運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣・後編 1
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旅の衣・後編 4

旗印。それは自らを前面に打ち出し、また自らの信念を掲げ、その象徴の拠り所である。だが本来は、世の中を、また人を、本当に動かすのは旗印でな行く、実行力である。
 実行力こそ人を、あるいは世の中を動かす原動力であることは誰も疑う余地がないであろう。
 ゆえに本来ならば、旗印など無くても済めば、それにこしたことはない。無いがいいに決まっている。しかし無くてもいいと思う旗印が必要な時がある。決意の程を示す場合は、それに託す旗印に、その信念を顕さねばならないときがある。


●護送

 馬鹿騒ぎして気付いたら、黎明に差し掛かる時刻だった。
 だが、馬鹿騒ぎと爆弾の呷
(あお)りが利いたのか、頭重に悩まされた。そして意識は、此処に至った経過が定かでなかった。
 重い頭を抱えて、此処が何処だったか暫く思い出せなかった。そして、松子がいない。
 あれからどうなったのか覚えていない。記憶が完全に飛んでいた。夜は明け切っていなかった。同じ時刻でも関東と九州の西よりは、夜明けの時間差があって、些か遅い。そういう晩夏の時期だった。

 「健太郎、健太郎!健太郎はどこにいる!」
 早朝の雷だった。姉の怒声である。
 一炊
(いっすい)の夢は、一夜限りで果敢なく消え失せていた。
 「なんだ、姉さんか。みっともねいなァ、健太郎、健太郎って」
 「話は全部聞いたわよ、文ちゃんからね。それに松子ちゃんからも」
 「なんだ、松子にも会ったの。それでは話が早い。姉さん、金貸してよ」
 「あんた!」
 「はい」
 「そんなに世の中、甘いと思っているの!あんたの体たらく、平戸のお婆さまに電話して、お灸据えてもらおうと思いましたよ」
 「あの、婆ちゃんだけはやめて」
 「だったら、あんたの体たらく、だれが意見するのよ!」
 私はこの姉にも頭が上がらなかったが、もっと頭の上がらないのは祖母であった。祖母だけは、どうしても頭が上がらないのである。わが岩崎家の中枢に居座る恐るべきガン細胞だった。祖母の恐ろしさは、姉もよく知っているのである。
 私がこの姉とはじめて会ったのは祖父の葬式のときであった。そのときまで、私に姉などいようとは思ってもいなかった。葬儀の日、姉は嬉野から平戸に手伝いに駆り出されていた。私が小学校の頃で、従姉弟の高校生の弥生ちゃんとは違う高校のセーラー服を着ていたので、最初は誰だか分からなかったが、祖母に、二人して呼びつけられ、祖母が苦虫を潰したような貌をして、渋々紹介されたことを憶
(おぼ)えている。聴くところによれば、私と姉は異母姉弟だと言う。
 このとき祖母の顔が、何故か、怒っているようだった。すごく腹立たしという顔をしていたのを印象的に憶えている。
 はじめて見た姉は、お下げ髪で、初々しく、はにかんだような羞じらう十七歳の少女だった。そういう控えめの人だったように思うのだが、あれから何年か経って、男勝りの性格に変貌したのは驚愕
(きょうがく)の一言に尽きた。同じ人間でありながら、性格だけが180度転回したようだった。この間、なにがあったのだろうか。置屋の娘というのが、そのように性格を転換させたのだろうか。
 文香さんも、置屋の娘だったが、同じような境遇が、双方とも高校、大学と凭
(もた)れ合の仲を保ってきたのだろうか。
 しかし姉の家は、私の家とは異なり、経済的には比較的裕福であったように思う。

 「ご尤もです」
 私は正坐させられていた。土下座体勢だった。
 「他にもいろいろある!」
 「さようですか」
 そこへ松子が入って来て、「叱られているの?」と、冷やかし訊き返しやがった。高みの見物をしていた。
 「だいたいね、あんた。だれに似たのでしょうね」
 「そりゃ、父親譲りでして」
 「親の所為
(せい)にするんじゃない!なんど注意しても、馬鹿騒ぎの癖が直らない。困ったものだ。
 松子ちゃんも、言ってあげなさい」
 「そうだ、困ったものだ!」
 「いいか、健太郎!いまから、あんたをうちまで護送する!」
 「ご、護送?!それって、言葉の遣い方が間違っていませんか。こういう場合は、連れて行くとか、来てもらうというのが正しい日本語であって、護送というのは犯罪者の強制連行の場合ではないでしょうか」
 「あんたの場合は、適語が見つからん。だから護送でいい!」
 「まったく呆れますね、それでも姉さんは国文出ているんですか?」
 「出ようが出まいが、あんたには日本語の中に適語が見つからん」
 「それはちょっと、いい過ぎでは……」
 「やかましい!」
 「こういうのを、ご無体
(むたい)というです」
 「ご無体は、どっちだ?!」
 「そうだ!」松子までハモった。
 姉は仁王立ちになっていた。この姉も、逆鱗に触れると舌端火を吐く。今後とも気を付けねば……。

 姉の性格が、何故こう変わってしまったのだろうかと思う。
 私も一時期、姉のところに預けられて小学校時代を送ったことがある。姉は大学を卒業して県の教員採用試験に合格し、一時期、高校の国語教師をしていたことがあった。しかし教員は一年ほどで辞めて、芸妓に戻っていた。なぜ教員を辞めてしまったかは分からないが、職場か何処かで、卑しい職業の娘と揶揄されたのではあるまいか。
 現に、芸妓の数が足らなくて忙しいときには、昼間は高校で教師、夜は座敷に出て芸妓に化ける。こうした二つの化けの姿を、誰かに見咎
(み‐とが)められたのかも知れない。
 私も小学校に通うとき、U川を挟んで、色街と農業従事者の住む街とが線引きされていたので、私は卑しい職業の家の子供と思われていたようだった。日本の身分制度は、貧富や家柄の身分にあるのでなく、現に、今でも職業の中に歴然と存在しているのである。

