運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続 壺中天・瓢箪仙人 12

人生を顧み、またそれを吟味するには、過去と未来の違いを認識しておかねばならない。
 過去は前進を基礎付ける力であると同時に、それを抑止する力を持つ。

 一方未来は、前進を刺戟し、拍車を掛ける力を有すると同時に、それを迷わす落し穴があることも認識する必要がある。単に夢ばかりを追って、正しい状況判断が出来ないようでは、正しく過去を未来に反映させることが出来ないであろう。



●血物語

 話を更に続ける。
 「護符二枚のうち、法師は一枚を門柱に貼り、もう一枚を寝台に貼るように申し付ける。更に留
(とど)めとして、『もう二度と湖心寺には行くな』と戒める。喬はこれを一時的にも墨守する。
 墨守は怕
(こわ)さから来るものである。今はとにかく怕いのである。亡霊に戦慄したからだ。
 野郎は護符を受けて復
(かえ)り、言われた通りにする。だが、その後も、果たして女二人は度々訪れる。それから一ヵ月が過ぎた。
 何事も無く過ぎて行った。やがて弛
(ゆる)みが出る。もうこれで大丈夫と思う。
 喉元過ぎれば熱さを忘れるの喩え。そのうえ慢心は、弛んで弛んで、ついに緊張感ゼロになって、酒も呑みたし、助平もしたしで、喬は身の安全が確信したとあって、猛烈に女を抱きたくなるのである……。
 再び、男根が孫悟空の如意棒のように熱
(いき)り立って、むらむらムンムンもこもこが振(ぶ)り返す。
 野郎も根は意外に助平……。天下の色魔、間男の自負がある」

 「本当に、そうなんですか?……。先生、物語を勝手に面白く作り替えていません?……。無理に捏造しています」と勅使河原の抗議。
 「違う。それは恐怖のために、演出効果を盛り上げているに過ぎない。そういう細かい突っ込みは、二度としないように……」
 「半分は猥談擬いじゃないですか」と上原が尖る。
 「男の頭は、みな猥談がぎっしり詰まっている。真面目腐った男でも、本性を質せば凝縮し凝固している。
 これは私が言うから絶対に間違いない」
 「それ、先生だけじゃないんですか」
 あるいは本気でそう思われているのかも知れない。だが、否定もしないし肯定もしない。あるがままに、ご自由に……。

 「私は至って真面目である。……と言っても、誰も信じてはくれまい。普段の行いが悪いから、それは無理もない。そこは不徳の致すところ……。
 だがしかし、真面目の証拠に、今まで西船のOS劇場には、たったの二回しか行ったことがない。お忍びの有名人なんかなァ、百回以上も行って俎板
(まないた)まで上がった奴までいる。テレビで有名な司会者もその中に居た。それを現場で確(しか)と目撃した……」
 「もしもし、先生。話が完全にズレていますよ、正しい軌道に戻して下さい。今後は、話の主旨から外れないように前もってご忠告申し上げます。あたくしたち、そういう低俗な猥談を聴きに、枕まで抱えて夜咄に参加しているのでは御座いませんわ」
 「これは少しばかり軌道が外れましたかな、反省、反省……。以後改めましょう。
 慎んで有難いお言葉、心から改心して真人間の気持ちで話をさせて頂きます。
 さて、ですな……。喬は袞繍橋
(こんしゅうきょう)の友人宅を訪ねる。そこで大いに酒をかっ喰らう。ガボガボ喰らって、ヘベレケ状態のべろべろ……。こういうのを泥酔という。もう、此処まで来ると、人間、終わってますなァ……。
 終わっている人間の終着駅は、救いようのない死しかない。自ら死に急ぐ。法師の戒めなんぞ、何のその。
 過去はすっかり忘却。恐怖は喉元を通り過ぎていた。
 そのうえ、作者の瞿祐大先生は話を面白くするために、喬に行きがけの駄賃を与えず、復
(かえ)りに、帰りがけの駄賃の、些か無理のある場面設定をする。この設定が“負の駄賃”である。
 もし、この負の駄賃がなければ、一向に怪談話にはならないからである。護符の札を貼って、めでたしめでたしで一件落着していたら、この話、幽霊話にはなりゃしない。読者に与える恐怖感ゼロ。こういう小説、売れますかなァ。そこで一計を案じる。瞿祐大先生もなかなかの商売人。
 こうして、些かな無理あるこじつけで、幽霊に遭遇する名場面を演出する。
 それはですなァ、何と、喬は法師から戒められていた湖心寺への帰宅ルートを選択する。えッ?これ、信じられますか、このルート設定、何処かに無理を感じないでしょうか。
 更には喬の行動、はっきり言って愚行なり。大相撲だったら座布団が飛んできますよ。
 それもですぞ、わざわざ遠回りになる路程を選んでですぞ。こんなこと、あるでしょうか。
 それを、酔っていたと現代流にして、犯行に罪なし……とするこの種の愚行、何だか現代社会と酷似するところを感じますまいか。
 果たしてこういう行動を、これまでの緊張が解け、幾ら弛
(ゆる)んだからと言って、此処を通ることはあり得ない筈だが、どうしてだろう。なぜなら湖心寺には、麗卿の亡骸と金蓮の紙貼り人形がある。これを最近確認したばかりで、まだ野郎の記憶には新しい筈。何故?!……と声高に言いたい。
 みなさん、何故でしょう?……」
 熱狂して、一人悦に入っていた。
 「……………」
 しかし、場は白けていた。非常に拙
(まず)い雰囲気だった。

 「何が、いいご意見ありませんか。
 ご意見無ければ、先へ進ませて頂きます。
 数ヵ月前ほどには、喬は麗卿の亡骸を見て、仰け反るほどに驚愕
(きょうがく)し、つい最近まで、戦慄に身を震わせた漢(おとこ)である。わが家と、室内の寝所には護符を貼り、隣の爺さまのところに泊めて貰っていたくらいである。これが何故?と言いたい。普通、人間はこういうことをするだろうか。
 したがって、果たして?……となる。
 この漢、相当に記憶力が悪いのか、あるいはバカかも知れない
……。天下の愚人!」

 「それも、果たして先生の推測でしょ?……。何処か、極端に無理な偏見に満ちていませんか……」
 「しかし、一旦驚愕し、戦慄したのですぞ。果たして、その戒めを簡単に破るだろうか?……。
 だが、相当なバカでも同じ轍
(てつ)は二度踏むまい。この野郎は訝(おか)しいのかも知れない、頭が完全にパーかも知れない。
 さて、皆さんで精神分析して考えてみて下さい」
 「そういう疑問は先生一人で考えて下さい。ここでは、先に進むことが大事です」
 こう促されて、やっと軌道修正する。パーなのは私かも知れない。

