運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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壺中天・瓢箪仙人 6

総てが義務化の一端であり、家族揃っても、旅行や行楽などの家庭サービスも、週一のお義理セックスですらも、昨今ではサラリーマンの義務化の一つになっている。これは、実は怕いことではなかったか。

 道教には、「換骨奪胎
(かんこつ‐だったい)」の精神があった。この訓読は「骨を換かえ胎たいを奪う」と読み、自分流の創意工夫の境地を言うらしい。俗人の域を超越することを言う。
 『冷斎夜話
(れいさい‐やわ)【註】直訳すれば、骨を取り換え、胎(子宮)を奪い取り、自分のものとして使うとなるが、先人の作意や形式を変えずに、独自の工夫を加えることを指す)に出て来る道家思想では、俗人の骨や胎(からだ)を取り換えて仙人になるの意であるが、その手の焼き直しを指すのではない。換わらねばならないのである。

 根本から、丸ごと換わらねばならないのである。
 決して古人の作品の趣意だけを残して変えず、あるいは体形を変えず、単に語句だけを換え、または古人の作品の趣意に沿いって、新しいものを加えて表現することではない。小手先の術ではない。この付け焼き刃こそ、誤用もいいところである。

 だが「換」は決してそんなものではない。
 根本から改める。
 また取り替え、刷新して新生するのである。
 そのための「転換術」であり、芯
(しん)から弾ける発揮力を意味するのである。
 これを、また謀
(はかりごと)と解釈してもいい。換は謀にも通じるのである。


●嫉妬

 出る杭(くい)は打たれる。また打たれる中には、打つ側の意図として陰湿なる嫉妬が絡んでいる。その嫉妬は醜く穢い。敵対者への憎悪を露(あらわ)にする。
 それが猛威を揮うと、外部からの圧力と嫉妬によって叩きのめされることがある。外部の羨望から起こる陰湿さを含んでいるからだ。否、外部のみではない。
 嫉妬は感情の裡
(うち)にも絡むものである。内部者も何らかの羨望を抱く。その感情が、引き摺り降ろしてみたい、叩き落としてやりたいという心理が働いたとき、例えば国家内では「売国奴」という国を売る賊が出現する。同胞が同胞を叩いて売るのである。
 しかし、こうした人間の妬
(ねた)みや怨(うら)みや憎悪を撥(は)ね返して突き進むには、自己に確たる「不屈の精神」が必要である。

 嫉妬は「天から験
(ため)されている」と思わねばならない。天は自分を見ていて、難問を突き付け、これでもか、これでもかと苦しめ、そして験す。自分は験されていると検(み)るべきである。
 「どうだ、羨
(うらや)ましいか」と肉の眼の前に突き付ける。それに反応したものは「憎らしい、陥れてやりたい」と思う。そして、そのシナリオで「転覆」の機会が窺われる。転覆を通じて受任者を天は試す。ところん験す。それを見た上で、その人の成長度合を測る。

 恨まれる度に、遺恨を持たれる度に、叩かれても何度も起き上がり、へこたれない抗体力を自身の裡に養わねばならない。そういう精神的体質を養っておかねばならない。
 根本には「心術」が必要となり、「ぐらつかない心」が要
(い)る。心術で鍛える以外ない。鍛えられるときには真摯に鍛えられるが宜しい。

 しかし、この心の養成は簡単ではない。思った以上に難しい。そして苦しい。
 あたかも「狭き門より入れ」である。
 この門は茨
(いばら)の門で、汚く、醜く、見て呉れが悪く、入り難く、苦しく、更に道は何処よりも狭く、然も細い。そのうえ長い。何処が終わりか見えない。
 狭い故に、通り抜けようとする者の身を、茨の棘
(とげ)が突き刺す。それが痛い。辛くもある。どこまでも苦悩が襲う。辛抱と我慢が要求されるのである。

