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旅の衣・後編 1






第八章 悪童追憶



●流転輪廻

 万物は流転する。
 その流転の中には仏道で言う「流転輪廻」がある。衆生が無明
(むみょう)の惑いのため、生死の迷界を流転してきわまりないことをいう。
 人間の旅も、おそらくこの中で演じられているのだろう。生まれ故郷を跡にして、一歩前に足を踏み出し、人生流転の旅へと出掛ける。旅から旅へと人生を流転する。その流転の中に変化が起こる。
 ひとは人生という枠組みの中で変化していく。人間が変化する所以
(ゆえん)である。
 人は変わるものである。
 そしてやがて「空
(くう)」に向かう。
 空とは、万物に復元力があることを意味する。
 しかし、空は無でない。ゼロでない。
 ゼロは「無」であって、“空”とは異なる。
 空ならば、復元力の根源である因縁の和合の「仮有
(けう)の根元」として残るが、無なら未来永劫(みらい‐えいごう)何一つ生まれない。
 無は仮有でないからだ。そしてこの世界の事物は、すべて因縁の和合による存在なのである。悠久
(ゆうきゅう)の時間さえあれば、ある日、忽然(こつぜん)と「有」を誕生させることができるかも知れないが、無ならば、それができない。
 つまり人間は、「自己」を所有しなければ、“空”は成り立たないのである。現代は一つの信仰によって動かされる時代である。

 二十世紀は「科学的」という言葉が好んで使われた時代だった。それは二十一世紀になっても変わらない。
 科学万能主義と物質至上主義は未だに健在である。
 可視世界から不可視世界へ至る、肉の眼に見えない波動のアプローチを「非科学」の名で切り捨てた。そのため二十世紀の科学は、未科学の領域を迷信やオカルトの名で一蹴し、切り捨てて来たのである。未科学を非科学と見誤ったのである。
 この世に、肉の眼に見えないものは確かに存在する。人間の心も、その「見えないもの」の一つである。この世には、肉の眼に「見えない心」が存在する。不可視世界のものが存在する。ただ、それは肉の眼には見えない。まさに、一寸先きの闇なのである。この闇を、現代に至ってもまだ解明できていない。闇は非科学の分野でなく、未科学の分野だからだ。科学的の名をもってしても難解な分野である。だが、現代人ほどこの「科学的」という信仰に入れ揚げている人種がいない。
 その一方で、高校理科Iで出てくる初歩的なケプラーの法則
(惑星運動の三法則)も、質量保存の法則(化学変化の前後の諸物質の質量の総和は不変という法則)も、よく理解し得ない「物理」の教科で赤点をとっていた人までもが、好んで「科学的」と言う言葉を口にした。これほど「科学的」という言葉が、あらゆるところで乱暴に使われ、唯物論者の言に、誰もが追従し、振り回された時代はなかった。


 ─────ひとを名指しで評するときに、その性格を揶揄して、ケチ、奇人変人、へそ曲がり、自己顕示欲の権化、小心者、単細胞、はたまた詐欺師、ペテン師、さらには山師などと、「あいつは○○」と、その揶揄する語を、○○の中に入れて言う場合が多い。
 例えば、私などは「あいつや山師」などの揶揄する呼称である。つまりこの揶揄の中には、懐疑派の疑う指弾がありありで、またその指弾には捻りに捻った批評を加えている場合が多い。そして本人よく知らない人まで、何も知らないまま世間の噂を信じて知らないままに認識しているのである。
 誰かが「あいつはそういう人だったんですよ」と言えば、額面通りに「そういう人だったのか」と信じてしまうのである。
 俚諺に「文は人なり」というのがある。文章を見れば、その書き手の人柄が窺われるという意味だ。これをそのまま「中傷誹謗
(ちゅうしょう‐ひぼう)は人なり」と言えるのではあるまいか。悪口の類(たぐい)である。

 さて、人には好き嫌いがある。特定の個人を好きになったり、あるいはその逆の場合、それは殆どの場合、相性であろう。これは親子でも、兄弟姉妹でもあるようだ。血が繋がっている方と言って、血族ならばみな善人でもないし、みな悪人でもない。相性の合うあわないで、付き合いからが決まって来るようである。
 つまり「相性が悪い」というのは、相互間で感受性は異なっていると言うことなのである。
 大勢に人から好かれているという一般向けのこの種属の人は、感受性が「大勢向き」と言えるであろう。
 要約すれば、大勢から好かれるというのは、結局のところ「可もなく不可もなく」併せて「善人」と言う場合に大勢から好かれるという現象が起こるのではあるまいか。

 逆に私のような、毒の塊で毒虫のような劇薬擬きは、その相当量が烈しい個性のため、この個性を槍玉に挙げておもしろがったり、重宝がったりする人は好かれるかも知れないが、しかし好かれる確率は、限りなく極小値に近いものである。つまり「物好き」とか「奇特な人」に限られるようだ。そのために圧倒的に少数派となる。
 しかし、少数派だからといって、自らの個性を殺して大勢に妥協することもあるまい。そこまで涙ぐましい努力は御免蒙りたいのである。そういう努力は、個性を殺した付け焼き刃に過ぎず、私はするものではないと思っている。自分は自分でありたい。
 世の中には、私のように、わが身を包み隠さず、剥き出しにして晒
(さら)す肉弾体当たりの生き方をしている人間もいるし、その一方で、私とは正反対に、自身を十重二十重の厳重な殻で身を固め、分厚い鎧で防禦しているお偉い人もいる。このお偉い人は、世辞に長け、無駄口を叩かず、こう妙に理論武装までしている。そして、わが身を晒すことはない。一口で言えば、エエカッコシーである。
 一方、私のような防禦の殻を持たない人間は、身と殻を渾然一体化して、ありのままに生きている。最初からこの種の生き方を偉い生き方だなどと思っていない。見るがままにみ、自らの個性をありのままにして生きている。そのため接する人は「物好き」とか「奇特な人」に限られるのである。

