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続 壺中天・瓢箪仙人 59

当世風の言葉に「ついてない」という表現がある。よい廻り合わせに遭遇しなかったり、幸運に恵まれなかったり、ちょっとしたことでミスをしてへまをしたときなどに、「ついてないなあ」などと吐露をする人は少なくないようだ。

 不幸現象に遭遇して「ついてない」と言い捨てることは、自分のすべきことを100%遣らず、何事も全力投球せずに適当に手を抜きながら、すべきことを棚上げし、その配慮の足りなさにおいて、その結果起こった現象を「ついてない」とするのは、些か虫のいい話である。不都合は運の所為
(せい)ではない。自らの努力不足、力不足の結果を招いたのである。責められるべきは、他に転嫁するものでなく、自身の不甲斐なさに帰すべきである。

 戦後、日本の運命を大きく変化させたものは、大東亜戦争の敗北と無縁ではない。戦争に負けたという事実が、世の中の流れを変えてしまった。そこに元兇があった。この元兇により、戦後日本人はすっかり自信を無くしてしまい、海外に対して主張すべき正当な発言も出来ずにいる。仮に発言したとしても、どこか遠慮気味で、譲歩気味で、妥協気味で、遂に無理難題をねじ込まれて、それでも何も言い返せずにいる。日本人の外交音痴の実情である。
 威張り腐った官僚の如く、内には強く、外には弱い日本人の人間像が出来上がったのである。特に権力筋は、これが顕著である。

 戦後の日本人が海外から尊敬されなくなったのは、こうした内弁慶にあり、「強きを挫き、弱きを扶
(たす)ける」という日本人は、今では殆ど見掛けなくなってしまった。
 内外において目立つのは商売人としての物作りにおいて、こだわりを露
(あらわ)にした小人(しょうじん)ばかりが、経済と云う言葉に翻弄(ほんろう)されて、「もの」として、消費物として増産・培養されたに過ぎなかった。消費される「もの」は、人間的な価値は殆どない。
 価値観の急変は日本の伝統を急速に風化させ、現代人を退廃させつつあるようだ。精神を萎えさせ、衰えさせ、連綿と続いた気風までを崩させつつある。こうした元兇の裏には金・物・色に翻弄
される実情があり、現代人の咄嗟(とっさ)の判断や瞬時の対応力を退化させてしまったのである。
 今や、心から物へと価値観が移行したのである。

 現代は「聞き上手」が少なくなったと言う。自己主張ばかりが強くなり、要求はするが義務は果たさないという人が殖えたという。
 聴く耳を俟持たないタイプの人間である。
 幸運談や成功談には、それに肖
(あやか)ろうとして耳を傾ける努力をする。金に絡んでいるからだ。そのため世の成功者のセミナーには詰め掛けるが、失敗談や忠告談となると、これに耳を傾ける人は殆ど居ない。「ついている話」が好きだからだ。

 しかし、人の失敗談や忠告談に聞く耳があれば、将来、血となり肉となり、必ず智慧となって、見識への道標となろう。過去のしくじった同じ轍
(てつ)は二度と踏まなくなるからだ。成功談より、失敗談の方が役に立つからである。
 これが「転ばぬ先の杖」となる。併せて、他人を侮
(あなど)らない訓練となる。人は見掛けによらないものだ。

 世の中には見掛けによらない人は多く、先入観で見下し、好悪の上下から甘く見てはならない。だがこの教訓が生かされない場合、色眼鏡で検
(み)てしまう恐れがある。
 だが、意外なところに、意外な人が存在しているものである。著名な評論家の評判通りではない。現に、優しい悪人、誠実な悪人、法を厳守する悪人、そして一方で意地悪な善人、山師的な善人がいるからだ。
 結局、善悪の判別が出来ない。
 それは色眼鏡が人物の評定を誤らせるからである。
 今日の世界状勢は「激動」と、一口で言ってしまう人が多い。また人倫が失われた時代だとも言う。
 しかし、こういう時代であるからこそ、人は以前にも増して、より礼節を尊ばねばならないのである。


●遁走

 太陽島二日目のことである。その晩餐時のことである。
 アン・スミス・サトウ少佐は、持ち前の気性からカジノでもアクロバット飛行を遣っていた。
 一対一のサシのポーカーを遣っていた。
 「ちまちまと百圓程度でからでは埒
(らち)が明かない。アンティ(初回参加料)は千圓で始めましょう」
 「ええ、同意します。わたしも、そう思っていました」
 基本賭け金の値上げである。
 アンは莫迦ツキで参百圓の種金が、いつの間にか20倍以上に膨らんでいた。手元には有に六千圓以上相当分のチップ
(賭け金代わりの丸札)が積み上げてあった。ちょっとした大金である。この調子だと、直ぐに壱萬圓に届いてしまおう。ツキにツイいていた。ラッキーと言うべきか、アンラッキーと言うべきか。
 千圓ずつが積み上げられていった。レイズとコールの交互の張り合いで、パヴロフ・カウフマンは賭け上がったチップが壱萬圓を超えたところでチェックをした。
 「ツーペア」ダイヤとクラブのと6に、ハートとダイヤのJ
(ジャック)だった。
 「わたしはスリーカード」7のクラブ、ハート、スペートであった。

 次の白熱戦になった。エスカレートする一方である。レイズとコールで積み上がり、この間、いらないカードを捨てるドローがあった。アクションは二回、三回と続けられ、ディーラーが強さの公開を求めた。
 「ストレート」6から10まで数字が連続していた。スペートの番号続きである。自慢そうに見せた。
 だが、そうは問屋が卸さない。
 「フラッシュ!」アンがその上を遣り返した。ハートの五枚揃いである。
 アンの手元にはチップが弐萬圓相当になっていた。既に大金だった。
 「フルハウス」スペートの3とダイヤの3のワンペア、Q
(クイーン)のハート、ダイヤ、クラブのスリーカードであった。
 「フォーカード」J
(ジャック)のクラブ、ハート、ダイヤ、スペートである。
 何故かアンが上を行くのである。それだけにカウフマンは忌々しかった。
 「A
(エース)のフォーカード」
 「わたくしは、ロイヤルフラッシュ!」
 ダイヤの10、J
(ジャック)、Q(クイーン)、K(キング)とA(エース)だった。滅多に出ない手札である。何故かアンが、カウフマンの上を行くのである。
 アンは嬉々としていた。ビンゴ、やったぞ。そんな感じに映る。
 本人の心理はどうか。舞い上がるようであった。雲にも乗ったような感じだった。表情からして舞い上がっていた。どうしても、そのように見えてしまうのである。これに頭に来たカウフマンは席を立とうとした。
 「面白いのは、これからですわ」
 カウフマンは「なに!」と怒
(いき)り立つような貌で、アンを見据えて坐り直した。アンが挑発したのである。心理戦の戦闘開始である。
 だが、禍
(わざわい)は忘れた時に遣って来る……。確かに真理だろう。
 だが、もっと怕
(こわ)いのは有頂天に舞い上がっている時に遣って来る禍の方が、それ以上なのである。
 何を遣っても巧くいく……。人生にはそういう得意絶頂になる時期が、何度か巡
(めぐ)って来る。
 運に恵まれた。幸運に恵まれた。運命に祝福されているなどと思い上がる時期がある。そして、何を遣っても巧
(うま)く行く。そして連続すると、それは自分の実力なのだ……と思い上がってしまう。
 愚者ほど、こうしたとき、侮
(あなど)りが起こる。安易に仮借(かしゃく)する。仮借を禁物だなどと思ってもいないし考えもしない。
 仮初
(かりそめ)の幸運と言うのに誑(たぶら)かされていることに気付かないのである。
 だが仮初は一時のことだ。これを永遠と思い込む。これが不幸現象の始まりである。
 忘れてはならないことは、不幸現象は善いことが続いた後に遣って来る。有頂天の恐ろしさだ。

