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続 壺中天・瓢箪仙人 1
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続 壺中天・瓢箪仙人 5

筆者は楠木正成の伝記を読むとき、この人は、いつも思うのだが比類稀なる苦労人と思うのである。
 この人物を思うとき、単に歴史に掲げられている忠誠心や智謀や胆力の凄さもさることながら、天下の大軍を向こうに廻し、僅かな手兵で、千早城での奮闘も、またそこでの敢闘の背景にしも、水も洩らさぬ鮮やかな手の裡
(うち)を見せるには、部下に対して、心の奥の奥まで握りしめていなくては到底出来ない相談だと感心するのである。
 人間の心理を能
(よ)く研究した苦労人だからこそ、千早城で籠城戦(ろうじょう‐せん)を展開して敵を縦横に攪乱(かくらん)し、惑わし、悩まし、北条軍の大軍を易々と防いでみせたのではないかと思うのである。

 千早城は大阪府南河内郡千早赤阪村の金剛山の中腹にあった城である。そこに至る地形と道程は険しく、正成はこの地をよく理解していた。背景には全国の山伏
(やまぶし)と通じたところがあり、彼らから多くの情報を貰っていたのであろう。その情報を許に智謀の策を立てた。
 楠木勢が縦横無尽に行動し、北条軍を攪乱したのは、単に地形を知るだけでなく、指揮官・正成の人望であろう。また、この人物の人となりであろう。
 人間の心の奥の奥まで能
く理解していたからである。苦労人ならではの芸当である。

 正成は真の統制の意味を熟知していた。少数精鋭の遊撃戦を展開するには、人の心を掌握していなければならない。
 統制とか総括というのは、上からの圧力で出来るものでない。
 また自分だけが後方の安全圏にいて、そこからの指令で、下は手足のように動いてはくれない。権力意識を超越し、一切の作為を棄て、自分の心を相手の気持ちに没入させる、つまり「主客一如」の境地に至って統制とか総括は叶うものである。それは自分を捨てることであった。没自己であった。そこに人が集まり、人望が高まって人は蹤
(つ)いて来るのである。

 心を用いて気に懸ける。そして人の不憫
(ふびん)を知らねばならぬ。物の哀れを知らねばならぬ。人生の機微や果敢なさである。それを知る。
 自分だけがいい思いをしては、人は蹤いてこない。自分の事を後回しにして、人を先に行かせる。これこそ人心掌握術であった。苦労人の為
(な)せる業(わざ)である。

 人の心の掴むには、単に武勇だけを誇ってもそれだけで人は蹤
いて行かない。人はそれだけで心服しない。人は、心の憎いほどの心尽くしに動かされるものである。この鍵が、苦労人に徹する自らの行動原理であった。自らを貧にして、人に富を与える。
 吾
(われ)を優先しては、人は蹤いてくるまい。人に道を譲ってこそ、人はその自他同根の精神に感銘を受けるのだ。
 苦労人だからこそ、分る人間心理である。


●因縁と必然

 私は夢を見ていた。その夢の中で、非日常の起こりを思い返しているようだった。夢は反芻(はんすう)していた。反芻すべき錯覚のようなものの中に取り込まれていた。
 この夢は、かの『邯鄲の夢』のような、人間の人生の栄枯盛衰の果敢なさに似た「黄粱一炊
(こうりょう‐いっすい)の夢」であったかも知れない。壺の中に棲む仙人から枕を借りて夢を見た。そういう空間を彷徨っていた。

 さて、読者諸氏はこの小説の一日が「何故こんなに長いのだろう」と、お思いの方もいると思う。
 しかし、『邯鄲の夢』も、青年・盧生が見た夢は、枕頭の黄粱
(こうりょう)がまだ煮えないほど短い間の夢であったことを忘れてはなるまい。この短い夢の中で盧生は科挙に及第して、高官になって次第に立身し、美人の妻を貰い、富貴を極めるまでの一生の長い夢を見るのである。

 かつてスティーヴン・スピルバーグ製作の映画で『インナースペース
(Innerspace)』という映画があった。SF映画である。
 ストーリーは米空軍の冴えないパイロットの主人公が配置転換を命じられ、研究施設で特殊潜行艇に乗り込みミクロ化されのち、ウサギの体内に注入される実験するのだが、この施設が産業スパイに襲撃され、注射器を持った研究員が逃走の末、スーパー店員の尻に潜行艇を注入してしまうと言う物語である。

 これをほぼ前後する時期だったと思うが、SF物で、これとよく似た翻訳物の小説を読んだことがある。
 作家名やタイトル名は忘れてしまったが、この小説は、ある国の要人が、狙撃手の狙った銃弾が命中するまでの、極めて短い時間のことを、三百五十ページほどの小説にしたものであった。
 これを読んだとき、私は、あたかも数学の微分法の「中
(あた)らない矢」という定義と符合するイメージを抱いた。一本の矢が弓に弦(つる)から離れ、目標まで、まず2分の1の距離を通過する。更に残りの2分の1を通過する。つまり4分の1だ。その4分の1の、更に半分の8分の1を通過する。
 この2分の1の半分、そしてまた半分……を繰り返して行くと、結局どこまで行っても、矢は目標に到達しないのである。
 この物語は、『インナースペース』と人間が介入する点では似た感じのSF小説だった。
 『インナースペース』は人間の超ミクロ化だが、この小説では時間の超ミクロ化だった。時間を極めて最小に区切り、その中に人間が介入して行くのである。時間の進行軸を縦切りにして微分的に極薄の面を一枚一枚捜索する発想であった。

 物語は狙撃手がライフルをターゲットに向けるところから始まる。ダーゲットになった国家の要人は、狙撃手からライフルのスコープで頭蓋を狙われて引金
(トリガー)が引かれて、銃弾が撃ち込まれる。その時間は刹那である。
 だが撃ち込まれた銃弾は、「中
らない矢」ように、永遠にターゲットに当たらないのだが、物語では「中らない矢」のような時間介入を特殊な装置を使って行い、時間を引き延ばし、あたかも時空を超スローモーション状態に変更してしまうのである。一瞬の映像スキャンのようにである。この状態で時間を止め、数万分の一のコマ送りで、時間的に更に細かくミクロ化して区切り、その隙間に入り込んで、銃弾の軌道を微調整して変更をするのである。
 銃弾がライフルから発射され、2分の1、そしてまた2分の1の間隔で進行するとき、この刹那時間に介入して要人を救出すると言う物語なのだが、刹那時間を超スローモーション状態に変更するに当り、そこに救出の特殊隊員が送り込まれ、六人ほどのチームが時空間を操作して変更しつつ、銃弾がターゲットに到達する前に軌道修正が行われるというストーリーであった。銃弾は反
(そ)れてターゲットには命中しないのである。
 これが、一瞬『インナースペース』を髣髴とさせたのである。

 したがってこの小説も、刹那の時空を、超スローモーション状態に時間を変更したと思って頂きたい。数学の授業で「中
らない矢」の話を聴いた人も多いであろう。
 そういう感覚の時間を、超スローモーション状態に引き延ばしたと思って頂ければ、この長い一日も納得がいこう。
 ただ、こうした些か長い論文調の小説も、大出版社のように編集者の赤ペン指摘も、誤字脱字の校閲・校正するスタッフがおらず、著者自ら孤立無援で一人で何役もこなしている、この細やかな辛さもお察し頂きければ幸いである。
 また、これを仕事の合間に遣っているのも辛いものである。