 護送される羽目になった。
 黒塗りのクラウンの後部座席の中央に坐らされ、まさに護送だった。
 玄関の車寄せでは、文香さんが笑顔で手を振って見送ってくれた。
 「健太郎ちゃん、復
(かえ)りに、また寄ってね」
 「はあ、しばらくは慎みます」
 日本酒とビールの爆弾、そのうえ洋酒と日本酒のチャンポンで、頭の中は小人が掛け回っていた。おまけに姉の雷が、更に酷い二日酔いに拍車を掛けた。このままでは二日酔いが悪化して、三日酔いの長患いになりそうだった。

 護送された先は茶亭『福美』だった。この茶亭名は、姉の源氏名をそのまま採
(と)ったものである。
 此処で指弾の罵倒が、今まさに始まろうとしていた。お白洲の針の筵の上に坐らされ、あれこれと問い質されるのだろう。
 フランス革命史に詳しい松子から聞いたところによると、この革命の第一級の花形して女性としては、何と言ってもシャルロッド・コルデーで、また主義に準じた革命家以外にも土性骨のある人物は多くいたという。断頭台に散った学者、志士、仁人も決して少なくなかったという。

 その中でも、ドイツ人でありながら人類愛の哲人として有名なアナカルシス・クローツなる人物がいた。彼は非キリスト教化運動の提唱者であった。
 プロシア領で裕福な貴族の家庭に生まれたクローツは、確たる無神論者であり、有名な非キリスト教化の活動家として後世でも知られる人物である。やがて「人類の代弁者」の異名で呼ばれるようになった。
 だが、これが国民公会議員の嫌悪感を煽った。そして最も決定的だったのは、ロベスピエールを敵に回したことであった。その後、一斉摘発で逮捕され、処刑の直前まで、断頭台に登る囚人仲間を相手に、無神論の説教をしつつ処刑されていった。
 彼の名言である「フランスよ、個人を克服せよ」と云う言葉は、後世にも留まり、なおも権威ある言葉としてフランス人を戒めている。つまり彼は、二十一世紀を予見したように「現代人よ、個人主義病を治せ」と吼
(ほ)え続けているようである。
 クローツが徹底した無神論者であったことは、彼自身、救われた最期を遂げたというべきであろう。神に祈らなかったからである。昨今の日本人のような、中途半端な無神論者でなかったからだ。見事な最期を遂げたと言えよう。実にさっぱりして爽やかである。未練の微塵などはない。見習うべき態度である。

 この言葉を松子から聞かされたとき、これを二十一世紀に生きる日本人に対し、「日本人よ、個人主義病を治せ」と言ったら、果たして、貌を赧
(あか)らめずに、この言葉に直視できる人が、そもそも日本には何人いるだろうか。
 この筋金入りのアナカルシス・クローツの態度に、日本の形骸化してしまった仏教を啖
(く)い物をしている坊主どもに聞かせてやりたいものである。特に念仏宗の説く、「浄土があるから安心しなさい」という、その浄土が何処にあるのだろうか。浄土があるなら、その浄土は何処にあるか、その証拠を示せるような坊主は日本には一人もいないだろう。もう愚感化してしまった仏教では、人を救うことは出来ないのである。それはフランス革命当時のキリスト教でも同じであったろう。
 そして決定打は、単純明快である。まず戒名代が高過ぎる。卒塔婆料などの請求金額の明細が不明。詐欺師の上前を跳ねる僧衣を纏った坊主どもの仏教が衰えていく所以である。
 もし、現代の坊主どもが地獄の業火の火で灼
(や)かれるとなれば、果たしてどれだけの諦めのいい、潔く灼かれる坊主が何人居るだろうか。

 「健太郎兄さん。もう直、お白洲が始まるわよ。わたしも、一緒に叱られてあげる」
 「奇特だな、おまえは偉い!それでこそ社長だ」
 「わたしが教誨師
(きょうかいし)勤めてあげましょうか」
 「なに?!おれは張付け獄門か」
 「その可能性、大」
 「あるいは即刻打ち首か」
 「考えられる。そのときの準備として、教誨師として、有り難いお説教をしてあげるわ」
 「しかし、重ね重ねも悔やまれることは、おれが、姉貴の、一網打尽で、寝込み襲う策を見抜けなかったことだ。残念無念……」
 「なんか、往生際、わるッ」
 「おれだって、未練はある」
 「潔く、断頭台の露
(つゆ)となりなさい」
 「おいおい、そう言うと、なおさら、妄執
(もうしゅう)が募るではないか」
 「でも、聴くしかないでしょ、この構図では。いい、よく聴くのよ、諭してあげるからね……。
 革命政府の代表者として反革命派を鎮圧して、のち総裁政府・ナポレオン時代・王政復古の間は警察大臣として権力を揮ったフーシェという人がいたの。わたしの見解では、虎の威を借る狐ね。そして、その狐が反革命群を一網打尽にすると、無差別に乱射して射殺したり、片っ端から断頭台の送った。女、子供まで。例のニコルという少女も、何の罪もないのに処刑されるある婦人にお弁当を届けただけで、処刑された一人。
 この狐、のちにナポレオン政権下で『変節の政治家』と言われた人なの。つまり変節漢ね。
 革命当時、多くがこの人の毒牙に掛かって葬られたというわ。でも、フーシェの毒牙に掛かった反革命群の人にも、ずいぶん立派な人がいたの。
 その中の、名も無い男の人に、断頭台で首を跳ねられる寸前まで本を読んでした人がいたの。この人、自分の番が来ると、これまで読んでいた本をパタンと閉じて、あたかも寝室に寝にいくようにね、断頭台を登って型通りに両手を後ろに廻し、断頭台の板に首を突っ込み、そのあと刑吏が鍵を外し、ガチャンという音がすると斜状の刃が滑り落ちて、その人の首がストンを落ちたと言うの。そして後には、その人の、いま閉じられたばかりの本が、その人の魂の揺曳
(ようえい)の余韻を残したとも言われているわ」
 「ほッ……、なるほど潔い。その御仁に肖
(あやか)りたいものだ。有り難うよ、教誨師さん」
 「これで大往生できるわね」
 「ああ、獄門でも、打首でも、遣るなら遣って見ろと言うんだ」
 「では、引導を渡してあげる」
 「おいおい、なんてやつだ」

