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続々 壺中天・瓢箪仙人 21

人の運命に関与する関係は、家族の絆(きずな)が密接で深い関係となっている。つまり、血縁は容易には切り離せないのである。血は、個人の性格形成に大きな力を持っている。血筋である。
 この血筋は幼少年期から青年期に至るまでの性格形成に大きな割合を占め、この過程で形成された「後転の気」が、その人の一生を支配するものとなる。
 そして、家族関係の良否は、また血筋による因縁を抱えて、その人の人生で幸・不幸を司り、その影響は絶大となる。姿形に魅了されるより、内面を重視せねばならぬ所以
(ゆえん)である。

 影響を受ける傾向が人間形成にとって、それが有益かどうか分らないが、人類が存続する限り、夫婦の関係だけはなくならないのである。それゆえ、男女の双方が夫婦の契を結び、そこから生じた関係は循環して、因果の法則へと及び、それが全人関係であることから、形成される性格並びに、その人の骨格となり性格となるのであるのである。それはまた表裏一体の関係だろう。

 人生構造は、結婚と言う永続的な関係で、運命と言う形を形成する。そしてその形成に関わる選択には十六種のパターンを一つだけ知らずに選んでいるのである。
 『易経』の思想には、単なる気質や性格や人間関係のみの一般書籍の域を超越し、これが「運命の書」として、その性格を公然として明確にしているのである。
 『易経』には「親子は一世、夫婦は二世」とある。

 これは夫婦の関係が、それぞれ運命に大きく関与していることを顕している。更に『易経』では運命の原点を「夫婦にある」と観るのである。男女は単に性交するためのセックス相手ではない。人智を超えた流れの中で、一種の神懸かり的な強運を秘めた儀式において執り行われ、神仏に誓いを立てるのはこのためである。性器の結びつきではないのである。
 宇宙の大河の流れる沿う行為である。これを説明したり、定義するのは難解である。感じるしかないのである。

 循環因果律は、楽あれば苦ありである。楽の後には苦しいことが来る。人生は喜怒哀楽の中にある。人間はこの循環の輪の中から一歩も出ることは出来ない。
 世の中は楽なことばかりではない。これも循環因果律である。更に循環するから、初年に苦労していれば、運気の面では、中年から晩年に懸けて運気が上昇するサイクルに入る。また循環因果律に従えば、まさに楽あれば苦ありを地で行くような、初中年は楽しくて円満は隆盛だが、晩年に至っては悲惨と言うこともあるのである。このような苦楽現象は、人間関係の仕組みから生ずるものである。


●映画の業

 日本の敗色は濃厚だった。それは制空圏一つ検(み)ても分る。負けは歴然としていた。負けは加速度を付けて進行していた。負けが加速度を付けている以上、これ以上を続けても無駄であり、一旦これに終止符を打つ必要があった。だが陸軍の強硬派は、終止符の意味が分らず、また海軍も陸軍強硬派に歩調を合わせたように特攻隊を繰り出して“滅びの美学”に酔っていた。もやは此処まで来れば、愚どころか、蛮であった。このままでは日本が根絶やしになって完全に滅んでしまう。こうした蛮行は早々に止めなければならない。
 『梟の眼』の諜報機関は敗軍側に加担しようとしているわけでない。よりよい負け方を満洲国で模索して、早期戦争終結を図ろうとしていた組織である。満洲の経済人らを使ってである。水面下では戦争を止めるための経済工作を行っていたのである。『タカ』の指令を受けて水面下で秘密戦を戦っていたのである。
 その指令の一貫として、作戦『鵺』が決行された。『空龍』が日本に向けて飛んだのである。

 満洲国新京飛行場発・羽田飛行場行きの大日本航空「東京・満洲直行便」以外に、国際線としては他にもあった。
 日本の委任統治領であった南洋諸島へ、九七式飛行艇を用いた定期航空便があり、横浜
(横浜港)・ サイパン島間および横浜・ パラオ間への定期郵便や貨物便が開設されていた。何れも四発の九七式大型飛行艇を用いてである。
 当時の日本では南方への進出が課題となっており、進出時の拠点の整備にも、また既に南太平洋には米国大手のパン・アメリカン航空のマーチン M130チャイナ・クリッパーなどの豪華飛行艇が就航していた。
 これに対抗した航空路線が、大日本航空の横浜を基点にしたサイパンコロールトラック島ポナペ島ヤルートであった。この開設は米国のアジアならびに南太平洋進出を牽制する意図があった。
 そこで南洋諸島定期便を開設するに至り、大日本航空では飛行艇を運用するための海洋部が創設されたが、昭和17年のサイパン陥落により、この航空路線は閉鎖されたままであった。
 この跡地に、海軍と大日本航空が共同で、満洲からの大型の旅客便を招こうとした。その旅客便が『空龍』である。

 だが、『空龍』は単に旅客機として東京・新京間を巡航するのではない。政治的かつ経済的な意図を含んでいた。日本蔑視の意図であり、それは米国の虚仮威
(こけおど)しである。物量神話の虚仮威しである。
 山本五十六は「米国の工場の煙突の数でも数えてみればいい」と言った。この見解は正しかったのか。物量神話への誘導も日米戦以前から存在し、その宣伝をしていたのは海軍の米内光政・山本五十六・井上成美を始めとするこの人脈に属する「水交社」のフリーメーソンの意図的な流脈であった。ワンワールドに誘導する流脈である。この流脈によって、既にこの頃から戦後の海軍神話が計画されていたと言って過言ではない。

 顕著なる神話論は、戦後誰もが口にした“海軍の善玉説”と“陸軍の悪玉説”である。戦前戦中の日本軍の善悪説は陸海軍においてもこのように構築された足跡があった。陸軍を徹底的に悪玉に仕立てることで、海軍を善玉に摺り変える思惑があったのである。その思惑には米国の虚仮威しを借りて、あたかも虎の威を借る狐の如き暗躍があった。その最たる証拠は、あまりにも真珠湾奇襲作戦が予想以上に巧くいったことである。この予想を上回る成果を喜ぶ当時の日本人は、世の大半であったが、逆にこの奇襲に「しまった!」と直観した者は殆ど居なかった。大半が驚喜し、一週間に亘り連日提灯行列をして「勝った勝った」の嬌声に湧いた。多くは踊り狂い、有頂天に舞い上がった。最初の驚喜は、やがれ狂喜に変わった。妄想に狂喜したのである。
 勝った勝ったの鼻息の荒いのは軍人に留まらず、国民まで自身の軽佻浮薄に気付かなかった。
 軽佻浮薄……。これ以外に形容する言葉があるだろうか。近年では某球団の勝った勝ったの、あの鼻息の荒さと、肩で風切る軽挙を髣髴とさせるが、これは背後に煽動者
(agitator)がいたからである。