 ─────さて、この二、三日を振り返って、実に目紛しい変化を体験した非日常だったと思う。これまでとは、余りにも違い過ぎていたからだ。
 それはいつ始まったのだろうか?……。夢の中でそう思う。これまでの反芻
(はんすう)である。
 ある日突然、非日常に日常が“どんでん返し”したのか。この回り舞台は、いつ仕掛けられたのか。運命は私を何処の運ぼうとしたのか。
 再認識として浅い過去を再生すれば、最初、銀座に極楽トンボは極楽詣で始まったのではないかと思うのである。此処から変化の激流が起こったとも言える。

 風の吹くまま、気の向くままの心境で、進めるべき駒を一歩前に進めた。私の浅はかな智慧で、最初の一手の駒を勧めるヘボ将棋の始まりからである。
 出向いた先は、銀座の『ひさご花』という数寄屋造りの店であった。看板には単調に「和風スナック」などという当たり障りのない表示がされていたが、これがどうしてどうして、なかなかの凝った店であった。
 私はこの芸妓の嬌声のない店に、一言で言えば「一目惚れ」してしまった。それに、カウンターバックとして酒瓶並べに代わって、先の大戦当時の一枚の大きなある聯隊の集合写真が掲げてあった。そのうえ脇には瓢箪が置かれていた。
 この瓢箪で店名屋号の『ひさご花』の意味を理解したのだが、瓢箪自体に何処か見覚えのある「何か」を感じたのである。その何かは、今以て不明だが、何がそれが曰
(いわ)くめいていた。その曰くに因縁が付随しているように思えたのである。こういうのを「曰(いわ)く因縁」と言う。私が目を留めたからだ。曰くはそこから始まる。その因縁に強く惹(ひ)かれるものを感じたのである。
 物事の背後にある由来や経緯に、何らかの理由があるように思えた。瓢箪に意味があると採ったのである。
 そもそも、此処から憑かれたように銀座通いが不定期に行われ、その通いの中に、これまでとは予想も出来ないような非日常が起こったのである。

 思えば非日常に入る「入口」が何処だったか?……と思うのである。運命で遭遇する時空間の入口は、思わぬところで口を開けている。
 初期に起因は、日の丸に眼が行き、店の場割りを掃除している和服の老婦人に問い掛けたことから始まったが、それを持続させるエネルギーは、何処から起こったのだろうかと思うのである。
 そして持続エネルギーはその後も続き、この出掛ける夕刻、自宅兼塾の玄関で家内が遣っていた塾手伝いの
越後獅子の、最初、2号の勅使河原恭子に捕まり、次に1号の上原小夜子に捕まって、「悪事千里を走るの噂」の真意を質(ただ)されたのである。そして根掘り葉掘りの尋問めいたことで、彼女らに興味津々を“えげつないジョーク”で包囲の突破口を開いて逃げ切り、しかし出掛ける時間が大幅に遅れた。この日は、とんだ無駄足を喰ったのである。そもそも非日常に入る「入口」は、これだったと思うのである。時間に誤差が生じたことに始まる。あたかも、遅刻してそこに起こる現象が単なる惨事か、あるいは幸運か、はたまた珍現象か。それは人智では分らない。運命のみが知るところで、人間には分らない。
 もう、このとき私は、これまでとは違い非日常の異空間に足を踏み入れていたと思うのである。極楽トンボは、この空間に迷い込んだのである。

 次に俟っていたのは、いつもの老女将、つまりCEOの最高経営責任者の大女将が、急な所用で出掛けていて、それに代わって若女将と名乗る女性が居た。それが真弓だった。その真弓に蠱惑された観があった。色香に魅せられたのだろう。既に酔わされていた。
 訳の分からぬ怪しい妖艶
(ようえん)に取り込まれ、愁眉(しゅうび)の翳(かげ)に惹かれていた。見事に蠱術に掛かったと言う感じであった。その異空間が非日常の次になる段階に変化したのは、腰瓢箪の老人のことを訊(たず)ねたことからはじまり、これが異空間現象の第二ステージだった。練馬と言う地名と、住いは樽の中というのが、その情報だった。私の身身にはそれが奇妙に響いた。

 特に「樽」と云う言葉が、あたかもエドガー・アラン・ポーの『アモンティラードの樽』を髣髴させたからである。あの有名な「合図を示せ、合図を」のこの場面を思わせたからだ。
 この小説では、「わからないのか?」と訊く。そのとき主人公は「ぜんぜん」と答える。すると「じゃ、君は入会をしていないんだな?」と問い返される。そこで「なんの話かな?」と訊くと「フリーメーソンのことさ」と促され、主人公は「いいや、入っているさ」と答える。
 「まさか君がフリーメーソンだって?」と疑われ、「そのとおり」というと「じゃ、合図は?」となって、「これだよ」と答えながら主人公はマントの下から左官屋が遣う“こて”を出すのである。
 物語のクライマックスである。フリーメーソンのシンボルは定規とコンパスである。それを漆喰
(しっくい)を塗る佐官用の鏝(こて)を出した。鏝はこの物語のキーワードで、壁に塗り込まれる暗示があった。
 物語は進行して、「冗談言うな」そう叫んで、二、三の後じさった。そうして「アモンティラードのあるところへ前進だ」となり、結果、壁の中へという地下墓場での悲劇が起こる。
 樽は、スペイン産のシェリー酒の樽であり、ワイン造りに用いられるものである。私を、このミステリー小説の、「合図を示せ、合図を」に誘
(いざな)い、その連想がまたフリーメーソンに結びついたのである。
 「樽の中」とは、何とも奇妙な連想を抱かせたものであった。

 媚術か話術の妙に掛かったのかも知れない。
 あるいは蠱惑の取り込まれた瞬間だったかも知れない。更には真弓の白蝋のような白さに魅せられた。何かを変化
(へんげ)させたか、作られた白さが、あるいは、最も懸念した最悪の病魔を暗示する疾病(しっぺい)と見た。疾病は不治の病であり、現代医学では完治し難い霊障と検(み)たのである。神(しん)が冒されているのでは?……と疑った。
 蠱惑は更に続いた。一瓢
(いちびょう)いう言葉で風流が刺戟された。感性に新しい春風が吹き抜けるのを感じた。世間話を交えながら、経過した概要を吐露し、やがては迷宮の中に迷い込んだようになって、そこで第一日目は酔い潰れることで終わった。斯くして記憶がとんでしまう。

 次ぎなる第二ステージは、全く見覚えもない、これまでに足も運んだことのない格段に格差がある高輪が舞台だった。朝起きて目を醒ましてびっくり仰天した。
 何処か知らない他人の家に上がり込んで、悠々と寝ていたからである。眼を醒ましたとき、何処に居るか、自分がどうなっているか全く検討がつかず、その理解すら出来なかった。そこに一時のパニックが起こった。

