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続々 壺中天・瓢箪仙人 17

死生観の解決……。
 人間は生きている限り、必ず死なねばならない。生老病死の四期を経て、生の最終段階で肉体は潰える。それを総じて「苦」という哀れな実情がある。苦こそ、死と同義の煩悶
(はんもん)であった。
 生命の火が燃え尽きようとするとき、人は苦に見舞われる。
 そして、死ぬ……という覆
(くつがえ)しようもない事実と直面しなければならない。ここに「苦」の実情がある。

 これを免れる者は居ない。必ずそうなるからである。
 死生の重大時期に際し、君子は平然と恐れることを知らない。死に臨んでも「正を失わない」のである。
 また釈尊は、煩悶を解脱させる道はないかと考えた。人間苦を救おうと考えた。これが「五蘊
(ごうん)はみな空なり」であった。
 五蘊は既に空であって、そこに不生不滅、つまり生きることも死ぬ事も無いと説いた。人間の生死は仮相であって、真相では無いと説いたのである。
 したがって仮相であるから、そこに喜怒哀楽などの現象が起こったとしても、それは真相ではなく、五蘊皆空
(ごうん‐かいくう)・不生不滅を説いたのである。これが「空の思想」の根本であった。
 だが「空の思想」は、衆生
(しゅじょう)に徹底させることは難しかった。衆生が難解な、「生死一如」など悟る訳が無い。その悟りは容易でない。衆生は世の中の事はみな仮相であることを理解するまい。更に真相、つまり「実相は何であるか」などは、難解中の難解である。輪廻転生を、現象界の世界で考えてみるといい。

 それを蚕
(かいこ)に置き換えて考えてみよう。
 蚕の実相は何か?……。
 蚕は暫
(しばら)くすると、自分の身の回りから糸を出す。そして繭(まゆ)を作る。やがてそれに閉じ籠(こも)って蛹(さなぎ)となる。その蛹は蝶になり、繭から出て来る。その蝶は卵を生み、卵は孵(かえ)ってまた元の蛹となる。
 蚕一つを挙げても、その生態はそれぞれの時期を経ているのである。その時期の生態は実相でなく仮相である。果たして実相は何処にあるのか。
 これは人間も同じことだろう。
 「万物は空なり」
 これが悟りだと当時に、万物はこれが仮相なりと見定めることであった。釈尊の教えである。そして、これを素直に見る力を「真般若
(しんはんにゃ)」というのである。


●犬笛

 ロシア正教会のヨシフ神父から、これまで謎に包まれていた“正体暴き”の糸口の発端を聴いた。真実が徐々に浮上した。その側面に密偵ゴロの存在があることも知った。脅し屋である。
 密偵ゴロは密告を専門とする、官憲に「告げ口をするぞ」と脅す密告屋である。

 脅しをする場合、多くは脅される場合、無辜
(むこ)の市民が多かった。何ら容疑とは無関係なのである。
 また密偵ゴロは、時に満洲国要人や関東軍参謀らに取り憑
(つ)き、徹底的に尾(つ)け回し、調査を念入りにしてその結果、浮上した事実に同性愛者に廻り遭えば、それは金鉱を掘り当てたに等しかった。
 こうして専
(もっぱ)ら同性愛者を探り当てて、強請(ゆす)りを働いていたのである。あるいは同性愛に走りそうな男色家を見付け、美少年を斡旋・仲介する業者で、組織化していた。孤児院がある理由もこれに関連していた。この組織は、美少女だけでなく、美少年を飼うという人間牧場を持っていた。つまりこの牧場が孤児院であった。ここで飼育された少年を“お稚児さん”といった。
 人買いで恐ろしい組織であった。これは、この時代に限らず、現代でも姿を変えた形で存在している。意図的に性転換や性交奴隷を目的とする人身売買組織である。

 当時、アカと言われる連中は、何も共産主義者や無政府主義者、あるいは自由主義者のみをアカと言ったのではない。男色に耽る性愛者や異常性欲者を含めてアカと称した。そして同性愛者を取り締まりを担当していたのが、関東憲兵司令部であった。その配下に特高警察があった。

 密告するぞ……。この脅しに最も脆
(もろ)かったのは、無辜の一般市民よりは、政府要人や関東軍の高級将校であった。また満洲国軍の将校にもいた。一番脆かったのは、満洲国軍の将校であった。
 密偵ゴロは狙った標的
(target)に張り付き、その証拠を暴こうとした。その中でも、特上は関東軍参謀と言われる高級将校であった。買収して仲間に引き摺り込むことが出来るからである。
 人と人のの関連は、類は友を呼ぶ繋がりによって成り立っている。これが闇より引きで利用される。あるいは側面から観察していて、潜在的に同性愛に奔
(はし)りそうな金脈を企てようとする。これを隠語で“開拓”といった。一般婦女子や芸妓のみならず、女房に飽きた、その種の潜在的男色家を目覚めさせて開拓するのである。上層部に君臨し、日々鎬(しのぎ)を削るエリートの支配階級は、密偵ゴロ組織の餌食(えじき)になり易い階級と言ってよかった。また餌食になり易い社会構造は優秀な一握りのエリートの中に見られた。此処に棲息する大半は、まずポーズとして面従腹背(めんじゅう‐ふくはい)をとる。表面は服従するように見せ掛けて、内心では反抗する意図がありありである。組織はそういう輩(やから)を発掘して行った。
 この層は殆どが血の気の多い野心家たちで、年齢も青壮年層であり、然
(しか)もプライドの高いエリート集団である。面従のポースロして頭脳明晰を誇り、この集団間でそれぞれが鎬(しのぎ)を削り合う。
 凡夫から見れば無類の有能を誇る連中である。
 だが、山高ければ谷深し。長所が目立つ分、深層部にはそれ相当に短所も抱えている。今は陰性化して、ただの保因状態である。本性を現さないだけである。

 では表面だどうか。
 面従腹背の“腹背”には、他人
(ひと)より一歩先んじたいと、虎視眈々(こし‐たんたん)とその機会を窺っている。この環境の中に慣らされれば、野心家は更に奔走する。つまり序列意識を露(あらわ)にさせる。こうした環境下で、ホモが蔓延(まんえん)することはよく知られている。俗に云うマウンティング現象である。
 ニホンザルでは社会的順位や序列を確認するために上位のものが、下位のものに対しても行う行為であり、哺乳類の雄が雌の尻に馬乗りになり、あたかも交尾の姿勢をとるポースをする。これは同性でも序列決定のために行われる場合はある。これを人間の世界に当て嵌めればいい。斯
(か)くして、種々の精神的肉体的同性愛を通じて鎬の削り合いが行われる。愛は渇愛に変貌し、徐々に畸形愛化し、更には憎悪となって噴出する。上位に君臨したいがために愛憎が頭脳集団の環境を作り出す。それが固定化し、習慣化する。集団の中での下克上はやがて弊風化していくのである。それは一種の隙でもあった。それが盲点や恥部となる。
 密偵ゴロ組織は此処に付け入る。洗脳の糸口を靡
(なび)かせている。つまりその糸の尖端を掴んでしまったエリートが、この毒牙に掛かる。巧妙に接近し、取り込むのである。
 人間は総てに万能
(almighty)などの完全無欠の人間はいない。況(ま)して標的は、無私に徹し得ない青壮年層の野心家である。洗脳は意図も簡単だった。
 では、どう言う人間が密偵ゴロに標的
にされるか。