 日清・日露以来の連続する勝ち戦……。結果的には連戦連勝。誰もが勝つのは当然と思い込んでいた。大半の日本国民はそう検たのである。
 だが、これは幻想であることには気付かなかった。ミッドウェー作戦の時もそうだった。これも楽勝と思い込んでいた。現に海軍軍令部では、勝ち戦のために盛大な戦勝祝賀会の席まで用意していたのである。
 一億国民挙げて、一時的な勝ち戦に酔い痴
(し)れ、狂喜した。しかしこの代償は高いものについた。
 ミットウェーでの大敗北である。以降、逆転することなく、ずるずると虎口に引き摺り込まれるように、負け戦を重ねて行く。既に最頻値
(mode)は下り坂であった。

 当時でもその背後の真実が見抜ければ、まだ勝算があったのである。影の指令者である黒幕
(fixer)の存在に気付けば、対処の仕方があったのである。
 そもそも南京落城にしても、日本は政治的に利用できなかった。この電撃的な進攻は無意味なものとしてしまった。この世界に向けての示威運動
(demonstration)は全く意味を無さないものに終わった。日本は歴史的法則を真っ向から蹂躙(じゅうりん)してしまった。
 支那事変を考えれば、軍事的には成功したが、政治的に検た場合、まさに国際音痴であり、外交においても極度な音痴のために、殆ど統一的意図がなく、発作的に挙動した観が否めず、これは敗戦後、戦勝国によって叩かれることになる。
 『タカ』は勝算に至る切り札は何か……。これを考え続けていた。その間隙を観ようとした。隙間を探そうとしていた。そこに世界の縮図を描いてみた。
 そして泛
(うか)び上がったものは「洋の東西の智慧比べ」である。だが智慧比べも、単に枢軸国対連合国の構図でない。枢軸国同士の「日本」対「独逸」の構図を検たのである。
 その構図には日支紛争の山は見えたとして、独逸大使のトラウトマン
O. Trautmann/日中戦争の初期に、駐華ドイツ大使。1877〜1950)が仲裁に乗り出して来たことである。
 では何故、トラウトマンが和平交渉に出てきたのか?……。
 この構図には、ヒトラーの中国への武器供与の商戦策があり、併せて、この軍事援助は連合国を欧州戦で一気に叩き、世界に君臨する野望があったからである。この縮図から世界が見えて来るものがある。ヒトラーの描いた新世界秩序であった。それに、日本も一枚噛んでいたのである。「バスに乗り遅れるな」である。
 だが、此処に鉈
(なた)を振るって断ち切れば、早期戦争終結が完了する。唯一の切り札だった。

 近代戦は経済戦であると同時に「秘密戦」である。その動機の背景には人間の欲望か絡んでいる。そのために一つの流脈を形成し、その流脈に従って人工的に導かれている流れを持つ。特定の流れを持つ。つまり近代戦は、特定の意図をもってその目的へと向かう方向性がある。それを見極めて破壊しなければ、武力だけではどうしようもない。『タカ』はそう検
(み)た。
 近代は戦争の遣り方が変わった。
 十九世紀までの戦争は民間人は殆ど動員されず、軍人だけが遣るものであった。ところが二十世紀に入ると民間人の非戦闘員まで戦災を受けるようになり、小学生でも銃後要員として動員されることになった。

 時代をリードして権力を揮う支配者は、支配者の潜在的欲望が既存の支配領域を超えて満足できない場合は長期的な経済成長に期待を掛けるよりは、軍事力を駆使して隣国に攻め込み、その国を征服した方が、富や領土を効率的に簒奪できる。この欲望主義が、古代から現代に至るまでの戦争には数多く盛り込まれている。帝国主義や植民地主義は、その最たるものではなかったか。
 歴史の転換は既に自然体ではなくなっていたのである。近代は特に自然の摂理である栄枯盛衰を無視して、人工的に作り替えてしまった観が強い。実に意図的である。そして意図的とか人工的とは、則ち工作である。近代戦は工作員の暗躍がある。この暗躍によって架空の物量神話が作り出されるのである。これがプロパガンダ工作であった。
 そもそもその工作は敵国の重大情報を防諜するだけでなく、逆に、こちら側の神話的なものを逆に送り込む工作があった。一つの政治的経済的政策の一貫として流すのである。この重要さに早くから気付いたのが、猪口敬三だった。煽り屋であり、また満洲映画社の映画監督である。時として奉天憲兵隊の憲兵曹長に成り済ましている。正体不明で、身分や目的は定かでない漢であった。したがって素性は分らず、身分も本名も、また戸籍も捨てた漢で、猪口敬三と言う氏名は偽名である。そのうえ軍席簿にある憲兵曹長というのも階級詐称であった。
 この漢は実に怪しかった。怪人然である。

 これまでの経緯から考えれば、常に『梟の眼』を監視しつつ、別途の目的をもって動いている漢である。
 満映の化粧係の美雨
(メイユイ)を突然叱りつけて『もうお前は馘(くび)だ』と怒鳴ったり、その後、津村陽平に諭されて彼女を赦したり、また美雨自身の血筋を知っていたりと、意図をもった奇怪な動きをしているのである。これは美雨に危険が及んでいることを察知しての偽装か。そのため“狗猟り”の策を用いた。
 そうかといって、陸軍情報中尉の亀山勝巳からは『閣下』と呼ばれ、この時点で身分が逆転したりする。
 あるいは亀山を沢田貿易新京支店長にしてしまうだけの権限を持っている。これからして、猪口敬三は「智豹」の異名で外資の国際経済資本
(メジャーズ)に恐れらている沢田翔洋と深いか変わりを持っているように思われた。翔洋に操られているのか、あるいはその逆なのか。

