なんだ?」
 「例えば、よく『○○だった』という終わりの表現箇所ですが、この『○○だった』が遣えるのは二回までです。これを三回遣うと文章が死にます。徐々にだらけて、文が失速し、最後は墜落します」
 「なるほど……」
 いい勉強になったと言う貌で聴いていた。
 「それにです。『○○の○○の○○の○○』は、この場合『の』は三回まで遣うことが出来ますが、四回遣ってはなりません。
 例えば『浅草の通りの門の中のその向こうには……』などの表現で、ここでは『その』は除いても、前の浅草『の』通り『の』門『の』中『の』の類
(たぐい)です。これは遣ってはならない四回連続のタブーです。これは作文の間違いで多く指摘されるところです。特に読書量の少ない本を読まない人に顕われる現象です。こう言う人に文章を書かせると、小学生以下の作文になってしまいます」
 果たして「小学生以下とは俺のことだな」と直感したのである。
 習志野に夜逃げする前までは、殆ど本を読む習慣がなかった。特に小説の類は皆無であり、一部の専門書だけに限られていた。授業を担当する教科の解説書の類である。喜怒哀楽を訴える小説や純文学と言う世界は見逃したままであった。

 そして、読者の惹き付けられる分析を語った。
 「読者は何処かで小説内の主人公を、自分に重ね合わせて自分が演じるという願望があるのですよ」
 「その願望とは?」
 「主人公になって遊ぶと言う願望です」
 「遊ぶか。夢の中に入るということか?」
 「多分にそれがあります。そういう真理が小説に働くのです。これは小説に限らず、映画でもテレビでも同じです。したがって作者に求められる才は、秀麗な単語を使って主人を浮かび上がらせ、また妖艶な語句を使って桃源郷のような世界をイメージさせ、読者を酔わせるテクニックがいるのです。“官能もの”といわれる大衆小説が人気のあるのはこのためです。」
 「ひとときの慰安と言うやつだな」
 私はこのこのように吐露していたが、奴は否定もしなかった。不倫を始め性的描写で大衆を酔わせるのは商業出版の定石のようだ。「酔わす」というのは性的描写にひとときの慰安を求めて、その中で彷徨いたいのだろう。不倫小説が人気を博しているのは、大衆の愛好家らの性的遊戯であるらしい。なるほど、そうだったのか……。私の感想である。
 徐々に言わんとすることは分ったような気がした。

 この当時の進龍一の私への忠告と酷評は、以降の文章観にも大きな影響を与え、考え方や他の作家が書いた内容にも些
(いささ)かの感想とともに、評論が出来るようになった。
 評論は、人間が人間を評論することである。
 この関係は真剣勝負でなければならない。
 安易に上辺だけで評価を下してはならない。裡側
(うつがわ)にある文章に現れない真意を見抜けねばならないのである。表皮を触るだけで、肝心な中身を見逃してはならない。
 ゆえに評論は真剣勝負なのである。
 昨今は字面だけを捉えて、上辺の好き嫌いで評価を下すことが流行しているが、此処には大きな見落としが生まれる。
 そもそも好き嫌いというのは、考え方の体質のようなものである。肌が合うか合わないかは好悪感的な体質主義がさせることで、この愚に嵌まれば、肝心なところを見逃す恐れがある。

 だが、今の世の中は商業主義に押されるあまり、無駄と見下されたものは即効性の無いものと断定され、切り捨てられて行く時代である。それに書籍の商業化は担当した編集者の善し悪しが大きく左右されるもので、編集者が無能ならば、作家の力倆をもってしても売れる本は書けないし、作家が力倆不足でも編集者がよければ、駄作も名作に捏造出来る。
 有名タレントやスポーツ選手が自分の人気に合わせて本を出版することがあるが、内容の殆どはゴーストライターが書いたものである。自分の描きたいことを喋って語り、それを録音して録音したものをゴーストライターが聞き、面白可笑しく文章に変換しているだけである。
 金さえ出せば、そういうゴーストライターは幾らでも雇える。

 また世に出ている著名な作家先生も、編集者の力倆で作品が売れるそうでないかが決まるようだ。
 驚くべきことは、こうした先生の中にも誤字脱字が多く、言葉の遣い方や熟語の間違いが多く、一部においては文法レベルが小学生並みという方も居
(お)られるようで、これを訂正して文章を生き返らせる校閲や校正に優秀なスタッフが、作家先生の“駄目部分”を支えているともいう。文筆界もチームワークが左右する。
 金さい出せばの世の中である。
 私如き貧乏人では、有能なスタッフは雇うことが出来ず、一人で全部をこなさねばならないのである。編集者も居
(い)ず、校閲や校正も自分で遣る。当然見逃しもあり、誤字脱字も発生する。
 背景には商業主義があるからだ。
 現象界は生きても死んでも金の世界である。