 ─────坐り心地の悪いお白洲に引き立てられた。屠殺場に引き立てられた豚の如し。
 しかし私は、ロベスピエールの如き、エエカッコシーではなく、またルソーのパクリ屋でもないし、また単なる急進的理想主義者でもない。況
(ま)して蒼白な人道主義者でもない。金に清い潔癖感でもない。一介の濁貧者である。清規より陋規の世界に棲む住人である。
 私は仏間に通され、端座させられた。

 「そこにお坐りなさい」と険しい表情で指示した。
 向い合って坐ったが、暫くは沈黙したままであった。私はじっと俯いたままであり、自分からは一言も発せないままであった。なんとこの沈黙が長く感じられたことであろうか。
 「失礼します」
 その席上に、支配人の滝口と言う六十過ぎの白髪の眼鏡を掛けたオヤジが入っていた。オヤジは何冊かの帳簿のような物を小脇に抱えていた。
 「どうですか?」
 「はあ、わが方の現在の状況としては、この程度だったらと考えますが……」と帳簿を開いて姉の横に坐って何やら数字を示しているようであった。双方は小声で呟き、深刻な顔で角を付き合わせていた。
 その様子を私は暫く上目遣いで窺いながら、双方の表情からその経過が如何なる話をしているか、大凡のことが理解できたような気がした。何か遣り取りが合った後、支配人は「失礼しました」と席を離れていった。
 姉に一礼をし、また私にも一礼して出て行った。
 その後、更に暫く経って、今度は松子が「失礼します」と言って入って来た。
 「あなたは此処へ」
 坐る一まで指示して、対面した構図は上席を姉と松子。下席を私一人という、あたかも上下関係の対座という構図が出来上がっていた。その距離感はおおよそ畳の距離として横四枚、立て二枚くらいを隔てたものであろうか。この距離こそ、乞う者と、乞われて答える者への力関係であったろうか。

 「全部、聞かせて頂きました」
 姉のこの言葉は総てを知った上での返答であり、また私が何をしに此処に来たか、一切が諒解済みであったと思えた。もう、何もかも把握しているということが窺われた。
 「あのッ、駄目でしょうか?……」
 私は黙していることが堪えられなくなって、ついに洩らしてしまった。
 「どうしてもらいたいの?」
 「窮状を救って頂ければと……」
 「どうしたものでしょう、松子ちゃん」
 「わたしも、同じです」
 「支配人とも相談しました。さて、そこでです。うちの実情もあります。また健太郎の考えている概ねは、松子ちゃんから聞きました。大方の実情も把握しましたが、姉弟
(きょうだい)と雖(いえど)も、金銭の貸借は他人以上。決して甘いものではないわ」
 この表情から、何が言いたいか、おおよその検討がつく。他人以上とは金銭の貸借が、親族間で交わされる世間一般の親戚の誼
(よしみ)でというものでないという意味であろう。甘いものでないとは、甘えるなという指摘であろう。本来ならば、親兄弟姉妹と言うのは、最後の砦であり、これを早々喰っていったら、もう最後の切り札がなくなってしまう。せいぜい不義理を働くことが関の山である。
 「はあ、重々……」
 「甘いものでないのよ、健太郎。分かっているわね」
 「それはもう……」
 「だったら、金銭の貸借は、他人以上に厳しいことは承知しているわね」
 「はい」
 「だったら、借入を起こす以上、担保は何です?」
 「えッ?担保ですか」
 「担保もなく、某
(なにがし)かを得ようと……」
 「これ、もし、この場に、お婆さまがいたらどう思うかしら?」
 「難しいですね。こういうの、赦しませんよねェ。大目玉喰らって、出向いたことは藪蛇というか、弱り目に祟り目というか、まあ、その辺のところでは……」
 「そこまで分かっていたら、もう訊かないでも分かるわよね」
 「じゃあ、空しく退散しますか」
 「それでいいの?」
 「えッ!」
 「まだ返済計画を聞いてないわ」
 「返済計画ですか。ということは……、つまり……」脳裡に希望が過った。
 「だから、返済計画といっているでしょ」
 「その計画書ですね、そういうものは用意せずに、どちらかというと行き当たりばったりで、そこまで読んでいませんでした」
 「その大方は、総て松子ちゃんから具体的な数字を示してもらって、急遽、貸借対照表と損益計算書を書いてもらいました。支配人の言うには、なんとかならないこともなく、合格点とは言わないまでも、松子ちゃんなら大丈夫という評価です。しかし、言っておきます。健太郎、襟を正しなさい。岩崎の家に羞じない行為をしなさい。お婆さまならきっとこういう筈です」
 「はい。以後、慎みます」
 「もう、何もいうことありません。後は結果報告を松子ちゃんから聞いて」
 「はい、有り難う御座います!」なぜか私はその場に、平蜘蛛のように這い蹲り、土下座していた。
 「じゃァ、松子ちゃんは、暫く此処に残ってもらいます。健太郎は、もう帰ってもいいわ」
 「えッ?松子は残るのですか、どうして?」
 「だって、担保ですもの」
 「えッ?えッ?なんと、ご無体な……」
 「何言っているのよ、この子にそれなりの融資手続きをさせなければならないでしょ。会社への当座預金への融通などを。あんたがいても、なんの役にも立たないでしょ。二、三日したら帰すわよ。もし、あんたにお金など持たせたら、無事に持って帰るかどうか分からない。途中で寄り道して、また一文無しになるかも知れないわ。自分のお金と、会社という公のお金との区別かつかないあんたは、結局、公私混同を間違えて、どんぶり勘定にしてしまう。そうなると、うちも共倒れになるとも限らない。そうでしょ」
 「はあ」
 この結末を喜んでいいのやら、悲しむべきなのか。
 かつて美濃一国を築いた斎藤道三は、松波庄五郎
(のち山崎姓)と名乗っていた頃、近江商人として油商をしていたが、店が大きくなって他の豪商たちを招待したとき、招待者にはお大尽遊びをさせて、自分は大根を齧って腹を満たせていたという。それを見たある豪商(西川五郎兵衛)が、「自らは大根を喰うて腹を満たす。何と言う利に対する厳しさ。近江商人、恐るべし」と言ったという。
 そもそも城一国を構える武将は、有能な経営者でもあったのである。城の経営が出来ずに、一国一城の主は勤まらない。いわれれば尤もなことであった。

