運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続 壺中天・瓢箪仙人 11

人間は月に操られて生きる側面がある。心も躰も月に操られて気付かないまま生きている。それゆえ月は人に語りかけて、警世的と言える。何か警告を発している存在なのだ。

 月は変化する地球の惑星である。月満つれば則ち虧
(か)く。それは物事には必ず盛衰があるということを教えている。
 宵の口の空に掛かる「鎌のような月」と言うのがある。角にも弓にも譬
(たと)えられる。三日月である。

 陰暦に月で第三夜に掛かる月である。三日月は非常に短い時間だけに限り、西の空に留まるだけである。鋭利な刃物のように、またあたかも釜を思わせ、三日月はこれからの成長を予告するかのように空の端に出て足早に消えて行く。成長する不思議を顕している。
 その成長には、ある意味で、能面に見るような怪士
(あやかし)の一種で妖気を感じさせ、表の男面。そして裏には三日月形の痕のある面から出た名を留めている。



●現代の牡丹燈籠譚

 山頭火の句に「枕もちて月のよい寺に泊まり来る」と言うのがある。
 また、山頭火の句には月をモチーフにしたものが多い。
 其中
(ごちゅう)一人の中に「月が昇って何を待つでもなく」と言うのがある。其中庵(ごちゅうあん)で詠んだ一句である。何とも寂寥漂う一句である。月には、孤独を象徴する何かがあるのだろうか。

 月にはまた風雅な趣がある。それは観月会という催しでも分る。旧暦の八月十五夜または九月十三夜に、中秋の名月を愉しみ、団子・衣被
(きぬかつぎ)・薄(すすき)などを供えて月見をする会である。
 観月会は、多くは「月待
(つき‐まち)」に行われる。旧暦の17日、23日などが、これに当たる。
 この夜の月に供物
(くぶつ)を供え、飲食をする習慣が日本では、古くから上流階級の一部の間に於いて行われていた。
 しかし、今でもこの日に、茶会などを催して、観月会をする習わしがある。あるいは旧華族など組織するところでは、メンバーズ制の「講
(こう)」の組織になっていることが多い。秘密結社的な“講”を組織する団体もある。一般には知られない面白いところに来たと思うのであった。
 「講」の歴史を辿ると、鎌倉時代から行われた「頼母子講
(たのもし‐こう)」があるが、これは町家の互助的な金融組合であった。その一方で、神仏を祭り、または参詣する上流階級では、二十三夜講が有名で、既に平安時代に登場している。その他にも中流以下のものとして、伊勢講、稲荷講、大師講の類(たぐい)がある。上流の雅(みやび)である。

 また現代では、企業経営者の、表向きの親善を目的とする親睦団体である「漁り火会
(いさ‐り‐び‐かい)」などが、これである。
 しかし実業家の中には、「漁り火会」の本当の活動を知らず、単に親睦団体と信じて入っている経営者も少なくない。あるいは商工業の発展を図る為の、一定区域内の商工業者が組織する商工会議所のように考えている経営者も少なくない。しかし、実情は違う。その実体は違う。

 上部団体は、国際ユダヤ金融資本やブナイブリス
(アシュケナジー・フリーメーソン)に繋がる傘下の組織が「漁り火会」や「ロータリー・クラブ」あるいは「ライオンズ・クラブ」などである。こうした社交クラブには、必ず上部が存在し、必ずヒエラルキーを造っている。またこうした既成勢力は、政治や経済や文化などの政策形成に多大な影響を与える、アメリカ東部のエスタブリッシュメント(establishment)の如きである。権力機構をなし、権威的組織を成し、時に体制などに既成秩序を植え付け、巨大な勢力を持つものである。その影響力は政治をも動かすのである。下から見ても想像もつかない世界である。それだけに奇妙なものである。それは因縁や運命以前の、太古から存在するようなものであった。

 思えばこうした勢力は、後世、ブルジョアジーの指導する社会革命を起こした。その典型がフランス革命であろう。名目上は封建的諸関係を打破して、資本主義的諸関係を確立する革命であり、歴史的な位置づけはブルジョア民主主義革命と呼ばれ、以降、共和制などを齎す。そして象徴は、太陽暦によるグレゴリウス暦をベースにした躍進政策であった。
 日本でも、これまでの太陰暦を明治5年12月から改めこの暦を採用した。これが「改暦詔書
(かいれき‐しょうしょ)」である。
 太陽暦は以降、農業社会、産業社会などを通じて、人類の夜に君臨する時代の象徴でもあった。つまり、西洋が東洋に流れ込み、悉
(ことごと)くをその支配下に納めたことであった。
 だが、皮肉なことに、人類のエネルギー源は十九世紀は石炭主力であったものが、二十世紀には電力と原子力が主流となり、太陽暦影響下の中で、人間は自らの過信により、後景に退いた観がある。今まさにエネルギーに行き詰まり、エネルギー対策に苦悶する現実から、先祖復
(かえ)りを月に回帰したと考えても訝(おな)しくない行動を採り始めた。
 人間は太古の昔より、月に惹
(ひ)かれる生き物である。月を観て、何らか、反応を起こすのである。