 しかし奇
(く)しくも、私の横には数少ながら「奇特な人」が横に居た。
 「なに!兎小屋を造るんだって?」
 その奇特な人が訊いた。
 「そう一千万円程度の細やかな物だが、その造作、受けてもらえまいか」
 「ほう、一千万円か、わるくない」
 「すまん、わすかで。今のところ、金欠病のおれとしては、これが精一杯だ」
 「金欠病はお互い様だ。一千万円もあれば、当面の繋ぎになる」
 だが、一口で一千万円というが、その金の工面は全く出来ていなかった。完全に見切り発車だった。
 私が話している漢は、中学時代の同級生で、高校・大学は違っていたが、九州工業大学の建築科を出て、一級建築士の試験に辷
(すべ)って、今は二級建築士で甘んじている、この漢であった。

 中学以来のたつは、ニックネームと言うか、渾名
(あだな)というか、呼称が『馬』だった。本名は秋月浩二という。こいつは、貌がまさに馬面だった。級友からは一言、馬と呼ばれていた。それは愛称というより蔑称に近かった。こいつは殆ど、苗字で呼ばれたことはない。担任教師ですら、彼の呼称は「馬」だった。
 しかし、この馬、どういう訳か、それなりに成績はよく常に上位にランクされていた。県立Y高校から九州工大へとストレート合格した漢だった。その馬面は、貌が貌だけに女には持てない。

 ところが馬は見合い結婚をして、美人の嫁さんを引き当てた。まさに信じられない奇蹟だった。このように世に中には信じられない奇蹟が起こっている。
 馬の親戚の仲人好きの叔母さんがいて、「この三人姉妹の中で、好きなのを選んでくれ」ということで見合い話を持って来たのである。そして馬曰く「一番器量の好いのを選んだ」ということで、その美人の一人を選び、早々と結婚してしまった。その後、馬には二人の娘が出来たが、父親に似らず母親に似たので、馬面だけは免れた。そしてこの二人の娘が変わっていて、県立T高校で、朝から晩までバスケ部で、バスケット・ボールを遣っていて、勉強は殆どしないのだが、姉妹相次いで九大法学部へ楽々と現役合格してしまった。
 馬の長女に会ったのは、私が小倉地方裁判所に出向いたときであった。
 私は被告側として、一つの訴訟事件を抱えていたので、その裁判に出向いた際、娘の方から「お久しぶりです」と挨拶されて、最初、誰だか分からなかった。しかし秋月の娘であることをはた!と思い出し、「あんたは確か?……」となったのである。そのとき彼女は「秋月です。馬の娘です」と言ったのはおかしかった。
 平成7、8年頃だと思う。
 この当時、秋月の娘は同裁判所の判事補になっていた。不思議な奇縁と言うか、妙な廻り合わせであった。

 昭和47年当時、馬に兎小屋の増改築を依頼したのである。
 当時、馬は一族引き連れて、まず測量やってきた。この引き連れてきたのは成人者でない。成人者は奥さん一人で、あとは馬の親戚の坊主どもであった。上は高校1年から、下は小学六年までの併せて、小さいのやら大きいのやらの合計六名の坊主どもが、アルバイトで遣って来たのである。馬は坊主どもを格安料金で雇っていたのである。奇しくも上の高一生の坊主は、県立T高校の生徒だった。坊主は同校の体操服を来ていた。
 馬が一族引き連れて遣って来た以上、こちらも出さないわけにはいかない。そこで、松子を出した。それ以外に道場生から無理やり選抜して、家屋の一部解体と測量を初日に決行したのである。松子も同校の、女子の体操服である。
 同校同士の双方は、お互いに指を差し「あッ!」から始まった。
 しかし松子は、実際は県立T高校ではない。しかし、だからといって怯
(ひる)みもしない。怯まないから先輩面出来る。上級生に俊宮松子という生徒が居るか否か、高一の坊主に分かる筈がない。
 この坊主が、その後、松子の命令一下
(いっか)で牛馬の如く使役されることになる。

 「そこの県立T高の君、ぼさっとするんじゃない。きびきび動く!……。そこの中坊、下から材木運んで、此処まで持ってくる!」
 松子が坊主どもに檄
(げき)を飛ばしていた。彼女は手下を従えて、使役する愉しみを発見したようだった。
 この工事は、工事費捻出の段取りがついていない。私の独断と偏見の見切り発車であった。
 そのために建築資材調達がままならぬ状態であった。そこで、馬が智慧を搾って一捻りした。
 この一捻り。
 建築資材の材料そのものを買うのではなく、業者間の解体工事で出て来たアルミサッシのドアとか窓枠。耐火ボード類。あるいは解体で出てきた鉄骨の廃材をタダで貰って来るのである。それを4屯トラックで貰いにいき、払い下げてもらうのである。そもそも破棄するものであるから、材料代はタダだった。
 その“お貰い”に、馬は坊主どもを使役する。坊主どもを四屯車の荷台に積み込んで、走狗として遣い、貰い下げに行き、馬が、牛馬の如く扱き使う。
 しかし、貰いに行くのはいいが、問題は運び上げであった。わが家の近くまでは道が伸びていたが、まだ工事中で、真横までは来ていなかった。途中途切れているのである。その途切れが約300〜400メートルほどある。この間は人力で担ぎ上げねばならない。かなりきつい作業である。