 「じゃァ、わたし。こちらに二、三日、草鞋を脱がせて頂きます」
 松子は喜々として答えた。
 「さて、用無しの小生としては、ここらで退散して、寂しく独り寝でも決め込むか……」
 「そこまでいうと、哀れ……。脇から鴉が啼きそう……」松子が揶揄した。
 「鴉だけではなく、脇からは独り寝の閑古鳥
(かんこどり)も啼いているよ」肩をすくめてみせた。
 「健太郎、なにか忘れていない。仏壇の中から睨んでいるものを感じない?」
 「あッ!そうだね……」
 「昨日、秀さんに会ったそうね?」
 「会ったよ……」
 「じゃァ、松子ちゃんは、これから経理のお勉強ね。支配人に言っておいたから、詳しく訊くと言いわ。
 そして健太郎は、遣るだけのことを遣って、自分の責務を全うすることね。さて、この場は一件落着としますか」
 これまでの重苦しい空気が、一度に解かれた。晴れ晴れした解放感だった。


 ─────温泉でも入ってという流れの中で、まずは遣らなければならない事があった。墓参りである。
 松子を伴った。彼女は手桶と柄杓を握っている。
 「よかったね、健太郎兄さん」
 「ああ、なんとなくしっくり来ない。だいたい、どうなったんだ?」
 「融資額。だいたいね、七千八百万円くらいだって」
 「なに!七千八百万……だと?!」頓狂な聲
(こえ)を上げた。
 「少なかった?わたし、ずいぶんと頑張ったんだけどなァ。支配人のおじさんが、あれが限度ですって」
 「いや、上出来だ」
 「それにしては、あまり喜ばないね」
 「あまりにも、よく出来過ぎていて、感激しているんだ。おれの計算では、よくて一千万、悪くてその半分程度、最悪の場合は門前払いと考えていたから、あまりにも出来過ぎている」
 「好事魔が多しね」
 「ああ、その危険、大」私の懸念はそこにあった。

 「明日から、公証役場に行って貸借や借入に関する下付け作業の手続きするんですって。その他の担保設定なども。支配人のおじさんと行く予定になっている。それに茶亭『福美』が今回のわが社に対して、銀行から借入をするんですってよ。もう転けられないわよ。連鎖倒産する虞
(おそ)れも出て来たから。
 下手をすると、アリストテレスの連鎖式を地で行くような哀れな結末になる。こうなると順進的連鎖式の現象起こして、複数が倒産する。責任重大、その自覚がなければね。まず山善プランニングを起点に、茶亭『福美』と四方建設がトラインングルを作るの。三極構造よ。そして、このうち一つでも手形を振り出さず、現金支払いが基本だけど、四方建設はそうはいかないでしょ。ここは、こちらの支払先だけど、もし約束手形で支払えば、他から現金を持って来なければならない、その場合、その現金請求先は、わが社と言うことになる。
 問題は結局、わが社というところかしら。だから手形でなく、現金支払いを心掛けないと、手形帳に勝手に数字を書き込んで乱発すると、もう手に負えなくなる。不渡りが連鎖する。
 アリストテレスの連鎖式は、広い概念からだけど、狭い概念でのゴクレニウスの連鎖式だと、連鎖が逆退的だから、もし、仮に三社があるとして、この一社でも転けたら、もう手がつけられない。途中で乗り換えられる金融機関を探さないと大変ことになる。でも、こういの一つの博奕ね。勝負師の血が騒がない?」
 松子が私を嗾
(けしか)けた。