 エリート然として自信に溢れ、鼻息が荒く、強気一点張りの野心満々の青壮年層である。見るからに今世、時めくという人である。一点の非の打ち所もなく、頭もいいし、才も長け、交際上手で社交家に映り、然
(しか)も何の差し障りもない。見るからに切れ者に映る。そのうえ大して酒も呑まぬし、女漁りもしない。何処までも紳士然である。総てがまことにこぢんまりと整っている。
 だが反面、忙しそうに立ち働いているポーズは、あくまでポーズに過ぎない。要するにどうでもいい仕事を忙しくしているだけである。環境が減点主義にあるからだ。誰にでもできる仕事を、さも忙しそうにやる。これこそ減点主義の最たるものである。
 このような環境に人間が置かれたとき、人間は環境に慣れる生き物であるから、とにかく言っておくべきことは発言し、あとは上官の言う通りに、ポーズとしては一生懸命に務めればいい。こうして安易な気分に陥って行く。つまり大勢順応型の人間に成り下がる。裏を返せば、責任回避型といえよう。この環境が畸形を作り出す温床となる。勿論、そういう人物は、凡夫
(ぼんぷ)の持ち得ない才能を多く持っていようが、結局は時代を動かす力にはなり得ない。野心突出では、無私の境地が形成されないからだ。
 結局、名誉欲と銅臭芬々
(どうしゅう‐ぷんぷん)だけが露(あらわ)になる。

 戦争は、時としてマイナスの因子を目覚めさせ、精神的に畸形
(きけい)を作り出す。それが肉体にも変調を来す。平時とは異なる緊張した環境に置かれるためである。こうした環境に長らく浸かると、食生活が酸性食品傾向に変化し、一方で性腺異常が起こり、それが異常性欲となり、表面化する。所謂肉をはじめとする動タンパク類のスタミナ食である。人は総て、食生活と環境と遺伝に関わっている。これは環境の必然性と時代の成り行きが釣り合った構図から出現したと言えよう。此処に虚が生まれ、虚が衝かれることになる。
 仕掛人の“開拓”に併せて、これが阿片や大麻などの麻薬とセットになっている。これが密偵ゴロ組織の大きな収入源になっていた。構図は貢ぎ物をセットにして献上する。そのために暗躍し、保因者を目覚めさせていたのである。人間は金・物・色に身を投じたら際限がなくなる。こう言う貢ぎ物を好むようになる。

 標的者に貢ぎ物を献上する……。
 長老然のこの地域の自治区長で自警団団長の早乙女均
(さおとめ‐ひとし)と、側近として蹤(つ)いて廻る身辺護衛役の青年は孟檠(もうけい)という名であることが分った。並みの狐ではない。密偵ゴロの総元締で、また人間牧場のドンであった。だがそれを微塵(みじん)も見せない。早乙女老人は中々の話術師である。話術に長けている。押しも強い。自信もある。その自信には酷薄さまで入り混じっていた。
 アンは早乙女の熱弁を装った言い回しに、度々翻弄
(ほんろう)された。真面目で誠実を装っているから、正体は簡単には見抜けない。時として懐(ふところ)の深さまで偽装している。それが話術の妙である。


 ─────上陸したときの日中のことである。
 「至って真面目な老人です。至誠をもって話す人間に対し、疑心を抱いてはお互いは理解出来ますまい。お互いの考えを交換しないで、どうやって相手の心を理解出来るんですか」と一瞬嗤
(わら)った。
 この種の語り口で切り出した言葉の裏には、明らかに、心に鬼を棲
(す)まわせている。
 「うまい仰り方ですわ」
 アンは思う。こういう場合、皮肉と冷笑を浮かべるべきなのだろうか、と。
 「苦い丸薬には甘い衣を被せるのが、この場合の正攻法……」意味ありげな、老獪
(ろうかい)な言い回しである。
 アンの心の中では、早乙女老人の狡猾
(こうかつ)への怒りが渦巻いた。
 「自覚症状を悟らせないと言うことですか」
 「そこで、一つだけご忠告しておきたいのですが、狂瀾
(きょうらん)を既倒(きとう)に廻(めぐ)らす愚に挑んでもどうにもなりますまい。そのようなことをすれば、愚者(ぐしゃ)として抹殺される運命しかのこされていないことを、充分にご理解下さい」捨て台詞にしては莫迦に慇懃(いんぎん)だった。その言葉の裏には、何が何でも服従させるという頑強な意志が顕われていた。
 「重々、承知しておりますわ」
 その一方で、浮標繋留索を巡らして生け捕った今でも、表面は紳士を装い、誠実の徒であるポーズを崩さないのである。それに余裕がある。手の裡
(うち)にした駒を自由に泳がしているのである。
 この余裕と自信は、いったい何に裏付けされているのか。背後に途轍
(とてつ)もない黒幕的人物(fixer)がいるのだろう。

 『空龍』の前方は浮標繋留索が張られ、拉致
(らち)同然であった。離水出来ないように阻止されていた。まさに飛行艇丸ごとの拉致であり、乗っ取りであり、ハイジャックだった。不埒(ふらち)と言う他ない。
 しかし策が尽きた訳でない。対抗策は幾らでもある。また『空龍』は消息を絶った訳でない。ただ翼を休めているだけである。その証拠に航空通信用の短波
(High Frequency)を出し続けている。モールス信号で乱数放送として電波を発し、地点と方角を報せている。これにより消息が絶っていないことは分かるであろう。新京飛行場の大日本航空も、この放送を把握(catch)しているだろう。
 今は暗くなるのを俟って、忍ぶ時だった。のち夜陰に乗じて遁走を企てるのである。また夜間に離着陸が難しい時代であり、その盲点を衝いて有視界飛行で離水を試み、遁走するのである。飛行機乗りとして、アンはその力量を持ち合わせていた。まずは収容から始まった。


 ─────全員一緒に夜を俟
(ま)っていた。闇夜を俟った。そして念願の闇が訪れた。
 これまで熟睡状態で寝ていた子供たちは一挙に叩き起こされた。目醒めの悪い子は、江静から尻をひっぱたかれていた。緊急時である。そうでもしないと眼を醒まさない。子供たちは眠い眼を擦って、最初のろのろ、やがて事態の変化が、これまでとは尋常でないことを悟り、鈍が敏に変わった。状況を悟ったのである。誰の貌にも緊張が疾っていた。