 ─────平成3年12月半ば頃で、旧暦で言えば十月の神無月
(かんなづき)である。伝習塾の屋根の上には宵の口の空に、見事な釜のような月が掛っていた。
 「枕もちて月のよい寺に泊まり来る」
 山頭火の句でメッセージを放った。このメッセージは女性講師陣へである。
 「冬の夜咄講」である。
 この夜咄は塾が終わった後から始まる。ゆえに超一流の月と燈火と人間模様を折り混ぜた「幽霊譚」でなければならないのである。怕いもの見たさの心理を擽
(くすぐ)る。過去を交えて現代を語る冬の夜咄である。

 怪奇現象は過去の幽霊譚だけでない。現代にも存在する。悍
(おぞま)しい話は時代を超えて存在する。
 私がこれまでに印象深く記憶に留めるのは、明代の瞿祐
(く‐ゆう)が著した『剪燈(せんとう)新話』(中国の文語体の短編小説集で四巻から成る)の中の「牡丹燈記」である。
 『剪燈新話』の物語の中にある「牡丹燈記」は、日本では「牡丹灯籠」という名で知られる。
 「牡丹灯籠」は三遊亭円朝口演の人情噺
(ばなし)であり、また別称「怪談牡丹燈籠」の名で知られる。幽霊譚である。
 中国の小説『剪燈新話』の中の「牡丹燈記」は、来日以降、浅井了意
(あさい‐りょうい)が翻案して「伽婢子(おとぎぼうこ)」中に収録されている。浅井了意は京都の本性寺の住職で、内典・外典に通じ、仏書の国字解こくじかい/漢文などを国語で平易に解釈する漢籍国字解など)に従事したことで知られる。

 「牡丹燈記」は江戸の落語家・三遊亭円朝がこれに人情噺
(ばなし)を搦(から)めた。この物語は天保年間牛込の旗本の家に起った事実譚を加えて、円朝自身が創作した怪談話である。また憑依される世界を、色情に絡めて因縁話として怪談譚を綴(つづ)っている。
 「牡丹燈記」は、よく知られている飯島の娘お露の死霊が、牡丹燈籠を提げて、恋人の新三郎のもとに通うという筋書きである。命寿十七年
(1884)に速記を発行された。講談・落語などの速記刊行の最初である。
 牡丹燈記は後に「怪異談牡丹燈籠」の題で明治二十五年
(1892)、五代目・尾上菊五郎また二代目・坂東秀調らが初演した。
 牡丹燈籠の剪燈新話は日本に伝わるや、これは『吉備津の釜』に翻訳されたが、これよりリアルで現実味のある幽霊話が牡丹燈籠である。更にこの物語をリアルにし、面白くしているのは、幽霊譚に入る前のそれぞれの人生模様や経緯である。現代の世でも起こり得るような、そうした社会背景であり、男女の織りなす情愛
縮図である。だが、背景には血の澱みがあることも見逃せない。そしてそれが現代にも繋がっている。


 ─────この夜、参集した女どもは、家内と真弓をはじめとして、上原小夜子と勅使河原恭子の四人が、怕いもの見たさで塾終了後に居残った。彼女らは今晩一晩、塾泊するのである。最初から一泊予定で、その日集まったのである。この四人は、女同士で何か奇妙な結束性を持っていた。
 「今からメインイベントの身の毛も弥
(よ)立つ、『超』がつく怕(こわ)い噺をするので、聴いた後で、寝小便垂れないように、今のうちに便所に行っておけよ。寝小便垂れて翼朝、蒲団を干されるのは恥ずかしいからなァ」
 「また……」《バカなこと言って……》と、女どもが、そういう貌をして射るような視線を投げつける。
 私の性癖は、斯
(か)くもこのような余計な、お世話をすることであった。

 しかし、女にモテるとは単に色男ぶりを、見た目で披露しただけでは充分でない。
 かのフランス革命当時のミラボー的要素が要る。このオヤジ、痘痕面
(あばたづら)でありながら以外にモテた。取り巻きの美女が多かったと言う。その中には「肖像画をくれ」などと、せがまれる声が少なくなかったと言う。その度にミラボーが言った。
 「お嬢さん、わたしの肖像画は虎の絵を見て下さい。虎の縞模様を、わたしの痘痕面に重ねれば、そっくりでしょう。私の肖像画が欲しければ、虎の絵を買って下さい」とユーモアたっぷりに言う。それでまた、これがモテた。ミラボーは「男は貌でない」ということが言いたかったのだろう。中身で勝負しているのである。
 昨今の“いけ面男”とは正反対である。自分を等身大以上に繕
(つくろ)うことも無いし、悲観的でもない。
 ミラボーの心理学的認識は、「男は貌でない」を、ユーモアのセンスに置き換えていたのである。

 ミラボーのこの話を聴いた時、私はユーモアを「幽霊小咄
(こばなし)」に置き換えて、取り巻きの女性を驚かせる策を知っていた。女どもを“おっかなびっくり”させるのは、その表情を見ているだけで愉しい。ただそれだけである。遊ばれて、遊ぶのである。
 したがって必ず、幽霊小咄の二つや三つ知っておくと、取り巻きが殖える。取り巻き造りの鉄則である。
 それは既に論じたか、『唐土名妓伝』に出て来る北宋の儒者の“二程”の対照的正反対の性格が、このことを顕著している。芸妓の前では、兄の程明道がユーモアがあり、彼が女性達に人気のあったのはそのためだ。
 決して気取りやではないのである。ありのままだった。そして、その場の雰囲気をユーモアで湧かせる。
 また程明道は、洒脱な会話で大いに取り巻きの芸妓を湧かせ、然
(しか)も遊ばせて、本人も楽しそうに酒を飲むが、心の中では、いかに美妓が侍(はべ)っても意に介さなかった。最初からモテたいと言う意識が無いのである。