 「血沸き肉踊ると言うやつか、悪い趣味だ」
 「これ、鉄火場よりスリルがあるかも。腫れ物触るように、ハラハラ・ドキドキね。おもしろそう」
 まるで『手本引』の勝負のように言う。
 「おまえ、根っからの博徒だなあ」
 「そうかしら」
 「鉄火場で勝負に挑んでいるみたいだ。恐れ入る」
 「感心するのは未だ早い、大変なのはこれからよ。伸
(の)るか反るかの正念場、いま始まったばかり」
 商店街に差し掛かった。
 「あそこで花、買おう」
 「お墓参りね。いったい誰のお墓?」
 「遠い昔のことだ。もう忘れた……」
 「お姉さん、妙なこと言ったね」
 「なんてだ?」
 「忘れたの。だったらいい」



●種屋と種付屋

 花屋に入った。
 「おや、健太郎ちゃんじゃないの。あんた、政子ちゃんのところの岩崎健太郎ちゃんだろ?」
 「ああ、そうですが」
 「もう忘れたのかい。うちの子を?」
 「えッ!誰でしたか?」
 「前山
(さきやま)翔太だよ、同級生の」
 この翔太の苗字は漢字で前山と書くが、読み方は「さきやま」だった。
 最初、知らない者は「まえやま」と読んでしまう。その度に翔太は「まえやまじゃァりません。さきやまというんです」と、いつも訂正していた。
 「えッと?……、前山翔太というと……、ああッ、あの前山種苗店の?……」
 「そう。小学校のとき、なんとかいう女の人だったかねェ。あんた、学校の送り迎えされていただろう。
 誰だったかねェ、たしか、若くて綺麗な、その娘さんの名前。えッと……、何と言ったかねェ。よく、うちの翔太が叱られていたんだよね、その娘さんから。誰だったかねェ……」
 「おばさん、いいですよ。無理に想い出さなくても」
 「そうかい。だけどね、誰だったかねェ……」
 「花下さい」
 「はいはい、お花ねェ。お墓に持って行くのかい?」
 「そうです」
 私は、この間、翔太の母親が千代のことを思い出さないように願った。思い出されて、過去のことを根掘り葉掘りと訊かれるのは、御免だったからである。出来れば、この場を穏便にさしたかった。
 「あッ!そうそう、思い出した。そう、そのお墓の人。確か、千代ちゃんだよ、千代ちゃん。あの子、死んだってね。もう何年になるかしら……」
 千代は自ら死を選んで自殺したのである。私には、その後ろめたさがあった。気が退けるのである。それが今でも、私の心の痼
(しこ)りになっていた。
 「だから、おばさん。花ですよ、花……」
 「そうだったねェ」
 変なところに飛び込んで、変な人に遭ったものだと思った。ますます後ろめたさが増幅された感じだった。
 姉から預かっていた花代を支払い、前山種苗店をあとにした。このままでは、また変な人に遭遇するかも知れない。
 そのとき、また後ろから声がした。

 「健太郎じゃないか。おまえ、岩崎健太郎だろ?」
 「おれだよ、おれ。おれ、分かるか。そう!ここの若旦那」
 野郎は種屋の若旦那だった。
 「あッ!翔太!博多名物『にわか煎餅』!八時二十分!」
 翔太の眉は典型的な“八時二十分”だった。時計の針が八時二十分を指す、あの垂れ眉であり、八時二十分と誰かが揶揄すると真っ赤な貌で怒るので、その赤い顔が、博多俄の真っ赤なお面に似ていたので、渾名は博多名物の『にわか煎餅』だった。
 「おまえ、高校の先生してるんだってな?……」
 翔太は私のその後を、風の噂に聞いて知っているようだった。
 「まあ、な」
 「おまえは博多か何処かで……と聞いたが、そうなのか?」
 「ああ」
 「それに今日は、めっちゃ可愛い女子高生、連れているじゃないか。本当にアイドル女優みたいな別嬪
(べっん)居るんだなァ。うらやましい。先生って、おもしろいか?」
 「まあ、それなりに……」
 「だが、うらやましいなあ」
 「だったら、代わって遣ろうか」
 「バカ言え。おれは勉強は嫌いだ、その才能無し……。ところで、おまえ、刀を鑑
(み)れるそうだな?」
 「ああ、なんとかな……。しかし、そんなこと誰が言っていた?」
 「おまえところの姉さんからだよ」
 「なに?!」
 政子ねいが喋ったのか。随分と口軽だなァ……。姉にこう言う感想を抱いた。
 「おれんところの、鑑てくれよ。うちの親父が、ごっそり掴まされてさァ、弱っているんだ」
 「じゃあ、復
(かえ)りにでも……」
 人とは不思議なものである。誰かに出会えば、それは連鎖する。昨日の晩から連鎖は続き、まさにアリストテレスの連鎖式の如く、立て続けであった。もしかすると、連鎖倒産もこのように立て続けに、恐ろしい早さで波及していくのかも知れない。貸借関係、商行為も、人が介入して行う行為であり、それは人脈のなきところでは起こりようのない現象だった。
 前山種苗店を過ぎて、更に歩いた。墓まではもう直である。もう、これ以上、誰にも会いたくなかった。後ろめたさが更に倍増する感じだったからである。