 「さあ、早く並んで!」《ぐずぐずしない!》と、佳奈が一見叱るように言った。
 軍隊で言えば、これから軍装検査が始まるところであった。速やかに水練着に着替えさせる。これだけで子供たちは今までに無い異変を悟っている。

 「急ぐのよ!」江静が遅い子を叱咤した。
 子供たちはこれから、今までとは何かが始まるのを本能的に感じているようだった。張り詰めた空気が、緊張を誘っているようだ。それだけ、此処の子供たちは異変に敏で野性的であった。おっとりとしていない。貧しい環境がそうさせたとも言える。冷や飯に馴れているのである。

 「室瀬兵長。救急鞄の中には蛍光塗料ある筈です」
 アンは夜間行動の目印を指示した。闇夜で、無軌道の子供たちを統率するには、位置の確認が必要だった。
 「はい、あります。薬品名は消毒薬のオキシドールで、茶色の小瓶に入っています。瓶の外からは蛍光塗料とは分りません」
 それは、敵から鞄の中を点検されても外からは見分けつかず、これを安易に見逃す意図も含まれていた。これこそ盲点であり、巧妙に偽装した虚であった。そういう虚を衝いての作戦である。
 「では、それを目印に動きましょう」
 その目印は大きなものでない。直径2cmほど丸印である。これを手足の後ろに描き付ける。湖岸に辿り着くまでの目印になっていればいいのである。水に濡れれば消えてしまう印である。あとの印は、頭巾の番号の前後ろだけである。後方者が自分の番号と前の者の番号が確認出来ればいいのである。隊を成して移動する場合の縦移動の鉄則である。
 特に湖面での泳法移動は横列より、縦列が主体である。縦一列の方がいい。これは軽鴨
(かるがも)などの一列になった縦列移動を検(み)ても分るであろう。

 蛍光塗料を目印の目標点にする。闇の中を動く場合の基本原則である。最初、まず闇に眼を慣
(な)らす。光の明暗を注視させる。特に、闇にあっても瞳孔を開き視界を明るくさせる。暗がりがよく見えるように眼を慣らす。
 闇に暗躍する空間に身を置いて、秘密戦を戦うには夜目が利
(き)き、闇の中を見通せる視界の明るさを持っているだけでなく、敵味方の識別を明確に出来る目印が必要だった。肝心なのは敵味方の識別である。
 その識別を、子供たちの頭巾の前後だけでなく、腕と脚に付けた。手足の動きもよく分る。背後から総括する殿
(しんがり)はそれに注意すればいい。闇夜に事を起こす以上、夜道を疾しり、湖まで辿り着くまでの統率手段である。目的を達成するためには、まず目標に定める地点に辿り着き、更に最終目標へと向かう。

 自分の所持品については、小型リュックサック
(Knappsack)状の平袋に最低限度の必需品を詰めて、その一式を頭に被り、両端下の鉢巻き状の紐帯で頭部に巻き付けている。かつては此処に鉢金はちがね/鉢巻などに縫いつけて前頭部を保護する簡略防具)を仕込んだと言われる。
 子供たちに頭上に持ち物の詰まった
袋を付けさせ、佳奈の江静はその点検に余念がなかった。装着した袋がぐらついていては駄目なのである。結び直してやる。確(しっか)り動かないように固定させねばならない。
 日本の古式泳法独特の水練術の様式
(style)である。
 かつて戦国期は、頭巾と平袋の間に脇差しや鎧通しを横一文字に指して、籠城側の伏兵の警戒と防禦にも当たったとある。また伏兵に対しては、先ず掌を筒状にして水鉄砲で目眩ましを行い、次にその隙に頭上の刃物を抜いて斬りつけた。

 全員、水着であり、足袋を履いている。底が厚手で二重になった水練足袋である。足の形に作った袋状の者である。指先に当たる部分に鰭状
(ひれ‐じょう)の水掻きが付いている。
 陸
(おか)を歩いても、親指と他の指が分かれる形状で叉(また)があり、合せ目を爪形の小鉤(こはぜ)で留める構造で、しなやかに動け、靴でないから音もしない。また足袋だと、足の裏の防禦になって、上陸した場合には岩場で足掛かりもいい。足袋を履いていると、裸足と違い水陸ともに動きを敏にする。

 江静は日本の古式泳法を習い、それを会得した。わが亭主は万宝山事件で闇討ちに遭い、殺された。
 亭主は日本人で、甲斐小堀流古式泳法を習得した師範だった。その師範から泳法術を学んだ。彼女は添い遂げたあと、何処かの河川や池などで教わっていたのだろう。
 では、何故水練を教わったのか?……。
 ここには何かの秘密がありそうだ。彼女が水練を学んだ理由は、単に健康法とか、武芸の一種として学んだのでなく、何か別の目的はあったように思われる。それは泳いで行かなければならぬ目的地を指すのか、そこには何か“もの”が存在するのか?……。今は謎である。

 さて、日本の古式泳法は主に城攻めの際に用いられた先鋒隊の術で、濠を渡るときに威力を発揮した。持ち物一切は頭部の上に結びつけ、音を立てないように水が飛沫とならないように、静に泳いで行く独特の泳法である。決して水音を立てない。敵に悟られない水練法である。この術を、彼女は普段から子供たちに修練させていたのである。


 ─────いよいよ脱出劇の始まりである。
 女性陣は水着で泳法可能。全員、古式泳法の水練スタイルで、大人も子供も恰好は同じである。湖岸に向かうばかりになっていた。子供たちもその準備が整っていた。あとは湖の縁から静かに躰を横たえ、立ち泳ぎと平泳ぎで前へ進めばいいことであった。それに当たり、基本動作が教えられた。指揮官の指示に遵
(したが)う動作である。手が挙がって前に倒れたら一斉に疾る。掌(てのひら)が向けられたらその場で停止する。掌が下向きに降りたら左足の片膝を立てて、その場にしゃがむ。“控え”の蹲踞(そんきょ)である。
 全員は息を細めて、その場にしゃがみ機を窺っている。
 闇に疾走して味方につける。
 それは一種独特の玄妙な静寂であった。一般人ならば、況
(ま)して平時の、平和の中に浴している人間にはおおよそ味わうことのない、無言の悟入である。この悟入をいま誰もが体験しているのである。此処に居る子供までも……。