 「ツイていた」「ツキが連続した」「絶好調である」などの好事が続くと、後にどんでん返しが起こり、顛落
(てんらく)する運命が免れない。思い上がっての狂喜は禁物である。矜持(きょうじ)は禁物である。上手く行き過ぎているときこそ、慎みが必要である。しかし人間は慎みを忘れる。いい気になる。思い上がる。
 そもそも人生は、プラス・マイナス=ゼロなのである。総計
(total)すれば、これで総て帳尻が合っているのである。したがって、特別に良い事もないし、特別に悪い事もない。本来はこれが幸運なのである。これを如何に制御力をもって中庸を保ち、好悪(こうお)を躱(かわ)して行くかが問題なのである。人間は、拮抗を維持することが如何に難しいが分るであろう。
 拮抗を保つ。つまり人生には、往々にして訪れる「絶好調」という現象を如何に上手に捌
(さば)き、かつ去(い)なし、賺(すか)し、間合を置いて、巧みに抜ける「躱す術」を心得ているか否かで、その人の、その後の人生が違って来るのである。「抜ける」という好事からの脱出法である。「躱す」という好事の去なし方である。ツキをおよがせることが出来れば大したものである。
 故に侮っての仮借は禁物である。禍は矜持にある。危険はそこにある。
 対戦相手に気位があるならば、危険であっても敢えて危険を無視して、ぎりぎりのところまで迫らねばならない。時には獅子奮迅
(しし‐ふんじん)三昧(ざんまい)に浸って奮闘するのもいい。但し、退き際を心得、退路を確保しておいて、掻(か)き回す準備をしておかねばならない。
 G・P・Uのパヴロフ・カウフマンを向こうに廻して、恐ろしいゲームを遣っていた。もう高がポーカーでは済まされないのである。
 蜂の巣を突ついた以上、もう遊びではなかった。それだけの危険を冒したのである。敵対者の「本気」に火を点
(つ)けてしまったからである。
 そうなると一種の死闘である。死闘を演じなければならなくなる。
 賭け金が恐ろしいほど極端に跳ね上がっていた。庶民の域を超えていたからである。
 積み上げた現生
(げんなま)は、満洲国の金額で有に弐萬圓を越えていた。日本円と同格に考えれば、その額が大金である分る筈である。当時、弐萬圓で、ちょっとした土地家屋が買えた時代である。

 任務はカウフマンをカジノに惹き付けておくことであった。その任務は充分に果たされていた。しかし、ここまでエスカレートしては抜けるに抜けられない。フォールドなどして降りるに降りられない状況になっていたのである。まさに曲芸師の綱渡りか、曲芸飛行士の危険極まりないアクロバット飛行であった。舞い上がっていた。熱狂
(feve)の一途であった。
 「遊びでない!」
 「望むところですわ」
 今度のルールは、チェック無しの無差別勝負である。賭け金が尽きるまで続けられる。
 だが賭け金に音
(ね)を上げてフォールドすれば、それで負けとなる。降りれば負けだ。これは日本流の博奕で言えば「張り通し」である。場に出した掛金も、勝ち金もこれに“足すこと”はできても、下げることは出来ない。何れかの種金尽きるまでの死闘(death match)である。えげつないゲームと言える。
 しかしこれを蹴って降りてしまえば「くすぶり」という烙印を押される。「くすぶり」は運の尽きた人間と同義である。社交界には二度と貌を出せないのである。一度この烙印が捺されると相手にされなくなる。したがってコールドに対し、レーズ以外の言葉がない。恐ろしいゲームだった。
 こういうゲームには「資金体力」が物を言う。資金的な体力があれば、強気で切り抜けられる。手だどうであれ、降りない以上は負けでない。
 また、自分の手札が相手の手札より強いと思い込んでいる限り、負けではない。強気で何処まで張れるかであった。要は資金力である。
 そして双方とも、自分に配られた手が最高と信じているからである。これ以上の手はないと言う自信があるからである。それを信じて、賭け金を張って行くのである。信じていればのこそである。どちらか一方が、弱気になってフォールドするまで続く。降参
(give up)するまで続くのである。
 最初、カウフマンは《この金髪女に少し儲けさせて、いい気にさせてカモのでもするか》と侮っていた。そのうち音を上げるに違いないと高を括
(くく)っていた。ところが、強気で張って来た。それがこのような結果になってしまった。女と検(み)て侮ったのが間違いだった。予想が外れた。
 《だいたいこの女、何者なのか。唯の鼠ではあるまい……》カウフマンはこのことを疑い始めた。

 この恐ろしいゲームの現場に居合わせたナターシャ・ニコルスキーも、この修羅場のような現状をはらはらドキドキしながら、傍
(はた)で見守っていた。大変なことになったと思っているのである。それは、ゲームの行方を案じてのことでない。ゲーム相手のパヴロフ・カウフマンが問題であったからだ。
 このゲームを観ていたミヤも、この状況を危険な構図と検
(み)ている。彼女達は困惑と混乱した貌になっていた。ウエイトレスに扮装しているミヤ・スコロモスカまでもが、ゲームの行方を心配そうに観ていた。はらはらドキドキである。カウフマンの残忍さを知っているからだ。
 これまでポーランド人同胞が、この異常な精神科医の麻酔分析の拷問で、何百と言う数で死んだり、あるいは精神に異常を来して廃人同様となっているからだ。
 ゲーム相手は残忍で獰猛で、然
(しか)も羆(ひぐま)のように狡猾で、道徳観も、血も涙もないパヴロフ・カウフマンだからだ。ソ連の羆である。
 もしアンがこのゲームに勝つようなことがあれば、カウフマンは完全に破産する。だが黙って破産するような漢ではなかった。それだけに、その後、如何なる行動をとるか、予測不可能であった。
 ただ分っているのは、この白熱戦はソ連の国家政治保安部のG・P・U
(ゲー・ペー・ウー)を向こうに廻しての大勝負であると言うことであった。このゲームはどちらかが破産するまで続くのである。
 そして見ていて、更に恐ろしいのは、アンが負ける気などさらさらないからだ。羆相手に互角か、それ以上に遣り合っているのである。これを蛮勇と呼ぶべきか……。
 相手はソ連の国家政治保安部の権力エリートである。国家の暴力を意のままに駆使する漢であった。