 「健太郎兄さん。この街に知り合い多いね」
 「ああ、それに比例して悲劇も多い」
 「会って、嬉しくないの?」
 「会うと、辛い」
 「どうして?」
 「さて、どう答えたものか……」
 「もし、また誰か会ったら、どうなるかな?」
 「悲しくなる……。そしてハプニングとパニック」
 私は混乱の境地と言いたかった。変な騒動が起こるかも知れないことを予感した。
 「なんで?」
 「なんでかなァ……。だがな、いまの野郎に、おまえが“ジャーン”を遣らなかったのだけは上出来だ。
 だがなァ、もう絶対に駄目だぞ。絶対に遣るなよ」
 この“ジャーン”を遣られると、地雷を踏んで、炸裂で吹き飛ばされるような衝撃を受けるからである。
 「どうして?」
 「おまえの、それを聴くと、心臓に堪える」
 「心臓って、病気なの?だったら由紀子さんに診て貰えば。お医者さんでしょ……」
 この一言で、大変なことを思い出した。

 「あッ!大変なことを思い出したぞ。これは大変だ。完全に失念していた」
 「いまから慌てるの?もう、遅いんじゃない。心臓を診て貰い前に、痴呆症の疑いを診て貰ったら」
 「たしかに遅いが、その疑いは、まだあるまい……」
 「約束したんでしょ?……。でも、失念していたのよね?」
 「ああ」
 「しかし、いままで思い出せずに忘れてしまっていたんでしょ?」
 「ああ」
 「捨てられたかもね。可哀想……」冷やかし半分の同情だった。
 「まだ決まった訳でない」
 「でもね、最近は早期痴呆症と言うのもあるといいから、アルツハイマーに罹ったら、向うから去って行くんですって」
 「その可能性もあるかも知れんな」
 「いっそのこと、全部、忘れたら」
 「それも、さっぱりしていいなァ……」
 「じゃあ、全部わすれて、諦めろ」と松子が無責任なことを言った。
 「だが、未練が尾を曳く……」
 「それ、凡夫の悲しいところね」
 「おまえの、善意か悪意か分からない第三者の目。どうして、そう冷淡に、冷酷に、物が言えるんだ」
 しかし済んだことは嘆くまい。とはいっても、心は穏やかでない。波風が立って乱れるのは、凡夫の心境そのまま。
 「電話でも掛けてみる?」
 「それもそうだな。だが、電話、どこにある?」
 「あのお寺で、借りたら」と松子は指を差した。
 「そうだ、そこだ。それを早く言わんか、おまえ、社長だろ」
 「それとこれ、どう関係あるの?」
 「おまえは社長で、由紀子は専務だ。大いに関係ある。これを放置すると、内部から崩壊が始まって、倒産するだろう」
 「そういうことね」
 「おまえ、莫迦に、冷静に物を言うじゃないか」
 「わるい?」
 「わるくはないが、冷淡だなァ」
 「こういう議論している場合じゃないと思うけど」
 「そうだ。電話だ」

 慌てて寺に駆け込んだ。松子も続く。
 駆け込み寺は『霜龍寺
(そうりゅうじ)』という鎌倉後期から代々続く、この地域では由緒ある禅宗の古い寺であった。
 「あのッ、電話、電話かして下さい」
 「なんで御座いましょう」女性の声である。
 「電話、電話かして下さい」
 しかし、どちらともなく「あッ!」と指を差してしまった。この女性は眼がくるくるして、どちらかと言う可愛い貌で、頭部を白い頭巾で被った尼僧であった。あたかも尼寺の庵主さまのような恰好をしていた。
 「確か?……」どちらともなく、同じ聲
(こえ)を洩らしていた。
 そして気付くと、どちらからともなく互いに指を差して、
 「オランウータン!」と罵声を発した。
 こいつの貌は70年代を風靡
(ふうび)した『じゅん&ネネ』の“ネネ”の若い頃のような貌をしていた。目が大きいので可愛い方だろうか。だが輪郭と骨相の形状はオランウータンだろうか。
 「ビリケン!」と先ず、渾名の応酬からはじまった。
 何とも奇遇だった。ビリケンは頭の頂きが尖っていることから、この渾名に甘んじていた。

 「なんで、オランウータン、此処に居る?」
 「わたしは此処に、お嫁に来たのよ」
 「すると相手は、破戒僧か」
 「人の亭主を破戒僧なんて言わないでよ」
 「じゃあ、破壊僧は居るのか?」
 「いるわよ。呼んでくるわ、俟ってて……」彼女は呼びに急いだ。
 「おい、オランウータン、いいんだよ。貌が性器の破戒僧には会いたくない」
 「ねえ、あなたァ、ビリケンが来ているわよ!……」オランウータンが叫んだ。
 「なになに、ビリケンだと!……」と言いながら奥から破戒僧が出てきた。
 野郎は金田亮燕
(りょうえん)という。種付坊主の異名を持つ破戒僧である。
 この坊主は、確かに頭を丸めた曹洞宗の坊主だが、夜になると清水寺の坊主の如く、背広を着込み、鬘を被って、夜な夜な茶屋街を徘徊する。いまだ煩悩消え非
(あら)ずの破戒僧だった。

