運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
続 壺中天・瓢箪仙人 1
続 壺中天・瓢箪仙人 2
続 壺中天・瓢箪仙人 3
続 壺中天・瓢箪仙人 4
続 壺中天・瓢箪仙人 5
続 壺中天・瓢箪仙人 6
続 壺中天・瓢箪仙人 7
続 壺中天・瓢箪仙人 8
続 壺中天・瓢箪仙人 9
続 壺中天・瓢箪仙人 10
続 壺中天・瓢箪仙人 11
続 壺中天・瓢箪仙人 12
続 壺中天・瓢箪仙人 13
続 壺中天・瓢箪仙人 14
続 壺中天・瓢箪仙人 15
続 壺中天・瓢箪仙人 16
続 壺中天・瓢箪仙人 17
続 壺中天・瓢箪仙人 18
続 壺中天・瓢箪仙人 19
続 壺中天・瓢箪仙人 20
続 壺中天・瓢箪仙人 21
続 壺中天・瓢箪仙人 22
続 壺中天・瓢箪仙人 23
続 壺中天・瓢箪仙人 24
続 壺中天・瓢箪仙人 25
続 壺中天・瓢箪仙人 26
続 壺中天・瓢箪仙人 27
続 壺中天・瓢箪仙人 28
続 壺中天・瓢箪仙人 29
続 壺中天・瓢箪仙人 30
続 壺中天・瓢箪仙人 31
続 壺中天・瓢箪仙人 32
続 壺中天・瓢箪仙人 33
続 壺中天・瓢箪仙人 34
続 壺中天・瓢箪仙人 35
続 壺中天・瓢箪仙人 36
続 壺中天・瓢箪仙人 37
続 壺中天・瓢箪仙人 38
続 壺中天・瓢箪仙人 39
続 壺中天・瓢箪仙人 40
続 壺中天・瓢箪仙人 41
続 壺中天・瓢箪仙人 42
続 壺中天・瓢箪仙人 43
続 壺中天・瓢箪仙人 44
続 壺中天・瓢箪仙人 45
続 壺中天・瓢箪仙人 46
続 壺中天・瓢箪仙人 47
続 壺中天・瓢箪仙人 48
続 壺中天・瓢箪仙人 49
続 壺中天・瓢箪仙人 50
続 壺中天・瓢箪仙人 51
続 壺中天・瓢箪仙人 52
続 壺中天・瓢箪仙人 53
続 壺中天・瓢箪仙人 54
続 壺中天・瓢箪仙人 55
続 壺中天・瓢箪仙人 56
続 壺中天・瓢箪仙人 57
続 壺中天・瓢箪仙人 58
続 壺中天・瓢箪仙人 59
続 壺中天・瓢箪仙人 60
home > 壺中天・瓢箪仙人 > 続 壺中天・瓢箪仙人 21
続 壺中天・瓢箪仙人 21

陸上自衛隊西部方面隊マーチングバンド。(写真は当時見たものと無関係で、平成27年10月10日、陸上自衛隊西部方面隊駐屯地の目達原駐屯地上空で筆者撮影)


●朝日を受けて

 徴用第ニ日目の午前五時。この日は爽やかな五月晴れだった。とにかく気持ちのいい朝だった。
 今日は早出だった。ここ二、三日は早出が続くらしい。
 四時に起床し、以降毎日五時を少し過ぎた頃に聯隊に向かう行進が始められる。
 『笹山旅館』の玄関前ロビー。
 此処では最年少14歳の実践女子の島崎ゆり
(仮名)と長尾梅子(仮名)の二人が、玄関ロビーでお喋りをしていた。二人は早々と朝食終えて、玄関前に来ているのである。
 此処に徴用された女子学徒らは下半身はズボンやモンペではない。女子大生はスーツか制服、また高等女学校生は学校の制服のセーラー服の上下で下はスカートである。したがって、少しばかり戦時とは掛け離れた姿だった。それが赦されていた。
 「ねえねえ、あれ見てよ。誰か居る……」と島崎ゆり。
 「えッ?……。どこどこ?……」と長尾梅子。
 「あそこ」島崎ゆりが指をさした。
 「変な、おじさん。おかしいのかしら?……」と長尾梅子。
 「なんだか気持ち悪い……、中を覗いたりして」と島崎ゆり。
 「厭
(いや)だ、入って来た」と長尾梅子。
 「おい、そこの軍国少女のお嬢ちゃんたちよ。ちと、ものを訊ねるが、佐倉の聯隊に行くには、どうしたらいいんじゃ?」
 このオヤジ、島崎ゆりと長尾梅子の制服の上から、腰に締めた小銃の兵用帯革
(へいよう‐たいかく)を見て、軍国少女と言ったのだろう。兵用帯革には前盒(ごう)と言う実砲(実弾)を30発詰める革の盒が、前に二個着いている。それを見て言ったのだろう。
 「わたしたちを軍国少女ですってよ……失礼しちゃう」と長尾梅子。
 「おじさん、立派な軍服着ているけど、軍人さんなの?」と島崎ゆり。
 オヤジは仕立てのいい真新しい軍服に将校用の略帽を被り、ピカピカの黒の長靴を履いていた。何処から見ても将校である。しかし階級章も付いていないし、軍刀も腰に提げていなかった。
 「わしか、まァ、そうだな……。軍人と言えなくもない」
 「おじさんの服、将校さんの軍服だけど、おじさん将校さんなの?」と島崎ゆり。
 「さあ、どうかな……。昨晩、陸軍一等兵にされたばかりだからな」
 「将校から一等兵に降格されたのね、かわいそう……」と長尾梅子。
 「降格じゃない」
 「じゃァ、無理矢理されたんだ」と島崎ゆり。
 「やはり降格じゃない。それで、ついに頭に来て、気が変になってしまったのね」と長尾梅子。
 「わしは、頭など変ではないぞ」
 「最初はみんな、そういうのよ」と島崎ゆり。
 「そうじゃない」
 「降格されて凄いショックを受けたのね」と島崎ゆり。
 「かわいそう……」と長尾梅子。
 「おい、わしを勝手に狂人にするな」
 そこに押坂陽子
(仮名)と佐久間ちえ(仮名)が遣って来た。
 「ねえ、どうしたの?」と押坂陽子。
 「このおじさん、佐倉の聯隊に行きたいんだって。だけど将校さんから一等兵に降格されて、少し頭は変になったんですって」と島崎ゆり。
 「それって、心因性ショックと言うんだよ」と佐久間ちえ。
 「違う、わしは頭がおかしい訳でないぞ」
 「ほらね、さっきからこの調子」と島崎ゆり。
 「違う」
 「違わない」と島崎ゆり。
 更に、後続の何人かが集まり始めた。栗塚さきえ、宇喜田しず、守屋久美、青木文恵らである。