 「さて、愚かにもこの漢、湖心寺に近付く道を選択した。何とバカな奴だと誰もが思う。そのバカに再度、禍
(わざわい)が降り懸る。世の中、甘くないものですなァ。何と門前には、金蓮が待ち構えていたのである。
 金蓮は喬に近付き一礼して『お嬢さまがおまちかねですわ。どうしてこれまでずっと、お宅にいらしてくれなかったのですか、随分とお俟
(ま)ちしておりましたのに』と恨めしく言う。そして喬を無理矢理引っ張り込んで、その行動、ぽん引きの如し。一気に連れ込み、西の廊下の突き当りの部屋まで行くのである。その部屋には、麗卿の柩(ひつぎ)があり、また金蓮の紙張り人形があるのである。
 部屋に入ると、そこには麗卿がこれまでと変わらずに居て、美貌の貌を美しく歪
(ゆが)めつつ、喬を責めた。『なぜ来てくれなかったの』と責める。
 そして麗卿は、これまでの恨み辛み身を並べ、喬を散々詰
(なじ)った。
 『わたしく、あなた様とは、もとより相知った仲では御座いませんでしたが、たまたま燈籠祭りの燈火の下でお目に掛かり、あなたの寂しいお心をお慰めるために、その情に感じ、身も心も捧げましたのに、酷いじゃありませんか。それに夜から朝まで献身してお仕えしました』という。
 また、媚を売って迫るのが巧い。切々と語って媚惑する話術に長けている。その長けていること、あたかも水商売の女の如き……。
 さて、この場合、献身という言葉が適当でしょうか。本来ならば、死体ですから献体と言うのが正しいのではありますまいか」

 「それもやはり、先生の自作自演みたい……。誘導の疑いあり」
 「いや、違う。文章に書いていないが、裏の裏を読めば必ずそう読める。
 いいですか、喬の野郎は生きた人間の肉体に触れずに、死者の死体に触れずのですぞ。これは、もう猟奇の世界。尋常では考えられない。異常と言う他ない。
 これ、大学病院などのホルマリンの水槽の中の、まさに献体然ではありませんか。この献体と、野郎は性行為に及ぶ。実
(げ)に恐ろしきは、此処にこそある。あるいは、野郎、相当なマニアなのだろうか。
 故に麗卿は、献体と言うところを献身と言い間違った。この“献身”の意味は大きい。何故なら献体の屍骸を喬は舐め回し、しゃぶり、舌なぞを使って性器などもベロベロ遣ったんでしょうな。だから麗卿が感激したということも考えられる。しかし、自分は亡霊の身でありながら、ここまで間違いますかな?……。
 これ、少しばかり、この女、教養が足らんのと違いますかな。もっと本を読め、本を……と、言ってやりたくなります」

 「異議あり!何だか無理矢理のこじつけが感じられますわ」
 「その異議、却下!……。そういうふうに麗卿に判官贔屓
(ほうがん‐びいき)で、同情の念を疾(はし)らせても困りますなァ……。この場を正しく状況判断して下さい。
 さて、麗卿は言う。
 『一生懸命にお仕えしましたのに、わたしくには、こうまでにつれなくされる覚えは御座いません。何であのような妖し気な道士の言葉などを信用して、札を貼って、わたくしをこうも邪慳
(じゃけん)にするのでしょうか。酷いじゃありませんか。そんな薄情なことをされると、お怨み申し上げます。でも幸いにして、再びお目に掛かれたものですもの、もう二度と離しはいたしませんわ』といった。
 不思議なのは、この言葉に喬が驚愕していない。果たして、かつての焼け棒杭に火がついて、一度縁が切れたものが再び燃焼したと言うのであろうか。
 所謂、喬は優柔不断な漢であった。世に、この種のタイプの漢は、古今東西を超えて多かった。多く、小人に見る。したがって小人も心の鍛練をしなければ、小人の域からなかなか抜け出せないのである。
 次に是非、この言葉に注目して頂きたい。
 この会話から、教養の程度は、この男女、どっちもどっちですなァ……。そう思いませんか」
 「どうして、そこまで扱
(こ)き下ろすのです?」
 依然と私の解釈には風当たりが強い。

 「扱き下ろしていない、帰納法で命題の証明をしているだけです……。
 本当に怕いのは此処からですぞ。
 何と、いきなり喬の手を握って、寝棺の前に来ると、寝棺の蓋が自然に開き、喬を確
(しっか)り抱いたまま中に入るやいなや、蓋が急にバタンと音を立てて閉まった。喬は柩の中で、息絶えた。何と言うことだろ。
 不幸の上塗りをして、無縁の第三者まで迷惑を掛けることになるのである。
 だが不可解なのは、寝棺の蓋が自然に開き、次に喬を抱いたまま寝棺の中に倒れ込み、自動的に蓋が閉まるというこの仕掛け、どういう装置でしょうな?……。何とも奇妙奇天烈。この時代、一部はハイテク化されていたのでしょうか、何とも不思議ですなァ?」
 「そういうのも、先生、一人で考えて下さい」

 「その辺は、そういうことにしておきましょう。深く追求すると、物語になりませんからなァ。
 さて、隣の爺さまは、喬が友人宅に出掛けてまま帰って来ないので訝
(おか)しいと思う。爺さまは、あたかも地域住民の民生委員の如し。翁爺は、ほぼ無報酬で、社会福祉の増進のために掛け回る奇特な御仁。天下の義人。あるいは僅かな小遣い銭欲しさで、民生委員を遣っているのかも知れない。
 朝から晩まで働きもせず、ただ駆けずり回り、あちらこちりらと、喬を捜索する。しかし見つからない。
 実に徒労ですな。しかし、年寄りの退屈を紛らすにはいい選択肢かも……。
 ついに探しあぐねた民生委員の爺まさは、あるとき湖心寺の霊柩室まで遣って来る。そして柩を見ると、その蓋から、喬の衣の袖の食み出しているのが見えた。やや……と思う。そして寺男に恃
(たの)んで、柩の蓋を開けてもらう。
 すると、喬は死んでから長い時間が経っているためか、野郎の死体は腐乱状態で、悪臭むんむんだった。この臭い、死臭だから相当凄いものでしょうな。この場合、腐敗死体からの九竅
(きゅうきょう)から匂う悪臭は溜まりませんぞ。
 何しろ私は、大学生の頃、金につられて死体洗いのバイトをしましたからなァ。九竅のうち、肛門は特に異臭甚だしきもの。生前、肉や乳製品などの常食者は酷うものですぞ。躰中がウンコの臭い……」
 「もう厭!……」と女どもの黄色い悲鳴。

 体勢を立て直し、噺を続ける。
 「これは、失敬、失敬……。話が些かリアル過ぎましたなァ、こういう話、マニアの方しか喜ばない。大変な失言でした……、以後改めます。
 ところが、喬に抱きついた屍の女の貌を見ると、まだ生きているようであった。全体もピチピチもんもん、そしてムンムン……。死しても女の芳香を放っていた。これに根っからが助平な喬が狂った足跡を濃厚に残していた。野郎は死しても男根が勃起していた!」
 「それ、本当なのでしょうね?」
 「本当な訳がない、想像です」
 「もう……」女どもは尖る。

