運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続 壺中天・瓢箪仙人 58

昨今の若者の言葉に、自分の親に対して「あの人」という呼称がある。自分の親に対して、“あの人”なのである。
 また“この人”とか、“この子”という呼称を、動物や人間に関係なく、老若男女を問わず遣う人がいる。そしてこの呼称範囲を追い求めると、遂に「この国は……」とか、「この国では……」という言い方に出くわしてしまうのである。
 “この国”と言う表現や言い方は、時として大勢が遣っている。こういう筆者も、時として「この国は……」と呼称する事がある。

 “この国”と言う呼称は、考えてみれば奇妙なものである。奇妙と言うより実に訝
(おか)しく、それを「なぜか?」と追求して行くと、人間は、特に日本人の場合は「言葉に左右され、言葉に洗脳される脆(もろ)い一面を持っているのではないか」と思うのである。
 子供が、それも成人した子供が、自分の両親に対して、父さん、母さんではなく、第三者に対しての「あの人は……」といういい方や、会話の中にも、あるいはテレビドラマでも、この種の言葉を平気で台詞として遣い、何の不思議も感じない時代に到達したという気がしてならない。
 それは「亡国」に等しいものではないかとすら感じるのである。

 国が亡ぶとき、先ずは流行が猛威を揮い、その流行の中には流行語などが含まれると言う。
 何故なら、自分を育んだものを「この国」とか「あの国」と言う表現を用いてしまうからである。
 この種の表現は、ニュースキャスターや評論家と言う人の中でも、「この国では……」とか、海外から見て比較する場合や、外国人の日本通評論家が、自国の、それも自分を育んだ国に対して「あの国では……」という言い方をしているのを聴くことがある。

 自分をまごうことなく、その国の一員でありながら、その国の国民でありながら、育んだ国を自分の向こうに廻して客観視し、「この国の考え方は……」とか「この国の国民は……」と自分の同胞に対してそういう言い方をしているのである。日本以外の海外では殆ど聞かれない呼称である。
 その側面に、人工的・作為的な「わざとらしさ」を感じない訳でもない。その中に「自分は、自国とはちょっと距離を置いた所にいるんだよ」的な、推定を感じるからだ。この推定は、どう考えて見ても「作ったもの」とか「工作されたもの」と結びついてしまうからである。

 工作……。
 この言葉を思うとき、既に「作られている」と、ある目的のために、予
(あらかじ)め計画され計画的な罠の中に誘われているような気がしてならないのである。背後とか、見えない水面下に、工作員の諜報活動とか、秘密裏に何かが動いていると感じるのは果たして筆者の思い過ごしだろうか。
 自国を呼称するのに「この国では……」とか、海外から自国を見て「あの国では……」となると、既に言葉に「工作が起こっている」と感じるのである。流行によって、崩壊へと向かっていると感じ取ってしまうのである。

 自らを育んだ日本で育ったのなら、自国に対して「わが国では……」という表現が正しいのではあるまいか。「this country」ではなく、「our country」ではないかと思うのである。自らの軸脚をくれた「母なる存在だ」と思うのである。
 それは自分の父母に対しても同じだろう。しかしその親が、いま「あの人」などと、わが子から呼称され始めた。
 子が親に対して「あの人」とは、奇
(く)しくも、「洋行帰り」との自惚れか感じ、それは明治期に、西洋に留学して西洋文明に圧倒された西洋かぶれが軸脚を西洋に置きながら、「極東の野蛮国」と日本を見下しながら指さして「this country」と言ってるような、そんなニュアンスを感じるのである。高慢に上からから見下しているような、今風の流行語で言えば「上から目線」ではないかと思うのである。つまり「祖国に対する冷笑的な侮蔑」である。あるいは「祖国愛」というものへの軽蔑であろうか。地球規模の「国際化」と云う言葉が持て囃されている今日、祖国愛や愛国心は「古い考え方」となってしまった。更にナショナリズムに結びつくとして国際協調に欠けるのではないかと言う危険視する味方もあるようだ。
 しかし、自国を愛することが出来ない国民が、どうして他国を理解し、強調して歩み寄り、他国民を地球人として、地球の同胞として愛することが出来るだろうか。

 日本語を使う国民として「our country」には血の通いが感じられるが、「this country」には、それらが全く感じられないのは何故だろう。
 文人の中に、北村透谷とか高村光太郎なる人物がいる。進歩的文化人のハシリである。大正デモクラシーを背景に擡頭して来た人達である。
 北村透谷は明治25年「恋愛は人世の秘鑰
(ひやく)なり、恋愛ありて後(のち)人世あり」と論じて恋愛至上主義を日本に流行させた。この流行の一句により、近代日本では、多くの男女が金縛りに掛けられた。ちなみに秘鑰は秘密の庫(くら)を開ける鍵のことであり、人世は世の中を生きる人間のことを指している。
 また、高村光太郎が大正3年に発刊した詩集『道程』の中の文章は、日本人を次のように見下していることを忘れるべきでないだろう。
 高村曰
(いわ)く、日本人観を『根付(ねつけ)の国は、猿の様な、狐の様な、ももんがあの様な、だぼはぜの様な、麦魚(めだか)の様な、鬼瓦の様な、茶碗のかれらの様な日本人』と言い退(の)けている。自国蔑視の論である。

 こうした思考の擡頭
(たいとう)背景には、明治初頭の文明開化や脱亜入欧政策が、「亡国の大正デモクラシー」に繋がったと思う。
 「大正デモクラシー」とは「大正コミュニズム」の事であるし、この大正デモクラーが、今日の日本の文化的退廃に繋がると思う。つまり、諸悪の根元は、明治初頭の西洋崇拝政策にあるのではないかとすら思えてくるのである。


●なんとかなる

 世の中には稀(まれ)に、英邁篤実なる人物がいる。しかしこうした人物に限り、目立たず、野に埋もれていることが多い。よく用いられず、賢人は賢人で無くなっている。人は必ずいる。人材は必ずいる。しかし必ず居る筈の人材が、見出す者がいないために、賢人は愚人として世に葬り去られて行く。世は、賢人を求めていながら、賢人を無用にしているのである。
 その問題点は、英邁篤実なる人物が色眼鏡で見られて、奇人・変人の類
(たぐい)にされて異端視されているからである。
 一方、良禽は樹を選ぶ。何処にでも巣は作らないものである。奇人・変人のタイプに多い。決して自分を安売りしない。況
(ま)して魂は売らない。むしろ貧に甘んじて孤高を持す。その態度を崩さない。その態度は胸を張り、堂々と、毅然としている。津村陽平はそういう人物だった。
 だが、この津村にも欠点はある。人情家で、また心配性であもる。
 その心配性は、人情が過ぎるあまり、他人を必要に上に案ずることである。安否に気遣うのである。過ぎた慈愛の変形だろうか。そして自分の勘定は無い。混じりっけ無しとは言わないが、自分の利益を考えない。
 それは極めて、無私・無我である。単に私心がないばかりではなく、此処には同時に、公平と真なる平等意識が働くからである。故に偽・私・放・奢の形跡を留めない。

 津村を見ていると、黙々と、無私に徹して、無心する姿が見られる。それは修行僧の域までとはいかないまでも、それに極めて近い。この漢の本性のようだ。
 その一方で、この漢はオーストリアの精神医学者フロイトの弟子であったフランクルの言葉を知っている。
 フランクルは自分がユダヤ人であるために、アウシュビッツ強制収容所に送り込まれた。
 そこでフランクルが見たものがあった。
 師匠のフロイトは、常々人間と言う生き物を「性悪説」で捉え、そのように弟子達にも教えていたが、フランクルが見たものは確かに、理性や知性を失ったユダヤ人が、本能的に、あるいは無意識に同胞のユダヤ人を売り渡し、同胞の死んで逝く姿を見ながら、横で、平気でパンを食べる姿を見た。これは師匠のフロイトの言う通りだった。