 「これは、おったまげた。まだ、軍国少女がいる……」
 「このおじさん、さっきからこの調子……。救急車呼んであげようか」と島崎ゆり。
 「これ、完全に来てますね」と長尾梅子(仮名)
 「違うと言っておろうが……、救急車なんか呼ばんでもいい」
 「このおじさんね、頭がおかしくなったんだって」と島崎ゆり。
 「ほんと、おじさん、頭、おかしいの?」と栗塚さきえ。
 「違う、そうじゃない。何と言ったら分ってもらえるんだ」
 更にぞろぞろ集まり出した。有村緑
(仮名)、向井田恵子(仮名)、鳴海絹恵(仮名)らである。
 「どうしたの?」有村緑。
 「このおじさん、一等兵に降格されて頭がおかしくなったんだって」と島崎ゆり。
 「勝手に決め付けるな」
 玄関の騒がしさに他も集まり始めた。
 「おい、どうしたどうした?」と副島ふみ。
 「あのね、このおじさん将校さんから、いきなり陸軍一等兵にされて、ショックで頭がおかしくなったんだって」と島崎ゆり。
 「そうじゃない」
 「だけどね、佐倉の聯隊に行きたいんだって」と島崎ゆり。
 「それにしては、将校らしき服を着ている。しかし、階級章がない。ということはやはり降格か?……」と疑うような眼で、副島ふみ。
 「皆さん、どうしました?」と寮母の裕子。
 「わしは、佐倉の聯隊に行きたいんじゃ」
 「すると、あなたは橋爪先生ですか」
 「そうじゃ、橋爪だ。今朝というか、まだ夜が明けんうちに羽田に着いた。真夜中に豊橋から羽田まで遣って来た。わしを参謀本部に行けと出頭命令出したやつがいる。それでなあ、豊橋の歩兵第十八聯隊から車に詰められ、豊橋の飛行場から羽田までじゃ。陸軍の飛行機はオンボロだから、揺れる揺れる。まるで田舎のバス並じゃ。結局、日本のは性能が悪いんじゃな」
 これは性能が悪いというより、輸送機であり、物資運搬の輜重部隊の貨物機であったからだ。オヤジは軍隊のことについては皆無だった。
 「それで、佐倉の聯隊にお行きになるんですか」
 「そうじゃ。わしが参謀本部から呼び出しを受けたということでじゃ、“中こう
(中隊長)”の若僧は、わしのボロ軍服をみて、参謀本部には出頭するには恥ずかしい言いやがってな、将校の軍服を着ていけと抜かしおった。そこで昨晩、二等兵から一等兵になった。しかしじゃ、階級章を貰うのを忘れた。したがって階級不明。その悲劇が奇怪なる事態を生んだ。羽田に着いたとき、飛行場の軍曹が、わしに敬礼しおった。軍刀はというので、忘れて来たと言ったら、では豊橋の聯隊に探しておくように伝えておきますと言う。では、恃むと返事したが、いいのはここまでじゃな。『笹原旅館』に着いたら、このお嬢ちゃん達に降格して頭がおかしくなった将校と間違われた。ついに頭がおかしいなどと言われて、気違いにされてしもうた……」
 「それは、災難でございましたね」
 「そう、災難、甚だし……」
 「みなさん、ご紹介しておきますね。この方、橋爪先生です。東京帝大の経済学の助教授、されおられますのよ」
 「このおじさん、そんなに偉いの?……」と驚く島崎ゆり。
 「わしは、偉くはないが、頭がいい」
 「頭がいいなんて、自分で言ってら……」と冷やかすように島崎ゆり。
 「おい、お子さまランチ。人の話はよく聞くもんだ、はやとちりしたんだろう」と副島ふみ。
 「すみません」と、舌をぺろりと出していう島崎ゆり。
 「いいか、こういう早やとちりは命取りになるんだ。状況判断をしろ、状況判断を。この調子だと、鬼ザメにこってり可愛がられるぞ」と乱暴に言う。
 「可愛がられるって?……」
 「おまえ、本当に、ねんね、だなァ……。あのなァ、いいか。ボカスカ殴られて、蹴られた後でなァ、両方の頬を思い切りビンタで、ぺんぺんだ。気を付けるんだなァ」と、怕い貌をして恐がらせるように言う。
 「鬼軍曹さんより、お姉さんの方がよっぽど怕い……」と島崎ゆり。まだ幼さが残っている。
 「どつくぞ、お子さまランチ……」と相変わらず副島ふみは、逃げ回る島崎ゆりを追い掛け回していた。

 「さあさあ、皆さん、お喋りはそのくらいにして、出発の時刻ですよ。
 鷹司さん、皆さんを玄関前に集合させて、二列縦隊にして下さいね。そして指揮者肩章を掛けてください。
 昨晩、教えましたよね」と言われて、良子に布帛
(ふはく)が渡された。
 「はい」と、元気のよい返事をして肩章を受け取った。
 良子に渡された“指揮者肩章”とは、緋
(ひ)の地色に、白線二本が入った帯状の布帛を左肩から右腋下に掛ける紅白の布帛ことである。週番士官が掛ける布帛(この場合は右肩から左腋下に掛ける)と似たものだが、軍楽指揮者の場合は、これと逆である。右腋下に流れた布帛の端下には、金モールの房が付いてる。
 「皆さんは、今日も元気に行進して行きましょうね」
 「はい!」
 全員が玄関前に二列縦隊になった。昨日より、やや増しという程度の動きであった。
 良子は亀甲竹の指揮棒を高く垂直に掲げた。この合図により、一歩前進して、一斉に足踏みが始まった。
 「全隊〜ィ、速足(はやあし)!」
 ほぼ同時に、前方に指揮棒を直角に下げた。そして直ぐに右肩に戻す。