 「馬!」
 「何だ!」馬の反応は早い。
 「これでは、捗
(はかど)らんな。人力以外、何か策はないのか」
 馬が知り合いの業者から、ユンボ
(Yumbo)を借りて来ることになった。このパワーショベルに材料を牽引させ、併せて穴掘りをさせるのである。小さな機械化であった。
 ユンボで鉄骨を牽引して引き揚げるのである。
 ときに、この中でユンボの特殊免許を持っているのは馬一人だけであったが、馬が測量している間は、一族の中坊がこれを運転するのである。この中坊は、馬から能
(よ)く訓練された中二の坊主だった。方々の現場で活躍しているらしい。馬は低賃金で、無免許の坊主どもを扱(こ)き使っていた。

 馬が扱き使うのは、なにも建築現場だけでない。仕事を貰えないで、溢れている時は、県立T高校の坊主を呼びつけ、パチンコの代打ちをさせて稼がしたり、景品替えに奔らせたりしていた。
 それも学校の制服のまま、学校帰りに呼びつけてこうしたことを平気で遣らせていた。つまり高一の坊主は馬の甥にあたり、自分の兄の子であった。そして馬の兄は東大理科一類を出て、別の県立高校の数学の教師であった。
 不思議なのは、馬の一族は頭脳優秀者が多く、たいして勉強するふうでもないのに勉強がみなよくで来た。血統と言うべきか。つまり学問をする才能を持った一族であった。
 ちなみに、このときアルバイトに駆り出された高一の坊主は、その後、京大数学科に進んだ。
 私も、こういう学問に異能なる才能を示す血統を見たのは、最初で最後だった。
 また秋月の父親は、ノンキャリアの税務署下級官吏で、このときは退職して税務署員に退職後の特権である税理士資格を取得していて、『秋月税理士事務所』を開設していたが、顧客は思うほどいなかった。ここは閑古鳥
(かんこどり)のなく税理士事務所だった。在職中は真面目な税務署官吏であったかも知れないが、経営をして辣腕(らつわん)を発揮するような人でなかった。退職後の道楽で、税理士をしているようだった。

 私は馬に、ごり押しで増改築を依頼した。だが、馬は二級建築士だった。二級では建築許可の申請が出来ないのである。その申請をしないまま、施行を依頼したのである。そこで、問題が起こった。
 私は早朝、起きると直ぐ、実家の建築現場に出向き、あれこれ指図し、注文をつけるのだが、困ったことが起こった。それは建築申請無しに施行を開始したことであった。
 市役所の建設担当者から「工事差止め」が懸かったのである。建築申請が出されていなかったからである。つまり申請無しで改造工事が赦されるのは、広さとして四畳半未満程度であり、これを越え六畳の大きさになると大工レベルの増改築は認められず、一級建築士の申請がいるのである。馬は二級建築士であり、これに変わる代役を何処からか探して来なければならなかった。しかし奇しくも道場生に奥村組に勤める一級建築士がいた。この漢の名義を借りて、馬に申請を遣らせたのである。

 しかし、これで問題が終わったのではない。今度は掘り返したために井戸が涸
(か)れ始めた。井戸が涸れる現象は何も増築を考えた以前から起こっていたが、馬に言わせれば、そのうち井戸は完全に涸れ、その涸れた所為をこちら側に責任にされるという懸念を抱き始めたのである。
 そうなると、市に水道を通す依頼を申請せねばならず、何れにしてもトイレを水洗にするには下水工事も考える必要があったので、結局は風呂とトイレだけと言う小さなものでも、その構造から考えれば、敷地そのものに欠陥があったため、その根本から考え直さねばならぬ必要に迫られていた。
 更に井戸が涸れれてしまえば、当面の水を確保せねばならない。またわが家の井戸は、わが家一軒のものでなく、わが家の井戸から三軒ほどの家に水を提供していたので、こういう家への水の確保も考えてやらねばならなかった。問題は番狂わせとして、次から次へと発生し、予定金額の予算より大幅に膨らむことが懸念され始めた。
 こうなると、この増改築はそれ以前の問題を抱えていたことになり、遅かれ早かれこうした結末が俟っていたのである。

 結局、銀行借入をするために、私の結論としては「粉飾決算をする以外、方法がない」だった。
 馬を呼んだ。
 「お前のオヤジさんに恃んでもらえまいか」
 「粉飾決算するか」
 「ここまで来たら、それしかあるまい。仮に多く借り入れられたとして、支払いを不履行した訳でない。まだ汚点は発生していない。巧く引っ張り出せば、お前も資金繰りが捗り、多少潤おう」
 「智慧を絞ってみる。うちのオヤジも、それに国民住宅公庫も、その他の金融機関も巻き込んで、哭くときは全員で一丸となって哭いてもらおう。ただし問題は保証人だ」
 「保証人か?……」
 これに唸った。
 手はあったが、遣えば総て有料であり、多いところでは借入額の20%を要求するところがあった。
 仮に一千万円借り入れたとして、二百万円が手数料として取られる。保証人は名義貸しだけで二百万円が転がり込む寸法だった。
 あと一つの手は、更に大掛かりにして、丸ごと鉄筋コンクリートのビルに建て替えてしまうことであった。この場合、リベートとしてこちらに逆に手数料が転がり込むことになるが、そうした場合は規模が億単位になりこの決済書を作る場合、税理士の範囲は越え、公認会計士に貸借対照表や損益計算書の数字を操作してもらわねばならなかった。一口に「欺く」といっても、一朝一夕に簡単に行くものではなかった。
 更に更にである。
 粉飾決算をするとして、今度はそれに応じた納税証明がいるので、それに似合う税金を収めねばならなかった。こうなると納税額は数百万円単位になる。粉飾決算をするにも、単に数字を組み替えればいいと云うものではなかったのである。粉飾すれば、それだけ金が掛かるのである。