 猪口の経歴は「羽機関」の機関長・羽垣維四郎少佐に随行して、昭和15年にベルリンまで行って宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルス仕込みのプロパガンダ工作術を習得した経験を持つ。民衆煽動の煽り屋としての異能を持っている。洞察すれば、これは自分が随行したのでなく、羽垣少佐を随行させたのかも知れない。それくらいの欺
(あざむ)きは朝飯前であろう。
 民衆を煽動することを得意とする。エキストラを遣って、民衆の動きを演出する。数十人のエキストラを遣って数百人の民衆、数百人のエキストラを遣って数千人の民衆を演出する。無いものを在
(あ)るが如く、在るものを無いが如く演出してしまうのである。
 二十世紀最大の発明は映画による「動き」の創出であった。
 「汝
(なんじ)目に誑かされる」とは道元禅師の言葉である。人間は目からの情報を耳からの情報以上に重要視する。百聞一見に如(し)かずである。目に訴える情報の効果は大きい。物事の動き……。それは写真以上に大きな効果を持つ。プロパガンダを写真でなく、動く映像で顕す。ゲッペルスの得意としたところだった。
 猪口はこの重要性をよく熟知しているのである。そして能
(よ)く遣う。

 今回の工作術の一つとして、いま『月下の翼』の映画を制作している。宣伝工作としてのプロパガンダ映画である。背景には当然の如く、誇大なる演出がある。筋書きまで演出してしまう。在るものを無いが如く、逆に無いがものを、あたかも存在するかのようにである。シナリオまで歴史に存在したかのように創出する。時に素人風情まで演出し、素人を大俳優、大女優にまで仕立て上げてみせる。存在しないものを存在させる。
 無から有を作り出す。しかし現実では難解である。その一方で、難解なことを可能にする策としてプロパガンダ工作術を学ぶことで知った。人間の眼に誑かされる現象を知った。眼によって人が動かされる。それは人間現象界の理
(ことわり)を知ればこそである。

 思えば不可解なのは、鏡泊湖での着水訓練を間接的に、あるいは意図的な意味があって仕組んだように思われる。猪口敬三は舞台俳優の傀儡
(くぐつ)を操る傀儡師なのだろうか。そうすると、傀儡師は自らの手駒と敵の情報を交互に操り、矢継ぎ早に策を繰り出していることになる。
 その顕著なものが万宝山事件後のことであり、それを切っ掛けに美雨の母親・江静
(コウセイ)が、満人の先祖・粟末靺鞨族(ぞくまつ‐まっか‐ぞく)であることが暴かれ、のちに鏡泊湖地域の逃れている。この構図を作り出しておいて、猟る。この地域の自治区長で自警団団長の早乙女均(さおとめ‐ひとし)と、表面的には身辺護衛人(bodyguard)を装う孟檠(もうけい)と名乗る首班一味を猟ろうとした。その意図は大であった。
 また、この一味は予想通りに牙を剥
(む)いた。浮標繋留索を張って、一時『空龍』搭乗員を飛行艇ごと拿捕した。拿捕して、ある計画に加担させようとした。それはソ連国境付近まで飛行させて、日ソ中立条約を破るような領空を侵犯させて、日本を、ソ連との戦争に引き摺り込む意図を含んだものであった。

 名目は、鏡泊湖南東地域に日本人開拓民ならびに朝鮮人開拓民がいるという。
 この地域に約五千六百名の両民族の人々がいて、約千四百世帯が暮らしているという。その住人の東南のソ連側に突出した地域の一部の住人が、横暴なソ連人によって食糧や金品を奪われ、時には婦女子が攫
(さら)われるという悲惨な目に遭(あ)っているというのである。それを救うために、一度、盗賊団の棲んでいる匪賊地域の頭上を『空龍』で二度三度旋回して欲しいと言うのであった。威嚇の依頼である。しかしこれは明らかにソ連領への領空侵犯であった。こういう願いは聞く訳にはいかない。日本人居留民全体の生命と安全に関わる重大な問題という。口先の大義名分である。名目は体裁よく整っていたが、要するに、日本側の一方的な領空侵犯を侵させることであった。
 そういう依頼は聞く訳にはいかない。断った。それゆえ今度は、機ごと拿捕された。
 また鏡泊湖周辺にはロシア正教会があり、附設として孤児院があった。此処には九名の子供がいた。子供の素性も聴いた。更にヨシフ神父から早乙女と孟檠が人身売買の首領であることも聴いた。仮面の下に隠された正体が解ったのである。
 のち、阻止された浮標繋留索を撃破して、間一髪でその危機から脱している。
 思えば奇妙なシナリオだった。
 あるいはそこまでを読み切って、何者かが敢えて『空龍』を遣って、狐猟りや土竜猟りを仕組んだのか。
 もし仕組んだとしたら、猪口敬三こそ、その張本人だったかも知れない。ゲッペルス仕込みのプロパガンダ工作術を会得した漢である。この程度のことは朝飯前だろう。

 だが寄
(く)しきことは、大日本航空Z便に満映のスタッフ八名が監督を含めて、九名が登場する。雑人溜まりを縫って地下壕を抜けた連中である。そのメンバーが日本に向けての搭乗客になっていた。プロパガンダ映画である『月下の翼』の撮影のためである。表面的にはそうなっていた。
 奇なることは、Z便には乗員乗客を併せて26名が乗る。金塊500kgも積み込まれる。併せて、この機の重量はそもそも鈍重である。重量は35,500kgもある。これに乗員乗客と金塊重量がプラスされる。
 更に不可解は、この鈍重な機の巡航ルートに日本海を充てていることだ。そして洋上での会合点である。
 その地点をX点とし、此処に着水して要人一名を拾うというシナリオである。わざわざ危険を犯す設定になっている。
 夜の日本海事態が危険であり、更に危険なのは、この地域には米潜水艦がうようよいるのである。加えて日本の制空圏は失われていた。制空圏は連合国側に抑えられていた。下手をすれば下と上から叩かれる。
 なぜ危険を冒すのか。派手なアクションが盛り込まれた戦争活劇でも撮ろうというのか。こんな幻想的なシナリオは映画監督でなければ描けないものであった。