 一方、同じユダヤ人でありながら、ごく自然に、自分の命を投げ出し、同胞の命乞いをするユダヤ人に何とか救助して、獄舎の檻
(おり)から解き放そうとする奇特な同胞達も見た。
 そこに、人間の厳然たる事実を見た。これは、師匠のフロイトの言とは違っていた。
 今でも、その違いは何かと思う。
 この「何か」は、奇
(く)しくも、栄西禅師の説いた「仏」に重なるのである。
 栄西は、自分の努力で引き出せと言った。欲を捨て去った、そこに本質である仏あると言った。
 それと同じように「何か」が重なるのである。
 それは「仏」だったのであろうか。あるいは覆面
(ふくめん)を外した人間の「本性」だったのだろうか。
 一体この共通項は、何処から起こったのであろうか。
 あるいは人類は、このような共通項を、生まれならがらに誰もが持ち合わせているのだろうか。
 そうなると、性悪説は覆
(くつがえ)され、仏心は洋の東西を問わず、誰にも平等に、同等に、同格に備わっていると言うことになる。

 これはフランクルの見た無意識層の最終中心核であり、この最終中心核に呼び掛けの応じた人が、自分の命を投げ出しても、他人を救うという無私に趨
(はし)ったと検(み)ているのである。
 これこそ、栄西禅師の教えた本質なる仏であり、この「仏」の共通項によって、人は「同胞を思う」という無意識が働くのだと栄西は教え、これに道元が学んだのである。
 つまり「無私」である。
 これは無我の「我
(が)」とは、些か違うようだ。単に、「我」の否定でないからだ。
 無私と言う行動を伴わせることで、本性が見えて来るからである。
 そしてまた、フランクルもフロイトの言った性悪説を否定し、無意識の超越的意識の中には、人類共通の「宗教的無意識」があると論じたのである。
 しかし人間は宗教的無意識の塊の生き物でない。
 その逆もある。
 わが命を差し出しての宗教的無意識の裏返しが、「恨
(うら)み」である。私怨である。
 人間の半分の領域は、私怨の精神的物質で出来ている。誰しも、世に中に一人や二人、殺してやりたいと思う者がいる。そういう相手が、誰でも存在している。それは誤解からも起こるであろうし、唆
(そそのか)されたり、掠奪されたり、侮辱や屈辱、あるいは恥辱を受ければ、そういう相手が自然と派生する。
 おそらく戦争も、捻
(ねじ)れを生じる、そういうところに起因する蟠(わだかま)りからだろう。戦う相手を知らないからである。
 そのため時として、先祖の無念を霽
(は)らすために、弔い合戦が起こったりする。


 ─────津村一行の帰還予定は一日遅れた。尾行を巻くためと混雑から、斉斉哈爾
(チチハル)で思わぬ足止めを喰ったからだ。
 それだけに気掛かりなのは哈爾濱
(ハルビン)に残っているエア・ガールに扮した四人組である。彼女らが、どう振る舞い、どう立回っているかが気に掛かるところであった。
 斉斉哈爾飛行場のことである。
 満洲航空の哈爾濱行きの搭乗予定は、午前7時25分であったが、出発が遅れているらしい。先日も奉天や鞍山にB29の空襲があったばかりである。敵機の来襲を懸念して、出発時刻が遅れているようである。
 一行は津村陽平以下、吉田毅、星野周作、それにアニー・セミョーノヴァの四人である。
 星野周作も昨晩は斉斉哈爾に残るようなことを言っていたが、結局、哈爾濱に行くことになった。同行者の一人に加わっている。津村としては老いた養父を斉斉哈爾に置き去りには出来なかった。そこで熱心に再度説得したのである。
 この四人を乗用車に乗せて、宿屋の主人が飛行場まで見送りに来ていたのである。
 宿主は吉田らと同じ『梟の眼』の機関員で、斉斉哈爾地区担当の諜報員だった。陸軍中野学校出身の大和田実
おおわだ‐まこと/仮名)少尉であった。この区域担当の諜報員である。

 「大和田君、出発がだいぶん遅れていますねェ」
 「はあ。早朝、奉天方面に米軍機の空襲があったそうです。被害状況と、その様子見ために遅れているということです。それが終り次第、出発するとのことです」
 「この調子だと哈爾濱到着は、午前中は難しいようですなァ……」
 「それにしても、気になります」津村は些か心配性らしい。
 「エア・ガールの四人ですか。川崎直也とナターシャ・ニコルスキーが付いているから大丈夫だとは思いますが……」
 「自分の気になるのは指揮官のことです」
 「アン・スミス・サトウ少佐のことですか、例のロイヤルファミリーの?」
 「彼女はサーカス擬きの軽業
(acrobat)が好きですからね」
 「元英国空軍のテストパイロットで、いまは陸軍航空士官学校の軍事顧問ですか」
 アンが如何なるパイロットであるか、吉田は東京・新京間の直行便で理解している。それだけに、もしあのときサーカス擬きが演じられていなければ、撃墜されて、いまごろ海の藻屑
(こくず)になっているのも事実であった。あの曲芸飛行を一命を取り留めたのである。それだけに軽業師としての腕は超一流と言えた。

 「妹のキャサリン・スミス少尉も似たような性格です。それに、二人の教官に蹤
(つ)いて来た二人が、またいけない……」
 「二人と言うと、鷹司参謀の妹さんの鷹司良子伍長と、津村隊の最長老の孫・室瀬佳奈兵長ですか」
 吉田毅の“下調べ”データには、満洲まで遣って来た彼女達の経歴が総て把握されているようであった。
 「そう、満州に来る何日か前、爆弾を投下した米軍機に烈しい機関砲の砲撃を行い、遂に強制着陸させたお転婆娘たちです。更に不時着して、爆発寸前に米軍搭乗者三名を救出しているのです」《それだけに何をするか?……》と人情家の心配性であった。《一歩間違えば……》という気持ちが拭えないのである。
 「実に美談ですね」
 「だからいけないのです」
 「なんと!……」《どうして?》と訊き返したいような驚きの聲
(こえ)を上げたのである。
 このときの模様は、ラジオで全国に向けて放送中継されたのである。話題になり日本中がこの事件を知っているのである。満洲でも既に知っている人がいるかも知れない。一種の「時の人」であった。それだけに、有頂天にならねばいいが……と思うのである。そこに運命から付け入られる隙がある。とかく好事には魔が取り憑き易いのである。これをどのように認識しているのか……。この二人は小娘だけに人生経験が浅い。人生を甘く見てはいないのか。その懸念がある。

 津村にしてみれば、これまでの世の常識を一気に覆
(くつが)す奇想天外な発想に、些(いささ)か危なっかしさを感じるのである。未(ま)だ充分に確立されない不完全ものが横たわっているからだ。それでいて危険も顧みず、前人未到を遣る……。異端者だからである。自らも異端者でありながら津村の心配性は、そこを懸念するのである。
 現に、赤城連邦黒桧山の山麓に居た津村を迎えるために、一雨来そうな夜間に落下傘降下をして上空から遣って来た。あれが曲芸の一種ではなかったのか。高度2500mで降下しきたからである。
 自由落下高度は300mである。それを覆しての高々度から降下である。これまでの日本の空挺技術に、ああいうものはなかった。それも、聞き慣れない降下陣型
(フォーメーション)を作って、互いの衝突を避けながら降下して来た。一雨来そうな夜間の曇天の中をである。見た方が驚かない方が不思議である。もしかすると、これと同じか、それ以上の曲芸的な軽業師降下を大陸の何処かで遣ることを作戦の一部として考えているのではないのか……。あり得るかも知れないと津村は思う。あるいはその計画で動いているのではないかと思うのである。もう既に、作戦が続行されているのかも知れないと思うのだった。