 「さて、この二つの亡骸を検
(み)て、寺僧は感嘆の声を挙げた。
 『これは確かに奉化州の書記官だった符さまの娘御だが、十七歳で亡くなられた。わが寺では取り敢えず此処へ預り、ご一家の方々は北へ旅立ち、その後の音信は不通で、今はもう絶えてしもうた。
 もう十二年も前のことだった。
 この娘御の亡霊が、こんな祟
(たた)りをなさるとは、わしも思いもよらぬことじゃった』と言い、娘の入った柩と、喬の亡骸を西門の外へ葬った。
 思うに喬は、ある意味で幸せだった。
 何故なら亡霊とは雖
(いえど)も、十七歳のピチピチもんもんの痴女と遣れたのですからだ。この漢、淫行罪すれすれを遣っている。よくもバレなかったものだ……。野郎は運が良い、実に羨ましい……。
 この辺の悪運の強さは認めるしかあるまい……」と、思わず感心する。
 「そういう、卑猥な脱線をしないで下さい」と上原小夜子から、きついお叱り。

 「さてその後、深々と曇った昼とか、月が翳
(かげ)った夜などは、喬と麗卿が、手に手を取って並んで歩くのを見掛けたという。そして、その前を侍女の金蓮が、双頭の牡丹燈籠を提げ、先立って歩いていたの見た人がいると言う。
 その見た人とか、またその行き交う時に遭遇すれば、重い病気に取り憑かれ、寒気がして熱を出し、その場合でも手厚く法事を営み、また供物などを上げて、祀
(まつ)れば病気は治るのだが、放置すれば死んでしまうと言う。既に、喬の軽薄な行為は、こうして無縁の第三者まで迷惑を掛けて禍を拡大して行く。無縁の人までが死ぬ。
 これを人々は非常に恐れた。そして先を競って玄妙観に行き、魏法師に会って解決法を窺
(うかが)った。
 すると法師は『わしの護符は、災難を未然に防ぐことくらいしか効果がない。一旦こうした祟りが起きてしまった以上、わしにはどうすることも出来ん。四明山
(しめいざん)には鉄冠道人(てっかん‐どうじん)と言う方が居(お)られる。その方は鬼神をも打ち懲(こら)らしめると言う。そういう凄い法術を納められた偉い方だと聴いておる。一度訪ねて、お願いしたらどうじゃ』という。
 ちなみに、鉄冠道人は張中といい、「鉄冠」は常に“鉄の冠“
”を被ったことに由来すると言う。
 それで魏法師から、鉄冠道人の居場所を聴いた一行は、さっそく四明山へと向かう。
 だが、この山がなかなか難儀な山で、そう簡単には登れない険しい山でしてなァ……。山に向かった一行は断崖絶壁の急傾斜面を登ったり、蔓草に捕まりつつ、上へと向かう難儀を強いられる。途中、高低の激しい登り降りがあり、また渓谷の谷川を渡ったりと、難儀に難儀を重ねて、やっとの思いでと頂上へと辿り着く。

 頂上には草庵が在
(あ)った。
 鉄冠道人は机に寄り掛って坐り、そこから童子が鶴を慣らしている様子を見ていた。その様子じっと眺めていた。一行は並んで庵下に平伏し、来意の訳を告げた。
 すると道人は、苦虫を噛み潰したような渋い貌をして『わしは山林に隠居している身、もう直に死ぬであろう老人よ。こういう死にかかった老いぼれに、その方らの言う不思議な術は心得てはおらんて……。その方らは何か聴き間違えたのであろう』と、すげなく断ってしまう。
 しかし、ここまで来た一行は簡単には諦めない。何とか道人に聴いて頂かねばならない。この頑固一徹の爺さまを、その気にさせて亡霊の祟りを祓
(はら)って貰わねばならない。そこで一方はもう一度、土下座をして聞き届けて貰おうと切に願う。熱弁を揮って拝み倒す。
 しかし爺さまも、なかなかしぶとい。頑
(かたくな)である。強情である。簡単には聴いてくれない。
 年のわりには粘り強く、簡単には折れない。妥協しない。同意しない。
 さて、この爺さまをどのようにして口説き落とすか、一同は相談を始める。相談の結果、超泣き落とし名人の某が右代表として選ばれ、奥の手で爺さまに迫る……。爺さまをなだめたり、すかしたりするのである。なかなかの悲劇役者である。
 この泣き漢は涙ながらに懇願する。
 この泣き漢……。中国の葬式には、“泣き婆”と言うのが居るの、ご存知かな。
 葬儀専門の“泣き屋”の婆さまである。これ、かの国では立派な職業、立派な礼者であった。葬儀には必ず“泣き婆”というのが参加する。このときも“泣き漢”と言うのが居ても訝
(おか)しくない。
 しかし、爺さまも、したたかで、去
(い)なしたり、躱(かわ)したるするのが巧い。なかなか「うん」とが言わない。簡単に同意しては、自分の値段が下がると思ったのだろうな。いいものは高く売りたい。なかなかの商売人である」
 話が段々本旨を外れているような内容になって来た。

 「えッ?!〜、なかなかの商売人なんて、本当に書いてあるのですか」
 「書いていないが、この爺さまは、実に商根逞しい。根っからの商売人だ。こういう“根っからの御仁”は交渉術が巧みだ。安値で自分を評価されてしまうと、天下の当代随一の鉄冠道人大先生も形無しである。
 そこで粘って安値で買い叩こうとする麓の一行らに、高値で売り付ける口調で『わしはもう山に籠ってこのかた六十年。これまで一度も山を下りたことが無い』と、再び商魂逞しいところを披露する」
 「山に籠って六十年……とは、信頼出来る言葉ですけど、根っからの商売人というのは、先生の思い込みでではないのでしょうか」
 批判がましく勅使河原恭子が言う。
 この娘、“おぼこ”と思っていたら、意外に最近、人の揚げ足を取るのが巧くなった。成長している証拠であろう。

 「ここまでは可
(よ)しとして、この物語、読んでいると、この爺さま、いったい齢(よわい)は何歳なのか釈然としない。年齢不詳。そんなこと瞿祐大先生は何処にも書いていない。読者の想像に任せている。そこで読者としての私は、以下の如く勝手に想像する。
 山に籠って六十年と言うからには、六十年間、下界の色町にも通わず、娼婦も抱かず、エロ本の類
(たぐい)も一切退け、清く正しく美しく、黙々と禁欲生活の六十年であったのだろうか。この辺が疑問の余地があるところだ。
 だが、いま百歳として考えるに、山に登って、此処に草庵を造って隠居したのが三十の歳前後と推測する。
 男三十と言えば、まだ、性欲はなかなかコントロールし難い。さて、おのおのの方、これどう思いますでしょうか?……」
 「そもそも、そういう議題を取り上げることが、この場での場違いを誘っているのです。どうしてそのように脱線をするのか、その真意を疑いますわ」拗ねたように真弓が言う。