 《これは大変だ!》貌が顔面蒼白になるようなパニックが襲っていた。これはその筋の親分衆から袋叩きにされて簀巻きにされるぞという恐怖だった。顔面蒼白になった。
 併せて、それは実に無態
(ぶざま)であった。上がり込んで、他人の家で悠々と寝ていたからである。
 混乱と飲み過ぎの後遺症が、更に混乱を煽っていた。間接的な煽動に自ら掛かり、混乱の極みに居た。そしてそこに顕われたのが、よく顔も憶えていない若い女性だった。どう思い出そうとしても、誰だか分らないのである。しかし向こうは、私を知っていた。その女性は、《昨夜はざんさん介抱したのよ》と言わんげであった。だが、それが誰だか分らなかった。ある部分だけ記憶が完全に飛んでいた。記憶はパズル状態だった。
 私は、この「分らない」に恐怖し、戦慄した。あるいはそうなるように仕組まれたのかも知れない。
 ところが、女性は「昨夜のこと、全く覚えておりませんの?……。あれだけお世話しましたのに……」
 その語尾に続いて《昨日は大変でしたのよ》と付け加えたいようだった。しかし、まだそれでも思い出せなかった。自分でも、逆向性健忘症なのか。それとも早期痴呆が始まっているのかと疑った。しかし、話しているうちに、徐々にそのパズルの断片が見えて来た。

 次に登場したのが仕掛人と思
(おぼ)しき、私を「書生さん」と呼んだ大女将であった。
 大女将から、「何か」を験
(ため)された。朝食にするか、迎え酒にするかを験された。
 私は不埒
(ふらち)にも、「朝の迎え酒」を選んだ。いま考えれば、朝食にするか、迎え酒にするかに大女将の意図があったのだろう。最初からこの計画は、私が世間並みの常識で、迎え酒を断ると九分九厘確信していたのだろう。ここが運命の別れ目になってしまった。プランAは朝食、プランBは朝っぱらから迎え酒。
 分析すれば、私が世間並みの常識の持ち主で、在
(あ)り来たりなプランAを選択することが決定されていた筈である。
 ところが、これを選択しないところにプランBがあり、その一厘の確率に大女将は酒の中に瓢箪を媚薬
(びやく)ならぬ、古い瓢箪を灼(や)いて、それと等量の黄蓮(おうれん)を粉にした物を二匁(にもんめ)ほど混入したことを認(したた)めた。その認めが結び文の中に書かれていた。それを読んだら直ちに処分せよともあった。既にそのように読まれ、セットされていたのであろう。
 しかし、結び文は名前がなかった。そういうものはどうでもよかったのだろう。あるいは火急だったのか。
 これまでに至る状況を紐解いて行くと、これに気付くのは泊まった場所が確認出来て、舞台が習志野に移って以降のことであった。それまでは泊まった場所も、周囲の人物像も全く把握出来なかったのである。あたまも異空間の中を移動して来たような錯覚に陥っていたのである。まるで時間はパズルのようであった。
 こうして第二ステージは始まったのである。

 この舞台では、激しい嘔吐
(おうと)を覚え、休憩を取るためにJR西船橋駅付近のあるホテルで休憩した。その後寝ている不思議な夢を見た。私の腹の中に棲む狐との会話である。奇妙な会話だった。
 だが思えば、この狐のいちゃもんは奇妙である。覚醒時で会話をした体験がないからである。果たして腹の中に自分以外の生き物か、霊的な意識体が存在するのか。何で自分以外の意識が腹に存在するのか。不思議なことである。不思議と言うより、不自然さを観じる不可解なことである。
 あるいは、夢の中の会話は“夢魔”という現象があるが、私は自己意識の浮遊のなかで夢魔に誑
(たぶら)かされ自己暗示に懸かっていたのだろうか。夢魔は性的な唆(そそのか)しによる、夢精などでも知られている。睡眠中に射精するのは、夢の中で魔と交わりに及んだからともいう。そこに魔が唆したか否か釈然としないところがある。ただ脳が反応して性衝動に及んだのだろうか。
 これに似た身体現象に「金縛り」がある。心理学的には恐怖や強迫観念により、躰が動けなる身体反応で、そこに縛り付けられるという暗示があるという。
 また密教の行者が不動明王の威力によって、金鎖で縛るように、人
(あるいは人に害を加えるもの)を身動きできないようにする法を「金縛り法」とか「不動金縛り」という。外部からの意図的な所作と言う。
 だが勝手な思い込みで、これを主張しているのではない。腹から声がしたという感覚を観じた人は、他にも居るからである。
 その一人に、『生長の家』の初代会長の谷口雅春先生が居る。この新宗教は神道系である。
 大本
おおもと/一般には大本教というが正しくは大本)の幹部に名を連ねていた谷口先生が、昭和四年(1929)に神示を受けたとして、翌年神戸で創刊した個人雑誌『生長の家』を通じて布教した新宗教である。この新宗教は、世間で言う新興宗教とは違う。主旨は、宇宙を久遠の生命の在り方として捉え、万教帰一と天皇絶対を強調した新宗教である。
 そして最も驚異すべき体験談を『神霊界』誌上で発表している。その内容を短縮して書く。以下記述に対しては敬称省略。

 谷口はもともと敬虔なクリスチャンであった。最初、大本を訪ねたときその印象を「人生の妖怪化」と表現している。それだけに激しい反撥(はんぱつ)を覚えたと告白している。鎮魂帰神法を受けると、憑衣していた狐の霊が顕われ、自分の口を遣って告白したと言う。このときの神秘体験を「一切の人生の構造(からくり)が明瞭になった」と吐露(とろ)している。
 此処で起こったことは、鎮魂帰神法を受けると、憑衣者が喋る。つまり憑衣者か狐であるから、喋るまいとして無理に口を噤
(つぐ)んでいても、下腹の方から上がって来て喉に詰まるような感覚を覚えた。勝手に唇がぴくぴくして痙攣(けいれん)した。
 そして遂に「うしろらのこんじんさま」と言わされてしまったと言う。
 次に審神者
(さにわ)が訊いた。
 「ウシトラノコンジンマサが言えたら、次にあなたの名前をお伺いしましょう」
 「……………」
 「お名前は?……、あるなら行って御覧なさい」
 そのとき、谷口は知る限りの神の名を連想したと言う。エホバ、ゴット、宇宙の大霊、天帝……などの名だったと言う。
 そして腹から競り上がって来た狐の霊は「みくるみひこのみこと
(美久留美彦命)」と腹中の一存在が答えたと言う。これは谷口自身が全く想像し得なかった名前と言う。そう言う神の名は全く知らず、連想し得ないものが口を突いたと言う。
 審神者は次を訊いた。
 「美久留美彦命さまは、何処にお祀りでしょうか」
 「明石の浦」
 「お供えは?」
 「ある」
 「何が一番お好きですか」
 「油揚が一等」
 「この肉体に喰わせれば宜しいでしょうか」
 「そうだ」
 憑き物は油揚と天麩羅が好きだったと言う。しかし、怨みの吐露はここから始まる。
 この吐露により憑衣霊は自らの姿を顕した。
 では、なぜ谷口に憑衣したのか。
 それは谷口に憑いて、彼の父親を殺させようと殺意を抱かせ、殺害を企てさせたと言う。憑衣した狐は谷口の父親に殺された。それを怨みに思った。
 谷口自身、父親が生きているとき何度か殺そうと思ったと言う。その殺意は谷口の恋愛問題だった。この恋愛も谷口の告白によれば、相手の女性にも仲間の狐が一匹憑いていて、狐同士が恋仲だったと言う。谷口は自分の口から語られる憑衣霊の明確な言葉によって、驚きと興奮をもって聴いたと言う。
 告白によれば「そのころ私は恋愛を神聖な行為と考えていました」と語り、「当時の心境としては、恋は霊と霊の囁きで、二人は夫婦になるべき運命が決定されている。二人の愛は永遠であり、運命の神に対して、どうぞ二人を一緒にさせて下さい」と祈り続けたと言う。
 更に追言として「今から考えてみますと、両人の心に恋愛を芽生えさせ、それが私の一家を惑乱させ、自分の父親を殺そうと思わせるに至った運命の女神は、実は油揚と天麩羅の好きな狐だったのですね。私の思想感情嗜好などの一切は憑衣霊に左右されていました」と告白し、「此処まで狐の怨みが深いとは想像もできません」でしたと心内を隠さず述べている。
 これは何処からが狐の心情で、何処からが自分の心情であるか、全く区別はつかないが、憑衣霊が物を欲することも、憑衣霊が恋をする恋愛感情も、憑衣霊の嗜好
(しこう)などにおいても、それは自分が憑衣霊の欲求に応じることに使役され、本当の自分のために生活しているのでなく、憑衣霊の奴隷として生活しているのであり、谷口はこれまでを顧み、人間は憑衣霊のために奴隷になって一生をあくせくしていることは何と言う皮肉かと思ったと言うのである。