 哈爾濱の地で、これと似たようなことが起こっていないだろうか?……。
 内外の間者や官憲を向こうに廻して、派手な立回りをするのではないか。そこが気掛かりなのである。谷かに惹
(ひ)き付けて欲しいと恃(たの)んだが、立回りまでは依頼してないのである。不完全のままで「常山の蛇」を遣られては、身も蓋(ふた)もないからである。
 「常山の蛇」については既に述べたが、これは『孫子』
(九地)に出て来る陣法を言う。常山に棲(す)む率然という蛇は、その頭を撃てば尾が、尾を撃てば頭が助け、胴を撃てば頭と尾との両方が助けるという。首尾照応をいう。
 だが、津村の伝授は完璧だと言い難かった。家伝の『津村流陽明武鑑』の方術は完全には瀉瓶
(しゃびょう)されていないのである。
 何よりも懸念されるのは、万一の場合であった。下手をすれば意思の疎通が毀
(こわ)れて軋轢(あつれき)が生じて、それだけで頓挫(とんざ)するからである。不和は、津村の懸念するところであった。
 斯
(が)くして才能が圧力によって阻止される。

 そもそも奇想天外な発想は、異端者の脳裡
(のうり)から生まれる。常人の、常識や分別知からは生まれないものである。コペルニクス的発想は、異端者の脳裡にある。
 だが、世の多くの常識人は異能者や異験者を恐れる。その術者を恐れる。つまり常識人は、一般人にはない能力を危険視するのである。異端者を魔女に仕立て上げ、“魔女狩り”という考え方は昔も今も変わらない。
 津村の恐れるのは、万一の場合、“魔女狩り”の対象にされてしまうことである。何とか守ってやりたい。そう祈るのみだった。

 これを傍
(そば)で聴いていたアニー・セミョーノヴァが、眼を輝かせて、
 「今どき、そんな『サムライの娘』のような女性が日本に居るのですか、なんだか興味深い。わたし、その人達に会ってみたい」と好奇心を募らせたのである。
 アニーは艱難
(かんなん)を承知の好奇心の強い娘であった。日本にサムライの娘など、絶えて久しいと思っていたからである。「娘子軍」のような女性は居まいと思っていた。
 ところが、津村の話を聴いて、それを知ったのである。
 彼女はかつて、米国で日本人初のベストセラー作家になった旧越後長岡藩家老の稲垣成光の六女・杉本鉞子
(すぎもと‐えつこ)著の『武士の娘(A Daughter of the Samurai)』を読んだことがあるからである。その生涯に魅せられたのである。
 それに「娘子軍
(じょうしぐん)」という唐代の平陽公主が、女性だけで組織した軍隊で、父の高祖を助けて天下を平定した、あの偉業も、何かの物の本を読んで知っていたからである。それに会津戊辰戦争の際、女性だけで立ち上がった中野竹子の娘子軍のことも。彼女は言語学者であった。一応、七カ国語に通じている。

 「さて、津村さん。彼女もこう言っています。遅れ序
(つい)でです、どうします?」
 「遅れ序でですか、その台詞は……」
 「あなたの台詞でしたね、これは失礼しました。遅れ序でと云っては何ですが、われわれのプランは何も、プランAや、B、C、Dだけでなく、実はプランはZまであるのですよ。つまり臨機応変に変化します。特別措置とでも言いましょうか。
 釈迦に説法とは存じますが、現象界の変化に併せて生き残ることを主眼とします。簡単に死んではいけないのです。私のモットーは、中野学校の連中が言っていたように無私と誠です、大楠公のよいうに……。
 要約すれば、俊敏、放胆、忍耐、気迫、堅忍不抜、清濁併せ呑む気性、慎重な言動とその配慮、そして細心の警戒心です。そうなるとAやBで止まることなく、Zまで必要になってきます。そこで特別措置として保全意識が生まれます。したがって、次のプランに変更致します。
 昨今の世は、やたら国際化の方向に奔って地球が狭くなった所為
(せい)か、至る所に乱気流(air pocket)があります。これを躱(かわ)し、去(い)なし、賺(すか)し、危険は極力避けなければなりません」
 「では、プランZとやらをお聴かせ頂きましょうか」
 「まあ、一杯遣りましょうか」
 「うム?いいですなァ」即座に感得した。
 「なかなかの切り返しですねェ」津村の常識の枠を越えた思考の早さに驚いた。発想の切り替えである。時には奇抜なこともいい。
 「飛ばないものは、どうやっても飛ばない。実に懸命な選択です」津村も些か軽薄なお調子者に成り下がっていた。だがそれでもいいのである。成り下がるより、成り下がるしかなかった。そして一杯遣るのは決して厭
(いや)でない。

 「大和田君。朝から遣っている飲み屋、知らんかね?」
 「えッ?朝っぱらからですか。さて、朝からと言うと……」
 「君は中野学校の俊敏を忘れたのか。変化、変化だよ。君子豹変すというだろう。権威や形式よりも状況判断による真実追及。そのためには時として謙虚あり、また時には傲慢
(ごうまん)あり。そして冷静な状況判断によるリアリズム。更にだ、あくなきロマンチズム……。人間は時と場合によって豹変するんだよ。これこそ人間が矛盾を抱えた最たる生き物……。これは何人(なんぴと)も否定出来ない。この両方を使い分けてこそ、生き残ることができる。陋規(ろうき)を忘れたのか」
 「はッ!」
 「いいか。開いている店ではないんだよ、開けさせるんだ」
 「わかっております。では、この飛行場内のいい店が……」

 こうして一行は大和田に蹤
(つ)いて、飛行場内の酒保のようなところに遣って来た。これは軍隊の営内にあるような日用品や雑貨物、更には飲食物を売る売店のようなところである。そこに小さな飲屋擬きの酒保があった。
 日本は物資難である。庶民は料亭に行くどころではなかった。しかし一方で、物資難でありながら赤坂辺りでは、参謀本部や陸軍省の高級軍人向きの高級料亭もあった。おおっぴらに表からは入れないが、裏口に廻れば赫々
(あかあか)と燈火(あかり)が点(つ)けられ、夜の高級軍人相手の料亭があった。軍御用達というような場所である。酒類も、軍からの融通された「廻し物」があるらしく、食糧も豊富であった。知らぬは、飢えに苦しむ底辺の庶民ばかりであった。
 それに較べれば、案内された一膳
(いちぜん)飯屋的な酒保は、決して悪い雰囲気ではなかった。