 最初は僅かなこと、細やかなことから始まった増改築工事は、実は家屋が建つ敷地自体に大きな欠陥があったのである。
 さて、どうするか……。
 唸るところであった。

 数日後、馬が流行らない税理士事務所をしている父親を連れて来た。流行らない税理士であるだけに、なかなかねちっこい数字を出す人だった。この親父さんは、長らく税務署の官吏をしていたので、頭の中は完全に税務署側に立って物を言う人だった。流行らない理由は、顧客にわざわざ高く税金を払うことを勧めるのである。流行らない理由はそこにあった。
 しかし、バカと鋏は遣いようである。この親父さんはバカではないが、鋏の類で、鋏として役に立ってもらう以外ない。よく切れて貰わねばならない。ここまでくれば税金を上積みして多く払い、粉飾決算も信憑性を持たせる以外ない。ここで鋏は見事に役に立ったのだが、今度は税金を払う金がない。
 さて、どうするか……。

 問題は保証人、修正申告後の納税、井戸の涸れによる当面の水の供給などであった。そして最大の難事はこれらを総合して銀行借入を起こすことであった。数千万から億に懸かるか否かのすれすれの線で資金調達を起こさねばならなくなっていたのである。敷地ごと掘り返して基礎工事から着工せねばならぬ羽目になったのである。つまり建築のみならず、土木問題から遣り直さねばならなくなったのである。
 結局、至る所から予期しない欠陥が噴き出し、それが後から後から出て来るのであった。そのうえ土木から遣り直すとして、ここまで建設重機をどのようにして運搬するか、その運搬費用と重機のリース料も考えねばならなかった。敷地の基礎自体が不安定であったのである。大変な羽目になって、あたかも蜂の巣を突ついたような状態が発生したのである。

 更に更に更にである。
 この規模での工事を始めるとして、施工主は個人より法人でなければならぬ必要性に迫れてくる。億単位に迫ればもう個人の範囲は超えている。つまり一時的なペーパーカンパニーを創造して、法人に化けるか、既にある法人の名義を買収して、その法人に成り済ますかである。そのうえで法人として修正申告する。何ともややこしい問題が発生していた。

 松子の住環境を快適に暮らすための必要最小限度の必需品として始まった風呂修理と水洗トイレの設置が、斯くもこのような結果を齎すとは思ってもみないことであった。何とも番狂わせで、人生には様々な問題が起こるもである。現象界とは、摩訶不思議なところであった。
 「大変なことになったね」松子が他人事のように訊いた。
 「山師ともあろうおれが、小娘の口車に乗って、大変な羽目に陥っている」
 「そこで、山師さんは万歳しますか」
 「諸手を挙げて嘆いたりはせん。山師は、山をこかすことを本分とする」
 「では、山をこかせていただきましょう。鬼が出るか蛇が出るか」
 「これから会社を作る。手伝え」
 「えッ?えッ?……、会社?」
 「そうだ、株式会社。代表取締役社長は、おまえがやれ」
 「えッ?えッ?……、社長?なんで、わたしが?」
 「おまえだったら信憑性がある」
 「どうして健太郎兄さんじゃないの?」
 「おれがやってもなァ、信憑性がない。しかし、おまえだったら信憑性もあり、現実性も帯びる」
 「どうして、わたしが?」
 「会社が倒産してだ、例えば債権者が押し掛けたとしよう。おれだったら、やつらを躱
(かわ)すのに無理があり、躱しきれん。しかし、おまえだっら最後の奥の手がある。それは、おれは居直りは利(き)かんが、おまえの居直りだったら、説得力もあるし信憑性もある」
 「意味が分からん!」松子が尖った。
 「その頭脳しにて、意味が分からんか。教えよう。おまえの居直りは、風呂に沈むポーズが採
(と)れる奥の手が残されている。だが男のおれは、風呂に沈んでも価値がない」
 「ますます分からん!」
 「風呂に沈むとは、トルコ
【註】この当時はソープランドという用語がなかった)でも、何処でも、風呂場で働けると言うことだ。おまえの特権。併せて奥の手は取込み詐欺可」
 「その取込み詐欺可は、なんなの?」
 「事件師の常套手段だ。初めから代金を支払う意思がないのに、物品を取り寄せ、そののち転売などしてしまう詐欺のことだ。ローン契約ならびにリース契約書を交わす前日までに。そのために質屋がある」
 「話を聴いていると、山師の範囲を出て、詐欺師の領域を侵犯しているんじゃない?……」
 「バカも休み休み言え。それは奥の手がだ、そもそも明治以来の日本こそ、その土台は詐欺的なる横領国家ではないか。その最たるものが藩閥政治。そしてそれは途絶えたように見えるが、実は水面下では脈々と息づいて呼吸してる。どうしてこの国は、わずか四百名の高級官僚で国が運営しているのだ。訝
(おか)しいと思わんか。それに金融庁の指導やその他諸々……。それに根本的な欠陥は資本主義自体が国家規模で遣る鼠講だ。この構造に気付いている経済学者は少ないがな……」
 「しかし、そういう構造批判をしたところで、当面の処置はどうしますの?お兄さま」
 「だから、会社を作る。おまえが社長」
 「そうですか、じゃァ、従いましょう。言い出し屁ですから」
 そして松子に一冊の書籍を買い与えた。本日の出費。書籍『株式会社の作り方』定価1500円也。

 私は松子に詐欺師になるように勧めた訳でない。悪を知る。陋規を知る。賄賂を知る。
 その「知る」ことを、これから生きる上での智慧として諭したのである。悪を知らずして善は行えないからである。善人は、如何に善人ずらして、真面目で正直で嘘をつかなかったとしても、それはただの無力な善人に過ぎない。
 並みの社畜としての人間牧場の住人になるのならともかく、牧場の柵
(さく)の外で、世に自身を前面に打ち出し、他と抗(あらが)って生きて行くのであれば、無力な善人は明治以来の横領国家の家畜に成り下がる以外ない。それで満足する生き方もあるかも知れないが、それは忍従と妥協の満足であり、自由を得るための満足ではない。
 結局、可もなく不可もなく無力な善人として、永遠に人間としての尊厳を奪われ、あるいは真の意味での人権を奪われ、人間牧場の奴隷化された家畜になることを意味する。この家畜に自由などない。そして、ほぼ完成しつつある人間牧場では、一旦このような国家が完成されると、国家の所有する強大な軍隊及び内部警察機構によって、住人側の改革などは一切絶望的となり、牧場内の住人は知識習得能力に応じて階級化され、機能化されて一歯車とて仕事が与えられ、家畜としての制約された生き方だけが余儀なくされるだろう。
 家畜の多くは、自分が家畜であったことも気付かないまま生涯を終えて行くのである。これでは輪廻の輪から永遠に解脱
(げだつ)することが出来ない。