 全隊は一斉に進んで行った。その間、良子は指揮棒を肩に倒したまま、「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」と拍子取りの聲
(こえ)を懸けている。その拍子に合わせて、全隊は推進力を得て、ぐんぐん前へ進んで行く。
 この歩き方は呼吸を、拍子取りで整えて行くのである。心臓の鼓動にも繋がるものだった。
 暫
(しばら)く進むと、指揮者は、指揮棒を真上に掲げて横一文字にして頭上で構え、一旦肩に掛けるように倒し、再び指揮棒を斜め上に上げる。これを見てフルート奏者は演奏の始まりを知る。今まで小脇に抱えていたフルートを機敏に口に持っていって演奏準備を始める。
 その間も、「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」の拍子取りが行われている。
 その状態で、斜め上に指揮棒を上げたまま、宙で一回円を描き、「全隊〜ィ、月の沙漠!」と言い放って、再び中斜めに肩に付ける。指揮者は心の中で常に拍子取りを忘れない。それは、きびきびとした敏捷な動作であった。
 このとき良子は、寮母の裕子が、なぜ「皆さんの中で、ブラームスのピアノ曲とか、何か弾ける方、おいてになりません?」と訊いたのか、分ったような気がした。振子運動によって楽曲の速度を計る器械のメトロニームのような拍節器の感覚を、指揮者が意識していなければならないからである。
 良子は音符の“出だし”を考えながら、歩調を合わせて速足を行っていた。
 繰り返しの「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」の拍子取りが正確の刻まれていれば、全隊の速い遅いはないのである。それこそ「一糸乱れぬ」であった。
 それと同時に、成沢あいと児島智子二名のフルートの二重奏が、哀愁のある前奏部分を奏で始めた。
 このときも指揮者は、楽譜を頭の中で、一小節ごとに音符を追っているのである。ゆえに、昨晩のうちに暗譜をするように教えられたのだった。それにより終了箇所が分るからである。
 前奏が終わると、一斉に合唱が始まった。また合唱は、昨日のうちに和音付けをしている所為
(せい)か、フルートの二重奏とともに、その合唱は聴かせる歌になっていた。音に深い音域があった。あたかもマーチングバンドの、例えば「トランペットが泣く」というような深みが出るである。
 良子だけは、楽譜の流れを追いながら、常に拍子取りの「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」を繰り返しているのである。人体メトロニームであった。
 その最後部にオヤジが蹤
(つ)いて歩いているのだが、このオヤジがまた不思議にもメトロニームに併せて付いているのである。

 街は早朝五時と言うことで、人は疎
(まば)らであったが、この歌聲には、人を振り向かせるだけの威力があったようだ。
 「なんだなんだ……あれは?……」と振り向かせた。
 街往く人は、この物珍しさに立ち止まって見る人が何人か居た。特にフルートの二重奏と女性合唱が、戦時の辛さを一時期忘れさせ、ひと時の視聴者の耳を楽しませ癒したのかも知れない。

 フルートの二重奏と合唱は、一番
(4)から二番(4)、その間は伴奏のみで、三番(4)から四番(6)まで歌い終わると、後奏はフルート演奏が終わる頃、指揮者は再び指揮棒を真上に掲げて横一文字に頭上の構え、一旦肩に斜め倒し、再び指揮棒を斜め上に上げ、“終了近し”の合図を後ろに送るのである。
 その合図が伝わると、また斜め上に上げたまま宙で一回円を描き、一斉に合唱は指揮者が肩に斜めに倒した時点で終了して、ピタッと止るのである。
 その間、指揮者は常に、「いち・いち・いちに・いちに、左右・左右、いち・いち・いちに・いちに、左右・左右、いち・いち・いちに・いちに、左右・左右……」と拍子取りをして進んで行くのである。まさに推進力を得た行進であった。
 この行程を聯隊練兵場に到着するまで、約15分の道程間に2回、フルートの二重奏と合唱を繰り返すのである。
 この行動様式で、速足は前へ前へと進んでくのである。

 速足とは『歩兵操典』によれば、「速足ノ一歩ハ踵
(かかと)から踵までの七十五糎(センチ)ヲ、速度ハ一分間百十四歩ヲ基準トス」とある。その際、左右の両腕を肩の高さまで振り上げなければならない。
 これは足の踏み出し方も同じで、一歩ごとに膝が直角になるよう股を持ち上げる。この持ち上げによって脚を地面で叩くように撃つ付けるのである。その勢いで前方に踏み降ろす。
 しかし問題は75cmの歩幅で、1分間に百四歩進んで行くとき、この単純な動作が、簡単なようで実は難しいのである。これはあくまで『歩兵操典』による男の歩きからで、女子には向かない行進法であった。そこで、少しばかり改良された女子特有の歩きからである。寮母の裕子によって指導された歩き方であった。拍子取りも裕子が独自に考案したものであった。

 行進のときは指揮者が全隊の指揮を執って前進して行く。
 しかし、この先進が、もしかすると死に向かっての行進かも知れない。踏み出す足の一歩一歩が死に向かって踏み出されているのかも知れないのある。
 そしてこの分列行進は隊列が蛇腹のようになって、二列縦隊のいずれか、あるいは両方に粗密を作っているのではないか?と……。その疑いがいつまでも消えずにいた。
 良子の心の裡
(うち)に存在するメトロノームは正確に時を刻み、歩幅まで刻みに続けているのである。
 昨日、鮫島軍曹から言われた言葉が、今でも耳に残っていた。その言葉が今でも呪詛のように自分に懸かっているのである。
 鮫島軍曹は言った。
 このとき良子は思った。《いいか、戦場ではなあ、そのようなへなちょこではなァ、そういうへなちょこから一番最初に命を失う……》が頭から離れない。それに《一糸乱れず》の息の投合した箇所が全員には何処にも感じられなかった。《これでは駄目だ。自分達は戦場に出されれば、一番先に死んでしまう……》という不吉なものを感じた。その不吉が躰に纏って離れない。
 同時に、分けも分らぬ疼痛が起こった。それは悔恨と言ってもいいほどだった。
 集団は確かに隊列を組んで元気よく前に進んでいる。
 だがこの前進に命懸けの覚悟があるのだろうか。良子はそう思う。いつまでも鮫島軍曹の言葉はいつまでも粘着質の谺
(こだま)として粘りついて いたのである。

 この当時、女子大や高等女学校でも軍事教練が課せられた。しかしこの教練は、実は子供の飯事
(ままごと)だった。お遊びの、学校授業の単なる学校教練ではなかったか?……と。
 しかし今は違う。正真正銘の真物
(ほんもの)の軍事教練である。もう、これは戦場に繋がる武装集団の軍事教練だった。況(ま)して運動会などの行進とも違っていた。此処には捨身懸命の行進があった。
 では軍隊とは何か。戦闘のための武装集団である。敵と対峙して戦闘しなければならない。人間同士が殺し合わねばならない。したがって軍隊は、殺戮の技術者としてその最終目的を遂行しなければならない。
 この行進すら、殺し合いの第一歩であった。
 高の知れた歩行練習にしても、その訓練は命懸けの訓練であり、果たしてこの集団は全員は自分の命を張って行進しているのだろうかと思う。命を差し出すことを既にこの行進において要求されているのである。
 命懸けとは、単に国防婦人会や愛国婦人会が言うように「銃後の襷
(たすき)掛け」程度でないのだ。これしきの苦痛は当り前ではないか。良子はそう思う。

 朝日を斜めに受けて、その陽射しの中を進んで行く。五月の柔らかい心地よい陽射しを受けて全隊は進んで行った。やがて聯隊営門の門柱入口が見えて来た。そこには歩哨勤務の一等兵は立っていた。一等兵はこの集団に対して捧ゲ銃
(ささげつつ)をしていいものやら、しないでいいものやら一瞬迷っているようだった。
 しかし一等兵は集団の後部に将校の服を着たオヤジがいて、このオヤジを女子学徒の引率士官と検
(み)たのだろう。捧ゲ銃を無難と考えたようである。機敏の捧ゲ銃の姿勢を執(と)った。
 捧ゲ銃とは、軍隊で銃を持っている時の敬礼の一種であり、両手で銃を躰の中央前に垂直に保ち、受礼者の眼に注目する動作である。