 「あッ!やっぱり破戒僧。女は犯すし、酒は喰らう。そして方々で子供は作り放題。天下御免の破戒僧!」
 「おまえこそ、嬉野中の茶屋を荒らしまわる天下のお尋ね者の極悪人。その害、極まりなし!」
 「お互いにバカはやめてよ。ビリケンが電話かしてだってよ」
 「貸してもいいが、何に使う?」
 「何に使おうと、こちらの勝手だろう。急用なの、急用」
 「おまえ、高校の先生してるんだって?いいな、こんな可愛い子連れて」にやりと嗤った。貌が勃起寸前の性器だった。
 「黙れ!破戒僧。破戒僧が、もう色目遣って、女子高生をすけこまそうとしているぞ。亭主を確
(しっか)り監視、監督、管理しろ。檻(おり)から出すな、オランウータン!」
 私は奥に消えたオランウータンに背後から怒鳴った。
 「もしもし、本旨がずれてると思うんですが。電話するんでしょ」
 「そうだった、松子。いいところに気付いた」
 「へっ……、この子。松子ちゃんというんだ。きみ、すごく可愛いね、ぼくの好み」そういった破戒僧はにやけて、色情の眼で見て、貌は完全に勃起した男根と化していた。既に「汝、淫姦したり」の眼であった。
 「電話だ、電話。松子、こいつの傍に居たら妊娠するぞ、離れろ。瞬時にレオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』の世界だ。この破戒僧は、檀家中に種を付けて廻っている超危険な種付坊主なんだ」
 「おいおい、それはちょっと酷くないか」
 「完全に否定できるのか。胸に手を当てて、よく考えてみろ」
 「いやそのッ……」
 こういう、しどろもどろになるところが、やはり破戒僧なのだ。
 「おまえ、もうオランウータンに飽きたか。だったら今度はマントヒヒでも飼ったらどうだ?」
 「ひとの寺を、熱帯林のジャングルのように言うなよ」
 電話はあるが北九州版の電話帳がない。あっても相手先の電話番が分からない。仮に勤務先の病院に掛けても医局のことを詳しく聞いていないので、何処に掛けていい分からない。夕刻か夜間にはアパートに戻っていなければならない。一方通行で処置無し。
 こういうときはジタバタせずに、まず諦めが肝心。墓参りをするのが先決である。


 ─────墓の前に来た。
 通り一遍の線香を上げ、供花を添えた。この墓の前に立つと、何故か辛いものを想い出す。しかし、後ろめたさの疵は生涯癒えまい。その宿業を死ぬまで背負っていかねばならない。松子と二人して、死者の霊に手を合わせた。
 「誰のお墓?」
 「遠い人……」
 「健太郎兄さんも、ずいぶんと罪深いんだね」
 「そうだ。おれは罪深い、罪人だ。パウロが罪人と指弾するその罪人。なぜ生まれたのかと指弾する罪人」
 「じゃあ、この前で能管、吹いて上げましょうか」
 千代の供養と言うのだろうか。
 「こんなところまで、持って来ているのか?」
 「わたし、能管は肌身は出さないの。いつも子平と一緒にいる気持ちになるから……。だから何処にでも持ち歩くのよ。子平が傍に居て、守っていてくれるようで」
 「そうか、では恃
(たの)もう」
 松子はセーラー服のスカートのポケットから細い短刀袋のような袋に入った能管を取り出した。自分で右ポケットを深く改造しているらしい。
 では左ポケットは、何が入っているのか。もしかしたらヤッパ?か。あり得ないことでない。
 能管の長さが収まるのなら、尺三、四寸くらいの鎧通しぐらいは収まる。もし臨戦態勢に至れば、そこに得物を仕込み、これを抜いて応戦するかも知れない。

 「何がいい?能楽の曲でなく、流行歌でもいいよ。『青い山脈』以降だったら、殆ど暗譜して知っているから大丈夫。何でもいけるよ」
 「なに!『青い山脈』以降……」
 「リクエスト、どうぞ」
 「なんという記憶力!」
 まるで明けの明星を象徴する虚空蔵菩薩の智慧蔵ではないか。その梵名はアーカーシャガルバで知られる。
 「お墓の人。生前、どういう歌、歌っていたのかなァ。例えば、お掃除の時とか、お洗濯の時とか、そのときに歌っていた鼻歌のようなものでも。鼻歌は、本来その人の愛唱歌だと云うから」
 「さて、なんだったか?鼻歌までは憶えていないが、『野菊の墓』というのがあるだろう。あの作家は、だれだったかなァ……」
 「伊藤左千夫の『野菊の墓』ね。悲恋物のプラトニックの恋愛小説だったわね。うん……、そしたらねェ。
 歌謡曲の『江梨子』なんてどうかしら。歌詞に野菊という一節が入っているから。どう?」
 「おまえの記憶力って、大したもんだ。まったく恐れ入る」

 松子は墓前に向い、左足を前に、左半身に構えた。その構えがなかなかいい。凛
(りん)としていた。
 墓地には緩やかな涼風が吹き抜けていた。風は右から左に流れた。その構図は凛としていた。歌口に唇を充てた。風が流れて、セーラー服の胸のリボンとスカートの裾が風に少しばかりそよいだ。静かに流行歌の前奏が流れて、笛の音が周囲を谺した。当りは恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
 演奏は一番から三番まで繰り返され曲の音階は同じだが、三番に限り、感情がこもり、静から動への急激な変化が起こった。それが狂ったような悲鳴である。大きく強調的に哭いてみせる。曲の山であり。一喝するような箇所が顕われた。その感性表現が見事だった。能管の能管たる悲鳴だった。能管は龍笛より、太くて力強い音が出せる。形状は似たものでありながら、龍笛と能管の違いは、“のど”の有る無しである。
 この笛の音に、近くで墓に詣でた人も、何人かが集まっていた。その集まった参集に、白い頭巾を被った尼僧姿のオランウータンもいた。
 彼女は真剣な表情で耳を傾け、静かに聞き入っていた。そして曲が終わると、周囲の人から誰彼もなく拍手が起こった。その中でも、オランウータンは、特に手を叩いてくれた。こうして視る尼僧も、眼が大きいためか意外に可愛く映った。彼女にはそういう一面があるのかと、また違う小学校時代の面影が重なった。
 彼女の名前は旧姓菅野雅代というが、いまは曹洞宗の金田亮燕と結婚して幸せそうだった。

