運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続 壺中天・瓢箪仙人 40

人は齢(よわい)を重ねるごとに、論理的で緻密で、あるいは精密な理論を展開している小難しい専門書より、端的で自らの心境を吐露する語録に惹(ひ)かれ始めるものである。小難しい論理より、端的にズバリ指摘して迫って来る方に惹かれ始める。

 年を重ねると残り時間をつい考えたりする。そして、その時間は若いことに比べて濃厚であることに気付く。
 それば短ければ短いほど、充実させた人生の最終章を全うしたいと願うものである。
 理論の持つ観念的な虚構に飽き足らず、長年の修練によって培って来た自らの最後の研鑽を磨き極めたいと思うものである。そこに最終章の信念が迸
(ほとばし)る。

 書籍一冊を選ぶにも、小難しい論理学やふやけた作家の恋愛小説や不倫小説よりも、人生を悪戦苦闘した苦労人の逸話などに凄く惹かれるものである。そして、指針となり得る心の糧を需
(もと)めるものである。これを「老熟」という。人が到達すべき彼岸である。


●瀉瓶

 時間を半日前に戻す。
 津村陽平は堀川作右衛門の庄屋屋敷にいた。夕鶴隊が出て行った後も、津村は堀川作右衛門と向かえ合っていた。
 野外演習に出掛けた開拓班全員は、兵頭仁介上等兵に引率を任せ、津村陽平は作右衛門と話していた。
 「庄屋さん、こうなったら、総て話してはくれまいか」
 それは“総てを見抜いている”という言い回しが含まれていた。
 「わしが、何を話すというのかね?」
 津村には庄屋が内心不安を抱いていることは分る。
 「庄屋さん、腹に抱え込んだ喋りたいこと、沢山あるだろう」
 「わしが、そういう話を持つというのか?……」
 「あんた、鈴江を反日に焚き付けたのではあるまいか?そうだろう!……。あんた、本当は幕末から明治初頭かけて、日本に流れ着いた帰化人だろう、違うか?……」鎌を掛けるように訊いた。
 あるいは一切を見通し、手強く、考え深く、奥の奥まで読んだ「何か」を掴んでのことだろう。

 庄屋は「鈴江を焚き付けた」という言葉で、恐怖を感じた。安易に、曖昧
(あいまい)な返事をすれば、逆にボロが出て、そこが衝かれる。津村陽平とは、そういう鋭いところを持った漢(おとこ)であった。
 下手を打って、いい加減なことを言って自己防衛に走り過ぎると、津村の怒りに似た感情に油を注ぎ込むことになり、逆手を取られることになにかねない。庄屋はそれを危惧
(きぐ)した。津村陽平が一筋縄では行かぬ漢であることを百も承知している。

 「陽平さん、それは根拠があって、わしに訊いているのかね?」その聲
(こえ)は震えていた。
 「あるから訊いている!」断固いった。
 そう云った言葉には、自信が漂っていた。しかし庄屋の回答を期待して訊いた訳でない。小人
(しょうじん)と雖(いえど)も、庄屋は中々の狸である。
 ただ津村には、この期
(ご)に及んで……という気持ちがあった。ゆえに迫った。更に心の底を除くような眼で睨んだ。
 庄屋は観念したように、某
(なにがし)かのことを打ち明けることにした。それがポーズであることは分る。
 しかし、話すに当り、当惑の貌も隠せないでいた。その表情は苦しさと恐れの入り交じったものであった。
 庄屋は、ぼつりぼつり……という悲しい語り口で話を始めた。

 「わしの先祖は確かに帰化人だ。三代前に遡
(さかのぼ)れば、大陸から渡って来た帰化人だ。その先祖は華僑(かきょう)だったと聴く。
 わしが聞くところによると、阿片戦争の頃、清国が敗北した後、西欧列強との不平等条約締結や中国の半植民地化の起点となって、大陸が啖われ始めたとき、土地を追われて日本に遣って来たと言う。阿片戦争の敗北は1842年で、日本では天保十三年のときだった。幕末の頃だ。その頃、日本に遣って来た。そして、この村の庄屋の株を買ったと言う。庄屋株を買って、以降、堀川姓を名乗り、この新田郷の村を支配した。
 この当時、日本では徳川の屋台骨は傾き、勤王と佐幕に別れて入り乱れ、尊王攘夷・討幕運動のただ中にあった。幕府の食い詰め御家人らは早々と旗本株を売って、その金で町人になる武士も居たと聴く。また、不作に悩む庄屋株も売られていたと言う。
 丁度その頃、新田郷は不作が連続しておってな、そりゃ酷いものだったと聴いてる。その頃、陽平さんの、二代前のご先祖にあたる津村鍵十郎様が、この村の代官になられ、利根川の水を弾いて来て灌漑
(かんがい)の指導をして下さった。これで村は何とか救われたが、世は動乱期の幕末と続いた……。
 鍵十郎様は小柄な御代官で、その頃は『三尺達磨』などと謂われていたそうな。奥方様も小柄な方でなあ、さる大名の姫君だったが、この方が幼児のような知恵遅れで、しかし鍵十郎様は、しょりゃもう大切になさっておった。その二人の間に生まれたのが、陽平さんの父君・十朗左衛門様だった。背丈は低いものの、この方がどうしてどうして中々の武士の気風を備えた方だった。
 また、父君も立派な武士だったが、父君の十朗左衛門様は神道無念流剣術の達人で、また四書五経を修められ、また書画骨董にも通じ文武両道の御仁
(ごじん)じゃった。そして、その後のご維新。
 士農工商は、このとき崩壊した。明治の世になって武士は廃業せざるを得なかった。しかし父君は如何せん理財の才がなかった……」
 津村は《そう言われればそうだ……》と感慨深く思った。父は商売の下手な人であった。そのくせ清貧に甘んじる。《俺の貧乏性は父譲りか、それにしても風流人を気取って書画骨董とは……》と思う。あるいはそれが自分の絵心を遺伝させたのか……などと思ってみた。津村陽平は根っからの画家であった。

