運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続 壺中天・瓢箪仙人 24

浅草高女のブラスバンド。装飾品としてこれまでアクセサリーとして使用していた白金の供出運動を呼びかけるキャンペーン。(昭和19年11月頃。昭和史『破局への道』昭和18-19年版。毎日新聞社篇より) 東京日本橋の路上風景。これまで、この時代の婦人の衣装はモンペ中心と思われていた考えを一掃する当時の女性のファッション。(昭和19年8月頃。昭和史『破局への道』昭和18-19年版。毎日新聞社篇より)


●夕鶴隊

 女子学徒で組織された儀仗隊であり、時として戦闘隊に早変わりこの部隊は『夕鶴隊』と命名された。
 組織されて日が浅かった。
 『夕鶴隊』の主任教官はアン・スミス・サトウ少佐であり、次席教官のキャサリン・スミス少尉であった。
 夕鶴隊の任務は儀仗隊として、隊列行進並びに分列行進を行うことであった。
 制服も出来上がり、全員に配給が行き渡った。しかし未だ自前製作で遣り終えてなかったが、体裁だけは整えた。軍服は自前手製のメイド・イン・ジャパンで、軍装
(拳銃・帯革・前盒)ならびに制帽や軍靴はメイド・イン・イングランドであった。
 沢田次郎の養父の経営する沢田貿易商会から送られた軍需物資は、極秘裏に聯隊へと運び込まれていた。
 この日の早朝、まず武装の武器類が配給がされた。

 衣服は儀仗隊用の第一種軍装と戦闘隊用の事業服とに大別された。それぞれに軍服・軍帽も、軍靴も使い分け目的を明確にした。寄贈の主は沢田次郎の養父である伯爵沢田翔洋からであった。これを沢田貿易商会が上海経由で輸入物資として国内に持ち込んだ。早い話しが密輸である。
 持ち込まれた物資から検討して、総合判断し、効果などを検討した上、一部の変更を行った。その第一が拳銃の変更である。これまで使用していた護身用拳銃のブローニングM1910自動式拳銃
(重量570g)は、火器力が少ないということで、ブローニングM1922(FN社の傘下入ったためFN1922とも。重量700g)に変更し、上海経由で入手した。
 巧妙な方法で持ち込んだのである。軍の機密扱いであった。伯爵沢田翔洋はまた武器商人でもあった。陸海軍の御用商人である。それを一番よく知っていたのが養子の沢田次郎だった。

 日本では将校や下士官の護身用に遣われ、「ブローニング」という表記が一般的になっている。
 また、この拳銃はナチス独逸軍によって公用として取り上げられた。一方、日本では米国との輸入が禁止となり、のち浜田式自動拳銃に新機構で一式拳銃に国産化されて行ったが、これは銃弾の兼用を考えたことで、火力的には威力が上回ったと言うものではなかった。輸入禁止による対策措置に過ぎなかった。
 そこでFN社
(ベルギー国営の銃器メーカー)製でなければならないとしたのである。
 しかし陰では、英国との縁は繋がっていた。表向きは封鎖はされたが、英国は、日本には封鎖以降も友好的であった。青少年期、イギリスで育った沢田次郎はそれをよく知り抜いていた。
 裏では行先不明の物資として取扱者不明物資として大目に見られて、秘密ルートの監視は見て見ぬ振りをしていたのである。世の中には常に表に対して、名前も正体も分らない裏の世界があるのである。

 更には内外に存在を示し、威嚇
(いかく)するとともに隠された秘密兵器あり、しかし主任務は未だに伏せられたままであった。日を追うごとに教練内容が数を増していった。駆け足が行われ、歩くことに加えて、走ることが加えられた。戦場では走れないと生き残れない。走れない者は死ぬ以外ない。戦場とはそう言うところであった。
 次に制帽と軍靴が配られた。制帽は英国空軍特殊部隊が遣っているワイン色の黒革の淵の付いたレットベー帽だった。これに徽章班が掻き集めた近衛兵の帽章に似た黒地のフランネルの布地に金糸の刺繍が入った物であった。首許
(くびもと)は白絹のマフラーをブラウスの上に巻き、その上に新調した国防色の開襟型の将校用に布地で仕立てた上衣を着る。
 上衣の両襟には、兵長の階級章と丸に星の小さな候補生バッチを付ける。儀仗隊の服で下半身はスカートであり、靴は黒革の英国空軍婦人部隊の中ヒールだった。
 拳銃装着はこれまでのホールダーにブローニングFN1922を変更し、装着後、銃把下に白の紐を掛けて斜めに肩に通す。前盒は1個だが小銃弾前盒は拳銃弾用に変更し、他はこれまでの物が暫く使用されることになった。英国製の黒革の拳銃フォルダーや同色の帯革や拳銃弾前盒があったが、これは儀仗用とした。通常では使用しない。
 規定の軍装だけは整った。
 また給与も軍規通り、一日米六合相当分の代金が支払われ、支給された物として、被服は儀仗隊用服
(ジャケット・スカート)の他に通常服(ジャケット・スカート)、兵営内の日常服(ジャケット・スカート&パンツ)、作業用事業服(シャツ・パンツ)、戦闘服(シールコート・パンツ)の合計5種類が各自に配られた。そして最も上等のものを「第一種軍装」とした。

 総てはアン・スミス・サトウ少佐に一任されているのである。沢田次郎がそう決めた。
 武器弾薬や軍装類は消耗品であるからだ。総てを消耗させるほど高等訓練を行わないと戦闘には勝てないからである。戦争とは金の掛かるものであった。併せて知能と実行する者の人材がいる。だが、有能なる者は漢では空きがなかった。そこで女に目を付けた。有能な女は銃後に唸るほどいた。それを沢田が先ず20人を掻き集めて来た。以後、内外から募兵した。
 だが募兵の運動資金や運営は半分以上が自前であり、陸軍省を通してのものでなかった。沢田次郎や鷹司友悳には自主・自前主義の思想で、沢田は理財の才があった。また彼は人心収斂術に長けていた。

 戦場や戦線が変化した場合は、国防も進出も男手だけでは賄えまい。世の半分は女のである。女を生かして有用に遣うしかない。これは沢田の発想であり、また鷹司友悳の共通した考えでもあった。
 そして世の中では、不測の事態がいつでも起こる。陽が陰に突如変化することがある。未がその時だった。
 不測の事態が生じた。時代が変化し、主役が変わったのである。旧態依然では変化しなくなる。
 これが『タカ』計画の趣旨であった。
 主役を男から女に変更させる。役者変更で“どんでん返し”の舞台を構成する。これまでのワンパターンを切り替える。これが敢えて、女性たちに武装させる意図に繋がった。またその利点は大である。
 一局面だけでも優位に立っておきたいと言う思想は、周囲の敵陣からの観察者の眼で検
(み)れば、完全に劣性ではないという意図があった。弱味を見せ、底か見えてしまえば、その隙を突いて、敵は一挙に畳み掛けてくる。阻止せねばなるまい。底力を見せる必要があった。