 「いま!」《進め!》という意味である。
 アンは小声で叫んで、手を前に倒した。秋
(とき)の掛け声である。
 聲
(こえ)を殺して、一斉に走り出した。物音を殺して周囲の樹林を縫った。大小の影が疾る。まず湖岸まで江静が先頭を疾る。変わりに佳奈が殿を務める。湖岸に辿り着くまでの役目である。江静にとっては闇でも水練鍛錬に降りた路である。通り慣れた路であった。
 二番手の佳奈は、その刹那
(せつな)を意識した途端、脳裡(のうり)に電光が疾った。轍(わだち)の跡がある路を通って、奥まった斜面に沿った迂回路を辿って谷下へと降りて行った。目印は前方者の蛍光塗料の小さな円光である。それを追う。
 一列になって疾る影は、殆ど音を立てずに進んで行った。そして目前に暗い湖面が開けていた。
 これまでの重くのしかかったタールのような暗闇が、その刹那、周囲の空気がすっと軽くなり、濃度までもを薄くした。目の前の帷が引き揚げられたのである。そういう感覚が、彼女を支配していた。全員が夜陰に乗じる時機
(とき)だった。女三人、そして子供九人は虚を衝いて行動を開始した。九人の子供は猿のように、すばしっこい。動きが敏である。
 しかし虚を衝かれたからと言って、敵も莫迦ではない。不意打ちを喰らった時の訓練を重ねている。
 遁走する際、アンは周囲の風の中に血の匂いを嗅いだ。敵の迅速な動きに気付いたのである。
 直ぐに戦慄
(せんりつ)した。数人の跫音(あしおと)を聴いた。尾行者である。能(よ)く訓練された不自然な跫音であった。小さな走り方であり、害意の気を漂わせ、音を殺して追って来ている。自警団の警戒態勢での見廻りか、手練の細作(しのび)の暗躍かも知れない。あるいは闇夜の待ち伏せ攻撃か……。あるいはそれを勘で感じたのか。
 アンの耳は、待ち伏せを顕す雑音に、聞き耳を立てていた。彼女は手を挙げて静止を命じだ。
 「まって!」
 距離を取って跫音を遣り過ごす肚なのか。
 だが静止に合わせて、跫音も静止した。息を潜めている。追う相手を闇から凝視しているのである。出方を見ているようだった。ひっそりと鎮まっていた。
 「では」
 遁走を合図した。この一列縦隊には長幼合わせて12名が並んでいた。
 指揮官はアンであるが、先に立って道案内をするのは江静である。次に指揮官のアンであり、殿が佳奈であった。中に子供九人が続く。ここで路を疾るときと、泳法を開始するときの先頭と殿が入れ替わることになっていた。



縦 一 列 編 制 表
頭番1 頭番2 頭番3 頭番4 頭番5 頭番6 頭番7 頭番8 頭番9 殿


胡美帆
7歳
黒岩豊子
7歳
曾永福
6歳
戸部新一
5歳
余葉青
5歳
夏雪梅
4歳
白鈴風
3歳
康明貴
3歳
柳鉄男
5歳



胡美帆 黒岩豊子 曾永福 戸部新一 余葉青 夏雪梅 白鈴風 康明貴 柳鉄男

 路を疾るとき、この順を確かめた訳ではないが、アン、佳奈、江静はそう思い込んでいた。そして湖岸に来て先頭、次席、そして殿が入れ替わる。湖岸で来れば飛行艇に乗艇するために、初期段階の浮標までに泳いで辿り着き、次に最終段階の飛行艇を目指せばいい。
 しかし、脚は緩めない。小走りで進み、そのまま音を立てないように、湖面に躰を横たえる。此処までは成功した。後ろは順に続いていた。頭だけが縦12個となって湖面を平泳ぎで進んで行った。このまま進み、運がよければ目印の浮標まで辿り着けるだろう。ここまでは作戦通りに運んでいた。
 列は縦一列である。縦一列だが、紐か縄で縛って一列縦隊を固定しては居ない。必要なのは自由である。
 自然は自由に人間を受け入れる。自身に矜持
(きょうじ)さえ失っていなければ、自然の懐(ふところ)は深いのである。子供ですら、物事に目覚めれば、ちいさいながらも自負心を持っている。

 湖までもう直ぐのところまできた。
 深夜、子の刻
(午前零時から午前二時)。辺りに一陣の風が湖面を疾(はし)った。夜陰の流れが瀑布(ばくふ)となった。闇が垂れ込めている。辺りをスッポリと被っている。
 湖の遥か前方には、ぼんやりと闇の湖面に浮ぶ四発の大型飛行艇が、ひっそりと巨大な影
(silhouette)を映していた。
 先頭はアンであり、次に佳奈、そして“子カッパ”を中において、殿
(しんがり)が江静だった。子カッパたちは、彼女がこの湖で泳法を教えた生徒であり、また遁走の天使たちであった。彼女は一人も欠けてはならないと思う。
 時折、警戒の探照灯
(searchlight)が辺りを照らすが、その周期的な稼動軌道を覚えれば、影の中に躰を隠すことが出来た。その間隙を縫って湖面での泳法が開始された。個々人の力量で必死に泳ぐ。
 泳法は個々人の水練技術に任せていた。だが、ロープや紐で連結されていない。もし連結式に縛った場合、一人が途中で躓
(つまず)けば、全員が巻き込まれて溺れれる懸念もある。その被害は全体に及ぶ。
 全員、浮標まで懸命に泳いでいる。
 後ろから小さな聲
(こえ)で、殿の江静が「がんばれ」とコールを送っていた。前方のカッパたちは必死に泳いだ。言われた通り波飛沫を立てず、粛々と進んだ。夜の水温の低い中、よく泳いだと言える。
 浮標には石窪兵曹長が泳いで出迎えに来ていた。総て予定通りだった。
 泳いで進む前方には、目標点である浮標があって、把手が設えてあった。その傍に石窪兵曹長が泳いで出迎えに来ていた。石窪は盛んに手招きの合図した。それは《もう少しだ、あと一息だ》という合図である。
 最初にアンが掴み、佳奈、子供たち、江静が掴んだ。無事掴み終えた。誰もがそう思ったのである。

 「発光信号」
 アンが石窪兵曹長に命じた。
 石窪は頭上に載せていた小型の強力回光通信器
(手回し発電機式)で、〈全員目標点マデ到着セリ〉のモールス信号に併せて〈牽引巻揚ゲ要ス〉の発光信号を送った。あとは全員を電動巻揚げ機(winch)で牽引してもらうだけである。この全員とは、アン、佳奈、江静だけでなく、予定外の九人の子供を含んでいた。
 機内では、このモールス信号を受けて《おおッ、遂に……》というどよめきが沸き、《よく遣った》という歓喜と祝福が溢れた。
 この合図を俟って『空龍』は機首の抜錨を開始し、直ちに艇尾から投錨が行われた。徐々に機は湖の廻流に合わせて機首を反対側に方向転換を始めていた。同時に牽引の巻き上げが始まった。それぞれが機の方向に、静かに引き寄せられ始めた。そして乗降扉まで辿り着いた。
 機は鳥居一飛曹の計算通りに、湖面の廻流に合わせて、毎分50cmの速度で左回りを始めた。廻流に合わせて回転しながら、機は徐々に向きを変えていた。その途中、収容班はエアガールが中心になって、乗降扉に辿り着いた者を順に収容し始めていた。それぞれに大型タオルを掛けてやっていた。