 G・P・Uは1941年
(昭和16年)に入ると、国家保安人民委員部(N・K・G・B(カー・ゲー・ペー)または内務人民委員部(NKVD/エヌ・カー・ベー・デー)で秘密警察の意)に名を改めている。G・P・Uと呼称したのは1922年から23年に懸けてのことであり、その後、O・G・P・Uとなり、その後、七万人規模に組織アップされて国家保安人民委員部となった。組織の麾下には非合法本部の工作員を従えている。そして手下(てか)として「もぐら(mole)」という工作員を走狗にするのである。あるいは「熟睡者(Sleeper)」と言う。
 敵の相手国の奥深くに潜入し、土竜
(もぐら)とはまさにいい得ていることまであり、また熟睡者とは敵対する相手国に数年、あるいは数十年も待機して、本国からの指令を俟ち、更に長くは一代だけでなく何代かに亘って棲(す)み付き、土着の民となり、その国に帰化して、あたかも根を降ろして、眠るが如く居座って諜報活動を行う。こういう長期待機者をスリーパーと言う。まさに熟睡者なのだ。
 そして満洲国のような歴史の浅い国家では、スリーパーと言うより、喉元の奥深く潜入する土竜の方が、工作員としては圧倒的な数に上るのである。この国では、内外の土竜が数多く潜入していた。絶好のスパイ天国である。
 おそらくカウフマンの周囲には、内外の多くの土竜が潜り込んでいる筈だった。この土竜を、出来るだけ闇から遠ざけておきたいのである。土竜は表にあっては、光のために行動が鈍り、白日の下では何も出来ない。彼らには闇が必要なのである。細作
(しのび)は闇を好む生き物である。闇から遠ざけておけば、その限りにおいては安全なのである。
 アンがポーカーで派手に勝負をするのも、土竜退治を兼ねた立回りであったのだろう。ゲームに興じて攪乱すると言う作戦は、大局的に見れば、よく考えた賢明な策であったといえよう。

 だが彼女は、このゲームに勝つことだけを念頭に置いて、真剣勝負をしているのである。負けるなどとは微塵
(みじん)も思っていない。それが土竜退治になると信じているからだ。当然、注視の眼は彼女に集まる。
 しかしそれは、はらはらドキドキの場面を作ることでもあった。これに多くの衆目が集まる。そのための派手な演出であった。この演出に、味方も騙されているのである。アンの性格や意図を見抜く大局視の余裕はなかった。
 ナターシャもミヤも、「もしかしたら……」という、その、もしかしたらが起こるかも知れないと検
(み)ている。特異点が顕われると踏んでいるようだった。視点は勝負の行方であった。その行方を案じている。
 もしかしたら……そうなると、次の行動を起こしていなければならない。起こってからでは遅い。今までの経験からである。
 しかし起こってから準備するのでなく、今、直ちに行動を起こさねばならない。緊急事態である。逼迫した事態が迫ったことを感得したのである。それは波瀾含みであった。そう検
ている。
 もやは動くしかない。ナターシャとミヤは、早速行動を開始した。それは退路を付けることでなく、迎撃して迎え撃つ態勢であった。格闘
(action)が起これば、目には目を……という訳である。去(い)し、賺(すか)し、躱すのではない。どこまでも力対力である。だが、果たして役に立つものだろうか。
 闇の中で、何かが起ころうとしていた。
 こうなると一悶着
(ひと‐もんちゃく)どころか、二悶着も、三悶着も起こるかも知れない。それを予期して第二段階、第三段階の行動を開始していた。周囲に屯(たむろ)する土竜退治である。出来るだけ土竜は数を減らしておきたい。一戦交える時には厄介な障害物になるからだ。
 このゲームは、ここまでくれば勝っても負けても、唯では済まない。パヴロフ・カウフマンをその気にさせてしまったからだ。問題を深刻化させてしまったとも思える。これから一体、アンはどう立回ろうとしていたのか。ナターシャとミヤは、未だにその策が分らないでいた。

 一方、カウフマンの部屋に潜入を企てるキャサリンと佳奈のコンビである。土竜の動きに用心しながら、注意深く、カウフマンの部屋に近付いた。無臭のしなやかな細作
(しのび)のように……。
 まず状況を判断して、物の配置を一気に記憶する。周囲を撮影するようなカメラのような眼で観察する。何処に何があるかを見る。置いている物が少しでも狂っていると、侵入されたことに勘付かれる。
 ドアの開け閉めも、肝心であり、工作員はドアに様々な仕掛けをする。その仕掛けを見て、他人が潜入して来た仮装でないかを判断する。一番よく使う手は、ドアに髪の毛を一本貼付けることである。自分の髪の毛を一本引き抜き、これをドアと壁に貼付ける。頭髪にはポマード類の油物が塗られているために、これはよく張り付く。これをドアの下から10cmくらいのところに貼るのである。下から10cmというのは、人間は目線の高さで行動する生活様式があるため、意外の見逃すのである。
 生活様式の置ける目線の高さとは、立った姿勢からの目線と立て膝状態での目線であり、「物を見る」行為の中にはこれが起居
(たちい)振る舞いの基本姿勢となっている。そしてそれ以外を、以外にも見逃し易い。
 目線の高さが異なると、その人自身の観察眼も異なって来るのである。要は観察眼を何処に設定しているかである。用心深く、警戒心の強い人間はこの観察眼の目線の位置が、日々安穏と暮らしている人間とは異なっているのである。

 これは、仏蘭西の昆虫学者のジャン・アンリ・ファーブル
(Jean Henri Fabre) が、「糞転し(スカラベ (scarab) は、甲虫類のコガネムシ科にタマオシコガネ属の古代エジプトの属名で、『昆虫記』の中で研究したスカラベ・サクレには、タマオシコガネやフンコロガシという和名を持つ)を注視した目線位置」と言えるだろう。日常の安穏とした肉眼からは、転がしは観察出来ない。これを観察するには、しゃがみ、寝そべらなければ、この虫は観ることは出来ないのである。
 したがって、多くはこういう虫の存在など、気付かないし、その生態を観察する気も起こらない。ただ観察眼を疎
(うと)くして、人生を歩んでいるだけである。常人が不思議と言う気持ちを起こさない所以(ゆえん)である。
 またファーブルは、進化論に反対したことで知られる。この反対は、ダーウィンの目線高さにおいての観察で意を唱えているからであり、ガラパゴスも、目線高さで視た観察だったのではあるまいか?……という気がしないでもないのである。進化論は何か肝心なことを見逃している……。そう思えて来るのである。
 むろんダーウィン進化論は、そもそもが生物に対してではなく、社会ダーウィニズム
(social Darwinism)が中心課題であったから、生物一般に眼を向けたと言うより、生物界、特に人間界の生存競争や適者生存の原理を人間社会に適用することを目的とした節が強い。つまり社会には、闘争と優勝劣敗の原理が支配すると主張する思想であったから、その影響力はドイツの動物学者のヘッケルの生物発生に関し、唯物論的一元論の立場を学説として位置づけたに過ぎなかった。根本的にファーブルの観察眼の次元と違っていた。
 もし、ダーウィンが目線の位置を変えていたら、首唱した『種の起原』にある進化論は違ったものになっていたかも知れない。進化論でなかったかも知れない。

 目線高さを変える……。
 観測者の掟
(おきて)である。この掟を知らなければ、肝心要の観察点を見失う。
 キャサリンが髪の毛の中に仕込んでおいた針金状の鍵棒
(pick)でピッキングし、ドアを開けた。
 そのドアを佳奈が開けようとした。
 「俟って」そう言って開けようとするのを止めた。
 「どうしてですか」
 そう言うと、キャサリンは屈んで床から10cmくらいのところに目を付けた。
 「ほら、よく検
(み)て御覧なさい」
 「あッ!髪の毛……」佳奈は小さく驚いた。これ自体で、カウフマンがどういう人物であるか想像で来た。
 思った以上に用心深く、狡猾で、油断のならぬ恐るべき人物と検たのである。普段なら、こうした点は見逃してしまうところである。キャサリンはその髪の毛の貼付けた形状や位置を記憶した。そしてその髪の毛をハンカチに挟んで、部屋を出る時に同じように貼付けて出るのである。侵入する方も、これくらいの用心深さがなくては、敵は侵入したことを直ぐに見抜いてしまう。
 二人は部屋に忍び込んだ。捜索時間は5分以内。この時間が長ければ、これまで目立って人目を惹いていた四人のうちの二人が消えていることに勘付かれる。長くては悟られてしまうのである。5分前後ならトイレタイムなのである。過ぎると、化粧直しとは思われず、別行動をしていたと検
(み)られてしまう。