 ─────昭和19年7月××日、午後11時30分発、大日本航空Z便。出発時刻ジャストだった。
 津村陽平が、この便の背後から、馬で必死に追い掛けている同時刻である。この漢は馬に鞭をくれて「俟った俟った」と喚いていた。

 このZ便は本日が横浜・新京間の航路を開くための初飛行であり、また訓練として第三回目の試験飛行を兼ねてのものであった。つまり国際便の運行と併せた作戦『鵺』の発令であった。斯くして、「梟ハ飛ンダ」の一貫として〈鵺〉の暗号が打電さたれた。たった一文字である。
 果たして羆大明神の怒りも、出来るだけ小さくしてである。鎮まってもらわねばならない。怒こらせて憤怒の型は採
(と)りたくない。だが、この願懸けは北方の“羆大明神”には通じるだろうか。
 北方の荒神にである。日本の賢人から検
(み)て、日露戦争では辛うじて勝った“おそろしあ”であった。
 日本はこの羆を“手負いの獣”にしてしまった。いつでも北から荒れ狂って襲い掛かる獰猛な羆である。
 まさに危ない綱渡りであり、『空龍』はその間隙を縫って飛ぶ。鵺に魔力がある限り羆大明神は躱
(かわ)さねばならない。
 更に構図は複雑に絡み合う。四次元的構図を持つ。狡智同士が鬩
(せめ)ぎ合う。その側面に『月下の翼』の撮影が行われていた。
 離陸準備、離陸直前、そして津村陽平が、馬を蹴って機の乗り込んで来るところまでの一切合切を撮影していたのである。

 「客室乗務員は搭乗客を機内へと案内し、離陸後は哨戒を厳にせよ」《敵機に備えて警戒せよ》という意味であった。『空龍』に護衛する
機は一機もない。単独飛行である。
 敵機……。それはナチス独逸が中国軍に売込んだ双発の重戦闘機メッサーシュミット・Me410ホルニッセである。これに襲われれば一溜まりもない。それも連合国の機ではない。同盟国の機である。この同盟国は中国と商売をしていたのである。何と言う皮肉であろうか。
 新京飛行場を飛び立つとき、機長からの説明はそれだけであった。機には要人と思える人物が搭乗して、それぞれは自らの指定席に腰を沈めた。

 「ご搭乗の皆さま、本機は23時30分新京飛行場発、横浜港行きの大日本航空Z便でございます。ただ今より離陸致します。わたしは主任客室世話係のキャサリン・スミスで、ほか鷹司良子、室瀬佳奈、アニー・セミョーノヴァ、それに調理担当のミヤ・スコロモスカの客室世話係員
(air gun)が搭乗しております。ご用の折は何なりとお申し付け下さい。横浜港到着は午前4時30分を予定しております。なお機長はアン・スミス・サトウ。副操縦士・向井田亮介、航空機関士・明石洋之、航空通信士・加納信也、航法員・鳥居元で御座います。これから皆さまを横浜へとご案内致します。空の旅をゆっくりとお楽しみ下さい。
 では本機は、只今より離陸を開始いたします。安全固定帯
(seat belt)をお締め下さい」
 キャサリンが搭乗員全員の名前をフルネームで名乗ったのは、万一の場合、生存者に記憶に留めてもらいためであった。また名前に英国人や露国人が混じっているのは、かつての『あじあ號』特等席の異国情緒を髣髴とさせる趣があった。空飛ぶ応接間である。その意味では幾ら戦時とは言え、大戦末期にもその豪華さが漂っていた。あるいはこれもプロパガンダの工作だったのか。
 現にその証拠に、満映監督の猪口敬三は、ここぞと言わんばかりにカメラを廻させ、総てを撮影させていたのである。おそらく離陸時の外からの様子も、配下に手配させてこの様子を撮影させていたのであろう。

 『空龍』は離陸待機エリアからゆっくりと滑走路に向かって動き始めた。発動機が咆哮
(ほうこう)するような唸り声を上げている。二重反転式の六枚翅のプロペラは益々加速し、プロペラのそれぞれは一瞬逆回転したように映った。それが誘導路の照明にくっきりと映し出されていた。これまで抑えていたパワーを解放し、発動機の鼓動音が一段と高まった。離陸準備を整えている。
 その時機である。
 馬に乗った矮男
(こおとこ)が、機に猛然と接近し、何か大声で喚いていた。
 「機長。あと一名、搭乗客がおります」艇尾展望室に居たエア・ガールの良子から操縦席へ打診があった。
 「諒解」安堵の返事である。
 だが、“諒解”と言いながらも、前方の整備員に車輪止めを外させ、機を誘導路に走行させる指示を出したのである。翼のフラップは「下げ翼」となり、今にも動き出して滑走を始めようとしていた。重厚で堂々とした動きである。機は滑走路に入って向きを変えた。
 まさに、これまで抑えていたパワーを解放し、発動機の鼓動音がより一層高まったその時機である。機は地面を蹴るように猛然と走行し始めた。その刹那、矮男が飛びついた。搭乗扉は幽かに開いていた。その間隙に飛びついたのである。全エネルギーを投入し、一縷
(いちる)の希(のぞ)みを託してである。
 猿と化して飛びつき、希みは、ついに亨
(とお)った。まさに間一髪であった。
 猿漢を搭乗口で機内に引き摺り込んだのは、エア・ガールのアニー・セミョーノヴァだった。
 機は四発大型機らしく、地面からの烈しい凹凸
(おうとつ)の震動を受けて、何度か大きく撓(しな)り、あるいはたわみ、耳障りな軋(きし)み音を発して、軋みが消えたとき轟音を発して『空龍』は地上から離れ、夜の大空に舞い上がっていた。

