運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続 壺中天・瓢箪仙人 4

(むら)社会では、集合単位が「村」であるため、外部からの交通や交易がないと、村そのものの住民の血は濃いくなる。近親同士が近寄り過ぎて、血はますます濃度になる。そこで近親同士の濃いくなって濁った血を薄めるために、かつては、どの村々も部外からの闖入者、つまり夜這いを暗黙の了解で認め、また暗闇祭という風習もあった。このときばかりは男も女も狂喜する。暗闇の中で狂いに狂い、乱交を始める。これをすれば確かに血は拡散する。濃度は下がる。

 この風習がいい悪いか一概に判定が難しい。一長一短があるからだ。
 血は確かに外部を取り込めば濃度は薄まろうが、狂気には呪われた黒い血が紛れ込む虞
(おそ)れがある。犯罪者や親子兄弟姉妹の近親相姦などの血の胤(たね)が紛れ込む。忌まわしい血が混入する。黒い血が遺伝因子として混入する恐れがある。黒い血を身籠る場合がある。

 男女が自由にまぐわう。大らかと言えば大らかだ。日本に性病のなかった時代の、あたかも万葉の世を髣髴とさせる。
 生物としての人間を観た場合、他者からの血は近親同士より薄くなるだろう。しかし一方で、「暗闇」と言う闇の次元での野獣的交わりは、霊的には数々の怨霊を作り出すことがある。乱交と言う風俗の淫
(みだ)れが、それを齎すからだ。

 これと似た現象が、現代でも自由恋愛と言う闇の中で作り出されている。血の汚染である。汚染された血は、互いに反撥し、呪い合う場合もある。何故なら、炭坑の中に親兄弟姉妹で交わった者が、濃い血以上に濃厚にする危険も孕んでいるからだ。
 ある国では娘を嫁に出すのに、娘が肉体に欠陥でない証拠を示すために父親が娘と交わり、妊娠したら無事に子供が産めるという証を得たと言う。そして生まれて来た子は、人買いに奴隷として売ったと言うのである。


●長い一日の入口

 人智では運命予測が不可能である。
 それは時間か位置
(場所)の何れかを固定して設定した場合、的確に予測することが出来ないからである。
 例えば、活断層地域で時間を固定して予測した場合、何年何月何時何分に、どの地点で地震が起こるかの正確な位置は予測出来ない。また同じく、位置を固定してこの地点では何年何月何時何分に地震が発生するか予測出来ない。あくまで確率論の範囲を出ない。
 また、ある人が居てこの人が十年後の何月何時何分にどの位置にいるか予測出来ない。十年後という時間単位には時間の経過があり、既にこの人は病気や事故・事件に遭遇して生きていないかも知れない。更にこの人が指定された地点に居るのは、何年何月何時何分かの時間を予測することは出来ない。何れかを固定すると、両者の関係は崩れてしまう。時間固定でも場所固定でも何れかを固定すると、その後の結果は予測出来ないのである。
 これは運命そのものがダイナミックに流動するからである。一寸先は闇の所以である。

 「これで、先生の本日の予定は無事終了ですか」
 私が書籍を買い上げたところで、真弓はこう切り出した。
 「そうですが……。しかし、昼の飯時も過ぎてしまいましたから、今から遅い昼飯にでもしませんか……」
 「……………」
 この問いに、彼女は返答をしない。簡単に相槌
(あいづち)を打たない。
 「腹、減りませんか」念を押してみた。
 「……………」
 沈黙とは、どうしたことか。
 再度同じことを訊いたが答えない。何か、能天気なことを訊いたのだろうか。彼女は沈黙したままだった。
 「直ぐ近くに蕎麦屋がある、蕎麦でも食いに行きませんか。先ほどの古本屋のオヤジが十万円も負けてくれたから、予想外に浮いた金が出ました。さあ行きましょう」
 私は『藪そば』へと誘った。此処が気に入らないのだろうか。あるいはこの店は客が多くて行列のできる店と言うことで、好みでないと言うのだろうか。座席も殆ど相部屋的で、店内が満員であるのも懸念しているのだろうか。だか、それならそれでいい。
 私一人で行こう。「さて……」と単独行動に踏ん切りを付けた。私の脳裡に描いた予測とは全く異なっていたからである。予測が外れれば、私はその場から去らねばならない。
 しかし、そのときに彼女が口を開いたのある。微妙な間
(ま)であった。人の気持ちを読んだのだろうか。
 話術では「間」という。即答を避けて、一旦泳がせ、表情から心の裡
(うち)を読むのである。話術を単に会話と受け取っては大きな誤りを齎す。特に話術を巫術(ふじゅつ)として訓練を受けた者は、人心を呪縛してしまうからである。そして、女でも男を易々と取り込んで手玉にとり簡単に掌の上で乱舞させてしまう。
 心に隙を作ればそう言う結果を招き、その後は光透波
(ことば)が浸透するから、如何にもがこうと攪乱されっぱなしとなる。自身では制御出来なくなる。舵を失う。男が美女に惑わされ、国まで滅ぼした事実は、何も殷の紂王(ちゅうおう)が妲己(だっき)によって喪(ほろ)んだ例を、一々上げるまでもないだろう。

 「そちらも宜
(よろ)しいでしょうが、これから、あたくしのプランに移っていただきましょうか」
 《なぬ?……、聴いてないぞ……。そう言う予測計画を今朝発表したのか》予想外れを招いていた。
 朝飯の時、今日一日の自分の予定にそういうことを発言したのか、否しなかったではないか。今日は私と同行して、それで終了する予定ではなかったのか。それを引き摺るとは、いったい何と言うことだ。
 やっと口を聞いた開口一番がこれだった。もう次なる作戦を促している。それは予定外だ。
 こうしてズルズルと虎口に引き込み、遂に私を“生き身”のまま生け捕りにするきなのだろうか。
 《俺なんか、啖
(く)ったって美味くないぞ》と喚きたい衝動に駆られた。

 しかし敵もさるもの。巧みに読む。
 「今の書店でのお買い上げで、先生の全プランは終了したということですよね。つまり、先生の本日の日程は総て終わったということですね」と念を押すように聞くのである。つまり《あんたは予定終了したので、もう思い残すことはない》という意味だろうか。何となく詭弁を弄
(ろう)していないか、あるいは巧妙な話術の仕掛けがあるのではないか。それを懸念してみる。言葉の話術は想像する以上に恐ろしい。
 だだ、これを甘く見て、畏
(おそ)れを知らぬ者が昨今は随分と多くなった。
 「そうですが……」
 「だったら、これから、あたくしのプランAに取り掛かって頂きましょう」
 「えッ!……、あなたのプラン?……」そんなの、有りか……。聴いてないぞ、奇襲ではないか。
 「こちらです、ご案内します」
 偶然にしては、何となく出来過ぎていた。俟っていたように堰
(せき)を切った。
 私は第二段階へと運ばれたのだろうか。