 一方広き門は、見るからに見て呉れがいい。
 路
(みち)は広く門も広い。綺麗でゆったりとしていて、如何にも居心地がいいように映る。広大に、永遠なる道が未来につながっているように見える。豪華一色で、夢と希望に満ちているように映る。成功の将来が約束されているように見える。
 そして、この門より入ろうとする者は多く、そこに誰もが競って殺到する。
 だが実は“まやかし”だった。見せ掛けだった。
 そういうものは幻想に過ぎなかった。そこに夢と希望があるように見えたのは、実が幻覚だった。
 真理に繋がる道は、そういう見掛け倒しではない。
 一見、汚く、醜く、苦しく、厳しく、辛く、無愛想で親切ではなく、口喧しく、そういう怕
(こわ)いと映るところこそ、実は真理に繋がっていたのである。

 先ずは「難しい」ことを学ばねばならない。苦しいことを知らねばならない。苦難・困窮に嘆いていても始まらない。その一線を越えねばならない。越えるためにも、心を不動にしなければならない。ぐらつかない心を造る必要がある。
 それにはまず丹田
(たんでん)の一点に意識を定め、鎮め、肚(はら)を据えなければならない。
 その場合、不動も肚を据えるにも、中途半端が一番よくない。
 中途半端では心がぐらつくからである。徹底的が必要だ。この信念が欠ければ不動が保てなくなる。「徹底して」が大事である。とことん肚を据える。つまり極めると言う信念が要る。こだわるのでない。極めるのである。これを間違ってはならない。
 こだわる、こだわるを連発する現代の世は、ここに現代人の大きな勘違いがある。この過ちを即刻訂正せねばなるまい。

 例えば中途半端な貧乏とか、困窮などは、金銭にぐらつくことである。これが経済的不自由を強
(し)いるからだ。借財を抱え、種々のローンなどを抱えれば、そうなる可能性が高くなる。魂を物品に売り渡した瞬間である。物品の奴隷になった瞬間である。
 現代の貧困……。
 これは物質的豊かさを追い求めた結果から起こったのではないか。

 物が豊かで、自分の生活空間が快適で便利であれば、それを幸福と勘違いしたからではなかったのか。
 現代の貧困は、この一点に回帰されよう。
 そしてこの「貧困」は、清貧の貧困ではなく、“赤貧”の貧困である。
 赤貧は何も所持にない持たない貧しさであるが、清貧は行いが清らかで、かつ私欲がなく、そのために貧しく暮らしていることをいう。特長は貧しいがすっきりしていて清々しい。涼やかである。こだわるものが何もない状態である。無一物に近い状態である。無垢である。無為である。

 だが私とて“人まさ”のことは言えない。
 この当時は、確かに貧困であったが、その貧困は赤貧などと言うものではなく、更にもっと悪い醜い濁貧であった。何も持ってないのでなく、逆にマイナスの負債を抱えた貧しさだった。醜くて当然である。
 濁貧は私自身の造語であるが、生き方が不透明で、心が濁っていて純粋ではなく、灰汁
(あく)のある心の穢れまでを抱えている極貧を指す。私の場合は、まさにこれであった。
 貧しさには大別すると三種類ある。

清貧 行いが清らかで、私欲がなく、そのために貧しく暮らしている清らかな貧しさ。清々しい貧しさ。
赤貧 何も所持にない持たないプラス・マイナス=ゼロの貧しさ。善い物も悪い物も持っていないのである。そして無為自然的。
濁貧 汚れて心まで穢く、濁り、純粋ではなく、不純を背負い、逆にマイナスの負債を抱えている貧しさ。世間の垢に塗れ、醜くて汚れ切っている。

 しかし人間は、貧困の愚に気付くのは、中途半端な貧乏では此処には辿り着けない。何もかも、総てを失ってみなければ分らない。中途半端でドン底より高い位置にぶら下がっていでは分らない。
 もう失うものがなにもない。あとは厖大な借金だけである……というところまで追い込まれれば、これまで見えなかったものが見えて来る。見逃したものに気付く。こればかりは本当の貧困を舐
(な)めてみなければ分からないものなのである。