 飛行機は陸
(おか)でも水面でも、機自体がバックできない構造になっている。後退動力がない。航空思想には陸をバックする思想がない。前に向かって飛ぶだけのマシーンである。それは『空龍』とて同じである。この大型四発機は着水しても、着水した位置からバックできないし、左右に方向転換も出来ない。
 しかしこの欠点は、鳥居一飛曹の策で解決していた。
 鳥居はアンに結び文を渡した。それによると《人員を収容し次第、錨を機首から抜錨し、艇尾錨を投錨。この間、機は廻流に沿って左回りをして、それに従い180度自然転変》と示唆したのである。錨の前後の役割を入れ替えて、機首を抜錨し、艇尾を投錨して前後を逆にすることで解決を謳
(うた)っていたのである。敵に気付かれずに、簡単に出来る作業であった。

 機内は外から中の燈火が分らないように赤色灯だけの照明であった。薄暗い。機に乗り移って、それぞれの無事を確かめ合った。ところが、である。子供集団の中に、鉄男が居なかった。
 「鉄男が居ない!」と騒然となった。
 子供たちの間では、どうして居なくなったかを口々にした。原因はシロかも知れないとなった。この犬は、普段から鉄男が可愛がって、背負って遊ぶ唯一の玩具
だった。
 これに佳奈は《しまった!》という貌をして、彼女自身に思い当たるところがあったからだ。
 それは「シロを置いて行くのよ」と厳しく注意したとき、暫
(しばら)くぐずって「どうしても連れて行く」と言い張っていたが、繰り返し説得するうちに諦めたようだった。その後、捨てに行ったと記憶する。
 しかし、本当に諦めたがどうか分らなかった。諦めた振りをして、未練があったのかも知れない。ここまで読まず、その確認を怠ったのである。

 遁走開始のとき縦一列に並んで疾った。
 しかし最中、何処かで、鉄男はシロの姿を闇の中で見たのかも知れない。あるいは声を聴いたのか。
 子供は大人と違って振動数・周波数の高い音が聴ける耳を持っている。犬の姿か声を、どこか途中で発見したのかも知れない。鉄男が途中で蹤
(つ)いて来なくなったのは、シロに関係したことかも知れない。あるいは犬に気をとられた瞬間、何らかの陥穽(おとしあな)に嵌まったか、墜(お)ちたかしたのであろう。
 闇夜の中を疾るのである。
 そうした状況下で確認出来ることは前方者の疾る動きだけである。殿は動きに注意を払うが、急に抜け出されれば見落とすこともあり得る。あるいは何処かで前後は入れ替わってしまったのか。
 殿の役目は、兵が引き揚げる際の撤退術を駆使する。最後尾にあって、追って来る敵を防ぐことを第一の任務とする。前方だけでなく、後ろから追って来る敵に対しても、その備えも怠れない。ただ前に蹤いて最後尾で疾ればいいと云うものではない。部隊の「後備え」は、重要な役割なのである。
 この役割を江静が担っていた。
 疾る際に、素人考えでは、九人の子供を紐などで連結していればいいではないかと思ったりするが、これを行えば登山の登攀時とは異なり、疾る途中に顛倒
(てんとう)する者が出た場合、それだけで危険は大になる。力量の格差があるからだ。登攀者の登山隊(party)のように、同じ力量を持ち合わせていない。能力はバラバラである。そのため誰か一人が躓(つまず)けば、後続者が重なるように躓き、それだけ夜間での走行は危険なのである。自由にさせて制約を設けず、自力で走行させることが肝心なのである。
 しかし、それにしてもと思う。九人中、一人の損害である。果たしてこの一人を“仕方ない”で置き去りに出来るだろうか。戦時とはいえ、これを決定するのは辛い選択である。小の虫を殺して大の虫を生かすか。
 それに迫られたとき、佳奈も江静も“否”と頭を振った。小の虫を生かさずして何ゆえ大の虫を生かすことができよう。小の虫の微生物視は出来ない。人情である。

 『韓非子』
(喩老)には「蟻の穴から堤も崩れる」とある。
 今にして思えば、後の祭りであったろうが、佳奈には小さな穴を見逃してしまった悔悟があった。悔やんでも悔やみきれない。自責の念は大きい。
 この集団行動を、鉄男は見事に、“千丈の堤も蟻穴
(ぎけつ)より崩る”にしたのである。だが五歳の子供にこの大事が分る筈がない。その心情からして、責められる分けがなかろう。
 人間現象界は気付かなかったり、見逃しや聞き逃しをすると、そこにいろいろな不慮の現象が顕われる。
 それを警戒するには「何か訝
(おか)しい」という、不慮を感知する勘を養っておかねばならない。科学万能主義の万能に胡座をかいていれば、必ず災いは人間の襲い掛かって来る。

 鉄男が居なくなった。これに佳奈は深い責任を感じ、「わたしが探してきます」となった。
 鉄男に注意を払わなかったのは、自分の所為
(せい)だと言わんばかりであった。またそれは《もし、速急に探し得なければ、わたしを置いて飛び立って下さい》という意味だった。責任感の強い少女だった。
 しかし、それでは殿
(しんがり)だった江静もそれでは済まされない。佳奈以上に責任があると思っている。これまでは保母代わり、母親代わりだったからである。人の任せて済むものではない。
 「いえ、わたしに全責任があります。わたしが探してきます」沈勇な表情を作っていった。強い意志の顕われである。彼女の気持ちには愛の真摯のみが凝縮されていた。
 鉄男は、両親が匪賊と間違われて火焔放射器で灼き殺された。二親は無実の罪で、無慙に灼き殺された。それだけに鉄男は哀れだった。この世に鉄男の命を留め、もっと生きさせて遣りたいと思うのは人情だろう。

 こう言っている間にも、飛行艇はほぼ90度左回りして、機首を移動しつつあったのである。そして今にも発動機に火を入れる瞬間だった。コックピットでは、手筈通り、機長席にはキャサリンが坐っていて、機器類の点検準備が行われており、「発動機廻せ!」の準備段階に入っていた。もし発令されていれば、辺りには爆音が響き、後戻り出来ない。そのまま飛ぶしかない。それを急遽中断したのである。
 鉄男の救助に当たっては、間一髪だった。間に合った。敵に気付かれず済んだのである。

 「機首投錨。艇尾抜錨」機長命令であった。
 直ちに艇尾は抜錨さて、機首は再び錨が打ち込まれた。動きを止めるのが急務であったからだ。
 こうしているときも時間は時々刻々と過ぎて行く。やがて暁闇
(ぎょうあん)、そして黎明(れいめい)が遣って来るだろう。そうなっては遅い。また黎明時には、指示を命ずるために早乙女と孟檠が機に乗り込んで来るかも知れない。今度は脅し目的に、武装して来るだろう。そうなってからでは遅い。
 次にアンは「黎明警戒」を命じた。明け方の哨戒態勢を敷いたのである。
 彼女の判断は、誰に責任があるかでなく、佳奈も江静も、結局は互いに《行くの行かないの》になって、口論が続くと検
(み)たのである。こう言う場合は、どちらが行くかではなく、責任感を感じている二人を同時に行かせればいいのである。そこで急遽“鉄男探し”となった。思わぬアクシデントだった。
 最初、二人だけの捜索隊が編制された。これに石窪兵曹長が捜索隊の一員を買って出た。捜索隊は計三人となった。
 今から捜索隊が出る。この捜索隊が成功するための何の約束もないし、一縷の希
(のぞ)すらも薄い。自殺の一形式のようにも映る。しかし捜索に出るのである。