 「そう目くじら立って苦情を言われましても、不思議は不思議。だってそうでしょう。一番訳の分らないのは、この爺さまが童子を連れているのですぞ。そして童子のこのガキ、鶴を調教していた。
 何とも意味不明と思いませんか。果たしてこの童子は、いったい誰の児なんでしょうか。
 仮に爺さまの子として認めてやるとしてでずぞ、童子という年齢は、児童と言う年齢に匹敵するから、児童は主に小学生に当て嵌めて換算すると、おおよそ11歳くらいとなる。爺さまの百歳から11引いて、この爺さまの89歳のときの子となる。89歳の子ですぞ。これだけで、もう充分に凄い。さすが当代随一と言われる房中術の達人。子づくりの手練。
 この爺さま、89歳になっても子種、残っていたんでしょうかね?……。
 みなさん、これ、何とも不可解と思いませんか。更にですぞ、この子の母親は、何処に居るのでしょうか。
 それとも、山に迷い込んだ子供を攫
(さら)って、名目上は『神隠し』にして、夜の添え寝の抱き枕にしたのでしょうかね?」

 「また、段々離れて、話が完全に反れてしまう、そういう疑問と愚行を、軌道修正して下さいと申し上げておりますの」
 「否、その必要なし!」
 「えッ?……、何故ですの」
 「まず問題なのは、この爺さま、仙人なのか、ただの爺さまなのか?……だ。仮に、ただの爺さまとして、例えば『漢文』の漢詩の中で、こういうのがあるでしょう。
 杜甫
(とほ)の『曲江』には、『人生七十、古来稀(まれ)なり』のこの言葉。よく考えてみて下さい。
 この時代、七十年生きれば、“古来稀なり”でずぞ。したがって、この時代の平均年齢は、せいぜい頑張って60歳前後。大体これくらいの年齢になって、滅する人間が多かった。日本だって、人生五十年だった。
 これを考えると、この爺さまは仙道の訓練をした道教の八仙人といっていいほどの術者となる。それもかなりレベルが高い。当代随一と言う天下の達人の域。
 道教には丹を錬る術がありますからなァ。それに、若い生命体から陽気を貰うために、不老長寿の回春術として、幼児とか、それくらいの年齢の子供と添え寝する慣わしがあった。そもそも房中術は、少女から陽気を貰うための術。これ、不老長寿の秘訣。少女と交わることで陽気を貰うのですぞ。最近流行の“添えね商売”の“はしり”とも言えよう。
 これ、面白半分、興味半分の理由からではなく、まず、この辺を真剣に考え、この物語の隠された部分を洗い出さねばならない。さて、おのおの方は、これをどう考えておいでしょうか」
 「なんか、聴いていると、段々ややこしい命題を持ち込んだみたい……」と上原小夜子。

 「そこで独断と偏見で、更にこじつけて、もう一席。
 ここで持ち上がった命題は、一先ず置いておくとして、商魂逞しい爺さまは、渋々皺
(しわ)に綻(ほころ)ばしの色を隠せないまま、このようにぬかす。
 『あのお喋りめッ、わしのことを簡単に喋りおって!』と、一瞬、叱咤気味に言う。
 つまりですぞ、魏法師というこの中途半端な護符レベルまでしか修行してない、この道士。実は爺さまのスポークスマンでなかったろうかと推測する。併せて、売込みのセールスマンでないかと。そして師弟関係。
 そうでないと、この爺さまの存在価値は薄れる。おのおの方、如何で御座ろうのう?」
 「結局、鉄冠道人は山を下りるのですね」
 「さよう、山を降りる。そのとき童子も連れて降りる。何故でしょう?……。さて、独断と偏見で考えてみて下さい」
 「先生の話を聴いていると、随所に独断と偏見の命題箇所が多過ぎはしませんか」

 「この命題を一つ一つ証明して行くところに、完全帰納法の面白さがある。この命題、簡単に投げ出すのはまだ早いですぞ。みなさん粘り強く考え続けましょう。
 さて、爺さま。童子を連れて軽い足取りで、あたかも飛ぶが如しのステップで山道を降りて行く。一体この軽やかさは何処から来るのでしょうか。やはり、丹を練る自家製の媚薬か、ドーピーング薬を隠し持っていたのでしょうかねェ。一気に、飛ぶように玄妙観の西門の外に到着してしまう。
 しかし、山に登ったご一行様は、それからどうなったのでしょうか。ご一行様は、飛ぶが如くの下山法は知らないから、難儀しつつ下っているのでしょうか。
 山と言うのはね。登る時よりも、下りの時の方が二倍の苦労をする。膝に負担が来て、膝が笑ってしまう。
 そういう経験ありませんか。
 急勾配の坂道と言うのは、なかなか難儀なものですぞ。
 まあ、これはよいとして、鉄冠爺さま、此処に着くと早速、方丈の壇を作った。この壇は方丈というからこれは『方丈記』にもあり、1丈四方を言う。まァ、畳で四畳半の『昼下の情事』などが出て来る“なに”の広さでしょうか……」
 「先生って、どうしてもそちらに傾いてしまうのですね」と上原小夜子が口を尖らす。
 尖らせただけで、座布団を投げ付けられないのは実に幸運だった。仏の顔も三度まで、カエルの面に小便垂れるも三度まで。
 この臨界点を超えると、メルトダウンを起こす。気を付けなければ……と一瞬反省が疾る。

 「方丈の壇を作った鉄冠爺さま、そのまえに置物のようにちょこんと坐り、護符を書いて、これを直ぐさま灼いた。するとそこに忽
(たちま)ち数人の符吏(ふり)が顕われた。符吏とはですなァ、道教での護符の命令で動く、まあ、言ってみれば、使役に使われる下役人のことで、この爺さま、式神(しきがみ)使いだった。
 これは陰陽道で、陰陽師の命令に従って、変幻自在、不思議な業
(わざ)をなすという精霊をいう。顕われた符吏たちは黄色い頭巾を被っていた。まるで『黄巾(こうきん)の乱』に出て来る張角以下の黄巾を着けたその種の使役で、彼らは縫い取りをした上衣を纏い、黄金の鎧(よろい)に身を固めていた。倶利迦羅(くりから)入の彫り物入の鉾(ほこ)を手に持ち、それも身長が一丈あまり。つまり丈は長さの単位で、尺の十倍。つまり使役される下役人の身長は3メートル。壇下に姿勢を糺(ただ)した大男どもは緊張した貌で恭(うやうや)しく、頭(こうべ)を立てれて、爺さまからの命令を待っていた。
 爺さまは、“じらし”の名人。
 何しろ勿体を付ける。そして、じらす。魂胆には、やはりいいものは高く売りたい。勿体を付けねば高く売れない。なかなかの商売人。この商売上手な爺さまが、散々勿体をつけた後、重々しく言い放つ。
 『野郎ども、この辺に祟りを為す精霊がおる。亡者の霊だ。この霊が地域住民を脅かしておる。てめいら、即刻、そやつらを引っ括
(くく)って参れ』
 符吏は『はッ!』と散って命に従う。その散り方、忍者の如し。
 そして暫
(しばら)くすると符吏たちは、首枷(くびかあせ)を掛けられ、足に錘(おもり)を付けられ、鎖を引き摺る科(とが)を受けた喬、麗卿、金蓮を捕まえて引き立ててくる。この三名は鞭で叩かれ、棒で打たれ血だらけになっていた。血染めの科人だった。
 しかし鉄冠爺さまも、サドの趣味がある。これだけでは満足しない。更にボコボコにされて、見るも無慙。
 この折檻に悦に入る、この爺さまには血を見て楽しむ血染めの性癖があった」
 「それ、本当ですか」と勅使河原恭子。