 「陽平さんが貧困に甘んじるのは、父君の理才の才の欠如によるようだ。しかし、それでいて毅然とし、誇り高い人であった。わしら、村人の一切の施しを受けなんだ。そういうものはきっぱり撥
(は)ね付け、悠々としておられた。
 わしの先祖も、鍵十郎様と十朗左衛門様の二代の方々には随分と世話になった。何しろ、十朗左衛門様は当時村を襲撃する野党を退治して下さった。村人全隊の恩人として、今でもその感謝は忘れない。
 振り返れば、あんたに指摘されるまでもなく、紛れもない、わしの先祖は大陸よりの帰化人だ。そして案らが疑っているように『草』だ。
 その帰化人の誼
(よしみ)を伝(つて)に、星野周尺が遣って来た。星野も『草』だった。星野は暫く大陸に渡っていたが、日露戦争も終わり、大陸の斉斉哈爾(チチハル)から帰って来たとき、娘の孫齢姫(そん‐れいひ)を連れ帰って来た。齢姫は聡明で美しい娘だった。つまり陽平さんの、もと女房の鈴江だが、星野は大陸で学んだ製鉄技術を加味して、鍛冶屋を此処の村外れで開業したいと言い出した。一時期は仕事に励んで、農繁期には農具を打ち、農閑期には刀鍛冶として精進していた。しかし小さな村での鍛冶屋では、暮らし道が楽でないでのう。
 先妻の石田家から相当な借金をしておってな。挙げ句に“逆三行半”を突き付けられ、離縁はしたものの、その度に先妻の静子さんに無心をしておったようだ。つまり、あんたの女房の石田珠緒さんと、孫齢姫とは異母姉妹だった。
 しかしなァ、孫齢姫は気の強い娘で、少しばかり我が儘で、利かん気の強いところがあってのう。その度に珠緒さんは言い聞かすのに苦労しておったようじゃ。その後のことは、陽平さんも知っての通りだ……」
 庄屋は、肝心ことには触れず、一通りの流れを説明したに過ぎなかった。そして、認めたのは先祖が帰化人で、自分はその末裔
(まつえい)という程度の話だった。何一つ琴線(んせん)には触れていない。庄屋の言は、当たり障りのない、誤摩化し的な言い訳の羅列のように、津村には聴こえた。それが腹立たしくもあった。

 「そういう能書きの前置きは、どうでもいい」切り捨てるように言い放った。
 「うム?……」貌をしかめた。
 「あんたは肝心なことに、何一つ答えていない」いやに落ち着いた口調で、冷ややかに訊いた。
 「……………」庄屋は絶句したまま黙りこくった。
 「庄屋さん。あんたって人は、ときどき実に詰まらん小物になってしまうようだなァ」と津村は残念そうに言った。
 堀川作右衛門というこの漢、都合が悪くなると、直ぐに甲羅の中に閉じ籠ってしまう亀となる。庄屋の小心なる臆病を津村は指摘した。
 「何を答えればいいんだ?」おどおどした言葉で訊き返した。
 「そういう返答は、余り利口じゃない」津村は何処までも突っ撥ねた言い方をした。併せて眼光鋭く睨む。
 「……………」庄屋はおどおどするばかりであった。
 「官憲の厳しい尋問に掛かれば、あんたでも釈明のしようのない、辻褄
(つじつま)の合わないものが、一つや二つは出て来よう?……。その、誅(ちゅう)は免(まぬが)れまい……」
 庄屋は津村の言葉に何か硬い、冷たく迫る感触を覚えた。それは恐怖と言ってよかった。妙な言い訳は、むしろ自分まで共犯者にされてしまう恐れを抱いた。
 「あのなあ……、それはだなァ……」苦しくなって、接
(つ)ぎ穂がなくなっていた。
 「もう、この期
(ご)に及んで、隠し立ては無用と思わんかねェ。年貢の納め時だよ、庄屋さん。あんたの吐き気のするような戯言(たわごと)に付き合うために、わざわざ此処まで来たと思っているのか」その言い方は、多少嘲(あざけ)るような、気取った口調であった。
 「……………」庄屋は言い澱
(よど)んで、肚にある言葉が中々出て来ない。一方で、津村が何処まで知っているか穿鑿(せんさく)しているようだった。

 「庄屋さん。もう一度訊きたい。鈴江に反日を焚き付けたのは、いったい誰だ?!」容赦しないぞという言い方だった。
 「それは……」と言いかけて言葉を呑んだ。
 「もう一度訊く。心して返答願いたい!」
 「わしの再従兄弟
(またいとこ)の堀川久蔵だ」
 「なに!堀川久蔵だと?……」
 「陽平さん、あんた、久蔵のことを知っているのか?」
 「ああ、多少のことはな。彼奴
(きゃつ)は、もと内務省の高級官僚。その高官にして、何ゆえ堀川御殿が建ったのか?……。その経緯も、あんたは全部知っている筈!……。当然背後には不正があった」津村は堀川久蔵のことを把握していた。
 「そこまで調査済みか」庄屋は驚くように訊く。
 「それにもう一つある。珠緒の死、つまり珠緒を強姦して、崖の上まで運び、突き落とした犯人。あるいは珠緒を襲うように依頼し、工作した者を知っておろう!……。共同謀議して襲ったことも?!」
 「それは……」小物が狼狽
(うろた)え始めた。
 「こういうのを共同正犯というんだ」と言って、その罪の重さを臭わせた。
 「……………」
 「言わんでも言い、そうしたければそうするがいい。共同正犯は全員が罰せられる。あんたが吐かんでも他が喋れば立証される。そうなれば、あんたは誅を免れなくなる」
 津村の貌には、ぞっとするような恐ろしい表情が顕われていた。復讐の念というより、そういうものを超越した「神の裁き」のような冷徹なものがあった。

 「陽平さん赦してくれ、それはわしの口から……」
 「言えんというのか、それもよかろう……。しかし、あんたが言わんでも他が知っている。
 元憲兵……、つまり陸軍刑務所の看守をしていた看守長の川原、看守の清川、同じく看守の渋川、それに軍医の野村のこの四人。元憲兵の川原は、隣村の山田郷の百姓の次男坊だったなァ。この川原に、誰がいったい焚き付けた?。それも、襲って玩具
(おもちゃ)にしろと?……」
 「あのときは、わしも脅されていたんじゃ……」
 このとき庄屋の貌には、眼に見えない鎖でつないだ背景を、津村は即座に読み取っていた。
 「弱味を握られているのか?」
 一つの弱味が、次の弱味を生む。弱味が次々に連鎖を起こす……、そして搦手
(からめて)から雁字搦めにされる。津村はそう検(み)た。見識である。
 「……………」庄屋は苦渋の貌に満ちていた。
 また、確信の輪が徐々に狭められているのも悟った。もう逃げられないと思った。針の筵
(むしろ)に坐らされている感じで項垂(うなだ)れていた。坐して首を垂れていた。
 「辛
(つら)いか?」津村は思わず訊き返していた。
 「えッ?」
 「辛かろう……」
 庄屋は、こっくりと頷
(うなず)いた。そして無言でいるが、それは鎖の重さを物語るかのようであった。その鎖には、また呪縛(じゅばく)が掛けられていた。

 「わしには、重い鎖が付いている……」恐る恐る言い出した。
 「その鎖、誰が付けたか言ってやろうか」
 「えッ!」
 「それは、蒋介石
(しょう‐かいせき)を経由した張作霖(ちょう‐さくりん)の亡霊の鎖……。違うか!」
 「陽平さん、そこまで知っていたのか!」驚きの聲
(こえ)を挙げた。
 「遼寧
(りょうねい)の馬賊の出身の奉天派軍閥の総帥・張作霖の亡霊!……。それを今は、仮に『総帥X』としておこう」
 「うッ!……」躰の何処かを撃たれたような相槌
(あいづち)を打った。一番恐れているものを指摘されたからだ。
 「この亡霊、かつては蒋介石の国民政府の北伐軍と戦って河南で大敗した。だが、奉天
(今の瀋陽)に入ろうとして関東軍の陰謀による列車爆破で死亡した。これを日本政府は関東軍の肩を持ち、爆殺事件の真相を秘匿するため、『満州某重大事件』と呼んだ。如何にも穢い、陰謀好きな愚将が考え出しそうな呼称だ。
 しかし、この呼称が祟
(たた)った。この呼称で亡霊は蘇(よみがえ)った。蘇ったその怨霊は、簡単には潰えなかった。その怨霊は息子の張学良(ちょう‐がくりょう)に乗り移った。彼奴(きゃつ)は親父の死後、東三省の実権を握り、日本の反対を退けて、のちに蒋介石の国民政府に合体した。満州事変により東三省を追われ、西北剿匪(そうひ)副司令となり、抗日救国を要求して蒋を監禁した。それが『西安事件』事件だ」
 津村は戦略家の戦略分析のようなことを言った。
 「……………」庄屋は沈黙したが、その表情には《津村陽平恐るべし》の警句が張り付いていた。そしてその沈黙の中に、暫
(しばら)く冷たい静寂が流れた。庄屋の貌には恐れと困惑が入り交じっていた。