 そこで日本国籍を持つ、アン・スミス・サトウと、日本在住の高文官資格を持つ妹のキャサリン・スミスの姉妹を『タカ』計画の中に取り込んだ。しかし彼女らは敵国人と看做され、姉は国家転覆罪で死刑の判決を受け執行を俟つばかり身だった。
 一方、妹は治安維持法で無期が決定され、何れも府中刑務所に居た。それを救出したのが、参謀本部の鷹司友悳中佐の意図を受け、救出を実行したのが東京憲兵隊の沢田次郎憲兵大尉であった。
 彼は私服憲兵で『要視察人』を利用する。それだけに何処の部署でも恐れられた。『要視察人』が来ると将官や佐官の高級将校でも、高文官でも顔色を変えて戦慄する。司法官資格をもつ憲兵将校は陸軍司法権並びに海軍司法権を握っている。
 ちなみに、司法官資格をもつ私服の憲兵将校が哈爾濱
(ハルビン)まで、かの国のソ連軍少佐だった金日成を追って行って、いま一歩で逮捕し損なったことは知る人ぞ知る話である。

 のちアン・スミス・サトウ少佐を主任教官に据えた。アン・スミス・サトウ少佐はもと英国空軍テストパイロットだった。そして彼女も『タカ』計画の趣旨に賛同し、同意して執行グループに加わった。
 現実には負け戦を戦うのである。勝つための戦いではない。しかし負けるにしても、いい負け方がある。
 裁判を多く経験したことのある人なら、「いい負け方」があることをご存知だろう。負けるにしても、いい負け方があるのである。
 譬えば裁判構成が法治国家的な組み立てで成立する場合、裁判には原告
(検事)、被告(弁護人)という二つの立場があり、双方にはそれぞれに主張があり、ともに人間的には尊厳がある。
 一方的に押しまくられる裁判などはない。これが法治国家の原則である。
 しかし、この拮抗が崩れた場合、東京裁判のような連合国の主張が通る茶番裁判となる。負けは最初から確定していた。こういう裁判は法治国家がするべき裁判ではない。これが「嘘の効用」である。
 戦争をしている国家間では、交戦国間には「戦時国際法」と言うものがあるし、戦争が終結すれば如何なる国も国際法で法的にいう「人権の平等」は厳守されなけれればならない。法治国家では「平等の厳守」と言うものがある。これは犯されれば対等で公正な裁判は成立しないからである。
 したがって、対等で公正な裁判をさせる意味でも、よりよい負け方をしなければならなかった。
 負けるために、より善き掛け方を演出しなければならなかった。敗戦した後に、日本に「根」を残すためであった。

 アン教官の頭の中には「いま負け戦を戦っている。しかし、この負け戦は出来るだけ損害を少なくして、然
(しか)も敵対国を威嚇しつつ上手に負けねばならない」という思想が念頭にあった。しかしこれが「国家転覆の意図あり」と看做され、死刑の判決を受けていたのである。
 講和にこじつけ、よりよい負け方をする。白黒を明確にせず、ほぼ拮抗状態で引き分けるのである。そう言う条件で終戦を迎えれば、文化や伝統まで破壊はされずに済む。
 だがこの拮抗が崩れた場合、敵は心の中や、文化や伝統の中まで、土足で踏み込んでくることを懸念していたからである。負けるなら、出来るだけいい条件で負けたいと思うのである。相手は米国一国だけでない。
 ABCD包囲陣である。これにどう対処するか。彼女の頭の中には、常にこのことが念頭にあった。
 日本の東南アジア進出に対抗してとられたアメリカ
(America)・イギリス(Britain)・中国(China)・オランダ(Dutch)の協力関係とそれらの関係国であった。
 現に敗戦後は、朝鮮半島人や大陸人が三国人
(日本国内に居住した朝鮮・台湾など旧日本植民地の出身者)として戦勝国の仮面をつけ、台湾を除く国以外は、日本人に悪罵を突いて指弾したことは知られるところである。
 また、彼らは戦勝国側の国民でない筈なのに、どういうポーズで戦勝国の仮面をつけたのも、良識者の間ではよく知られることである。

 夕鶴隊は一先ず最小単位の体裁を整えた。
 アン教官はベレー帽の正しい被り方も教えた。
 「ベレー帽を被るときは帽章が自分の眼の左目の上にくるようにして、指を一本立て、その位置の眉から指の第二関節くらいに調節し、そこにベレーフラッシュが来るように被って、あとは縁を整えます」
 一人ひとりに、それを実行させて武装させたのである。軍律である。
 こうして夕鶴隊の軍装は総て整ったが、整わないものがあった。今度はこれまで余り気に掛けなかった食糧が思うように入らなくなってしまったのである。食糧不足が起こり始めていた。



●状況を造る

 昭和19年当時、軍隊では奇妙な言葉が頻繁に遣われ出した。
 世は益々逼迫していた。国民生活は日増しに厳しさを増した。国民の多くは空きっ腹を抱え始めた。窮乏の国民生活は末期にあった。その中に夕鶴隊も在
(あ)った。この部隊も餓え始めていたのである。
 腹が減っては戦が出来ぬのである。
 現実問題として食糧の欠乏が堅調に顕われ始めた。臨時徴用から二週間ほどが過ぎ、彼女達もほぼ軍隊生活には馴染んでいた頃である。
 ただ物質の欠乏は目に見えて酷くなり始めていた。食糧が乏しいと言うか、無いのである。
 糧食班では、貯蔵したり携行したりする兵食がないのである。兵に振る舞う食糧に事欠き始め、食事と言うより萎
(しな)びた農作物の配給だけと言う有様になっていた。

 当時の日本の軍隊では、食費、被服費、住宅費の総ては軍側が一切負担した。兵士からは鐚一文
(びた‐いちもん)徴収したりしないのである。また軍装や武器にしても官品として無償で貸与する。したがって官給品以外は私物となり、その持ち込みは禁止されていた。当然食糧も同じであり、配給される以外の食品も禁止されていた。配給以外は一切駄目なのである。しかし、配給も定まった分が明確にされていた。
 一日、米六合とすると明確にされているのである。その明確が、最近では実行されていなかった。
 例えばカボチャの四つ切りの1/4とかジャガイモ2個とかサツマイモ2個、あるいはキュウリや茄子の何れを5本ずつで、これが一日分の食糧なのである。麦混じりの米の飯などは、殆どお目に掛かれないようになっていた。これは夕鶴隊とて同じで、彼女達も食糧難に悩まされ始めていた。
 主任教官のアン・スミス・サトウ少佐ですら「闇米を買いに行こうかしら……」だった。
 連合国と戦う前に、自らの空腹と戦わねばならなかった。