 現代は知識の世の中であるが、その知識は“よい家畜”になるために知識であって、人間が人間として自由に生きるための智慧でない。現代の知識教育は、まずよい家畜になるために、人間としての芯棒
(しんぼう)を抜き取り、去勢状態にしておいて、知識だけの人間を作るためにその教育の基本方針がある。
 経済的は繁栄をより求めるため、またその繁栄を維持するために、国家の目論んだことは有能なサラリーマンを作ることに専念しているのである。
 この国家の動きと方針に合わせて、結局子供の父母も「将来の安定」と称して、無邪気に信じて国家的な鼠講構造が見抜けず、一方で、子供のためと言いながら、種々の習い事やスポーツ競技、更には学習塾に通うという「多忙」を子供の時代から植え付けているのである。
 そしてこうした社会に抗い、一泡吹かせるという気概の牙を抜き取ってしまう構造を形成した。つまり従順な家畜に改造されてしまったである。その最たるものが知識教育なのである。
 今や知識と地勢が完全に分離されてしまったのである。これでは家畜が、自分が家畜であることに永遠に気付きようがない。ここに現代の忍従社会の病める社会の一面がある。
 これは人間が本来自由を求める本性に、逆らう生きている羞
(は)じるべき恥部とも言えよう。だがその隠れた恥部を、自らで見抜けないのが家畜の実体である。自戒の機能が退化したのである。

 「悪を知り、裏を知り、抜け道を知り、陋を知る。そして胆力を養う。大事なことだ」
 「そういうの、仕込まれたら、根っから山師になってしまいそう」
 「いいか、松子。山師も、時にはいいことを言う」
 「どんな?」
 「よう聴け。悪いことを出来ない人間より、悪いことが出来て、悪いことをしない人間の方が、可もなく不可もない善人より上だ。世間でよく言う、あいつは悪いやつだという。だが、悪いやつということは、よく考えると、どう悪いか分からなくなる。それは見方を変えれば悪を知らない善の、所謂
(いわゆる)真面目とか正直とか、その種の善で見ているからだ」
 「いわれれば、そうかも」
 「だから山師を通じて、悪を知り、善を知る」
 「つまり、沢山の悪を知り尽くして、悪を知った善と言うことか。換言すれば、挫折した上での前進と言うところかな」

 「司馬遼太郎はな、『播磨灘物語』で、こんなことを言っている。『武士の悲しみとは、合戦のつど、妻子と死別を覚悟しなければならぬことではなく、常に旗幟
(きし)をあきらかにせめばならぬところにある。旗幟をあきらかにするというのは、得体(えたい)の知れぬ未来に向って、自己と主家の運命を博奕に投ずることなのである』といっているが、寔(まこと)に興味深いと思わんか」
 「だから、良禽
(りょうきん)は木を選ぶということね」
 「確かにおまえは良禽だが、また、渡り鳥でもあるその良禽は、果たして、おれ如きでは良禽が止まる木としてそれに値するかなァ?……。斯くもこのように次々に問題が噴出している。さて?……」
 「いろいろ長々と、独断と偏見の御託
(ごたく)が並ぶけど、でも、『頂門の一針』として耳を傾けるところもあるから、これがまた不思議。さまに摩訶不思議。この根元って何かしら?……。わたしが思うに、問題と真剣に深刻に対決するところかしら。そして対決しながら、結局未完成、最後まで永遠に完成しない、あたかも『旧約聖書』に出て来るバベルの塔。その未完成に、もしかすると、渡り鳥が興味を抱いたのかなァ、その変な人間的魅力に……」
 「うまいことを言う」
 「そうかしら」

 「さてだ。永遠に完成しない株式会社を作る。松子、お前の頭脳で一読したら、その内容を百字以内にして端的に、おれに語れ。吟味して遣る」
 「そういうところは、確
(しっか)り山師的」
 「百字以内にレポートに書いて、提出せよとは言っていない」
 「何たる詭弁。その使い分け、いつも感心させられますわ」
 「法務局に行く関係からだ。時間を短縮せねばなるまい。必要最低限度の当面の路銀も要
(い)ろう。
 いいか、ようきけ。司法書士に会社設立を恃
(たの)んだら、有限会社で30万円。株式会社で100万円もの無駄金を遣う。だが自分で申請すれば、僅か7万円前後の印紙代だけで済む。策は策として用いる。
 したがって小難しい経営理論とか、思想問題だけで、幾ら立派なことを喋れたとしても、行動が伴わねばナンセンス。おれは自立する自前主義をモットーにする。また実学主義者だ。節約は有効性のために行う」
 「そういう節約思想こそ、社会の何処かに還元できないのかしら?」
 「おれの還元は、おれにしか還元できない循環構造になっている。自家式自浄構造だから仕方ない。だが、この構造は周囲を巻き込まないでは、気が済まない」
 「悪い性格。そうなると、何だか危険な臭いがしてくる。やばいかも」
 「既に巻き込んでいるから、周囲はみなやばい。もう手遅れだ」
 「それが山師の正体か……」納得したように吐露した。
 「そうだ。転けて哭
(な)く時は、おれ一人で哭くのではなく、皆で哭けば悲愴感が幾らかでも和らごう」
 「でも、転けて哭くのはイヤ。事前に回避策はあるはず」