 平凡とは言い難い、日常の枠から食み出して、非日常の世界へと足を踏み入れていた。思いもよらぬ方向へと運ばれていた。予測不可能な運命のうねりに翻弄
(ほんろう)されていた。
 そもそも運命の「運」は、まさに《軍が走る》と書く。軍は猛烈な勢いで走り、一気に畳み掛けて来る。燎原
(りょうげん)の火の如く襲い掛かって来る。凄まじい。それだけに恐ろしいと言えば恐ろしい。
 総て、私のあり得る行動律を読んでセットしたのだろうか。彼女は恐るべき妖怪変化
(へんげ)だった。
 時折見せる豹変には驚かされることがある。これまで、彼女がズレて見えていたのは、次元の違うところでの環境の違いだろう。棲
(す)む世界が違っていた。これまでずっと雲の上に居た。そういう環境で育った。
 環境が違えば、底辺の眼から上を見てズレているし、上から底辺を見れば、またこれもズレている。
 これは意識の違いと言うものより、環境の違いだろう。
 育った環境の違いは、斯
(か)くも明確になり始めていた。そのズレは、あたかも活断層のようになり始めていた。余震から始まって本震に至るのか、いきなり本震が起こるのか。それは予測不可能である。

 「プランA?ッて……、それってA、B、Cと連続するのでしょうか?」
 「いいえ、Cくらいでは終わりませんわ。少なくともGくらいは連続しするかも……」
 「ご冗談を……」
 「冗談ではありませんわ」
 私は、《何という、ご無体を……》と言いたいところだ。いつになったら解放されるのだろう。
 まだまだ先は長いのである。しかし、仮にGくらいはあるにしても、これでは全く出口が見えない。何処から入り、何処で出るか全く分らない。まるで雲を掴む話である。
 「出口はまだまだですね……」諦めだった。折れねばなるまい。
 「お食事はもう少し俟って頂けません、とびっきりのものを用意致しますから……」
 「とびっきり……ですか」果たして蠱惑されたか。人間はこういう言葉で、今の「困」を攪乱され、未来に希望的観測を抱く。愚者の心理だ。
 “困”は口という囲いが、木を囲み、そこに押し込められる意味で、行き詰まるを顕している。
 「怒ってらっしゃいますの?」
 「滅相もありません」
 遵
(したが)う以外ない。思えば猟られたのである。そういう言い訳をしながら、一方で何となく、ハラハラドキドキする訳の分らないアバンチュールに似た感覚を楽しんでいた。これには不思議な愉(たの)しさがあった。吾(われ)こそ彼女の庇護者であるという捨て難い優越感が、私を陶然とさせる。
 だだ一方で、私一人の力では荷が重い。今の段階では解決の糸口も掴めず、誰かの力を充
(あ)てにしているようなところがあった。それは誰だろう。
 私では力倆不足である。その先に陥穽
(かんせい)に通じるものが潜んでいる見抜けない。何かがあると、私はまだ老熟に至る智慧を身に付けていない。一言で云えば、物事の読みが浅いのである。思考が単純であり、多面的複眼的に観察する能力が未熟だった。修行が足りないと言えばそれまでた。恃(たの)まれれば安請け合いをする軽薄・軽率な一面があった。事実、こうして引き回しに遇(あ)う羽目になっていた。あたかも市中引き回しの刑を受けているようであった。

 人間に感じる一日には、「長い一日」と「短い一日」がある。物理的な時間の長さは同じだが、その人個人に観じる時間には長短がある。
 短い一日は瞬く間に過ぎて行く一日であるが、長い一日は、一日自体が非常に長く感じる一日なのである。遅々として進まずという感じである。それだけ記憶されるイメージも大きいようである。
 これまでの数日間のことを思った。
 とにかく目紛しく変化しながらも、いつもの日常と変わりないのだが、この日常を思えば、いつもとは違った日常で、それは非日常だったのではないかと思うのである。急激な舞台展開がひっきりなしに遣って来たからである。
 要するに非日常ほど長く感じるものなのである。普段にない、例えば切羽詰まった緊急事態とか、戦争状態とかのその中の生活は非日常と言えるだろう。非日常の時間経過は変化に飛んでいるだろう。銃弾や砲弾が飛んでくれば、悪夢だがこの白昼夢は時間経過にどういう感覚が起こるのだろうか。
 今日で言う例えば、これまでの自宅生活、あるいは自宅と会社との行き来の仕事のオンとオフの単調な何の変哲もない一日は、確たる記憶の襞
(ひだ)に刻み込まれる単調な経過しか残らないので、その過ぎ行く時間の変化は、ある意味で変化に乏しく、大して記憶にも留(とど)めおかない。
 ところが、変化の激しい、次から次へと異変のような連続が続くと、その一日は記憶に留める事柄が殖えるために意外にも長く感じるものである。

 これは日記の記載から考えても、同じだろう。
 変化の多い一日は、日記に書き込まれる文字数はどうしても殖
(ふ)える。反対に変化の乏しい一日は、書き込む記載量が少なくなる。おそらく変化のない一日は、これ日々好日だろうし、変化が多ければ当然文字数も殖える。
 これと同じように、長い一日は記憶量が殖えるので、どうしても文字に顕せば当然長くなる。これは非日常時の特長であろう。
 昨今でよく言う、非日常は旅行などをして、これまでとは違う場所に移動したり、寝泊まりが泊まる場所が異なると、これを日常とは違った異次元空間として、非日常と称しているが、よく考えれば、この場所違いの空間は、非日常と言うには程遠く、違った場所で違った形の“非日常擬き”を経験しているだけで、結局場所違いの日常であり、また時間にしても、ただ日常生活の行動規範が違っているだけである。
 例えば、戦闘地域や地雷原の非日常の戦場を歩いている訳でない。日常の側面の延長である。
 普段の日常ならば、朝起きて仕事に行くために朝食を摂り、その後、通勤と言う行為が加わり、始業時間が来て仕事を始め、昼が来れば午前中の仕事が終了して昼食時間になり、その後休憩時間を挟んで午後からの仕事に取り掛かり、終了時間まで働く。その後退社となるのだが、人によっては居残ったまま仕事を続け、付き合い残業やサーブス残業をする人も居よう。そして遅くとも、午後九時前後には帰宅への帰路につくだろう。
 多くのサラリーマンはこの繰り返しの毎日を送っている。
 殆ど何も考えず、何の疑いも持たずに単調なる生活を繰り返している。多忙人生は人間の思考力を奪うようである。それは単調なる生活に、際立って変化が訪れないからである。これでは哲学もなく、哲学をしない哲学もない。無思考の中で埋没する人生である。

 ところが、休暇などを利用して、旅行した場合などは、場所違いや時間違いが起こっているため、いつもの通勤の時間帯には会社に向かうルートではない。これに家族などが同行していれば、全く別世界の中に居るように感じる。この似非的は非日常を、昨今では非日常と言うらしい。
 しかし現実の非日常とは、似ても似つかない一日の激変の中に身を置いている場合にあって体験するものである。それは刻々と変化し、あたかも戦況が時々刻々と変化するように、実に激しい移り変わりを自分で知覚し、体験するものである。