 「本当だとも。爺さまは血だらけになった三名が、これまで符吏から散々拷問をされたと知りつつ、更に激しい折檻をして痛めつけたのだ。これ、サディストでなくて何であろう。
 読書力とは、単に字面を追って表面を理解しても駄目である。隠された藕糸
(ぐうし)の眼に見えない、まだ文字になっていない、この伏せ字を読み解かねばならない。
 斯
(か)くして、『大岡裁き』の上を行く、鉄冠爺さまは、この場面で裁判官に早変わりする。
 自供に追い込んだのち、今度は符吏を書記官に早変わりさせ、自供調書を認
(したた)めさせる。自供が覆らないように調書を執らせるのは、なかなかしたたか。これは証拠としての裁判資料になるからだ。
 そして供述を次の順番に執る。喬、麗卿、金蓮の順だ。
 裁判官に早変わりした鉄冠爺さまは引き立てたのち裁判を行う。

 『供述第一番目の容疑者を引き立てい!』と符吏の下役人が言う。
 すると喬が符吏に抑えられて被告席に据えられる。
 『姓名、年齢、職業を言いなさい。続いて罪を告白し供述をしなさい』と鉄冠爺さまの裁判官。
 喬は『名前は喬。歳は27歳。職業は、えっと何でしたか……なァ……。まァ、妻に死なれた遊び人とでも言いましょうか。
 伏して思いみますに、毎日は男鰥
(おとこやもめ)で女欲しさに、むらむら・ムンムン、その色情、決して否定するものではありません。野郎の欲情、既に臨界点。それを正直に告白する。あたかも三島由起夫の『仮面の告白』のようですなァ。
 本来、私は女の色香に迷う人間でありまして、またその道の好き者でありまして、そういう色情をもって門の前に立っておりました。すると、どうでしょう、目の前には、私好みの別嬪のお姉さんが通るではありませんか。そこで一発お願い出来ないものかと付き纏い、彼女らの歩き前を行ったり来たりとして執拗に追い回しました。ストーカーを遣ったことは素直に認めます。もう、完全に色情に狂っておりました。一物が怒張して爆発しそうで、激しい欲情に動かされ、その艶かしい色香に迷ったのです。
 名高き孔子先生まさの“戒色”を犯し、ついに助平心で犯行に及んだのでございます。
 かつて戦国の世
(春秋戦国期)、孫叔敖そん‐しゅくごう/物語では孫生とある)が両頭の蛇を見て、これを殺したのに倣(なら)わず、また愚かにも唐の鄭子(ていし)が九尾の狐に遇(あ)って、これを愛したのを真似して愚行を働いてしまいました。色情の誘惑と妖艶さに魅了され、遂に犯した女が、この世には居ない屍骸とは知らず蠱惑(こわく)されるがままに寝てしまいました。
 晩から朝まで遣りと通しで、精根使い果たし、事すでに此処に及んでは、悔いてもなお及びません。何卒、情状酌量をもって、罪に斟酌
(しんしゃく)をお願い致します』
 喬は深く頭を垂れていた。野郎は罪一等の軽減を企んでいた。半分以上は、われに罪なしと高を括
(くく)っていたのかも知れない。

 さて、これに註釈を入れると、唐の鄭子は、唐代の小説にある沈既済
(しん‐きさい)の作の『任氏伝』に登場する、貧しい男・鄭六(ていろく)のことで、美女の任氏が狐であることを知りつつ、女狐と愛を誓う。
 また任氏も、その情に感じて、鄭六に尽くす情愛物語である。だが任氏は、犬に正体を見破られて命を落とすという筋書きである。
 喬は麗卿が亡霊であることを知りつつ愛を誓ったという、一種独特の狡さがあったのかも知れない。なかなか現代にも置き換えられる小人
(しょじん)なる人間性が顕われている。また、喬の供述では『犯した女がこの世には居ない屍骸とは知らず蠱惑されるまま』と言い逃れをしている事は、『任氏伝』に登場する鄭六のこと知ってのことで、屍骸とは知らずとは明らかに言い逃れてである。既に知っていた可能性が高い。
それと知りつつ性交に及んだのは、女欲しさのあまり、麗卿をダッチワイフ代わりの性道具に使っていた可能性も大きい……。これ、甚だ疑問である。
 なお、戦国の世の孫生
(孫叔敖)に倣(なら)わずことを挙げ、両頭に蛇を見ると、その人は死ぬと言う言い伝えであり、孫叔敖が子供の頃、遊びに出向いたとき、頭を二つ持つ蛇に出会い、咄嗟(とっさ)にその蛇を殺し穴に埋めて家に戻った。言い伝えによると両頭の蛇は他人が見たら死ぬという。
 したがって両頭の蛇を殺し、これにより人に及ぼす禍を防ぎ、のち荘王
(そうおう)に仕えて、楚の富国強兵を成し遂げた。荘王に天下の覇権を握らせ、また楚屈指の賢相の一人とされた。

 『次ッ、供述第二番目の容疑者を引き立てい!』下役人が言う。
 すると今度は麗卿が符吏に抑えられて被告席に据えられた。
 『姓名と職業を言いなさい。続いて罪を告白し供述をしなさい』と鉄冠爺さまの裁判官。
 麗卿は『姓を符
(ふ)、名を淑芳(しゅくほう)、あざなを麗卿といいいます。もと奉化州の書記官の娘です。
 伏して思いみますに、わたくしは年若くしてこの世を去り、躰は朽ちたのでございますが、霊は亡びず、寂しさのあまり、この世への未練だけが残り、性体験も無い“おぼこ娘”でした。正真正銘の清い処女で御座いました。体験無くしてこの世を去ったことに未練を抱き、そういう最中でした。燈の前、月の下に、前世の因縁から、憧れの背の君
(きみ)に巡り逢い、多くの人の口に端に上る世上の語り種(ぐさ)とされながらも、迷った挙げ句に諦めきれず、死した後、魂魄はあの世に戻らなかった罪、逃れようも御座いません』と涙ながらに吐露した。
 註として「背の君」とは、良人
(おっと)とか、兄を指す語である。あるいは乙女心に描いた憧れ背の君で、今風に言えば“いけ面”の類の優男(さす)を指すのだろう。解釈は、いかようにもでも……。