 「狭苦しいですが、此処だったら、搭乗案内が始まっても直ぐに対応できて、便利です。ご不満なら、もう一晩お泊まり頂いて、夜の斉斉哈爾の綺麗処へとご案内しますが、どうなさいます?」
 「大和田君。君もなかなか口達者になったなァ。駆け出しのかつてに比べ、えらい進歩だ」
 「どうなさいます?」
 「此処でいいよ」
 大和田はこれを聴いて胸を撫で下ろしていた。天然自産を掲げる満洲国でも物資難が起こり始めていた時代である。配給制度も深刻さを増しておらず、内地に較べれば余裕はあったが、それでも欠乏は日に日に大きくなっていた。
 大和田は一膳飯屋のような所へと案内した。無理矢理に開けさせたと見えて、早朝でもあり、まだ準備が整っていなかった。そこで小座敷のようなところに通された。暫く俟っていると、燗のついた日本酒と冷や奴が運ばれて来た。それに糯米
(もちごめ)の粉を捏(こ)ねて、これに餡(あん)か、小豆、棗(なつめ)などを入れて蒸した包子(パウズ)という日本で言う丸餅のようなものも併せて運ばれて来た。餅菓子のようなものだ。これは朝っぱらから酒を呑まない人用であり、日本茶が添えられていた。
 包子は満洲ならではの食べ物で、街の至る所で売られていた。これが日本茶のよく合うのである。
 大和田は飛行機の搭乗状況を調べるために、この場からは席を外していた。
 此処では酒呑み二人とお茶呑みの二人に分れ、それぞれが待ち時間に会話をはじめていた。
 また他方では星野周作とアニー・セミョーノヴァがロシア語で、ひそひそ噺
(ばなし)をしている。日本語を使わないのは官憲を警戒してのことであった。昨夜からの続きでも話でいるのであろう。アニーはコミンテルン(Komintern)発行の紹介状に、たいそう興味を示しているらしかった。

 「暫
(しば)しの憩い一時(ひととき)です。飛行機が飛ぶまでの間です」吉田がこう促し、朝っぱら一杯遣ることが決まった。
 「吉田さん、何か話があるのでは?……」
 吉田は辺りを見回した。目配りと尾行者への用心である。小座敷であるが、屏風
(びょうぶ)で仕切られているため、窺われ易いのである。密談となればなるほど、その気配が濃厚になる。
 官憲や敵国のスパイへの警戒である。居ないと思って油断すると、とんだことになる。話した会話の内容も遠望されて、そのときは口の動きを読まれて、情報は漏洩している。角を付き合わせるようにして、テーブルに紙を載せてその上で書いて消すしかないのである。壁に耳有り、障子に眼有りである。密談ほど漏洩し易いのである。
 「津村さんは赤塔
(チタ)で見たことを、暗号に組み替えたと言うではないですか。それも『タカ』の持つ特別暗号に?……」
 「はい、脳裡に記憶しています。ところで、吉田さんは『タカ』で示し合わせた今日限りの使い捨ての特別暗号のコードブックは?」
 「刻んでいます」それは頭の中に在ると言う意味である。
 「そうすると、横にスパイが居ても、コードブックがない限り、全く解読出来ないということですか」
 「そうです。しかしコード法には幾らかのパターンがあります」
 「そのパターンを?」
 「総て記憶しました」突拍子もないことを言った。
 示されたメモにある乱数の数字を、津村は瞬時に記憶した。
 「燐寸
(match)をお持ちですか」
 そのメモを即座に焼いた。

 乱数を記憶したからである。記憶したからには、黙して語らずの守秘義務が課せられる。だが、今はそれを漏らす相手も居ない。大方の解読は、瞬時に理解した。津村陽平の記憶術は凄いのである。一瞬にしてデジタル的に暗記してしまう。その暗記した文章を脳裡に組み替えてしまう。そう言う発想の出来る漢であった。この根底にあるものは、家伝の『津村流陽明武鑑』の方術の「智謀篇」である。
 それによると「兵は詐を以て軍立
(いくさだて)を図り、利を以て誘導し、分合を以て変ずるを旨とす……」という冒頭に始まり、次に「読して脳裡に叩き込み、ゆめゆめ錯簡(さっかん)すべからず」とあって、例えば古くは、竹簡(ちくかん)や木簡(もっかん)などの綴(と)じ間違いから順序が狂っているので、見たものはそのまま脳裡に留めよということで、その前後の狂いを無くすためにもアナログ的に暗記するのでなく、文章総てをデジタル的に図形化して、記憶することを示唆した一種の瞬間記憶術である。そうすれば隠れた藕糸(ぐうし)の部分までもが読めると言うものである。
 その教えにより、津村は独自の解釈で読んだのである。

 メモの乱数記載によると津村解読では、「新京発東京行キノ直行便ハ本日、貳参参〇
ふたさん:さんまる/午後11時30分)。敵襲ヲ避ケテ夜間発。ソノ際、重要ナ積載物アリ。積載物ハ極秘ニヨリ明カサズ。ナオ“ホ”カラ入手シタ書類ハ即刻持参サレタシ。帰国者ハ行キト同ジ。タダシ、“ア”ヲ同乗サレタシ」であった。そう認識した。
 ちなみに“ホ”とは星野周作のことであり、“ア”とはアニー・セミョーノヴァのことである。昨晩のうちに暗号電が『ホテル笹山』内の地下豪にある東京憲兵隊S分隊に早速送信されたのだろう。
 S分隊は中央とは異なる独自の動きをする。戦争早期戦争終結グループによって運営されている。このグループは綺麗事は言わない。穢い手も遣う。罠にも掛ける。毒薬も用いる。理想主義者でない。現実を変化されることに執念を燃やしている。
 沢田次郎の動きは豹変する。動きが早い。『タカ』の中枢を担っている。
 その『タカ』は、彼女に興味を持ったらしい。日本まで連れて来いと言うのである。おおかた七カ国語を喋れると言うミュンヘン大学大学院の語学研究生というのが、『タカ』から興味を持たれたのだろう。

 この暗号は『奇数・偶数法』で記載されたもので、奇数群がAからZまでを表し、偶数群が1から10までのうちの数字である。この組合せである。単純であり、数学者なら一発で構造が見抜ける内容のものだが、双方が示し合わせた使い捨ての乱数表がない限り、組合せが複数となり、最初に意図を読み解き、その意図に併せて数字とアルファベットを埋め込んで行くと、より克明になる。しかし如何にもアナログ的である。単純過ぎた。
 これは独逸式の暗号表現で、単純な図式からでも解読できる。お茶の水女子大で数学の教鞭を執っていたキャサリン・スミスから言わせれば、単純な初歩的な暗号技術と一蹴されるかも知れない。
 当時は、日本もこの程度の暗号技術しか持っていなかった。どこまでも隠語式のゴード法であり、一ランク上の変換アルゴリズムによるサイファ法にまでには至っていなかった。

 暗号には意図がある。伝達目的がある。中心課題と言う主旨がある。
 それをまず解釈し、その意図を見抜き、危機的に迫る事象や事件、利権から派生する利益などを乱数に置き換える表現法もあるのである。字面だけでは不明瞭である。文字の裏に伏せられている部分を読む。暗号を一つの有機体的な目的に置いて、隠れた部分を読み解くのである。
 しかしこの解釈法は、霊的なものがなければ、簡単には解析出来ない。
 併せて、「国外討伐組織ノ暗躍、活溌化シツツアリ。警戒サレタシ」とあった。
 これは『梟の眼』が掴んだ警戒情報であろう。既に斉斉哈爾から哈爾濱間の空路にもそれが暗躍し、また哈爾濱の地でも、特に太陽島ででは動きが活発化していると言うことである。警戒せよとある。つまり、満洲国を舞台に、ソ連側の満人を遣った諜報ならびに工作が活動が活発化し、間者
(スパイ)は日本人の化けて攪乱しているというのである。それに工作が加わる。工作員は単に秘密裏に活動して諜報活動をするということだけではない。時には指令に従い人殺しまで平気で遣る。
 現に、津村陽平の前妻だった鈴江こと孫齢姫
(そん‐れいひ)が、某国の細作(しのび)として林昭三郎を暗殺している。孫齢姫は逆刀を遣う手練であった。こうした工作員の動きが活発化しているというのである。既に事は急を要する危機的状況であった。