 私はこの話を知ったとき、憑衣と言う言葉を用いて説明するこの言に、ふと女性の腹部に居るという“眠れる蛇”を連想したのである。この蛇は、果たして女性ばかりに棲んでいるのだろうか。“眠れる蛇”の話は真言立川流などの経典に出て来る女性のシンボルである。
 時として、覚醒した眠れる蛇は脊柱を駆け上り、脳に達し、そこに居座るとも言う。エクスタシーなどで恍惚常態が起これば、少女は女して目覚めると言う。
 あるいは蛇が姿を替えた動物の形をとって、腹の中で霊的な存在となっているのだろうか。
 そういう疑念を疾らせると同時に、現代社会で、現代人が毎日多忙に追われてあくせくしながら働いているのは、果たして自分のために働いているのか、憑衣霊に働かされているのか、その何れにも境目のないところに、何か現代の多忙の根元には憑衣霊が、人間に嗾
(けしか)けている側面を持っているのではないかという疑問箇所を垣間みた思いがしたのである。
 自分の心が感じる、例えば美味い物が食べたい、いい服が着たい、いい家に棲みたい、いい車を乗り回したい、人があッと言うような美人にモテて独占してみたい、また権力を手に入れて、人を意のまま思いのまま操ってみたいなどの欲望は、もしかすると、人間から生じた欲望でなく、憑衣霊に操られた欲望でないかと思うのである。好みも憑衣霊の意思が働くという。怨みも忿怒も、そこに回帰するのかも知れない。

 私の場合、伝説によれば、怨みに思う怨念の呪いが、私の先祖に掛けられていたと言う。その先祖から私まで続いていたと言う。
 この狐は先祖からの酷い仕打ちで殺されて怨みに思い、一族を根絶やしにするためにある時期、私の肚の中に棲み付いたと言うのである。肚霊の本体を眠らせ、それに代わって私の肉体を支配したと云うのである。
 私は、このとき酒の中に混入した妙薬を飲んでいた。飲んだ朝方の迎え酒に古い瓢箪を灼
(や)いてそれと等量の黄蓮(おうれん)を粉にした物を二匁にもんめ/約7g)ほど混入されていた。その妙薬を、私に大女将が呑ませた。知らずに呑んだ。その効果は徐々に顕われ、次に起こった異変は激しい嘔吐だった。此処で何もかも吐き出したように思う。
 このとき真弓は、私の名すら知らない。あるいは既に調査済みだったかも知れない。この女性が私を十日ばかり借りるということで、家内に挨拶に習志野に行くと言うのであった。
 本来朝からの目的は、習志野行きであり、その中に当日のプランBがあったように思うのである。
 ところが、これにも番狂わせが起こった。
 計画にはプランCはなかった。そこに余興的な即興劇を演じる羽目になった。

 プランCは、私の独断と偏見の自由奔放なる意外なる番狂わせに象徴されていた。プランにない奇妙な即興劇だった。
 そこで悪ガキ制御の話術のお手並みを拝見し、そこでやんわりとした媚術並みの魅惑術をみた。これには何か不思議な天性の才を持っているのだろう。
 彼女に一時期、新任の国語担当の講師を遣らせ、泊めろということで宿泊させ、そこでまた珍現象に遭遇した。それはまた「今が一番面白い束の間の蜜月」であった。
 真弓が始めて習志野に来た日、「変わった一日」が起こった。特異点に到達した。気化する沸点に達した。
 それは“どたばた喜劇”であり、“てんてこ舞い”で忙しく、何が何やら分らぬままに一日が終わったという日であった。こう言うときは、時間の経つのが早い。
 ところが、その早く変化する一日は、これまでにはない非日常の一日であった。こういう一日は、変化が激しく、実に早く、単に場所が異なるだけの非日常ではなかった。死の非日常の中で、訳の分からぬ珍現象が起こり始めていた。
 夜中の哭
(なき)き聲(こえ)である。それも女の聲である。さめざめと、しくしくと幽(かす)かになく哭き聲であった。しかし誰が哭くのか、何が哭いているのか分らなかった。
 私は、もしやと思った。これはドッペルゲンガー現象ではないのかと思ったのである。時間的にも気味が悪い。選
(よ)りに選って、丑三つ時刻うしみつどき/午前2時から2時半頃)である。