 室内を検て状況判断する。まず、アタッシュケースを衣装箪笥の中から発見した。ケースは鍵など掛かって要
(お)らず、中に納められた暗号文書を見付け、これは八枚綴りになっていた。モスクワからの指令文書である。その八枚を順に閲覧し、その内容を検討した。暗号は総て単純な『奇数・偶数法』であった。
 数学者であるキャサリンは、これを一目で見抜き、内容を暗号に置き換えて記憶してしまった。ただ、一枚だけ不明な暗号文書が入っていて、この意味が釈然としなかった。そこでドレスの胸の谷間に挟んでおいたマイクロフィルムの入った超小型カメラを取り出しこれで撮影し、所要時間は1分程度だった。これで先ずは第一段階が終了した。
 続いて第二段階へと移った。第二段階は盗まれた満洲国軍の治安室員の持っていた極東ソ連軍に関する極秘情報を入手した暗号文だった。これを、どんなことをしても発見しなければならない。
 次々に発見のための捜索を行う。何処に隠されているのか。しかし、これがなかなか見つからない。モチ時間の5分間のうち、もう3分以上が経過していた。
 「見つからない……」キャサリンが吐露した。
 「額縁の裡側とか、花瓶の下とかではないのですか?」
 思い当たるところを総て探してみた。しかし出てこない。検討のつくところは総て探してみたのである。
 では、本人が肌身は出さず身に付けているのでは?……となったが、そうは考えられない。
 工作員はそういう物を、万一のことを考えて自分の肌近くには置かないものである。身に付けない。そう考えると、やはり部屋の何処かに隠しているのである。
 佳奈が天井を視た。
 「あッ!」
 「どうしたの?」
 「あのシャンデリアの上では?」佳奈は意外に勘がいい。彼女は眼も、夕鶴隊の中では一番いい。観察眼がいい。それに身体能力があって、運動神経が発達している。ときどき奇想天外な発想をする。転換力が速い。天性の才だろう。その発想によって、シャンデリアの上では?……と言ったのである。
 そういって、縦長椅子を持って来て、ハイヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾をからげ、軽業師のように、ひょいと飛び乗った。しかし何分にも天井が高い。
 158cmの佳奈の身長では、今イチだった。彼女より5、6cm高いキャサリンでも同じだろう。そこで縦長椅子の上に、電話台を重ねてその上に飛び乗った。身が軽い。運動神経が発達している。動きの悪い箱入り娘とは訳が違う。何事にも聡く、機転が利く。
 今度は十分だった。シャンデリアの上を探し始めたのである。
 《やはり、こんなところに……》そして案の定、封筒に入った書類が出て来たのである。封筒を取ってキャサリンに渡した。
 封筒には糊
(のり)で封がしている。これを竹ベラで開け、中を見た後、速乾性の糊で更に封をする。キャサリンはその準備もしてあった。
 暗号文書は三枚綴りになっていて、残り時間もないため、悠長に記憶するなどの時間はない。カメラに収めるしかないのである。佳奈が書類を順に繰り出して並べ、それをキャサリンが撮影した。そして持ち出した椅子と電話台をもとの位置に、寸分も違
(たが)わず戻し、総て完了した。急がれることは、此処から一刻も早く離れねばならない。二人はスルリと抜けるように部屋を出た。
 そしてドアに鍵を掛け、貼ってあった髪の毛を正確に元に位置に貼付けた。任務は総て完了したのである。周囲に土竜は居なかった。二人は直ぐにトイレへと駆け込んだのである。

 この最中、まだ白熱したポーカーが続いていた。時間稼ぎのようにも思える。千圓単位でペット、コール、レイズが二者の間で繰り広げられ、もう積み上がった賭け金は伍萬圓を軽く超えていた。そして六萬圓に迫ろうとしていた。
 双方からレイズが掛かる度に、周囲は「おーッ……」という響動
(どよ)めきのような聲(こえ)が漏れた。
 伍萬圓と言うと、日本円にも匹敵し、おおかた戦闘機一機が買えるような金額である。あと壱萬圓ほどを足せば機銃や無線機などの付属品
(option)を搭載しても充分に買える値段である。
 そして遂に壱拾萬圓に達した。
 しかしそれだけにこのゲームに負ければ、敗者は間違いなく破産する。あるいはこれは国家であれば、一部署の下級官吏の1年分の運営費に相当する金額である。恐ろしいを通り越して、まさに恐怖であった。
恐怖そのものであった。
 賭け金が益々積み上がっていくので、これまで莫迦ツキをしていたアンの軍資金も底を突き始めていた。このままではアンが負けることになる。
 その状況を察したのか、カウフマンの貌に漸
(ようや)く、余裕の笑いが戻って来た。
 《そろそろ破産寸前かな》と高を括り始めた。《これ以上、張り合って行く金がないのなら、お前の躰で払って貰う手もあるが……》などと不埒
(ふらち)なことを考え始めていた。
 一方で、しかし?と思い直す。だがよ?と思い直す。

 何故、こうまでして張り合うのか。その根拠は何か。
 これをカウフマンは洞察し始めていた。疑いでもある。
 《相手の女はバカでない。立回りも上手く、起点も聞く。それに自分は、何度かのアクションでドローし手札を交換して、今の手はフラッシュまで持ち込んだ。決して悪い手ではない。だが、この上を行っているかも知れない。まさか奇蹟にも等しいファイブカード
(同数4枚にジョージャーが付く)ではあるまいか。何故なら、既にこの女はロイヤルフラッシュを出したではないか。その奇蹟にも等しいファイブカード!……。それに、あの妙に自信に満ちた貌は何だ。もしかすると“まさか”が起こっているのではないか!……。
 更に、この女、ポーカーに途轍もない才能を持っているのではないか。現に、自分の手より、上へ上へと被せて来た。読んでいるからだ。それが何よりもの証拠でないか。そうだ、きっとそうに違いない》カウフマンはそう思うのである。
 こうなると疑心暗鬼だった。