 「だが、なあ……。背後には毛沢東の赤軍工作があった。この赤軍工作に一役買ったのが、米軍の陸軍情報部
(前OSSで、のちのアメリカ大統領直属の中央情報局CIA)だ。そして蒋介石夫人は宋美齢(そう‐びれい)
 宋美齢は米国留学中にフリーメーソンとなり、西安事件や対米外交に絡んで、対日政策でナチス独逸と結託して、日中戦争をコントロールした。中華民国政府は宋美齢経由でFRBから多額の政府借款をした。宋美齢はフリーメーソンの指令で動いた。その中でも暗殺部隊の『P2』
【註】プロパガンダ第二部)だ。
 この配下に孫齢姫が絡んでいた、つまり鈴江だ。その鈴江に最初、排日運動を吹聴した者がいる。それは誰だ?!」津村は厳しく迫った。

 庄屋は暫く言い淀
(よど)んだが、観念して喋り始めた。
 「それはだなァ、堀川久蔵の走狗となった、戸籍上、わしの弟の彦宸
(げんしん)だ。中国名は公瑞兆(こう‐ずいちょう)という。知っての通り農林省の農事技官で、彦宸からの持ち掛けで、わしはあの女の少佐に『聯隊内に開墾して農事をしたらどうか?』と言うよう、この漢から薦めるよう強く恃まれた」
 「そのお陰で、開墾班を遣らされているのか」呆れたように津村が言う。
 「……………」
 「公瑞兆とは何者だ?!」
 「しかし、この戸籍上の弟は日本人でない。日本で生まれ、日本で学び、日本人を気取り、農林省の役人然としているが、排日運動を展開する朝鮮人で、安重根
アン・ジュングン/大韓帝国時代の朝鮮の独立運動家)の熱烈な支持者だった。敬虔なクリスチャンだ」
 「それは似非
(えせ)だろう?……」冷ややかに津村は嗤(わら)った。敬虔なクリスチャンは似非だ。この漢が神の庭をうろつけるような人間でないことは以前から分っていた。津村は《時々、幹候上がりの某中尉とともに見回りに来る、優男(やさおとこ)を装った、あの技官か?……》と思った。別の顔を持つ漢……。

 「公瑞兆の出身地は、張作霖と同じ遼寧
(りょうねい)海城だ。この地は、中国東北地方南部の鴨緑江(おうりょっこう)を隔てて、朝鮮と接する場所だ。満人(満洲族)に混じって朝鮮人も多いところだ。
 この地は、つまり北京遷都後は陪都として奉天
ほうてん/中国遼寧省の省都。清朝の国都として盛京と改称した)と言った場所だ。そして製鉄が盛んなところだ。
 此処に星野周作も居たと聴く。周りには撫順
(ぶじゅん)・本渓(ほんけい)・鞍山(あんざん)を含めた地域は重要な鉱工業地帯で、製鉄業が盛んだ。日本がこれらを支配している。一方で、この利権を巡って工作員が暗躍する。
 公瑞兆は、また某国
(米国)の工作員だ。公の思想洗脳により、抗日と言う共通の目的のために、齢姫は、鈴江は抗日戦士されて、反日運動に参加した……」

 津村陽平は、更に突き詰めた。すると庄屋・堀川作右衛門は、彦宸
(げんしん)の受け売りで、満州族のことを鈴江に喋ったと言う。
 聞くところによると、彦宸は、作右衛門に、このように語ってくれと喋ったと言う。

 そもそも満洲は、日本が満州事変により、中国の東北三省および東部内モンゴル
(熱河省)をもって作りあげた傀儡(かいらい)国家という語り口で始め……、満洲事変後、日本による「占領統治説」が一部で囁かれたりもしたが、それが現実になったのが昭和7年(1932)3月のことであった。この年、日本軍部に擁(よう)せられて、満洲国の執政になったのが、愛新覚羅溥儀あいしんかくら‐ふぎ/宣統帝)であった。昭和9年(1934)のことである。
 もと清の宣統帝であった溥儀は、執政として満洲国を建国した。それにより愛新覚羅溥儀が、清朝第12代宣統帝
(康徳帝)に即位した。首都は、長春をいい改めて、新京とした。
 この年、満洲全土に五色の国旗が翻
(ひるがえ)ったのである。これが「五族協和」を謳(うた)った傀儡国家の満洲国の誕生であった。五族とは日本・満洲・中国・蒙古・朝鮮の諸民族を指し、当時の満洲国民は約三千万人を数えた。
 満洲は、北は黒龍江
(こくりゅこう)、東は烏蘇江(ウスリー)、南は鴨緑江(おうりょうこう)、西は蒙古を国境とす百三十万平方キロで、当時の日本の二倍以上の国土を持っていた。そしてその後、日本から続々と満洲移住者が送り込まれ、斯くして自称「王道楽土」が築かれた。しかし、これに反発する反日運動が、満洲並びに中国全土で巻き起こった。また日本にも飛び火した。それは日本の無政府主義者、共産主義者、労働組合員、学生、貧困者をも取り込んでの、大愛国運動へと発展して行く。これが烈しい「抗日運動」へと発展する。大陸や半島からは「日帝」という言葉も、その時に生まれた。
 当時、大陸や半島から、日本国内にも多くの思想工作員が入り込んで来ていた。何しろ日本は、当時からスパイ王国であった。日本各地で地下組織が作られた。そして地下集会などを通じて、日本人の文化人層をも取り込んで行った。多くは暗示による洗脳であった。同じ言葉を何度も繰り返して、暗示を掛けて行く洗脳法である。

 では、なぜ堀川彦宸が、こうまでに星野鈴江を洗脳しに掛かったか?……。鈴江に執心したのか。
 この漢は金・物・色、特に色の面で、女を物品を考えていた。物々交換の物として扱い、これを貢ぎ物に使ったり、交換条件の材料にしたりの政治的駆引きのために、女ばかりのハーレムを形成していた。それも此処に集められた女性達は、総て何処からか攫
(さら)われて来た女性達であった。娘だけでなく主婦まで居た。
 思想工作で洗脳されたといえば聞こえがいいが、要するに攫った女を暴力で服従させ、次に思想洗脳して、間者
(スパイ)として敵対国に潜入させ、工作し、あるいは暗殺させるのである。某国の大麻(ハシシュ)で麻薬洗脳する『山の老人』的である。
 鈴江も、そのように思想改造された女になっていた。その女が、かの国の養成機関で高等訓練を受けて細作
(しのび)となっていた。その斡旋人が、堀川作右衛門を筆頭に、堀川久蔵、そして悪辣な堀川彦宸であった。