 これに引き換え、弟の程伊川は、芸妓の存在など殆ど目にくれず、顔を背けて難しい貌をし、あるいは芸妓が理解できないような難しい話をして、“自分には如何にも学があるぞ”というふうに思わせながら、実は内心では、周囲の美妓にモテたくて、モテたくてしょうがない気持ちをありありとさせていた。モテたい下心である。予
(かね)てからの企みがあった。要するに本性は女好きなのである。
 それなのに空とぼける。深層には、裏腹な意図があった。

 今風に言えば、弟の程伊川はモテない男の特徴である。モテない男の特徴を、全部抱えていた。
 この二人の兄弟の差は歴然である。まさに人間の本性を現している。
 つまり人間の「格」である。
 その格が、花柳界では浮き彫りになることである。
 平成3年当時のこの浪人時代、私は家内に働かせて、一方、銀座界隈で遊びに興じたが、その際にも“程伊川はモテない男”風の実態を多く見たことがある。その中の多くは会社のネームバリアで仕事をするサラリーマン中間管理職にあると思われる、この種のオヤジの高慢と尊大ぶりが鼻に突いた。この種はモテない男の典型と言えた。関西風で言えば、エエカッコシイである。
 また、これと正反対なのが、ミラボーの「男は貌でない」の『痘痕面の虎』法則である。
 幽霊小咄はユーモアのセンスに、些か結びつくところがあった。女性群の取り巻きの構図を作り搦
(から)め手である。
 女には怕いもの見たさの心理が、常に何処かで働いているからである。

 冬の夜噺である。
 設定は冬の夜になると自然に囲炉裏や炉辺に集まって、夜話に興ずる、そういう雰囲気である。しかし囲炉裏などない。火力の弱い円筒型ストーブを囲んでの話であり、綿入れ半纏などを着て聴くのも悪くない。それに夜食を摘みながらも悪くない。そのうえ綿入れ半纏の濃赤やら黄色やらエンジ系やらの色とりどりで、彼女らが真ん丸の赤い頬紅でも付ければ、まさに雪国の“かまくら”に童女を集めた夜咄である。
 家内と真弓が夜食のオードブルを造ってくれた。それにストーブの上には、鍋に湯が張られていて、燗酒のワンカップが七、八本浸けられている。これを時々抜いてちびちび遣る。

 「この種の落語を寄席に聴きに行くと、それ相当の木戸銭を払わねばなりませんが、本日は無料です。木戸銭は頂きません」
 「当り前じゃあしませんか……」家内が零
(こぼ)した。
 北九州で塾の講師を家内に遣らせた頃、家内の周りには中学生や高校生の女生徒が纏わりついていた。貌が童顔だった所為
(せい)か親しみが持たれていた。二十代前半であったから、よけいにそうだったのだろう。生徒と年齢の近い女講師として人気者であった。
 こういう女生徒達が、不思議にも私が幽霊小咄を遣ると、こちらの方向に流れて来て、いつの間にか家内もその輪の中に加わっているのである。どの貌も興味津々という表情だった。怕いもの見たさと好奇心で意外にも眼を輝かせるのである。

 そこで一席打
(ぶ)つ。
 聴衆に向かって、「講談師、見てきたような嘘をつき」のバパン、パン、パン、パン……を遣るのである。
 名調子で釈台を張り扇で叩くと、一層、乗りに乗る。リズミカルな話芸の妙である。
 このマジックにこそ、講談最大の魅力があり、話術の妙を極める。私が話術の極めようとしたのも、『唐土名妓伝』に出て来る“二程”の対照的正反対の現象を知っていたからである。
 更に、かのミラボーの「男は貌ではない」にも一致するのである。だか、これは単なる人気者とか、面白い男と言うものでない。笑わせることを得意とする話術でない。
 語るのである、語って心理的効果を利用する話術なのである。
 この話術を知らねば、煽動者
(アジテーター)の巧妙な論理に騙され、まんまと策に嵌まり、結局高い木戸銭を払わされて挙げ句、総てを奪われてしまうからである。

 今日でも遠くから、わが西郷派大東流の儀法を学びに来る遠方の門人が多いが、こうした連中は、ただ技術的な体術を学びに来るのではない。私の本旨である「宗家直伝・個人教伝」は、単に武儀の剣術、柔術、腕節棍、杖術、手裏剣術、試刀術、護身術戦闘理論・武術点穴などに留まらず、もっと根本的な、文儀の戦闘・戦術・戦略の兵法思想に併せた、「話術」という術である。
 これを「講話」として披露し、その術を教えるのである。これこそが、文と体との思想母体となる。
 この中には不断の生活の糧
(かて)まで含まれ、今日の世相をどう検(み)るかの、奥まで追求してその理論を証(あか)す。これに耳を傾ける御仁(ごんじん)が殖えて来ているからだ。時代や歴史ならびに世界動向の「読み」にも注目しているのである。