 「誰かが哭いている……」そう思った。
 家内を揺すった。
 「おい、起きろ」小声で言った。
 辺りは鎮まり、冷気に包まれている。家内は一瞬はッ!として目を開けた。家内は霊媒体質で、かなり勘のいい女であった。一歩間違えば心因性ショックで狂い易いガラス細工のような女であった。些か巫女のような異能力をもっていた。私はこの異能力に絶大な信頼を寄せていた。
 「なあに」と起き上がって来た。
 そのとき突然、冷え冷えとした風が部屋の中を吹き抜けた。不穏な風であった。何かが来たように感じた。
 「何か聴こえないか?」
 「聴こえるって?」
 「誰かが泣いている聲だ。しくしく哭くような、そういう雨降りの時のような聲が遠くからする。よく耳を澄ませろ……、どうだ?。聴こえないか」
 しかし、そう言った時には何も聴こえなかった。
 「空耳でしょ」最初、相手にしなかった。
 「確かに泣いていた。今まで哭いていた。それも人間の聲
(こえ)だ、女のような……」少し確認に満ちた語調で言った。
 「別に何も聴こえませんよ」
 そう言われても、確かに誰かが哭いているような声がしたのである。
 「訝
(おか)しいな。確かに、しくしく哭く聲だったが……」
 「では?、彼女かしら……」これは勘から起こったのだろう。
 最初はこの哭き聲を疑った。しかし聲は絶頂・脱魂のそれとは違う。断じて忘我、恍惚、法悦の類
(たぐい)ではない。悲しいとか、憎いとか、悔しいとか、惜しいとかの聲を殺した忍び泣きである。
 こうなって、彼女が寝ている部屋に様子を見に行ったのである。
 しかし、何の異常もなかった。二人して、漸
(ようや)く安堵(あんど)した。そして、また今来た廊下を逆戻りして静かに歩いている途中だった。
 その途中、私は悪戯半分に、下から自分の貌に懐中電灯の光を当てて、家内の背中をポンと叩き、くぐもった声で「見たなァ〜」と遣ってみせたのである。
 すると家内は黄色い悲鳴を張り上げて「キャーァ〜!……」と大声で喚いた。今度は彼女の泊まっている部屋の引き戸が荒々しく開かれ、彼女が首を出して「そこのお二人さん、夜中ですよ。静かにして下さらない」と叱責されたのである。
 「ほら、御覧なさい。叱られたじゃないの」と睨んだのである。
 「お前が大声を出すからだ」
 「あなたが脅かすからよ」
 「俺ばかりの所為
(せい)じゃない」
 「だって、あなたが哭いていると言ったからですよ」
 「お前だって哭いていると相槌
(あいづち)を打っただろ」
 再び開き戸が開かれて、再び彼女が「もしもし、お取り込み中、恐縮ですが、もう少し静かにして頂けません」と再度釘を刺されたのである。だが、そう言った彼女の下半身がどうなっていたか定かでないのである。あるいは首だけだったかも知れない。下半身は別のところにあって……。
 部屋に戻ってから、妙に眼が冴えて寝られなくなってしまった。
 いま首を出した私たちに注意を促したのは確かに彼女だが、あの貌はいつの貌だったのだろうか。昼なのだろうか、夜なのだろうか。思い返せば釈然としない。新たなる疑問が湧いて来た。そして果たして下半身は付いていたのか?……。下半身があると思ったのは、思い込みだったのか。思うと、何とも奇妙だった。
 こうなったら、朝までこれから先のことを話し合うしかない。

 「少し訝
(おか)しいと思わないか」
 「どこが?……」
 こうして彼女の謎解きが始まったのである。
 何故なら、確かに首から上は見たが、首から下は見ていない。付いていたのか、そうでないか、釈然としない。首だけだったようにも思う。
 幽かな哭き聲一つにしても、尋常な感情表現でない。確かに聴いた。誰かが哭いていた。それとも彼女は、夜と昼の人格が入れ替わるのだろうか。そういう現象があることを聴いたことがある。
 陰陽の変化が激しい人に起こると聴いた。そういう話をかつて聴いた覚えがある。それに、どうも何か引っ掛かることがある。
 今、開き戸を開けて貌を出したのは、あれは昼間の彼女の貌ではなかったか。そういう気がする。夜のもう一つの貌は蒲団の中で哭いていたのかも知れない。そうすると彼女は二つの人格を持っていることになる。あるいは何かの弾みに人格は分離したのか。この現象は心因性障害を起こしたとき、その現象が顕われるとも言う。ドッペルゲンガー現象と言う。そして家内の異能力を通じて、彼女の寿命を訊いた。
 その長さを訊いた。家内は彼女の寿命は短いと言う。
 「彼女は短いか」
 「そう映ります」
 「病んでいるって、何に病んでいる?」
 「難しいものに……、複雑のようです。だから縺
(もつ)れた糸を解くのは難解でしょう」
 「どう難しい?」
 「今の医学では治せない、何か霊的な恐ろしいものに……。現代医学は霊的なものに無知です」《精・気・神のうちの神
(しん)が冒されているとでも言いたいようだ》科学的体系論が逆に、霊的無知を生んだのだろう。
 「それ、見えるか」
 「今は見えません、そのうち見えて来るかも知れません。悪い方に豹変した時に、そういうことが起こるかも……」という。それは豹変する確率が極めて少ないと言うことだった。
 その元凶を、彼女の透けるような白さだという。これを病んでいる白さという。何か精を激しく消耗していて、それが表面化した時、怕いというのであった。白蝋のような透けた白さは、疾病が原因か。
 そして寿命分析が始まった。
 彼女がいまドッペルゲンガー現象を起こしているとして、その寿命値を換算すると、二十歳前後のときに、何か異変に遭遇したことになる。それから残り寿命を割り出せば2分の1であるから、40歳を少し超えたときに死が遣って来る。既にエネルギーが二分され、その現象が霊障の症状として顕われている。
 私はそれを最初、疾病と検たのである。白蝋のような白さを疾病と検
(み)た。これは精の消耗の激しさを顕している。そして彼女の霊的構造が、これまでの話から徐々に見えて来たのである。

 その話しの中に「この頃、エネルギーが減少しているようで、何か躰に力が入りませんの、ふわふわしているような感じで……」と云った。
 そこで更に突き詰めると、奇妙なことを言った。
 「高山病ってあるでしょ。あたくしトレッキングはしませんけど、話に聴いて、何だか空気が薄いと感じますの。気圧の低下とか酸素欠乏で起こるような、そんな感じがしますの。別に難聴とか意識障害などは感じませんが、夜になると泣きたいような気持ちになったり、それでいてフワフワとした夢の中で何処かを歩いて来たような、そういう感覚に囚われることがあります。そのときは訳の分からない疲れに襲われて、気付くと朝になって幾分元気を取り戻したような……。とにかくそんな訳で、エネルギーの薄さを感じますのよ」と、エネルギー分散を臭わせることを言い出したのである。

 家内は彼女の肉体から霊臭が洩れていると言う。その元凶は神
(しん)が冒されているからだと言う。
 その結果、生体に霊現象が顕われ、幽体が損傷して行く。その損傷は、もしかすると子供を産む大本に顕われるかも知れない。家内が子宮と言ったのは、そこに何か霊障が起こったよ言うことだろう。考えられることである。これまでの話しの辻褄が合って来る。
 霊臭の元凶は、子宮に取り憑いた癌腫であると臭わせた。後に診断の結果はその通りになった。しかしこの当時はまだ気付かなかった。この癌腫は子宮頸癌
(主として扁平上皮癌)と子宮体癌(主として腺癌)があり、前者の頻度が高いと言う。死に至る確率が高いとされる。症状は出血や帯下(たいげ)などに始まり、進めば疼痛や全身衰弱を来すと言われている。末期となると、異臭を発する。
 この異臭は後に私も、見舞った時に度々嗅いだことがある。それを私は第一印象で白蝋のような透ける肌の白さを疾病と感じ、家内は霊臭が洩れていると言った。もう霊的異変が顕われていた。この異変に早くから大女将は気付き、何かに縋ろうとしていたのかも知れない。藁をも縋る気持ちだったかも知れない。その縋った相手が私だった。果たして役不足であったのではあるまいか。