 「つまり、堀川彦宸は人買いだろう?!」津村は堀川彦宸の人身売買を指摘した。
 「……………」庄屋の豹変し、その貌は困惑した表情を示した。
 「堀川彦宸は、女を道具に遣う人身売買の首領だろう。この漢、動物の飼い方は馴れている、その調教は心得ている、違うか!」
 津村はズバズバ斬り込んで行く。
 「しかし鈴江の場合は違った。根っからの反日の情熱家だった。自分の躰に流れる中国人の血を大事にしていた。民族の血と誇っていた」
 「それに、あんたは付け込んだという訳か?」
 「いや、その……」
 「それにしても、いいところに堀川彦宸こと公瑞兆が、都合良く顕われたものだな。話が、少し出来過ぎていると思わないか、庄屋さん?」
 「脅されたのだ。あんたの家から、乳飲み子を置いて、出て来た星野鈴江を紹介しろとな」
 「それは誘拐しろと言うことだな!」
 一般日常、何気なく遣う「紹介しろ」という言葉は、取引
(ビジネス)上、時として「誘拐しろ」という意味を持つ。「攫(さら)え」と同義である。

 「鈴江は何しろ美人だからなァ、それに公瑞兆は目を付けた。当時は、まだ十六。それで、つい……」
 十六歳の未熟な鈴江ならば、誑
(たぶら)かしや、唆(そそのか)しは可能だと踏んだのだろう。それで、庄屋は公瑞兆の「紹介しろ」という言葉に、軽い気持ちで乗った……。そういう筋書きが成り立つ。
 それを聴いた津村陽平は「出過ぎた真似をするな!」と烈しく叱咤した。

 庄屋は「つい……」という軽薄なつい言葉で、自分が恫喝
(どうかつ)されたことを弁解気味にいった。
 この「つい」で、鈴江はわが子・次郎を置き去りにして、彼
(か)の地へ疾ったのである。
 「ついだと!」聲
(こえ)を荒げた。雷のような怒りだった。
 この雷
(いかづち)で、庄屋は亀のように首を引っ込めた。小心者特有の仕種(しぐさ)である。
 津村にしては、堀川作右衛門の「つい」が疎
(うと)ましかった。そのために一家が離散寸前になったからである。それを辛うじて食い止めたのが、後妻の珠緒であった。そして珠緒まで、悪辣(あくらつ)な策略で二度と帰らぬ、遠いところに持っていかれてしまった。津村にしては、不運が重なったのである。

 結局、満洲は日本が日露戦争の利権で、満洲鉄道網を支配して、満洲事変によって日本支配しなくても、当然欧米、特にアメリカではハリマンが執心していたから、この地は西欧の植民地主義の仲間に入れなかったアメリカが奪い取っていたであろう。
 当時の日本がアメリカの鉄道王ハリマンが提案した南満州鉄道の共同経営を、拒否したことを重視して考え直してみる必要があるのではないか。それを洞察すると、ハリマンが目論んだ「ユーラシア大陸横断鉄道」あるいは「世界周遊鉄道網」の野望が、当時の日本の国家政策により、潰えてしまったアメリカ側の遺恨が、その背景に浮上するのである。
 それほど、満鉄の「日本の生命線」ともいわれた国家的事業は、逆の意味で、満洲に侵入できないアメリカから、激しい恨を買ったことになる。この「恨み」が、日本に原子爆弾を投下する原因にもなったと言われている。それくらい、アメリカにとっても満洲の権益は大きかった。

 しかし奇
(く)しくも、日本がこの地に介入したことで、毛沢東は日中戦争を通じて、広大な満洲をタダで手に入れることが出来た。
 戦後の話だが、かつて社会党議員団が中国を訪れて、議員の一人が毛沢東に、日本が日中戦争を企てたり、満洲を奪ったことに謝罪しようとしたとき、毛沢東はその議員の言を抑えて、「日本軍のお陰で、蒋介石を台湾に押しやり、こうして易々と中国全土を支配出来たこと」を、逆に感謝したと言う。
 毛沢東にしてみれば、中華人民共和国は「瓢箪から駒」であったのだろう。
 日本が、もし日中戦争に巻き込まれず、大陸進出も企てず、満洲に介入していなければ、「今頃は……」と毛自身、それを懸念していたかも知れない。中華人民共和国建国は、実は日本軍のお陰だった。
 また、それほど日本の軍隊は、馬鹿をみた。毛にしてみれば、日本が国民政府軍と戦ってくれたお陰で、赤軍革命が順調に運び、蒋介石を台湾に追いやることが出来たと考えていたのであろう。

 ちなみに安重根は日本では、伊藤博文を哈爾濱
(ハルビン)で暗殺したテロリストとして認識されているが、彼はロシアの捨て駒(走狗)であり、当時枢密院議長の伊藤暗殺の影にはロシア特務機関の暗躍があった。
 更に言及すれば、伊藤は「親韓主義者」であった。この構図は、どう考えても怨まれる筈がない。
 だが、別ルートの反日運動があったと考えられる。
 その暗殺当日、ロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフは満州・朝鮮問題に関して哈爾濱で会談の予定であったからだ。安重根は犯行に使った拳銃は、ベルギーのFN社製のブローニングM1922
(7.65粍(ミリ)拳銃弾)であった。またこの拳銃は、日本陸軍でも将校や下士官の護身用拳銃で、殺傷能力は低い。安重根は三発発射したと言う。
 だが伊藤を致命的な一撃で仕留めた真相は、フランス奇兵隊が使用しているカービン銃の弾であった。カービン銃弾では、ブローニング拳銃には使用出来ない。『安重根英雄説』は、背後にロシア特務機関の暗躍のシナリオがあった。

