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因縁消滅論 1

因縁消滅論







一切経蔵。三井寺にて。


 因縁は物事の生ずる原因をいう。「因」は直接的原因、「縁」は間接的条件である。また、「因」と「縁」からその結ばれた延長戦上に結果である『果』が生ずる。これを「縁起」といい、転じて、定められた「運命」という。
 そして人間は、この自然界の一員であり、その縮図の中で“翻弄
(ほんろう)”される。

 そこには、善きにつけ悪しきにつけ、「天の配慮」というものが成り立っている。この配慮があるから、生きもし、死にもする。生死は配慮の結果、生じた流転を繰り返す生き物の、事前の中に循環する“一過程”に過ぎないのである。
 つまり、フィルムの“一コマ”だ。それはまた、毛塚でもあり、原因でもある。

 自然現象の総ては、あたかも“映画のフィルム”のように連続されたものである。しかもその自然のフィルムは、垂直線上に平面的に平たく延ばされているものでなく、立体的に有機的に循環する構造を持っている。繰り返し、巡り、巡るのだ。

 このメカニズムは、立体的有機的な因果関係を持っていて、極言すれば、部分的に検
(み)れば原因や結果であり、全体的に検れば、原因も結果も存在しないと言うことになる。
 それは「つかみ所がない」からである。
 この現実を検ると、自然には本来因果はないと言うことになる。
 つまり、初めもなく終わりもないのだ。一もなく、二もなく、原因もなく、結果もない。その為に、自然には「因果は存在していない」ということになる。

 これをあたかも“因果が存在し、しかるべき原因が派生して結果が起こる現象”と映るには、因果の「輪」を“科学の目”で部分的に、近視眼的に検ているからである。その限りにおいて因縁は派生し、因果が起こっているように観測できるのである。



第一章 災いの持ち越し



●意地と云う因縁の持ち越し

 人には「意地」と云うものがある。この意地を見縊(みくび)ると大変な事になる。この世に、“人の値踏み”を間違う者は多い。過大評価をする者は少ないが、相手を見縊(み‐くび)り、過小評価をする者は多い。
 自分を優位において自身を過大評価し、相手を過小評価する。人は誰でも自分を首位に起きたがる。人より一歩先に出たがる。自分以外外は、力や価値がないと見極めをつける事が出来ない。人より自分詐害である。したがって軽んじ、侮
(あなど)る者は多い。
 見識眼がない故であり、また見識者と雖
(いえど)も、他人を観察して、それを100%理解することは難しいからである。それ故、甘く視たり、辛(から)く視たりする。自分あっての他人である。
 そこに「滅び」の空間がある。
 この空間に、安易に近付く者は多い。そして滅びていく。見縊るが故である。

 では、何故こうした現象が起るのか。
 見下すからだ。
 それは自分を相手より上位と思い、相手を自分より下位と見下すからだ。
 見下した時点で、勝負が決まり、既に「因縁
(いんねん)」が発生する。更にこれに、「罵倒(ばとう)」や「罵声」を浴びせれば、それは、やがて自分の凶事として跳(は)ね返って来る。
 この世には作用と反作用の、この世特有の法則と現象があるからだ。
 ツケは必ず支払わされる。自分が働きかけたことは、必ず代償が待っている。自分の撒いた種は自分で刈り取る以外ない。

 この世は現象界である為、例えば、投げたボールがその儘
(まま)と云う事はあり得ない。必ず壁に跳ね返って自分の方に戻って来る。それは投げたブーメランが、必ず自分の手元に戻って来るように、である。
 したがって、見縊った者から受ける「反射の唸
(ねん)」は凄(すさ)まじい。それは「怨念(おんねん)」に充(み)ちているからだ。怨念は「唸(ねん)」になり易い。唸は「怨霊(おんりょう)」を伴う。更に恨みがこじれれば、「生霊化(いきりょう‐か)」する。この生霊の正体こそ、人の恨みが齎(もたら)す怨念に他ならない。怨念は唸を伴って凄まじい。

瀧夜叉姫の唸。

 「唸」は、ただの「唸
(うな)り」だけではない。これには「おもい」が加わる。
 この「おもい」は単に、「思い」や「想い」とは異なる。唸と云う字を分解すると、「口」+音符「念」の事である。そして、問題なのは、口を開かずに声だけを出す「おもい」なのである。
 この「おもい」に充
(あ)てられれば、命を失い、子孫が絶える事すらある。そして「おもい」は、「念(おも)い」であり、そこにはやはり「唸」が絡み付いている。それは「執念」だからである。