 20名の女子学徒は、昨日と同じ教室に入ったが、オヤジまで蹤
(つ)いて来た。オヤジは、まだ自分がどこへ行ったらいいかわからないのである。
 「お嬢ちゃん達、歌が上手いなあ」
 「そお……」と島崎ゆり。
 「よく和音が響いて共振し深みがあった。音階と領域を正確に歌っていた。それにフルートの二重奏が、歌声と何とも調和していた。実によかった。久しぶりに耳のいい保養になったわい」
 「じゃあ、松竹少女歌劇団とどっちがうまい?」と島崎ゆり。
 この会話を全員で、周りを取り囲んでいいる。
 「いい勝負だろう、なぜなら、こっちは童謡を見事に行進曲に編曲している。背後には凄い音楽家がいるのだろう」
 「本当?……」
 「わしは嘘はつかん、なぜならだ。かつて、ソビエト・クレムリンで国際的な凄い合唱団の歌を聴いたことがある。わしは耳も頭もいい」
 「でも、おじさん、東大の先生でしょ?」
 「いや、違うな。わしは先生と言われるほど、馬鹿じゃない」
 「でも偉いんでしょ?」
 「偉くはない、頭がいい……」
 「やはり勉強のし過ぎで頭がおかしくなったのね」
 「おかしくなんかない、わしはなァ、筋金入りの、バリバリの泣く子も黙る共産主義者だ」
 「おじさん、共産党なの?」
 「だが、日本共産党じゃないぞ、わしはアメリカ共産党員だ」
 「共産党って、危険思想なのよ、知らないの?……。特高警察に捕まるわよ」
 「危険だって構うものか、そんなことでビビっていたら共産主義者などやれるか。わしは筋金入りだぞ」
 「拷問されて殺されるわよ」
 「殺されてもいい、わしは筋金入りの共産主義者だ。恐れるものはなにもない」
 「このおじさん殆ど末期ね。もう助からないし恢復の見込みは皆無。お手上げの重症患者。おしまいね」
 「なにが重症だ……」
 「おじさん、奥さんいるの?」
 「そんなのはいない。夢中で研究していたら、もう四十を過ぎていた」
 「奥さん、もらわないの?」
 「もらってもいいが、わしの好みとしては、お嬢ちゃんのような、かわいい、愛くるしい方がいい」
 「いやだァ、わたし……」
 「どうしてだ?……、指名されて照れているのか?」
 「照れてなんて、いないわ。だって、おじさん年寄りだもの。禿げているし、背も低くて、ちんちくりんだもん。そのうえ腹も出ている。わたし、もっと若い人がいい。例えばね、教官の沢田中尉さんのような人」
 「沢田とな?……沢田と言えば、ケンブリッジから東大に学士入学した天才がいたな。その沢田か?……」
 「沢田中尉さんって、ケンブリッジなの?」
 「そうだよ。東大も早々と飛び級卒業して、簡単に高文官試験に合格して法務省に入省したのがいたな。
 もしや、わしを呼んだのは、その沢田か……」


  ─────早朝より、沢田次郎憲兵中尉と鷹司友悳少佐はテーブルを挟んで、角を付き合わせるような格好で深刻な話をしていた。もう、かれこれ2時間になろうか。早急に解決しなければならない問題が山積みされていたからである。服装は背広姿である。殆ど軍服など着ない。この時代、軍服に尊厳はなかった。負け戦が続くと世間もそう言う目で見始める。また威厳の無いものに頼る気もなかった。
 「これから駒をどう進めますか」
 沢田次郎が訊いた。
 「慎重を期す必要がありますが、そうかといって臆病になって、石橋を叩いてばかりで、先に進まないのは愚です。我々は戦争を早期終結させるために奮闘しなければなりません。何もせずに手を拱
(こまね)いていても何の解決策も生まれません。『細心大胆』と云う言葉があります。注意深く駒を進めるには、大胆な決断が要ります。そしてわれわれは斃(たお)れても、後に繋ぐ根を残さねばなりません」
 「根ですか」
 「過去は過去ですが、もう一度原点に戻って、此処から考えてみましょう。進退窮まったら、この症状は道に迷っている証拠です。道歩きの基本は、迷ったら戻るということです。このことだけを忘れなければ、いま我々は生かさせて頂けることだけでも有難いと思わなければなりません。確かに生かされています。そのことには感謝するべきでしょう。死んでしまったら感謝することも出来ませんからね。感謝しないで死ねば地獄行きです。
 喩
(たと)え、一年でも半年でも生きさせて頂き、その中で春・夏・秋・冬の季節感を味わい、その中で喜怒哀楽を経験させて頂いただけでも感謝です。自分は、今生かされていることに満足せずに不満を漏らせば、それだけで罰当たりです。今を知って、足るを知ることです。したがって、今生きているものは、死なせずに生かしたい。それが根です。根を残すことが私の願いです」

 「今日の状況は、日本人の慎み深さを忘れたということが招いたと言うことでしょうか」
 「あれやこれやと、多くの物を欲しがると、結局こした事態を招くと言うことです。今の足ることを知って感謝し、満足すればよかった。ところが満足することを知らなかった。麻薬患者のように、もっともっとと、欲しがってしまった。禍は此処にありました。今気付いても遅過ぎた観がありますがね……」
 「神国日本には、やはり神風は吹いていた。しかし、それを聴く耳を持った者があまりにも少なかった。そういうことでしょうか」
 「参謀本部に、あなたのような人が複数いれば、こうした負け将棋は、もう一番、もう一番としなかった筈です。ところが、負け将棋を意地になって遣ってしまったというが今の軍首脳です。この連中が無能だった。
 強気で押しても駄目なときは駄目だった。その駄目押しが、今日のような破局を選択してしまったというところでしょうか。それを悔やんでも仕方ありませんが、訂正ならまだ出来ます。それは、あなたが言う元に戻ることでしょう。
 これまでを振り返って、自分の足跡を見詰め直し、自分なりに、自分らしく努力した結果だけを満足すればよかった……」
 「そうです、人生の貸借対照表は最終的には常に帳尻があっています。プラス・マイナス=ゼロで釣り合っているのです。どちらが大きくて、どちらが小さいと言う訳ではない。常に帳尻は合っています。
 老子には『是を之れ両行と謂
(い)う』とあります。最終的には今大きな得をしていても、やがて巡り廻って損を出してへこむ。最後に大きな天秤に掛ければ結局同じことというのです。目先の利を追わず、それらに心を奪われないことです。
 そのうえにです。状況判断を正確にして、今の目先に一喜一憂して軽佻浮薄に陥らないことです。主目的を見失わないことです」
 「では、鷹司さんの計画にある主目的をお窺いしましょう」
 「何と言っても、『七度擒
(とら)えて七度縦(はな)す』に尽きます。やはり歴史を振り返れば、この教えに一縷(いちる)の望みを感じます。これに縋(すが)ってみようではありませんか。しかし縋る以上、中途半端な縋り方は行けません。すがるなら徹底的に、とことん縋ってみましょう」
 「具体策としては?……」