 しかし、この世界に甘んじることなく、私は金で買えないものにいつも挑戦したいと考えている。それに限りある命を燃やしたいと思っている。
 老いても、毅然とした態度を執りたい。
 佐藤一斎が言うように「老いて学べば死しても朽ちず」でありたい。
 この側面には長老観がある。

 例えば、「長老の意見を聞く」などの行為も、価値観の異なりから完全に見向きもされなくなった。高齢化社会の恥部であろう。恥じの一面が隠されている。
 老人は長老ではなく、いまや不要の粗大ゴミ化された物体である。また時代は、物を粗末にする時代に変わってしまったようだ。
 かつては評論と言う行為の中に、長老の智慧があったように思う。評論家と言う連中の中には長老然とした論客
(ろんかく)がいた。筋道の立った意見を持ち、堂々と論ずる人がいた。
 また一方、長老に毅然として語らせ、聴衆はそれを聴く耳があったように思う。

 ところが現代は消えた。
 長老然とした論客はとんと見なくなった。聴く耳を持った聴衆もいない。
 いるのは流行に左右されるその種属の有名人願望者だけである。商業主義の影響だろう。

 本来、人物評論というのは、評論する側とされる側との言わば格闘である。
 評論は、してもされても、双方の人格や見識や人生経験が物を言い、人生論においては貸借対照表ともいうべき対象の焦点が資産であり、あるいは負債となって顕われ、つまりは、評価する側は評価され得る側からも「人間を見られている」ことになる。
 したがって評論側は、対象人物に対して自分の好悪を殺し、感情を超越して客観的に事実を事実通り評する必要があるが、この場合の背景に漂っているものは、その人物双方が、世界観とともに持ち合わせるこれまでの読書量にも反映され、また比較秤量
(ひょうりょう)なども験(ため)されてしまうのである。

 つまり、小人
(しょうじん)が大人(たいじん)を評論したとしても、狭量的なる見識では、結局小人にしか映らず、小人としての愚人ぶりを曝(さら)してしまうのである。そして愚人は小人である故、自分が逆に験されているということを見逃してしまう。この種属の盲点であろう。
 所詮、長老としての大人は、小人の眼から検
(み)れば何処までも爺むさく映るだけである。

 果たして、最もだと思うのだが、小人
(しょうじん)の私は「何故だ?」と訊いたことがあった。
 進龍一はかつて、それに答えて曰くで「現代大衆論」を一席ぶったことがあった。
 「その他大勢の読者と言うのは、学識を持った学者ではありません。世の多くは愚人です。
 民主主義とは愚人が世の中を動かす政治システムです。つまり並みの“普通”と言われる階級を相手にしています。したがって読解力は論文を読む構造ではなく、大衆小説を好む構造です。最初から娯楽を充てにし、面白ければいいのです。
 文章が難しければ、最初の1ページだけで厭になります。もう2ページ目に掛かろうとしません。
 特に宗家のようなヘタクソで拙
(つたな)い文章だと、読んで混乱し、混乱の余りに悪評が先走ります。その他大勢と言うのは賢人でないことを理解する必要があります。高等な論理を展開する論文では読めません。
 大衆とは自分の専門外の学力レベルとしては、だいたい中学三年卒業程度です。最近では大卒者でも、中三生の学力もないバカも大勢いますがね……」
 奴はそのように指摘した。

 説得力があり、また一利あった。
 その指摘は、元新聞人らしい指摘であった。
 そもそも新聞は文章を掲載する場合のレベル定義が「中学三年卒業程度」という義務教育課程の修了者を相手に記事が書かれているからである。それ以上を上回る単語を使ってはならないという約束事があるらしい。
 したがって中学三年卒業程度となっている。
 ところがである。
 基本は読めないと言うことになっているが、そう言うのはお構えなしに、難しい論理を用いて、堅苦しい論説のような記事を書く新聞記者も少なくないようである。
 似たような同じ轍
(てつ)を踏むなと言うのでろう。
 また私が「それ」と言うのであろう。