 振り返れば、鉄男はシロを探して、何処かで列を抜けたに違いない。その疑念はある。
 闇夜の遁走である。誰かが横から鼻を摘んでも分らない闇である。この時代の闇は、一日24時間、不夜城になってしまった現代の地球と異なり、夜は暗く、昼は明るかった。現代は朝も昼も夜も暗さに極端は変化が顕われなくなった。夜になっても何処かで燈火が点いている。朝になっても、出た太陽は何処となく薄暗い。
 だが現代は、かつての太陽より光度が落ちて変化してしまったのである。そのためか、現代は朔
(さく)の新月になっても闇夜が訪れないのである。夜は闇夜にならず薄暗く、日中は晴れても、どんよりと曇っているのである。大気汚染などを含む、科学万能主義の弊害と言えた。

 これから闇の中の捜索のはじまりであり、斯くして、鉄男探しに佳奈と江静の二人が行くことになった。不運きわまる状態が続いていた。だがこれに屈すればこれまでである。運命は、彼女ら二人に人生の大舞台で鮮やかに立回る人生活劇を欲したのである。その意味では、闇は、まだ二人を祝福していた。


 ─────犬笛。
 犬を呼ぶときに吹く笛である。
 人間には笛を吹く行為と言うのがある。この行為は一種の呪法が含まれている。単に聴かせるというだけでなく、呼び寄せるという行為がある。
 昔から、“鉦
(ね)や太鼓に、笛の音に引き寄せられて”という行動をすることが、人間には感性として残されており、これは動物であっても例外ではなかった。五穀豊穣に感謝を捧げ、伏羲(ふっき)や神農を祀る行為もそれだし、あるいは黄帝、また舜自体も呪法を司る三皇だった。巫覡(ふげき)の祈祷行為には笛が使われることが知られている。

 航法員の鳥居一飛曹の席の前には、小さなテーブルが設えてあり、その上には精密測距儀をはじめとして、搭乗員らが団扇
(うちわ)と呼称している航法計算盤、計算尺、算盤、分度器、定規、コンパス、地文図や山岳地図など、様々なものが散乱している。まるで玩具箱をひっくり返したようになっている。
 機器類だけでなくアルミや針金などの金属性材料をはじめ、竹管や籤
(ひご)なども転がっている。その中に直径5mmほどのアルミ管があった。加工道具もある。それを利用して工作し、竹で唄口部の喉(笛の命とも言える振動部)を作り、アルミ管で長さ7cmほどの犬笛を作った。一本だけでなく、長さと唄口の位置を変えた三通りの物を作ってみた。

 「将を射んと欲すれば、先ず馬を射よと言うでしょ。目的のものを射止めるのは、まず駒をいなければなりません。この場合、目的のものは探している子供、駒は子供が探しに出た犬です」
 鳥居一飛曹は、自ら作製した自作の犬笛をこう表現した。
 犬笛が発する音の周波数の範囲は、ヒトの可聴範囲を大きく上回っている。犬笛は16〜22KHzで、人間だと10〜14KHzであり、人間は聴ける高周波はせいぜい20KHzどまりである。犬笛には発する音を任意に高さに調整出来る音高変更装置がある。これを最高の音高までスライドさせると、犬は40m程度離れていても聴くことが出来、調節次第ではもっと遠くでも聞き分けられる。
 ちなみに電話機の音は4KHz帯域で設計され、老若男女を問わず一番よく聞こえるのは1KHz付近であるといわれる。犬笛には唄口が開けられ、その中に仕組まれた喉が振動して高周波を出す。
 この種の物を鳥居一飛曹は即席で作ってみせたのである。
 「子供を探すには、子供と一緒に居ると思われる犬を呼び寄せることです」こういって同種の物を即席で二本作り、これを佳奈と江静に手渡した。
 再び闇の湖面を渡って向う岸へと行く。難儀であるが仕方がない。そこでこれに同情の念を寄せたのか、石窪兵曹長が浮輪
(小型ゴムボート)の牽引を買って出た。浮輪に掴まらせて湖岸まで漕ぎ寄せるのである。往復と捜索は短時間で遂行する必要があった。与えられた時間は、往復時間と捜索時間を併せて30分である。捜索するには今しかない。陽が昇れば、それまでである。


─────話はそれる。
 闇の中……。朔の夜をいう。そして漆黒の空間……。それが闇夜である。
 人間の深層心理には「闇」と言うものが存在している。闇は先の見通しがつかないことをいう。その先が絶望的であることをいう。こういうのを一寸先は闇という。寸善尺魔
(すんぜん‐しゃくま)の喩(たと)えである。
 だが一方で、闇は“暗闇”とも呼称され、人目のつかない空間を好んで暗躍する動きがある。そこに暗躍の動きがある。正体を隠して影が動く。影は細作
(しのび)と化す。
 何もかも踏み潰していく。悪戯を働き、妄信と化す怪物となる。怪物は自由の芽を摘み取り、何もかも無と化して行く。想像を絶する修羅の世界である。この状況が悪夢と言うのが当たらなければ、幻夢だろうか。
 世には悪夢か幻夢か判別つかないものがある。

 1917年12月5日、ソビエト軍事革命委員会は自ら解散宣言をした。
 現実にはボリシェヴィキ
Bol'sheviki/多数派の革命的左翼の意味でロシア共産党を指す)の優位を保ちながら、全露国中央執行委員会(立法府)の然(しか)る可(べ)き機関に移した。また同委員会は同年12月20日、ベーチェーカーBChK/反革命、サボタージュ、職権濫用の取り締りを目指す全ロシア非常委員会。以降、ソ連の秘密警察職員は総てチェキストと呼称)こと、全露国非常委員会の設置を決定する。そもそもレーニンは恐怖政治の信奉者だった。そしてレーニンこそ、フランス革命当時の最も過激であったジャコバン党の党員らを熱烈に賛美した人物だった。
 レーニンは、ベーチェーカーの議長に相応しい人物の条件とは「われわれは信頼するに足りるプロレタリアートのジャコバン党員をみつけなければならない」と断言した。
 プロレタリアートのジャコバン党員……。後にレーニンの後釜を狙う、共産党書記長のスターリンが擡頭することになる。
 1930年には一国社会主義を標榜し、敵対者の大量粛清を行なって、スターリンの個人独裁の専制支配主義が樹立される。恐怖政治にはつきものの秘密警察の取締りと、水面下の暗躍が激化することになる。