 鷹司友悳少佐は暫く考えて、奇妙なことを言い出した。
 「これは負け戦を、よりよい負け方をして終結させる必要があります。そのためには、よりよい負け方を勝ち取るために、軍資金を調達しなければなりません。戦いはタダでは出来ませんからねェ。よりよい負け方の『勝ち戦』です。まず軍資金を調達して下さい。それは君にお願いしましょう」
 鷹司は《さてこの漢、どうするか?、この無理難題に果たして耐えうるか。どういう手品を使うか?……、それが見たい》と、肚な裡
(うち)で思うのであった。

 「困りましたなあ……、鷹司さん。その答案を見せろと仰るのですか?」
 「この応用問題が出来なければ絶望的です。もう他には、この問題を解ける解答者は居ません、後にも先にも君限りです。さあどうします沢田君!……」迫るように言った。
 「じゃあ、お見せしましょう。その代わり、また、あなたにお願いがあります。この際、具体的にあなたと私の役割分担を明確にさせておきましょう。私は実行担当に廻る。あなたは実務で、私の行動をスムーズに行うために便宜を計る、どうです?……」
 「いいでしょう。しかし陸軍省か参謀本部から、軍資金を引っ張ってこいと言うのではないでしょうね」
 「その手の金銭は要
(い)りません。頭脳が要ります。頭脳がまだ頭数が足りません」
 「具体的に言って下さい。出来うる限りの便宜を計ります」
 「では、一ヵ月ほど前、内務省特高警察が逮捕した赤城嶺山神社の神主・林昭三郎を直ぐに、釈放命令を出して下さい」
 「それは君の陸軍法務官の職務権限で実行出来るでしょう」
 「いえ、私の一存では出来ません。あなたが私に、この神主の釈放命令を出して下さい」
 「なるほど……。君の魔法の抽き出しにはいろいろな知恵袋が入っている
訳ですね。毎回ながらに感心します。
 宜しいでしょう。本日、参謀本部から陸軍法務官宛に命令を発令しましょう」
 「しかし一つだけ訊いてもいいですか。その神主・林昭三郎とは如何なる人物ですか」

 神主とは「カムヌシ」と古くは呼称され、神社に奉仕する神職の長をいい、一方、宮司は神職を指すが、また官幣社や国幣社の最高の神職の長をいう。したがって意味合いが多少異なる。古代より日本列島に存在した古神道と後から渡来した弥生神道の違いである。
 「不敬罪です、おおぴらに日本が負けると予言したからです。更に赤城嶺山神社は古神道の神社であり、国家神道とは正反対です。それも官憲から睨まれたのでしょう。拷問で、かなり弱っています。年齢は60のお払い箱寸前の老体です。このままでは獄死する危険性も大です。しかし死なすには惜しい漢です、異能に大きな価値があります」
 「分りました。他はありませんか」
 「資金工作の命令も参謀本部から発令して下さい、命令書一枚で構いません。それも私宛にです。
 なお、スタッフがまだ足りません。必要人員をこれ一覧表に挙げております。この総てを、此処に集結させて下さい」
 手渡された一覧表を見ながら鷹司友悳少佐は、見ててぎょっとした人物を発見した。
 「何と、この人物は?……」流石に鷹司友悳も驚いてしまった。
 「駄目ですか……」
 「いや、来てもらいましょう」
 「負け戦に向けて、これから水面下の鬩
(せめ)ぎ合いが始まります。しかし幸運なことに、私には『要視察人』と言う切り札がある。静動を探るには、これが物を言います……」
 「幸先がいいことを祈ります」
 「では、私は早朝のホームルームが終り次第、軍資金調達に参ります」


 ─────教室では鮫島軍曹が『軍人勅諭』を垂れていた。

ひとつ。軍人は忠節を尽くすを本分とすべし(忠節)
ひとつ。軍人は礼儀を正しくすべし
(礼儀)
ひとつ。軍人は武勇を尚ぶべし
(武勇)
ひとつ。軍人は信義を重んずべし
(信義)
ひとつ。軍人は質素を旨とすべし
(質素)  

 昭和19年当時、どれもこれも死語であった。戦前以前の『軍人勅諭』に出て来るような軍人像は殆ど見られなくなっていた。召集で集められて来る初年兵は、かつてのように厳しい軍律も軍規も薄れて総ては低迷していた。
 しかし鮫島良雄は、かつての夢を追って懐かしみ、それを復活させようともがいていたのである。鮫島の日本陸軍は遠い昔に去っていた。軍隊もこの頃になると地方の聯隊を問わず、怠惰精神の中で沈んでいた。
 それは軍隊と言うには余りにおぞましく、決戦前から
(ゆる)み切っていた。日本陸軍は敗戦を俟たずに敗れていた。世の中全体が諦めムードでだらけきっていた。日本の敗戦時、欧州のように戦後の占領下、日本には一度もパルチザンのような運動は起こらなかった。むしろマッカーサーの銅像を建てたくらいである。
 日本人は戦争を知らない民族と言うより、戦争が戦えない民族なのである。これは以降の日本にも重要なキーワードだった。この民族は勇ましいことは言うが、横暴な暴力や、理不尽には命を張って刃向かえないのである。自分の親の死後の死体を見ただけでも震え上がる民族である。棺にすら親を納棺出来ないのである。

 この間に沢田次郎中尉と兵頭仁介准尉が入ってきた。以下、伍長助勤
(兵長)が4名付いていた。
 席に着いていた全員が起立した。
 「教官どのに対し敬礼!」鮫島軍曹が号令を掛けた。
 全員が室内礼の15度の角度で敬礼した。
 「皆さん、着席して下さい。今から武装のための拳銃を配ります。詳しい説明は兵頭准尉が説明します。
 では兵頭准尉、お願いします」
 「自分は武器一切を指導する教官の兵頭
准尉である。今から拳銃を配給する。
 これはブローニングM1910自動式拳銃
(官給品で陸軍造兵廠生産供給、米国との輸入禁止となり、のち浜田式自動拳銃に新機構一式拳銃)である。本日は実砲射撃を教練する。
 拳銃嚢は革帯を左肩から右下に来るように掛け、革帯の上から兵用帯革で締めて固定する。なお、初日の今日は実砲であり、左右の前盒に各30発、合計60発を総て今日一日で消耗させる。注意事項としては実砲である、一つ間違えば死傷者も出る。そのことを充分に把握して怪我の無いように各人、心を引き締めて教練にあたられたし。終わり」