 津村は行きがけの飛行機の中で予
(あらかじ)め記憶しておいた乱数表に、数字を並び替えて、感じるままに脳裡で自分なりに解読した。決して論理てきでもなく、科学的でもなかった。根拠に体系などある筈がない。
 だが予測不可能なことを解析するのを特異とする。津村独特に三次元立体解析である。それゆえ幾分、霊的解釈も加わっている。不可視世界のものである。この漢の思考法で、独自のものである。科学的な根拠などないのである。
 ただ直覚して、隠れた部分である藕糸
(ぐうし)を、津村が勝手に読み解いたものだ。
 軍事情報ならば、例えば『孫子』などに置き換えて検討すると、文字には表されていない意図が泛
(うか)び上がってくるのである。
 時に引っ掛かるのは国外討伐組織の暗躍である。既に斉斉哈爾飛行場にもその種の工作員が入り込んで来ているのであろう。

 「切羽詰まった雰囲気ですね?」
 「そうかも知れない、しかし、何とかなるものです」
 「ほォーッ、と申しますと?」唇を円
(まる)くして訊いた。
 「老子です」
 「老子?……」
 「老子曰
(いわ)く、何とかなる……です」
 「よく分りませんが……」
 「老子は言ったのです、明日のことを思い悩むなと。此処まで切羽詰まれば、もう思い悩むことはありますまい。それを受け入れて、さらりと流し、擦り抜ければいい。何とかなるものです」
 「具体的にお願いします」
 「こだわりを捨てて無我になる。人生には死生存亡、禍福壽天
(はふく‐じゅよう)がつきもの。ところが多くの人は、生だけを見て死を見ようとしない。生きることばかりを考えて、死ぬことを考えようとしない。栄えることを企てて、亡びることを見逃す。禍(わざわい)を嫌い、福だけを求めようとする。繁栄、幸福、成功、勝利だけに執着し、失敗すること、負けること、亡びることを知ろうとしない。一方だけを思考し、他方について思考することを恐れている。人は生まれることだけを喜び、死ぬことは喜ばない。本来両方が存在するのに一方に固執するのは片手落ちでしょう。現実には生きる者もいれば、死ぬ者もいるのです。一方だけに極端な期待を掛けるから、結局落し穴に落ちるのです。この世は善悪も清濁も綯(な)い交ぜで、相対界で『は総てを併せ呑むのです。
 『老子』は次のように言っています。『故に人をして得て汝
(なんじ)を相(そう)せむ』と。相とは導かれる意味です。『何とかして下さい』という願望はいつしか、神頼みになることがある。何かに頼る。何かに願を懸ける。何かを拝む。それはみな、自分に都合のいい私欲です。しかし、そこが殆(あや)ういのです。安心立命からは程遠くなります」
 「いい話ですが、私は陸士と陸大で、戦争屋の教育を受けただけで、教養というのは中学
(旧制の中等学校)レベル程度の学しかありません。哲学や思想としての『老荘』が分りません。それに、津村さんの話を聴いていると、あたかも寺僧からお説教をされているようで……、禅問答のようで……」
 「では、捕捉しましょう。吉田さんは一休宗純をご存知ですか」
 「一休宗純というと、あの一休さんのことですか?」
 「一休宗純が息を引き取るとき、弟子達に大きな長持ちを残して行ったという話があるのです。そして、こう言い残すのです。
 『もし本当に金に困ったり、あるいは本当に窮地に陥って二進
(にっち)も三進(さっち)もどうにもならない状態になって、どうしても生きて行かれないという最悪の事態が生じたら、この長持ちを開けよ。しかし、そうでない場合は、決してこれを開けてはいけない』と厳命するのです。
 師匠が死んで、一年経ち、二年経ち、三年が経ち、幾年かが過ぎて行った。そして五年が過ぎた頃、寺の状経済態が悪化します。とうとう窮地の追い込まれてしまい、寺の運営は二進も三進もいかなくなります。
 弟子達は集まって、これからのことを相談します。そして、今こそ長持ちを開ける時が来た。そのように話が決まったのです。まず、長持ちの鍵を開けて蓋を開けます。すると箱が出てきます。その箱を開けると、また中には箱があって、それを次々に開けて行くのです。こうして開けて行くと、最後に小さな箱が出てきて、その小箱を開けました。その中には一枚の折畳んだ紙が入っていました。最初これば、てっきり一休禅師が万一のために隠しておいた金の在処
(ありか)を記した地図では?と全員胸を躍らせます。ところが、それを開くと地図などでなく、ただ六文字で『なんとかなる』と書いているだけでした」
 「なんとかなる……」
 「そうです、なんとかなるです。一寸先は闇だと言います。未来は不確実なものに覆われていて、予測することは難しいものです。昨日思った明日は今日であり、今日思う明日は一寸先の闇の中に在りあます。したがって未
(ま)だやって来もしない先のことを思い悩んでも仕方のないのです。今日は今日で、明日は明日で、なんとかなるものです」
 「なんとかなる……ですか。いいですねェ」感嘆するように言った。そこにはロマンが漂っているように感じたのだろう。
 「これは決して楽観視するのでもなく、悲観視するのでもありません。そういうものを超越した境地です。だから、なんとかなるのです」
 「ほ……ッ、いいことを仰る……。私は益々下駄を預けたくなりました。羽田を発つ直行便に乗った時から本気で考えていましたよ。あなたが実に運が良い人だと」
 「さて、朝から一杯やっているうちに、人が動き出しましたようですね。そろそろ運航されるのでしょう」
 「われわれも、搭乗しますか……」
 哈爾濱行きの満洲航空の飛行機は一時間遅れの8時25分に、朝の太陽を銀翼に受けて満洲国の大空へと舞い上がった。だが日程が一日ズレていたのである。


 ─────二日前の太陽島である。
 松花江の中州に浮ぶ島は徹底的に明るかった。その明るさはスパイが入り乱れる環境としては冷酷ですらあった。あっけらかんとしていながら、何かに操られ躍らされていて、水面下では暗躍しているという雰囲気があった。此処で諜報活動していた人間が一人や二人、いや数百人あるいは数千人が満洲国建国以来、どんな生き態
(ざま)をし、どんな死に態をしたか、どうでもいいような表情をしていた。
 総ての人間の生き死にを呑んで、その痕跡すら残さないのである。冷酷過ぎる現状からでは、名ばかりが、バカンスを楽しむリゾート地のようでもあった。本当の愉
(たの)しみは失われ、殺伐とした雰囲気が側面に流れていた。満洲国と言う凍土が人間の欲望を掻き立て、夢と野望に渦巻いていたからである。