 この境地に達するには、行き着くところまで行き、落ちるところまで落ちなければならない。
 そうすれば、周囲に嫉妬が渦巻いていることにも寛大になり、気にならなくなる。肩の荷が降りたようになって気が楽になる。肚も据わって来る。
 これを気にしているうちは、自分も嫉妬する者と同じ心理に居ることになる。つまり、自身も嫉妬されることに嫉妬して、自縄自縛の罠
(わな)に嵌まるのである。また、同じ価値観を共有して嫉妬の裏返しに悩まされることになる。愚であろう。

 私が習志野に夜逃げしたのは平成2年9月半ばのことだった。
 確か9月17日だったと記憶している。まだ残暑が厳しく、ボロ病院の跡に居を構えるように指示されたのは、ちょうど残暑を引き摺
(ず)るそういう時だった。
 宛てがわれた場所は戦前からある廃屋のボロ病院の病舎。恐ろしく穢い。古くで至る所が腐っている。藪の中の環境と言ってよかった。
 この病院跡には蚊が凄かった。
 この年、猛暑に襲われたが、その置き土産である。病院跡は長らく放置されていたことから荒れ屋敷然であり、蚊が多く発生していた。飛来する藪蚊
(やぶか)の翅音(はおと)まで聴こえて来るありさまだった。幽霊の出る場所としては文句無し。
 しかし蚊取り線香を買う金もなく、明日はおろか、今日の食事も事欠くじり貧状態である。

 「当座の飯代と生活費を用立ててくれないか」
 こう進龍一に恃
(たの)んだことがある。奴は私の庇護者である。この庇護の許、一時期餓えを凌いだ。
 奴はすかさず返答した。
 「バカを言っては困ります。自分のことは自分の力で解決して下さい」
 「この天下の素浪人に、どう解決しろというのか」
 「頭を遣って自分の飯代くらい稼いで下さい」
 「頭を遣えか?……」
 思わず顎
(あご)を撫(な)でていた。
 「幾ら尾羽打ち枯らしたとはいえ、それくらいの頭はあるでしょ」
 「この草いきれの烈しい、むんむんとするクソ暑い場所に置き去りにされて、何を考える言うのか」
 「贅沢言っちゃァ困りますよ」
 私は、「何だ、此処は?……。まるでお化け屋敷ではないか!」と怒鳴りたかった。
 余りにも藪
(やぶ)臭い環境を嘆いたのである。痩せても枯れても、俺はお前の師匠なのだぞ……と喚きたかったのである。
 「おい、いいか。俺はお前の師匠だ。分るか!」
 「それで?……」軽く去
(い)なした。《それがどうした?》と言わんばかりだった。相手にしてない。

 私は一瞬切れ掛かるのを押さえつつ、
 「あのなァ」と講釈を垂れる気でいた。
 ところがである。何が言いたいか読んでいた。
 「みなまでいわんで下さい」
 「なに!」
 「世の中はサバイバルです」
 妙なことを言い上がった。
 「なに?サバイバルだと?!……」キレる感覚を憶えた。
 《よくも抜かしおったな》と思って、語尻が少しばかり荒々しく跳ね上げた。
 ところが意に介さない。無視された。
 「現実からの逃亡者が、この期
(ご)に及んで贅沢を言うのですか。武人の戦いは、何処までも生き残ることが前提でしょ。そのためには一局面の敗北も恥を忍んで忍従し、絶えるのが真の武人でしょ。忍んで再興を俟(ま)つのです、そう思いませんか!」強い口調で迫ったいた。
 「うん……」思わず唸った。
 言い返す言葉がない。筋が通っている。何て奴だ。
 腕組みして黙るしかなかった。黙るしかない。だが沈黙し唸ってみても、敗軍の将は贅沢を言ってはならない。ごねるだけ無駄である。
 「藪蚊がいる環境でも、棲
(す)めば都です」
 「棲めば都か……」気を取り直していた。
 若干これで心が鎮まった。
 「肚を据えて下さい。自分が『落ちた犬』であることを状況を把握して下さい」
 「落ちた犬だと……」屈辱的な言葉であった。
 落ちた犬とは何と屈辱的な言葉だろう。
 「尾羽打ち枯らしたみすぼらしい犬のことです、分りますか」
 迫った視線は鋭かった。
 「それでも俺は腐っても鯛だ」
 「鯛の誇りがあるのなら自前で解決すべきです」
 「よし、分った」
 奴は《ここまで落ちぶれて何が鯛だ》と言いたいのだろう。
 それだけに筋が通っていた。私の無理は引っ込めるべきである。
 その表現は何となく分る気がする。敗軍の将なのである。贅沢は言えなかった。此処で一つ肚を据えて耐えてみせるしかない。
 経営という勝負で敗れ、かつての将は今は落ちた犬であった。心の中に寂しい隙間風が吹き抜けた。