 噺をはじめる前の注意事項である。
 彼女らに、半分は余計なお世話かも知れない。だが念のためにをつけて、こう言った。
 注意事項第一、早めに便所に行っておけ。
 第二、洩らすなも含めて我慢するな。
 第三、我慢して膀胱炎になるな。
 第四、夜中、引付けを起こして寝小便垂れても責任は負わぬ。
 第五、寝小便垂れ蒲団は翌朝、干されて晒しものになることを、ご注意だった。
 だが、これが頗
(すこぶ)る悪評を買った。悪評の袋叩きだった。
 しかし思えば、座布団を投げられないだけでも増しであった。

 さて、瞿祐
(く‐ゆう)作『牡丹燈記』の粗筋を語ろう……。
 そう言って、電燈を蝋燭の灯に変える。これだけで、冬の夜は冷気が増す。つまり独断と偏見の「怕いだろう」の場の空気の作りである。恐怖ムードが、場の空気を取り巻いて行く。このムード作りがなければ、幽霊噺は、現実化させる錯覚を持たない。幻妄
(げんもう)を作り出せない。
 何故なら、幻妄は気の変更を促すからである。
 普通、生きている人間は内側に陽気を盛んにさせて貯め込み、その気は「清」で澄んでいる。邪
(よこしま)な穢(けが)れは一切ない。
 しかし、死者のそれは違う。

 そもそも日本神話の世界には「死に穢れ」という邪な穢れが存在する以上、成仏しない亡者は穢れたものとする考えがある。死者の魂魄が冥途に迷っているものとする。
 それ故、魂魄は死に穢れる。
 その穢れで、死者の霊と契
(ちぎり)を結べば、喩(たと)え百歳の長寿を得た持ち主も、忽(たちま)ち清血を濁らし、勢い帯びた「精」は勢いを失うのである。そのため護身のために「如来の札」を貼るものと、古くからの言い伝えがある。
 衆生
(しゅじょう)救済のために迷界に来た人と解し、解脱に導く。そういう護符を用いて護身し、またこう言うときの「礼」を心得ていなければならない。知らねば「精気」を損なうからだ。

 私のアフターサービスのいいところは、こういう話を聴かせた後に、ぼつぼつと……という始動から始まり徐々に物語を聴かせていくことである。勿論この場合は術者も、その種の護身を行い、また周囲にも、その護身の意味を理解させることであった。これをフォローしておかないと、思いもよらぬ災難が降り懸る。
 幽霊話は四方の隅に護符の朱札
(しゅふだ)を貼り、亡者が枠内に入って来れないように結界を造っておかねばならない。こういうことを迷信と非科学極まりないものと一蹴してはならない。侮りや隙は禁物である。迷える霊魂はこういう席上に忍び寄って来るからである。また、面白半分に興味本位のは避けるべきだろう。
 科学万能の価格的科学信仰が盛んな時代、この忠告を“何と大袈裟な……”とか“ばかな……”などと、一笑に付してはならない。警戒し、殊勝な気持ちで、心して懸からねば殆
(あや)うい。魂を鬼に持って行かれるからだ。こういう礼儀の「礼」の準備をしておく。

 すると、上原小夜子がこうした私の作業を見て、「もう、これだけで充分に怕い……」となどと、神妙な貌で言い出した。
 さて、これから先をどう展開するか。
 そこで、一旦レストタイムをとる。電燈を点けて、お茶の時間にする。
 “よい子のみなさん”は、決して燗酒に手を出すことはないであろうが、酒は私の独占物である。チビリチビリ流し込んで、一杯気分で調子を上げる。
 冬の夜咄の序曲は、私一人が燗酒に些か酔い、ワンカップが一瓶、二瓶と空く頃に、「講談師、見てきたような嘘いい」を開始しなければならない。

 「さてお立ち会い、時は至正二十年
(1360)の頃、場所は中国の鎮明嶺(寧波(ニンポー)の南)の麓(ふもと)に喬(きょう)という青年が棲(す)んでいた」バパン、パン、パン、パン……。
 坐り机を張り扇で叩いて、調子を整え、「この、喬
青年、最近、最愛の妻を亡くしたばかりの男鰥(おとこやもめ)……」バパン、パン、パン、パン……。
 「もう、それ止めて下さい。音響効果は必要ありませんわ」と真弓が些か口を尖
(とが)らせて言う。
 「世間では、よく言ったものですなァ、男寡婦
(おとこやもめ)に蛆(うじ)が湧くと。そして一人寂しく寡婦暮らしでの毎日を送っていた。そうなるってと、どうなりますか?……。はい、そこの“おぼこ”のあなた」
 私は“おぼこ娘”然の勅使河原恭子を指し、「えッ?……」と驚いた振りをして絶句する。

 そこで一言。
 「そうなるってと、毎日がもやもや、むんむん、溜まりに溜まる。鼻血も直ぐそこまで爆発寸前。この男、夢精しなかっただけでも幸せだった。だがこの時代、残念ながら女郎屋がない」
 「女郎屋って?」勅使河原が訊いた。
 「今の、少年少女に分りやすく解説すると、今日のソープランドですな、春を売る有難い場所。春闌
(はる‐たけなわ)の、いつも春・春・春の春……。ここでは一年365日、春真っ盛り……」
 「もう、厭だ〜ァ……」“おぼこ娘”が脳天から甲高い声を発した。
 「ふざけないで、真面目に遣って下さい」真弓から厳しいお小言。