 四人のエア・ガール達はナターシャ・ニコルスキーに案内されて、満鉄経営のヨット繋留場
(yacht harbor)に居た。そこで島一番の大型クルーザに乗船していた。機関付きのクルーザーである。風は弱いときはエンジンで移動する。松花江の沖合中央部に錨を打ち込んで停泊していた。
 彼女らは上甲板の角度調節付きの傾斜座席
(reclining seat)に身を横たえ、短い夏の陽射しを楽しんでいた。燦々と照りつける哈爾濱の夏の太陽は、日本の太陽と異なり、木漏れ日の中の太陽いう感じで肌に気持ちが良かった。
 河岸から沖を遠望すれば、甲板上にサングラスを掛けた水着姿の四人の女性が横たわっているのが、一目瞭然となる。傍
(はた)から見れば、有閑階級の女性達が、ひと時の休暇を楽しんでいるように映る。この演出の総てはナターシャの手配によるものだった。エア・ガール四人を目立たせ、工作員を彼女らに惹き付けておく必要があったからだ、
 クルーザーの操船は川崎直也が遣って、松花江の沖合中央に停泊させているのである。
 彼は慶応出身で、大学時代はヨット部にいたと言う。白い半ズボンに、黄色のタオル地のTシャツを着て、ヨットマンが被るキャプテン帽を頭に載せていた。それに部下らしい別の機関員が居た。機関員は篠田裕之と言った。目配りからして軍人である。彼らは二人とも、名目は沢田貿易の社員である。沢田貿易の商社マンを隠れ蓑にして、闇の世界を暗躍しているのである。工作員である。

 此処に来て丸二日が過ぎていた。
 津村の復
(かえ)りが遅れたので、此処でも日程が一日ズレていた。情報は斉斉哈爾からの暗号伝で、『梟の眼』の電信ネットワークで受信していた。遅れの事も総て了解していた。
 それだけに内外の工作員や官憲の尾行が活発化し、状況が刻々と変化するのである。慌ただしい雰囲気であった。そして彼女達二人は、此処で二日間、足止めされる異になるのである。

 一日目は、太陽島で島一番と言うリゾート・ホテルに宿泊した。富裕層相手の高級ホテルと言っても、満鉄のヤマトホテルのような大きなものでなく、造作
(つくり)は富豪の大邸宅と言う規模のものであった。瀟洒な三階建てであった。このクラスのこぢんまりした高級感に溢れたホテルで、家具やその他の調度品はロココ調のものだが、ごてごてと飾り過ぎず、見た目は上品なものであった。部屋数は少なかったが、運河の景色が充分に眺められる造りになっていた。
 昼間のヨット遊びが終わると、夕食を摂りつつ、その風景を眺めて、ディナーのような食事を楽しむ。豪華な晩餐である。今度は夕刻から夜に掛けての運河の川面に揺らぐ街灯りの夜景が楽しめるのである。
 此処は哈爾濱でも知る者が知る小さな社交場であった。宿泊客も多くて数百人程度である。選ばれたような富豪然とした内外の暗躍者が集まっていた。エア・ガールの四人は、ナターシャの用意した華やかなイブニングドレスを着て、贅沢な晩餐を楽しんでいたのである。ドレスはスミス姉妹が銀と白、良子と佳奈がワイン糸と若草色、ナターシャがライトブルーだった。五人は晩餐会場では、よく目立って人目を惹いた。

 彼女達の会話には笑いが零
(こぼ)れ、時として満洲事情が語られ、西洋風の食べ物や英国流ファッションの話が紛れ、恋の火遊び(aventure)が絡む有閑マダム的な話に触れたりするのである。そしてこの話を、室瀬佳奈は、弱年から眼を丸くして聞くだけであった。
 そして彼女は、《アン先生には、こんな一面もあったのだ》と今更ながらに驚くのであった。普段の厳しい教官とは全く別人のようであった。アンとキャサリンの粋
(chic)なイブニングドレスの着こなしが、何と魅力的であったろうか。着こなし一つしても、何処か日本人とは違っていたのである。流石はロイヤルファミリーだと思うのである。そのロイヤルはファミリーの一員が、時として勇者となる。アマゾネス(Amazon)のような金髪(blond)の女戦士となるのである。英国と言う国は、そういう国だと佳奈は思ったのである。
 この話の中に、軍事や政治の話は一切出て来ない。夕鶴隊の話すら出て来ない。多くは富裕層の話であり、その食生活や経済事情の話であった。周囲の耳を気遣って、故意にこのような話をしているようにも思えた。

 ラウンジで寛いでいるとき、ナターシャはこのホテルで、ウエイトレスに扮装しているミヤ・スコロモスカというワルシャワ出身の女性を紹介した。ポーランド人である。二十歳代前半の女性であった。満洲国治安部の諜報員である。また『梟の眼』のメンバーかも知れない。
 ナターシャは白系ロシア人である。
 ソ連では反ソビエト主義者に当たり、スターリン反対主義者として粛清の対象になる。それでいてソ連軍の情報将校
(少尉)である。奇妙な構図であった。また、父親のミハエル・ニコルスキー少将はソ連軍きっての精鋭部隊と言われるソ連第五軍の重砲司令官である。帝政ロシア時代の旧貴族である。何故、それが……となる。