 津村陽平は疲れていた。疲労困憊だった。
 搭乗口から引き摺り込まれて機内に転がると、その場に笈
(おい)を背負ったまま俯せに斃(たお)れ込んでしまった。それは行き斃(たお)れようにも映った。精も根も尽き果てたという感じだった。
 この漢、精力も使い果たし、気力も風前の灯だった。完膚なきまでに叩きのめされていた。もし強風に煽られれば、一気に消し飛んでしまうそういう有様だった。
 飛行機は益々高度を上げていた。直に3千メートルに達し上昇気流
(ascending air current)に乗った。高度3千メートル付近ではドライサーマル(dry thermal)という熱上昇気流があり、頂点にある積雲を超えれば雲を伴わない強烈な上昇気流がある。この気流に乗れば、近年のグライダーでは、無理なく飛行距離50km以上を飛ぶことが出来る。
 『空龍』は徐々に高度を上げ、直に4千メートルまで達した。
 この時代、プロペラ機で高々度1万メートル付近を飛ぶ飛行機は少なかった。1万メイートルの高々度に達するのに戦闘機でも40分から1時間も掛かった。また、この高々度を維持して飛べる大型爆撃機はB29くらいであった。
 『空龍』は最高高度が8千5百メートルに設定されていた。それ以上高く飛ぶには無理があった。
 機体内部の機密性と酸素供給の関係があったからである。この問題さえ解決できれば、B29並みに高々度を飛ぶことが出来る。
 だが通常巡航の場合は、高度4千メートルを維持して飛ぶように旅客機として設計されていた。

 行き斃れの津村である。この漢は誰かに呼ばれているような気がした。
 「お客さま」
 「……………」
 「お客さま。あのッ、お客さま……」今度は揺り動かしていた。
 《わしのことか?……》漢は夢の中で訊き返していた。
 「お客さま」
 《捨て置いてくれ。わしは行き斃れの屍体
(したい)なんだ》
 「お席へどうぞ、お客さま」
 《いいか、わしは屍体なんだ。屍体がどうして動ける。此処でいいんだ、捨て置けと申しておろうが》
 「困ります」
 《わしは困らん、屍体なんだからな》
 「お客さま」
 《わしのことは構うな、安らかに寝かしておいてくれ》
 「お席へ、お客さま」
 こういって揺り起こそうとしていたのは、キャサリンだった。
 オヤジはボケた頭で周囲を見回していた。《もう空の上か。とうとう天国に達したか……》そういうを感想で周囲を見回した。
 「妙なところじゃの。うム?……。あんたは?」
 「キャサリンでございます」
 「うム?……、そうすると、わが輩は墜ちずに間に合ったということか」
 「はい、間一髪でございました」

 機は深夜の上空を東京方面に向かって飛行していた。夜空には月齢27.0で、鎌のような三日月が掛かっていた。
 これからエア・ガールたちは横浜港到着まで、不寝の番
(ねず‐の‐ばん)である。彼女たちは各自、夜間双眼鏡を頸に掛け、また耳にイヤホンと襟元に小型マイク付きの機内会話器を装着し、いつでも連絡がとれて、戦闘配備が執(と)れるような状態であった。異常があれば、直ぐに操縦室へと伝達される。

 この作戦は戦後の日本を踏まえての終戦計画の一貫として踏み切られた。
 そのためには、先ず負け戦を早々に打ち切らねばならない。負け戦をダラダラと引き摺っていては、それだけ戦後の復興が困難になる。最悪の場合は日本列島が戦勝国によって割譲される。日本は領土を奪われる。何としても食い止めねばならない。
 更に運良く講和に持ち込んだとして、戦争終結後に政府が為
(な)さねばならないことは、経済の建て直しが第一義である。疲弊した経済的体力を恢復(かいふく)させるには、敗戦国を襲う経済恐慌を乗り切り、財政投融資を増額して民需を興す以外ないのである。財政の主な原資は郵便貯金だけであり、経済恐慌の状態にあっては大半の銀行預金が引き下ろされ、また保険の積立金もパンク寸前にあった。こうなると経済的には丸裸となる。この状態を補うために莫大な経済復興資金を必要とする。『空龍』に積載された金塊500kgも、その一部に充てられる。だがこの程度では、まだ不足する。今後の資金調達のために、満洲国有志による経済暗躍が急がれた。その暗躍の一つに、詳細不明のM資金が絡んでいた。
 このM資金を追うのは『タカ』だけではない。羆大明神も狙っていた。

 敗戦国はこれまでの歴史から観ても、恐慌の嵐が荒
(すざ)ぶものである。この嵐を何とか押さえねばならない。物資難下では暴動や何者かの煽動によって取り付け騒ぎも起ころう。万一そんなことにでもなれば、何百万人もの死者が出る。恐慌が襲う敗戦下では、おおよそ一千万人もの餓死者が出るのは必定である。それだけで国家経済は潰滅してしまおう。
 幾ら敗戦国であっても、国を滅ぼすような政策は敷くべきではない。棄民
(きみん)政策だとの譏(そし)りを受け、また輿論が激昂するのは目に見えていた。
 後世の人達から悪評されることだけは避けたいところだ。まず生き残った日本の根っ子になるべき国民を救わねばならない。根っ子が生き残って、はじめて死者の霊も弔われる。

 『タカ』は、よりよき戦後を描いて奔走していた。そのために負け戦は一日も早く終わらせねばならない。
 長引けばそれだけ不利になり、講和の糸口も見出せなくなる。残された道は一億総玉砕か、徹底的に破壊され尽くす無条件降伏以外なかった。そうなれば、根っ子は殆ど残らず、譬
(たと)え残ったとしても民族の精神は破壊され、これまでの文化や歴史は無きに等しくなる。


 ─────歴史を観ると、戦勝国は敗戦国に押し付ける工作は文化破壊である。敗戦国を徹底的に悪の代名詞として槍玉に挙げ、その国の文化や伝統を徹底的に破壊することである。アイデンティティの破壊と分裂に掛かる。過去より連綿と続いた日本精神などは以ての外となる。過去の歴史には軍国主義が含んでいたため、この度に戦争を起こしたと、日本悪玉論が公然と宣伝される。文化や伝統などの共通性を失わしめる。
 こうなると、自由で平等な礼の精神や国民の人権も失われ、戦勝国の属国になる以外なくなる。これらの隷属化は極力避けなけれならない。
 そのために『タカ』は独自の日本の未来像を描いて戦っていたのである。決して戦勝国の好き勝手にはさせない、日本人のためのよりよき戦後であった。あたかもアリストテレスの『政体循環論』の体制維持に苦慮する事態は避けたかったのである。