 ─────真弓はあるところへと案内した。蹤
(つ)いて行くと、そこが実に奇妙だった。
 最初、大衆食堂だった。玄関の使い古した暖簾
(のれん)の下を潜った。
 《何だ、食堂か……》私は内心、彼女は《とびっきり》と言ったから、お座敷のような店を想像していた。それが覆った。だが、はて?……と考える。思い込みは禁物だ。そこで俟てよ……と思い直す。
 意外とこういう穢らしい食堂で、思いもよらぬ逸品が出て来る事がある。ただの普通の食堂を甘く見てはならない。
 しかし一方で、「とびっきり」と形容する逸品が出て来るのか?……と思うと疑念も疾
(はし)る。やはり此処ではないらしい。遅い昼食は此処ではなかった。
 だが不可解にも、彼女は奥へと入って行ったのである。そこは何と、厨房の中であり、彼女はズケズケと踏み込んで行く。ついに彼女はいかれたのか……。
 思わず、《おいおい、此処は厨房だぞ。客が入るようなところでない》と注意したい思いだったが、真弓はお構えなしだった。勝手に奥へ入って行く。中では料理人が、何か料理を作っていたが、別に咎
(とが)める様子もなかった。
 厨房の裏口に出るドアを開けた。《何と奇妙なことをする……》と思った。案内する場所が、どうも尋常ではないのである。
 ドアを開けて路地裏の細い小径に出た。
 「驚きまして?」けろっとして言う。
 私の顔色を覗こうとしていた。驚愕
(きょうがく)する貌を楽しむと言うことだろうか。悪趣味ではないか。
 「はあ、何とも妙なことで……」
 「でも、驚くのはこれからですわ」
 「これから?……」
 「だって、まるでこの世には存在しない、とっておきのところですもの」
 「とっておき?……」私は“とっておき”に騙され易い。
 「今から桃源郷に、ご案内致しますわ」自信たっぷりの口調で言う。奇妙なことを言う。
 そこは下々には想像できない世界なのだろう。あるいは世間の目には触れない異空間なのだろうか。
 「桃源郷?……」
 「あたくしの後を離れずに蹤いてらして」
 これ自体、妙である。訊いても教えないであろう。蹤いてくれば分ると言う口振りだった。しかし「後を離れずに」とは、どういうことか。
 此処を数メートル歩くと、また何処かの家の裏口があり、そこの裏口のドアを開けて、そこは台所の狭い上がり框
(かまち)に闖入して立ち止まった。まさに不審者の闖入(ちんにゅう)である。立派な家宅侵入である。
 現行法では住居侵入罪で処罰される。あるいは、真弓には正当な理由があるのだろうか。
 「ここで履物を脱いで、手に持ってら……」という。これ自体、《何と?、何と?、何と?》を連発したいくらい奇妙であった。
 ハッキリ言えば、他人の家に上がり込んで履物を手に持つのである。闖入である。まるで空き巣狙いを働くようなことを髣髴とさせるではないか。
 何と、履物を手に持つとは?……。
 「あれッ、あれッ?……」辺りを見回した。誰もいない。下足番が居ない。
 「何か?……」
 「あのですねェ、普通だったら、こういうとき、本来は下足番が居てですねェ。その人がビニール袋を配ってくれてですねェ、その中に入れるよう指示するのですがね、ここはセルフサービスなのでしょうか?……」
 「下足番いて、ビニール袋を配るって?……」
 「あなた、そういうところ行ったことないですか?……、つまりその、例のあれですよ……、あれ……」
 「例のあれッて?……」
 「例のあれですよ」
 「先生。どこかお悪いの?……」何とも冷ややかに言い放った。
 「別にそこまで病気では……」
 真弓は何か思い当たったようだが、この歳になれば、もう“ねんね”であるまい。多少は世の中の裏も知っていよう。
 「先生って、案外と嫌らしい下品なものを、ご鑑賞なさるご趣味があるようですね」
 実に皮肉である。言わんとする意味が分かったようである。私を見損なって、とんだ狸の助平オヤジと思ったのだろうか。

 しかし、此処はどうもそういうところでないらしい。
 若い頃「超」が付く、秘密のお座敷ショーに行ったことがある。温泉地などの色町の裏に存在する闇商売である。そこでは、世にも卑猥なショーをやっている。そこでは人間の頭の中で考え出せる、絞り尽くした卑猥淫乱の類を演じていた。俎板
(まないた)どころではない。超過激だった。獣姦ショーもある。そういうところに行ったことがある。
 その入口は、とても秘密ショーを開催しているとは思いもしない、まさに秘密ショーの入口なのである。その入口のよく似ていたからである。てっきり、そう言うところと勘違いしてしまったのである。
 但し当時は案内人が、真弓のような「超」の付く別嬪
(べっぴん)でなく、目付きの鋭い、「超」を付けて形容したい人相の悪い、強持(こわ‐も)てのその筋のオヤジだった。そこではオヤジが、ドスの利いた濁声(だみごえ)で「いらっしゃい、履物はこのビニールに入れて自分で持つんだよ。いいかい、わしの後をしっかりついてきな、遅れるんじゃないよ」と、何か、何処かの、開陳の下足番と言う感じの、柄のよくないオヤジが案内するのである。つまり、これは官憲に踏み込まれた場合の用心である。履物を自分で持つのは遁走する肚があるからだ。
 だが、本日は違う。
 だいいち真弓が、そういう客引きを遣っている筈がない。私娼窟
(ししょうくつ)などで、不案内の者を連れこむ客引きではない。だいたい客引きにこんな美人は居ない。真弓は、あの時、わが塾の悪ガキが言った「うわ〜、ずげ〜ェ……別嬪(べっぴん)」なのである。
 そう思うと、自分の想像したことが、とんでもない的外れであったことに苦笑した。
 “ぽん引き”というのが客引きの、柄の悪いオヤジが連れ込んで案内するから、客はワクワクドキドキして蹤いて行く助平心を気持ちを起こすのである。これを真弓が遣ったらどうだろう。怪しんで、逆に警戒する筈である。

 私は雪駄を手にして、真弓は草履を手にしていた。それを手したまま、他人の家の台所から廊下に通じる両開きの戸を開け、板張りの廊下に出たのである。この廊下を歩き、ある部屋の障子を開けて、六畳ほどの畳部屋を通って、その先の襖
(ふすま)を開けた。更にもう一部屋の六畳があり、先には庭に面したガラス戸があって、それを開け、沓(くつ)脱ぎ石で履物を履き、庭では植木職人らしい老人が植木の手入れをしていた。
 その老人は近寄って来て鉢巻きを取り、頭を下げて「いらっしゃいませ」と言うのであった。
 だいたいこれ自体、何だろう?……。老人は下男のような態度をとるのである。
 老人は嗄
(しわがえ)れ声で「こちらでございます」と言う。そして納屋のような掘建て小屋に案内して、建て付けの悪い扉を無理矢理にこじ開け、「ここから先、少しばかり先日の雨で水没しております。また排水ポンプが故障しておりまして修理中ですので、坑内の一部が水浸しになっております。どうぞ此から先は、この長靴をお履きになってお進み下さい。履物だけは、ご自分で……」と言うのであった。
 履物はセルフサービスであるらしい。後で届けてくれるというものでもないらしい。つまり先のことは分らないと言うことだろう。つまり履物は自分で持てということは、先々に予想もしない何か俟っているかも知れないということだろう。万一の場合、非常事態に備えることを促しているようだった。
 下足番がいないので履物は自分で管理しろと言うことであろうが、「これから先は自己責任ですよ」と言う意味も含まれているのであろう。先には危険が待ち構えていることを暗示しているようだ。
 私は雪駄を重ねて懐に入れた。真弓は草履を軽く併
(あ)せて叩(は)き、袂(たもと)に入れた。