 では、それを歴史に1コマから拾ってみよう。
 例えば、秀吉に仕えた天才軍師として知られた竹中半兵衛
(たけなか‐はんべい)である。半兵衛は万事が控え目な人物だった。それは裡側(うちがわ)に偉大な才能を隠した事物がとる行為であり、「能ある鷹は爪を隠す」の俚諺(りげん)は、何も日本だけのものであるまい。

 半兵衛は武術の達人でありながらも、それをひけらかすこともなく、戦略家としての才能も持っていたが、斎藤竜興
(さいとう‐たつおき)麾下(きか)では、目立たぬ存在で重く用いられる事もなかった。しかし、豪族の出である半兵衛は、関ヶ原に近い岩手山に菩提城(ぼだい‐じょう)を構え、竹中家の当主であった。
 斎藤竜興は、美濃の梟雄
(きょうゆう)と謂(い)われた斎藤道三(さいとう‐どうさん)の孫であった。竜興は現在の岐阜市にある稲葉山城(いなばやまじょう)を居城とし、また、半兵衛も先代から斎藤家に属する豪族の血を引いていた。

 斎藤家に属する武将は、時折、稲葉山城に出仕する。
 細身の体躯であった半兵衛は、城主の竜興から「へなへな侍」と常に揶揄
(やゆ)されていた。また、家臣も城主に見習い、半兵衛を「へなへな侍」と揶揄して侮(あなど)っていた。こうした輩(やから)は、いつの時代にもいるものである。こうした輩(やから)は、外見や容姿で人間を判断する悪習がある。特に上の者が軽率である場合、下の者もこれに見習う。

 半兵衛が十九歳になった永禄五年
(1562)の春、登城の帰りに矢倉の半兵衛に罵声を浴びせ、小便を引っ掛けた者が居た。この者のは、武勇自慢の驕慢(きょうまん)な侍大将・斎藤飛騨守(ひだのかみ)であった。

 小便を拭
(ぬぐ)って上を見上げる半兵衛を見て、飛騨守とその組下は、半兵衛のその仕種(しぐさ)に指を指して大笑いした。半兵衛は、直に冷静に戻り、無表情の儘(まま)、その足で舅の安達伊賀守守就(いがのかみ‐もりなり)を訪ねた。守就は斎藤家の重臣であり、稲葉一鉄(いなば‐いってつ)、氏家卜全(うじいえ‐ぼくぜん)とともに、美濃三人衆と云われた人物である。

 半兵衛は今し方、受けた斎藤飛騨守の驕慢な態度を話し、「斎藤家の家臣たちがこうした事を平気でするのは、主君が暗愚であるからでしょう。一つ、城を乗っ取り目にもの見せてやりたいものです。ご加勢をお願いします」と意思と伝えた。
 守就はこれを聞いて大層驚き、娘婿
(むすめむこ)の軽挙妄動(けいきょもうどう)を固く戒めた。しかし、半兵衛はこれを聞き流し、意に止めなかった。

 数日後のある日のこと、斎藤飛騨守は宿直
(とのい)の日であった。
 半兵衛は弟の病気見舞という名目で稲葉山城に出向いた。弟の久作
(きゅうさく)は、この時代の常として、人質となって稲葉山城にいた。弟の急病を装い、半兵衛は家臣十人ほどをしたがえて城に登った。そして家臣に長持ちを持たせ、この長持ちの中には、御歴々を持て成す酒や肴が入っていると物腰低く門兵に喋り、城内に持ち込む許可を得た。門兵は誰も疑わなかった。

 しかし、長持ちの中には酒肴
(しゅこう)ではなく、具足刀槍が詰まっていた。武装を整えた半兵衛一行は、斎藤飛騨守の宿直部屋へと雪崩(なだれ)込んだ。
 半兵衛が「思い知れ」と一喝して、白刃
(はくじん)の一閃(いっせん)を浴びせると、飛騨守は真っ二つにされて倒されてしまった。竹中家臣団は縦横無尽(じゅうおう‐むじん)に暴れまくり、遂に城を乗っ取ってしまった。この知らせを受けた斎藤家の家臣は城に直行したが、半兵衛一行は城の各城門を閉ざし、十九歳の半兵衛は美濃の要害と称された稲葉山城の城主となった。