 兵士が闇米を買いに行く……、こんな話は、今まで聞いたことがないとアン教官は思うのであった。自己負担で食糧を賄
(まかな)い、自己負担で戦争をする……、何と馬鹿な……と彼女は思ったのである。
 しかし自己資金で購入した闇米は明らかに私物である。私物の食糧である。暗黙の了解としてこれに見て見らぬ振りをしている戦争指導者は、この矛盾をどう解決するのか。
 時の戦争指導者は、どういう戦争を国民に強いるのか。
 彼らを無能と思う。
 ロイヤルファミリーであるアンとキャサリンは、日本で生まれ、少女時代を日本で育った。鷹司子爵の許で養育されたのである。そして二人の姫は日本に馴染んだ。その彼女達は、日本の良き印象を残して帝国を去るが、再び来日にて彼女達が見た日本はかつての姿はなかった。日本は軍閥政治の野蛮国なっていた。今みている日本の現実は、明らかに以前の日本と違っていた。
 もと英国空軍のアン・スミス・サトウ少佐は思う。
 戦争指導者が此処まで無能であれば、日本は亡ぶ。日本と言う国が地球上から消えてなくなる。二千年以上の伝統と文化が地上から跡形もなく消える。それを懸念したのである。
 その前に、その兆候が日本軍の伝統の中から崩壊せざるをえな事態を招いていた。
 何故なら、日本軍の伝統は、私物の食糧は、私物の精神を生み、これこそ日本軍の毅然たる誇りであった。
 したがって兵士は、この条件が整っていることに限り、絶対服従の精神で戦う。ゆえにかつての日本軍は勇敢だった。しかし、下級兵士を腹を減らしたまま放置して、高級将校らの「蛇は頭を失えば終わりだが、尻尾は幾らでも生えて来る」の考え方の残忍性は、全隊を崩壊させるという愚に気付いていないと思うのだった。
 そして無能将軍らは、日本軍の伝統的な性格を根底から覆しつつ異常事態にすら気付いていない……。無能と一蹴する。

 日本中、自給体制も殆ど機能しなくなり、闇で賄わねばならないほどの有様であった。物資不足は深刻であったが、政府は配給すら滞る状態で食べる物は底を突き始めた。
 市民への通達は、一日二合二勺の配給が約束されていたが、遅配に継ぐ遅配であり、からくも代用食で日々を凌ぐ有様で、兵隊においても米と麦混じりで、一日六合が兵食の決まりであったが、こうした規定は昔のものになりつつあった。過去の日本陸軍は幻のものであった。
 今は、兵食の代わりにカボチャやキュウリの類
(たぐい)が兵の主食となっていた。然(しか)も支給量が極微であった。

 例えば兵食の某日には、一日分の食糧がキュウリ5本とかサツマイモ2個であり、そのうちキュウリでは3本とサツマイモ1個を主食にし、残りのキュウリ2本とサツマイモ1個を副食にせよという通達が出ていた。
 同じ食材を数で、主食と副食に食い分ける有様は、もう既に軍隊の食事ではなかった。未開国並みだった。
 人間は衣食足りて礼節を知るという。民は、生活が豊かになって初めて、道徳心が高まって礼儀を知るようになる。衣食足りて栄辱を知るという。
 しかし、今や食物もろくになく、困窮と欠乏を強いられる状態にあって、礼節も栄辱も以前に、わが肉体を維持出来ず、軍人は忠節を尽くすことも出来ず、礼儀を正しくすることも出来ず、武勇を尚
(たっと)ぶことも出来ず、信義を重んずることも出来ず、況(ま)して質素を旨とすることすらできない。
 また愧
(はじ)を知れと言ったところで、愧を感じる肉体が維持出来ないのでは、愧すらも感得できない。軍律は、乱れに乱れ切るのも当然であった。
 連日、兵士達は空腹に苦しめられていた。教育隊員、本部隊員の別なく兵士達は農家の前をうろつき、農家の行為を期待して、握り飯の一つも預かろうとして食べ物を求めて彷徨うのであった。これまで、こういう軍隊があっただろうか。
 この当時、こういう食べ物を求めて乞食をする種属を兵隊の俗語で「状況を造る」という言葉まで生まれ、多くは状況を造るために彷徨うのである。したがって、やたら外出したがるのである。

 これを普段から食糧欠乏に嘆いていたのが、『タカ』計画の立案者であり、執行者の鷹司友悳と計画会議の議長の沢田次郎であった。
 「日増しに、こういう『状況造り』ばかりに兵隊達に農家の前をうろつかれては、帝国陸軍も、最早これまでとなります。この前に打開策を打たねば、第一番目の目的遂行すらも危うくなります。何か対策を考えていますか、鷹司さん」と沢田が詰め寄る。
 「……………」
 「その対策は、参謀本部のお偉方の夜郎自大を改造する対策です。先ずは、当面の課題として無能を駆逐しなければなりません」と冷ややかに言う沢田。
 「……………」鷹司は回答出来ずに苦悶していた。
 「それとも、あなたも無能どものお仲間ですか」
 沢田は皮肉を込めて指弾した。
 「私の権限としては、今のところ、食糧調達の件で、何とか動ける程度です」と鷹司。
 「それは、消極的でしょう」
 「君だったら、どうします?」
 「必然的構図を工作し、バカを駆逐して予備役にします」
 「そういう事が可能でしょうか」
 「そういう状況を作れば宜しい」沢田は断固として言う。
 「いつも、君の発言に驚かされます」
 「第一案として、あなたの消極策を採用するとして、現在の我々の軍資金の一部を廻して食糧を買う。
 第二案をとして雁首
(がんくび)を挿(す)げ替える。このうちの何れかでしょう。どうします鷹司さん?」と鎌を掛けるように言う沢田。
 沢田は鷹司の表情の変化を読もうとした。