 「では、堀川は?!……」出身を迫った。
 「久蔵は、わしと同じ華僑の出だ。金に聡い。計算高い。それは穢
(きたな)いと言っていいほどだ。
 星野周作の経済的困窮を知っていた。借金の返済のために、借金を重ねさせた。多重債務を強いた。それを承知で、更に多額の貸し付けで、徹底的に借金で雁字搦めにした」
 「では鈴江は?!……」怒りを潜ませて穏やかに訊いた、
 「久蔵が鈴江の肉体を奪い、彦宸
(げんしん)が精神を奪った」
 これを聴いて津村は驚いた。
 「なに!」
 「二人の男が、交互に鈴江に取り憑き、また彦信が、珠緒さんに取り憑いたんだ」
 「なに!」驚きと激怒が同時に津村を襲った。
 「珠緒さんは、その犠牲となって無慙
(むざん)に殺された」
 「鈴江を取り込んだ上に、なぜ珠緒まで殺さねばならん!」津村はいきり立っていた。
 その語尾に《馬鹿者!》と怒鳴ってやりたい怒り心頭が籠
(こも)っていた。それは、庄屋・堀川作右衛門を殺してしまわんばかりの剣幕だった。
 そして、すかざず言葉を繋いだ。
 「とすれば、あんたも、二人の女の人生を狂わした共犯者だろう?」と、いきなり切り出したとき、庄屋の堀川作右衛門は自責の念で、青ざめた貌になり言葉を失っていた。この漢の小心なる所以
(ゆえん)であった。
 「脅されたんだ」
 「その脅しは拷問か!」
 「ああ……」
 「その拷問、もう一度語ってやろうか」
 「それだけは止めてくれ」そう言って庄屋は小刻みに震え出した。
 津村が喋れば、忌まわしい悪夢が再現されるからだ。庄屋にしてみれば、永久に消去しておきたいところだったのであろう。だが故意に、消そうともがけばもがくほど、過去の忌まわしさは憑
(つ)き纏って来るものである。
 「庄屋さん、あんたは小物だが、年齢相応にそれなりの徳を、一つや二つは積んでおろう。結局、公瑞兆の五罪を見抜けなんだか?」嘲笑気味に訊いた。
 「公瑞兆の五罪だと?……」不思議がって言葉を返した。
 「そんなことも知らんのか。やれやれ、学の鍛練を怠ったな、あんたは」
 「教えて欲しい」と言いかけて「いや、陽平さん、教えて下さい」といい改めた。
 「五罪とはなァ、一つに穿鑿
(せんさく)好きで、陰険であることだ。公瑞兆とはそういう漢であろう?」
 庄屋は直ぐさま頷いた。
 「二つには行動や行為にムラや偏りがあって、日によって一様でない。三つに言葉に偽りが含まれている。
 然
(しか)も雄弁であること。この漢、言葉巧みであろう?」
 「ああ、そうだ」
 「四つに醜聞を博
(ひろ)めること捷(はや)し。更に五つ、表面上は善人を装い、人に善人面をして施しをするが、悪事は内面に隠している。以上が五罪だが、この一つにでも触れれば、その人間は罪人だ。『大司寇・孔子』にはこのようにある。魯国の摂政であった孔子はこのように説き、そういうものを処罰せよとした。
 更に、仏教でも似たような『五戒』を挙げ、殺生
(せっしょう)・偸盗(ちゅうとう)・邪淫・妄語・飲酒(おんじゅ)の五悪事を戒めている。少なからず徳があれば、その毒は見破れた筈。どうだ?!」
 「全く、お察しの通り……」庄屋は深々と頭を下げた。

 「ところで、珠緒の貌、鈴江に似ていたか?」突然の鎌である。
 「う、うん……」と唸るように、細い聲
(こえ)を出し、その場から突然逃げ出すような素振りを見せた。
 庄屋にしてみれば、思い出したくない記憶であった。珠緒と鈴江を切り離して、血縁でないと無理に思い込んで忌まわしい過去を消していたからである。それを津村の言葉で、突如、貌の輪郭
(りんかく)が重なってしまったからである。
 「逃げたいか……、気の毒になあ……」哀れむようにいう。
 「それを言わんでくれ、恃む」後生だからという願望が顕われた。それは祈りに似ていた。
 かつて湯村陽平は、応召されて新田郷を離れて行くとき、作右衛門はこのように弁明した。「珠緒さんを守りきれんやった……」と。そこに自責に念があったのだろうか。あるいは、その場凌
(しの)ぎの方便であったのだろうか。
 「さぞ、苦しかろう」
 「……………」図星されたのか、答弁出来ずにいた。苦渋が濃厚になった。
 庄屋は何か得体の知れない、筆舌に表現で居ない辛さが沈んでいるように思われた。
 しかし自責の念はどうか。津村にしては、とてもそのような自責は、あるとも思えなかった。言い訳と自己弁護で逃げ切ろうとする意図が明白であった。だがそれは苦悩になって伸
(の)し掛かっていた。

 「それでこそ、人間だ」津村は妙に明るい、開放的なことを言った。だが希望を抱かせたり、励ましたのではない。
 「えッ?……」一瞬救われたような貌をした。
 「だがなァ、人間は自分の都合の悪い事には嘘をつき、触れられたくない琴線には、早々と蓋
(ふた)をしてしまう。それで、その場を繕(つくろ)い、誤摩化そうとする。それで上手に逃げ切ったと思う。しかし行った以上、それ相当の罰を受けねばならない」
 「罰と言うと?……」
 「庄屋さん、あんたが受けた拷問は、何れの拷問であったか、考えられるのは、四つある。一つは言葉での恫喝
(どうかつ)
 二つは誘導による精神分析。時として麻薬の類
(たぐい)が遣われる。
 三つは忌まわしい残酷な殺し方たその屍体
(したい)などの映像を見せることにより、驚愕を誘い、心因性ショックを誘発させる方法。特に残酷な場面は効果的だ。
 四つは正六面体の鏡の部屋に閉じ込めて、死を自らで誘発させる。死への憧
(あこが)れを抱かせ、次に、失望から死に魅せられ、その誘惑に駆られる。そして被験者は、遂に自殺に走る。わが姿を鏡で見て狂い、その狂乱状態が、やがて自殺へと疾らせる……。
 あんた、いま言った、どの方法で拷問された?……」
 庄屋は突然、顔面蒼白
(そうはく)になり、「わしはその……」と言いかけ、「そのがどうした?」と津村は囁くように訊いた。それは実に冷え冷えとした氷のような囁きであった。庄屋はそれに戦慄し、悪寒を感じたほどであった。
 「もう二度と思い出したくないのだ……」古疵
(ふるきず)に触れて欲しくない言い方であった。
 「残忍な虎でも思い出したか?」
 津村は『残忍な虎』の意味を充分に知っている。

 拷問筋が遣う「拷問の三つ目」にある残酷な場面のことである。腹ぺこの虎に、生きたまま人間を与えて、それを喰わせる場面をリアルタイムで見せ付けることである。
 こうした場合、真っ裸にした若い女を腹ぺこ虎に喰わせ、その衝撃を介して拷問することである。
 意味は二つある。見せて心因性ショックを被験者に起こさせるか、自白しなければ、次は、お前の番だという恫喝の意図を持つ。身の毛のよだつ……という形容が、最もピッタリ来る恐ろしさだ。
 表の世界で考えれば、想像を絶する残忍さである。だが逆に、性格粗暴者や異常者は、その血に興奮する。

 庄屋は頭を両手で抱え、苦しみ始めた。彼は性格粗暴者でも異常者でもない。極めて小心であった。
 「恃む、堪忍してくれ」
 「総て吐けばな」交換条件を持ち出した。
 津村がこのように訊くのは、単に拷問でない。彼の憤慨はそれよりもって深い理由に根差していたからだ。
 一方庄屋は、奇妙な視覚障害に悩まされ始めていた。その視覚から、やがて手足へと伝染する。これが麻痺状態を起こせば、時として手足の自由が利かなくなる。そういう視覚に傷害が顕われる心因性ショックを来す拷問を受けたのあろう。しかし、これは庄屋自身の自分勝手な悲しみであり、錯乱であった。