 この時、寝巻きのままで、這々
(ほうほう)の体(てい)で逃げ出した竜興は、水門から城外に逃れて一命を落す寸前であった。
 しかし、半兵衛は竜興に代わって城主になろうと云う気持ちはさらさらなく、単に武士の意地を見せただけであった。

 こうした半兵衛に誘いを掛けた者が居た。尾張
(おわり)の織田信長であった。信長は半兵衛の奇略を絶賛し、「稲葉山城を無血で我に引き渡せば、美濃半国を与えるであろう」と云って来たのに対し、「我は国土を他国人に引き渡すは、望むところに非(あら)ず」と云って、信長の誘いを断った。そして竜興に易々と返上してしまったのである。

 その後の竜興の態度は豹変した。そして態度を一変させ、「わが宿老
(しゅくろう)たれ」と懇望した。しかし、これを断り、菩提城は弟の久作に譲って、半兵衛は飄然(ひょうぜん)として美濃を立ち去った。半兵衛に暫(しばら)くの間、世事を気にするふうはなかった。

 半兵衛が竜興を見限ると、それを待っていたように織田信長が美濃を攻勢し始めた。そして、その後間もなくして斎藤家は滅亡した。稲葉山城陥落は、永禄七年
(1564)とも云われており、半兵衛が小便を掛けられた永禄五年から数えて、僅か二年後の事であった。
 まさにこれは、意地が持ち越した因縁であり、因は直接的原因の「小便を掛けられた事の意地」であり、その縁は間接的条件によって、「美濃から立ち去った」ということが、転じて、定められた運命に竜興が支配され、その愚の儘
(まま)に因縁を全うした事になる。

 二代目三代目の「暗愚なる人生」には、こうした落し穴が待っているのであり、指導的立場にある者や、部下を持つ者は、特に他人への侮
(あなど)りを慎(つつし)み、外見で人を判断する愚を犯さぬ事が、人生をよりよく生きる方法だと言えよう。
 「覆水
(ふくすい)盆に返らず」の俚諺(りげん)は、こうした事への戒めとして、人間が厳守すべき故事が語られている。



●嘘をつかないという嘘

 人間社会の信用面での現象の一つに「嘘
(うそ)」というものがある。その嘘というものを定義すると、嘘と「騙(だま)し」は構造的に異なっている。
 嘘の構造は多くの場合、一重
(ひとえ)である。しかし騙しの場合は、その構造が二重(ふたえ)以上の、複合的な構造から構築されている。したがって、嘘以上に巧妙に偽装され、騙されたということに気付くのに多少の時間が掛る。あるいは騙されたことすら、一生気付かない場合がある。

 また、これらの騙しの構造を見破った時、騙された者は、嘘以上に多大な被害を被
(こうむる)る。
 「嘘をつくな」あるいは「正直であれ」などの言葉は、人間社会においては、実に美名である。誰もがそうでありたいと願ってやまない。

 しかし人間である以上、嘘をつかないということはあり得ない。嘘をつかない生活、嘘に染まらない生活を実践している人は、稀
(まれ)であろう。誰もが嘘をつく。言い訳がましい嘘をつく。嘘の正体は、このように気軽に口から出て来ることである。したがって、これを制して、「嘘をつかない」とは実に難しい行いなのである。しかし、一方で「嘘をつかない」ことに対し、苦悶(くもん)する葛藤(かっとう)がある。嘘をつかないように心掛ければ、それは意識になるので、自己との戦いが始まる。

 また、「嘘をつかない人間」あるいは「真正直な人間」は、その人間の理想像として、実に羨
(うらや)ましい限りであるが、人間は不完全なるが故に、意識的、あるいは無意識的に、嘘をついている場合が少なくない。

 明智光秀
(あけち‐みつひで)は「仏の嘘を方便(ほうべん)といい、武家の嘘を武略(ぶりゃく)という」とあっさりと言い切った。嘘も、また「よし」としているのである。これこそ、真の意味で愚直者の態度であろう。
 この現世において、人間社会の隅々まで突き詰めていくと、どうも「嘘をつかない」あるいは「正直である」などは、その言葉そのものが「嘘」ではないかと思えるのである。