 一人ずつにまず軍用拳銃は配られた。その後、兵頭准尉が部分の名称を説明し、「次に分解及び組み立てを指導する。決して順序を間違ってはならない。万一の場合は片腕が飛ばされる事故も起こるからだ。よく叩き込め。一回限りで総て覚えよ。二度は繰り返さん」とって、黒板の前で名称を教えつつ手際よく分解に懸かった。つまり「一回限り」とは記憶能力が物を言うのであって、沢田中尉が何故彼女たちを厳重審査によって選んで来たか、その選抜者の能力が験
(ため)されるところであった。
 注視する彼女たちは兵頭准尉の手際良さと、手順を記憶しようとしていた。3工程進んだところで一旦手を止め、同じように彼女らに遣らせるのである。それが終わると次へと進む。この繰り返しで分解し、終わったあと部品の点検を受ける。分解後、再び組み立てを開始する。順に組み立てて行く。そして元の形に復元するのである。復元し終わると一旦ここで点検を受け、もう一度分解させる。今度は一人でやる。
 「いいか聴け、分解・組み立ては秒単位で時間を計る。その計った数字を成績として記録する。分解がし終わったら挙手をせよ。正しいか、否かを点検を行う。そして最終者が終わったら、再び組み立てをする。その際も時間を計る。終わり」
 言いを終わると分解テストが行われた。
 「はじめ!」の掛け声とともに一斉に開始された。約6分前後でバラバラに挙手が始まった。その手順に助勤の助勤が成績表に、何分何秒を書き込んで行く。最終者が終了したのは7分を過ぎたことであった。その後それぞれに点検を受ける。正確であれば優が付き、それ以外は不可となる。不可は組み立てて、再び時間を計られて分解する。こうして分解・組み立ての「繰り返しテスト」が行われたのである。
 その後、拳銃嚢が配られ、左から右下に拳銃嚢がくるようにして革帯を締める。次に銃把底の留金穴に白紐を通し、輪になっている紐を左肩から掛けて拳銃は拳銃嚢に納めるのである。要した時間は1時間であった。
 その後、実砲が一人60発配られた。7.65粍
(ミリ)拳銃弾(南部弾十四年式兼用可)である。装弾数は弾倉に8発装弾(うち薬莢室1発)。装弾の確認が行われた。終えた者から助勤(兵長)の「可し」の許可を貰う。
 「五人ずつを四班に分ける。
 第一班、本庄兵長。第二班、山岸兵長。第三班、吉本兵長。第四班、阿川兵長。各班ごと、呼ばれたら返事をして助勤のところに集合。助勤は班員名を呼び集合させよ」
 助勤は名前を呼び始めた。
 「第一班、鷹司良子」、「はい!」。
 「谷久留美」、「はい!」。
 「成沢あい」、「はい!」。
 「鳴海絹恵」、「はい!」。
 「青木文恵」、「はい!」。

 「第二班、中川和津子」、「はい!」。
 「有村 緑」、「はい!」。
 「清水克子」、「はい!」。
 「栗塚さきえ」、「はい!」。
 「押坂陽子」、「はい!」。

 「第三班、副島ふみ」、「はい!」
 「児島智子」、「はい!」。
 「守屋久美」、「はい!」。
 「宇喜田しず」、「はい!」。
 「室瀬佳奈」、「はい!」。

 「第四班、山田昌子」、「はい!」。
 「向井田恵子」、「はい!」。
 「佐久間ちえ」、「はい!」。
 「長尾梅子」、「はい!」。
 「島崎ゆり」、「はい!」。

 次に実砲射撃に懸かった。全員は隊列を作り射撃場まで向かう。
 射撃訓練の注意を受け、その後、射撃に移るが鼓膜保護の「耳当」が配布された。
 「本日は実砲訓練をする。拳銃の射撃姿勢は頭を垂直にして貌を目標にむけ、銃把はあまり強く握らない。右腕は上腕部を真っ直ぐ向けるが臂
(ひじ)は伸ばしきらない。伸ばし過ぎると臂関節を傷める。まず姿勢点検をする。左手は腰に充てる。姿勢を確認するので助勤から点検を受けよ」
 最初、兵頭准尉が手本を示した。
 続いて、第一班から射撃練習を開始した。標的は班ごとに5個ずつ用意がされている。
 各班の助勤が「耳当て装着!」と言って班員全員に耳当てをさせ、「目標、前方の標的。構え、撃て!」と号令を出す。その号令とともに引金が引かれ、硝煙が上がって行く。第一回目の7発の射撃は1発ごとに号令に従って撃つが第二回目からは要領を覚えたところで自由に撃たせる。命中率は一回ごとに、助勤が記録を執って行く。こうして午前中の射撃練習が終了した。
 「わたし、腕が痛い……」と最年少の島崎ゆりが顔を歪めて言い出した。
 「教官どの、島崎ゆりが腕が痛いと言っておりますが……如何致しましょうか」
 「直ぐに軍医に見せろ」
 「はッ!阿川兵長、島崎ゆりを連れて医務室まで行って参ります」
 「他は、薬莢
(やっきょう)を処理して昼食に掛かれ」
 こうして午前中の訓練が終了した。
 全員は始めての事と、反動で些か腕に負担が掛ったことで殆どが右腕を摩りながらのろのろとした動きをしていた。
 「さあ、みんな、こんなときこそ元気を出しましょう。なによ、これしきのこと。元気よく、戻るわよ。
 二列縦隊になって、さあさあ早く、早く……。元気よく歌って帰るわよ。
 「全隊〜ィ、速足
(はやあし)!」右手を上に上げて振り下ろした。良子が指揮を執っていた。
 良子の心の中には、心臓の鼓動にも繋がる心地よいメトロノームが時を刻んでいた。
 「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……。全隊〜ィ、月の沙漠!」と言い放ち、これと同時に彼女たちは歌い始めた。
 良子は思う。既にもう此処は戦場である。戦うしかないのである。いま戦争をしているからだと……。

 午後からは制服縫製作業と分列行進の教練であった。
 食事中、島崎ゆりが、ひょっこりと戻って来た。
 「お子さまランチ、どうだった?」と副島ふみ。
 「軍医さんが、今日一日、養生しなさいって……。腕を湿布してもらっちゃった」
 「まいっちゃうよな、耳がガンガンして」
 「だったら、お姉さんも軍医さんに診て貰ったら……」
 「耳鳴り、診て貰ってどうする、やっぱり、お子さまランチだな」
 「また、それをいう。でも久しぶりに、お子さまランチ、食べてみたいなァ……」
 「おまえ、幸せだよな……能天気で」