 さて、これに註釈を付けるとするならば、麗卿は性に対して憧れがあるが、しかし、背の君とはプラトニックな恋心であったであろう。乙女心と言うやつでしょう。
 今風の、ズボズボじゃんじゃの、決して太平洋ではなかった筈です。
 彼女は頭の程度は知らないが、100%“おぼこ娘”と言ってよい。この娘、自ら身持ちは堅かったと自称するも、“いけ面”は転び易かったかも……。
 つまりこの供述から、喬は“おぼこ”と知りつつ、十七、八の麗卿に迫り、欲情のあまり、性交渉を持ったという「淫行擬い」のことが、オヤジ青年の犯行動機であったと言えよう。何しろ別説には、喬の年齢を27歳とした本もありましたからなァ。おぼこ娘に手を付け、手込めにするのは朝飯前の経験漢です。
 現代の世においての最近、この種の背の君擬きは多いではありませんか。
 また喬は、麗卿を初回手込めにする際、彼女を蹂躙
(じゅうりん)したに違いない。この境目、強姦か和姦かの判定が難しい。しかし、今日の社会での男女間には一番多いケースであり、犯し馴れです。
 いいですか、犯し馴れした漢は、和姦に見せ掛けて次々に女を手込めにする悪しき因縁を背負うのです。
 したがって、その罪軽からず!……。誅殺すべし。

 これ、検察側としての意見であります。
 この種、現代に多く見る。結婚前に寝るというやつである。その罪軽からず!……。
 本来ですぞ。
 乙女の夢と言うのは、古来より、処女のままで嫁に行くというのが乙女の憧れではなかったのでしょうか。それを、性欲に捌け口を麗卿の死体を使って姦淫に及んだ、喬の罪、決して軽からず!……。
 しかし現行法では死姦罪は存在せず、さやかに器物破損の軽微……、何と不条理なことでありましょうや。

 『次ッ、供述第三番目の容疑者を引き立てい!』下役人が言う。
  今度は金蓮が符吏に抑えられて被告席に据えられた。
 『姓名と職業を言いなさい。続いて罪を告白し供述をしなさい』と鉄冠爺さまの裁判官。
 金蓮は『名は金蓮、職業はもと奉化州の書記官のお嬢さまの亡き跡の侍女でございます。
 して思いみますに、わたくしは、青竹の油抜きをしたものを骨とし、色紙を貼られて作られた墓埋め埋葬道具の飾り物の一種でした。端的に申せば“張り子の虎”で御座いまして、わたくしめをいったい何処の誰が作ったものか存じませんが、その貌も形も人間のそっくりで、ただ小さいだけで御座います。また、作られた後に何々という名前が付いてみれば、独りでに、霊も通うと言うもの。それゆえ、わたしめも、いろいろな部署を受け持つようになりましたが、しかし物の怪のような真似は出来ませんでした』と供述。

 『牡丹燈記』の面白いところは、事件の経緯に併せて、死者の霊に対しても尋問し供述調書を取っていることである。立証のために事情聴取をしていることである。そして裁判において供述をさせていることである。
 さて、判決が下るまで多少時間が掛かる。民主裁判なら尚更のこと。
 裁判長・鉄冠爺はこれから陪審側とも協議に入るらしい。ここで、休廷するらしい。それに倣って、わが講談もレストタイムを設けて、一応、この幽霊譚も休廷致しましょう……」となった。

 「でも、独断と偏見をもっての先生の解釈。珍説ですが、大変興味深いですわ」と真弓が言った。
 以降、レストタイムは女どもが、わいわいがやがや……。大半は私への悪評であろう、今なお評価されず。

 そこで私は思う。
 男女の歴史は太古より色情因縁からくる「色の乱れも」が存在する。愛欲であり、肉欲である。
 深層部には人間の霊魂の怨念譚が絡み、色に苦悩し、また肉欲に苦悩する、あたかも現代の不倫主義に賛美を求める風潮に酷似してる。それゆえ、色事は悪因年の怨念に祟られ易い。それにもかかわらず、アメリカ的な恋愛術が、現代日本人を汚染して止まない自由恋愛の愚は、何処から起こるのだろうか。
 愛念、執念、妄念……そして妖艶なる誘惑。
 こういう迷いに迷い、妄執を募らせる現代人は、果たして何ものからも罰されないのだろうか。
 現代人はこの構図と、そっくりの色情世界に迷い込み、男女の肉に溺れ、 貪り、死に態
(ざま)を悪くしているようにも思える。

 この世は、肉の目に見える可視世界と、見えない隠れた部分を持つ不可視世界で構成されている。現代科学は肉の目に見えるものだけを相手にする。 数学的に言えば「不完全帰納法」の上に成り立っているのだ。
 この意味は、一方で重要な意味を持つ。この世を支配する科学万能主義は完全帰納法に よって運用されているのではない。ニュートン以来の物理学は、その真意を確かめるために不完全の命題に取り組んでいるのである。斯くして物理実験 は、今もなお実施されているのである。総てを実験し終えてないのである。

 人間は肉体が亡びても意識が残る。霊とは意識体である。
 換言すれば、魂魄
(こんぱく)は天と地に分ける。
 魂は死すと天に復
(かえ)り、魄は骨となって地に残る。だが、この世への未練が強いと、その意識は引き摺ったまま地縛霊になるか、地上を低空する浮遊霊となって彷徨う。霊魂は還るところに還らない。そして不成仏になる。死後の世界などないと決め付けていれば、なおさら成仏のチャンスを失う。思い上がりと過信が不成仏を招く。現代とはそう言う世の中である。
 多く日本人が、人間は猿から進化したと思い込んでいる。ダーウィンの進化論を絶対視している。
 この絶対視とか、絶対正義などの思い込みの背景に多くの不幸現象が転がっている。

 一方で、不孝な生い立ちで苦労の連続の人生であっても、生前の心をそのまま引き摺るのであるから、この世での未練はきっぱ地断ち切り、肉に固執することなく、還るべきところに還る。
 生きている時の心の鍛練が物を言うのである。
 生前の欲とか嫉妬、愛着
(あいじゃく)や執着や、その他の恨み辛みなどを頑迷に持ち続けていると、それは念の禍(わざわい)して不成仏となる。その最たるものは“こだわり”という拘泥であろう。拘泥こそ、不成仏そのものだった。
 現に、牡丹燈記に出て来る麗卿は自らの死しても肉体への執着へのこだわりの愚を反省し、それを最後の供述で吐露しているのである。

 また、死者に魅入られた喬すらも、麗卿の死しても肉体が在るが如く、色に妖艶されて狂い、その肉に執着し肉欲の限りを尽くしている。
 人生で学習し、生きている間に学ばねばならないことは、固執せず、拘泥せず、こだわらないと言うことである。人は長生きすることにより、「枯れる」という現象に遵うべきだ。枯れる時期には、枯れなければならないのである。
 この枯れる時期に、肉体に固執して枯れる努力を怠れば、当然そこには弊害が出て来る。枯れる時に枯れずにエエカッコシに奔り、若作りとか、サプリメントによる無駄な健康年齢などの“まやかし”に躍れば、当然未練と言う弊害を起こす。