 「状況造りなどという奇妙な用語、初耳でしたね。取り敢えず、闇米でも買いますか……」
 今日、初めて聞いたという貌の鷹司。だが鷹司の貌は能面のようだった。
 「そう思いますが、何しろ軍資金そのもの残高が不足しています」と否定的な意見を述べる沢田。
 「今度は、食糧難と言う障害物でまで持ち上がりましたか……」と鷹司。
 「鷹司さん、最近の奇妙な軍隊用語が流行っているの、どう言う意味か知っていますか?。兵士達が『状況を造る』ために農家の前をうろついて、その期待が適
(かな)った時には『状況があった』というそうです」
 「奇妙な転用語ですね」
 「その状況造り、わが方は、どうします?」
 これは沢田次郎がヒントのつもりで吐露して、鷹司の言葉を求めた。
 「……………」苦渋の表情を崩さない。
 「こうした事態を参謀本部は、まだ見逃しているようです。陸大出の大半は、下級の将兵を一銭五厘の紙切れと同一視しているようですぞ……」
 「……………」鷹司は痛いところを衝かれたと思った。
 「では、資金に窮する我々も、そろそろ『状況を造り』に参りましょうか……」と沢田。
 「そうですね、君は期待できるようなところをうろついて、状況を造って来て下さい。私は私で、参謀本部で状況を造ってみましょう」と鷹司。
 「既に、状況造りに適当と思うところを一覧表作成
(リストアップ)しています。『要視察人』として、少しばかり食糧でも掻き集めて来ましょう……」
 「お願いします」
 「では、聯隊長に命を下し、兵と車輛をお貸し願いますか」
 「どうぞ、ご自由に使って下さい。聯隊長はロボット化しましたから……」
 「あなたも大したワルだ」
 「君ほどではありませんよ。近頃は君の遣っている『状況作成』の巧緻
(こうち)さを、少しばかり見習いましたからねェ……。君に学びましたよ」と苦笑いしながら鷹司は言った。
 そして、互いに貌を見合わせて、苦笑いしたのである。
 「我々の金米蔵
(きんまいぐら)には、状況に見合うものが目的額の1/3程度です。空きっ腹を抱えたままの状態です」
 「すると、君は金米蔵残高を1000万円程度を見積っているのですか」と驚いたように言う。
 「それでは足りません。それでは、まだ1/5程度にしか過ぎません」
 「何と?……」
 「目標は一億です」
 「そんなに集めて、何処と戦争するつもりです?」
 「勿論、戦争指導者の石頭どもとです」毅然として言う沢田。
 「……………」
 「敵は、何も米英だけではありません。敵は裡
(うち)にもいる。地位と名誉にしがみつく陸軍省や参謀本部の中に……。寄生虫は駆除しなけれなりません。
 まずは寄生虫は駆除が急務です。
 私は、不正の疑いを持たれている陸軍参事官のお飾りの前でも、うろついてみます……」

 「……………」鷹司は沢田の文言に反論出来ない。
 鷹司友悳は自分の懐に中で、もう毒を持つ毒蜘蛛を飼っているような錯覚を覚えた。沢田次郎はそう言う毒蜘蛛的存在だった。当然痺れないわけにはい。
 「金米蔵の扉を開けさせましょう。この金米蔵、本土決戦用で貯えたものらしい……」と沢田。
 「いいところに目を付けましたね、叩けば埃
(ほこり)まで出て、さぞ札束が舞うことでしょう。派手で、結構面白い手品が見られるかも知れませんね」と鷹司。
 「最高に面白い手品をみせてご覧にいれますよ」と沢田。
 「そのために、君に憲兵特権を与えた……」と鷹司。
 「あなたは、普段は能面然として猫を被っていますが、一皮剥いたその下は大したワルだ……」と沢田。
 「お互いさまでしょう」と鷹司。
 「あなたも負けていない……」と沢田。
 「では、この応用問題、双方で状況を造るということで手討ちと行きますか」と鷹司。
 こう言って、それぞれは状況造りに出掛けた。しかし沢田次郎も、鷹司友悳も、何故こうまで物資が欠乏し始めたか、本当の実情は掴んでいなかった。
 それは戦争指導をする大本営陸海軍部が「本土決戦
(決号作戦)」を決定したからである。そのために武器弾薬や食糧まで備蓄を始め出し、特に市井に流れる食糧が欠乏し出した。欠乏は各地方の聯隊にまで及んだ。

 日本軍は内部から破壊が起きていた。美的な規律は、兵隊の闇米買いや、状況を造ると言う行為の中で内部から崩壊を始めていた。
 現場を知る下級将兵達は、戦争指導者に対し、異常な腹立たしいまでの慷概調
(こうがい‐ちょう)の憂いを抱いていたであろうが、戦争指導者の無能は、彼らが歴史を学んでいない無教養から発したものであった。
 もし、中国の歴史から『陳勝・呉広の叛乱』理由だけでも知る教養があれば、この大東亜戦争は早期解決が可能であっただろう。
 だが無教養は、国を危うくした。要するに戦術だけしか知らないストリートファイタでしかなかった。仕立てのいい将校用の軍服の肩に、参謀肩章をつけた喧嘩師の類
(たぐい)であり、決して戦略家でなかった。
 これが軍隊官僚の恐ろしさであり、その官僚主義は現在でも日本人の悪しき伝統として残されている。

 また昭和19年に掛けて「状況
(情況)」という奇妙な語句に併せて、「応召」という転用語がある。
 この頃になると、召集令状を貰うのは始めてではない召集兵が多々いて、「前回、応召されたのは……」と言った場合は、既に二回目、三回目ということで、下士官・兵には退役と言うものがない。
 このように戦時では、いつでも召集令状を喰らう場合がある。したがって、始めての初年兵と、二回目以上の「応召兵」とは意味が違うのである。
 更に下士官や兵などで遣われていた「状況を造る」は、一般社会では殆ど遣われない、とんでもない意味を持っている。例えば状況を造りに出掛けて行って、成果を問われるのである。
 状況報告する場合、「米○○合、野菜○○束、サツマイモ○○個」というように出掛けて行った兵士が成果に見合う説明をしなければならないのである。滑稽と言えば滑稽だが、この状況を造るとは、言葉の底部に横たわっている意味は、娑婆とは大分違っている。
 更に時代の特長としては、転用語が氾濫
(はんらん)したことである。隔離さた世界では、娑婆とは異なる用語が次から次に作り出される。そのため、本来の意味から大きくズレているのである。そして、場の空気を読む際、このズレを逸早く悟って解読しなければならないのである。


 ─────さて、夕鶴隊の面々はどう凌
(しの)ぐか……。彼女らも、状況を造らねばならなかった。
 遂に彼女らも、状況を造りに出稼ぎに行くことになった。

 ただ、妹のキャサリンと神主の林昭三郎は『笹山旅館』に籠
(こも)って審神者の修行のために論議中で、本日は聯隊には出ていない。二人の任務は神託暗号を解読することであった。
 爺さまは、扶占
(ふうせん)という砂盤の上に、占木をT字型に渡し、本来は横に審神者が居て降臨で得た卦を検(み)る。更には「天津金木(あまつ‐かなぎ)」なるものを遣う。
 これは若木の小枝を天津金木を置き並べて「置座
(おきぐら)」の机上に配置し、宇宙の真理神律に基づき、罪悪と真偽を検(み)る。爺さまはその術に長けていた。
 しかし審神者が欠員していたので、爺さまはキャサリンを指名して恃
(たの)んだのである。
 彼女に審神者を恃んだ。彼女に神託受信の才があると検た。霊媒と検た。何よりも奇妙に反応していたからである。
 爺さまは、赤城赤嶺神社のヌシのことを話した。どういう神か、話した。
 「赤城赤嶺神社のヌシの祭神は蜈蚣
(むかで)じゃ。蜈蚣は神の化身……」
 「蜈蚣って、節足動物の顎肢の毒爪から毒液を注射して、小昆虫を捕らえて食べる、人に有害とされる扁平の細長い生き物ですか」
 「そうじゃ。蜈蚣は毒を持つ悪い生き物とされているが、これが実は神の化身。大事にすべき生き物だ。
 そもそもじゃなあ、蜈蚣は、その昔の『抱朴子
(ほうぼくし)』に出ている。山に入るときは竹筒に生きた蜈蚣を持ち歩くと、蛇などが顕われたとき、これが暴れ出すので毒蛇からの害から危害が免れるとされる。
 また毒蛇に噛まれたとき、渇いた蜈蚣を粉末にしたものを擦り込めば、直ぐに治るとある。
 こやつ、地表や土中を住処
(すみか)とし、人に有害な意味合いもあるが、多脚(たあし)なところから、『客足がつく』とか、『おあしが入る』などといってな、縁起がよい動物とされるのじゃ。古来から神の使いとされた。
 更にじゃ、こやつ、ある筋のものに極端に反応する。
 特に邪神界
(がいこく)のものには敏感に反応する。
 どんな些細
(ささい)なものであっても、一つでも悪意が紛(まぎ)れていれば、それを報せて、害のあることを教えようとする。実に奇妙な生き物じゃ。
 それはじゃなあ、多数の環節から成るそこから、各節に一対ずつの歩脚があり、数は種により異なるが、それは有害情報を知らせるための触角のようなもの……。あるいは蜘蛛の網のようなもの……」
 「不思議な生き物なのですねェ」