 しかし、それにしても不思議なのである。一切合切
(いっさい‐がっさい)が奇妙であった。
 その老人は確かに植木職人と思えるのだが、着ている法被
(はっぴ)というか、印半纏(しるし‐ばんてん)には屋号などの標識を染め抜いた表示がなく、黒一色なのである。同じような印半纏を着た人は他にも二人いて、同じように庭木を手入れしていたが、この人達の背中にも表示がなく真っ黒なのである。奇妙な職人集団が居ると思ったのである。
 この奇妙な職人集団を裏の世界で囁かれている「困窮の民」というのだろうか。難儀して、気の毒な人たちなのである。
 私はこういう不思議な職人集団を、かつて何処かの工事現場で見たことがある。そこの工事を請け負った業者は、建材を運んで出入りするトラックにもダンプにも、シャベルやクレーン車にも、更にはミキサー車にもコンクリートポンプ車にも一切の会社の表示がなく、何処の建設会社が工事をしてビルと建てているか、全く解らない集団を見たことがある。この世には、そういう表示のない工事請負人が居る。
 此処で庭木を手入れしている三人の職人は、そういう屋号表示がない黒絽
(くろ)の印半纏を着て作業をしていたのである。何とも奇妙なものを目撃したのである。

 奨
(すす)められるままに長靴を履き、私も袴の裾を引き揚げ左右を股立(ももだち)にとり、真弓は着物の裾を半分からげて帯の下に挟み、白い素脚の脹脛(ふくらはぎ)が剥(む)き出しになった。膝頭の上まで見えた。形のよい脚をしていた。
 しかしこれから先、排水ポンプが故障しているから長靴を履いて行けという。だが今さら《何だ、何だ、ここは?……》と驚いても遅い。しかし経験の無い、こういう非日常は普段では及びの付かない、訳の分からない異次元の世界に足を踏みいている。今がその瞬間であった。こうなったら遵う以外ない。これも運命だ。
 この運命には、私の好奇心も入り交じっていた。未知の世界に足を踏み入れる好奇心である。これを満喫出来ることは、今までに経験の無い、刺激的な「今」の只中にあたのである。
 だが、このように流される“この流れ”は、人間が介入してして少しばかり、小細工が出来ないのか。
 あるいは暫しの娯楽は無いものか?……と思う。
 さて、《娯楽ねェ……》となった。
 この先、言われた通りに長靴を履いて進むのは少しばかり軽率過ぎがしないか。単純ではないのか。その間の“おまけ”はないのだろうか。例えばグリコのキャラメルを買っても、おまけ付きではないか。その“おまけ”は……なんて考えてみる。
 もう、私は遊んでいた。遊び心というより悪戯心だった。そして『不思議の国のアリス』を演じていた。
 今から冒険譚の始まりである。

 「何で、長靴を履くのですか」
 真弓に訊いた。
 「先の坑道は下り坂になっていて、その一番下がったところが水溜りになっているからということでしょうか。だから長靴を履くということなのでしょう」
 「つまり、坂道を下り、下り終わったところからは、再び上り坂になっているということでしょうか」
 「そういう構造らしいですね」
 「どうしてです?」
 「何処か、何かの下を通っているからです」
 「下と言うと?……」
 「先生は北九州ご出身でしたよね。門司から下関には関門トンネルがあるでしょう、あれですよ」
 「なるほど。つまり、このトンネルは池の下か、河川の下を潜ってるということですね」
 「あたくしも詳しくは存じませんの。あたくし、土木工学系の出身でありませんもの、そういう見解を論ずるのだったら先生の方が、あたくしより、お詳しいのじゃありません?」
 「中々いいことを仰る。さて、ですなあ。私の見るところ、排水ポンプが故障しているというこの事実、少しばかり厄介ですなァ……」勿体をつけてみた。
 「厄介と言うと?……」
 「そうでしょ、いいですか。最下位の下り部分はかなりの水で水没しているかも知れないと推測します。つまりですなァ……、場所によっては深いと言うことでしょう。一部分は水没に近いということですよ、あくまで推測ですので確信はありませんがね」釜である。さて、掛かるか。
 しかし専門的となると「上下水道学」や「発電水力学」の知識が要る。それは皆無である。大学時代、「水力学」の教科書はドイツ語で書かれていた。そのうえドイツ語の授業もよくサボっていた。したがって理解していない。当時、この教科書を四千円で買わされたことを覚えている。輸入物である。おそらく水力学の教授には、かなりのバックマージンがあったかも知れない。
 さて、私は故意に嘘を言った訳でない。この構造なら、あり得ると推測したに過ぎない。推測であり、専門家の見解でない。だが予想は付く。水没常態を誰か既に確認しているのだろうか。そうではない筈だ。疑念は此処にある。
 「えッ!それ、どういうことですの?」
 私はこの返事を俟っていた。これで完全に彼女が完全にメカに弱いと分った。これで少しばかり遊べよう。
 世の中、面白いことより、つまらんことが多い。ここで一番、面白花火の一発も打ち上げて、冥土の見上げの洒落話でも作ってみるか。その程度の子供めいた悪戯を考え付いたのである。
 私は股立を止めて袴を脱いだ。
 「どうして脱ぎますの?」
 「どうして?……たって、深い所があって濡れるからですよ」
 袴を脱ぎ、速やかに畳みコンパクトにして紐の一部を腰に括り付ける。そして着物の後裾を取って、帯に挟み込み、尻紮
(しり‐から)げにした。
 それを真弓は唖然として見ていた。
 「あのッ……、あたくしも同じようにしますの?」
 「ご希望ならどうぞ、無理に勧めませんが……」
 さて、どう反応するか……、愉しみだぞ……。しかし膝頭止りで、どうも紮げる様子はない。だが無理強いはしない。紳士は女子の遇し方を知っているからである。
 「では、あたしくはこのままで……。方向は坑内を道形
(みちなり)に真っ直ぐですわ」となった。魂胆を見透かされたかな……。
 さて、これで進行方向が分った。坑内を潜
(くぐ)って、出口まで向かえばいいのである。
 「分りました、偵察に行って来ましょう。では、一足お先に……」
 私は構わず自分独りで先を急いだ。進めば何処か知らないが出口に出る。それだけで充分であった。
 数メートルほど進むと、そこから先が水没している。坑内は乏しい電燈が天井に一定間隔おきに設けられ、それが下にたわむように緩やかなカーブなっていた。この長さだけで数十メートルはあるだろう。しかし進行方向は道形に真っ直ぐという。途中で曲がりくねっていても、とにかく道形である。天井の灯
(とも)す電燈に沿って進めばいいのである。
 お先に……と言った以上、勝手知ったる他人の家である。道形に進めば迷うことはない。水の中をジャボジャボ水音を立てて進んだ。しかし長靴の膝までの丈でで、水はそれ以上超えないだろうか。何とも、深さのほどは分らない。進めば進むほど、段々怪しくなった。そして“俟てよ”となった。少しばかり深いようである。排水が充分でない。修理担当者はこの事実を知っているのであろうか。立ち止まった。その後を真弓が追って来た。
 これから先は自己責任のようである。
 「どうしました?」
 「これから先、どうも深いらしい……。水没は、かなりです」
 「困りましたわ」
 「あと、どれくらいです?」
 「2、30メートルというところかしら……」
 「この坑道、いったい何です?」
 「先の大戦時代の防空壕を兼ねた避難所だったと聴いておりますわ」
 帝都空襲の際、皇族や公家関係者はこのような頑丈な防空壕を所持していたと言う。それだろうか。
 「先の大戦って、つまり……」
 「大東亜戦争ですわ」
 私は、これを聴いて、「うム?……」となった。
 以前、桜の樹の下の老人は、私が先の大戦を「大東亜戦争ですか」と訊いたとき、「大東亜戦争とはこりゃァ懐かしい。この呼称は長い間米軍から禁じられていた。それを今の人が遣っておる。奇妙なことですなァ……」と、大東亜戦争という、今では殆ど呼称されなくなった戦争名を懐かしがってくれた。そしてその言葉を真弓が此処で遣った。何故だろう。
 なぜ彼女は「大東亜」という言葉を使ったのだろう。大東亜の語源には「大アジア主義」という反欧米駆逐思想が存在している。あるいはアジアの革命を目指した意味を持つ。
 いったい真弓は何者なのか。単にお嬢さん学校出身の、お行儀のいいお人形さんではないらしい。
 だが、彼女には懸念がある。殆
(あや)うきものを背負っている。家内が指摘した通り、不治の疾病(しっぺい)を抱えているらしい。病巣は「神(しん)」と言った。ここが冒されていると言った。おまけに大事にしてやれと言った。
 そういう彼女が、いま何をしようとしているのか。