 アリストテレスは政体を君主政、貴族政、民主政の三つに分類して、政体が循環することを挙げた。
 まら、この『政体循環論』はポリュビオスによって、これら三つの政体が堕落することでそれぞれ専制政、寡頭政、衆愚政になり、ついには別の政体に移行するという政体循環論を唱えた。
 あるいはギリシアやローマの歴史には、その政治形態において六つに分け、君主政暴君政貴族政寡頭政(貴族制の墜落形態から起こる少数支配制)民主政衆愚政(古代ギリシアのアテナイでの民主政治の堕落形態から起こる多数愚民による政治形態)君主政と繰り返す循環がみられたという。つまり同じ政治体制が長期間継続すると、権力機構が腐敗したり社会制度が老朽化したりすることで、必然的に堕落するとされた。民主政治の欠点を晒(さら)した箇所である。民主政治はその後に、衆愚政を控えているからである。
 その元兇は個人主義に奔るため、多種多様という思考に至り、分裂を来すからである。そして最終的には我田引水を招くことになる。

 例えば、昨今の企業人や会社員にみられる「家庭の幸福」を守る大義名分をもって、手段を選ばずに利益を追求するという行為が正当化されている現実である。個人主義の悪しき例である。戦前・戦中は国を挙げてという思考の中に収まっていた。つまり全体主義で歩調を合わせていた。
 ところが戦後は個が中心に置かれたため、全体のことは考えなくなった。戦後の復興のために、大半の日本人はシャカリキになって自分の帰属する組織のために働いた。組織全体のために働いた。しかし、安定期に入ると国のため組織のためなどの理想は時代錯誤になり、自身のために働くというのが中心課題に据えられるようになった。そのためには信念無用、恥も無用となった。ただ自分の暮らしのために生きて、自分さえよければと言う個人主義が横行した。

 この背景には個人の思想が頽廃すると、社会全体も頽廃するという衆愚政に陥って行く悪循環があった。世のサラリーマンの殆どは家庭や家族のために働く“働き蟻”であり、結局、何のために働くかと問えば、マイホーム維持のために働くと答えるのが大半の共通した意見であるまいか。つまり、個は衆愚化を経由して、多種多様に分れ、分裂する軌跡を辿るのである。その衆愚化の一つに自由恋愛が挙げられる。
 人々は理想や志しを失って、現実の利益のみを追い掛けることになる。
 例えば亭主の存在。
 亭主は男として理想や夢を持つことは、悪だとなってしまった。男は女房と理解し合い、夫婦仲良く家庭平和のみに尽くさねばならない。こうなると、政体はどうなるだろうか。
 個人主義は多様化を招くばかりでなく、分裂まで招き、かつ衆愚までもを招いてしまう。この衆愚が、とことん堕落方向に向かえば、頽廃した世を憂う者が出て来る。そして強い政治家を求めるようになる。
 この形体の中から民主独裁というものが擡頭して来る。経済格差が顕著になれば尚更である。やがて保護的な政策が採られ、再び武力行使による強い国家を大衆は求めるようになる。決して懸念無用のことでない。充分にあり得ることである。

 大正末期から昭和初期に掛けて、世の中を席巻したのはエログロ・ナンセンスではなかったか。その後に何が起こったか。これはまさに、西ローマ帝国の滅亡
(476年)を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 当時、ローマは圧政が行われ、あるいは道徳や文化が衰える等の暗い感じのする時代だった。そして歴史では滅亡以降の、紀元1000年頃までのヨーロッパ中世前期を、「知的暗黒時代」と西洋史では呼んでいる。
 これはまさに、世界大恐慌の引き金となった「暗黒の木曜日」以降に、酷似する歴史的事実だった。
 1929年と言えば、日本では昭和4年のことであり、それ以前の大正12年9月に起こった関東大震災、及びそれを受けて提案された「震災手形損失補償公債法案」と「震災手形善後処理法案」が議会に提出され、更には、支払い不能になって焦げ付いた「手形処理問題」で悩む若槻礼次郎内閣の苦悩を浮き彫りにした時代であった。
 日本銀行は、再割引して振り出した手形の中には支払い不能となった。かつての放漫経営に対するツケが山積みされていた。
 例えば台湾銀行が抱えていた不良手形の大部分は、神戸に本拠地を置く鈴木商店のものであり、震災とは直接に関係のないものが多く、不穏と不況の翳
(かげ)りは忍び足で近づいていたのである。

 米国ではニュー・ディール政策で乗り切ろうとした。一時期、アメリカ系ユダヤ人らのニュー・ディーラー集団
(アシュケナジー・ユダヤが中心となって、組織するアメリカ共産党)の意向を受けて、共産主義化の路線を邁進(まいしん)し、地球規模の不況の脱出を図るが、資本主義の大本山である工業国米国の生産水準は、1908年代当時まで落ち込んでしまう。ニュー・ディール政策は1929年に始まり、1932年に収束するが、以降世界は不況の真っ只中に突入し、既に背後から戦争の昏(くら)い影が忍び寄っていた。昭和9年のことである。
 そのころ日本では、それに前後して、巷
(ちまた)では、こう言う歌が流れ始めていた。
 昭和5年から7年にかけて、巷を覆
(おお)い尽くしていた流行歌は、軽やかで、軽薄な「東京音頭」のような歌が溢れていた。陽気だが、意味のない軽佻浮薄そのものだった。
 そして、その目立たぬところで、もう一つの流行歌が静かに流れ始めた。
 これは安易に流行歌と一蹴
(いっしゅう)するより、むしろ歌詞に大きな社会思想的な意味を含んだ、低く、重々しい、不気味さまでを感じさせる、力強さと深刻さに覆われた歌であった。

汨羅(べきら)の淵に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧(わ)

 この歌は『青年日本の歌』と言い、後に『昭和維新の歌』と称されるようになり、作詞者は海軍中尉・三上卓であり、彼は後の5.15事件の海軍青年将校の指導したクー・デター事件の首謀者であった。
 この事件は、陸軍士官候補生らや愛郷塾塾生らも参加し、昭和7年
(1932)5月15日首相官邸等を襲い、犬養毅首相を射殺して政党内閣制に終止符を打つ切っ掛けを作ることになる。そして日本には、ファシズムに影が忍び寄ることになる。その結果、大東亜戦争へと突入した。
 大東亜……。
 アジアにおける白人支配からの解放。
 このテーマに向けて、この度の戦争が起こった。
 だが、ミットウェーの敗北以来、日本は急速に勢いを失い、衰え始めた。戦争指導者の誤りから端を発したものであった。負け戦の上に負け戦を重ねていた。そして日本の軍部が一般国民に強要したことは、滅びの美学であった。愛国心を感傷主義で煽った。このままいけば日本は根絶やしになるだろう。これに歯止めを掛けなければならない。昭和19年
(1944)日本の敗色は濃厚だった。