 「驚いたわ。こんな可愛いお嬢さんが、凄い迫力の能管の演奏をするんですもの、素晴らしいわ。
 では、あちらで、お茶でも如何ですか。さあ、どうぞ。
 亭主の亮燕からも、お招きするようにと、仰せつかっており、是非と申しております。こちらへ」
 尼僧は、破戒僧よりましだった。そして松子の演奏した笛が、能管であることも知っていた。
 だが尼僧、松子の演出する意外性の仕掛けに気が付かず、ただただ驚くばかりであった。松子が能管を演奏するときは、この意外性で人を驚かせてしまうのである。
 こういう演奏の仕方は、おそらく師匠の子平直政が厳しく指導した箇所なのであろう。決して平坦ではないのである。それだけに聴くものを驚かせ、その驚きは、松子の小さな貌の造りと、その美形から窺える可愛い表情と仕種が、能管の烈しい感情を昂らせる意外性ら起こるためであった。このギャップにおいて、松子は常に最後は勝つのである。
 こうした勝ちは、想像すれば小刀の遣い方にも顕われるのではないかと想像し、一方で、私はその恐ろしさに戦慄するのであった。
 まだ見たこととのない松子の小刀の業
(わざ)。手合わせをすれば、さぞ恐ろしかろう……。そのように想像するのであった。

 「菅野さん。その頭髪は、つまり頭巾の下、剃髪
(ていはつ)なのか、それとも有髪(うはつ)なのか」
 「勿論、有髪ですよ」
 その言い方は《剃髪などするわけないでしょ》という言い方だった。
 「破戒僧の女房らしい……」皮肉を込めて言っていた。
 もしかすると尼僧も、夜は巷
(ちまた)に徘徊するのかも知れない。それも有髪の別人の女性として……。破戒僧の女房ならば夫婦揃って、あり得ることだった。
 「岩崎君。うちの亭主
(ひと)を破戒僧、破戒僧といわないで下さらない。『摩訶般若波羅蜜多心経』(『般若心経』)くらいだったら、なんとか唱えられるんですからね。少しは学習しているのよ」
 「それは失礼した。で、他は?」
 「葬式用の『参同契』は、引っ掛かりながらも、なんとか。でも、最後で間違ったり……」
 「他は?」
 「いま練習中なのが『妙法蓮華経観世音菩薩普門品』の冒頭のみ。それ以上、いまのところ、レパートリーありません」
 「それは、その回路の学習機能が毀
(こわ)れているからだ。やはり、破戒僧じゃないか」
 「もう、いいじゃないですか、岩崎君。こちらへどうぞ。父が、お会いしたいと申しております」
 「ほォーッ、まだご住職は、ご健在でしたか」
 「ええ。今年で、九十二歳になりますわ。意気軒昂と言うか、精力絶倫というか、いい歳をして性腺異常というか、好きものというか。日々坐禅三昧です」と妙に落差をつける言い方をした。ユーモアのつもりだったのだろうか。

 「それはそれは、ご健勝のことでなによりです。ところで、菅野さん」
 「何ですか、岩崎君。あのッ、わたしを旧姓で呼ぶの、やめて下さらない。出戻りのように聴こえるじゃありませんか。ここに嫁に来たのですから」
 「ところで、妹さんがいただろう。どうなった?」
 「あの子、いま前山種苗店の翔太と結婚して、もう幼稚園に通っている娘が居るの」
 「なにッ!、公美
(まさみ)のオランウータン2号は、翔太の嫁になったと?……これはなんという奇縁」
 「妹のことも、オランウータンというの、やめて下さらない。姪まで可哀想じゃないですか」
 「では、姪はオランウータン3号か?……、母親似か?……」
 「それ、傷付く。もう幼稚園で、さんざん言われているんだから」
 「その子、遭
(あ)ってみたいなァ、母親似の……」
 「わたしたち姉妹を、動物園の猿のように言わないで下さらない」
 「でも、オランウータンって、可愛いじゃないか。そういう可愛い子、ぜひ友達になりたいくらいだ」

 本堂横の管長室に通された。
 管長室の庭に面した一劃には囲炉裏が切られ、夏でも炭が起こされていた。
 そこには金田亮燕の父親で、住職の金田巳堂
(みどう)老師がいた。御とし九十二歳にして、坐禅で鍛えられた毅然とした姿勢が崩れておらず、矍鑠(かくしゃく)とした気骨のある老僧であった。
 金田の父親は「老師」と呼ばれるほど位の高い、徳のある高僧で知られていた。しかし愚息は、そこにまでの域には達せず、いまだに低空飛行をして煩悩多き破戒僧をやっていた。同じ坊主でも、ここまでの格差は珍しかった。跡継ぎがこの態
(ざま)では、なかなか思うように、父子鷹にはなれないようである。
 何しろ、亮燕は老師の68歳の時の子である。老師は前妻をなくされて暫く一人でいたが、65歳にして再婚した。そのときの亮燕の母親が30歳でそのときに生まれた子供であった。これが医学上、優秀な子が出来るのか否かは定かでない。ただし亮燕は老師の溺愛の中で育っており、老師の子煩悩がこいつを此処まで甘やかしたのかも知れない。だが人間は悪くなかった。


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