 更にこの年代の、私より『九星』でひと回り若い世代が、この呼称を遣うことは実に珍しいことであった。
 普通、社会科の歴史の授業でも、今の世代なら、大東亜戦争と云う言葉でなく、アメリカが押し付けた太平洋戦争と言う筈である。それを敢えて大東亜戦争と呼称するのは、何故だろう。
 真弓にしてもそうだが、そもそも大女将自体が、実は何者なのか分らない。それに装飾の一部として、先の大戦での軍隊色が漂っていた。それどころか、単に銀座の水商売だけで、高輪にあれだけの豪邸は構えられる筈がない。バックには私の知らない雲の上の世界があって、そこでは一般庶民が知らない、途方もない組織が存在しているのかも知れない。

 現に、京都の一部にはそういうところがある。
 大きな屋敷の門構えを構えながら、その門柱には表札がないのである。高い塀に囲まれていて広大な敷地を要し、庭と思
(おぼ)しき場所では、常時数人の植木職人らしい人が手入れをしているのである。その職人の印半纏には何処の職人であるか、何の標識も染められていないのである。そしてその屋敷には、誰が住んでいるか全く解らないのである。
 私は平成4年、愛知県豊橋から滋賀県大津瀬田に移転した。
 瀬田は『壬申
(じんしん)の乱』で有名で、古くは近江大津京(天智天皇・弘文天皇の皇居。667〜672)があり、更に「瀬田の唐橋」で有名である。此処から京都まで、電車で僅か17分である。この近さから、よく京都市内まで向くことが多かった。会社顧問の仕事もしていたから、出向く用事も多かった。一旦家を開けると、半月は余所(よそ)に宿泊することが多かった。その間に、この街を歩いたことがある。歩き回ったので些か土地鑑がある。
 名所探歩とともに、街を散策しているとき、大きな屋敷の立派な門構えがあって、その門柱には表札がないのである。そういうところに出交
(で‐くわ)したことがある。そこは誰が住んでいるかも分らない。そういう大きな家がある。
 これは習志野所払いの二年後のことであるが、真弓と道行き当時も、そのような不思議なところに案内された。おそらく此処は大きな屋敷の内側だったかも知れない。当時は、全く状況把握が出来ない、今までに経験したことのない場所へと案内されていた。未知の世界である。

 それに、気懸かりなのは大女将が「監視されている」と洩らした一言だ。
 いったい誰に監視されているのだろうか。この世には、表に出せない「裏の世界」が存在する。闇の世界がある。その世界で影を荷なう人達が居る。そういう世界からの暗躍が、時機として表舞台に登場することがある。暗躍者は何らかの組織に所属し、ある指令によって走狗する。走狗を水面下で演じている人がいる。
 潜入の間者とか密偵とか、あるいは諜報員とか工作員たである。走狗は闇の世界で暗躍する。人間界には、そういう必要悪の影の部分がある。刺客を目的とする暗殺集団である。忍者などと言うそう言う古風なものでない。時代劇のレベルでない。
 況
(ま)して武術とか武道でないから、心も存在しない。刺客である。冷酷な冷血漢である。躊躇しない。無慈悲である。偽装工作も巧い。いつも闇に溶けている。貌がない。
 そこに攻防がある。堅気には想像も絶する世界である。
 普段は決して表舞台で何かして働いている訳でない。表面上は無職だが、何かの指令で動いているのは明白である。こういう人達は何処の国の国籍に属し、日本に居ても日本に戸籍があるかは不明である。影で動く、そういう人達がいる。攻める側と、守る側がある。両者の激しい攻防戦がある。
 こういう人達は何も工作者ばかりではない。地道に暮らす人もいる。細やかに、ひっそりと、目立たなく暮らす人もいる。

 またこう言う人達を難儀を強いられた「困窮の民」といい、かつて権力筋から、有無も言わさず強制移住を命令された気の毒な人達である。そういう人達が日本には二十万余もいるとされる。
 彼らは表面上は無職を装い、一方では造園業や建築業、土木業などの裏の世界で従事している。その従事者は標識のない印半纏などを着て、黙々と働いている。そして彼らを支援する上部組織では、日本財界人からなる有徳の士によって結社的な運営がなされていると言う。これは日本の国民の利益ために活動する闇の団体である。結社を作っている。国体防衛も司る。欧米の外圧に屈しない反フリーメーソンのような結社である。
 この有徳に士の結社を前者とし、また後者をTC
(三極委員会)などを傘下に経済媒体を置く欧米の慈善事業親睦団体とするならば、前者は国民の利益のために働く少数派で、後者は外圧勢に協力する多数派である。
 この多数派は表面上は親睦団体を装い、慈善事業を語って憚らない。何れを標榜する組織も闇を利用する。

 かつて鹿児島のある旧家でこの暗躍団体のことを聴いたことがあるが、後者の彼らを「ユッタ衆」と言うらしい。ここでは西郷隆盛が『征韓論』に敗れるように画策された「詭計話」も聴いたことがある。西郷は無理矢理、征韓論者にされたとも聴く。もしかすると西郷は征韓論者でなかったかも知れない。三条実美らの画策に敗れたのだろう。征韓論を押し付けられ、周囲から担がれ、西南戦争を演出するように仕向けられたのかも知れない。このとき鹿児島出身の元薩摩藩士だった間者まで指し向けられている。単なる敵情視察の密偵と言う軽いものでない。間者も、普通のスパイなどではない。死間という。
 死と引き換えに多額の報酬を保証されている。その報酬は死したのち遺族に送られる。
 死間は凄まじい。最初から死を覚悟してスパイになった間者である。懐深く潜入し、諜報一切の内情を暴けばその場で死ぬ。拷問も覚悟の上である。拷問死する。凄まじい間者である。そういう死間を西郷は仕掛けられた。陥れられた。その疑念も拭えない。
 上野の山に西郷隆盛の銅像が建っているのは、何故だろう。
 日本の構造はイスラエルと同じように、政財界も裏と表の二重構造になっている。
 此処では、詳細をこの辺で留め置くことにする。
 もし、そうだとすると、私はとんでもない世界に迷い込んだことになる。とんでもない禁忌に触れたことになる。そうなると童話世界の不思議の国のアリスどころではない。奇想天外な冒険譚は、魑魅魍魎
(ちみ‐もうりょう)が蠢(うごめ)く闇の暗躍譚かも知れない。