 「だったら、おまえが、自分で自分の脳漿を搾れ。おれは、おれの奔走だけで手一杯。だが覚えとけ。
 おれ一人がどんなに奮闘して走り回ったところで、事業は成功することは絶対にない。参加者全員で心を一つにして、全体が同じ目標に向わねばならない。全員、同一方向を向く風見鶏になってもらう。そして哭くときは全員が一斉にハモって哭く。それではじめて意思統一が出来る。したがって、おれの切なる意識が、他に伝搬したとき、一人の力は他人の協力を得て、はじめて事業には成功する可能性も出てくる。
 だが、おれ自身に欠点を抱えている。それは、おれの人格に些か疑いを持たれているからだ。
 今後の課題である。
 かのアメリカのドラッカー
(Peter Ferdinand Drucker)大先生が言うように、経営者が為(な)さねばならぬことは仕事をすることで学ぶことができる。だが、大先生は言う。経営者が学び得ないのは、経営する天才的な才能ではなく、その人の品格なのだ。つまり人格と言うことになる。その人格をもって全員を引き連れる事が出来るのは、当面、おまえをおいて他に居(お)るまい。おまえは燃えると夜叉(やしゃ)になり、娑羅道を疾しり阿修羅になる。それをだ、逆利用しろ。そして一つに事に熱狂して、他を巻込む特性を持っている。それが、おまえを社長に指名する理由だ」

 「さようですか。なんか巧い具合に口車に乗せられたみたい。でもいいわ、乗ってあげる。渡世の義理だ。
 本当に、健太郎兄さんと居ると退屈しないわ。退屈しないから、絶望感も湧
(わ)かない。
 よく、そう次から次に矢継ぎ早に、口車に乗せて、他人を巻込む弁舌と言うか、話術というか、その巧妙な画策、いったいどこからでてくるのかしら……。矛盾だらけなのに、妙に説得力があるのよね」
 「それは、おれが善人でないからだ」
 「れれも無力な善人でないのよね」
 「おれは人間の皮を被った家畜としてのロバも厭だし、人間の皮を被らされて肥
(ふと)らされ、啖(く)われる豚も厭(いや)だ。人間牧場には家畜を使役する構造が側面にある。つまりおれは、柵の中に入れられるのを拒みながら、これに抗って、これまで貧乏にも甘んじ、苦労しながら生きてきて、柵の外から遠望することによって搾取の構造に気付いたからだろう」
 「でもね、子平がいっていた、同じ苦労でも、人が苦労をすればするほど、人間は穢さや狡さを覚え、悪賢くなり、歳とともに、老獪になっていくんだって。でもその一部に突然変異が起こるんだって」
 「では、おれをどう検
(み)る」
 「どうでしょ。少なくとも、訳も分からず振り回されれば、退屈と絶望だけはしないで済むわ。
 本当は人間、ハラハラ・ドキドキの危ない綱渡りを観るのが好きなのよ。由紀子さんも、本当はその辺の、健太郎兄さんの毒に痺れているのじゃないかしら。こう、次から次に立て続けで、立板に水を浴びせられて変化させられたら、少なくとも退屈だけはしないで済むわ。ただ、その先に絶望が俟っているか否か、そこは今のところ見当がつかない。真贋
(しんがん)が定かでない。もしかすると、贋作かも……」
 「おれが贋作だったら、諦めてくれ」
 「諦めないわよ、そのときは責任をとってもらう」
 「責任をとらせる前に、時には贋作を掴むのもいいものだ」
 「どうして?」
 「観察眼が養えるだろう」
 「もしかしたら贋作ではなく、どうも最初から贋作っぽい……」
 「おい、松子。言っておくがな、おれの毒は贋作ではないぞ。超猛毒だぞ。これは正真正銘の真物だ。一服盛られて、呷られば怕い。擬きではない」
 「それが、正体ですか」大して驚く出もなく、しらけたように相槌を打った。
 「そうだ」
 だが、もしかしたら、松子の方が、私以上に猛毒を持っているのかも知れない。
 
 「その正体の根本には、人間の知能が、そうさせるのでしょうね、なかなかおもしろいわ……」
 松子の貌に、何か不気味な嗤
(わら)いが疾った。おそらく同じ毒の要素を持っているのだろう。それは彼女も血の勝負師として、何かがあるのだろう……。
 「それに言っておきたいことがある。それは、おれの経験からのことだ。それは事上磨錬!」
 「事上磨錬って?」
 「それは陽明学に出て来る。事に当たって、それも難局に当たって、それを解決に導いてこそ自己鍛錬になると言う教えだ。例えばだ、素人風情で、会社登記のため法務局に出掛けたとする。また資金調達に銀行に出掛けたとする。あるいは百人の人間に会う目標を定めたとする。これは三者ともバラバラのようで、実はそうではない。人間が動いているところでは共通している。相手は人だ。
 もしかすると、優れた炯眼
(けいがん)をもつ人物かも知れない。それだけに観察眼を持っていると覚悟せねばならない。つまり、選択においては厳格なる炯眼で迫る。そしてそれを、どのように対処するかで、また実践するかで、実践者か、そうでないかの別れ目になる。
 駄目人間か、見識者になれるかの別れ道となる」
 「そういうものかしら」
 「よく憶えておけ。白面の若僧が、全く見も知らずの人物に賭けると言うことは、垂直に絶壁のような壁を攀
(よ)じ登るのと酷似する。人生の壁を登れるか否かの、登攀者かそうでないかの、篩(ふる)い分けが行われる。しただってこういう人物に体当たりするのは、相当な覚悟と強靭なる意志力を必要とする。多分、最初は門前払いだろう。だが門前払いは今でも日常茶飯事である。それをだ。物怖じせずに繰り返し訪ねて行くか否かで、人間が何処にランクされるか決まる。肚を据えて懸からねば、とてもでないが出来る芸当でない。いうなれば、そのふつかり稽古の結果、そのひと特有の人間的魅力が備わってくる。どうだ、これをやってみないか?」
 「やってみないか、といっても、もう遣らしているじゃないの。なんだか、まんまと丸め込まれた感じ」
 斯くして、これから先の運営に関して、影の評議会が行われることになった。