 「今日一日だけ、私がその種金を貸しますから、それで今日一日分の飯代を弾き出し、残った金で銭湯でも行って身も心もさっぱり爽やかにして下さい」
 そう言って、奴は札束がぎっしり詰まった分厚い財布から、たった一枚だけ千円札を抜き出して、私に自分で稼げと言うのである。あるいは験
(ため)しているのだろうか。
 大体あの分厚い財布の中には幾ら入っているのだろう。少なく見積っても五十万円は下るまい。そのうちのたった千円なのである。一万円や二万円ではない。たった千円札が一枚ぽっきり……。何と言うドケチ。
 「なに?だった千円ではないか」
 「そうです、それがどうかしましたか」しゃあしゃあと抜かしおった。
 「たった千円で、その後を自力で賄
(まか)えと言うのか!」
 「そうです」
 「これで飯を喰い、風呂に行って身も心も爽
(さわ)やかに小綺麗にし、この薮蚊の多い部屋に蚊取り線香を点(つ)けて、その他の洗濯などの一切も遣れと言うのか!」
 怒り半分に訊いてみた。

 「そうです」きっぱりと言いやがった。奴がしてくれるのは此処までである。
 「……………」それだけに、二の句の接ぎ穂を失った。
 「自分の身の始末を付けられないようでは、もうその先の人生はありません。皆無といっていいでしょう。全く希望がありません。世の中はサバイバルです。自分の力で生き存
(なが)えることです。少しばかりの格闘戦で、くたばるようでは自分の無能を証明しています」
 「うム?……」
 まさに筋が通っていた。動かし難い真理である。
 「いいですか、現代の世でのサバイバルとは、首から下のサバイバルを言うのではありません。首から上のサバイバルです。頑強な肉体を酷使するサバイバルでなく、同じ肉体を遣うのなら、脳味噌を遣って下さい。今の世は肉体派の勝ち抜き合戦ではありません。筋トレではわが身は凌
(しの)げません。頭脳の勝ち抜き合戦です。筋力的な技を幾ら覚えていても、そういうものでは経済的不自由を克服出来ません。既に世の中は経済サバイバルの時代です。
 くれぐれも腕力で勝ち残るサバイバルでないことをお含みおき下さい」
 最後の一言が、私の胸を鋭く突いた。

 稼いで“幾ら”の時代になっていた。それにバブルが崩壊した、その直後であった。
 首から下の腕力の類
(たぐい)は何の用を為(な)さず、頑健な肉体も品定めされて売買される金の奴隷になる時代であった。
 それだけに、何とも無理難題であったが、言われてみればその通りである。
 これからは頭脳の格闘戦で生き残らねばならない。筋肉ではなかった。肉体信奉ではなかった。仮にそうだとしても、肉体の一部である頭脳を戦わせる時代になっていた。頭の臨機応変性が験
(ため)される時代であったのである。
 回転の速さが物を言う。頭脳戦と聴いて怖じけずく分けにはいかない。
 だが、これくらいでくたばれば、本当に未来はないだろう。奴の言う通りである。

 サバイバルとして、たった一枚の千円札に、私の後半人生の総てを賭
(か)けなければならない。賭けて終われば、その後の人生も終わる。
 私に残された選択肢はこれしかないようである。こうなったら肚を据えるしかない。
 投げるのは、千円に賭けて運試しをしてからでも遅くない。今から私の頭が験されることになる。天から、私の頭が験される。