 「これから先の水没はかなり深いようです。おぶって上げましょう、さあ後ろを紮
(から)げて……」
 「えッ?……」
 「そのままでは、びしょ濡れになりますよ」
 「でも……」
 「紮げるの、恥ずかしいですか」
 「いいえ!」
 遂に肚を決めたらしい。裾を深く紮げた。《ノーパンでありますように……》と不埒
(ふらち)なことを祈りながら、それを《手伝って遣る》と言ったら彼女は怒るだろうか。あるいは即張り倒されるだろうか。
 背中を出して背負われることを観念したようだ。漸く捕まった。

 真弓の白い艶かしい脚が、更に剥き出しになった。後ろから観察すれば、付け根すれすれの太腿から、尻が覗けて丸出しに違いない。抱えて見えるのは太腿の一部と触っている感覚だけである。これを後ろから観察出来ないのが残念である。
 久米仙人
(くめ‐の‐せんにん)のように《綺麗なお御足(みあし)ですねェ》と言って、墜落してみたかった。その脚に狂いたかった。それほど色香に蠱惑されたのかも知れない。しかし紳士は痩せ我慢である。安易に転けない。瀬戸際まで迫られても、淫(みだ)れないのが紳士である。
 あるいは《こういう妖怪屋敷のようなところの先に、何が横たわっていて、それに踊るのも悪くない。墜ちるところまで墜ちるしかない》と思った。毒を喰らわば皿までである。少し悲観的過ぎるだろうか。悲愴的な思い込みだろうか。
 私の心の中には好奇の“蟲
(むし)”が棲(す)み付いている。追い払うことの出来ない厄介な蟲だ。こいつが時々、唆(そそのか)しに掛かる。悪い奴だ。凋(しぼ)んだ欲望に息を吐きかける。
 今も、こいつの業
(ごう)に振り回されていた。

 真弓は不思議な女だった。
 亭主となるべき男に女にされ、一子をもうけ、それでいて生娘のような、におい立つ清純さがあった。それも十代後半のような李
(すもも)のような色気を漂わせていた。
 もしそれで、視姦したらどうなるのだろうか。
 「汝はその色香を観じただけで、既に姦淫したり」などと、イエスさまから有難い説教で指弾されるだろうか。そのとき私は「ははッ……」と言って、平蜘蛛のように這
(は)い蹲(つくば)り、平身低頭しなければならないのであろうか。
 あるいは「眼で姦淫した」と、強姦罪と同罪に扱われるのだろうか。
 しかしである。
 久米寺の開祖と伝えるこの仙人すら、葛城山へ飛行中、吉野川に衣を洗う若い女の白い脛
(はぎ)を見て通力を失い、墜落したではないか。高い域にある賢者の仙人であっても、この態(ざま)だ。
 凡夫の私が墜落したところで、何の支障があろう。凡夫は墜落するものと相場が決まっている。墜ちたところで誰に咎
(とが)めを受けよう。そもそも私は聖人君子ではない。一介の底辺の凡夫である。それも「超」が付く凡夫である。

 久米仙人は『今昔物語集』や『徒然草』などによると、俗に、久米寺
くめ‐でら/奈良県橿原市にある真言宗の寺で、久米仙人の創建と伝えられ、白鳳時代後期に成るという)の開祖と伝える人である。大和国吉野郡の竜門寺に籠(こも)り、行(ぎょう)を積んで仙人となったが、飛行中、不覚にも女の脛を見てその色香に、思わずむらむらときて飛行の神通を失って墜ちた。女の脚は艶かしい。それ自体が艶かしい妖怪である。それが男を惑わす。真弓はご多分に漏れず艶かしい脚をしていた。
 久米仙人は“むらむら”として飛行力を失い、墜ちた。墜ちて、すっかり神通力を失った。
 神通力を取り戻すために、かなりの苦労と時間を要し、都造りの材木運びの際に、漸
(ようや)く通力を取り戻し、その御褒美(ごほうび)として免田(めんでん)三十町(さんじっ‐ちょう)を得て、久米寺を建てたという。
 この仙人も、なかなかの苦労人である。
 漁色家で、色情家である私も墜落する、その性格そのものだ。困ったものである。墜
(お)ちるのは当然であろう。蠱惑され易い体質である。罹り易い体質である。まだ人間が練れていないのだ。
 これを、ただの愚行と片付けていいのか。何かしっくり行かないところ観じていた。それは自分自身と言うより、彼女への疑念かも知れない。
 最初の出遭いから、何か言葉で表せない引っ掛かるものがあった。
 彼女を安易に“李
(すもも)のような、におい立つ清純さ”を持つ女性と表していいのだろうか。
 そう考えるとき、もう一つの疑念が疾る。それは贔屓
(ひいき)の眼で検(み)ているのではないか。別の人格は存在しないのか。裏から見ても同一か。角度を替えても一致するのか。
 《甘いぞ!》一瞬叱咤が疾る。

 そう思いつつ真弓を背負い、向こう側の明るい出口らしいところまで来た。しかし、おぶって奇妙な感覚に囚われた。思った以上に重くないのである。私は家内を以前おぶったことがある。家内は身長155cm前後で体重が40kg前後だった。だいたいセメント一俵分である。それなりの重さであった。
 真弓なら身長165cm前後で体重は45kgから50kg未満だろう。その重さを何故か感じないのである。莫迦に軽いのである。果たしてセメント一俵分はあるのだろうか。この軽さは何だろう。
 まさか、ドッペルゲンガー現象に遭遇して、その片割れを背負っているのか?……。
 そう思いつつ、いつの間にか出口に辿り着いた。無事トンネルを抜けた。やっと白日の下にやって来たのである。
 明るいところに出たぞ……という感じで、外の外気に触れて、思わず大胸筋を大きく開いて深呼吸した。長靴を脱ぎ、雪駄に履き替えた。袴は履かずに着流しのままであった。此処で履くには足場が悪い。もう少し場所を確保してからでいい。
 そう思っている最終に真弓が「こちらです」という。これから先は道案内に従う以外無い。
 この「こちら」は、そういう場所を指しているのだろうか。
 出た先に奇妙な豪邸が聳
(そび)えていた。東西南北に方角を合わせた建造物である。四方の玄関口前に鳥居があり、この鳥居があたかも大きな止り木を想わせた。