 「これ、非科学と云う言葉で一蹴出来るか」
 「えい、そうは思えません。豊富な情報の中で、総ては正しいと言う訳ではありませんから……」
 「そうじゃろう、だから審神者がいる。正しい情報かどうか、審神者してもらわんと分らん」
 「少しでも正しい情報で、圧倒した方が勝ちますものね。だから情報の世界は、一般には窺い知ることが出来ない見えざる手で管理・監視・監督されています。そのために解読能力に疎
(うと)いと、情報関係者ですら自身で、どれが正しいか解らなくなってしまいます」
 「それで、次郎のやつ、たびたび拙者のところに来て、どうじゃこうじゃと、うじゃうじゃ聴きおる」
 「次郎」と云う言葉に、キャサリンは少し意表を衝かれたようだった。
 「情報は力に裏付けされていなければ、その威力は十全
(正確完全)に発揮するには不十分ですものね」
 「そこで拙者が、やつに呼ばれた。赤城の山の赤嶺の蜈蚣を呼びおった。ところで、おぬし、やつを知っておろう?……」《智者の目は隠せんぞ》という言い方だった。
 表情の硬直を、この爺さまは巧みに読んでいた。老いても心の動きを見逃すほど、眼力は鈍っては居ない。耄碌
(もうろく)もしていない。炯眼(けいがん)はある。
 「わたしは暗号解読が専門です」
 「ほう……」

 「力とは国家であれば軍事力、また企業であれば資金力ではないでしょうか。そして人であれば、その人の持つ腕力や知力、また魅力でないでしょうか。更にはその人の影響力……」
 「さよう。而
(しか)して、敗れた者は相手の情報に溺れさせられる。自らが望んだかのように嵌(は)まって行き、敗北の喜びまで酔い痴(し)れて、遂には洗脳され、破滅の方向の顛落(てんらく)して行く……。解るかねェ」
 「よく解ります」
 「おぬしは審神者の才を持つ。それも上質の才だ。霊的研鑽を積めば更に深まる。だがじゃ、審神者で霊媒を抱えていても、また最初は謙虚で慎ましさを抱えていても、人や金が自分のところに集まり出すと、決まってこれらに溺れ、必ず道を外す。自我が強ければ強いだけ低い霊と交信して、結局は反応したのは自我ということになり、相手の搦め捕られて、遂には溺れる。この状態は、今の日本に似ておろう……」
 「……………」
 「心して、怪
(あや)しいと思うところは、譬(たと)え神託であっても、一応審神者せいというのが、拙者の信条だ。そしてまたじゃ、赤嶺神社のヌシは、『神が直接、人間を介して人語を発音し、書記することはあり得ん』と教えるのじゃ。
 それぞれになあ、順序が在って手続きを経て、地上人に感応し、それを地上人のもつ、それぞれの人語を使用して語り、それぞれの地上人の、それぞれに文字に変換して神意を伝達してくれる。それはまた、神に通じる想念を内臓せぬ地上人には伝えないということなのじゃ」
 「まるで暗号解読ですね。暗号文に酷似します」
 「そうじゃ、まさに神からの神意は数字ばかり。人語など出て来ぬわい」
 「溢れる情報の中で正しいのは、現象界に現象を起こす事象は、ただ一つですものね」
 「おぬし、よく解っておる。神はなあ、複数の神意など降ろそう筈がない」
 「多数あっても正しい情報は、ただ一つですものね」
 「そこで解読した者が正しいかどうか、拙者には審神者がいる。もう直じゃ、神託には南方の島で不吉が起こる。いつか知りたい。あやつは抜かしおったぞ、次はサイパンだと。
 だが、それがいつか解らん。今年中には起こる。もう長くはあるまい。直ぐだろう、明日かも知れんし、明後日かも知れん。だが正確な日時が解らん。
 此処が墜
(お)ちると、大空襲が帝都方面が起こるらしい。これは拙(まず)いぞ。
 あと一つ、今年中に大地震が起こる。これは大きいが、地の神が神託を未
(ま)だ降さん。神託は既に降りておろうが、審神者がおらん。審神者はおぬしだ」
 「その解読、遣ってみます」
 「そうか、審神者してくれるか……」
 「更に不吉は続く。不幸現象は連続するじゃ、一回で終わらん。悪い時には悪いことが起こる。もう直、火の雨が降る……」
 「火の雨ですか」
 「そうだ、曇りの日と出た。だが、これも解らん。それだけだ。他は神託が在
(あ)ったかも知れんが、知り得たのはそこまでだ……」
 「曇りの日の……火の雨……が降る……」
 キャサリンはこの不吉を思った。恐ろしいと思った。
 「酷いことが起こるぞ、だがそれは神がするではないぞ」
 「人間の手で、科学の火の雨を降らせるというのですか?……」
 「さよう」
 「阻止に全力を尽くします」
 「人間が自分でするのじゃ……。人間の力で、不吉は絶たねばならぬ……」
 先ずは、こうして審神者が出来て一件が落着した。しかし課題は多い。前途多難だった。


 ─────夕鶴隊に状況造りが生じていた。
 「アン先生。今日は射撃の教練中止ですって、兵頭准尉どのが仰っていました」と和津子。
 「どうしてでしょうね?」
 「今日は特別野外演習があると言うことで、大勢を引き連れて朝から演習ので掛けました」と良子。
 「えッ?そんなこと聴いていません、何故です?」アン教官は奇妙な貌をして訊き返した。
 「何か、状況を造るんですって……」と和津子。
 「鮫島軍曹。状況を造るとはどういうことです?」とアン教官。
 鬼ザメは笑いながら「それはですなァ、状況を造りに行ったのです、近頃は状況を造らないと凌
(しの)げませんからね……」と苦笑を漏らしながら吐露した。
 昨今の軍隊生活の食事もままならぬ、逼迫状態を遠回しに言ったのである。
 「では、わたしたちも状況を造りに行かなければならないと言うことですか?……」
 「どうも、そのようですなァ」
 彼女は《まあ?どうしましょ》という困惑の貌だった。
 「腹が減っては戦が出来ぬということですね」しかし、それなりに察したようである。