●影の評議会

 人間は「我」としての生き方の宿業
(しゅくごう)を背負っている。その宿業が深まれば、それはやがて怨念(おんねん)となる。怨念には、軽い、重いはあるにしても、そうした念を持たない人間は、この世には一人も居ない。

 七人の役員を揃え、此処にパーパーカンパニー(株)山善プランニングが誕生した。
 代表取締役社長・俊宮松子。彼女には戸籍抄本と取らせ、住民票を、わが家の住所に置かせたのである。
 代表取締役社長の欄には実印登録をさせ、本社所在地も同住所に置いた。資本金は500万円とし、それを担保に当座預金を開設した。一つの見せ金である。
 取締役専務・桜井由紀子。厄介なのはこいつだった。とにかく、ごねる。そこを拝み倒して、印鑑証明と実印捺印・署名をさせて、会社の正体が分からぬまま諒解させてしまった。本人も山善プランニングが、何の会社であるか分からぬまま役員になった。実は、こういう役員が一番都合がいいのである。世の中には、事業の発起時によくあることだ。嘴
(くちばし)を挟もうにも、事業形態が分からないからである。沈黙させるにはちょうどいい「お飾り」だった。
 例えば、芸能人やスポーツ選手が禄に経営の何たるかも知らず、事業に手を出して失敗するケースである。仕掛人が最初から、計画倒産を目論んでこれを仕掛ける場合、貸借対照表も損益計算書も禄に読めない素人が嵌められる図式である。

 そもそも山善プランニングの「山善」が如何なる意味か分からないのであるが、これは山師と善行の頭を取って「山善」としたのである。善良なる山師の組合ということになろうか。そこに危険な臭いがしないでもない。そして私は役員に含まれていない。切り札として、最後の奥の手を使わねばならないからである。その場合の引き込み役としての自由性であった。山善での身分は、一平社員であった。
 私の名刺の肩書きは、(株)山善プランニングの総務課次長である。この曖昧であやふやな「次長」という有名無実が決め手になるのである。
 常務取締役以下は秋月浩二と、その夫人・愛子氏。それに発起人と参与として、母と道場生二名の名義を借りた。単に発起時の名義借りである。あるものは、みな借りた。
 さて、(株)山善プランニングは、銀行借入の資金調達が出来れば直ぐに解散する。借入が出来るまでの準備会社である。その後は看做し法人となる。
 また道場生は道場移設計画を含ませて、一枚も二枚も噛ませたのである。間借り同様の道場を、近々何れこの地に移そうと考えていたからだ。
 一先ずは、二十畳のステージ付き宴会場でその仮設設備とし、これを資金調達を得て、やがて五十畳へと改築しようと考えていた。ここまで来ると、夢は勝手に膨らむばかりであった。つまり、永遠に完成しないバベルの塔である。あるいは実体のない砂上の楼閣というべきか。
 後先を考えない見切り発車だけが本格的になっていた。
 だが見切り発車でも工事は進む。着々とではないか、そうかといって遅々でもない。何とかという感じである。

 この評議会は会社役員を一堂に会して、これに馬の父親で、税理士の秋月丈太郎氏がオブザーバーして、銀行対策の智慧を貸してくれることになった。
 時に私は加害者の快感をもって物事を考える。
 かつて由紀子から、雲雀の哭
(な)き声の講義を受けた。哭き声は、『一升貸して、二斗取る、利取る、利取る……』という。これを私はまるで、高利貸しの複利で捉え、更に一升貸して、二斗取るのだから、もう複利どころではない。坊主丸儲けというか、連鎖させれば天文学的数字になる。

 かつてロスチャイルドは情報ネットワークを通じて、ワーテルロー会戦の戦局を操り、「乱世の計略」を試みる大博奕を打った。
 かつてナポレオンは知ってか知らずか、ロスチャイルド家を太らせる政策をとった事があった。また小手調べに、軍資金などを調達した事もあった。しかしロスチャイルド家はなかなかしたたかで、ナポレオンを手玉に取り、情報網を駆使してこの当時、“二重底”を持った専用馬車を奔
(はし)らせていた。この馬車こそ、ロスチャイルド家の繁栄の秘密だった情報ネットワークの要(かなめ)であった。
 ロスチャイルド商会はブルーと黄色の旗を靡
(なび)かせて、ヨーロッパ全域を網羅(もうら)したネットワーク網を持っていた。二重底を持つ馬車の積み荷は、主に暗号を書いた手紙であり、時には現金や宝石、更には密輸品までを積み込み、ヨーロッパ中を縦横に奔走した。
 ロスチャイルド家は、イギリスがナポレオンと戦う構図を設計し、その軍資金を用立てる役割を担ったが、同時に同盟国との同盟工作もロスチャイルド家の画策で行われ、ロスチャイルド家は戦争までもデザインしていた。同盟国に1500万ポンドを軍資金として貸し付け、この用立てには、マイヤーとその息子達が担当した。

 マイヤーの息子達のよって運ばれた為替操作は、専用馬車で極秘裏に届けられた。その中での快挙は、ナポレオン軍を煙りに巻いてポルトガルで反撃の機会を窺
(うかが)うイギリス軍のウェリントン将軍の許(もと)にまで80万ポンド相当の金が運ばれた事であった。これこそが当初からの計画であった、“ナポレオンを徹底的に食い物にする”極秘計画であった。
 この極秘計画は、後にロンドンの金融業界で、始祖マイヤーの三男ネイサンが、ある晩餐会の席上で「わが生涯で最高の仕事は、フランスを経てウェリントン将軍の許に金を届けたことだった」と告白していることからも明白となる。