 ある意味で、いい加減な返事、上の空から起こる空返事
(からへんじ)、安易な合槌(あいつち)などは、顕蜜(げんみつ)に謂(い)えば無意識から起こった嘘の一種になる。人が嘘をつかないという範疇(はんちゅう)は、多くの場合、社会信用面でのことを謂うのであって、その対人関係では日常茶飯事のように嘘がつかれ、騙しが行われている。嘘は人間にとって、必要不可欠なものであるようだ。
 しかし、だからといって故意に嘘をついていいという分けではない。結局、嘘をつくか、つかないかは、その個人個人の人格や霊格に委ねられ、その人の育った生活環境の中にその源泉が存在する。

 人命尊重、社会正義を豪語しながら、現体制を倒す革命集団は暴力や人殺しを必要とする。また西洋の信用面が経済の母体となっている中で、信用を巧妙に偽装しながら、法の網の下を潜
(くぐ)り、あるいは裏をかいて、人民を詐取する行為は合法的に昂然(こうぜん)と行われている。そして法律的には赦(ゆる)されるが、人道的には赦されないというものがある。
 合法的事実の中にも、決して人道的には赦されないというものが、この世の中には多々あるのである。

樹木の花は毎年間違わずに花をつけるが、それは愚直なほど正直である。しかし、人間はこの正直すぎて気のきかないことを真似する必要ない。「正直でありたい」と言う心掛けは、大事であるが、あまりにも愚直な生き方に固執すれば、またこれが「こだわり」となり、わが心を傷つけることになる。嘘も方便であり、現象界は至る所で方便に覆われている。

 「嘘をつかない」あるいは「正直である」という境地は、人間共通に理想とするところである。しかし、現実においては嘘が日常茶飯事であり、巧妙な騙しが昂然
(こうぜん)と行われている。またこれらは、庶民には「嘘をつくな」とか「正直であれ」という厳格な達しがなされ、権力者は逆に嘘や騙しを武器にして、弱い者苛(いじめ)めする現実がある。嘘は日常茶飯事なのだ。

 また権威の威光を笠
(かさ)に着て、思い込みや知識不足、過大評価や過小評価、誤った固定観念も顕蜜に謂(い)えば、一種の嘘になるであろう。目測を過ったり、見逃しや聞き逃しも、不注意による嘘を招く。憶測も嘘を招く元凶であろうし、人の心をいい加減に扱うことになる。その最たるものが誹謗中傷(ひぼう‐ちゅうしょう)ではないか。誹謗をもって、中傷をもって、「当て推量」をするのである。

 だから人は、より正確な、より狂いのない、嘘でない正しい情報を吸収しようとするのである。人間の脳の記憶中枢は、極度に誤情報の入り込むことを嫌う性質がある。したがって、必然的に嘘を除去しようとする防衛本能が働く。この結論からして、嘘は危険であり、信用・信頼中枢に狂いを生じさせ、人が信じられないという誇大妄想的な不信感が増幅されるのである。

 だが、嘘の恐ろしさはそれだけではない。嘘の恐ろしさは、このような嘘を重ねながら、自分は絶対に嘘をつかないと豪語し、それを信じ切っている人間自身にある。人間がこのような傲慢
(ごうまん)さにのし上がってしまうと、自然と謙虚さが足りなくなり、横柄(おうへい)になって人を見下す先入観が生まれてくる。
 此処にいたって、嘘をつかないという嘘の、増幅度は益々その振幅を大きし、無意識のうちに鬼界
(きかい)の虎口(こぐち)に引き寄せられるのである。

 しかし、繰り返すが「嘘」と「騙し」は違う。騙しは意図的であり、嘘は、無意識の場合もあるし、道理上、故意に歪
(ゆが)められる場合もある。
 例えば、「勝てば官軍負ければ賊軍」という俚諺
(りげん)がある。これは戦いなどにおいて、よく云われる言葉である。

 戦いは、道理に合わなくても勝てば正義で、道理に合っていても負ければ不正なものとされる。常に、人間の遵
(したが)うところ、「勝てば官軍」という意識が蹤(つ)いて廻(まわ)る。勝てば嘘も平気で赦(ゆる)されるのである。この道理に合わない、歪曲は、常に勝った者へ傾く人間の不憫(ふびん)さがあり、また、悲劇がある。

 私たちのまだ記憶に新しい太平洋戦争において、勝った連合国軍の将兵は、日・独・伊の枢軸国であった将兵を殺せば殺すほど、軍神英雄と崇
(あが)められ、敗れた枢軸国側は、同じ行為であっても、極悪非道の戦犯として裁かれ、極刑に処された。