 このとき家内が云ったことは、彼女には別の男の影がちらついているという。それは彼女を蠱惑した男だという。それを家内は異能の力で推理した。正確には異能と霊能は異なる。元来は古代人が感じていた日常感覚である。誰もだ大自然に対して普通に感じ取っていた感覚である。霊能開拓などにみる
高度な修行を通して身に付けたものでない。古代人なら誰もが持っていた精霊を感じる感覚である。現代では、それが異能として残った。これはごく限られた人だけにある。
 今日では同じように扱われるが、異能力は太古の縄文人が持っていた能力であり、この時代の人が誰でも、ごく自然に生者とともに死者とも交わっていた。太古の人はそう言う能力を誰でも持っていたらしい。現代にもそうした異能の因子を引き摺る人がいる。特別に修行したり訓練したりするものでない。ごく自然に、生まれたときから備わっているのである。
 特に異能者は、女性の場合、髪の毛が、まさに緑の黒髪というように、艶やかで勢いがあり真っ黒なのである。緑は艶のある美しい髪の毛を形容したものである。決して栗毛掛かっていない。茶色でないのである。
 家内はそのような異能力をもち、また激すると分裂病に間違われ易い霊媒体質であった。その証拠に、かつて文学などで表現された「緑の黒髪」を持っていた。この黒は異能者の特長と言う。髪の毛自体が確りとしているのである。そして太く、癖のない髪をもつという。その能力維持期間を「黒髪の色褪せに間
(ま)」とされている。
 だが、忌まわしい某大学の造反事件が起こった。理不尽極まる奴らの行為に、憤懣遣る方ない怒りでおかしくなった。家内は感情家である。人より感性が強い。普段は静かだが、理不尽や不条理に遭遇すると自制が効かなくなることがあった。そのとき怒りが心因性ショックを生んだ。
 更に不運だったことは、最初に連れて行った病院の医師の誤診で、精神安定剤の投薬の間違いから、神経症系の病気が、精神病系の病気に病変してしまったのである。そのとき精神分裂病と診断された。
 以降、私の波瀾の人生は、ここに始まったと言ってよい。家内と伴に地獄を背負ったのである。
 此処から長い遍歴生活が始まった。そのうえ億単位の借金を背負っていた。自分の撒
(ま)いた種である。自分の撒いた物は自分で刈り取る責務を負う。悪戦苦闘の日々であったが、いつしか商売の順調を得て、ことときばかりはと、つい羽目を外し、極楽トンボを遣ってしまった。このトンボはところ構わず飛び回った。その先に蜘蛛の網があるのも気付かずに……。
 網に掛かり、猟られた。間抜けだった。

 『ひさご花』の大女将に私が験されたとき、既に、私を猟る計画がで来ていて、それが遂行されていたのである。それを文字の流れるような行書の美しい結び文字の内容から読み解いたのである。
 あるいは、私と家内を二度見て知っている腰瓢箪の仙人然とした老人が、大女将に告げて、「姪の救い人あらわれる」などと耳打ちしたのかも知れない。しかし、私は決して「救い人」などではない。前時代的な時代遅れの、世間の常識枠から食み出した愚かな規格外の人間だった。こういう規格外に、検討外れにも大女将は白羽の矢を立てたのである。実に奇妙だった。

 しかし、気紛れ的に始まった「奇妙」は簡単には解決する気配はない。
 僅か十日ばかりでは終えまい。まだ長く続くだろう。その「長さ」に、私は一つの懸念があった。
 家内の耐久力も限界がある。もうそろそろ時間切れになるようにも思える。家内が輝いている時間は、もうそんなに長くはあるまい。今のところは、それなりに伝習塾は巧くいっている。だが、これには終止符を打つ時間が刻々と迫っている。あと一ヵ月の期限付きの時間なのである。この時間を過ぎると、突如時限爆弾が爆発するかも知れない。時々刻々とカウント・ダウンされているのである。
 それに家内の精神状態である。
 いま精神が安定しているのは、越後獅子二人の御陰であろう。家内を支えているのは上原小夜子と勅使河原恭子であった。仲良し三人組の奇しき繋がりが、家内を生き生きさせていた。だが、それにもタイムリミットがある。もう直ぐ時間切れとなる。
 習志野から離れ、豊橋に移ってこの二人と別れるのなると、その次に襲って来るのは、また旧
(もと)の木阿弥に戻り、悪夢をぶり返すであろう。地獄のような生活が襲うかも知れない。このときが一番恐ろしい。極度な躁鬱の周期的な悪夢に苛(さいな)まされるだろう。その時間が時々刻々と迫っていた。
 それを思うと、真弓との長い一日の複雑な愉しみも半減されてしまうのである。そして、ふと昏
(くら)い貌になる。貌に翳(かげ)りが出て来る。義に寄って助太刀申すも、やがては潰えることになる。

 これまでは不思議な愉しさの連続だった。それが美人を連れていると言う少しばかりの優越感を陶酔させる何かがあった。また庇護者であると言う奢
(おご)りもあった。
 だが、それは家内の精神状態が落ち着いている場合に限りである。もしこの拮抗が崩れ、躁鬱の何れかに傾けば必ず地獄並み、あるいはそれ以上の地獄が再び再現されることになる。
 それだけに、家内のこの習志野時代は、家内を知る期間、最高に輝いていたと言えよう。奇しき縁を得て出遭ったときのように、人の揚げ足を取るのも巧くなっていた。切り返しも鋭くなっていた。それだけに安心して極楽トンボが遣れたのだが、その後はどうなるのか。思えば憂鬱になる。心の深い所にあって、黒いものが浮上するのを感じていた……。
 不思議は何もいい方ばかりに加担して起こるのではない。悪い方にも加担して不思議現象を起こす。
 私は奇妙な符合が一度限りで終わっていたら、これほどまでに心を動じさせることも無かったであろうし、怪奇現象などを信じるに足りぬ世迷い言と一笑に付していただろう。しかし、こうも立てて続けに起こっては話が別になって来る。
 世の中には不思議なことが起こる。あたかも偶然を連続させるような連鎖が起こる。
 しかし、この夢とも現実ともつかぬ、白昼夢のような不思議な現象は一体なんだろうか。
 長い人生の途上で、誰もが一度や二度、こういう経験をすることはないだろうか。余りにも現実離れした世界を、ある瞬間に垣間みると言うような、そういう不思議に遭遇したことはないだろうか。
 私は、夢うつつのなかでそういう睡眠とも覚醒とも異なる奇妙な体験をしていた。
 奇妙な香りを嗅ぎ、酔わされるような媚薬を飲まされ、浮遊しているような感覚を受ける空間の中に浮んでいるようだった。

 そこに何かが襲って来た。誰か分らない。段々不吉のようなものに姿を替えつつあった。膨らんでいるようにも思える。一方的に襲ってくる。それが何だか、意味不明のものである。それが闇の中で溶けている。貌が見えない。闇から不意に襲われた感じであった。斬りつけられた感覚もあった。それがスッと目の前を通り過ぎた。上手く去
(い)なしたつもりであった。
 ところが去なしきれないものもあった。いきなり水を浴びせられるような思いがした。それに苦慮して、もがいているようだった。
 遠くで誰かの聲
(こえ)が聞こえた。それが段々近付いて来た。