 食事が終わり午後の作業が始まった。昨日の続きを遣る。
 被服担当は昨日と同じ、柿原浩子だった。本日中に仮縫いを済ませると言うのである。予定が早まっていることを報せ、分列行進の教練のあとに残業と言うことであった。
 「皆さん、今日中に仮縫いを済ませよとお達しが出ています。急ぎましょう」と発破を掛けた。
 何か予定が早まっているのだろうか。そのことを良子は不安に思った。それは戦争で死ぬ時間が早まったと言うことなのだろか。そこに不吉なものを感じた。


 ─────分列行進の教練が始まった。
 「軽武装で練兵場にですって……」と山田昌子。
 ブローニング拳銃と拳銃嚢を右腰に置き、兵用帯革を締めて固定して全員は練兵場に集合した。
 「今から鬼軍曹に扱かれるぞ……。やってらねないよなァ、兵隊さんはかわいそうだなァ……だよな」と、消灯ラッパの一節を副島ふみが言った。
 「お姉さん、それ、どういう意味?……」と、お子さまランチ。
 「おまえ、本当に幸せだよなァ……。勝手に幸せやってろ」
 鮫島軍曹と私服の沢田中尉、それに横に立っているのは参謀肩章を吊った少佐だった。
 「ねえねえ、あの少佐、参謀本部の人よ」
 「どうして、参謀本部の少佐がいるのかしら?……」
 「さあ……」頸を捻った。

 「横、一列横隊!番号!」鮫島軍曹が青筋を立てて吼
(ほ)えた。
 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12・13・14・15・16・17・18・19・20」何とか最終の20まで、点火花火のような早さで淀みなく進んだ。文句無しの状態であった。
 「申告致します。総員20名、異常ありません!」と布帛の指揮者肩章を掛けた良子。
 「教官どのに対し、頭
(かしら)ァ〜中(なか)!」と鮫島軍曹。
 一斉に中央の受礼者の眼に注目する。

 「皆さん、今日は参謀本部外事課から、米国ウェストポイントに留学経験のある来栖恒雄少佐に来て頂きました。これから暫く分列行進の指導を致します」
 「では来栖恒雄少佐、お願いします」
 「皆さん、こんにちは。来栖少佐です。今日は米国流の分列行進を教練を致します。
 さて、皆さん。これ、何だか分りますか」
 「指揮杖です」と島崎ゆり。
 「ほッ……、日本でも知っている方がいらっしゃる。
 これはウェストポイントのマーチングバンドが、隊列行進のときに使っている指揮杖
(major stick)です。
 日本の物と少し違っていますが、その違いは回転させるところでしょうか。少し、コツがあります。その指導と、分列行進をしましょう。分列行進は単に行進するだけではありません。全隊員が一つになって動かないと、一糸乱れぬとは行きません。それは戦場で命を共有することを指します。ただ歩くのではなく、他の人の命も、自分の命のように共有するのです。指揮杖を遣う指揮者は前後におります。主指揮者が全隊より数歩前で指揮し、副指揮者が最後尾より数歩退って指揮します。
 さて、いま指揮杖といわれた方は、あなたでしたね、副指揮者
(sub drum major)を遣ってみますか?」
 「はァ、はい……」と、島崎ゆりが光栄そうな貌をした。
 「沢田中尉、今日で二日目ですか?」
 「そうです」
 「では、先ず皆さん方の成果を見せていただきましょうか……」

 良子は亀甲竹の指揮棒を高く垂直に掲げた。この合図により、一歩前進して、一斉に足踏みが始まった。
 「全隊〜ィ、速足!」
 ほぼ同時に、前方に指揮棒を直角に下げた。そして直ぐに右肩に戻す。
 全隊は一斉に進んで行った。
 その間、良子は指揮棒を肩に倒したまま、「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」と拍子取りの聲
(こえ)を懸けている。その拍子に合わせて、全隊は推進力を得て、ぐんぐん前へ進んで行く。
 この歩き方は呼吸を、拍子取りで整えて行くのである。心臓の鼓動にも繋がるものだった。
 暫
(しばら)く進むと、指揮者は、指揮棒を真上に掲げて横一文字にして頭上で構え、一旦肩に掛けるように倒し、再び指揮棒を斜め上に上げる。これを見てフルート奏者は演奏の始まりを知る。今まで小脇に抱えていたフルートを口に持っていって準備を始め、動きは機敏である。
 その間も、「いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」の拍子取りが行われている。
 その状態で、斜め上に指揮棒を上げたまま、宙で一回円を描き、「全隊〜ィ、月の沙漠!」と言い放って、再び中斜めに肩に付ける。指揮者は心の中で常に拍子取りを忘れない。それは、きびきびとした敏捷な動作であった。全隊は推進力を得てどんどん進んで行く。
 指揮者の意図通りに動いていた。
 次に指揮者は、左に折れようとした。指揮棒を真上に掲げて横一文字にして頭上で構えた。折れ曲がる合図である。
 「左向け、左ッ!」
 左に折れ曲がり、そのまま進んで行く。暫くすると、右折れを合図した。
 「右向け、右ッ!」
 指揮者の意図のまま自由自在に動く。
 やがて終盤が近付いて来た。
 フルートの二重奏と合唱は『月の沙漠』の一番
(4)から二番(4)、その間は伴奏のみで、三番(4)から四番(6)まで歌い終わると、後奏はフルート演奏が終わる頃、指揮者は再び指揮棒を真上に掲げて横一文字に頭上の構え、一旦肩に斜め倒し、再び指揮棒を斜め上に上げ、“終了近し”の合図を後ろに送るのである。
 その合図が伝わると、また斜め上に上げたまま宙で一回円を描き、一斉に合唱は指揮者が肩に斜めに倒した時点で終了して、ピタッと止るのである。
 その間、指揮者は常に、「いち・いち・いちに・いちに、左右・左右、いち・いち・いちに・いちに、左右・左右、いち・いち・いちに・いちに、左右・左右……」と拍子取りをして進んで行くのである。
 来栖少佐の前に遣って来た。足踏みの合図を送る。そこで足踏みした後、「全隊〜ィ、止まれ!」と号令掛けた。
 一糸乱れず、ぴたっと止まったのである。
 「素晴らしいですね、たった一日で、ここまで?……」
 「いいえ、たった一時間です。これを指導した人が居るのです」
 「誰です?」
 「笹山少佐の奥さんの裕子さんです」
 「ああ、笹山君の……。
 とにかく素晴らしい。学習能力といい、身体能力といい、よくこう言う女性が集まったものだ。おそらく君の智慧袋から出た策でしょうが……」
 「来栖さん、あなたの指導は指揮者と指揮杖と答えた二人を残して、後は此処で解散して制服の縫製作業に変更してもらえませんか。計画が早まっているのです」
 「いいでしょう」
 「いま指揮した指揮者は、鷹司さんの妹の良子さんですよ」
 「そうでしたか、私が見たときは女学校でした。随分と大きくなられましたね。さすがです、頭脳も身体能力も優れている……。鷹司家の血でしょうか……」
 「そのうえリーダーシップがあります。彼女は遣えますよ」
 沢田中尉は鮫島軍曹に命じて、残りを教室に戻るよう指示した。
 良子と島崎ゆりが、来栖少佐から指揮杖の扱い方の指導を受けていた。
 しかし、来栖少佐が言った「血」という意味は、来栖しか分らないことであった。本来は深い意味があったのである。