 「まァ、そういうことになりましょうか……」
 「所長以下ほかの方々は、どうしているのです?」
 「みな状況を造りに出掛けました」
 アンは暫く考えて、はた!と思い当たったようにいった。
 「では、夕鶴隊もこれから状況を造りに出掛けます……。今日は特別野外演習にしましょう」
 「さすが、教官どのは察しがいいですなァ」と感心したように言う。
 「鷹司候補生、今から状況を造りに行きます」
 「えッ?えッ?……、状況を造りに行くって、どういうことですか?」
 「特別野外演習です、5分以内に軽武装のうえ出発します」
 「はい?」意味が掴めないでいる。
 「とにかく、全員背嚢背負って状況を造りに出掛けて行くのです」
 「では、自分らも特務班25名も状況造りにお供します」
 今日は特別野外演習になってしまった。
 逼迫している時期、遣るべきことは他にもあろうが、腹が減っては戦もできないのである。

 5分後、出発準備を完了した夕鶴隊は整列したまま、それぞれがガヤガヤ言っていた。全員は拳銃で武装したまま背嚢を背負っている。
 「ねえねえ、状況を造りに行くってどういうこと?」と副島ふみ。
 「つまり、状況を造りに行くのです」と和津子。
 「成る程……」と副島ふみ。
 この娘だけずば抜けて察しがいい。
 「状況を造りに行くって、何処ですか?」と島崎ゆり。
 「お子さまランチを食べに行くと言うこと」と副島ふみ。
 「何で、お子さまランチ食べ行かなければならないんですか」
 「おまえは、そうやっていつまでも幸せやっていろ……」
 年少者は人生経験が少ないだけに年長者の言っている意味が掴めないでいた。それは島崎ゆりだけでなく、室瀬佳奈も長尾梅子も、一歳上の押坂陽子も、佐久間ちえも、守屋久美も、青木文恵も、掴めないでいたのかも知れない。しかし、農家出身で小作人の極貧の宇喜田しずや栗塚さきえは「状況を造りに行く」の意味を察したのかも知れない。また17歳の鳴海絹恵は、直ぐに分ったであろう。
 それは何処かに「食べ物を貰いに行く」という意味でだろうと思ったのである。
 愈々
(いよいよ)状況を造りに行くことになった。道案内と言うことで、先頭は鮫島軍曹の特務班員25名だった。それに少し遅れて夕鶴隊が続くことになった。

 「夕鶴隊、状況造りに出発!」と良子が指揮棒を振った。いつもとは違う、変な号令を掛けた。
 他所行
(よそいき)ということで、儀仗隊の指揮杖は置いて行く。悠長に行進などやっていられない。
 良子だけが指揮棒を持っている。全員は軽武装し、拳銃だけは腰にしていた。万一の場合である。また軍隊の体裁を整えていなければならなかった。

 さて、出発して二時間以上も行進して歩いたが、中々状況が造れない。田舎道を歩く。行けども行けども、状況を造らせくれる農家はない。
 初夏と雖
(いえど)も、日中の陽射しは強い。炎天下を野良犬のように歩いていた。ただ田舎道を歩くだけだった。それは先を行く鮫島軍曹の特務班も同じだった。
 犬は行けども行けども、棒には当たらない。
 何処へ行っても「兵隊さん、よっていらっしゃい」などの声が一向に掛からない。
 農家はこうした兵隊が通ると、これまで明けていた戸口を、ぴしゃりと閉じてしまう。雨戸まで閉じる。
 「お貰いが来た」と思うからである。この辺は「お貰い」の兵隊が通るらしい。その対策法を農家は知っているらしかった。
 まさに前方のオヤジの特務班も、後方の夕鶴隊も、炎天下の中を行乞僧のように行脚
(あんぎゃ)の旅をしているようだった。もう旅というより、物を貰うための漂泊と言ってよかった。高低のない、ただ広い曠野を、とぼとぼ進むだけであった。
 「なかなか、お子さまランチ出てこないね……」と正直に島崎ゆりが吐露した。
 その一方、自分のプライドからいって、アン教官も自分の方から農家に入り込むのは好きでない。
 日本で育った彼女の心にはサムライがあった。武士は喰わねど、高楊枝であった。
 しかし、「よければ……」なのど農家は一軒もなく、ただ、とぼとぼと月の沙漠を歩いているような錯覚に陥って来たのである。
 そこで良子が「全隊、月の沙漠!」指揮棒を倒した。
 一斉に足の歩調に併せて、歌が始まった。ひと回り歌い終えると、次第に細くなって、隊列を二列にしなければならなかった。
 そして暫く行くと、ある農家が狡そうなオヤジが出て来て、粒ぞろいの女性集団を見て、「お姉ちゃん達、見慣れない服装だが、何処かの女学校の闇米買い?……」と訊くのである。
 「違います、野外演習です!」アン教官は一喝するように吼
(ほ)えた。
 「ああッ……、アン先生、とうとう怒っちゃった」と、夕鶴隊の最後尾を歩いていた島崎ゆりが言った。
 しかし全隊は、平地が広がる千葉の曠野を先へと歩いて行った。
 その時。鮫島軍曹が掛け戻って来た。
 「教官どの、このまま先へ先へと進んでも道に迷うばかりです。帰れなくなります、折り返しましょう」と促すのである。
 「全隊、止まれ!」アン教官が号令を掛けた。
 小休止して、これから先の状況を、どう造るか再考しなければならなった。

 では斯
(か)くも、何故ここまで食糧が不足し、物資が急激の乏しくなるのか。
 それは戦争をすると、戦争自体が金喰い虫であるからだ。国家予算の大半は戦費に遣われるからである。国民生活は戦費拠出で欠乏する。福祉に廻す金などはない。弱い者は置き去りになる。棄てられる。

 「どうしますか、教官どの?……」
 「作戦を変えましょう。これまでの正攻法を止めて、奇襲戦法に変更します」
 「と、申しますと?」
 「今度は夕鶴隊が先頭に立ちます。特務班は後方を遅れて蹤
(つ)いて来て下さい。だいたいの道は把握しました。わたしに少し考えがあります。
 成沢候補生と児島候補生。あなたちは背嚢の中にフルートを入れて持って来ていますね」
 「はい」
 「では、奇襲作戦を行います。鷹司さん、いいですね」
 「はい」
 「島崎候補生」
 「はい」
 「あなたは状況判断が適当と思うところで、ホイッスルを吹いて下さい」
 「はい」
 「では、鷹司さん……。これから先、あなたが状況判断してくさい、簡単な基礎問題として……」
 良子は《アン先生は、わたしを験
(ため)している。これを簡単な基礎問題という。さあ、どうする?》と自分に自問した。答を模索した。そして答えが出た。
 「全隊〜ィ……」
 この号令で足踏みを始めた。
 これから島崎ゆりは心の裡で拍子を取り始めた。「一・二・三・四・五・六・七・八。二・二・三・四・五・六・七・八」と数えた後、ホイッスルを吹いた。それは先頭の良子の振り下ろす指揮棒と同時だった。全隊は一糸乱れず発進した。