 ─────そんな時に『空龍』は日本の向けて飛んだ。一機の護衛機も無しの、単独でである。
 「艇尾展望室から緊急報告。戦闘機らしきもの、急速に接近しあり」
 同じ頃、操縦室にも「電探に機影あり。数、五ないし六。規模は中隊規模
(3機小隊×2編制)」これは電探を睨みつけていた航空通信士の加納から齎された。
 「艇尾展望室。機影は何か」と諮問
(しもん)は機長からである。
 「一式戦
(日本陸軍機の隼)です」
 「一式戦?……」
 「機長。編隊長は満洲国軍航空隊の司令・権藤上校
(大佐)殿であります」と通信士。
 「権藤上校?……、何故この時間に……」
 「電話回線を開けと言っております」
 「では、回線を開け」
 「わが満洲国軍護国飛行隊は、貴旅客機を満洲上空の安全な地域まで護衛する……と言っても、滞空時間や燃料の関係もあって、持続可能なところまでだが」
 「こちら機長。護衛に感謝します」
 「少佐、上手い具合に熱上昇気流を把捉
(はそく)しましたなあ」
 「おかげざまで。何しろ本機には、ゲーリング元帥から柏葉
(はくよう)騎士十字勲章を授かった燃料節約家の航法員が搭乗しておりまして」
 「ほーッ、柏葉騎士十字勲章を授かった航法員ですか。どころで、美雨の母子は元気ですかな?」
 「至って」
 「右、十時の方向に鎌のような三日月。鋭利でなかなかですぞ、少佐」と意味ありげに言った。
 「敵情報は如何でしょう?」
 「これから先、ソ連領上空付近に接近しますぞ。ご油断めされるな。もしかすると敵はソ連空軍ではなく、ソ連に訓練されたポリカルポフI-16に搭乗した中華民国軍パイロットが襲撃に出るかも知れません、これからは要注意ですぞ」
 ポリカルポフI-16はソ連機である。ソビエト連邦のポリカルポフ設計局の開発した単葉戦闘機である。
 中華民国を支援したソビエト空軍の義勇部隊である。中華民国軍パイロットは甘粛省・蘭州基地で、ソ連志願隊からこの機の戦闘教練を受けたのである。また、成都・老河口には飛行学校が開設され、ソ連人顧問が直接指導に当たったのである。日ソ国境付近に中国軍が出現しても不思議ではなかった。
 「権藤上校殿、有り難う御座います」
 「少佐。美雨たちは何処の席です?」
 「右後方の旅客窓から二番目です」
 「では、ひとつ貌でも拝んで……。機内の電話回線は可能ですか」
 「乗務員に手配させます」
 「忝(かたじけな)い」
 「機長より、客室世話係へ連絡」
 「機長、キャサリンです」
 「右後方辺りに満洲国軍の権藤司令。美雨と話したいそうです」
 「諒解しました」
 キャサリンは美雨の座席まで報せにいった。
 「ねえ、美雨。早く起きて、横に権藤上校殿が飛んでいます」
 これを聴いて、美雨はハッとしたように眼を醒ました。そして横にいた母親の江静もである。
 真横で飛んでいる権藤機に注視した。三日月の光を受けて、権藤の貌がほの暗く泛
(うか)んだ。
 「あッ!おじさん」美雨は窓にしがみつくように見入った。
 キャサリンは《これで話しなさい》というふうに、美雨にマイク付きのイヤホンを渡した。
 「元気か、美雨。権藤だ」
 「はい」
 「横のご婦人は?」
 「母です」
 「うん?母上か。始めてお目に掛かる」
 「母に代わります」
 美雨は直ぐに母親に代わった。
 「これまで娘が何かとお世話になりまして」と権藤の方を向いて一礼した。
 「これはお美しい」このオヤジは、女と見れば誰でも美しいの形容を付ける。
 「?…………」
 「これはこれは……。自分は満洲国軍護国飛行隊司令の権藤光司上校であります」
 「わたしは美雨の母・江静です」
 「では、あなたはもしかすると、粟末靺鞨
(ぞくまつ‐まっか)族の末裔・江静姫ですか」
 「はあ」
 「光栄であります」権藤は頸を左に捻って敬礼した。
 江静は権藤に向かって席上から会釈した。
 「さて、そろそろお別れです。では……」権藤は、もう思い残す事は無いと言う貌をしていた。
 マイク付きイヤホンがキャサリンに戻された。

 「少佐。もうそろそろ、お別れです。われわれはこの辺
で引き返します」
 「はい、有り難う御座いました」
 「では、グッドラッグ」権藤上校は別れの敬礼をした。
 暫く付添うように、警護に当たっていた六機の編隊飛行をしていた一式戦は、翼を左右に振って別れの挨拶を告げ、大きく旋回して『空龍』から離れて行った。


 ─────暗号電〈梟ハ猟リニ出掛ケタ〉が、コックピットに打電された。
 電文の「猟り」とは、ある要人を収容することを指す。深夜に新京飛行場を飛び発った『空龍』は、日本海の会合点であるX点に着水し、そこで要人一名を拾うという至上命令である。この人物を収容しなければならない。それだけに『空龍』の搭乗員には死を辞さない覚悟が要った。しかし、死ぬにしろ生き残るにしろ、生死を考えてもどうなるものでもなかった。その種の感傷にかまけている隙
(ひま)はなかったのである。
 夜の日本海に着水する……。更にそこで、ある人物を拾う。決して容易なことではない。だが不可能ではあるまい。今は、不可能でないことを確信して奮闘する以外なかった。