 ところが、長年の癖はそう簡単にはとれない。直ぐには直らない。しかし癖治しに『忘術』という術があるらしい。
 癖は一度覚え込んでしまった固定観念、つまり心理学用語で「固着観念」は意識の領域を支配する過価観念で強迫観念と異なり病的な感じを伴わないらしい。偏った嗜好であり欠点を伴う“慣わし化”していることである。これを『忘術』によって消去する術があるということ奴の蔵書の書籍には書いていた。これを「刻まれた観念の消去」と言うらしい。後にこの術の研究の取り組んだことがある。
 だがこの時点では、そこまでの研究に及んでいなかった。
 奴の言う「文章は短く切れ」は、なかなか実行されず、これまでの習慣からして旧態依然が継続されていたのである。進歩も発展もゼロに近かった。
 そこで、同じことを繰り返して、またお目玉を食らうのである。
 「大衆に訴えるには分り易く、短い文節で書くことが大事です。
 ところが守られていない。宗家はやはり頭が悪いのでは?……」と揶揄
(やゆ)されたことがあった。
 向かっ腹は立つが反論しなかった。指摘される通りであったからだ。
 確かに「頭が悪い」という言葉はグサッと来る。しかし、これでキレてはお終いである。
 文章の師匠は奴であるからだ。師匠の現には素直に聞かねばならない。聞いてはじめて進歩する。

 第三者に読ませるには、まず喰い付かせねばならない。ダボハゼ釣りと同じである。
 大体読書家はダボハゼのように貪欲である。貪欲を利用する。次にダボハゼを誘い込む。咽喉
(のど)の奥まで飲ませる。しかし、私にはその技術がなかった。
 喰い付かせ、次に誘い、読ませる。これが文章力のテクニック……。それは愚人に仕向けるテクニックでもあった。
 それが私には皆無であった。謙虚に学ばねばならない。
 「頭が悪い」といわれれば確かに向かっ腹は立つが、大人
(たいじん)は反論しない。請いて学ぶことが先決である。知らない限り学ぶ以外ない。
 この“大人”はその辺の大人ではない。無知を知る大人である。私の場合は「大人
」と自負している。だが実体は小人である。学べば小人も大人になる。学ぶことを諦めない以上、未来もある。
 だが世には自惚れの強い「大人」と自称する輩
(やから)が多い。このことも奴の蔵書から学んだ。

 大人はまた“敗軍の将は兵を談ぜず”である。同じく蔵書である。
 逃げる時には逃げるがいい。逃げて逃げて逃げ仰せればよい。
 これも中国古典の兵書から真意を学んだ。
 つまり、真物の大人は、こういう言葉すら吐かないのである。吐くのは小人に限られる。ゆえに自称大人は小人とイコールだった。

 無想権之助のように百錬百敗しても背中に「当代天下一」と書いて諸国を放浪してもいい。豪語して憚らなくてもいい。この厚かましさがいる。やがて強くなる。
 権之助はこうして本当に強くなった。自己誘導術である。自分の強さを100%確信する。敢えて語る必要はない。
 自己を微塵も疑わず、真から確信すればそうなる。強気でも思い込みでもない。自分を信じて微塵も疑わなければ、それがそのまま現象界で具現される。
 『マフィーの法則』でも言われるところである。本当に心象化現象を起こせばこうなる。
 ちなみに無想権之助は福岡範に仕えた近世杖術の神道夢想流の祖であった。

 私は兵を語ってはならない。しかし次の機会が来るまでである。チャンスは俟つ。焦らずに待つ。そして今は語らないことだ。
 語れば、世の小人以下に顛落する。落ちても怕
(こわ)くはないが、しかしそれにしても既に敗れていたからである。敗れたものに言う権利はない。資格すらない。出来ることは謙虚に聞くことだけである。

 敗れて、陣を北九州から習志野に退いたのである。退却したのである。
 退却とは言葉がいいが要するに逃避行であった。
 退却を余儀なくされた将は、兵については語ってはならないのである。黙して語らずである。
 こうして指弾されても反論が出来なかった。分別としては、この一点だけであった。
 その後、進龍一の庇護
(ひご)の許、こうして安穏としていられるからである。
 兵は語らず。また落ちた犬は語らず。これに異存はない。
 指弾されても庇護されいる。そう思うと、恩人の奴の方には足を向けて寝られない。有難いと言うか、涙が出ると言うか……、実に弱い立場にあった。

 平成2年9月に会社組織の大学予備校を倒産させ、今は習志野に緊急避難しているからだ。
 失敗した者は、その事について意見を述べる資格がないのだ。
 北九州時代は予備校戦争に敗れた「愚将」であった。それは素直に認めなければならない。
 確かに、戦争に負けた将軍は、兵法について語る資格が無い。
 指弾されれば、黙って聴く以外なく、反論すら許されないのだ。また、これを「忍の一字」で耐えることこそ、大人というものである。
 「頭が悪い」といわれて、これに向かっ腹は立てカリカリすることこそ、青い証拠であり、大人としての仲間入りは出来ないのである。「忍の一字」において、私は反論を控え、沈黙した。
 進龍一が言うのには、私を狭い範囲の一部しか知らない「専門バカ」であった。



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