 とぼとぼ歩いて、前方に庄屋らしい大きな家が在った。先ほど通過した場合は、戸口だけでなく、雨戸まで締めてしまった家だった。
 「全隊、足踏み」の合図を送った。大きな家の前で足踏みを始めた。
 「月の沙漠!」と言い放って、再び中斜めに肩に付ける。指揮者は心の中で常に拍子取りを忘れない。それは、きびきびとした敏捷な動作であった。
 フルートの二重奏と合唱は和音の利いた哀愁を奏でた。やがて前奏が終わり、コーラスが哀愁のある和音を付け始めた。
 一番
(4)から二番(4)、その間は伴奏のみで、三番(4)から四番(6)まで歌い終わると、後奏はフルート演奏が終わる頃、指揮者は再び指揮棒を真上に掲げて横一文字に頭上の構え、一旦肩に斜め倒し、再び指揮棒を斜め上に上げ、“終了近し”の合図を後ろに送るのである。
 その合図が伝わると、また斜め上に上げたまま宙で一回円を描き、一斉に合唱は指揮者が肩に斜めに倒した時点で終了して、ピタッと止るのである。
 その間、指揮者は常に、「いち・いち・いちに・いちに、左右・左右、いち・いち・いちに・いちに、左右・左右、いち・いち・いちに・いちに、左右・左右……」と拍子取りをした。
 「全隊〜ィ……、止まれ!」と足踏みを止めた。
 すると暫くして家の中からオヤジが出て来た。

 「一体、あんたたちは何かね」
 「わたしくたち、道に迷ってしまって、同じところグルグル廻って困っていますの……。もう、5時間以上もこうして歩いてますのよ」
 アン教官が甘えた聲
(こえ)で言った。
 「そらァ……大変だったなァ。うちに上がって一休みし、お茶でも呑んで行かんかね。わしはこの新田郷の庄屋
【註】関東では庄屋と言わず名主と言うのが一般的だが、ここでは庄屋として話を進める)の堀川作右衛門と言うんじゃ」
 「いいのかしら?……」
 オヤジは家の中に先に行って、「おい、婆さんや。お客さんだぞ、お茶でも出せ……」
 「アン先生、巧くいきましたねェ」と島崎ゆり。
 「まだ、喜ぶのは早いですよ、状況造りはまだ終わっていません」
 「あんた達、腹減ってないかね。うちには米が腐るほどある。飯でも喰っていかんかね」
 「ご迷惑じゃ、ありませんの……」
 「構わんよ」
 「それにしても、あんた達、妙な格好しているなァ。近頃できたと聞く、陸軍女子通信隊のような女子の軍隊か、何かね?……。しかしあんたの階級章、陸軍少佐だろうが、それに他はみんな兵長で幹部候補生のバッチを付けている。本当は軍人さんじゃないのかね?」
 「いいえ、違いますわ。女性ばかりの歌劇団って知りません?そこの所属の者なのです」
 「そうか。宝塚とか松竹とかの、そういうもんかね」
 「ええ、そうですの。最近は食糧難でしょ、わたし達、こうやって廻わらないと凌
(しの)げませんのよ」
 「そうかね、気の毒だなァ。まず飯腹一杯喰って、うちにも分けられる作物が幾らかあるかも知れん。探して検
(み)るから、飯でも喰って、ゆっくりしていかんね」
 「では、お言葉、甘えて……」
 ついにオヤジを誑
(たぶら)かせてしまったのである。

 「飯はたっぷり喰ったらいい。うちには米が幾らでもある。そこで一つお願いじゃが、あんたち、宝塚か松竹なら、何か、芸の一つでも遣ってみせてくれんかね。ここは田舎だし、あんた達のような垢抜けた都会人の粒の揃った別嬪
(べっぴん)を見るの、久しぶりじゃからのう。娯楽のない村のことじゃ、何かお願いしたいと思うのじゃが、どうしたものだろうかのう?」
 このオヤジ、駆引きだけは知っている。
 「ええ、構いませんよ。でも、今日は衣裳その他、旅館に置いて来ているでしょう。演奏か、コーラスだけだったら致しますけど……」
 「うん、それでいい、是非」
 「あと一つ。お願いがありますの」
 「何だね?」
 「わたしくたち、みな女ばかりでしょ。近頃、世の中物騒だから、近くの聯隊の兵隊さんに護衛をお願いして蹤
(つ)いて貰って来ておりますの。それでねェ、おじさま……。兵隊さんにも何か食べさせていただけません?……。わたしたちだけがご馳走になって、兵隊さんが空きっ腹では可哀想でしょう。ねえ、おじさま、いけないかしら……」と、オヤジの袖を握って、指先で乃の字を描きながら口説くのである。
 「困ったなあ、しかしあんたのような別嬪から青い目で見られて、恃
(たの)まれると弱いないなァ。あんたの美貌に答えて、今日は特別に奮発しよう」ついにオヤジは色香に誑(たぶら)かされた。
 「助かりますわ」
 「つかぬことを訊くが、あんた外人さんかね?……」
 「母が英国人なんです」
 「そうか……」
 「じゃあ、何か芸をみせてくれ」
 「宜しいですわ」
 「いまから村の者を掻き集め来ますじゃ。その間に飯で喰って、腹拵えしておいて下され。ところで、木戸銭は幾らじゃな?」
 「お金は頂きませんわ、お呼ばれしているんですもの……。そのうえに兵隊さんまで、お呼よばれさせてもらって……」
 「それじゃァ、村の者達に、米や野菜でも持ってこらせましょう。木戸銭は一人、米一升と、ほか山芋・サツマイモ・人参・茄子・キュウリ・南瓜・手造り漬物類なんかでどうじゃろう?」
 「ええ、構いませんわ。本当に助かります」
 「そんなもの、どこでも腐るほど一杯持っておるがな、お易いもんじゃ。ところで、あんた達が腰にしているの、拳銃かね?……」
 「近頃は物騒でしょ、護身用に、念のために所持しておりますの」
 「そうかね……」
 こう言って、遂に兵隊25名まで、お呼ばれに預かったのである。オヤジは村人に知らせるために、外に走り出して行った。
 オヤジは大声で怒鳴っていた。
 「おい!重蔵。半鐘鳴らせ!一大事じゃ、一大事が起こったぞ。そして一人、米一升と野菜持って、今すぐ庄屋の家に来いと言え……。分ったな重蔵!」
 オヤジは一大事を報せに行った。
 やがて半鐘が鳴り始めた。一大事を知らせる半鐘である。