 世には早計人が多い。
 不可能に近いことを要求されて、それを不可能と思い込んでしまうことは早計である。世の中は何が起こるか分らない。意外なことが起こる。こういう場合、難解な課題を与えられて、それに心を奪われ思考が乱れてしまうのは危うい。
 無理難題な指令を受けて、アン・スミス・サトウ少佐はそれを全く可能性のない不可能とは思っていない。
 思考が乱れている……。そう思い直した。
 二つの物事を同時に重ねて、不可能と思い込んでいるのかも知れない。思考を正常に戻さねばならないと思っている。偶然に縋
(すが)ってはいけないのである。持てる伎倆(ぎりょう)と力量を発揮して、単純に実行するだけでいいのである。思い悩んで二重三重に輪を掛け、成功の確率を下げないでもいいのである。
 その執念、岩をも穿つ……。あとは心配無用。成功・不成功は人間側に決定権が無い。これを決定するのは天である。

 「航法員。X地点までは?」
 「朝鮮領・清津
(チョンジン)の沖、東南東250km付近。あと10分ほどで到着します」と鳥居一飛曹。
 「副操縦士。フロートを降ろせ」
 「諒解」副操縦士の向井田上等兵。
 第一発動機と第四発動機の下部の格納倉に折畳まれていたフロートの脚が伸ばされた。
 「機長。第五艦隊所属の砕氷駆逐艦『速雲
(ハヤクモ)』から電話回線を開けとの打電です」航空通信士の加納だった。
 第五艦隊はアッツ島やキスカ島などのアリューシャン海域や千島列島など北方海域担当の艦隊である。
 「電話回線開け」
 「こちら『速雲』艦長の蛭巻
(ひるまき)少佐である。満洲国要人を速やかに乗艇させ、収容されたし。これより10分後、内火艇を発進させる」
 「こちら『空龍』機長のサトウ少佐。諒解」
 「うム?機長は女性でしたか、これはこれは……」
 「女では、何か?……。ご不満でも……」
 「いえいえ、滅相もありません」
 「要人を首尾よく乗艇させて下さい。少しばかり波が荒れております」
 「諒解」
 「客室世話係に連絡。これより着水する。哨戒配備」
 この哨戒配備は《外の敵だけでなく、乗客の船酔いに備えよ》との意味も含まれていた。
 『空龍』は高度を下げ、砕氷駆逐艦『速雲』の上空を大きく旋回しながら、水平飛行で着水態勢に入り、海面から10メートル、5メートルと下げていった。
 『速雲』からはX地点を報せる発光信号が送られていた。それを目印に位置標識
(marker)まで向かう。
 「着水しまァ〜す」と海軍調の向井田。
 『空龍』は飛沫を上げて夜の海に着水した。辺りは薄闇である。この着水は湖と違って、機は強い横波を受けて船のように揺れた。


 ─────機には500kgの金塊を積載している。この金塊は哈爾濱商工会議所の有志によって寄附された戦後の復興資金の一部である。哈爾濱ならびに新京の商工会議所の有志によって、水面下では更に多くの復興資金調達の工作が行われていた。斯くして日本の戦後復興は満洲国をモデルに都市計画が行われるのである。
 早期戦争終結……。『タカ』はその終結を目指して暗躍していた。また『タカ』の情報網の目となり触覚となったのが、秘密機関『梟の眼』であった。機関長の甘木正広少将麾下、情報将校が中心核となって満洲国全土ならびに東南アジアに食指を張り巡らしていた。

 これから重要人物として、戦争終結交渉人の鄭石卿
(てい‐せききょう)が日本海のX点から乗艇する。この人物は駆逐艦に乗船して、会合点で合流する。要人は満洲国の国務部副総長である。

搭乗客 役 職 搭乗客数
満洲国要人 戦争終結交渉人・鄭石卿 1名
軍人 関東軍参謀・乙祢益次郎 1名
民間人 哈爾濱ならびに新京商工会役員 2名
軍属 津村陽平ならびに江静と美雨の母子 3名
満映関係者 監督ならびに撮影スタッフ陣 9名

 薄闇に、青黒く艦影が映っていた。殺伐とした姿である。
 要人は駆逐艦から内火艇に乗り込み、更に内火艇から『空龍』へと乗艇して来る。本日の日本海の波は、荒れ狂うほどでもないが、決して穏やかでない。
 砕氷駆逐艦は1200屯級の艦船である。任務は冬季においては、氷を砕いて敵潜水艦に攻撃を仕掛ける潜水艦ハンターでる。一方、武装は軽快な駆逐艦であるためか、大きな口径の高角砲は搭載されていない。前部に40口径の連装砲一基。後部に同単装砲一基。また機銃も25mm二連高射機関砲も前後に四基。更に四連の魚雷発射管一基のみである。どちらかというと、貧弱な方に入る。
 だが貧弱だから弱いと言うわけでない。武器は、武器を遣う人が問題である。幾ら強力な武器を搭載していても、それを遣う人が未熟であれば、武器は用を為さない。宝の持ち腐れである。
 則ち、ぱッと見の程度と連想との相違は、種類と搭載物の相違より遥かに大きく、また広範囲に影響を及ぼす得るものである。
 砕氷駆逐艦『速雲』は停船した。だが錨は降ろさない。投錨する音を、海中で敵潜水艦から聴かれる恐れがあるからだ。やがて内火艇が降ろされた。白い事業服を着た水兵が機敏に起
(た)ち動き、その指揮を当直士官らしき若者が当たっていた。

 その様子を『空龍』のエア・ガールたちは夜間双眼鏡で覗いていた。機は危険を孕
(はら)む海域に着水しているからである。
 「周辺海域ならびに上空の警戒を厳にせよ」機長が一声を発した。
 「前方、約百メートル辺りに浮遊機雷です」最も目のいい佳奈が報せた。
 「通信士。『速雲』に発光信号。〈貴艦ノ左前方、約百米突
(メートル)ニ浮遊機雷。注意セヨ〉」
 直ぐに『速雲』から「諒解」の発光信号の合図が送られて来た。海は平坦な凪
(なぎ)でない。それなりに波があり、一点に静止しているわけでない。これに触れれば一溜まりもないのである。
 しかし恐怖の怕
(こわ)さは、この程度ものでない。まだ序口に過ぎない。機雷の発見は、これから起ころうとする本番への、ほんの序曲だった。幕が開けば、もっと恐ろしいことが起こる。
 兇悪な敵が海中に隠れて、牙を磨
(とい)でいるのである。併せて、空から如襲って来るかも知れない。


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