 「ところで、この千円でどう稼げばいい?」
 「いいですか、この千円を一日に十倍にするのです。つまり、この千円は頭の遣いようで、一日一万円に化けます」
 「分らんなあ……、どうして一日で十倍になる?」
 「頭を遣うのです」指を指して言うのだった。
 「どう遣う?」
 「智慧、貸しましょうか」
 「ああ、貸せ」
 「でもタダではありませんよ、何しろ千円が十倍になる方法ですから。利息をつけて返して頂きます。利息はトイチです」
 「なに?トイチ!」
 トイチとは10日で1割の高利のことである。
 今日から千円借りるとして、十日後に千百円となる。以降、複利計算で殖えて行く。何とと入とは……、高利貸しより悪質ではないか。
 「何しろこれは極秘事項に属するものですから」奴は釜を掛けやがった。
 「なに?秘密事項だと!」
 「そうキレないで下さい。当然、知るには金銭と言う対価が必要になってきます。この世でのは何かを手に入れるとしたら、その代償を払わねばなりません。それが理解出来ましたら、そのときに極秘事項の極意を御教え致しましょう。買う気になったらご連絡下さい」
 奴得意の“突き放し策”である。
 そう言い放って、奴はさっさと引き揚げて行った。考え直して見ると、総て筋が通っていた。有無も言わせないほど道理の核心を衝
(つ)いていた。

 私は思案した。
 千円札をじっと睨
(にら)みながら腕組みして唸っていた。
 千円を十倍にする方法を教えるから、その教授料を支払えと言うのである。それもトイチの利息でである。
 計算すると、十日後
(以内でも)は《(千円+百円)+教授料×鼻薬代》となり、万単位であろう。奴は必ず鼻薬を掛け合わせる。この代金が大きいのである。その懸念は充分にあった。
 さて、どうするか。
 これを高いと見るか安いと見るか、此処が思案の為所
(しどころ)であった。
 秘訣を手に入れたと言っても、一日一万円は保証されたものでない。投資に失敗して、スル恐れも充分にあった。マイナスになる懸念もある。
 され、どうするか……。
 もうこれ自体、験されていた。検
(み)られているのである。

 そして奴が置いていった一枚の千円札をしげしげと眺めた。たった一枚の千円札。睨んでも殖えない。一粒万倍とはいかないものである。
 この千円札が十倍になると言う。頭を遣えば一万円になると言う。
 果たして、どう言う手品か?……。
 これで一日分の総てを捻り出せと言う。この千円札をじっと眺めながら、これから先のことを想ってみた。
 さて、これでどう、わが身を凌
(しの)ぐ……。それすら釈然と見えて来ない。
 腹が減った。とにかく腹が減った。
 何か喰うしかない。腹ごしらえをしなければ、その先が見えて来ない。
 頭を遣うには糖分が要る。タンパク質から糖分を取り込んで脳に送る必要がある。充分に血糖値を上げる必要がある。そのために喰わねばならない。先ずは、わが身が餓えることを防がねばならない。
 野郎は本当に、私の今の「最悪」が理解出来ているのか?……。

 習志野に夜逃げした当初、奴は盛んに、私に自立を促していたようである。わが身一匹の身の始末くらい自分で付けろと言うのであった。身の始末のけじめを付けることを一番最初に教わったのである。これが私の再起の第一歩であった。
 ほんの序の口であり、これが出来なければ、その先の人生はないと言った。尤もである。
 此処でくたばれば、もうその先はない。
 人生は、これで「ちゃんちゃん」の一巻の終りである。

 しかし私が習志野に夜逃げ同然に遣って来た時、持ち金は完全に失われていた。此処までの交通費等で、一円も所持していなかった。着の身着のままであった。
 津田沼から大久保までのタクシー代も奴に払って貰った。そういう状態であったから、奴に縋
(すが)るのは当然のことであろうが、それを簡単に赦(ゆる)さないのである。したたかである。
 果たして愛の鞭か……。
 師匠が弟子から面倒を見て貰うと言う逆転現象は、こう言うことであり、これ自体が大いに恥であった。屈辱を感じないわけにはいかない。
 しかし人生には、恥を忍んで敢えて耐えなければならない時がある。