 私は脱線を軌道修正して、再び話を始める。
 「此処の城下の城内では、五夜に亘って燈籠祭りが行われる。しかし毎日がもやもや・むんむんの喬は家で燻
(くすぶ)り、ふと門前にぼんやりと佇(たたず)んでいたとき、その前を一人の侍女が提げる双頭の牡丹燈籠の後に、一人の美女が続いていた。十五夜の満月の夜である。人も殆ど居なくなり、静まり返った午前零時を回った時刻である。
 月下の夜である。月明かりに照らされて、絶世の美女を思われる、喬好みの十七、八頃の若い“おぼこ娘”が通り過ぎた。それも若いだけでない。ピチピチと溢れるような、はち切れる美しさがあった。喬は思わずふらりとする。色香に魅惑される。次に自分の欲望が抑えられなくなる。果たして蠱惑
(こわく)された。男根が怒張して、もう我慢出来なくなる。顔がもろに、性器にそのものになる」
 「えッ?〜ッ、それ本当ですか。何だか最後は完全な作り話みたい。その箇所、先生の自作自演じゃないんですか」と上原小夜子が遣り返す。

 「嘘じゃない、脚色一切なし。その証拠に喬は尾行する。もう、これだけで立派なストーカー。卑しくも尾行しつる怒張した男根に苦慮しながら、侍女とおぼこ娘との歩調を併せつつ、前に行ったり後に行ったり。これだけで、もう充分にストーカー行為。その下心、それ、強姦未遂……」
 「えッ?〜ッ……」黄色い野次が上がる。そに解釈に“異議あり!”というところだったのであろう。
 「何故なら、かのイエスさまは言った。『だが私は言う、色情をもって女を見れば、その人はもう心の中で姦通
(かんつう)している」(「マテオによる福音書」第5章 28)』と……。だから、この尾行は今で言うストーカー行為そのもの。その犯行動機は強姦未遂の意図あり、これだけで未遂罪確実!」

 「先生の話、どこか飛躍している。本旨の『牡丹燈記』と、その話、全く関係ないんじゃありませんか」
 「だが、大いに関係ある」
 「何だか、嘘っぽい……」と上原小夜子が執拗に食い下がる。
 「これを後の、喬の供述に基づいて解明してみよう。だが、強姦未遂から、やがて強姦に及ぶ、事件の経緯を辿ってみよう。
 喬は死した後、自らの自白に基づいて、自分の記憶した一切の事実を自身で認めているんだ」
 「先生の、何が何だか訳の分からない、奇妙な独断と偏見に満ちた解説、でも聴いていると、何だか面白そうですわ……」真弓が口を挟む。

 「ほらねッ、こういう同調者もいる。事実ねェ、喬は自分の犯行を供述するんだ。むらむらムンムン、もこもこさせて、二人の女の後を蹤
(つ)け廻し、ストーカーを働いたことをあっさりと認めるんだ……。
 だが、こいつ認めながらも手込めに至る罪の意識なし。不届き千万!……」
 「それ、極端に通っていませんか」と非難囂々。
 私としては形無しであった。だが負けて入られない。話術を駆使して挽回を狙う。
 「だがですぞ、喬の供述によると、こうなんだ。喬は『伏して思いまするに』と口頭で弁明を最初に述べ、まず妻を失って寡婦暮らしが侘しかったと吐露している。そのとき、一人門の前で立っていると、侍女に付添われて、後続に絶世の美女・麗卿
(れいきょう)が続いていた。この麗卿は、姓を符(ふ)、名を淑芳(しゅくほう)、あざなを麗卿という。もと奉化州の書記官の娘だった……」
 「娘だったとは、もう麗卿という女の人、この世にはいないのですか」
 「そうだよ、麗卿は亡霊なんだ。美女の亡霊だから怕い。その亡霊には身寄りがなく侍女の金蓮と、湖水の西に仮住居いしていた。そういう亡霊の二人を、喬は門前で見掛け、後を蹤けた。もうこれだけで、立派なストーカーですなァ……」
 「でも、先生の言う強姦は、何処で成立するんですか?」鋭く上原小夜子。

 「喬は麗卿を最初、色情をもって女を見た。次に野郎の色情が、麗卿の妖艶の身のこなしに魅せられ、蠱惑
(こわく)される。そして『牡丹燈記』では、云う言葉も艶(なまめ)いて、寝台の帷(とばり)を降ろし、枕を近付けたとある。
 これは、『もう心の中での姦通だ』などではなく、すばり『姦淫した』ということですなァ。愛欲の限りを尽くし、夜が明けるまで、一晩中責めて責めて責めまくった……ということでしょうか。
 では、なぜ責めまくったのか。媚を売られその色香に喬が蠱惑
(こわく)された。
 その理由は、麗卿のこの台詞。
 『はじめから密会のお約束もしたわけではないのに、月の下でお目に掛かったのも、何かのご縁』という箇所だ。最初から、“その意図あり”と採
(と)れる。月下とは密会を意味する。花前月下といえば密会場所だった。また、月下老人と言えば、唐の韋固(いごが)月夜に逢った老人に、将来の妻を予言された故事から、男女の仲をとりもつ人という意味である。『続幽怪録』などには顕著である。半分は、そう言う出遭いは亡霊との密会も含まれるようだ。
 そのため溜まりに溜まったモンモンむらむらムクムク漢の喬は、麗卿の前に進み出て、一礼し『私に家は直ぐそこです。お立ち寄り願い得ませんか』と軟派する。この策に、意図ありと思いつつも、拒む様子がない。この辺、現代の女性と酷似しておりますなあ。例えば“いけ面”と検
(み)れば誘いに乗る。そして彼女は侍女の金蓮を呼び、『燈籠を持っておいで』といって、軟派された振りをして蹤(つ)いて行く。そして、ここには男女の交渉の駆引きが窺(うかが)われる。双方とも、したたかというべきか。
 こうして誘いに乗った麗卿は、先に立っていた金蓮に手を取られ、また喬の手までとって、それを誘導するのである。以降、喬と麗卿は愉しみの限りを尽くして、朝まで遣りまくるのである。
 これこそ、この愉しみは巫山
(ふざん)の絡浦(らくほ)の出遭いより勝ると言われた。巫山は楚の宋玉そうぎょく/中国、戦国末の詩人で楚の人。かの有名は屈原(くつげん)に辞賦を学び、宮廷詩人として名声があったという。有名とされる作に『神女賦』『九弁』など)の『高唐賦』にあり、襄王が夢に見た女と同衾した際、しれが巫山の女と自称したと言われる。
 この話は、昨今の流行の不倫小説と異なり、露骨な表現を避けているが、これをリアルに、臨場感ある卑猥な言葉で並び立てることが出来るが、さて、おのおのかた、臨場感ある善がり聲
(こえ)まで聴きますかな」
 「それは結構です!」全員一致の一声
(ひとこえ)で拒否された。