 「……先生、……先生!」
 思わず「あッ!」として眼を醒ました。
 《何だ夢だったか……》
 眼を醒ますと真弓がいた。急に現実に引き戻された。
 思えばこれが不思議だった。あたかも夢の中で心理的な精神分析をされているようだった。験
(ため)されているような感覚を抱いた。

 精神の深層の無意識の世界を、夢分析、自由連想、催眠などを使って探る方法で、この理論体系を作り上げたのはフロイトであり、この学説をベースに、ユングやアドラーらの精神医学者が、例えば神経症の病因を劣等感の処理に失敗したと言うことを究明した。それに代わっては優越感への努力に勤めることを主唱し、特にユングにおいては師匠のフロイトから離れて、独自の心理分析学を創始した。
 東洋では、こうした人間の深層心理に入り込んで、精神分析をした結果、催眠暗示の術が遣われて来た。特によく知られるのは、大麻
(ハシシュ)を用いる暗殺暗示で、「山の老人」の殺人指令はよく知られるところである。

 世界三大宗教の一つであるイスラム教には、幾つかの分派や教団があり、中には急進的教団として、シーア宗の分派であるイスマイリ派の、更に支派としてニザリ教団があった。
 ニザリ教団は、ハサン・イ・サバーに率いられた教団で、イラン高原の険峻な岩上に本拠を構えていた。
 「山の老人」はこうして若者達を訓練し、暗示を掛けて、次々に実行犯に仕立て上げた。そして、近隣諸国の王や貴族を脅し、服従させ、貢物
(みつぎもの)を巻き上げていたが、やがてモンゴルの皇帝フビライ・ハーンの弟、フラグ・ハーンの襲撃を受けて滅ぼされることになる。
 またニザリ教団は、スンニ宗を擁立する、時の覇者セルジューク勢力に反抗した。
 このハサン・イ・サバーこそ、アラムートの城塞に立て籠
(こも)った、初代の「山の老人」であった。
 「山の老人」はセルジューク領内に、度々、手練の刺客を送り、暴動や煽動を繰り返した。1090年頃の話である。

 マルコ・ポーロが、父ニコロと叔父マテオと共に、生まれ故郷のヴェニスを出て以来、26年間もの東方
(オリエント)への旅立ちを開始したのは1270年の事であった。
 当時十五歳であった少年マルコ・ポーロは、生来聡明であったといわれ、瞬
(またた)く間にタルタール人の言語や習慣を修得し、また、フビライ・ハーンの寵愛(ちょうあい)を受けて元朝に仕えた。
 マルコは、ハーンの使者として東方の各地を旅行し、帰朝するや、その見聞を詳細に皇帝に報告した。
 また、珍奇な品物や数多くの献上品をして、皇帝に非常に喜ばれた。
 やがてマルコは、帰国の後、ヴェニスとジェアノとの戦いに敗れ、捕虜となった。こうして獄中の繋がれるのであるが、その中で一緒だったピサの人ルスチケルロが、マルコ・ポーロの口述を筆記して出来上がったのが『東方見聞録』であった。

 この書物の内容は、半ば信用されずにいたが、「山の老人」の話は、中国側の文献である、金
きん/中国東北部の女真族完顔部の首長阿骨打アクダの建てた国で、遼・北宋を滅ぼし、東北・内モンゴル・華北を支配した)末の作家が記した劉郁(りゅういく)によって纏められた常徳じょうとく/元の憲宗の時、西征中のフラグのもとへ出向いた使者)の旅行記『西使記(せいしき)【註】元の劉郁撰で1263年成る。常徳の見聞記)にも記載されており、これまでは、ほぼ間違いのない事実となっている。但し、『西使記』では「山の老人」が用いたのは、ハシシュでなく酒であると記されている。
 しかし、「山の老人」の用いた媚薬とされるのは、明らかにハシシュ
(hashish)であり、つまりインド大麻の樹脂である。インド大麻には、麻の穂や葉に含まれている幻覚物質で、栽培種の花序(かじょ)から採ったものをガンジャ、野生の花序や葉からとったものをマリファナ、雌株の花序と上部の葉から分泌される樹脂を粉にしたものをハシシュといい、総称して大麻という。
 このハシシュこそが、アサシン
assassin/暗殺者)、あるいはアサシネーションassassination/暗殺)の語源となったとされている。しかし、一方「山の老人」が遣った不思議な媚薬のハシシュはアサシンの語源となったと言う説には反論もあるようだ。

 私は媚薬を盛られ、あるいは麝香
(じゃこう)などの作用で、反睡眠状態に置かれて、精神分析をされていたような感覚を抱いていた。心理テストを受けていようにも思えた。
 奇妙な体験をしたのである。
 こうした訳の分からない遭遇は、人生には何回か巡って来るようであり、それは人によって異なろうが、それを考えると、実際に人生は長いのか短いのか、時間と言う感覚が曖昧になって来るのである。
 その上に現代は多忙の時代である。ダボウの時代を多忙と思わせないのは、経済優先政策が多忙を感じさせない社会を創出させているからである。これにより人間牧場で生活する連中は、時間の感覚を単調な生活だけを押し付けられるから、結局、思考力で低下させ、自分と言う個体の存在すら曖昧にさせて、観察点を常に外だけに向けているのである。言わば自己認識を喪失しているのである。
 つまり現代社会特有の権力筋の巧妙な搾取に気付かないのである。
 人間牧場の柵
(さく)の中に置かれ、監視され感得され管理される社会システムには、完全に自己を発見する機会は永遠に失われる。その自覚症状を持たないままに生きているのが現代人である。プライバシーとか個人情報などと称して自己防衛に当たっているが、権力筋の監視の眼は、個人が如何にそれを防衛しようと、既に把握し、微生物管理に既に成功しているのである。
 その中で、底辺の微生物は、自己すら発見出来ずに葬り去られる個人主義を謳歌しているのである。

 そして自分の人生が長いか短いか分らないまま、これを例えば地学的に見れば、一個の人間としての生命体は、単に一瞬の線香花火のように短く、果敢なく、一回の輝きで終わってしまい程、底辺の微生物の生命は刹那なのである。そうした瞬時の刹那にあって、遺伝子だけが連綿となって血を繋げて行くのである。
 個体の命など取るに足りない現代は、またその人の死も取るに足らないのである。そう言う世の中が、民主主義デモクラシーなのである。つまり「取るに足りない生命」を、平等と言う名の下で誰もが持て囃し、線香花火の一閃
(いっせん)のように果敢なく消えて行く運命を抱えているのである。
 更に現実の奇妙は、取るに足りない自身の遺伝子が、「わたし」となって、その後も永遠に続くのか、あるいは生命の死とともに断たれてしまうのか、主体的意識自体が曖昧なのである。個人の尊厳とか、個性とかと言うものは、この社会システムが人造的に考え出した「仮想」であろう。この仮想の中には、幾つもの生殖細胞を統合し、単なる機能の備品に過ぎないのである。受け継がれて行く遺伝子も、それは部品としての歯車に過ぎず、永遠の自己とは程遠い、部品で打ち切られる自己の終焉であって、そうなると、果たして自己とは何かということになる。その自己について、現代人は殆ど何も考えない。
 現代人は一部品としての中継点的な役割を担わされ、それ以上の存在でないようだ。