 ミヤ・スコロモスカは種々の高等訓練を受けていた。言語も、母国語に加えて、ロシア語をはじめとして満洲語
(満州族の用いるアルタイ語族ツングース語派)のほか中国語(漢民族語の北京語)や日本語も喋れる。満洲国で諜報活動をするには日本語を喋れると言うのが必須条件であった。語学の徹底した訓練も受けていた。
 だが祖国が、独逸とソ連から攻め込まれる前はポーランドの諜報員であった。ポーランドは独逸の電撃作戦のよって攻め込まれた上に、ソ連からも攻め込まれ、彼女の祖国は建国以来三十年にして両国に分割されてしまった。それだけに独逸とソ連に対する遺恨は深かった。弔い合戦に加わったようにも映る。
 そしてミヤ・スコロモスカの話の中には、工作員の巧妙な手口などの体験談であった。これまでのことをエア・ガールの四人にも淡々と話した。そして彼女はナターシャの部下でもあるらしい。
 そしてナターシャに、こう言った。
 「私を信頼し、この任務を与えて頂いて感謝しております。必ず、ご期待に添うよう致します。失望させません」彼女は祖国復興に執念を燃やしているのである。
 これから、エア・ガール四人を此処から敵の眼に触れずに脱出させて、新京飛行場まで送り届ける算段をはじめていた。
 しかしミヤは「あそこにいる男女は、華北の国民革命軍第八路軍の諜報員です。また抗日戦の最前線での工作員です。気を付けて下さい。そして、あの窓側の若い男は極東ソ連軍の情報将校です。パヴロフ・カウフマンと言います。各国の言語が巧みで、身分は大佐で精神科医です。また捉えた者を尋問するために麻酔分析を得意とし、いつも麻酔剤を携帯しています。哈爾濱に到着した時から、あなた達をずっと見張っています。
 それにモスクワからの指令書を持っています。指令書は暗号で書かれています。観察眼に長けて鋭く、語学も秀で、用心深く、狡賢く、そのうえ厄介なのはナイフの遣い手です……」と忠告した。
 「でも、パヴロフ・カウフマンなる人物の評定は、単にその程度でしょうか。もっと内面のものがあるように思うのですが……」とアンが訊いた。
 「内面というと?」ミヤが訊き返した。
 「生い立ちです」
 「私の聴くところ、性格粗暴と言うか、残忍と言うかとのように聴いております。そのため親しさとか瑞々しさとか感動と言うものがなく、仮面を被ったように冷たく、また周囲のもの総て侮蔑視しているところがあると言います。またG・P・U
Gosudarstvennoe politicheskoe upravlenie/ゲー・ペー・ウーの略で、ソ連の国家政治保安部)とも言います」
 「G・P・U?……」
 「反政府分子の探索・逮捕・処刑を任務とします。現在は内務人民委員部に属しています。この部署はカティンの森事件などに関わってきました。処刑については躊躇
(ためら)いません。ならず者部隊の発想も、この部署から起こったと聴いています」
 「ならず者部隊?」
 「他国侵攻に先駆けて好き勝手を遣らせる犯罪者の部隊です。侵攻する際において、最前線にいて国境侵犯して先ず侵攻先の住民を犯し、奪い、最後は弄
(もてあ)んで殺し、好き放題を遣らせた後に正規軍が入って来て機銃掃射などをして一掃する。ソ連のこれまでの常套手段です。人間はここまで残酷な生き物になれます。
 パヴロフ・カウフマンについて聴くところによりますと、非常に頭がよく頭脳明晰で、学識もあり、その理解力においては群を抜いていると聞きます。幼少年期から神童的で、かなり早熟であったといいます。
 でも、残酷な面を持っていて、幼少期、兎が欲しいと父親に頼んだそうです。そして自分で数羽の兎を飼育します。その兎をどうしたかと言うと、一羽の兎の耳を、何と鋏で切ってしまったそうです。何故そうしたかというと、耳の短い兎が作りたかったそうです。カウフマンの父親は医者でした」
 「……………」
 「耳を鋏で切ってしまった兎が、どうなったか分りますか」
 「……………」
 「耳の疵口が悪化して化膿が始まり、兎が畸形して汚くなってしまったそうです。そこで醜い兎を殺してやろうと思ったそうです。そのときに思い付いたのが、父親の医療器具から注射器を持ち出して、心臓に空気だけを送り込む静脈注射をしたそうです。そうすると心臓に空気を打ち込まれた兎は、その場できりきり舞いをはじめ、数分後には死んでしまいますが、そのきりきり舞いが面白いのか、飼っていた総ての兎に心臓注射をして殺してしまったそうです」
 この話を聴いて、アンたち四人はパヴロフ・カウフマンが、如何なる性格の人物か分ったような気がした。
 この漢がなぜ医学者の道に進んだか、理解出来たような気がした。神に代わる権力と権威を手に入れようとしているのかも知れない。それが幼少期から、神をも恐れぬ……という行動に出たのかも知れない。唯物論一辺倒に凝り固まった者に見られる特長である。
 「それにはしっこいところがあり、然も警戒心旺盛です。随分と敵も多いと聞きますが、これまで命を狙われながら、殺されずに生き残って来たのは、警戒心の旺盛なところが命を救っていると言います。それが時として過剰防衛に奔り、殺
(や)られるまえに殺るという主義の持ち主です。自らの命を狙う刺客だと判断すると無関係な人まで躊躇わずに殺すと聞きます。それも自分で遣るのでなく、配下の秘密警察を遣ってです。自分の手は決して汚しません。しかし過剰防衛を企てます。多くの人命を生贄(いけにえ)にして、顧みません。そのうえ用心深く、またナイフの遣い手です。人を殺すのに躊躇いません」
 「つまり総合すると、根性もねじ曲がっているし、道徳観もないということでしょうか」
 「汚い手を遣います」ミヤは警戒を促すように言った。

 「ご安心下さい。わたしたちはそれほどヤワでありませんから」とアンが付け足した。
 ミヤは、アンが如何なる人物か分っていない。単に大日本航空のエア・ガールだと思い込んでいる。彼女達四人が日本陸軍の極秘の秘密兵器であることを知らないのである。ミヤが心配しするのも無理はなかった。
 またナターシャも、ソ連軍の情報将校であるが、エア・ガールに扮した日本からの女性四人の本当の正体を知らないのである。単に美しくドレスを着飾ったヤワな女性だと思っている。日本陸軍のお飾り的な、少佐と少尉くらいにしか思っていないのである。

 「先日、満洲国軍の治安室員が何者かに殺され、他殺体が発見されました。犯人は不明です。殺された治安室員は極東ソ連軍に関する極秘情報を入手した暗号文書を持っていましたが、これが奪われています。わたしたち室員はパヴロフ・カウフマンの仕業ではないかと検
(み)ていますが、盗まれた暗号文書が未だに発見されていません……」そこまで言って、ミヤは先の言葉を呑んでしまった。これ以上、無関係な者にぼやいてみ仕方がないと思ったのだろう。あるいは、四人のエアガールを無力な女の四人組と検たのだろうか。
 だが、アンにしてみれば、実にいい構図であった。そう思われていることがである。
 敵を欺
(あざむ)くには味方からと言う。
 ひ弱な女の四人組……。
 この構図は、完全に味方が欺かれていた。おそらく支店長の吉田毅は、部下の川崎直也にも、彼女達の正体は明かしてないだろう。むしろその方が好都合であった。日本から来たひ弱な女の四人組と思い込んでもらった方が有難いのである。動くに、動き易いのである。

 ミヤとナターシャが去ってからのことである。四人は部屋に戻り、“大掃除”の謀議を始めた。
 「手頃な演習でもしましょうか」アンが切り出した。
 ほかの三人は、この意味を直ぐに理解した。指令の本国からの暗号文書と、盗まれた極秘の暗号文を捜索すると理解した。パヴロフ・カウフマンの持っている機密文書を入手したいのである。
 「バカンスのお持て成しして頂いた一宿一飯の恩義として、大掃除をして少しばかり風通しをよくするのですね」とキャサリン。
 「一匹の毒蛾は数千の卵を生むといいます」封じておく必要があると言っているのである。
 「つまり毒蛾の駆除ですね」
 「またスパイ一人は一個師団にも匹敵するというます。英国はその工作員養成のために、四百年の歴史を有しています。それに較べると日本の情報組織は赤子同然。これだけ見ても勝負はついています。でも、わたしたちは、そうはいきませんわ」
 「どうします?」
 「此処らで女の意地を見せて、一泡吹かせようではありませんか。どうです、みなさん?」アンはこのように促した。
 良子は思う……。果たして一泡吹かすとは如何なることをするのか?……。
 アン先生やキャサリン先生は元々が英国軍人だから、このようなことが言える。しかし自分は、本来が学生であり、況
(ま)して佳奈は僅か14歳の高女生ではないか。つまり5月の徴用から二ヵ月半以上が過ぎた程度の結局は経験の無い素人である。果たして、本業の軍人相手に一泡ふかせることが出来るか否か、甚だ疑問であった。そこには些(いささ)かの不安が付き纏うのである。簡単にそのように巧く事が運ぶのだろうか。
 しかし徴用されたとは言え、まがりなりにも女子遊撃隊の一員である。女と雖
(いえど)も、軍人である。軍人は上官の命令には従わねばならない。

 一泡吹かせる……。それには機略が必要だろう。
 一体どういうことをするのだろう。良子はそう思った。まさかG・P・Uを敵に廻して死闘を演ずることではあるまい。アンが遣らかすことである。そういう血腥
(ち‐なまぐ)いことではあるまい。一方で手ごとな演習だと言う。英国は情報戦に関して四百年の伝統を持つと言う。その意味は何だろう。一体どういうことをするのだろう……。
 「わたしと鷹司候補生はパヴロフ・カウフマンを惹き付けます。一方、キャサリンと室瀬候補生は、彼の持っている暗号文章をコピーして」
 この“コピーして”は何だろう。写真に撮るのだろうか。あるいは何かに書き写すのだろうか。
 「わたしは津村先生から瞬間記憶術を教わりました」キャサリンが言う。
 「これで手筈は整ったわね。では、5分後に……」