 「惜しいですなァ、何しろ此処が聴かせ処の山場ですのに……」
 「もう結構です!」
 「そんなにケッコウ、ケッコウと鶏のように啼いても、聴かねばならぬ浮世の義理。重要なる隠れた肝心なる箇所を聴き逃がしてしまいますぞ」
 すると一同、キッと睨んだ。その鋭い視線が、一斉に私に放射される。
 「おのおの方、そういう事をすると天罰が下りますぞ。そういう見下し視線は宜しくありません。いいですかな、此処は大相撲の観戦席でないいのですぞ、決して座布団は投げないで下さい」
 「先生こそ、そんな無駄話は省略して、先へ進んで下さい」
 女ども全員が睨んでいた。
 「でもね、少し不思議じゃありませんこと?。だって、麗卿は無理矢理じゃなくって、蠱惑したんでしょ。
 結局、媚を売ったのですよねェ……」
 そう採れなくもない。さすが鋭い。

 「いいところに気付きましたなァ、真弓先生は。そこですよ、そこ!……。
 麗卿も供述しているのです。麗卿も喬と同じく、『伏して思いまするに』と口頭で弁明を述べ、自分は若くしてこの世を去り、寂しさのあまりに躰が悶えに悶え、朽ち果てても、霊は亡びず……と述べています」
 「だから、蠱惑という筋書きになりますわね、すると喬の一方的な姦淫でなく、麗卿も自ら交わることを需
(もと)めたとなると、強姦ではなく和姦ということでしょうか……」
 「そこそこ、それ。しかしねェ、『旧約聖書』のモーセの律法には「姦淫するな」としています。これに対して、先程述べたように、イエスは、色情をもって女を見れば、その人はもう心の中で姦通していると、有名な一節を残している。既に、心の中での姦淫を論じて、それは姦淫と同罪であるろしているのです。最初の亡霊と性交渉に及ぶ切っ掛けは、総て最初の喬の初動に回帰されているのです」
 「この見解、どう、お応えしていいのかしら……」と《何かバカバカしい》という貌だった。

 「そのように言われると、身も蓋
(ふた)もありませんから、さて第二段階へと移りましょう。
 まあ、これまでの初期の動機は、今日の世にも日常茶飯事で、至る所に起こっている男女の色の慎みを忘れた色情に関わることですから、それはとやかくは言いますまい。怕いのは、これからです。
 幾ら色情に関わると言っても、何年も前に死んだ死者との死姦は、特別なマニアでない限り、姦淫には及びますまい。死姦で処罰される場合がありますが、これは器物破損罪ですからね。強姦などと言う、大それた罪にはなりません。腐敗した死体と交わろうとも、こう言うのを好む性癖の人も居りましょうから……。
 しかし、喬はこういうマニアでありませんぞ。ただの女に餓えた、性欲もんもんギラギラ・ベタベタむらむらの類
(たぐい)ですから、そこまでは彼の性癖は異常でない。仮に今風で言えば、肉食などの常食者が、血中濃度の過剰な酸性状態にしておいて、性腺(せいせん)を刺激し、異常な性的興奮状態にあっても、腐敗した死体と交わろうとは思わない。だが、喬は亡霊の麗卿と交わる、これ、何故でしょう?……。
 みなさんで考えて下さい」

 「最初に、色情をもって麗卿を見たからですか?……」と勅使河原恭子。
 「さよう。ここにも、イエスさまの有難いお言葉が効果的に利
(き)いて要(お)りますなァ。色情をもって女を見れば、その人はもう既に心の中で姦通したと……。
 したがって、『牡丹燈記』の物語、何も、数百年前の過ぎた物語でなく、現代にもピッタリ当て嵌まってしまうのです。これは、今日の科学的科学などの不完全帰納法でなく、完璧なる数学的な完全帰納法なのです。
 その証拠に、人類の歴史の中には、常に男女の色恋沙汰が蹤
(つ)いて廻り、姦淫したか否かが、常に人間に問い続けられるのです。心の中での姦淫も、肉が関わる姦淫も、初動は同一と言う完全帰納法に回帰するのです。
 これが完全帰納法であることは、かの時代の物語上の喬が、亡霊の麗卿と、一夜の閨
(ねや)を伴にし、また翌朝帰っていくのですが、また次の夜になると、喬のところに遣って来る。こうしてですなァ、性交渉は半月に及ぶのです。死体とともに、半月ですぞ。これ、怕いと思いませんか」
 「半月も……。それからどうなるんですか」と勅使河原恭子。