 「わしに、何を吐けというのか」
 「その忠誠にも似た壁を越えれば簡単なことだ」
 「裏切れというのか」
 「時には、楽になることも必要だろう……」
 その言葉を聞いて、庄屋は呆然とした。遂に頭を抱えて考え込んだ。しかし楽になる道を選んだようだ。
 やがて、隠されたものを小出しにするように吐露し始めた。
 「星野周作が、帝政ロシア最後の皇帝ニコライの皇帝家に伝わる『隠し埋蔵金』の在処
(ありか)を描いたメモを預かったからだ。その埋蔵金は満洲の何れかに隠されているという……」
 堀川作右衛門は津村の真の追求を恐れて、話題の鉾先を一気に別に振った。埋蔵金、つまりM資金である。

 「真犯人は結局、星野周作を、此処から送られた刺客の手に差し出し、葬るために、星野の二人の娘に取り憑いたと言うのか!」
 「それは……」再び言葉を詰まらせた。
 「なぜだ!」津村は鋭く追求した。
 「ロシア特務機関は、日露戦争終結後も星野周作を追っていたからだ」
 「星野が埋蔵金の在処を知っているということでか?」
 「そのことを珠緒さんは、父親から何かを聴かされて知ったいたらしい……」
 「それで、強姦という拷問をされということか?」
 「……………」庄屋の貌には自らの罪悪感が漂っていた。
 「それでも、珠緒は喋らなかった?……と言うか」
 「ああ……」そうだと言わんばかりに相槌を打った。
 「見上げた女だ。それで殺され、その屍体を崖の上か投げ捨てて、遺棄
(いき)したという訳か!」津村は迫るように訊いた。
 「此処まで話せば、この巨大な輪が、どういう組織の繋がりになっているか想像がつこう……。わしには、どうにもできんなんだ」自分の無力を嘆いているようであった。
 「拷問は公瑞兆が命令し、実行者が他に居た……。そういうことだな?!」
 「日本一国で解決出来るような単純な事件でない。事件は国際的で、その種の連絡網を持つ秘密結社が暗躍している。そういう闇が、裏で暗躍している……」庄屋は嘆くように言った。

 津村は直ぐにフリーメーソンに思い至った。それも底辺のブルーロッジやレットロッジではない。もっと大きな、上層部の指令により動いた形跡を悟った。国際的な暗躍をするロシア特務機関の猛威。その猛威が、襲い掛かっていることを津村は感得したのである。それはフーリーメーソン「プロパガンダP2」を直観した。
 この事件に絡んだのは、フリーメーソンか、上部の奥の院のイルミナティ。このP2は「ロッジP2」ともいう。暗殺を請負う実行部隊である。此処から送られた工作員
(刺客)の手によって殺された……。

 元憲兵の川原広太
(仮名)、清川弥吉(仮名)、渋川光男(仮名)の「3川」と、軍医の野村睦次(仮名)の四名が共謀して強姦と殺害の実行犯となって、口を割らせようとして珠緒を犯し、それでも頑(かたくな)に口を閉ざした女を、最後は殺害した。殺害した後、屍体を崖したに投げ捨てた。
 あるいは殺さずに、生きたまま強姦した女の口封じの為に、何人かで抱え上げて崖下に投げ落した……。手口が残忍である。『残忍な虎』を髣髴とさせた。

 それを命じたのが公瑞兆ならば、それを心に止める良心を持った人間は誰一人いなかった。そうなる。
 何と言う残忍・残酷!……と、津村は思う。
 とにかく殺害後、崖の上から女を投げ捨てて、これまでの犯行の証拠隠滅を謀った。その教唆
(きょうさ)を企んだ工作員は、堀川久蔵と堀川彦宸であろう。
 この二人はロシア特務機関の手の者に操られたか、彼ら自身が特務機関員かも知れない。また、星野周作を追っていたのある。背後に大掛かりなものがあった。個人レベルで解決できるものではない。
 背後には、それぞれの国家間での利権が絡んでいた。

 国家間での利権……。そして『隠し埋蔵金』を重ねた。このように重ね合わせると、絡んでいる媒体が、何故か符合すると津村は思ったのである。
 「そうか、その全貌『柳田メモ』の記す通りだな」思わず吐露した。
 「うム?……」それは《何だ?》という庄屋の口振りであった。
 『柳田メモ』は兵頭仁介が、鷹司友悳から重要極秘事項として預かった覚え書きである。柳田奥太郎少将のメモランダムである。このメモランダムを津村は兵頭から示されて、総てを記憶していた。
 「庄屋さん、あんた瞿孟檠
(く‐もうけい)という名を聴いたことはないか」
 「瞿孟檠だと?!」酷く驚いたように訊き返した。それは驚くというより、恐怖に満ちていた。恐ろしい名を聴いたと思った。
 「それは貌のない影の皇帝……」
 その言葉の響きから、道徳観念の欠片もないイメージが湧き上がった。
 「貌のない影の皇帝だと?……」津村は悍
(おぞま)しい光景を想像した。不思議な、黒い、貌のない姿が浮上して来た。
 「しかし、わしのような末端は、その影すら見ることは出来ない。おどろおどろしい名だけ記憶している」
 「つまり、あんたも猟られた訳だ」津村は訊いた。
 「そうかも知れん……」
 「その自覚があるのなら、残された道は償いあるのみだろう。それが唯一の救われる道……と違うか」と言って、津村は燃えるような眼で庄屋を見詰めた。
 「……………」作右衛門は津村の問いに返答しなかった。ただただ恐怖に戦慄
(せんりつ)していた。そして身を震わせながら、涙を落とし続けていた。悔悟の念だろうか。
 だが、この漢が重い心を抱いていることは分った。一見大物ぶったこの漢は、一方で尊大ぶるあまり、隙を突かれて、一瞬のうちに公瑞兆から足許を見られて顛落
(てんらく)したのである。あたかも、江戸時代の切支丹(キリシタン)の“転び伴天連(バテレン)”のような顛落である。

 そして津村陽平は堀川作右衛門を追求して知り得た情報は、某国の工作員・堀川久蔵と作右衛門の戸籍上弟の名乗る堀川彦宸こと中国名の公瑞兆だった。
 また、瞿孟檠は「貌のない影の皇帝」であることが分った。
 更に『柳田メモ』は、大本営陸軍部作戦課長の服部卓四郎が立案したと言う『粤漢
(えっかん)打通作戦』が絡んでいた。このメモランダムには、M資金のキーマンとして瞿孟檠が挙げられていた。
 この「M資金」は満洲の何れかの地域に隠されているから、満洲の「M」をとって、M資金と言うらしい。