 こうした場合、記録も勝者に都合のいいように、取捨選択され、多くの事実は大幅に改竄
(かいざん)された。また、敗戦国側は、自衛の為か、事実無根を突き付けられた犠牲者を弁護しないばかりか、無実の者まで生贄(いけにえ)にして徹底的に、悪しき態(ざま)に罵(ののし)った。一切の罪をその人間に押し被せ、自らは、吾(わ)が身の安全を図ろうとした者もいた。



●嘘の構造

 多くの凡夫
(ぼんぷ)は、言い訳や弁明を要求された場合、往々にして嘘が口から飛び出す。そして一つの嘘が発端(ほったん)となり、その一つの嘘を隠す為に、更なる嘘が必要となる。
 このように、一つの嘘は次々に辻褄
(つじつま)を袷(あわせ)る為に、嘘が嘘を呼び、喩(たと)えば二つの嘘を隠すには、その倍数の嘘が必要となる。嘘は二乗の数に比例するのだ。

 そして人間界では時間と空間に支配されているため、時間が経過し、空間移動が行われると、更に嘘は大きく成長をはじめる。確実に二乗に比例するのである。それは単に鼠算
(ねずみざん)的な、小さな代物ではない。

 だが、この成長する嘘にも限界があり、それを収めるには当然のように許容量が必要となる。そして此の許容量をオーバーした時、人は過去の嘘の時点まで遡
(さかのぼ)って、膨大な後悔がはじまる。
 嘘は、次の世代への因縁を残すからだ。

 因
(ちなみ)に因縁論では、嘘を頻繁(ひんぱん)につく人間は、「胃」と「舌」の病気の箇所と因果を持ち、鼻梁(はなすじ)が正中腺の中心より偏(かたよ)り、「横死の相」を示すと云われている。
 病人へ因縁を抱えてやがて死んで行くのであるが、死を目近
(まじか)に控えた人間は様々な匂いを発散している。酸っぱい匂い、甘ったるい匂い、焦げ臭い匂い、生臭い匂い、既に死臭を漂わせ肉体が化膿菌(かのうきん)で腐敗している匂いなど、実に様々であり、「罪障(ざいしょう)」により臭いは種々に変化し、「身口臭穢(しんく‐しゅうえ)」は、大方が嘘による因縁と云われる。嘘こそ、連鎖し、転生し、次々に複写されて行くからである。まるで「輪廻(りんね)の輪」の如しである。

 一つの嘘を隠す為に二つの辻褄袷
(つじつまあわせ)が必要であり、二つの嘘を隠す為に四つの辻褄袷が必要となる。時空を超えてその人が移動を行えば、またそこで、嘘が二乗の法則によってばら撒(ま)かれてて行く。そして己の嘘の一定の許容量を超えた時、もう元へは戻れない環境に置かれているのである。

 気の弱い人間は教会で告解をするように懺悔
(ざんげ)して告白し、しおらしく悔悛(かいしゅん)の情を顕わし、図々しい奴は開き直って何処までも嘘をつき通し、またその嘘に尾鰭(おひれ)がついて、最後は人から相手にされなくなる。そして、どんな辻褄袷を持って来ても、最初の嘘をつく前の状態には戻せない。嘘が、次の嘘を誘発するからだ。

『平知盛亡霊之図』より。平知盛(たいら‐の‐とももり)は平安末期の武将で、清盛の子であった。1180年(治承四年)源頼政を宇治に滅ぼし、81年(養和元年)源行家を美濃(みの)に破った実績を持つ武将であった。しかし、壇ノ浦の戦では「見るべき程の事は見つ」と入水したのである。その後、「平知盛亡霊」の物語は、謡曲や浄瑠璃などで戯曲化されることになる。世の中には、嘘と裏切りと謀略が憑(つ)き纏(まと)うからだ。

 人間はこのようにして、嘘の為の嘘をつくのだ。
 これを顕蜜
(げんみつ)に言えば、此(こ)の世に生きる人間界において、嘘をつかない義人など一人も居ないことになる。大なり小なり嘘をつき、大なり小なりの騙しが行われているのである。
 最も卑
(いや)しむべき嘘は、人前では嘘をつかないと豪語したり、あるいは事実人前では嘘をつかず、人に観(み)られない個の空間で嘘をつく輩(やから)である。