 「こういう奇妙なことがあれば、隣の人も気付く筈。不思議と思う。隣は何をする人ぞ……という興味津々の気持ちが起こる。時代は違っても人間の好奇心は決して絶えることがありませんからなァ……」
 「いったい誰が気付のです?」と上原小夜子。
 「隣の助平な爺さま。人間、老いても煩悩や性欲は、そう簡単には下火にならない。爺さまとて、助平根性の持ち主……。立ちもすれば、出しもする……」
 「本当にそんなこと書いてあるのですか」上原がすかさず切り返す。
 「物語は、この爺さまの見聞で明白となる。爺さまは、喬に『おぬしは、まあ、大変なことになったもんじゃ』というのです。これは爺さまが覗いたからです。爺さまはきっとの覗き趣味のある覗き魔だったんだ。
 そして爺さまは言う。
 『人間と言うものは陽界での精気あふれたもの。また一方、幽霊は陰界のもともと穢れたもの。今おぬしは陰界の物の怪と一緒に居たが、それが自分では気付かず、同衾
(どうきん)して平気で居る。一体おぬしの精気が尽きて禍が遣って来ると、あの世行きとなる。若いみそらで気の毒なことじゃ、哀れなことじゃ』という。
 これ、単に覗きからの好奇心だけで出来るだろうか。ここまで論じれるのは、この爺さまは、相当に助平ということだ。明らかに経験者、実にリアルな表現と思わないだろうか」
 「そして、喬はどうするのです?」

 「喬が驚く。びっくり仰天する。なぜ仰天したか。それはこれだ!
 隣の爺さまに覗かれていたことだ。物語では翁爺として登場するが、姓名・職業・年齢不詳。
 まず第一に隣の爺さまに、一切合切を覗かれてしまったこと。第二に亡霊、つまり死体と一つの夜具の中に共に寝て、男女の関係を結び、責めて責めて責めまくり、死者と半月以上も性交に及んだこと。更には、この痴態の一部始終を隅から隅まで総て隈無く見られたことである。この二つをもって、野郎は金玉が飛び上がるほど驚愕するのである!」
 「えッ?〜それ、本当ですか。何だか誇張し過ぎる感じで、大いに脚色過剰ですわ」と真弓。
 「それでも、私は構わない。厳しい、淑女の方々のご批判を浴びながら、次へと進めましょう。
 隣の覗き魔の爺さまは、こう言う。
 『その女人が湖水の西に仮住居しているのなら、一度おぬしが行って訪ねてみればいい。そうすれば訳が分るじゃろうて』という。このように爺さまは勧める。何故だろう、そう思いませんか。
 この言動は、どうも解
(げ)せない、何故だろう……。恭子先生、応えて頂こう!」
 「えッ?えッ?……、いきなり、わたしに振るんですか」
 「おぼこ娘には、少しばかり荷が重たかったかな……」
 「それは、聴いていると、隣のお爺さんは余りにも、話を詳しく語り過ぎていますね。詳しく語ると言うことは、お爺さん自身にも、死姦の前科があるのかしら……」家内が言った。
 「さすが、非処女」
 「非処女ですって!、いったい誰がしたんですか!」
 一同、思わず貌を見合わせて苦笑。座布団が飛んで来ないだけでも幸せだった。

 「くだらんところを縺
(もつれ)れていると、思わぬ汚点を晒(さら)し、ボロが出て、根も葉もない想像力を巧みにされるも甚だ迷惑千万。先へ進めましょう」
 「いったい誰が迷惑千万をつくりだしているのですか!」と真弓の厳しいお言葉。
 「一応、反省材料として、心に留め置きましょう。さて、喬は隣の爺さまの勧められた通りに、湖水の西に仮住居に出掛ける。しかし、麗卿と金蓮が居るような住居は何処にも見つからなかった。何人もの道往く人にも訊いてみた。みな知らないと言う。またそんな女の二人住居の家など、この辺には無いと言う。
 もう、日はとっぷりと暮れた。
 そのとき、月湖の中にある湖心寺
(こしんじ)というところで、寺院内に入り少し休憩することにした。此処は道教の寺であった。そして寺の中をうろつき始めた。これ、立派な家宅侵入罪ですなァ。今日では住居侵入罪ですなァ、正当な理由なしに人の住居・建造物・艦船に侵入し、または退去しない罪。もう刑法に触れています。しかしこの時代、そんなものはない。喬に罪なし。