 「さて、『牡丹燈記』に登場した裁判長・鉄冠道人の判決は如何に……」と切り出して、判決の行方を語る責務が残されていた。そこで続きを始めた。
 「鉄冠爺さまは自供の基づき、三人それぞれの自供終了後、符吏の記録した調書が道人に差し出された。道人は大きな筆で判決文を書いた。さて、如何に?……。どう言う判決が下りたか、興味津々でありましょう。
 裁判長の爺さまは、このように述べ、『まず、聞くところによるれば、夏
(か)の禹王(うおう)、黄金をもて鼎(かなえ)を鋳(い)て、万物の形のかたどりしより、妖怪変化(へんげ)もその姿をひそめることなく、晋(しん)の温キョウが牛渚(ぎゅしょ)に犀角(さいかく)を燃やして照せしにより、竜宮の魚介のやからその姿を現わせりという。これ、陰陽の両界の違うところ、怪しきことの多くして、これに遇(あ)えば人に利あらず、物に害あり。ゆえに悪鬼門に入て晋の景公(けいこう)は没し、妖猪(ようちょう)啼きて、斉(せい)の襄公(じょうこう)は殺さる』と過去の事件を挙げた。
 ちなみに、牛渚は安徽省
(あんきしょう)の長江と淮河わいがが省内を流れる水の深い所にある場所と言い伝えられ、犀角は邪気を払い、毒を消すなどの霊力を持ち、主に魔除けに使われる霊器のこと。
 また『左伝』によると、晋の景公はしばしば鬼の夢を見た。鬼が門を打ち破り、寝所まで入り込んで来て嚇
(おど)かす。そういう夢を見て、その年の紀元前581年に死んだ。
 それは病魔と化した二人の子供
(趙同と趙括)の死霊に祟られたからだ。その際の故事が「病膏肓に入る」である。不治の病気であり、これは病が重くなった景公の夢に、病魔と化した子供が、秦から名医の来ることを知って、肓の上、膏の下に隠れたという故事に因(ちな)む。
 また斉
の襄公(宋襄)は楚との戦いで、無益の情けを掛けたために亡ぶ。
 宋の公子目夷は楚の布陣しないうちに討ちたいと請うたが、襄公は、君子は人の困っている時に苦しめてはいけないといって討たず、堂々と戦うべきだと主張。これが「宋襄之仁」
(泓水の戦い)だ。襄公は私事よりも礼を重視する理想主義者であった。斯(か)くしてこれが災いとなり、楚に敗れたという故事に因む。また、世の中には、この種の人間が多いのも事実だ。
 また襄公に因
(ちな)む話は他にもある。
 つまり、このオヤジは表面は理想主義者の面を被りつつ、礼を重んじつつ、何と妹と通じていたのだ。
 妹の良人
(おっと)である魯の桓公を、家来の彭生(ほうせい)に殺させ、この真相を隠すために、彭生まで殺した。この背景に、いったい何処に理想主義者としての人格と礼を重んじる側面があろう。
 これを天は罰する。
 天罰は襄公の頭上に鉄槌が打たれる。
 このオヤジ、あるとき猟りに出た。そこで巨大な猪に出遭った。これが彭生に見えたのである。そして弓を射る。巨猪は人のように叫んで吼
(ほ)えた。これを見た途端、襄公は驚いて車から落ち足を骨折した。その年の紀元前637年に死んだと言う。天罰だろう。理想主義者の仮面を被り、また似非礼者を気取った。相応しい人格にはそれに応じた相応しい死が訪れる。作用あるが故の反作用である。
 天網恢恢
(てんもう‐かいかい)(そ)にして漏らさず。
 『老子』に出て来る、この天意、まさに言い得ておりますなァ。天網は粗いようで、漏らさず捉える仕組みになっている。そして齎されるものは永遠の死。怕いです、気を付けましょう。

 こうして鉄冠爺さま、過去の歴史上の事件を挙げ、それは如何に災いして無関係の第三者に害をなしたかを指摘し、『禍多ければ天国には破邪の使あり、また地獄には懲罰の庁あり、物の怪をしてその悪を赦さず、鬼どもをして、その暴を恣
(ほしいまま)に為(な)さしめず』と、激しい口調で喝破した。
 そして更に言う。
 『況
(ま)してや、この太平無事の世にして、形を変えて草木に乗り移り、雨ふる夜、月落ちし朝、中空に嘯(うそぶ)く聲(こえ)あれど、その正体は見えず、己のことのみに汲々とし、己自身の快楽一辺倒の個人主義に明け暮れ、牛の如くあくどく、狼の如く貪る。また、つむじ風の如く早く、猛火の如く烈しきを、決して赦すべからず。喬は生きて猶(なお)、悟らざらしもの、死すとも何ぞ憂えん。
 符麗卿は死しても猶、淫を貪る。
 生きてあらば尚更ならん。況して金蓮のふとどきもの、高が紙人形の分際にて、つべこべ出しゃばり、世を惑わし、民を誑
(たぶら)かせること、違法も甚だし。雄狐の雌を求めての痴態、ウズラの番(つが)いがいて飛ぶ狂態か。その罪あきらかにして、罪のがれるべからず。美しき眉は人の陥る穴、美しき鬢(びん)は魂を惑わす戦陣などとは以ての外。その穴は埋め、その戦陣は破るべし。双頭の燈籠は焼き捨て、三人の者は直ちに地獄へひっ立てよ』と名判決。
 まあ、この箇所で些か註釈を加えるなら、牛の如くあくどくは、“牛にくらはれ、閻魔王がゆくさきまでふがわるい”などの狂言にある通り、牛は欺
(あざむ)くの意味であろう。あるいは牛の籠抜けの喩えから、鈍重で手際の悪いさまを言うのか。おおかたその辺の形容であろう。
 ウズラの番いを指して言うは、この鳥、些か狂態を演じるために、例えば寝所などでの破廉恥極まる乱交のさま、斯くして、ウズラの臥
(ふ)すところのように、その跡の実にむさ苦しさよ……というところではあるまいか
 鉄冠爺さま、些か潔癖性のためか、スワッピングの如き男女の貪る縺
(もつ)れは赦せんらしい。
 さて、お立ち会い。
 斯くの如き判決を下し、符吏に命じ、三人を引っ立て、係の符吏に引き渡す。このとき三人は悲嘆の余りにろくに歩くことも出来ず、あたかも絞死刑の刑場に臨む死刑囚の銷沈。符吏に追い立てられて、やっと歩く無態
(ぶさま)。その後、鉄冠爺さま、山に還った。
 この一件落着により地元住民は感謝・感謝の雨霰
(あめあられ)。そして住民は有志を募って、さっそくお礼に出掛けた。難儀の末、やっとの思いで頂上に辿り着くと、最早鉄冠爺さまの姿は見えず、虚しく草庵が残っているだけだった。そこで今度は、鉄冠爺さまの存在を教えてくれた玄妙観の魏法師を訪ねた。すると法師は唖(おし)になっていたと言う。
 これで話は終わりとさ、ちゃんちゃん」
 こうして、『牡丹燈記』の幽霊談は終了した。