 「庄屋さん、もう自分は此処には来ることはあるまい」
 「えッ?」
 「もう直、野戦に出る」
 「戦場に行くのか」
 「そこで、一言忠告しておこう。背後に気を付けることだ。あんた、生まれ歳と、生まれ月の星がもう直、一直線に並ぶ」
 「それは道教の『北斗暦』からか?」庄屋は、かつて津村は口にする『北斗暦』のことを知っていた。これは恐ろしいほど、よく当たるのであった。
 「一直線に並ぶということは、凶事・凶兆を示していることだ。星回りが悪いとね。こういうのを運を削ぎ落す凶事と言う。あんたの星は削がれる」
 この言葉を聞いて、作右衛門は恐怖に戦き、身震いをはじめていた。
 「では、助からないのか?」失望した貌で訊き返した。
 「ないでもない」
 「どうすればいい?」
 「常に動くことだ。一ヵ所に留まっていては狙われる……」
 「では、わしはどうすればいい?」
 「あんたも、わが老兵隊に自主応召を希望して入隊し、まず、わが隊の傍から離れないことだな。もう、僅かな金で踊る某国の“密偵ごっこ”は降りたらどうだ?」
 津村の脳裡には、敵を撃退したり駆逐するのではなく、その敵を取り込んで、味方にしてしまうのである。
 道教的な考え方であった。滅ぼすのではない。味方に引き入れて、敵をも生かすのである。
 「そうすれば、わしを扶
(たす)けてくれるか。しかし、わしは五十二だぞ」と呆れ気味に言う。
 「五十二では、若い方だろう。一番上は六十五だからな。無理に応召は薦
(すす)めん。しかし死にたくなかったら考えることだな。その気になったら、聯隊に足を運ぶのもいいだろう……。
 だがなァ、わが隊に、軍の官品は一切廻って来ん。何も無い。つまりだ、食糧から軍服・軍帽・軍靴などの一切は自前で用意して来ることだ」
 「なに!日本の軍隊で、兵隊が自前で賄
(まかな)うだと?……」庄屋は呆れた。こんな話は聞いたことがなかったからである。
 「庄屋さん、こう言うの、なんというか知ってるか?」
 「うム?……」
 「予期せぬ展開と言うんだ……。日本は負け戦を戦っているんだよ」
 津村陽平は、少し嗤
(わら)いながら、そう言い捨てると踵(きびす)を返した。
 辺りは夏の緑の樹々に囲まれていた。津村の姿は、辺りを覆
(おお)う緑の風景の中に忽然(こつぜん)と溶けて消えた。


 ─────また津村陽平は、瀉瓶
(しゃびょう)にも精を出していた。夕鶴隊への瀉瓶である。
 残された時間を、自らの会得した儀法を授けようとしていたのである。『タカ』計画の一員でもある。
 「壺中有天」
 その本質は何処のあるか。
 壺の中は広々とした新天地である。今まで見たことのない別世界である。
 あたかも河南省汝南
(じょなん)という町の費長房(ひ‐ちょうぼう)が経験したような、金殿玉楼(きんでん‐ぎょくろう)に到達して、桃源郷を髣髴(ほうふつ)とさせ、その新天地は「夢」の一文字が準(なぞら)える内側の世界である。その世界を、津村は教えんとしていた。
 人は如何なる“壺中の天”を持つかによって、人間の風致
(ふうち)が決まるものである。人間の“あじわい”の点は、此処にあるといっても過言ではない。意外な人が、意外な特技を持っているものだ。
 壺中の天こそ、なかなか奥床しいものなのである。

 そして「壺中天あり」の教えるところは“壺中”を、単に仙人の棲
(す)む仙境とするのでなく、今の自分が棲む現実世界のことを指すのである。それは壺中が、実は自分の職場であったり、あるいは我が家であったりするのである。
 その別天地に誘
(いざな)う「変化」は、自分の心の裡(うち)にあることを教える。何の変哲もない処に、実は思いもよらぬ別天地がある。普段、見られた世界にも、今まで気付かなかった夢のような桃源郷のような世界が横たわっている。それは自らの創意工夫による。
 だが、普段はこれを見逃して、気付かなかっただけのことである。
 瓢箪も、ある意味では日常では見逃す媒体かも知れない。何処にでもある、単なる器であるからだ。

 さて、津村陽平は赤城連邦の黒桧山中で世を捨てて隠遁生活を送っていた。しかしこの隠遁生活は長くは続くなかった。「百匹目の猿」として捕獲されてしまった。隠れることがままならず、戦争の表舞台に引き立てられた。そして遊撃隊『夕鶴』に対し、瀉瓶をする羽目になっていた。
 津村は「百匹目の猿」として、「壺中有天」の智慧を授けねばならぬ状態になっていた。それだけでなく、猿は捕獲されて以降、様々な事件に巻き込まれた。だが、一方で真相も見えて来た。

 まず、戻ると開墾班26名の班長を遣らされた。老人ばかりが寄せ集められた老兵隊の指揮官であった。
 併せて、夕鶴隊の准教官ともいうべき「壺中天あり」の教える、百匹目の猿を演じることになる。
 次に夜道、赤城赤嶺神社の神主・林昭三郎の死に立ち会った。そこで老人の死を看取った。そして、その刺客が奇
(く)しくも元女房の月下美人の異名を取る孫齢姫こと星野鈴江であった。
 鈴江はかの国の細作
(しのび)で、鉤爪(かぎづめ)のようになった逆刀をよく遣う。手練である。鈴江を追い込んでも手を下せなかった。鈴江は本国からの指令も、「林昭三郎と津村陽平を抹殺せよ」となっていた。
 細作は、林昭三郎は容易に倒せた。病んだ老人は敵ではなかった。
 しかし津村だけは、どうしても殺せなかった。また津村も、元女房は殺せなかった。鈴江には懐かしいものが多くあり過ぎた。更に死んだ、いや、殺された妻の珠緒が、なぜ殺されたか、その真相が明確になった。
 一方で、津村隊は野戦に行く日が刻々と迫っていた。


 ─────九人が『ホテル笹山』の夕鶴隊オフィスの会議室で、今後の謀議をこらしていた。
 此処には、鷹司友悳、沢田次郎、来栖恒雄、アン・スミス・サトウ、キャサリン・スミス、笹山裕子、柿原浩子、軍楽指導の速水俊介と、津村陽平の九名が雁首
(がんくび)を揃えていた。つまり、この雁首は「九人の戦鬼」だった。
 「もう直、津村隊が野戦に出て行きます」とアン・スミス・サトウ少佐。
 「わが隊は、『タカ』計画の第一陣として、特殊任務を帯びています。緊急時、それも止む終えません」と津村陽平。
 「仕方ありません」と鷹司友悳
(とものり)参謀本部中佐。

 「しかし、まだ遊撃隊『夕鶴』の機が熟しておりません」アンは表情を歪
(ゆが)めるように言った。
 「津村少尉が先日、重大情報を持ち込んで、第一陣の特殊任務が始まりました。
 この情報によると、もう一刻も有余がありません。津村少尉の代わりを、あなたが兼務して下さい、サトウ少佐」と沢田次郎憲兵大尉。
 「つまり、わたしが瀉瓶
(しゃびょう)を……」
 「とにかく急がねばなりません。津村少尉に即刻、第一陣として野戦に出て行ってもらい、彼
(か)の地で橋頭堡(きょうとうほ)を築いてもらう以外がありません」と来栖恒雄参謀本部少佐。
 これまでの計画行程が、予定より大幅に遅れていたため、もう「一刻も争う」という事態になっていた。詰め手を打ち始めていたのである。