 このホテルには遊戯場がある。遊戯場と言っても娯楽施設のことで、ズバリ言えば博奕場である。小邸宅風のカジノ
(casino)である。そこはルーレットroulette/黒・赤の0から36までの目に区分した擂鉢形回転円盤)、カードtrump/トランプ)、ダイスdice/骰子遊戯)などを備えた公認の博奕場で、そのほかダンスなどが出来る社交場である。
 アンと良子はカードコーナーへと遣って来た。そこではポーカーが行われていた。
 アンが空席に坐り、良子が後ろに立った。今宵の遊戯資金は五百圓である。百圓札五枚を持っている。ちょっとした大金である。ほぼ日本の金と同じと考えればいい。日本では千円で家が買えた時代である。
 満洲国の通貨は紙幣と硬貨で、紙幣は壱圓、五圓、壱拾圓、百圓、それに五分、壱角、五角であり、硬貨は五厘、壱分、五分、壱角
である。満洲中央銀行が発行したものである。
 その満州国通貨をもってカジノで遊び、その間、パヴロフ・カウフマンを遊戯場のテーブルに惹き付けておくのである。この隙を見計らってカウフマンの部屋にピッキングして忍び込み、奪われた極東ソ連軍の暗号文書を探し出し、盗み読み、何事もなかったように元通りにして戻って来るという作戦であった。

 この作戦演習に当たり、遊戯グループと暗号文捜索グループの二組に分れ、前者はカウフマンを惹き付けておき、後者はその隙を窺って暗号文を捜索するというそれぞれが任務を果たすと言う筋書きであった。これが成功するかそうでないかは、その場その時の状況判断が物を言う。元通りに復元して何事もなかったようにするには、一瞬の記憶力が物を言う。侵入した形跡を窺わせないためである。
 侵入した形跡がひと目でわかるのは、家捜しされた跡で、物が乱雑になっていたり、物の位置が違っている場合である。観察眼のある人間は、この位置の僅かなズレにも直ぐさま感得する。次に匂いである。闖入者の間抜けな者は、その痕跡を匂いに残して行く。そこで侵入された者は、部屋に何者かに忍び込まれたと判断するのである。そのためには化粧や香水、体臭などを消しておかねばならない。

 聴くところによると、工作員は匂い消しの訓練をすると言う。その中には普段の食物から訓練を始め、匂いの出る動タンパクや果物類の摂取を控えると言う。大便にしても、便器内の水に沈む糞と浮ぶ糞があるが、肉た魚類の動タンパク摂取者の糞は沈み、逆に玄米穀物菜食摂取者の糞は浮ぶことから、沈む糞になる動タンパクは摂らないのである。糞が沈むということは食物に水銀などの金属類が含まれていて、そのことから糞が沈むのである。沈む糞は匂いもきつい。霊臭的な異臭を出しているということだ。体臭から匂うきついにおいは動タンパク摂取による。この元兇を逆利用して、匂いから正体が突き止められることがある。
 一方、匂いで自分の存在を意思表示する場合もある。動物的なものは、尿などで縄張りを示すマークングである。人間の場合は化粧の匂いや香水の匂いで、それぞれを使い分けて意思表示する行為である。本来は自らの体臭を香水にすり替えるために使用される。

 アンと良子はカードコーナーでカウフマンを惹き付けている間に、キャサリンと佳奈はカウフマンの部屋に忍び込む。前者のグループは匂いで印象づけ、後者のグループは匂いを消して任務を遂行する。匂いの陰陽を利用する。
 アンと良子はシャネルで存在感を印象づけた。
 シャネル・ナンバー5は1921年5月5日に登場し、「5」の縁起をかついで世界的に有名になった香水である。ちなみに調香師のエルネスト・ポーによって試みられ、ナンバー5は試作品番号である。
 アンの言った手頃な演習が開始された。それぞれは役所を得て配置に付いた。
 アンと良子はカードコーナーに付いていた。カードをはじめていたのである。それがどうしたことか、ツキが廻って来たのである。

 クルーザーの機関部を担当した篠田裕之は、このホテルではフロント係も兼ねていた。
 「カウフマンさま。お電話で御座います」
 篠田は、通り過ぎようとするパヴロフ・カウフマンに、こう呼び掛けて、至急の市外電話が入っている旨の取り次ぎをした。
 「何処からだ?」
 「モスクワからで御座います。繋がるまでに、暫く時間が掛かると言うことです」
 カウフマンは受話器を持ったままフロントのカウンターに繋がるのを俟った。しかし、待つ時間が長いことに苛立を覚えていた。
 「ドーブルィ・ジェニ
(もしもし)……」同じことを二度言った。
 しかし応答がなかった。そして叩き付けるように受話器を置いたのである。俟たせるにもほどがあると言う態度だった。苛立ったままで、それは暫く引き摺ったままであった。

 一方、アンのツキは莫迦当たりと言っていいほどツイていた。このツキは“笑みの眉開く”という感じであった。喜びが貌一杯に顕われていた。それは、わざとでもあるように窺える。あるいは演技かも知れない。
 そういう喜びを表現したいほど、莫迦にツイていた。
 それに較べて、苦々しい貌をしたカウフマンが対抗側の空席に坐った。
 「チェック!また来ちゃった。ハートのストレートフラッシュ!」アンの喜々とした聲
(こえ)が、驚愕したように上がった。満面が、笑みで溢れていた。
 しかし一方、自分の思い通りにならないことに苛立つ性格の持ち主がカウフマンであった。一人勝ちしている女が腹立たしいと思う。忌々しい気持ちで一杯なのである。一方的に莫迦勝ちして、取り澄ました女が我慢ならないのである。

 「お嬢さん、私も仲間に入れて下さい」
 「えッ!お嬢さん?」《それはだれ?》と訊き返すように訊いた。
 「あなたのことですよ」
 「えッ?わたし。わたしはミスでなく、ミセスなのですよ」
 「そうですか、てっきりミスと思いました。お若くて、美しいので、てっきり……」
 「光栄ですわ。ではアンティ
(参加料)は百圓からでは、そしてコール(同額のチップを掛けて行く)は積み立て式のフォールドしたら(ゲームを降りたら)負けということで?……」
 「いいでしょう」
 テーブルの周囲には、五人のプレイヤーが陣取った。
 ディーラーがカードをそれぞれに五枚ずつ配り、残りカードをテーブル中央に置いた。
 プレイヤーはそれぞれ自分のカードを見ている。
 「ドロー」カウフマンがカードを交換した。
 「ペット」アンは交換せずチップを賭けた。
 「コール」対戦者は同額を賭けた。
 「レイズ」更に多いチップを賭けた。
 「コール」張り合った。
 これを繰り返し、チップは千圓分に積み上がっていた。周囲はこのゲームの様子を見守っていた。
 アンは自分のカードを手にして、にこやかに微笑んでいる。それだけにカウフマンにしてみれば、彼女の貌が忌々しく映るのである。
 「レイズ」チップの賭けが上がった。
 「コール」
 暫くすると、誰かがドローしたが、手が悪かったのか「フォールド」と言って降りた。
 更にフォールドが出て、最後はアンとカウフマンの二人だけになった。アンは微笑みを何処までも崩さずに居た。心理戦である。ドローもしない。最初に配られた手のままである。そして微笑みを絶やさない。
 それだけにカウフマンは、彼女が余程いい手だろうと疑心暗鬼に陥って行くのである。その証拠に、アンはカウフマンのコールに対し、レイズと言って、更にチップを多く賭けたのである。これについて行く者はいなかった。
 二人だけの一騎打ちとなった。ゲームはエスカレートし、白熱していった。その白熱戦に興味をそそられたのか、周囲から、ぞろぞろと人が集まり出したのである。見逃せない大勝負となったからだ。




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