 「この中で、どなたか、わたしくにお金を貸して頂ける方はいないでしょうか。わたくし、ここでくすぶりたくありませんの」アンが笑顔を崩さずに、あたかも懇願するように言う。それは悲願と言ってよかった。
 しかし、何処までも妖しい笑みは崩さない。魅了しているとも思える。
 《馬鹿者、誰が金など貸すものか。莫迦も休み休み言え》と、カウフマンは侮蔑の笑いを漏らしていた。
 「わたくしの手、最高なんです。これ以上の手は御座いませんわ。どなたか、おりませんでしょうか。このままでは、わたしくもう直、破産してしまいますわ……。もし、投資家の方がおりましたら、お金を融通していただけません?返済は今日限りで、元金に20%の後利息を付けてお支払いしますわ。どなたか、おりませんでしょうか……」と、あつかましく、しゃあしゃあと言うのである。
 そこに老紳士が名乗り出た。
 「お嬢さん、私が融通しよう。幾らだね?」
 「あの……、わたくし、ミスではなく、ミセスなのです」
 「そうですか、それは失敬した。で、幾らだね?」
 「あと伍萬圓ほど……」
 元金50,000圓に対し20%の利息をつけて、10,000圓が返済額である。
 「よろしい、融通しましょう。私は満洲相互銀行哈爾濱支店長の藤堂隆之だ。で、最高の手とは如何なる手だ?私も銀行家だ。保険と言うものが欲しい」
 「それは申し上げられませんわ。でも、最高の手であることは確約致します」
 「そうか……」
 「その保険、わたくしの笑顔
(poker smile)と思って頂ければ、ご安心じゃありませんこと。わたくし、無表情(poker face)は不得意ですの」
 「なるほど、上手いことを言いなさる。それもそうですな。その余裕、間違いなく最高の手であろう。その度胸、気に入った」と太鼓判を捺すように言った。
 こうして藤堂隆之と名乗った老紳士は、満洲相互銀行の小切手に伍萬圓の金額を書き込んだ。
 その小切手を受けて、アンは「レイズ」と止めを刺した。掛け金を上げたのである。
 これまでの掛け金は弐拾萬圓近かった。個人にしては恐ろしい額であった。この勝負だけで、当時の金額に換算すれば、戦闘機数機か、重爆撃機一機が買える値段である。
 さて、カウフマンはどうするか。受けるのか、降りるのか。
 彼の貌には迷いとともに、忌々しさが貼り付いていた。勝てる筈の勝負に、とんだ邪魔をしてくれたと思っている。そして遂にフォールドした。アンが勝ったのである。

 ディーラーは「続けますか?」と訊いた。
 カウフマンは「いや」と首を振って答えて、千圓チップを一つ、ディーラーに投げて席を立った。ゲームセットである。種金が尽きたのである。それは「くすぶり」は免れたにしても、敗北宣言だった。
 ディーラーは「これはどうも」と答えて、カウフマンに会釈した。
 カウフマンはこの場を退き下がった。だが人前でもあり、彼は紳士面して下がって行った。その無表情に冷酷なものが張り付いていた。こうした事態を招けば、決して唯ではすまされまい。彼をオケラにしてしまったからだ。これに相当する何倍もの反撃がある筈だ。アンは逆に災難を招き、命を狙われることになった。


 ─────ゲームの観戦者が去った後のことである。
 「スミス少佐。あなたが大変なことをしましたね」ナターシャ・ニコルスキーは怕い貌をして言った。
 「でも、あちらの方を破産
(オケラ)にして差し上げましたわ」
 「それが大変なことなのです!」語尾を強めて言った。
 「どのように?」小娘のようなことを訊いた。
 「これから命を狙われますよ、あなたたち全員の命が」《そんなこと分らないのですか?あなたは、突つかないでもいい蜂の巣を突ついてしまったのですよ。その相手が誰だか知っているのですか。G・P・U高級将校のパヴロフ・カウフマンですよ》とナターシャは言いたかった。
 「ご安心なさい、ご迷惑はお掛け致しませんわ。此処から消える手筈は、前もって整えておきました」
 「手筈ですって?!」驚いたように訊く。
 「わたくしたちの荷物、クルーザーの中に置いてあって、松花江の中沖に停めている艇
(ふね)まで泳いで行きますわ。お風呂場の裏口から抜けられるように細工をしておきました。川崎中尉に注文をしておいたので、もうそろそろ陸軍の河川警備艇が近くに来ておりますわ。大掃除をして得た壱拾萬圓ほどのお金。あなた方の今後の活動資金か、警備艇の一艘か、戦闘機の数機か、あるいは大砲の一門でも、お買いになって下さい。お世話になったバカンスの、ほんの心ばかりのお礼ですわ」
 弐拾萬圓近い金額から種金、借金返済分、必要経費などを差し引いても、かなりの額である。純利は壱拾萬圓以上は軽くあろうか。
 フロント係に扮した川崎に、先回りさせておたのである。川崎に、カウフマンをフロントで引き止め、モスクワからの電話と言って偽らしたのである。一種の時間稼ぎであった。この状況を作り出すための引き止め手段であった。
 「なんですって?……」ナターシャは呆れて、あんぐりと口を開けたままであった。《なんという人だ》と思う。
 「では、わたしたちは、これで」
 「えッ?……」《もう行ってしまうの?》という予想外のことだった。
 「どうか、あなたもお元気で。じゃあ
(good luck)
 四人全員は一礼して、別れの挨拶もそこそこに、この場を足早に去って行ったのである。何と豹変の速いことか。

 アンには一つの自負があった。約束を果たした自負である。
 津村陽平が赤塔
(チタ)に発つ前「充分に惹き付けておいて下さい」という依頼を履行したからである。
 官憲を含めて、内外の工作員の眼を惹き付けておくのが任務だった。もう充分過ぎるほど、惹き付けたという自負があった。それだけに、津村は隠密裏にチタまで行けた。
 そして津村は津村で、気付かれずにソ連の重要情報を手に入れ、併せて、その状況を見ることが出来た。ソ連の対日参戦の気配が読めたからである。そのために惹き付けたのである。
 これに満足感を覚えるのである。数日間に課せられた任務は、総て果たしたのである。

 アンは予
(かね)てより、退路を考えていた。手筈通り、風呂場の裏口から脱出する。風呂場でイブニングドレスを水着に着替え、そこから泳いで、クルーザーが停泊しているところへまで渡る。
 夜の松花江を、クルーザーのある中沖まで泳いで渡るのである。その後、クルーザーの中でエア・ガールの制服に着替え、何事もなかったように、哈爾濱のヤマトホテルまで戻る……。そういう手筈を、アン独特のイマジネーション
(imagination)から導き出していたのである。
 夜陰に乗じ、松花江を泳いでクルーザーに辿り着く……。これはアンのイマジネーションから生まれたものであった。想像力が紡ぎ出した心象化現象に希
(のぞ)みを託したのである。
 昨日から、このことを考えて、艇
(ふね)を河下に停泊させるように恃んでいた。力泳すれば、何とか辿り着く。遊撃戦に備えて、そういう泳法訓練もして来た。先を見越したイマジネーションからである。強く念じれば希み通りに適(かな)う。心象化現象の妙である。この「妙」を津村陽平から教わっていた。
 妙を得て、そのことを考え、今日の昼中、艇の移動を恃んだのである。これまでの夕鶴隊の教練には、激流れに逆らって、泳ぎ切る泳法の訓練もして来た。流れに逆らっても力泳できる。その自負がある。
 併せて局地戦での勝算がある。その構図を描いていた。
 松花江は夏になると、水量が減少する。併せて流れが幾分和らぐ。そのように聴いていた。
 昨日と今日は、表面上はバカンスを楽しみながらも、河の流れの水量調査もして来た。余程、豪雨が降らない限り、水量は殖えることはない。激しくもならない。その計算をしていたのである。
 計画通り、艇まで辿り着いた。迅速に、次の行動に移っていたのである。