 《いま俺は部品として験
(ため)されていたのか?……。利用価値があるか無いのかを……》
 「まあッ!汗びっしょり……」
 「……………」
 「何かご心配ごともで?……」
 「いや」
 「それとも、恐ろしい夢でも?……」
 「別に……」
 私の心は読まれたのだろうか。この場合、《そうです》と言えばよかったのだろうか。その心配の胤は《あんたですよ》と切り返せばよかったのだろうか。

 「先生の奥さまッて、変わっておりますのねェ」
 唐突に何を言い出すのだろうかと思った。話題を振ったのである。
 「それは、何処か訝
(おか)しいということでしょうか」
 「いいえ、本当に変わっていますもの」
 「どう?……」
 「なにか溌溂として、生き生きして輝いていますもの、なぜかしら?」
 「今が愉しいと言うことでしょう」
 「それだけかしら……」
 「あなたがそのように映るのは、家内のいかれた部分を見ているからですよ。あたかも夢遊病者が動力を得て徘徊しているようなもの……、別に大した理由はありません。今は進行形の中に在
(あ)って楽しんでいるというところでしょうか」
 「よく分りません」
 「とにかく、今が愉しいのでしょう」
 「それにしても不思議ですわ……」
 何か、検
(み)たと言うのだろうか。
 「どこが不思議なのです?」
 「全く、ブレていないのです、一点に向かっているようで。何か、あたくしには理解できない志のようなものを持っていてその道の上を確り歩いているという自覚があって、はっきり言えば、先生を100%信頼しているところが感じられる……、これって何かしら?」
 真弓は私が家内とともに、ある理想に向かって歩いているこのことを垣間みてしまったのだろうか。
 家内は、かつて一緒になる前、私の構想に乗った。それに一枚噛んだ。自らその夢に一枚噛ませてくれと申し出た。
 そこで結婚届を出しただけの、誰にも祝福されない人生を一言も不平を言わずに歩いてきた。私たち夫婦は恋愛結婚したのでもなく、また誰かの勧めで見合い結婚した訳でもない。言わば、志を同じくする男女の仲を超えた同志結婚をしたのである。志の点において、共通項をもち結ばれて来たのである。これを畸形と言えば畸形であるかも知れない。違った形の、現代では殆ど見ることの出来ない結婚形態であろう。それを見て、真弓は家内のことを「全く、ブレていない」と言ったのだろう。

 確かに家内は、今までに見たことのないような、生き生きとした溌溂とした娘のような娘々としたところがあった。特に習志野に来てからそれが顕著になった。
 私の言う娘々とは気高くて、民間信仰に伝わる女性神の意味である。中国北部には女性神を祀る「娘々廟」というのがある。この廟
(びょう)では、天母娘娘(あるいは泰山娘娘)および聖母娘娘(あるいは天后娘娘)などに分かれて、安産並びに子宝の女神とされている。
 この物語では、娘々を「ろうろう」と日本語読みで顕しているが、この女性神は「ニャンニャン」という意味で、例えば中国民間信仰にある南部の沿岸地域の「媽祖
(そま)」に匹敵するもので、此処では航海の安全を祈る女神とされ「媽祖廟」が祀られ、天妃あるいは天后という。何れの神も、生き生き溌溂としして、活きのいい、はち切れんばかりの女神なのである。その女神に重ね、その表現を十代後半の娘に重ね合わせ、私は娘々と表現しているまである。女は時として観察眼を凝らすと、こうした娘々とした姿を年齢に関係無く示すときがある。

 しかし、これは未来永劫ではない。今の、本の束の間のことである。やがて消えるだろう。
 家内の生き生きとした溌溂とした姿にも、既に翳りの影が襲っていた。
 私には、「二つの見納め」があった。一つは今でしか視られない、平成3年当時の習志野の風景である。
 またこの習志野の空間で生きている家内の溌溂とした元気な姿である。今が旬であった。絶好調であった。
 その生き生きとした家内の姿である。家内の「今を生きる姿」である。もう、この姿は後にも先にもないはずだ。たった一度の姿だった。この姿も、やがて見納めになる。習志野を去ったと同時に消滅する。
 事実、家内は以降、もうこれ以上輝くことはなかった。豊橋に転居した後も、大津に転居した後も、更には北九州小倉に舞い戻ったときも、習志野時代のあの短い期間に輝いてみせた輝きはなかった。以降、同じような輝きを見せることはなかったのである。あれが女の一番輝いたときなのだろう。今が一番美しいときであったに違いない。
 このとき、私は家内の姿も、おそらくこれが見納めるなるだろうと踏んでいたようだ。そしてこの見納めは家内だけでなく、真弓にも言えた。彼女も「今を旬」の中に生きていた。
 当時、二人の女は同じように、今を旬の中に輝きを放っていた。後は家内共々、坂道を転げ落ちて行く運命が待ち構えていた。
 だがもう一つの不思議も芽生えようとしていた。
 それは真弓の存在だった。この女性が、家内と共鳴しているのである。家内の志を羨
(うらや)んでもいるようだった。

 「羨ましい、ご夫婦ですわ」
 真弓の眼には、そう映ったのだろう。
 「そのうち夢遊病者の動きは止まりますよ」
 躁から鬱への予兆は、既に暗示していた。いい時は短く、悪い時は長い。一番いい貌で輝くときは短い。人間は悪夢を見る時間の方が長いのである。
 「えッ!夢遊病者って誰かしら?」
 「家内ですよ」
 「どうして奥さまが?……」
 私は《あんたには見えないのか?》と迫りたいほどだった。その翳
(かげ)りが見えないのか?……と言いたかった。
 暫くして真弓の貌が一瞬曇った。何を思ったのだろうか。
 私は動きが止まるのあとに「眠る」と付け加えたかった。しかしそれを言っても詮
(せん)無いことであった。
 そこに食事が運ばれて来た。
 急に食欲を覚えた。そう言えば習志野を発つとき、列車の中で、飲食物は僅かにアルコールと肴を一緒に流し込んだだけである。
 「おッ!これは……」一瞬目を奪った。鯛と比目魚の高級仕出しであった。この手の込み方は、一流の料理人が捌いたと思われる。
 和服の女性が二人掛りで運んで来た料理は、真弓が予告通りの《とっておき》だった。酒まで付いて気が利いていた。
 真弓が、《さあどうぞ》という貌をした。持て成しの意味が籠っていた。
 「遅い昼食ですわ」
 「立派なお造りですなァ……。これは何と……凄いこと!……。
 凄いついでに、深川辺りから芸者衆でも呼んで、酒だけではなく、鯛や比目魚に併せて、綺麗処の舞い踊りまで付いていれば、もう全く言うことなしでしたのにね。その最後の詰めが甘いところが、実に惜しい……」と惜しそうに言うと、直ぐに真弓から遣り返された。
 「此処は竜宮城ではありませんのよ!」一喝であった。



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