 「俺は腐っても鯛だ」
 そう心の中で息巻いてみる。
 しかし、その息巻きはどこか虚しい。負け犬の遠吠えである。
 さて、奴は千円を十倍にする方法を教えるという。
 大方パチンコでもして、千円で一日ラストまで粘って、一万円を稼ぎ出すのだろう。しかし、種金はたったの千円である。これでどう持たせれと言うのか。
 パチンコのことを言っているのだろう。これにほぼ間違いはない。
 何しろ奴はパチンコの天才である。有名私立高校に入学する子供の入学金数十万円を、三日掛りのパチンコで全額捻
(ひね)り出したという凄腕の持ち主である。

 ボロ病院から、奴の進学塾まで歩いて五分程度の距離である。聞く気になったら……と勿体つけて抜かしおった。行くしかない。教えてもらう以外ない。詳細を訊くしかない。
 何か特殊なスーパーテクニックがある筈だ。
 奴を関東に送り込んだとき、奴は最初、廃品業やその他のアルバイトをして急場を凌いでいた。しかし、これでは効率が悪い。もっと大きく金を集めねばならない。
 そこで「学習塾を遣れ」となったのである。

 奴の学力であれば充分に遣っていける仕事である。
 当時私は北九州で明林塾ゼミナールという複数チェーンの進学塾を展開していた。それに併せて会社組織にし、大学予備校を小倉と黒崎で同時展開し、それぞれの予備校は小倉校と黒崎校に別れていた。当初は景気も良かった。一日で最高850万円を得る上げたこともある。それが連続する日もあった。
 しかしこうしたことは長く続かない。順風満帆はやがて打ち止めになる。笑いが止まらない日々は直ぐに終止符が打たれる。それでも年間に数億単位の売り上げがあった。
 その当時監査役は家内が担当していたが、税理士では金額が大き過ぎて公認会計士を付ける経理である。一時期は時代の波に乗っていた。億単位の金を稼ぎ出していた。
 その代表取締役として理事長と予備校の塾長もかね、取締役として運転士付きの公用車も持っていた。リムジン仕立てにして一時はこれで行き帰りしていた。車の助手席には冷蔵庫を据え、ここに冷たいビールを並べて朝から酔っぱらって出勤していた。校舎に着くとすっかり出来上がっていた。一時はそれくらい羽振りはよかった。金は幾らでもあると思っていた。

 奴も倣
(なら)った。
 習志野で先ず学習塾を手始めに、それが一応軌道に乗ったら、本格的な進学指導をする進学塾に切り替えよとアイデアを授けたのである。それが功を奏して、奴は巧くその波に乗り、私が夜逃げする前は、もう逆転して、かなりの羽振りになっていた。
 このとき月に軽く300万円ほどは稼いでいたのではあるまいか。

 仕掛けは私の方が大きかったが、奴は小廻りの利くゲリラ的な経営方法で、小金を貯めに貯めて貸借対照表の「資産の部」では、やがて私を大きくリードしていた。
 一方私の方は図体も大きく、仕掛けも大きかったが、経営体力に問題があり、また時代の波に乗り切れず、悪い時には悪いことが重なり始めた。それが波及の連鎖を起こしていた。
 小倉地域では私の予備校の前に、先ず代々木ゼミナールが登場し、JR小倉駅の一つ先のJR西小倉駅前には河合塾が進出して来た。更に真横のビルには地元の北九州予備校が進出して来た。中でも、弱小の私の予備校など物の数ではない。簡単に蹴散らされた。
 この四つ巴の戦いの中で、呆気なく木の葉が砕かれるように微塵
(みじん)もなく跡形が消えたのである。惨めだった。その先は悪夢であった。坂道を顛落して行った。手形の融通に困り、倒産の憂き目を見た。