 泳いで渡り、制服に着替え終わったとき、クルーザーに警備艇がエンジン音を低く響かせならが、静かに近付いて来た。予定通りだった。向こう岸の遠くから、双眼鏡などでこの様子を窺えば、夜の船舶検閲のようにも映る。警備艇が近付いても、構図としては、怪しまれない構図である。
 日本陸軍の九十八式20mm高射機関砲を搭載した警備艇である。重厚な警備艇が接舷した。同時に、急いで乗り移る。
 まずは太陽島からクルーザーまで泳ぎ、艇から警備隊員の護衛付き向こう岸まで渡るのである。警備兵は極秘の指令を受けている。
 警備艇への乗り込み口には、川崎直也と従兵がいて、任務を遂行した彼女らに「ご苦労さま」と言う風に、敬礼と捧げ銃
(つつ)をした。警備艇には日の丸が掲げられている。国旗を掲げた艇である。工作員には攻撃が出来ない。国際問題になるからだ。
 仮に、周囲からこの様子が視られたとしても、これには容易に手が出せない。日ソ中立条約がある限り、満洲国に潜入しているソ連の官憲と雖
(いえど)も、手が出せないのである。小競り合いを慎んでいるのである。
 ただしソ連が、世界に向けて恰好をつけているうちはである。
 彼女達の二泊三日のバカンスは、これで終わったのである。
 あとは一刻も早く、この場から立ち去ることであった。グズグズして入られない。
 G・P・Uのカウフマンのことである。このままでは済ませる筈がない。当然圧力を掛けて来る。まず手始めに名うての秘密警察員を走狗に遣う。闇に溶け込む勢力である。それは力と言うより、悪辣
(あくらつ)極わまる行動に出るだろう。その想像は埒外(らちがい)に属するものだ。事を起こせば、言語に尽くし難い烈しいものだろう。
 ひとたび蜂の巣を突ついてしまった以上、騒然となるのは当然だ。こういう事態も予測していた。
 それにしても異変であり、事件であった。アンの貌は異様に青ざめていた。自分のしたことの恐ろしさが、今更
(いまさら)ながらに自覚し始めたのかも知れない。あるいはその恐ろしさに、あらためて戦慄(せんりつ)したのかも知れない。血の気を喪ったように見える。

 辺りは何故か殺気で覆われ、アン一行の動静を窺っているように思われた。そこには、何か息を殺した兇暴な生き物が跫音
(あしおと)もなく、接近しているような感じであった。ソ連軍の工作員の忍び寄りである。土竜の暗躍である。
 思惑を持った物同士が、それぞれの運命を賭
(と)して、暗躍が始まったのである。この暗躍勢力と、まともに戦っては歯が立たない。早々に遁走するのが賢明である。そしてソ連の諜報機関は、アン一行をまんまと取り逃がしたことや、おまけにポーカーで大金を巻き上げられた上に遁走させてしまったことは、最大のエラーとなる。今ごろ屈辱と感じていることだろう。あるいは国辱と感じているかも知れない。高がエア・ガール一匹が、ソ連を敵に回して手玉にとったからだ。
 その証拠に、何かが闇の中を暗躍をし始めた。これまで経験したことのない不穏な夜気に包まれ始めた。何かが息を殺して蠢
(うごめ)き始めたのである。
 この直感は正しいだろう。
 機略に通じた者ならが、近未来に危険を感知する勘は働くだろう。その種の異能力は自然と養われるものである。過去のデータばかりが物を言うのではない。一寸先の闇の未来は、過去に留めた埒外にあるからだ。予測不可能であった。

 一方クルーザーは停泊したままであった。艇内は燈火が赫々と点
(と)されている。人が居るように映る。
 しかし既に蛻
(もぬけ)の殻である。無人であるが、これは敵の眼をクルーザーに惹き付けることが目的であった。此処に錨を打ち込んで、暫く停泊して居るように思わせるのである。土竜をクルーザーに注目させておく。印象づけるためである。
 状況判断とともに、思念を凝集
(ぎょうしゅう)させ、暗示に掛け、虚を衝き、攪乱させる素早い行動が必要だった。その隙に遁走する。その計画であった。
 クルーザーから無事、警備艇への乗り移っている。あとは河岸に辿り着き、哈爾濱駅に直行して、新京行きの急行列車に乗ればいいのである。
 河岸には津村と吉田が待ち受けていた。一日遅れだが、津村一行は無事に哈爾濱に到着していた。
 「お早いお着きで……」津村が妙なことを言った。
 「えッ?」《ジョークでもあるまいし》とアンは思う。
 津村一行も、アン一行も、ともに首尾は上々であった。互いと満足している。思えば上手く行き過ぎた。これまでが幸運だったと思う。もうこれ以上、幸運には甘えられまい。これでラッキーは打ち止めだった。土竜の暗躍が始まったからだ。警戒しなければならない。
 「ホテルには戻らない方がいいようです」吉田が言った。
 「どうしてですか?」
 「見張られています」
 「このまま駅へ直行の方が恙無く終了出来ます。何も暴虐なる徒に熨斗をつけて、扶
(たす)ける必要は御座いますまい。三十六計逃げるに如かず……」津村の言である。

 帰路というか、退路の確認である。
 新京までの一行の編制は、エア・ガールの四人組に、津村陽平と斉斉哈爾
(チチハル)で拾った何分の一かのユダヤ人のアニー・セミョーノヴァである。彼女の旅券は、満洲国が発行した。裏から手を回して、半日でそれを遣らせた。
 これから先の新京飛行場までの案内役は吉田毅であった。この漢の誘導が大きい。
 哈爾濱から新京まで、急行列車で早くとも丸一日か、早くとも一日弱は懸かる。ちょっとした長旅である。
 当時の世界最高速度を誇った『あじあ號』は大連から新京まで、最高速度を出せた時点で七時間から八時間だったという。名目上は急行列車だが、今日で言う特急列車のことである。しかし哈爾濱・新京間は『あじあ號』は走っていない。新京行きの急行は、特急と銘打っていても、これよりも遅い。空気抵抗の少ない流線型車輛でない。
 また飛行機と言う手もあるが、翌朝まで俟たねばならない。この時代は有視界飛行であったからだ。それに白昼では、尾行されて追われる懸念がある。まずは一刻も早く遁走する。一騒動を遣らかしたあとは退路へと急ぎたい。人間の心理である。
 逸
(はや)る気持ちは新京へと急ぎたかった。新京に行けば身を隠すところも多い。新京にも『梟の眼』のネットワークがあるからだ。その網の下に隠れたい。その傘下に入りたい。まず遁走し、身の安全を図ることが肝心であった。
 吉田毅の任務は、この一行を網の目の下に隠す指令を受けていた。無事日本に帰すことであった。
 また津村一行は、今後の日本に関する重要な手掛かりを担っている。その手掛かりを持って、日本へと舞い戻る。今後の日本の運命が、入手した情報で大きく左右するからだ。先ずは哈爾濱からの退路の確保だった。
 それには夜陰に乗じて、この場から一刻も早く消え去ることが急務であった。
 そして全員無事に、虎穴から脱出した。


 ─────午前零時五分。新京行きの夜行急行列車に七人が乗り込んだ。案内役は吉田毅である。
 津村の養父の星野周作は哈爾濱までだった。彼は以後、職人長屋へと移る。ここで刀鍛冶として、残された余生を送る。波乱万丈の人生を駆け抜けた人間の終焉
(しゅうえん)としては、恵まれた終わり方であろう。おそらく、これで幸せな、よき死に恵まれたと思ったのだろう。だが、満洲国が永遠に日本の属国として続く限りはである。
 職人長屋は、老後を送るには悪くないところであった。半数ほどは職人群であったからだ。
 此処には漆職人の室瀬泉蔵がいる限り、余生は寂しくない。話し相手にもなる。一時期、老兵隊と一緒に過ごす。彼らが野戦に出るまではである。彼はその道を選択したのである
。最後は此処で潰える気でいた。
 もう思い残すことはなかったのである。肝心なるこれまでの調べ上げた極秘文書は、総て津村陽平に手渡したのである。M資金も自分なりに丹念に調べ上げたからである。その後は、受託者の分析力に任せればいい。老いぼれの出る幕ではない。星野周作はそう思っていた。