 「そこで、『夕鶴儀仗隊』のお披露目も、一週間後に決行します。この日が、津村隊の野戦当日です」
 『タカ』計画の立案者であった鷹司が述べた。これからは行動によって、天に問う覚悟で居た。タイムリミットである。
 天に問う……。
 出来るだけ時間を短縮して総てを遂行し、目的を達成するためには、些
(いささ)かの覚悟がいる。これに甘い判断は下せない。迅速でなければならない。現在顕われている「機微」を総て読み、制御しつつ、運命のダイナミックなうねりに「今」の現実を見なければならない。
 機微を読んで見通しを立てる。これこそ、指揮官の才であろう。
 才がなく、見通しを誤れば、未来はない。斯くして、国を滅ぼすのは国であってはならないし、人を滅ぼすのは人であってはならない。未来への見通しを立てるなら、滅びの途
(みち)を選んではならない。
 『タカ』計画は、滅ぼさない戦争をしていた。よりよい負け方をする戦争をしていた。

 では、滅ぼさない戦争とは、どう言うものか。
 戦争とは、することではなく、威嚇
(いかく)によって敵の戦機を削ぐものでなければならない。
 威嚇とは、攻め込ませないために傲
(おご)るということである。この傲るの中にこそ、「まだある」の余裕がいるのである。
 古代は、戦さを一つの遊戯に考えていた。遊戯の「遊」の文字は氏族の神を擁して外に遊ぶことをいう。
 あるいは神を引っ提げて、外遊するという意味も含まれていた。その神が憑衣した旗指物
(はたさしもの)を持って旅に行く。遠征するという意味である。
 この場合、敵と出遭えば会戦する。会戦すれ「狂躁」の状態が出現するが、その「狂」を儀礼で納めた。ゆえに巫覡団
(ふげきだん)が伴われた。この巫覡団が、近代では軍楽隊ということであろう。
 音は、敵味方を問わず、何らかの影響を与えるからである。

 このことをよく知っていたのがヒトラーであり、またナチス独逸の宣伝相に据えられたゲッペルス博士の国民操縦法は、全ドイツ国民に最も効率よく、効果的に啓蒙したことで知られる。
 これは心理的には、古代より続く脅迫威嚇するための軍事行事であり、これを「遊敖
(ゆうごう)」という。
 端的には遊び、傲ることであり、これがよく訓練されて完璧であるなら、軍が一戦もすることなく戦争が抑止出来ると考えられて来た。軍事儀式の儀仗は、この意味を持つ。
 友軍の勇ましさ、凛々
(りり)しさ、そして、この二つに眼を向けさせる。これを内外に向けて、啓蒙の一貫としてアピルする。そして、行進一つで、その軍隊の結束度を計ることが出来るのである。

 「儀仗隊の完成度は九割方です。しかし、銃器の装填に些か難点が……」とキャサリン・スミス少尉。
 「それは、問題があるということですか」と来栖。
 「九九式短銃に30年式銃剣の着剣
(つけけん)となると、重量に問題があります」とキャサリン。
 「それは重くなるということですね」と来栖。
 「それだけでなく、長くなり過ぎます。ドリル演技の場合の横回転に困難が生じます。長さは2/3が相当ではないかと……」
 「では兵器班で早速、改造を急がせましょう」と来栖。
 「いや、もっといいものがあります。英国空軍空挺部隊のコンバットナイフ、これを明日までに、九九式短銃に着剣できるよう急がせましょう。お披露目は出来るだけ完全な形で遣りたい……」と沢田。
 「軍楽指導はどうでしょうか?」とアン。
 「親愛高等女学校の軍楽挺身隊に依頼していますが、出来はまずまずです。あとは指揮者との兼ね合いが残るだけであります」と速水俊介元横須賀海軍軍楽隊長。
 「音楽はどうでしょう?」と鷹司。
 「ええ、大丈夫です。それに津村少尉殿が、音楽と瀉瓶を同時にと言うものですから、わたしもモンペ姿で開墾班のお手伝いをしながら、午後5時から7時までの音楽指導ということで、とてもいい経験をさせて頂いておりますわ」と、それは決して皮肉でないも面白い経験という意味で、笹山裕子が述べた。

 こうして一巡の意見が出揃ったところで、鷹司友悳参謀本部中佐が、津村陽平に意見を求めた。
 津村は毅然として言い放った。何処にも臆することがない。確信を持った発言であった。
 「戦争で勝利するに越したことはありません。しかし、より重要なのは政治折衝です。これが整わずして、生温い戦場から早々に撤退したとして、戦局には何ら変化が訪れません。敵国を付け上がらせるだけです。
 ところで、皆さんは、戦さを、殺さず、滅ぼさずという観点で、一計を考えては如何でしょう?」と鎌を掛けるようなことを言った。
 「殺さず、滅ぼさずの観点ですか?……」鷹司が訊き返した。
 「この思考が遅れれば、結局は泥仕合の死闘を行わねばなりません。死闘は、俟った無しです。死人も多くなる。したがって、奇手を、皆さんは一つや二つ用意して、この会議に臨んでおられるのでしょうか?」と逆に、他の雁首八人に津村は質問した。不思議な訊き方であった。
 津村陽平のこの質問に、会議は最初騒然とし、やがて沈黙した。
 「では、あなたは?……」と鷹司が津村に訊いた。
 「自分は一つや二つとは申しません。どう少なく見積っても、十や二十はありましょう……」と津村は大きく出た。策があると言う。
 「では聴かせていただけませんか」と鷹司。
 全員は津村を注視して、“あるならその策を聴かせて欲しい”というような眼で睨んだ。大層な口を叩き、大きく出たからである。

 津村陽平は、まず咳払いをして、勿体を付けた。
 「一番簡単なのは、利害の一致点を見付け、一致したところで、双方で山分けすれば宜しい。
 次に簡単なのは、M資金などなかったことにすればいい、多少の徒労を覚悟ならば……。巧妙な工作が要りますからなァ。そして一切を消滅させ、幻とすれば、ともに痛みを分け合って、それも接伴……」
 「山分けが接伴ならば、消滅させてその痛み分けも接伴ですか……」と鷹司が顎を撫でながら訊いた。
 「しかし山分けするにしても、消滅させて痛みを分けるにも、それ相当に犠牲は払わねばなりますまい」
 津村はM資金のことを言っている。それも扱い方である。
 結局、敵味方を含めて、利害が一致するところは、これしかない。
 津村は“語部
(かたりべ)”だった。天性の才と言うべきものだ。話術に長ける。驚くべき語りがリズミカルに溢れ出た。引き込むような説得力で饒舌(じょうせつ)になっていた。
 「しかし、M資金は根拠が不明では……」
 「根拠など、作れば宜しい」
 「それは?……」
 「そもそも、M資金などはあっても無いでもどうでもいいことです。あるように見せ掛けるのが肝心。それだけで人は動かされる。動けば、こっちのものと思いませんか」と妙な言い回しをした。
 津村のこの言葉に、逸早く反応したのが、沢田次郎だった。
 「津村少尉の今の発言、私に預からせて貰えませんか。つまり一任させて欲しいのです。他の方は、お披露目だけに脳漿
(のうしょう)を搾って下さい」と沢田。
 そして、会議はこれで打ち切られた。



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