 この建物は誰が建て、誰が住んでいるか分らない建造物で、検
(み)るところ、木造三階建てであった。不思議な構造をしていた。基礎の底辺を東西南北に合わせて建てている。角の四隅には小さな祠(ほこら)が祀られていた。
 玄関口も一つではなく、四方にあるようだった。また鳥居は結界の意味だろう。娑婆との分岐点を顕していた。一見すると建物全体が神殿のようにも見える。
 ここは一体何処だ?……という疑念が疾った。更には大体こういう場所も建物も、果たして住宅地図などに載っているのだろうか。何とも妙なところに来てしまったのである。
 「妙なところに着きましたね」
 「本当に妙なのは、これからですわ」
 「どういう意味です?」
 「先ほど、申しましたでしょ。とびっきりと断ったでしょ、桃源郷と……」
 「ほーッ……、ここはその玄関口と言うことですか」
 「さようでございます」
 しかし、玄関と言った玄関は、どうもこの正面が玄関ではないらしい。その玄関は欠けの部分にあり、東西南北ではなく、東北、東南、西北、西南の四隅にある。建物が不思議であった。正式なる玄関は、此処から裏口に回るような経路になっていて道案内が必要だった。そう言えば、何処かの御所も、四隅が欠けと入り組んだ張りで、何処となく似ているような気がした。外壁でなく、その造りである。

 太陽は午後を指していた。
 南中より傾いて、冬時間で推測すれば午後二時から三時という時間帯だろうか。私は腕時計はしない。懐中時計も携帯しない。時計の類も所持しない。体内にある人体時計だけで時間を推測する。身の回りに所持するのは財布だけである。だいいち腕時計をすると腕が重くなる。何も無い素手がいい。他は何も持たないのが、外出スタイルだった。
 太陽が南中より傾き、その傾きから裏口のような場所に向かい、その方角は午前の東北
(表鬼門を顕し丑寅または艮)とは逆の、裏鬼門に当たる南西(未申または坤)の方角ではあるまいか。
 家相で言えば裏鬼門は、表鬼門とともに忌み嫌う方角である。
 三階の四隅の張り出し部分には廟
(びょう)のような祠(ほこら)がある。何かが祀られている。産土神と結び土地を司る鬼神であろうか。おそらく仏道で言えば、四天王(持国天(東方)・増長天(南方)・広目天(西方)・多聞天(北方)で、像容は、甲冑をつけ忿怒の武将形で邪鬼を踏み、須弥壇の四方に安置される)に相当する鬼神あろう。
 しかし、この建造物は東西南北の四方ではなく、東北、東南、西北、西南の四隅であった。

 まず、鬼門とは何か。
 一般に鬼門と言えば、忌み嫌われる方角である。悪いとされる。その方向は東北方向を指す。此処には何があるのか。
 一説には、巨大な土地神が入ると言う。日本神話に出て来る大国主命
(おおくにぬし‐の‐みこと)で、出雲国の主神である。日本列島を成す大地の神だ。素戔嗚尊(すさのお‐の‐みこと)の子とも、六世の孫とも言う。此処に「丑寅の艮神(こんじん)」が居ると言う。この神の居るところは、決して穢してはならないところとされる。
 また玄関口は、わざわざその方角を迂回するような形で表玄関を持って来ているらしい。建物自体が奇妙だった。上空から検れは、ほぼ正方形ではあるまいか。そういう気がする。
 そして、それぞれの玄関の前に鳥居がある。その鳥居は巨大な「八咫烏
(やたがらす)」が停まる止り木のような感じを受けた。あたかも止り木を髣髴とさせた。八咫烏は道教に出て来る霊鳥とも関係が深いようだ。
 八咫烏は、道教に登場する霊鳥であったからである。古代中国の説話で太陽の中に棲む三本足の赤色の烏のことである。

 とにかく此処は、美術史にも建築史にも一度も紹介されたこと異なる建造物である。そこが異空間である事を知った。
 ホテルのロビーのような玄関に入り、そこで履物を脱ぎ、畳敷きの廊下へ案内され、階段を上り三階へと案内された。部屋の広さは畳の枚数から見て八畳であろう。だが一般住宅とは異なって天井が高く、室内を広く感じさせるのである。これは特異な壁の造りにあった。造りは聚楽
(じゅらく)である。壁と天井の境目がないのである。それだけ広く感じさせる。
 聚楽は宇宙空間をイメージさせる空間であるとともに、長生不老の趣向を凝らしたもので、こういう形式の壁を聚楽壁という。この壁には聚楽土という京都の土が用いられ、その起源は太閤秀吉が京都に建てたことに由来する。壁土は聚楽第のあたりで採れた良質天然の壁土である。また丸窓のある部屋で、その窓から瞑想すれば、まさに宇宙を感じさせる工夫があった。丸窓は仲秋真円の月をイメージさせている。丸窓の「円」は宇宙への思索である。円は、また『一円相
(いちえん‐そう)』でもある。
 禅で、悟りの象徴として描く円輪を「一円相」という。また「円相」は曼荼羅の諸尊の全身を包む円輪でもある。
 此処は贅を尽くした手法が用いられていた。
 部屋中央には大きな円形の坐り膳が置かれ、色は鮮やかな朱
(あか)であった。あやかも太陽を髣髴とさせた。そして特記すべきは、此処が「麝香(じゃこう)の間」であった。

 さて、鬼神と関連する八咫烏について述べよう。
 『墨子』
(53篇)の中の第二構成には「明鬼」というのがあって、善悪に応じて人々に賞罰を与える鬼神の存在を主張し、争いなど悪い行いを抑制することを述べている。これは鬼神について語ろうとしなかった儒家とは対立的である。また孔子は「死後の世界」を問われて「知らん!」と一蹴している。しかし、これは本当に知らないとか、そういう世界は存在しないと否定したのではあるまい。それを語れば、人民が混乱を来すことを懸念したのだろう。
 明鬼とは「鬼神」と同義である。また、「神社」という言葉も道教の影響ではないのか。
 これを紐解いていくと、祖先神や自然神への尊崇した神道は、古来の民間信仰が、外来思想である仏教や儒教などの影響を受けつつ理論化されたものであることが分って来る。
 この外来思想の中には仏教や儒教だけでなく、当然、墨子の「明鬼」があり、「鬼道
(きどう)」もあり、現に二世紀頃の太平道の教典である『太平経(たいへいきょう)』には、三国志より古く“鬼道”という言葉が登場してくる。

 この鬼道は墨子の説いた道教における「天皇大帝の世界」「現実の人間界」「鬼神の世界」の三部構成からなる鬼神界の源流であり、これこそ道教固有の言葉であった。
 また『三国志』を著したとされる西晋の歴史家の陳寿
(ちんじゅ)は、卑弥呼を「鬼に仕えて、能(よ)く衆を惑わす」と表現していることから、卑弥呼を道教の「冠女」と検ていた節があるのではないか。
 だが、こうした推測は多数派
(マジョリティー)にはならぬから、日本ではこれを認めるものは少ない。際物(きわもの)のとして一蹴されるのがオチだろう。
 それどころか、科学的なる言葉が横行している時代、学問至上主義者が最も軽蔑して憚
(はばか)らない事柄であるから、日本の古代史に道教が絡んでいたなどとは決して認めからないのである。あくまで臆測の世界の留めて、一蹴する否定意見である。未だに鬼神の有無は疑似科学の域を出ていない。
 しかし、否定に否定を繰り返しても、では「八咫烏」とは何だろう?……。
 記紀伝承で神武天皇東征のとき、熊野から大和に入る険路の先導となったという「三本足の大烏」とは何だろう。
 この三本足の大烏に、道教的な臭いは感じられないだろうか。
 何故なら、八咫烏こそ道教のものであるからだ。道教に出て来る霊鳥であるからだ。太陽の中に棲むという三本足の赤色の烏は、道教と無縁ではあるまい。すると鳥居は、左右二本の柱の上に笠木
(かさぎ)を渡したこの場所は八咫烏の止り木か?……。