 ─────新京行きの急行『はと號』の特等個室である。今風で言う個室A寝台である。
 この列車には、一輛だけ貴賓室風の車輛が編制されている。貴賓室という今で言う特別区劃のコンパーメント・タイプ
(compartment type)の特等車輛である。この車輛が最後尾に編制されている。そこにはバー・カウンター席もあり、ラウンジ風の展望室もある。満鉄が誇る豪華車輛であった。この一輛を貸し切っている。部外者を排除するためである。そしてこの車輛の貨物庫には極秘物資が積み込まれていた。哈爾濱日本商工会や哈爾濱在住の日本人有志から寄附された500kgの金塊である。早期戦争終結のための工作資金である。

 『タカ』は日本が戦争を集結した時に起こる、パイパーインフレが襲うことを、第一次世界大戦の敗戦国である独逸を検
(み)て知っていたからである。そうなると、これまでの日本の紙幣は紙屑同然になる。然もそれだけでない。大量の餓死者が出る。換金する紙幣の価値が失われてしまうからだ。
 況
(ま)して軍が乱発した軍票などは、有って無き等しいものであった。
 紙幣としては、金の裏付けがいるからである。金の裏付けがないと、紙屑同然なのである。パイパーインフレが襲う。こうしたパニックは防がねばならない。
 吉田毅の任務は、この金塊を津村一行に持たせて、日本に極秘裏に無事運び込ませることであった。哈爾濱で金塊のことを知っているのは、吉田と津村の二人だけだった。だが金塊に護衛も、歩哨もついていない。そうなると物々しくなり、逆に標的にされる。自然が一番いいのである。金塊を積載しているとは思われないからである。
 貴賓車輛には、男女がそれぞれに別れて入っていた。
 夜行急行の個室は夜間、寝台へと早変わりする。
 男は津村と吉田。そして女はアン一行四人と、アニー・セミョーノヴァだった。
 女どもは、夜景を見ながらラウンジのソファーに坐って寛いでいた。

 「室瀬候補生、あなたのお爺さまに別れを告げる時間がなくて、ご免なさい」アンが言った。彼女は泉蔵から「孫をくれぐれも宜しく」と恃まれていたからである。六十歳を超えて徴兵され、弾除けにされてしまった室瀬泉蔵二等兵を気の毒に思った。
 「別れは、もう済ましてあります。何も思い残すことはありません……」そう、俯き加減で、ぽつりと言った貌は、どこか寂し気であった。その翳りが疾っていた。
 一時期、室瀬一家は佳奈だけが学業のため東京に置いて、家族は空襲を避けて、埼玉の鄙
(ひな)びた山里に疎開していた。佳奈の父親は海軍陸戦隊に居て、硫黄島守備隊の兵曹長をしていた。分隊長である。
 山里に疎開している時、村役場の兵事係の官吏が召集の旨の令状を持ってやって来た。それも六十歳を超えた室瀬泉蔵にである。奇
(く)しくも泉蔵は、その官吏より、二倍以上も年長であった。皮肉な話である。
 だが、やがてこの兵事係の官吏も、自らにも陸軍省から徴兵令状が来る筈だが……。
 なぜ年寄りが召集されるか。
 それは本土決戦に備え、弾の飛んで来る最前線に出して、十字砲火の弾除けにする目的があったからだ。残酷な話である。

 話題をアニー・セミョーノヴァに向けた。
 「セミョーノヴァさん」アンは聲
(こえ)を掛けた。
 アニーはアンが何者か、もう知っていた。彼女の尊敬する「娘子軍」の指揮官であることを聞いていたからである。
 「アニーと呼んで下さい」
 「じゃァ、アニー。これまで大変でしたでしょ?」
 アンは一切を吉田毅から報告を受けていた。
 独逸での迫害、そしてソ連の密告ネットワークの網の目を潜りながら、満洲国に亡命した経緯を総て知っていた。七カ国語が話せる特技も聴いていた。そのため『タカ』は、彼女に執心した。そこで日本に連れて来いとなった。それに、星野周作から貰ったコミンテルン
(Komintern)の紹介状を持っている。
 星野の話では、ソ連国内では大きな威力を発揮すると言う。この現物を、『タカ』は見てみたいと思う。偽造出来ないかと思うのである。偽造出来れば『梟の眼』の活動も、いま以上に容易になるだろう。コミンテルンの熱血なる闘士を装えば、ソ連の懐深くに潜入出来るからである。
 「追い回される日々でした。独逸ではゲシュタポに追われ、ソ連では国家秘密警察に追われました。見つかって捕らえられれば、シベリア送りか、悪くすると銃殺です。監視ネットワークが厳重な国は、個人が存在せず、自由を標榜する個人には容赦がありません。哈爾濱にいる両親を頼って此処まで来ましたが、限られた時間では、会う暇もありませんでした……」
 両親も監視されていたのであろう。むしろ会えずに良かったと思う。哈爾濱にもゲシュタポや秘密警察が、両親との接触を企てていると検
(み)ているからである。接触した時点で、親子共々捕らえる。その懸念は大いにあった。
 アニーにしてみれば、先ず自身が生き残ることだった。独逸から追われた両親の無念を霽
(は)らすためにもである。ナチ下では、軍に協力しなかったり、消極的であったりすれば、独逸国籍を持っていても、何代か前にユダヤ人の血が混じっていることを論(あげつら)われ、ユダヤ人にされてしまった。軍から「不適当」の烙印を押され、指弾の対象にされた。強制収容所送りの対象者にされた。
 この「不適当」は、当時の独逸では「クズ人間」と同義である。
 「……………」聞いていて気の毒であった。
 「この戦争、独逸は負けます。日本も同じ運命を辿ります。でも、わたしは吉田さんから『娘子軍』の話を聴きました。あなたたちのことです。こうして、お目に掛かれたのも、何かの縁でしょう。光栄ですわ」
 アニーは日本通だった。
 「こちらこそ……」それは《仲良く遣りましょう》ということであった。

 「わたしは、満洲国に亡命する旅程で苦難に遭遇しました。ゲシュタポに追われて、ハンガリーのブダペストに迷い込んだことがあります。此処では恐ろしいことが起こっていました」
 「想像はつくけど、どんなこと?」
 「ナチス独逸は、もうこのとき、欧州戦線では負けつつありました。独ソ不可侵条約を簡単に破ったヒトラーの軍団は、ナポレオンが仕出かした同じような過ちによって、冬将軍でソ連から追い出されました。
 しかし連合軍は、北アフリカ戦線で勝利を収めたときでしたから、今度は、南から欧州全土に侵攻を開始したのです。まず伊太利亜
(イタリア)を降服させ、死に物狂いのナチス独逸は、ハンガリーを占領しました。
 戦略的に検
(み)ると、この国はヒトラーにとって重要拠点でした。何故かと言うと、東方から進撃するソ連軍に対して、緩衝地帯が戦略上必要だったからです。独逸軍とソ連軍の衝撃を和らげるためです。そして恐ろしいのは、それだけに止まりません」
 「というと?」
 「ユダヤ人の虐殺です。ナチスは戦局が悪化しているのにも関わらず、ユダヤ人の撲滅には、恐ろしい執念を燃やしていたのです。根絶やしにする一掃作戦を企てていたのです。集団殺戮計画です。欧州からユダヤ人を一掃する。この執念に燃えていました。国際ユダヤ金融資本が多額の軍資金を連合軍に用立てしている。こう検て居たのです。ハンガリーにはブダペストを中心に、八十万人ものユダヤ人が棲んでしました。
 それを撲滅する。ヒトラーの執念でした。その執念を満足させる人物がいました。第三帝国で、唯一の有能者であると目されたアドルフ・アイヒマン
(Karl Adolf Eichmann)を指名し、撲滅工作を一任しました」
 「アドルフ・アイヒマンというと?」人物評定を訊いた。
 「ナチス独逸のユダヤ人大量虐殺の総責任者です。アイヒマンはナチス親衛隊の中佐だった人物で、また軍隊官僚のエリートでもありました。ハンガリーではファシストである『矢十字』党の絶大なる支持を受けていました。その手始めとして、ユダヤ人の強制移動を試みたのです。あの忌まわしい、アウシュビッツに向けての24時間体制の列車移送です。それも家畜用の車輛で……」
 アニーは人間が家畜扱いされた実情を見たままに語ったのである。