 ─────午後4時、指揮杖の遣い方を習った良子と島崎ゆりが戻って来た。
 二人は来栖少佐から指揮杖をそれぞれ預かって来た。
 「では、皆さん、此処で少し休憩致しましょう」
 被服指導の柿原浩子は休憩時間を取った。
 「ああァ、疲れちゃったァ……」と思ったままの忌憚
(きたん)のないことをいう島崎ゆり。あどけなさが抜けないだけに、遠慮なく思ったことを言ってしまう癖がある。
 「島崎さん。わたしたちは、いま戦争をしているのよ、これくらいのこと我慢なさい。あなたは高の知れた歩行練習くらいにしか思ってないでしょうけど、この訓練も命懸けの覚悟がいるんですよ。そういう覚悟、要求されるのよ、これくらい当り前じゃないですか。これしきの苦痛と疲労で、もし自分の命が助かるのなら、安い物でしょ」と、年少者を諭
(さと)すように言い良子。
 「それは違うわ、良子さん。戦争って人間同士が殺し合うのよ。軍隊の訓練とは殺戮の技術の習得のためにあるの。わたし、そこに耐え難い疼痛を覚えるわ」と反対意見を述べる和津子。
 「和津子さん、その疼痛だってね、死んでしまったら感じないのよ。今まで、わたしたちは確かに学校で軍事教練らしきものを受けた。でも、あんなの、兵隊ごっこの真似事だった。あの訓練の中に、命とはどう言うものか教えてくれるものが何もなかった。高の知れた行進だけをダラダラとしていた。
 でもねェ、昨日から、わたしたちが遣っている訓練は正真正銘の、軍事教練なのよ。此処にいる20名が命を共有する教練をしているのよ。
 わたしは、これまで、軍隊に対して抱いていた従来のイメージを急速に訂正しなければならことに気付いたのよ」率直論を述べる良子。
 「そういう考え方、軍国主義というのよ!」烈しく遣り返す和津子。
 「わたしは軍国主義者じゃない、平和主義者よ」
 「何が平和主義者なものですか、あなたのその馬鹿げた考え、まるでドンキホーテじゃないの。矮小化した滑稽な悲劇の主役にでもなったつもり?……」
 「あッ!、まずいぞ。どうしよう、お姉さんたち、喧嘩をはじめちゃった。困ったわ……。これって、わたしの所為
(せい)かしら?……」と躊躇を見せる島崎ゆり。
 しかし、一方で良子と和津子の激論は続いていた。
 「わたしたち、全員で心を一つにして、生き残りに賭
(か)けなければならないのよ。生き残れて死なないのなら、どんな烈しい教練にだって耐えられるわ。むしろ望むところじゃない」
 「良子さんねェ、わたしたちは、か弱い女なのよ。体質は銃後向きなの。銃の前に出て来てはいけないの。
 生来、軟弱で質
(たち)で、いま、訓練で強健なものに造り直そうとしているけど、元が軟弱なら、どんなに強健にしようと思っても、それは単に付け焼き刃にしか過ぎないのよ」と銃後論の和津子。
 「和津子さんは、あなた、絶対に間違っている。軟弱だからこそ、今が絶好のチャンスじゃないの」
 「それはねェ、良子さんが本当の戦場の怕さを知らないから、そういう無責任な事が言えるのよ」
 「まあッ!無責任ですって……」良子がめくじらを立てた。
 「わたしたちが、強健なものに造り直そうとされているのは、人間でない道具にされていることの悲喜劇じゃない。これこそ、ドンキホーテを地で行くようなものよ!」
 「もう知らない!」良子はプィと貌を背けた。
 「これはまずいぞ。やはり先生、呼んでこようっと……」そう言って、島崎ゆりは、この場から、そっと逃げるように足早に離れて行った。
 この娘だけが天真爛漫だった。至って健康ということだろうか。
 それ以来、和津子と良子は仲違いしてしまった。


 ─────午後7時本日の全行程の教練が終わり、寮に向かう行進中であった。空にはいい月が出ていた。
 まだ満月には少し遠いが、十三夜くらいであろうか。
 「良子さん、歌いましょうよ」和津子が言った。
 和津子はいい過ぎたという反省がある。あそこまで露骨に言うべきでなかったと思っている。謝りたい。
 「……………」
 「ねえ、歌いましょうよ、良子さん」
 「……………」
 良子は返事をしない。怒こった振りをしていた。
 練兵場を出て出発号令は掛けたが、拍子取りすらしていなかった。全隊はただ歩いているだけだった。
 「ねえ、良子さん、まだ怒っているの?」
 「怒っていないわ……」
 「いいお月さまよ。ねえ、歌いましょうよ」
 良子は少しばかり機嫌を直した。仲直りを求めているからだ。和津子のその心遣いが、内面うれしかったのである。良子は、やはり親友だ思う。
 「だから、怒っていないといっているしょ」もう笑っていた。
 「だったら、歌いましょう」
 そのまま暫く歩いて行った。
 そのとき良子が号令を掛け始めた。
 「左右・左右、左右・左右、左右・左右、いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右……」指揮者の良子に戻っていた。

 これまで肩に下げていた指揮棒を斜め上に掲げた。指揮棒を上て、一旦横一文字にして振り上げた。
 そして宙で一回円を描き、「全隊〜ィ……」と言って、再び中斜めに肩に付ける。演奏用意である。
 指揮者は心の中で常に拍子取りを忘れない。それは、きびきびとした敏捷な動作であった。
 これまで少しばかりバラバラだった歩調が《一糸乱れず》の息の投合したものになり始めていた。
 良子は思う。歩調を揃えようとするこの女子挺身隊は、同じ生命の共有の中で生きている。
 もう、この20名はお互いに命を共有し合う仲間だ……と。
 このまま何処までも、一緒に突き進む以外ない……。彼女はそう思うのである。

 「みんな、左10時のところに、いいお月さま」と和津子。
 「本当だ、いいお月さま……、綺麗……」
 「左右・左右。いち・いち、いちに・いちに、左右・左右。全隊〜ィ、月の沙漠!」と言い放って指揮棒を動かした。フルートの二重奏が哀愁のある前奏部分を奏で始めた。
 夜道、彼女たちの歌聲
(こえ)とフルートの音色が冴え渡っていた。


<<戻る トップへ戻る 次へ>>


  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法