 今でも、その時の無念は脳裡からは慣れない。あの日、会社更生法が却下された数日後、私は単独で習志野に出てきた。
 そのとき奴の世話になると言うことで、『水心子正秀』の日本刀を持参して奴に贈ったのである。それを贈られたことで、渋々私の面倒を見ることになったが、奴も甘くはなかった。
 逃避して来た当日、今後の再起を奴に話したことがある。
 その再起の主旨は、まず国会議員会館に北九州出身の国会議員のM氏を訪ねる予定であった。M氏はこの人の父親の代から知っていた。学生の頃、票集めに特攻隊もやってことがある。そういう過去の縁で、この議員の人脈を通じて支援者を探そうとしたのである。
 ところが、それが簡単には運ばなかった。安易な希望的観測が甘いことを知った。

  進龍一は言った。
 「落ちた犬は打たれるという話を知っていますか」
 この言葉は奴の箴言
(しんげん)なのである。
 「いや……」
 「そんなことも知らないのですか、随分甘い再建計画ですね」
 「何だと!」
 「それが甘いと言うのですよ。先生は、自分の事業に失敗をして、北九州から夜逃げして来たのです。つまり落ちた犬です。この世に落ちた犬を助け上げるような奇特な人はいません。人を啖
(く)って生きるこの世の中に、そんな物好きは居ませんよ。政治家でも人の子……。所詮人間です」
 「……………」
 これが胸にぐさりと来た。言い返す言葉がなかった。

 「羽振りのいいときは献金を期待して揉
(も)み手をするでしょうが、尾羽打ち枯らした没落者の話など、誰が耳を傾けますか。そういう戯(ざ)れ言を聴くものですか。人の善意を充(あ)てにして、奇特を期待するだけ、お人好しと言うものです」
 奴はズバズバと斬って捨てる。
 「俺はお人好しか?」
 「今までそんなことも気付かなかったのですか」
 「……………」
 このときばかりは無能を恥じた。
 「落ちた犬は徹底的に、面白半分に叩かれるのが人生の常です。人間の世の中とは、そう言うところではありませんか。人間界はろくでもないところです」
 「ろくでもないところか……。そうかも知れない」
 「その世界で、他人の行為を充
(あ)てにするなど以ての外です。国会議員を訪ねても、居留守を使われて逃げられるだけです。そういう人種ですから」
 こう言い放った言葉に人生の事実が隠されていた。そして数週間後、議員会館を訪ねたが、門前払いで居留守を使われてしまった。奴の予言通りになった。
 落ちた犬は打たれる。指摘通りであった。

 千代田区から帰って来てぼやいたことがある。
 「ついてない時には、ついてないことが起こる……」
 「違います、これにツキの有無は関係ありません。自分の失敗を運命論にすり替えてはなりません」
 「その通りだがなァ……」
 そう諭
(さと)されて、うなだれるしかなかった。
 そして心の中で、落ちた犬か……と自問自答してみる。
 「少しばかり、世間の風が身に滲
(し)みましたか」
 聞いた風なことを抜かし上がると思った。奴は皮肉を込めて切り返すのであった。
 景気がいい予備校時代を少しばかり経験した私は、此処に来てドン底に叩き落とされいた。
 これまでの順風満帆の気運は仮初
(かりそめ)であった。幻であった。悪戯好きな幸運の女神の気紛れだったのである。
 それをいい気になって有頂天に舞い上がっていた。
 これに気付かされたのが、男42歳の厄年であった。今ごろ気付いても後の祭りであった。

 有頂天に舞い上がったわが世の春の夢は、博多で言う《博多俄
(にわか)》の即興は「寸劇」で終わったのである。
 時流に乗って、何でも思いのままにできる得意絶頂の春の夢は、実は悪夢だった。

 私は、奴に較べて余りにも知らな過ぎたのである。幼稚過ぎた。まるで幼児大人だった。
 充てにしていた国会議員の居留守で、《なるほど、敗軍の将兵を語らずか……》と苦笑したことがあった。
 こうなれば180度頭を切り替え、もっと学ばねばならない。謙虚に一から学ぼうとしたのはこの時からであった。