 「酷い話ですねェ」それは《大戦末期の日本陸軍以上ですね》と同義だった。
 筆者である私は、この大戦末期の日本陸軍の残忍性が理解できない。そもそも、武士道を標榜した昭和13年前後の日本陸軍が、何処に言ってしまったかと思うのである。この当時、武士道の日本陸軍は日本には存在せず、陸軍の中の日本を標榜していたのである。これでは、勝てる筈の戦争も勝てる筈は無かったであろう。元兇は軍隊官僚にあった。

 「列車が拘束されたユダヤ人でパンク状態でした。そうなると、今度はオーストリア国境の集結点駅まで徒歩で強行軍を強いたのです。一時は、わたしも迷い込んだため拘束されて、その列に加えられました。強行軍は実に酷く、無惨なものでした。女子供、それに体力にない老人達は過労と日射病でバタバタと斃
(たお)れて行きました。斃れると、その場で射殺です。屍体は道端に放置されたままです。この残忍な中佐は、この遣り方でハンガリー系ユダヤ人を大量殺戮し、そのときの死者は十八万人以上だったと言います。人々が射殺されて行く様子を見てきたのです」
 「あなたは、どうしてその列から逃れることができたのです?」
 「わたしは独逸人で、満洲国の旅券を持っていると訴えたのです。学業でミュンヘンに残っていて、実家はフランクフルトで、それにミュンヘン大学大学院の言語研究生であるということも熱っぽく喋ったのです」
 「それで、どうなりました?」
 「聞き入れて貰えませんでした。祖父母の代にユダヤ人の血が混じっていると言うのです。結局ユダヤ人の烙印を押されました。強行軍の中に舞い戻りです」
 「それからどうなりました?」
 「来る日も来るにも炎天下を歩かされました。絶望的でした。斃れて射殺されると思っていました。諦めの日々でした。
 ところがです、強行軍を強いるナチの集団にパルチザンが襲いました。ハンガリー解放戦線です。労働者は農民からなる組織抵抗できる、わずか十名ばかりの遊撃隊
(guerrilla)です。彼らは勇敢に戦い、わたしを含む何十人かのユダヤ人を助け出してくれました。その遊撃隊の中には女性兵士が混じっていました。その女性兵士は、わたしにとて親切でした。名前はアンナ・フォン・スワロフスキーといいました。彼女の話によると、元はハンガリーの貴族だったそうです。十五歳の女性兵士です。まだ少女でした。忘れもしません、彼女は暖かい人情家の眼をしていました。今も、何処かで戦っているのでしょうか……」過ぎし日を懐かしむように言った。
 その後、ナチ親衛隊の中佐アイヒマンは、更にブダペストに住む、約26万人以上のユダヤ人を逮捕し、効率的な手法で片っ端から虐殺して行ったと言う。
 また一方、ユダヤ人猟りに反対するハンガリー解放戦線などの組織は、スウェーデン大使館や満洲国大使館に働き掛けて旅券を発行させたと言う。しかしその旅券の効力は薄かった。スウェーデンでは、ナチ親衛隊のアイヒマンには到底太刀打ち出来ないと戦時難民庁は決めてしまったのである。そこで人材を求めて白羽の矢が立ったのが、ヴァレンバーグ
(Raoul Gustaf Wallenberg)である。信仰の面から言えば、ルーテル教会の信者だった。
 彼はスウェーデンのロックフェラー家とも呼ばれる銀行家一族で、恵まれた家庭環境に育った貴族出身の外交官であった。
 外交官の立場を最大限に活用して、約十万人にもおよぶユダヤ人を救い出すことに成功した。彼の曽祖父のグスタフ・ヴァレンバーグは、日本で外交官として働いた。ユダヤ人の窮状を知っていたヴァレンバーグは、自分に外交官特権を付与してくれることを条件にこれを受諾し、危険を承知で1944年7月、ハンガリーのブダペストに赴いた。
 彼はスウェーデン名義の保護証書
(Schutz-pass)なるものを発行することでユダヤ人たちを、スウェーデンの保護下におこうと考えた。これは国際法的には全く効力のないものであったが、独逸の軍隊官僚の杓子定規な書類仕事を好む官僚の性癖を逆利用して、この保護証書は不思議と機能したのである。多くのユダヤ人はこの証明書により命が救われたのであった。
 その間にハンガリー解放戦線は目覚ましい活躍をしていた。
 パルチザンに救出され、ヴァレンバーグに保護証書を貰ったアニー・セミョーノヴァもその一人だった。
 斯
(か)くしてスウェーデン政府から、満洲国の旅券を手に入れることが出来たのである。
 しかし、これでめでたしめでたしではなかった。アニーの苦難は、これで終わったのでなく、更に地獄へと誘
(いざな)われて行くのである。そこは「極楽」と言う名の地獄であった。

 二十世紀最大の地上の楽園と言われたソ連も「楽園」と言う名の地獄であった。
 ソ連市民は16歳になると、身分証明書なる『国内旅券』が個々人に発給される。この旅券無しで国内を移動すると違法行為となり厳罰に処される。多くはシベリア送りである。そこで終生、強制労働を強いられることになる。ソ連市民へのこの公的な行動の記録は、G・P・U
(K・G・B)からすれば、全市民の動きを掌握出来るからだ。
 またソ連市民は『労働手帳』を所持しなければならない。この手帳には老若男女を問わず、本人の資金、職業、昇進、降格、職務上の成功不成功、白系ロシア人であるか否か、あるいは他の十四社会主義共和国の出身であるか、更にはユダヤ人であるか否かが記載されている。これらの各事項では、必ず年月日付が記載されるのである。それから労働状態も観察される。オフィス、工場、集団農場などにはG・P・Uの将校か、政治係官が常駐し、労働者の行動や労働状況を監視したり、政治的に信頼出来るか否かを常に判定されるのである。
 もし信頼できないと看做
(みな)されれば、その時点で労働手帳に“不適”を書かれ、このレッテルを貼られた者は現在の雇用を失うのである。更に、きつい厳しい職場へと廻されるか解雇される。
 不敵のレッテルを貼られて解雇された者は、一ヵ月以上も労働に就かなければ、今度は“寄生虫”と呼ばれることになる。この寄生虫が、“有害”と看做されれば、シベリア送りとなる。ナチス独逸の国家全体主義と寸分も違わず、酷似していた。
 この酷似の社会システムに、当時、日本の知識階級と言われる連中はマルクス経済学に入れ揚げ、ソ連を礼賛し、「ソ同盟」と敬称して心酔していたのである。この心酔こそ、幻想の最たるものであった。


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