 さて最初、西の廊下を歩き回り、次に東の廊下を歩き回り、再び西の廊下を歩き回って、突き当たりの部屋の前まで遣って来た。そこは薄暗い部屋で、この寺に預けられた寝棺が一つ置いてあった。
 その寝棺の上には、白い紙が貼ってあって、『もと奉化州の書記官の娘、麗卿の柩
(ひつぎ)』と書いてあったのである。
 また、その寝棺の前には双頭の牡丹燈籠が掛けられてあった。更に下には、死者に供えた紙張り人形の侍女が立っていた。喬が交わった麗卿という若い女性は、既にこの世にはいない亡霊だったと気付く。また侍女として燈籠を掲げて付添っていた金蓮は紙張り人形だったのである。この紙張り人形の背中には、金蓮の二文字が見える。
 これを見た喬は驚愕し、身の毛の弥
(よ)立ちに、全身に鳥肌が立って仰(の)け反(ぞ)るほどに驚き、寺を出ると、脇目も振らず一目散に走り去る。余りの恐ろしさに、家に着いても自分の家には泊まらず、隣の爺さまの家に泊めて貰う。震えてガタガタする戦慄は、いつまで経っても納まらなかった。
 しかし、爺さまはそうではない。落ち着いている。経験者然として、喬にこう言う。
 『おぬし、玄妙観
(げんみょうかん)の魏法師(ぎ‐ほうし)さまを訪ねなさい。魏法師さまは、あそこを開祖なされた王真人(そうしんじん)さまの高弟でなァ、お書きくださる護符の効き目は当代随一。おぬしは是非行ってお恃(たの)みなされ、きっと救って頂けますじゃ』というのである。
 ちなみに○○観などと、最後に「観」をつけるのは道教寺院の特長。
 さてさて、ここで質疑応答です。
 何故この爺さまは、ここまで詳しいのだろうか。独断と偏見で、想像出来る範囲で、あらゆるパターンで穿鑿
(せんさく)してみて下さい」

 「先生。何か故意に誘導してません?」
 「そういう、偏見でいいのです。大いに誘導結構、こじつけ結構、その結構尽くめであらゆるパターンを推理して穿鑿してみて下さい」
 「そう言うところこそ、何処までも偏っています……。でも、仕方ないわ、我慢して聴いてあげます」と手厳しい意見の上原小夜子。
 「誰か、ご意見ありませんか。ご意見が無ければ、自称この私が独断と偏見をもって、思い切り斬新に推理してみましょう。この物語、普通に、小説的に読み過ごせば、登場人物は喬ならびに麗卿と金蓮の三名が主役群に入り、他の人員構成は、隣の爺さまが絡んで来るだけで、何の変哲も無いのだが、実はこの爺さまの一言は次の紹介者を誘導して、玄妙観
の魏法師を指名した。だがこの指名により、亡霊事件は、奇しくも一件落着にはならない。次ぎなる指名の連鎖が起こる。ここを推理してみて下さい」

 「こういう物語の展開、連鎖劇と言うのじゃないかしら?……。キノドラマ
(kino-drama)というのです。
 キノドラマとはロシア語で『映画』という意味で、こう言うのを連鎖劇というのです。
 登場人物は喬、麗卿、金蓮の三名ですから、そこに何かを差し込む必要があったのです。作者の意図で、物語を盛り上げる手法だと思いますわ。あたくしの記憶では、大正初期に、この種の映画が流行したと、何かの本で読んだことがあります」

 「真弓先生はさすがですなあ。そうです、この物語、その種のもの典型。効果的演出法として、昔あった、例えば、舞台劇の途中に映画を差し込み、それぞれの効果と併用して見せる演劇形態によく似ているのです。
 だからこそ、三遊亭円朝が、この物語に目を付け、牡丹燈籠という怪談話を思い付くのです。落語噺家の名調子をもって『寛保三年の四月十一日、まだ東京を江戸と申しました頃、湯島天神の社
(やしろ)にて聖徳太子の御祭礼を致しまして、その時大層参詣の人が出て群集(ぐんじゆ)雑沓を極めました。こゝに本郷三丁目に藤村屋(ふじむらや)新兵衛といふ刀屋がございまして……』と名調子の話が始まる。
 したがって、連鎖劇は物語の展開として、玄妙観
の魏法師のところに遣って来る。
 それは喬が法師の許
(もと)を訪ねたとき、法師は彼を検(み)て驚き『大変な妖気が漂っている。何の用で来られた?』と問い返し、喬がは膝下に平伏(ひれ‐ふ)しとあるから、法師に恭しく拝跪(はいき)したのでしょうなァ。そしてつぶさに一切の訳を話した。そして法師は、朱の文字で護符を二枚を書いた……」
 ここまでは誰もが神妙に聴き、喰い付いた様子が、手に取るように分る。

 話術の主はこうして聴衆を惹
(ひ)き付けるのが肝心である。但し、内容は面白くあり、テンポがあり、話に惹き付け、また好奇心を擽(くすぐ)る話術でなければならない。単に、面白くもない話を愚痴や小言のようにダラダラ続けても、飽きられるだけである。こういう点は女性は敏感である。面白い仕種やポーズや、駄洒落の連続では飽きられてしまうし、お里が知れてしまう。つまり、お里とは教養のほどだ。
 話術と言うのは教養程度に比例するので、その度合いが専門分野に偏る内容では、何の興味も惹かないのは言うまでもない。それはあたかも、仕事上の専門用語の羅列を並べても、それに直接関係なければ知られてしまうのと同じである。
 万人の興味の対象は、人情噺に耳を傾ける同一の習性があるからである。ゆえに此処を衝
(つ)く。衝いて誘導する。そのためには反論も必要で、艶話もいい。人間は血の話になると、意外に耳を傾けるものである。



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