 先ずは奴の言う“極秘事項”を謙虚な気持ちで教えてもらう以外なかった。
 しかし、これは何の事はない。
 予想した通り奴の推奨するパチンコ屋に、毎日開店時の10時5分前に行列を作り、確率の高いパチンコ台に千円分の玉を買い、これに投資することであった。
 当時は“飛行機”という撥
(は)ね物があり、これに打ち込むのである。既に“セブン”や“スロット”が登場していたが、奴の判断では、私はこれに向いてないと言うことであった。庶民博奕のギャンブラーでないことを見抜いていたのであろう。
 そこで“撥ね物”となった。

 当時、『ふうてんの寅』のキャラックターを模した「トラさん」という台があり、それを遣れと言う。
 “落し”といわれるポケットに入れば、トラさんは大口を開けて笑うのである。左右両端のポケットの「1」に入れば一回。中央の「2」に入れば二回笑う。調子づくと、トラさんがバカ笑いしてくれるのである。
 だが、このバカ笑いも連続してくれなければ意味がない。
 その間に大口の中央に一回でも入れば連続10回を笑ってくれ、最後に笑った口の中央に入れば、再び連続笑いが継続され、好調な時は一時間程度で終了してしまう。これでおおよそ五千円ほどになる。この成果はトラさんがバカ笑いしてくれた御陰である。
 毎日10時から打ち始めれば、昼前には終了して、千円が五千円ほどになる。そして終了した午前中の終了台を、今度は千円で抽選してそれを買えと言うのである。私はこれを墨守した。

 そして籤
(くじ)を抽選で選ぶとき、一度こっぴどく詰(なじ)られたことがあった。
 「どうして先生は箸籤を引くのに、斜め横から検
(み)て引くのですか。真上から見れば、どれが当り籤か分るでしょう。極貧のくせに、間抜けな小金持の真似は止めて下さい」と厳重注意されたのである。
 言われてみれば尤
(もっと)もであった。間抜けな小金持とはパチンコ屋に貢いでいる者のことであろう。

 棒籤は普通の丸箸である。
 その籤を模した箸が茶筒の缶に20本入っている。その一本の尖端
(せんたん)に赤いビニールテープが貼ってある。これを悟られないように引き当てれば、午前中に終了した終了台が千円で買えるのである。
 間抜けでお人好しな善良な小市民は、この棒籤をほぼ45度で見て運試しで引くから確率は20分の1である。しかし、奴の言う通りに真上から検ると中が丸見えで、必ず狙った籤を引き当てることが出来る。全く道理であった。だが、その道理を世の大半の人間は見落とす。私もその一人だった。
 一方奴は中々の智慧者である。学ぶべき点が多かった。

 私は最初一ヵ月程、奴の極秘事項を墨守して、休館日以外毎日通ったが、もうこの頃になるとパチンコ屋の店員と店主にすっかり貌を覚えられて、遂に出入り差し止めになってしまった。朝、出向く度に「あんたは駄目だ、帰ってくれ」と言うのである。
 何しろ毎日一万円前後の金を持っていくからである。私から月30万円近くも抜かれているからである。パチンコ屋としても面白くない。小規模のパチンコ屋なら尚更だ。彼らとて慈善事業を遣っているのではない。喰わねばならない。その気持ちは分る。
 これで興味がいっぺんになくなり、こういうバカバカしいことは、これっきり遣らなくなってしまった。

 しかし、遣らなければ飯も食えないし、家賃や光熱費なども払えない。
 更に北九州に居て債権者の財務処理をしている家内に、一週間に一度の割合で五万円ほどを、パチンコでの上がりとして仕送りしていた。だがこれが出来なくなる。
 それに毎月一度、北九州市の養護施設に預けていた二人の子供の施設費や養育費も納入出来なくなる。
 私自身は着の身着のままで、三度の飯を一度に減らして、何とか餓えは凌げようが、家内と子供はそうはいかない。家内も仕送り分から、北九州市に子供に懸かる費用を払っていた。
 ところが門前払いを喰わされれば、もうこれが出来なくなるのである。
 さて、どうするか。
 一ヵ月程は、パチンコ屋通いで食い繋いだが、それから先が喰えなくなる。何とかしなければと思っている矢先に、奴は再び智慧を付けた。それは唆
(そそのか)しに近かった。



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