 「この噺
(はなし)、現代の世にも何処か酷似して、現代の世こそ、何だか怕い……。幽霊話より現代の人の世の方が怕い。そういう愛憎に絡む落し穴が、現代には沢山ありそう……。その落し穴に気付かず、自ら接近するその現代人の蛮勇が怕い。つくづくそう思います」と上原小夜子が吐露。
 「でも、一方で明るく愛すべきものがあって、幽霊は明るい一面がある。こうしたところは日本の幽霊と少し違っているよう思うけど、どうかしら?」と勅使河原恭子が別意見。
 彼女は明るい朗らかなことが好きなようである。
 「その違い、勧善懲悪で終わるけど、国民性の違いが、考え方の陰陽を分けているのかしら……」と家内。
 「さて、真弓先生は……」と私。
 真弓に意見を求めていた。

 「あたくしですか、そうですねェ。幽霊って、情けの意識体ですね。何処か情が深くて、その深さ故に愛憎が絡み、ときには悶絶し、あるいは悩んだ末の苦悶が襲い、しかしそれでいて、自身では何ら解決することが出来ない。愛とは盲目、この言葉、側面に愛着
(あいじゃく)が表裏をなしているみたいですね。人間は、人間をしながら、それを一つ一つ解決して行かなければならないようですね。でも解決を果たして行くためには、縺(もつ)れた糸を解く作業ですから、大変は覚悟しなければならないようですね」
 「だから、幽霊たちは解決に糸口を見付けるために、この世に生きている者に冥
(くら)い影を投げつけるのです。それを、どう受けるかです。それは祖霊であるかも知れないし、鬼神であるかも知れない。
 そして背景には意識体の苦しみがある。悩みがあり、迷いがある。それゆえ霊たちは地縛の苦しみを分って欲しいのです。それは、理解するまで何十年も何百年も続く。したがって人間は生きている間に、それらを解決し、感情を超感情へと置き換える修行をしなければならない。心を鍛練しておかねばならない。日々精進の意味は此処にあると思料しますが、どうでしょう。
 さて、この考え、如何に思われましょうか、おのおの方……」
 こう問われて、女どもは莫迦に神妙だった。自問自答しているようだった。

 生きるとは、枯れることなのである。
 枯れることで生きている間に死の準備を整えておかねばならない。
 枯れるとは、あたかも木が枯れるように徐々に弱り、欲望も無くなり、自然に還ると言うことであり、そういうこだわらない気持ちで死に就くのが一番なのである。
 こうして死に行く人間が、表皮だけ繕い、巧妙な化粧術で老いても美しく魅せることは、愚かであった。自分の顔を美しく見せるには、心を不在にして真の美は生まれまい。美は表皮だけに存在するのでない。
 私は以前、化粧など一向に念を入れないで、殆ど装いもせず、それでいて美しいと感じた中年婦人を見たことがある。
 この人は、その差を比較すれば大勢が集まった中で際立った目立ったものである。動きを見ていると、水走りが綺麗だった。流れるような美しさを持っていた。これこそ自然であり、作られたものではなかった。
 その美しさは造花の美しさではなく、決して容姿端麗から来るものでなかった。野に咲く花である。
 化粧上手でなく、身のこなしが機敏であり、動きは途切れず、ごとごとしくなく、瑣末事
(さまつじ)に振り回されているようすもなかった。心に隙を作らず、心を装っていたのである。妄執など感じられなかった。
 何かを解決して、すっきりしていたのである。ゆえに朗らかさが、水走りを美しくしているのかも知れなかった。そう思った。
 おそらく、こういう人は成仏する人であろう。

 だが、多くの現代人はそうではない。何かに翻弄され、常に強迫観念に追い立てられている。行動に単純化がない。何事も複雑に搦
(から)めている。今日の現代人は、その単純なる一番が分らないようである。
 また、それ以外に妄執を募らせ、うまく死ねずより善き死を取り逃がし、多くは不成仏のまま生きているうちに、即身成仏できずに悲惨な死を遂げる道を好んで選んでいるようにも思う。
 これでは魂は癒されまい。死しても猶
(なお)、未練が引き摺らせ、地上に残る。霊となって意志体を妄執とともに悶(もだ)えさせる。そう言う選択肢を選択している。
 ゆえに迷う。ゆえに不成仏となる。
 何処か遠くから聴こえて来る下駄のカランコロンカランコロンの音も、実は一つのラップ音かも知れない。
 何かを訴えて来る音である。苦悩を訴える音かも知れない。
 何かを闇の中で響かせている音の中に、実は、この世と裏合わせになった苦海の側面があるのではないか。
 異能を持つ霊媒者達は、気によって、不浄の者と会話したのであろう。陰なる気を介して、浮ばれない切実なる非業
(ひごう)の死の訴えを聴いたのだろう。その理不尽を聴いたのであろう。

 人の感情には、聴く耳を持った人に「話せば楽になる」という感情が残留している。死者達は言葉と言う音波をラップ音で伝えて来る。「話せば楽になる」理に基づいている。聞き届け、聴いてやり瞑想し、冥福を祈ってやることだ。
 特に自分の短い先祖にそう言う人がいるのなら尚更である。不条理を聴いてやることだ。遣り場のない怒りを聴いてやり慈悲の心で瞑想してやることだ。
 その非業とは、「苦しんで死んで逝った」という理不尽に対する怒りと、誰一人、自分のこと思い出してくれる人もなく「裏切られた」という無念の思いで訴えて来るのである。聞き届けねばなるまい。

 「訴え」は、時として自分の肉体現象の異変として顕われることがある。これが翳りであり、昨今では相関関係をもって成人病などを齎し、その最たるものがガン発症である。炎症による「翳り」なのだ。
 翳りは無念の死、非業の死を遂げた古人からの訴えである。その訴えを、血の近い生者の肉体に、翳りとして訴えて来る。ガン発症などは、その翳りの表面化であろう。血が訴えるからである。
 故に、人間とは程遠い畸形に変貌したその無念をそのままの念で訴えて来るのである。それがラップ音と言う「唸
(ねん)」なのであろう。その唸のラップ音を非科学と一蹴すべきでないであろう。
 少なくとも、故人の無念を分ってやって、瞑想して思い致した遣ることだ。そうすれば、やがて還るところに還って行く。これを昇華という。
 これまでの怨念に満ちていた澱んだ感情が超感情となり、何事もなかったように去って昇華し、消えるのである。

 三遊亭円朝の『怪談牡丹燈籠』は、「寛保三年の四月十一日、まだ東京を江戸と申しました頃……」の話で始まり、展開として、因縁話の主人公は、牛込に住む旗本・飯島平左衛門の一子・平太郎。
 この平太郎、本郷三丁目の刀屋・藤村屋新兵衛の店先で、酒に酔って絡む浪人・黒川孝蔵を斬って捨てたところから、この因縁話が始まる。
 平太郎はその後、飯島家の家督を継いで、飯島平左衛門を名乗り、結婚して娘が生まれた。その娘を、お露と言う。『牡丹燈記』では、お露が麗卿にあたる。
 こうして日本版『牡丹燈籠』が始まるのである。それはまた、血に纏
(まつわ)る因縁話までを包含して物語が展開されて行くのである。
 愈々
(いよいよ)此処から、血物語の始まりである。



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