 鳥居は鳥井、鶏居、華表とも書く。そして、神社の入口や山、川、陵墓などの聖域の境目に建つ建造物である。結界の意味を持つ。
 更に鳥居というのは、厳密に分類すると60種類以上あると言われる。しかし、大別すれば笠木だけの単架式と、笠木の下に島木を差し渡した復架式の二種類である。
 日本文献に見る最古の鳥居の記録は、宝亀二年
(771)二月十三日の太政官符であるとされている。

 そもそも鳥居は人である神武天皇と、神である鵜葺草葺不合尊
(がやふきあえず‐の‐みこと)の境界線の意味である。そして太陽に棲む三本足の赤い八咫烏は、地王五代の根元である太陽神の象徴である。この象徴こそ、八咫烏であり、天照大御神が神の言伝(ことづて)を人の世界に伝えるために創造した使者の霊鳥であった。更に、五爪の朱の竜は地王五代最後の神であった鵜葺草葺不合尊の化身だったのである。
 八咫烏は、日本神話では神武東征の際に、高皇産霊尊
(たかみむすび‐の‐みこと)によって神武天皇の元に遣わされ霊鳥と言われているからである。熊野国から大和国への道案内をしたとされる烏のことである。
 この烏は、八田あるいは八旗、八幡のこと言う。
 八田は八幡宮を創建し、同系列の神社を全国各地に建てていった秦氏の代表的な姓として知られる。秦氏の名前と天皇
(大王家)を裏から操る烏のイメージを重ね合わせたという説もあり、その神話伝承の類似性から賀茂氏と高句麗王族を結び付けたことも否めない。

 また秦氏は、高句麗王族の血縁とも謂
(い)れ、高句麗系渡来人と高句麗の建国神話に登場する三足烏ともとれなくもない。更に追えば、秦氏はユダヤ系の血を受け継いでいて、文化も継承しているという『日猶(にちゆ)同祖論』までも出て来る。そして三足烏の伝承は古代中国の文化圏地域でも見られ、それは道教と密接な関係があることも考えられる。しかし、『日猶同祖論』には明確な根拠に欠けるともいう。これを批判する学者も多い。
 一方この結論から、八咫烏は天皇家のことを語る上で避けて通れない重要な問題である。

 神道と天皇制の奥深さを感じさせられ、また背景には神秘主義と無縁でないことが窺われる。そしてその神秘こそ、かつてユダヤのカバラ思想にまで結びつき、そこに人智を超えた「秘儀」が隠されているように映るのである。また神秘主義を「表」に置くなら、神秘科学は「裏」の存在と言える。この科学は西洋科学を意味するのではなく神霊的科学のことである。「守りの科学」である。
 では何を守るのか。日本の主神を守るのである。
 故に、神道には表と裏がある。
 そして現在、私たちが見ている神道は、あくまで表のものだ。
 裏に隠れる神道儀式は、一般には目にすことが出来ないものである。
 「金鵄
(きんし)」というのも、裏の神道から出たものである。
 一般によく知られているのは、武功抜群の陸海軍軍人に下賜された「金鵄勲章」
【註】功1級から功7級までのもので1890年(明治23)制定。年金または一時金の支給を伴う。1947年廃止)で、ここには金鵄とは、神武天皇の弓の先にとまったという金色のトビを顕している。金鵄は神武天皇東征の時に、弓の先にとまったという金色の鳶(とび)を指す。
 金の鳥といえば、安岡正篤先生も東洋思想の研究所や金鷄学院を主宰され、特に「金鷄」は天に棲む鶏のことで、この鶏がまず暁を告げ、多くの鶏がこれに応じて鳴く鳥であった。
 神武天皇の弓の先に停まった「金鵄」と、安岡先生の主催する金鷄学院の「金鷄」とは、何か由来にその関連があるのだろうか。私にはその関連が大きいと感じるのである。
 案内されたとき、先ずこの建物と人なりとを観察しておかねばならない。あるいはそういう関連性に連結されたものであろうか。そう思った。直感である。
 そうなると、表だけを見て、裏を無視し、一蹴するのは余りにも短見なことになる。
 出来れば、裏表を総て検て、更にはその奥に隠れる「奥の院」までもを洞察する必要があろう。表だけを見て、他は総て一蹴する短見的行動律は、自らの未来を危うくするものである。複眼的観察眼が要る。
 果たして、此処は奥の院か?……。
 では、何故ここまで私は運ばれて来たのだろうか。

 通された部屋は「麝香
(じゃこう)の間」であった。何処からともなく、いい香りが漂っていた。この種の香が焚かれているのだろうか。部屋中にただ採っていた。
 真弓は、私の相手を暫くしていた。煎茶を点てて持て成しであった。
 この煎茶道は広義には茶道の一種である。
 一般的には茶道は抹茶を用いる抹茶道を指すが、煎茶道は急須などを用いて、煎茶や玉露などの茶葉に湯を注いで飲む形式を採るもので、茶道とは別のものとして捉えられる独特のものである。江戸初期の禅宗の一派である黄檗宗
(おうばくしゅう)の隠元(いんげん)が開いたものとされる。この開祖は明の福建省福清の人で日本に渡来し、山城国宇治に黄檗山万福寺を創建したことで知られる。

 煎茶を頂く。いい玉露の臭いと味を観ずる。飲み干して暫くすると、うとうとしだした。
 この日は朝からの短い時間に、様々な事柄を凝縮して体験した。長い時間を観じたように想う。濃厚な一日であった。だが、この一日はまだ終わらない。続きがある。一生のストーリーを体験するような続きがある。
 つい、「枕を貸して下さい」となった。
 それを言ったか、言わないかは知らない。言ったかも知れない。そうでもないかも知れない。とにかく無性に眠くなった。
 玉露には何かが混ざっていたのか。
 うとうととした心地よい眠りに襲われたのである。
 麝香と玉露と、それに何だか分らない媚薬か妙薬が入り交じって奇妙な眠りに誘っていた。気持ちがいい。実に気持ちがいい。躰が暖かい。その暖かさにうとうとし始めた。その中に引き込まれて行きそうだった。
 あたかも、『邯鄲の夢』の夢のように……。その中に誘っているようだった。何かが誘っていた。
 趙の邯鄲で、盧生は道士呂翁から「栄華が意のままになる」という不思議な枕を借りて寝たところ、科挙に及第して、高官になって次第に立身し、美人の妻を貰い、富貴を極めたが、目覚めると、枕頭
(ちんとう)の黄粱(こうりょう)がまだ煮えないほど短い間の夢であったという。そいう青年・盧生が見た夢を……私も見ているのか。そういう夢の中に引き摺り込まれそうであった。
 眠い。とにかく眠い……。あるいは図られたか……。媚薬を盛られたか。
 盧生は枕を借りたところから夢が始まった。私もそういう夢の誘惑に動かされて、ひと時の眠りを貪ったのかも知れない。



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