 「皆さん、笑うんじゃありませんよ」
 アン教官は唇の前に、人差し指一本立てた。
 やがて、この家の婆さんが、下女を遣って食事を運んで来た。
 「よくおいで下さいました。粗末な田舎料理ですけど……どうぞ」腰の曲がった老婆が、深々と頭を下げてお辞儀をした。
 料理を次から次に運ばせて、静々と下がって行った。
 「さすが教官どのですなあ、話しをつけるのが実に上手い」と鮫島軍曹が喜々として寄って来た。
 「さあ、皆さん有難く頂きましょう」
 「頂きます!」の夕鶴隊と特務班の大合唱で食事が始まった。
 「久しぶりに、白い御飯……」とはしゃぐ最年少の長尾梅子。
 「それにお芋の煮っ転がし……、美味しそう」と島崎ゆり。
 「お漬物も沢山ある……」と室瀬佳奈。
 「ねえねえ、これ、美味しい。ごはんとよく合う。このお漬物、何というのかしら?……」と長尾梅子。
 「これはね、江戸下町の名物『べったら漬け』と言うのよ」と得意気に説明する室瀬佳奈。
 「佳奈ちゃんのうち、なに屋さん?」と島崎ゆり。
 「うちはね、御徒町でおじいちゃんが漆職人しているの。おじいちゃん、瓢箪に虫の絵を描くのよ、真物そっくりなんだから……」
 「瓢箪に虫の絵を?……」と訊く長尾梅子。
 「そう、特にうまいのは蜂の絵。蜂がねェ、瓢箪に止まっているように描くのよ」
 「ぜひ見てみたいね」と島崎ゆり。
 「戦争が終わったら、ぜひ見に来て……」
 最年少組は久しぶりのことで、おしゃべりをして随分とはしゃいでいた。
 しかし室瀬佳奈が言った、「戦争が終わったら」は、一体いつ来るのだろうと長尾梅子は思うのであった。

 「皆さん、一つだけ覚えておいて下さい。凌ぐとはこういうことです。非常時や戦時には、どんなことをしても生き残らねばなりません。簡単に諦めずに命を繋いで下さい。
 一口に潔いなどと言いますが、その決断は最後の最後で、任務遂行中は生き残られねばなりません。あるところから頂くのは当然のこと。
 この世は、お互いに凭
(もた)れ合いですから、こうした行為は罪ではありません。但し、それに見合う代価を払わねばなりません。代価を払うという覚悟があれば、人殺しと泥棒以外、何を遣っても構いません。いまは非常時なのですから……」
 「それで、わたしたち、演奏と合唱で代価を払うのですね」
 「そうです、対価に見合わなければ詐欺でしょ。但し、天秤に掛けてそれ相当か、否かを測る必要がありますが、代価が、それ相当であれば、これに文句はない筈です。
 世の中、というより、戦時と言うのは、こういうものです。これを生きるには綺麗事だけでは済まされず、生き抜く智慧が要ります。これは実戦です、いま飢餓という敵と戦っているのです」
 こうして全員は40分ほどの食事時間を過ごし、寛いだ後、「では、あと一稼ぎして、お米もらって帰りましょうか」とアン教官が促した。

 「何を演奏致しましょうか」と良子が訊いた。
 「あなたの状況判断では、どうします?」アン教官が験した。
 「此処は奥地に入り込んだ田舎です。以前、はやった流行歌などでは?……」
 「妙案ですねェ、それで行きましょう。いまはラジオを聴いても、朝から晩まで大本営発表と軍歌ばかりで愉しくはありません、聞き飽きていますからね。それで何を?……」
 「かつての流行歌で、『侍ニッポン』『丘を越えて』『涙の渡り鳥』『緑の地平線』の四曲で、最後に『月の沙漠』で締めては……どうでしょう?」
 「でも歌詞がないのでは?……」
 「谷さん、歌謡曲が大好きで、『船頭小唄』以降の歌詞を全部覚えているんですて。いつも、お風呂で、とてもいい声で歌うのですよ。聴かせるだけの価値があると思いますが。それに他はみなハミングで、フルートがアドリブで併せます」
 「あなた、状況判断のコツ、掴みましたね。これからも自分の才能を大事にして下さい。全隊を指揮するだけの才があります。では、お願いします」
 《この、お願いしますは果たして自分をある程度、認めたいうことだろうか》と良子は思うのであった。

 斯くして、『侍ニッポン』『丘を越えて』『涙の渡り鳥』『緑の地平線』の四曲で、最後に『月の沙漠』を恙
(つつが)無く終わったのである。聞き終わった村人達からは、やんやの嵐のような拍手が起こった。

 帰り際、庄屋のオヤジが言うのである。
 「久しぶりいいものを聴かせて頂いた。真物
(ほんもの)は、さすがに上手いもんじゃ。
 ところで、すまんが、明日、もう一度、やっては貰えまいか。この先にも、わしの村があるのじゃがのう。
 そこは、何人か、寝たっきりの爺さまや婆さまがいる。最後に、あんた達の歌を聴かせて、これを冥土の土産にして送りたいと思っているのだが、どうじゃろうか?
 爺さま婆さま達は、荷車か、リアカーで運んで此処まで連れて来る。都会の人よ、どうだろうか?……」
 「お引き受けしましょう、よろこんで……」
 「そうかそうか、よかった。わしもこの村の庄屋として、これで貌が立つ……。本当にお願いしていいんじゃな?」
 「お約束しますわ」
 「それで明日、午前11時から昼食の休憩時間を挟んで3時間ほど、お願い出来ませんかな?……。いや、無理ならばせめて1時間でもいい、年寄りの冥土の土産に……」
 「出来る限り、何でも致しますわ」
 「それで、米やその他の作物は勿論のことじゃが、今度は木戸銭を払いたい。少ないが一人1円でどうじゃろう?……。これで精一杯なんじゃ、兵隊の取られている家もあるしなァ……、これで勘弁してもらえんじゃろうか。
 村人は山奥を併せて70人は居よう。それに、わしが50円と言うことで、どうじゃろう?」
 「お引き受け致します。ほか、何かご注文はございまして?……」
 「そういうの、恃んでもいいのかい?」
 「ええ、何なりと……」
 「それじゃあ、軍歌も遣ってくれるかね。わしの息子はもう戦死してしもうたが、飛行第64戦隊にいたんじゃ。つまり加藤隼戦闘隊の整備隊員だった。ぜひ『加藤隼戦闘隊』をやって貰えまいか。息子の追悼歌だ、恃
(たの)めまいか」
 「遣ります、ぜひ歌わせて頂きます」アン教官は注文を承った。
 こうして明日の状況造りも遣って退けたのである。



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