 人目に触れず、気付かれることもなく、静かで、隠微である。闇に溶けた動きである。
 あるとき暗躍者は、こう言った。
 「われわれは影ではあるが、悪ではない」と、政策の違いを指摘する。
 『梟の眼』は闇の存在だが、この組織は悪事を働かない。ただ敵に対して工作するだけである。謀るだけである。兵は詭道なりを能
(よ)く心得ている。
 「人は、なぜ墜
(お)ちるのか」
 「這
(は)い上がるためである」
 暗躍者がそう言った。
 いちど墜ち、再び這い上がる。墜ちなければ這い上がれない。高見に居て、それ以上登れない。登ろうと思えば墜ちてみなければならない。登攀者
(とうはん‐しゃ)は頂上に到達すれば、それ以上を登攀することが出来ない。頂上に達すれば、あとは下るだけである。これと同じように、罠から抜け出すためには、一度罠に掛からねばならない。掛かれば、抜け出すための模索が始まる。その模索こそ“仕切り直し”だった。
 仕切り直しを計るには、虚を衝く時機を窺う。
 人生は、悪い方向と感じながら、それに甘んじたり、仕方ないと諦めていたら、ますます悪くなる一方を加速させてしまう。好ましくない方向と察知したら、方向転換を計らねばならない。勇気を蛮勇に摺り替えてはならない。
 人類は、また人間は、亡びるために生きているのではない。栄えるために生きている。昨日より今日、今日より明日と、日々向上を目指しているのである。これは平時でも戦時でも同じだろう。

 「誤摩化し、まやかしは自分を護る武器である。したがって隠し事が出来なければ、自分すら護ることは出来ない」見事は方便である。
 しかし方便も、時と場合において遣うためにある……。暗躍者がは、そう言った。
 正直一辺倒、真面目一辺倒では、この世は通用しないことがある。正しきが常に勝つ訳でない。勝には、厳しい風雪を克服した場合である。これこそが暗躍者の掟である。暗躍遂行の使命
(mission)は、変化に応じた対応力である。変幻自在である。神出鬼没である。それ以外ない。
 だが、そこには太い戦慄
(せんりつ)が横たわっている。
 「此処は地の果て。進めば、その先は断崖絶壁。もう進めない。迂回して、下り坂を捜せばいい。お気を付けて……」
 それは回答者だった。
 「わからない……」
 聞いた者はそう思った。
 此処は地の果て……。居る場所がそれを顕しているのか。もう一度「わからない」と呟く。
 戻る場所が分からないのである。だが、それは毀
(こわ)れた時間の中を彷徨(ほうこう)することになる。
 狐の巣を抜け出した。しかし足跡を消す暇
(いとま)もなく、次の任務が俟っていた。
 「美しき華も何れは枯れるもの。枯れたものは捨てればいいが、要するに捨てられないものもある」
 未練だろうか?……。
 人には様々な未練がある。後ろ髪を引くと言う未練もあれば、為
(し)残したことへの、未だに達成出来なかった悔悟、あるいは逃がしてしまったことを惜しいと思う未練がましさである。
 「えらいことになった……」
 未練に見入られれば、遂にはそうなる。時間が凝縮する。伸縮する。それは次第に死の世界に分け入ることだった。時間が動いている……。厭でもそれを誰かが踏襲
(とうしゅう)することになろう。暗躍者はそれを知りつつ、闇の中を分け入って行くのである。
 近現代史は疑いようもなく、おおよそ一つの流脈によって人工的に導かれて来た。
 欧米列強の足跡にはそれが顕著である。近現代時はまさしく特定の目的、特定の意図を持った隠微な集団で形成されて来たのである。人間が鎬
(しのぎ)を削って暗躍する所以である。


 ─────話を戻す。
 捜索作業が開始された。
 浮輪に乗った石窪兵曹長は飛沫
(しぶき)を立てないように、後部から櫓(ろ)で前に推進させる。伝馬船の要領である。それを両脇から二人の女性は櫂(かい)で漕ぐ。促進力を高めるには捜索隊が一致協力して迅速に行動を起こす以外ない。持ち時間は30分以内である。制限時間内に往復しなければならず、ここには協力体制の中で石窪兵曹長の端倪(たんげい)すべからざる能力が物を言うことになる。石窪は機を撃墜されて海上を数日間漂流した経験を持っていた。空と海の一体型の体験者であった。このオヤジ、日頃から心配ということをしたことがないと自負する漢である。だが、この捜索については、すっかり憂慮顔であった。成功の確率は低いと見積っているのであろう。だが世の中には意外なことが起こる。最後まで運命の行方は分らない。
 斯くして協力者の力を得て、再び元の湖岸に辿り着いたのである。
 捜索隊一行が携帯しているのは犬笛だけでない。非常灯をそれぞれが携帯している。『空龍』には武器庫と併用して電池室が設えてある。電気系統の心臓部を司っている。この部屋では重鉛酸バッテリーから非常灯用の小型ニッケル・カドミウム電池まで保管されていて、大小の電池が貯蔵されている。充電可能な設備が整えられていた。常時備蓄である。今回の捜索時には、小型懐中電灯をそれぞれが携帯した。敵に気付かれないためには暗視用の赤色フィルターを付けて光量を調節する仕組みになっていた。

 問題は此処からであった。これからは先ほど引き揚げ時に行った行動より、遥かに危険な障害物と直面しなくてはならなくなる。幸先のいい徴候ではなかった。
 各自は時間制限の腕時計を手にしている。時間内に捜し出せねば、置いて行くことになっていた。最初からの申し合せである。それだけに圧迫
(pressure)のかかる捜索劇の幕開けだった。後で悔いを残さないために遣れることは遣るしかない。
 懐中電灯の光を時計に焦点を当て、時計合わを行った。
 「5、4、3、2、1、いま!」
 捜索時間は10分間である。
 捜索はそれぞれが地に匐
(は)うようにして行われた。敵に気付かれてはならないからだ。闇に溶けて隠密を旨とする。
 湖岸に着いて集合地点が最初に決定された。上陸時の基点足場である。
 三人は乗って来た浮輪を基点に三方向に散る。路に迷わないように歩数を百歩までにする。そこでそれぞれは犬笛を吹く。そういう手筈になっていた。一応それなりに練った計画だった。だが自信がある訳でない。覚悟は出来ているが、万一に場合、修羅場になる懸念もあった。
 そして主なる懸念は、犬笛を不差別に、不特定多数の犬に向かって吹く場合、目当てのシロだけでなく、野犬の類
(たぐい)も出て来ることも考えておかねばならなかった。野犬に出くわした場合、その防禦と阻止は皆無であった。そもそも犬の習性を知らないからである。