 喩
(たと)えば、二人以上は居ない個の空間で賄賂(わいろ)を送るなどの密室の行為であり、これはこの場に第三者が居なくても、現に、この行為は天から観(み)られている。これを観られていないと判断するところに、卑(いや)しむべき嘘の最大の醜さがある。腹黒さがある。
 嘘は最後までつき通すことができない。時間が経過すれば醜さが成長し、増幅するという現象を起すのである。だから人間はできるだけ言霊
(ことだま)を濁さないように、嘘を小さくして行かねければならない。



●瞞しの多忙

 多現代人は多忙を理由に奔走しているが、実はこの多忙は瞞
(まやか)しであろう。瞞しに操られ、そこに失意の中に死んで行く理由が存在している。しかし、多くの者は、この瞞しに全く気付いていないのである。

 忙しそうに動き回る。これはこれで結構であるが、よく考えれば単に多忙を装っているだけである。そして現代人の誰もが、この多忙に振り回されている。しかし、そのことに誰もが、殆ど気付かない。ここに現代の多忙を理由にする、落とし穴があるように思う。
 そして、この多忙と病気は無関係でない。病気で死んで行く者は、此処が見えていないのである。現代病や成人病に罹って死んで行く者は、この点を見落としているのである。

 問題は病気に罹らない事ではなく、病気に罹っても「直ぐに治る」というのが大事であり、昨今は病気に罹
(かか)っても直ぐに治らない者が余りにも多いように思われる。既に体質を悪くしているので、こうした者は、三次元の現代医学を以てしても、このレベルの医療では癒(なお)らないであろう。何れも瞞しであるからだ。

 病気に罹って、いつまでも治らず、あるいは病気と共棲
(きょうせい)することが出来ず、死んで行く人間と、病気に罹ってもそれに平然と耐え、生き残る因縁をもっているのは、「死を明確にする」からではないかと思う。死を明確に出来ない者は死んで行く以外ないであろう。そうした死の訪れは、「横死」であり、無念の死であろう。

 つまり、「死を嗜
(たしな)む道」ということを知らなければ、人に死はこうした横死になるのであって、昨今の現代人が、ひたすら死から逃げ回る見苦しさは、実は横死(おうし)を自らで追い求める死に方を、無意識のまま選択しているのではないかと思うのである。また、ここに生死の明暗があるように思う。
 そしてこの生死の問題には、大きく因縁が絡んでいる。

 誰もが、多忙の時代であるから、多忙を理由に少しでも長生きをしたいと企てる。
 その為に、もし、死なないで済むなら、どんなにいいだろうと云う考えは、長い間、人類の夢であった。しかし、「死なない」ということは、「死ねない」ということであり、死ねないと言う状態ほど、実は恐ろしいものは無いのである。死なないと云うことは、死ねないと云うことと同義であり、死を許されない、最高の刑罰にも等しいものである。

 何故ならば、安らかな死が得れないのである。死なない為の奔走、多忙を理由に長生きをしたい鋭利行為は、則
(すなわ)ち、瞞しの多忙から発した幻(まぼろし)に過ぎなかった。多くの現代人は、戦後の「生の哲学」により、生に固執する人命第一の人生を選択した。また、これが平和教育とドッキングをし、「人間の命は地球の重さよりも重い」などという瞞しの言葉まで生まれた。しかし、こうした言葉に欺瞞(ぎまん)が漂っていることは明白であり、実は、死を蔑ろにした言葉でもあった。

 死に何も価値が無いと決めつけたのが、戦後教育であり、万人は「生きることを前提」として、多忙なる瞞しの日々を送っている。しかし、人間が死なないで、生き続けることは不可能であり、これは悪因縁を抱え込む元凶ともなるのである。

 何故ならば、人間は死ぬことにより、次なる生を受ける生き物であり、死がなければ、生も無いのである。死を承認することは、次なる生命の承認でもあり、これにより生命は再生するのである。
 それは自然の樹木を見ても明らかであろう。

自然は四季の中で、生と死を繰り返す。

 樹木は四季を循環し、春には若葉が芽吹き、夏には若葉が生命力に物を言わせて大きく繁り、秋には落葉が始まる。そして、冬には落葉した枯れ葉が、樹木にひざ元に降り積もる。四季にまつわる、葉の一生は、自分の任務を終え、これにより完結する。しかし、その堆積した朽葉は、自分の木ばかりではなく、森全体を育てることの一翼を担うのである。
 これこそ、善なる循環、善なる因縁なのである。




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