 ネイサンの特異な手法は、密輸ルーをと使って、白昼堂々とドーバー海峡を越えた事であった。まずネイサンは金貨を敵の本拠地にあるパリに送った。そこで末っ子のジェームズが、スペインの銀行のパリ支店に持ち込み、これを手形にしたのである。この手形を持って、ピレネー山脈を越え、軍資金調達に苦慮していたウェリントン将軍に届けたのである。
 この当時、ナポレオン軍のパリ警備当局は、ロスチャイルド家の金塊の動きを知らない訳ではなかった。しかしジェームズは事前に根回しし、「イギリス政府が金の流出を阻止しようと躍起
(やっき)になっている」という流言を流したのである。この流言は功を奏したのだった。
 これによりジェームズは、「敵国のイギリスを苦しめる為に、あっぱれな奴」と褒
(ほ)めちぎられた。そして密輸の罪は不問にされた。そしてナポレオン軍は、ロスチャイルド家の金塊が、まさか敵将のウェリントン卿に届けられるなど、夢想にもして居なかったのである。
 ネイサンはしたたかに情報操作を事前に行っていたので、ネイサンの売りは、「ウェリントン卿がワーテルローで敗れた」という思惑を生み、証券取引所ではパニックが起った。このパニックがまた暴落の要素となって、相場は、下落に下落を重ねた。取引所全体に、「ロスチャイルドは知っている。ワーテルローは負けた」とデマが流れこの噂が、拡がっていった。

 これはネイサンの計画した思惑通りに事が運んだ。そして、暫
(しばら)く経ってワーテルロー勝利のニュースが始まる寸前に、ネイサンは買いに出た。暴落を重ねた二足三文になったコンソル公債を、今度は一気に買いに出て、この大博奕で、ネイサンは天文学的な数字の巨額な大金を手にしたのだった。
 これが、ロスチャイルド家が大富豪に伸
(の)し上がる伝説となったが、後の『ロスチャイルド自伝』によれば、当時の公債は、ワーテルローの前後も、公債は変動しなかったとしているので、この逸話は誤りであったのかも知れないが、しかしナポレオンを食い物にし、ワーテルロー会戦を捉えて、意図的にナポレオンの敗北に導いたことは確かなようだ。

 物事は、何も負けた方ばかりの被害妄想で捉えるのでなく、時には勝者の敗者を甚振
(いたぶ)る発想で考えても、それだけで愉快にある事がある。そうなると退屈も絶望もしまい。そもそも歴史を動かす原動力は人間の欲望に代表され、世界を目紛しく変貌させるのは人間の欲望ではないか。
 この欲望を卑しきものと見下しても事は始まるまい。
 現代に至っても、その欲望は衰えず、ますますエスカレートしている。支配者はその地位を保ち続けることにより、その欲望を他の誰よりも満足させ優越意識を継続することが出来る。その優越意識の中に富の収奪と独占があるのではないか。その最たるものが、近代資本主義の中で公然と行われている買収と吸収である。その方向性は益々膨張し、かつ拡散されている。中心から大きく離れつつある。その体制下にあって、一方底辺の被支配階級は、その立場の逆転を目指すことで執念を燃やす。その原動力も人間の欲望である。つねに貧富の格差に断層には双方の欲望が渦巻いている。その最たるものが戦争であろう。戦争は人間が戦争を放棄する前に欲望を放棄しなければ、戦争は消滅しないのである。

 (株)山善プランニングの重役会議に役員七名と、一人のオブザーバーとその演出家の自称山師一匹が加わったのである。そして山師一匹が、もし転べば、周囲を巻込んで将棋倒しを派生させるかも知れなかった。
 そのうえ世の中は一筋縄では行かない。問題は次から次へと発生する。
 だが、運命は私に問題を突き付ける。そして問題は解決させるために突き付け、問題解決が提出されるように思える。それは解決策として、巧い、拙いの違いはあるが、その解決において、自分独りで頭を抱えるのでなく、それぞれの人の智慧を借りれば、殆どが解決するものである。智慧の結集が大事であった。そのための評議会でもあった。
 種々の意見交換をして相談し、当面を問題を解決して行かねばならない。

 「さて、『十八史略』に時務を知るは俊傑にありというのがありますが、これがどういう意味だか、ご参集の皆さんでご存知の方はおりますか」
 奇妙な問い掛けをしたのは、馬の父親の税理士の秋月丈太郎氏であった。
 「時務とは、ビジネスで言う事務とは異なることですね」私が答えて言った。
 だが、秋月氏は私の理解が浅いと検
(み)て居た。
 「そうです、時務は事務とは異なり、機械的に処理して行くというものではありません。
 時務は『時』という文字が示す通り、その時、その場のその問題に関して、それに対応する人が何を為すべきか、活
(い)きた問題を解決して行くことにあります。その解決にあたり、それを担当する人は、これまでの教養、信念、器量、そして最も難しいのが、その人物の胆識です」
 胆識と云う言葉を持ち出して来たのには、流石に私も驚いた。
 秋月丈太郎氏は、単に税務署退職後の税理士にはみえない、なかなか芯
(しん)のある人物だった。流行らない税理士事務所のうだつの上がらない先生ではなかった。それなりに、骨のある人であった。
 さて時務である。
 これをその時、その場で果たして行くのは、その人の胆識によるというのである。胆識があって時務が果たして行けると言うのである。それには胆識をもつことである。
 見識を裏付ける現実処理は、実は胆識なのである。況
(ま)して知識などではない。秋月丈太郎氏はそれを如実にしていた。


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