 果たして鬼が出るか蛇が出るか。
 その前途は全く予測出来ないものであった。こうして救出の途
(みち)を選んだのは賢明と言えた。少なくとも佳奈はそう思っていた。責任の一旦は自分にある。それが脳裡から離れない。そう思っている。それを選んだ以上、あとは運を天に任せ祈るしかない。闇の中で、人間は運・不運を思う。その明暗を知る。
 運のない人間は、ここで幕となる。犬がいなくなったというだけで、あるいは何処かで犬が吼
(ほ)えたと言うだけで、幕を閉じることもあるのだ。
 それは要は地形による。それぞれは三方に散って、二人は左右に別れて湖面の両側を百歩進む。もう一人は湖面の位置を中央点して、孤児院からここまで辿り着いた径
(みち)を百歩遡(さかのぼ)ることに決めた。百までの数字を数えた。そこで犬笛を吹く。手筈はそれぞれが百歩進んで、一斉に犬笛を吹くことだった。最初は一回吹いてそれから効果がなければ、一分後にもう一回、更に一分後にもう一回。
 その音は人間には聴こえないが、犬には聴こえる。この犬笛の網に掴まってもらうことを願った。だが、その発見には僥倖
(ぎょうこう)が要(い)る。運である。
 さて、網に掛かったか。
 三回目に犬がひょっこり出てきた。佳奈の笛に掛かったのである。しかし鉄男は一緒でない。この犬が可愛がっていたシロかどうか分らない。しかし、毛の短い赤犬であった。この地域では、犬を家畜として飼い、食糧用家畜と言う意味では犬は重要な動物であったのである。したがって判別は付け難かった。そうした犬が一匹だけ遣って来たのである。闇の中で幽かに尻尾を振っていた。果たしてシロだろうか。
 佳奈は犬語は知らないが、小声で話し掛けてみた。
 「鉄男ちゃん、知らない?……」と。

 犬は何となく知っているような素振りをした。佳奈にはそう映ったのである。そこで、《連れてって》となった。犬には優れた嗅覚がある。人間の一億倍という。その嗅覚に方向感覚がある。そのためか招くような動作をした。佳奈は犬を先に行かせた。
 犬は理解したのか、しきりに招くような動作をした。佳奈はその後に続いた。犬が無言の案内をした。先を行って佳奈が跡を蹤
(つ)いて来てるか立ち止まって確認するような仕種(しぐさ)を見せた。犬が導いたところは前方の繁みの草叢(くさむら)であった。そこに鉄男は袋を頭上に付けたまま横たわっていた。静かに寝息を立てていた。だが水練着のままで暫く横たわっていたためか、藪蚊(やぶか)から躰のあちこちが刺されて、赤い円になっていた。眠たさに負けて寝てしまったのだろう。
 犬が鉄男の貌を舐
(な)めて、客人が来たことを報せていた。暗視用の赤色フィルターを付けた懐中電灯の燈火(あかり)だが、それがよく分った。佳奈は夜目が利く少女だったのである。暗がりでも視力がよく、視界が明るい。横たわっている子供を直ぐに発見した。斯くして鉄男が確保された。
 あとは鉄男を連れて集合地点に行くだけである。

 これまでが幸運だった。
 人間は運に左右される生き物である。人生の戦いの中で、人は生を感じ、一方で死の匂いを嗅ぎ取る。
 だが人は生き延びるために戦うのではなく、生きるために戦う。戦いに死は憑き物だが、死を恐れては生きることが出来ない。生と死を分つものは、その場の状況判断であり、風向きひとつ、跫音
(あしおと)ひとつ、見逃し、聞き逃しは出来ないのだ。それは命を守るためではなく、命を全(まっと)うさせるためにだ。
 それは戦う目的があるからだ。その目的が明確になり、失われていない以上、運は下火になることはない。生きるために戦う以上、運の焔
(ほのお)は燃え続ける。

 捜索が終わった以上、あとは一刻も早くこの場から離れることであった。即時退却を怠ってはならない。
 ぐずぐずしていると、闇から窺
(うかが)い寄られ捕らえられるだけでなく、曳光弾を打ち上げられて狙撃される恐れがあった。命を落とさなくても、手足の何れかを撃たれただけで、走れなくなったり泳げなくなったりする。その懸念があった。そうなると敵の思う壷である。事は急を要した。
 四人そろって集合地点に間に合った。残された作業は鉄男を連れて、機に辿り着くだけである。
 ただ厄介なのは、この坊主が決して犬を離そうとしないことだった。一心同体のポーズを崩さない。そのまま連れて行くしかない。
 集合地点では、鉄男の無事に誰もが安堵した。あとは手筈通り、機に収容されれば済むことであった。こうして鉄男捜索は無事終了した。だが、これで総てが終わった訳ではない。問題はここからである。難儀は次ぎから次に用意されていた。脱出劇の最大のクライマックスが残っていたのである。この山場を超えて、はじめて此処は終了することになる。

 『空龍』は湖の廻流に合わせて180度方向転換を終え、発動機に火が入り、闇を劈
(つんざ)くような爆音を上げて離水準備を整えていた。機内の“緊急総員配備”のブザーが鳴り響いた。続いて「総員戦闘配備!」の機内放送が拡声器から響いた。
 おおよそ世の中の音と聲
(こえ)で、極度の緊張を齎すブザーの音と総員戦闘配備!の発令は、生涯、最後の今わの際を迎えるまで、人の耳に憑いて離れないものである。喩(たと)え類似した音や聲でも、ここまで極度に緊張を掻き立たせるものはないであろう。その音と聲には、決して凛々(りり)しいものでもないし、勇ましく雄々しいものでもないし、況(ま)して、血湧き肉躍るものでもない。どんなに眠り呆けた頭にも、また寝惚けた意識下でも、忘我の淵にある自我を、危険と隣り合わせの現実に引き戻すだけである。

 搭乗員は機敏に持ち場に就いた。併せて機首の前照灯が点けられた。浮標繋留索がくっきりと泛
(うか)び上がった。
 「抱手ならびに装填手に伝達。砲撃用意!」
 「諒解」
 砲手は佳奈で、装填手が良子であった。この二人は砲の操作に慣れていた。
 「目標、前方の浮標繋留索」機長命令が飛んだ
 「諒解」
 これから、離水に邪魔な障害物は撃破して取り除く。機はいよいよフラップを下げて離水態勢に入った。飛行機ならば離着陸時に見られる独特の体形である。より大きな揚力が得られるように、離水に向けて主翼の翼型を修正し始めた。そして忽
(たちま)ち離水滑走が始まったのである。四発の発動機は猛烈な勢いで回転している。巨大な図体は加速を付け始めた。
 「撃て!」
 同時に九七式20mm自動速射砲が吼
(ほ)えて火を吹いた。浮標繋留索は一瞬、火焔樹(かえんじゅ)のような火柱を上げた。障害物を撃破して『空龍』の路を拓いたのである。
 四発大型飛行艇は前方の焔の中を突き切り、水面を蹴って、一気に黎明の空に舞い上がり、ぐーんと高度を上げた。急上昇である。呆気ないほどの、見事な脱出であった。



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